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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
現在(高校三年生編)
8/199

終章

「連夜くん、連夜くん、連夜きゅ~~ん」


 全方位どこから聞いてもこれ以上ないくらい完璧に上機嫌とわかる甘ったるい女性の声が、宿難家の大きく広いキッチンルームに響き渡る。その声の主は、自分よりも小柄な少年の体を後ろから抱きしめ、柔らかい少年の頬に自分の頬をふにふにと摺り寄せ続けながら、いったいいつまで呼び続けるのかというくらい少年の名前を連呼し続けるのだった。


「はいはい、もうなんですか?」


 女性にされるがままの状態で、しばらくの間流しに向かって黙々と洗いものをしていた人間族の少年だったが、いつまでたっても女性が自分の名前を呼び続けることをやめないので、少年は苦笑を浮かべて背後の女性に、今日いったい何度目になるかわからないほど投げかけてきた同じ内容の問い掛けをする。


「好き好き大好き、連夜くん!! 世界で一番好き!! 世界で一番愛してる!!」


「はい、僕も玉藻さんが大好きですし、世界で一番愛していますよ」


「うんうん、だよね~。連夜くんの一番は私だよね~、でへへへへ」


 苦笑しつつも、真面目な口調で自分の最愛の女性である玉藻に返事を返した連夜は、ちょっとだけ洗い物を中断すると、顔を若干後ろに向かせて、玉藻の頬にそっと口付ける。

 すると、玉藻は美しい顔を今まで以上にとろけさせ、紺色のタイトスカートからのびる三本の尻尾を扇風機のようにぶんぶんと振り回しながら連夜の体をきつく抱きしめる。


「連夜くん、連夜くん、連夜きゅ~~ん!!」


「はいはい、だからなんですか?」


 後ろから伸ばされている玉藻の腕をぽんぽんと叩き、ちゃんと聞いていますよという合図だけ出しておきながら、連夜は再び流しに向かい洗い物を再開する。

 現在連夜は、アルテミスの誕生パーティの後片付けの真っ最中である。

 今日は連夜のかけがえのない友人の一人である狼獣人族の少女アルテミスの誕生日。

 その誕生日を祝うためのパーティを連夜は自宅にて開催した。

 ちょっとしたアクシデントでパーティの開催が若干遅くなってしまったが、参加者全員がみなアルテミスや連夜と仲の良い友人達ばかりであったため雰囲気が壊れることもなく、むしろ温かくて良い雰囲気のまま最後まで続けることができ、そのままパーティはお開きに。

 当然ながら大騒ぎしたあとの後片付けは大変なものがあり、参加者達全員が後片付けを手伝うと申し出てくれたが、連夜はこの申し出をやんわりと断った。

 メインゲストであるアルテミスとクリス夫妻に後片付けをさせるわけにはいかないというのは勿論当然として、他のメンバー達も連夜からすれば大事なお客様には違いないのでやはり手伝わせるということには少なからず抵抗があった。それにこの程度の後片付けなら、この家の東方猫型小人(ねこまりも)族のメイド達の協力だけで楽勝であった。

 幼き頃から、この家の家事一切を取り仕切る父の元で修行し、料理、洗濯、掃除に裁縫、あらゆる家事の技術を身につけ、連夜はいまや自他共に認める家事のエキスパートである。そんな連夜のことを今日の参加者達はよく知っていたので、後ろ髪をひかれつつも一部のメンバーを残して、みな連夜に感謝しつつ帰宅していったのだった。

 で、その残った一部のメンバーの中には、当然のことながら玉藻がいた。

 明日は土曜日で学校は休みであるから帰宅して明日に備える必要はない。むしろ、明日からの土日をいかに恋人の連夜と過ごすのかについての備えが重要と考え、後片付けが終わったあとゆっくりとそれについて連夜と話し合おうと思っていたのであるが・・ふと気がつくとキッチンの中は玉藻と連夜の二人きり。

 メイド達は全員リビングの後片付けに行ってしまっていて、しばらくはこちらに帰ってこない。この家に同居している妹の晴美は連夜に促されて風呂にいった。晴美は長湯で有名なのでこちらもすぐには戻ってこない。連夜の実兄は有名な傭兵旅団の副団長で、現在はるか南方の戦地に遠征中だし、実姉と実妹は、連夜の母ドナ・スクナーに連れ出されて現在都市の外へと出かけていて、早くても帰ってくるのは明日以降。

 明日から確実に二日間は二人きりになれるものの、だからといって今このときその二人きりを楽しんではいけないということはない。 

 一瞬にして頭の中で即決した玉藻は、体当たりするようにして連夜に後ろから抱きつき甘え始めたというわけである。

 最初は後片付けをしながらも律儀に相手をしてくれる連夜の反応を見てそれなりに満足していた玉藻であったが、連夜の華奢な体に密着し、その体臭を嗅いでみたり、柔らかいほっぺたを舐めたり、耳たぶをしゃぶったりしているうちにだんだんとその目に妖しい光が宿りはじめ、いつしか、その息遣いはやたら荒くなっていった。

 

「はぁはぁ・・あのね、あのね、連夜くんあのね」


「なんですか? って玉藻さん、息が荒くないですか? 大丈夫ですか?」


「はぁはぁ・・ううん、全然大丈夫じゃないわ。もうダメよ」


 最後の洗い物であるサラダ用の大きなガラスボウルを洗い終えた連夜は、そのボウルを念動食器乾燥機に入れる。そして、エプロンで濡れた手を丁寧に拭いてから食器乾燥機の作動スイッチをちょうど入れたところで、自分の耳元に吹きかけられる息がだんだん熱くなってきていることに気がついた。自分の前に回されている玉藻の両腕を優しく掴みながら心配そうに顔を後ろを振り返る。

 すると、そこには潤んだ瞳にりんごのように真っ赤に上気した頬の玉藻の顔が。

 とろんとした表情でこちらを見詰めている玉藻の顔をいぶかしげに見つめ返してみると、その瞳の中には強烈に妖しい光が宿っている。それを見た瞬間猛烈に嫌な予感が背中を走り抜け、連夜は思わず顔を引き攣らせるのだった。

 いや、いくらなんでもそんなことはないだろう、まさか、まさか、こんなところで、と、自分の脳裏に閃いたある可能性を必死に否定しようとする連夜。だが、先程から玉藻はやたらと自分の豊満な胸を押し付けてくるし、そのむっちりした脚を自分の脚に絡ませてきている。ここが玉藻の自宅で連夜と二人きりの状態だというならば、連夜もこれが何の合図なのかわかるし、受け入れることも可能だったのだが。


「ちょ、ちょ、ちょっと、玉藻さん? もしもし?」


「もうね、我慢の限界なの。連夜くんのことが愛おしくて愛おしくて、愛おしさが溢れて止まらないの」


「いやいやいや、それは非常に光栄なことですけど、あのですね、玉藻さん? ちょっと落ち着いてくださいってば、玉藻さん、僕の話聞いています?」


「今週一回もしてないし、保健室では邪魔されてできなかったし、ね、ね、いいよね?」


「いやいやいやいや、ないない。ないでしょう、それは!!」


「食べていい? 食べていいよね? 連夜くんのことおいしくいただきますね、今すぐ」

 

「いやいやいやいやいや、ダメです、ダメです!! メイドさん達や晴美ちゃんもいるんですよ!?」


「大丈夫大丈夫、できるだけ声出さないようにこっそりするから。多分無理だろうけど」


「無理ってわかっているならしないでください!!」


「やってみなくちゃわからないじゃない!! やるまえから諦めてどうするのよ、ほんのわずかな可能性しかなくても愛と勇気があればきっと乗り越えられる!! 私はそう信じるわ!!」


「いや、うまいこといったつもりでドヤ顔されても、ダメなものはダメですって!! そもそもこんなところでしなくても明日には玉藻さんの自宅で二人きりになれるじゃないですか!? なんでここなんですか!? 台所ですよ、ここ!?」


「あ、あの、できれば全部脱いでエプロンだけつけてもらえると、もっと萌えるんだけど・・はぁはぁ・・連夜くんの裸エプロン・・はぁはぁ・・いいわ、すごくいい、想像しただけでも鼻血が」


「出さないでください!! いったいどこのアダルトビデオですか!? しかも男の僕がそんなことしたって気持ち悪いだけじゃないですか!!」


「そ、そうだ。私玄関から『ただいま~』って入ってくるから、裸エプロンの姿で『おかえりなさい、玉藻さん。ご飯食べながら『えっちぃ』ことします? お風呂で『えっちぃ』ことします? それともそのままここで『えっちぃ』ことします? ぽっ』って言ってみて!! お願いだから、言ってみて!!」


「絶対にいやですよ!! 完全に変態じゃないですか!! だいたい、なんで全部『えっちぃ』ことと抱き合わせなんですか!? おかしいでしょ!?」


「え~~、でもミネルヴァから借りた『ボーイズラブ』系の漫画だとしょっちゅうそういうシチュエーションが出てくるわよ~」


「また、み~ちゃんかああああっ!! しかも、エロ漫画だけでなくBL系までって!? 帰ってきたら絶対とことんお説教してやるんだから、もう!! それよりも玉藻さん、お願いですから自重してくださいって。明日、玉藻さんのおうちに行けば二人っきりになれるじゃないですか。そしたらいくらでも付き合いますから」


「いやよ!! いまがいいんだもん、ここがいいんだもん、今この時この場所ですることが大事なんだもん!! 私は自分の心にできるだけ正直でいたいの。特にあなたへの想いを一瞬たりとも誤魔化すような行為はできるだけしたくない。ってか、ゴリゴリ押し通すし、押し倒すけど」


「押し通すのはともかく、ここでは押し倒さないでください!!」


「え~い、こうなったら実力行使よ!! 観念しなさい、宿難 連夜!! ていっ!!」


「ああっ!!」


 玉藻の腕の中からなんとかして逃れようとした連夜であったが、それよりも早く玉藻に足払いをかけられてしまい、踏ん張ることもできずにモロに倒れてしまう。両手両足を玉藻に拘束されたまま受身が取れない状態での転倒。打ちどころが悪ければ大けがをしかねない倒れ方であったが、そのあたりのことは玉藻がよくわかっていて、自分の体を下にしてクッションとなったので連夜には転倒のダメージはなかった。

 しかし、そうはいってもクッションとなった玉藻には少なからずダメージがあったはずなので、連夜は慌てて目の前の玉藻に問いかけようとする。


「た、玉藻さん、だいじょ・・むぐっ!!」


 理不尽な暴力や差別から連夜を守るために、日夜体を鍛え続けている玉藻にとって、この程度の衝撃は衝撃のうちに入らない。むしろ倒れながらもがっちりと連夜の体をホールドしなおした玉藻は、心配そうな表情で自分のほうに連夜が顔を向けてきたその瞬間を絶好の好機とみて、素早く連夜の唇を奪う。

 最初は荒々しく連夜の唇を貪っていた玉藻だったが、徐々にそれは優しくなっていき、最後のほうは完全に甘えるようにゆっくりと重ねる。そして、しばらくそうした後、そっと唇を離した玉藻は、連夜が口を開こうとするのをそっと人差し指で抑えて止める。


「ごめんね、連夜くん。いつもいつも強引に私の思うがままにさせてしまって本当にごめんなさい。でも、お願い、こんな私だけど嫌いにならないで、そして、受け入れて。多分、ありのままどんな姿の私でも受け入れてくれるのは連夜くんだけだから。だから、お願い、勝手なお願いだってわかってるけど・・甘えさせてほしいの」


 流石の連夜も今日はお説教するしかないとばかりに口を開こうとしたのだったが、すがりつくような潤んだ瞳に、いつにない弱々しい姿の玉藻に懇願されてしまい、あっというまに戦意を消失させられてしまう。

 連夜の表情は怒り出す寸前のそれから困惑の表情へと変わり、そして、深い溜息を一つ吐き出した後には、完全に敗北を認めたものの表情となっていた。


「ここでは・・ダメですよ。僕の部屋ならいいです」


 ぼそぼそと恥ずかしそうに顔を俯かせながら呟いた連夜の言葉は、非常に聞きづらいものがあったが、霊狐族特有のスーパー聴力でその言葉をしっかりと聴いた玉藻は、思わずガッツポーズを取る。


「よっしゃあっ!!」


「『よっしゃあ』じゃあないですよ、本当にもう・・」


 顔を熟したトマトのように真っ赤にし、恥ずかしそうに体を小さくしていく連夜。そんな連夜の姿がかわいくて愛おしくてしょうがない玉藻は、益々力を込めてその小柄な体を抱きしめる。そして、もう一度優しく連夜の唇に自分の唇をちょっとだけ重ねて離すと、物凄く嬉しそうに床から身体を立ち上がらせる。

 そんな玉藻のあまりにも邪気のない嬉しそうな姿に、連夜も苦笑するしかなく乱れた着衣を直しながら床から身体を立ち上がらせるのだったが、その途中、突如玉藻が厳しい表情になって周囲を見渡し、戦闘態勢を取るのが見えて、連夜は慌てて玉藻に問いかける。


「ど、どうしたんですか、玉藻さん? 何か問題でも?」


「いや、いつものパターンだと、そろそろ邪魔が入ってもおかしくないタイミングだから、一応警戒してみたんだけど」


 白地に赤いくまどり模様が特徴の狐の顔に、全身金色の獣毛に包まれた半人半獣の姿に一瞬にして変化した玉藻は、油断なくキョロキョロと周囲の気配を探る。しかし、周囲に自分達を邪魔する気配を感じられずその心配が杞憂だとわかると、再び『人』の姿にもどり、横に立つ連夜のほうににっこりとほほ笑みかけるのだった。


「ごめんごめん。私の杞憂だったみたい」


「そうですか? でも、玉藻さんの予感って当たりますからねえ・・やっぱり、明日にしましょうか?」


 てへへと照れ笑いを浮かべながら連夜に謝る玉藻だったが、連夜のほうはそれですぐには納得せず、腕組みをしながらどこか不安げな表情で考え込み始め、行為の延期をそれとなくすすめたりもしたのだが。


「ダメ。絶対ダメ。やると決めたからには絶対にするの!!」


「いや、でもですね」


「ほらほら、連夜くんの部屋に即行こう、すぐ行こう、今行こう」


 連夜の提案をきっぱりと断った玉藻は、若干まだ渋い表情をしている連夜の腕を取って引っ張るとずんずんとキッチンから出て二階にある連夜の部屋へと向かっていく。そして、階段を上りきったところで連夜の身体を先にして押し出す。


「どこどこ? 連夜くんの部屋? そういえば私、連夜くんの部屋には入ったことないからわからないんだった」


「そういえばそうでしたね、いつも僕が玉藻さんのご自宅にお邪魔する形ですものね」


「あいつさえいなければなあ。私、連夜くんのお義父様もお義母様も大好きだし、なかなかいい関係作れていると思うから、このお家に来るのは問題ないはずなんだけど・・あいつがいたら絶対邪魔するだろうしなあ、何しでかすかわからないし」


「そうですねえ。幸い今日はいませんから大丈夫ですけど。あ、こっちです」


 微妙な疲れた苦笑を浮かべて見せたあと、連夜は廊下の一番奥にある扉の前に玉藻を案内する。質素ではあるがなかなか小奇麗な木製の扉には、同じような木でできた小さな立札がかけられていて、達筆な東方文字で『連夜の部屋』と書かれている。


「ここか~。ここが連夜くんの部屋かあ。どんな部屋なんだろ。彼氏の部屋に入ったことなんてないからどきどきするしわくわくするわ。早く入りましょ、早く早く」


「べ、別に普通の部屋ですよ。それじゃあ、どうぞ」


 テンション高くはしゃぎ続ける玉藻に照れ笑いを浮かべて見せながら、ドアノブにを手をかけて扉を開けようとした連夜だったが。何を思ったのか、すぐには開けようとせず、そのまま動きを止めてしまった。そして、不審そうに首を傾げ連夜のほうを見つめる玉藻のほうにちらちらと視線を走らせる。


「ど、どうしたの連夜くん?」


「あ、あの、ちょっとお願いがあるんですけど」


「何なに? 実は鍵がかかっている・・って自分の部屋なのにそれはないよね。じゃあ、部屋が片付いていないからちょっと待ってくれかな? いやいやそれはないわよね、整理整頓は常に完ぺきの連夜くんだし。あ、わかった!! お約束でしょ、恥ずかしいエロ本隠すから待ってくれってやつね!! そうかそうか、連夜くんもお年頃だもんね、そういう本の一つや二つ・・て、そういえばミネルヴァが言っていたけど、どれだけ探しても連夜の部屋にはエロい映像記録水晶どころか、エロ本もエロ漫画もないっていっていたな。じゃ、じゃあなんだろ」


「み、み~ちゃん、僕がいない間にそんなことしていたのか!? 学校から帰ってきたときに僕の部屋がちらかっているときがあったとのはそういうわけかあっ!! 本当にもうしょうがないんだから、あの『人』は!! って、いや、そうじゃなくてですね、つまりその・・」


「な、なになに、なんなの?」


「きょ、今日はその・・部屋の念気景光灯(サイライト)消したままでいいですか?」


 顔を伏せたままで身体をもじもじさせながら小さな声で呟く連夜。そんな連夜の言葉をしばし呆気に取られて聞いていた玉藻だったが、その真意を探ろうとするかのように伏せている連夜の顔をじ~~っと凝視する。すると、連夜は玉藻の視線を避けるようにして目を背けると顔を隠すようにする。よく見ると顔はゆでだこのように真っ赤になっている。


「なんで? 別に明るくてもいいじゃない」


「い、いや、その、やっぱり、は、恥ずかしいじゃないですか」


「なんでなんで!? だってもう何度も一緒にお風呂に入ってるんだよ!? しかもあの明るいお風呂場の中でお互いの身体ばっちり見ながらしちゃってるし、今更、恥ずかしがる必要ないじゃない!? ちなみに私は連夜くんにならどれだけ見られても全然平気よ。周囲に誰もいなかったら道のど真ん中だって素っ裸になれるわよ!?」


「あわわわ。み、道端で素っ裸はやめてください」


「例えよ例え。それとも連夜くんは私の裸なんかみたくもないっていうわけ?」


「違います違います!! 玉藻さんはすっごく奇麗で、それを見れるのはすごく嬉しいです。それに僕の身体は傷だらけで、全然奇麗じゃないし、みっともなくて、『人』に見せられるようなものじゃないですけど・・僕も玉藻さんになら見られても別に問題じゃありません。そこじゃなくて・・」


「じゃあ、なに?」


「あの・・僕って、あの、してるとき、ひどい顔してますよね?」


 一瞬連夜の言ってる言葉の意味がわからずぽか~んとした表情を浮かべ、連夜のほうをしばらくの間見つめていた玉藻だったが、すぐに我にかえるとぶんぶんと首を横にふってその言葉を否定する。


「は? ひ、ひどい顔って? 連夜くんは別にひどい顔してないわよ、かわいいわよ、凛々しいわよ、いつも」


「で、でもでも、ぼ、僕、凄い声出してるみたいだし、してる途中からどんどんその・・自分でもわけがわからなくなってきて、でも、一応変な顔しているだろうなっていう自覚はあるんです。だからその、あ、あんまりみられたくないっていうか」


「へ、変な顔って、別に普通に・・ああっ、そういうこと!?」


 言葉の内容がやっぱり理解できずに頭を捻りかけた玉藻だったが、唐突に連夜の言っている意味を理解してぽんと左手の手のひらに自分の右こぶしを軽く叩きつける。すると、理解されてしまったことで余計に恥ずかしくなってしまったのか、連夜は益々顔を赤くし身体を小さくしていく。


「さ、最初の頃は何が何だかわからなくて、無我夢中で玉藻さんに応えるだけで精一杯だったし、今でもそんなに余裕はないんですけど、それでも最近は多少、自分がどういう状態になっているかわかってきたんです。ぼ、僕、すごい声出して、すごいこと言っていますよね。それだけじゃなくて、絶対『人』に見せられないような顔していると思うんですよ。きっと、自分が見たら気持ち悪くてすぐに燃やして捨てたくなるようなそんな顔をしているはずなんです。だ、だから、今更ですけど玉藻さんには見てもらいたくないし、見せたくないなあって。は、恥ずかしいし、格好悪いですし。ね、ね、そういうわけで部屋の念気景光灯(サイライト)消していいですよね?」


 顔を俯かせ両手の指を突き合わせながらぼそぼそと小さな声で恥ずかしそうに呟く連夜。そんな連夜の姿を見た玉藻は、『新婚初夜直前の新妻みたいでなんてかわいらしいの、連夜くん!!』と、半ば陶然としながら連夜のお願いをうっとりと聞いていて、思わず『そんなことくらいなら、いいわよ~』と頷きかけたが、口から出かけたその言葉を慌てて飲みこむ。

 そして、ぶるぶると首を横に振って土砂崩れを起こしかけていた表情を引き締めると、これ以上ない真剣な表情になって連夜に詰め寄りその両肩を痛くならない程度に強く握る。


「連夜くん、それは・・それはダメよ!!」


「な、なんでですか!?」


「だって、消しちゃったらよく見えなくなっちゃうじゃない!!」


「いや、玉藻さん霊狐族で夜目がばっちり効きますよね? 詳細には見えないでしょうけど、僕が何やってるかとか部屋に何があるかとかは見えますよね?」


「詳細に見えないのが問題なんじゃない!! いくら夜目が効いても念気景光灯(サイライト)消しちゃったら、してるときの連夜くんの顔が全然見えないもの!!」


「ええええっ!? そ、それを見られたくないんじゃないですかぁっ!!」


「私は見たいの!! あの切なそうな連夜くんの顔と声がいいんじゃない!! もう泣き出しそうなのと気持ちよさそうなのの微妙な表情の連夜くんの様子が一番私の胸にキュンとくるのに、それを見られないなんて、絶対いや!!」


「ぎゃああああっ!! そ、そんな説明しないでください!!」


 きっぱりと言い放つ玉藻の言葉を聞いた連夜は、思わず愕然とした表情を浮かべて目の前の玉藻を見つめ返す。よく見るとその黒い瞳には若干光るものが浮かびかかっていたし、よく聞くとその声は涙声になりかかっていて、『かわいそうだから、やっぱり念気景光灯(サイライト)消していいよっていってあげようかな』と思ったが、玉藻はぐっと心を抑える。


「連夜くん、聞いて。連夜くんが見せたくないっていう表情だけど、私以外の誰かに見せることってある?」


「あ、あるわけないじゃないですか!! だ、だって・・あ、ああいうことしているときだけですし」


「でしょ? 他の『人』には見せることのない表情なわけでしょ? 私だけが見ることができる特別な表情なわけでしょ?」


「僕としては一番見られたくない『人』に見られちゃってますけど」 


「連夜くんてね、相手がはっきり敵対行為を示したり、連夜くん自身が敵と見定めない限り、誰にでも優しいし親切に接するじゃない。自分が認めた相手に対しては本当にまっすぐに接していると思うし、その『人』のことを真剣に考えていると思う。だけど、そんな連夜くんも、心の一番奥底にある最後の一線だけは踏みこませないよね?」


 先程までのふざけた様子や浮かれた様子が一切ない真剣な瞳。決して疑いや信じていないといった負の感情の光ではないが、透き通るような真っすぐな意思で連夜を貫くようにその目は連夜を見つめ続ける。それに対し、連夜はくしゃりと顔を歪ませて慌てたように口を開こうとする。


「た、確かにそうかもしれませんけど、でも僕は玉藻さんには・・」


「ああ、うん。わかってる、わかってるから、そんな泣きそうな顔しないで連夜くん。ちゃんとわかってる、私にはほぼ全部見せてくれているもんね。連夜くんが本当は誰にも見せたくない『闇』の部分も合わせて全部が全部私に見せてくれている。わかってる。連夜くんは他の『人』には見せなくても私には見せてくれていることは知ってるしわかってる。だからあなたに聞きたいの。私がそれを見てたった一度でも連夜くんを拒絶したりしたことがあった?」


「そ、それは・・ないです」


「でしょ? どんな連夜くんだって私は受け入れるわ。それは『心』の話だけじゃないのよ、あなたのすること、一挙手一投足、そして、その表情まで全て。見たいの、あなたの全てが。自分で自分が狂っていると自覚できるくらいあなたのことが好きだから、愛しているから、どんな姿のあなたでもずっと見ていたいの」


 これ以上ないくらい真剣な表情と口調で自分の想いを告げる玉藻の姿を、連夜はしばらくじっと見つめていたが、やがて顔を俯かせたまま小さな声で問いかける。  

 

「わ、笑ったりしません?」


「絶対しない」


「き、気持ち悪いっていったりしません?」


「絶対言わない。というか、今まで一回も私そういうことしたり言ったりしたことないでしょ?」


「・・はい、確かにそうです。はあ~~・・わかりました、念気景光灯(サイライト)つけてていいです」


 そう言ってやっぱり物凄く恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯かせ、もじもじと身体をゆすりながらも、連夜はゆっくり頷いた。それを見た玉藻は、今までの真剣な表情をかなぐり捨てて連夜の身体にむしゃぶりつく。


「もう!! もうもう!! 連夜くん、なんでそんなに初々しくてかわいいの!? 本当にもうすぐ十八歳!? かわいいわ、本当にかわいくてかわいすぎるくらいかわいいわ!! そんな連夜くん大好き!! こんなガサツな私に、なんで連夜くんみたいな超絶にかわいいお婿さんがいるのかしら!?」


「ちょ、ちょっと玉藻さん、やめてくださいってば」


 玉藻に思いきり抱きしめられほっぺをぐりぐりと押し付けられた連夜は、たまらず身体を恥ずかしそうによじりながら抗議の声をあげるが、玉藻はそんな連夜の仕草が余計にかわいく見えてしまい解放するどころか、抱きしめる腕の力をさらに強めてしまう。


「えへへ、私だけの連夜くん。私の腕の中のあなただけが本当のあなただって、私はちゃんと知っているんだから。どこに逃げようとしてもダメなんだから、どこに逃げようとしても絶対に逃がさないんだから、例えそれが地獄だって逃がさない、今度は逃がさない、どこにも行かせない、それでもどうしてもあなたが行くというなら私はついていくもの。どこまでもどこまでもどこまでも、地の果てまでも。天の河の向こうでも。この世界の向こうだって・・ついて・・いくんだから」


「玉藻さん・・」


 連夜を抱きしめて途中まで幸福の絶頂という表情をしていた玉藻だったが、呟くその言葉が進むにつれて徐々にそのトーンは落ちて行く。そして、最後の方にはぽろぽろと涙を流し出し、いつのまにか抱きしめていた玉藻が、逆に連夜に抱きしめられていた。

 玉藻のように強い力で拘束するような抱きしめ方ではない。優しくふわりと包み込むように、連夜は玉藻を抱きしめ続ける。そして、想いをこめてその背中をゆっくりと撫ぜ続ける。

 

「大丈夫ですよ。僕はどこにも行きませんから。玉藻さんの側にずっとずっといますから。玉藻さんがそれを許してくれる限りですけど」


「当たり前でしょ!! 許すとか許さないとかじゃない!! あなたがいなくちゃ・・あなたがいてくれなくちゃ、もう私は私じゃない!!」


 いつもと変わらぬ穏やかな表情にいたずらっぽい口調で玉藻を覗き込む連夜に、玉藻は涙を拭きもせぬまま激しい口調で吠えるように噛みつくように答える。そして、すぐにまたふにゃっと表情を歪めると、連夜の身体を強く引き寄せるようにして抱きしめる。

 

「・・一年前、あなたが私の想いに答えてくれた日、私はようやく私になれたの。私は絶対にあの日を忘れないわ。あなたが私を私にしてくれたあの日を。あの日が来るまでの私は、ぼんやりと毎日を生きている幻だったような気がする。ガラス越しに自分を見つめて、冷めた目でなんの感動も感慨もないままにだらだらと毎日を過ごしていたわ。でも、あの日あなたが現れた。あなたが私の前に現れて、私を受け入れてくれたあの日から、私の世界に色がついた。目の前にあったガラスが砕けた。そして、この『世界』に物凄く大事なものがあるって気がついたの」


 連夜から少しだけ身体を離し、玉藻は万感の想いをこめて自分の宝物を見つめる。血のつながった家族に絶望し、普通の『人』、普通の『家庭』で当たり前に与えられるはずの温もりは一生自分には無縁であると思いこんでいた玉藻の腕の中に突然飛び込んできた掛け替えのない宝物。

 惜しげもなく毎日毎日自分に優しく温かい何かを与え続けてくれるそれは、今日も、いや、たった今も玉藻の心を包み込み温めて続けてくれている。


「一年前・・そうですか、もう一年になるんですね、僕と玉藻さんがこういう関係になってから」


 目の前に立つ最愛の女性を見つめながら、ぽつりと、しかし、非常に深くて重い想いを込めて呟く連夜。そんな連夜に玉藻はかすかな笑顔を浮かべて見つめ返す。


「そう、もう一年。それどころか二週間後には私達本当に夫婦になる」


「そうですね。僕もいよいよ十八歳になります。この都市の条例だと十八歳以上にならないと結婚できないから一年待ちましたけど・・本当に長かったなあ」


 そう言って顔を見合せた二人はなんともいえない苦笑を浮かべて見つめ合う。 


「長かったわねえ、いろいろあったし」


「いや、本当にいろいろあった一年でした。玉藻さんと恋人同士になってからも、婚約してからも、思い返せばよくもまあいろいろとあったもんです」


 はふ~~と大きく長い溜息を吐きだす連夜。そんな連夜に心から楽しそうに微笑みかけながら玉藻は言葉を紡ぐ。


「いろいろとあったけど、私は楽しかったわよ。特にね」


 目をキラキラと輝かせながらこの一年にあった思い出をしゃべりだそうとする玉藻の唇に、そっと自分の人差し指を当ててストップさせた連夜は、そっと玉藻の片手で掴んで握る。


「あ~、待った玉藻さん、とりあえず、僕の部屋に入りませんか。廊下で立ち話もなんですし」


「そ、そっか、そうね」


「今ふと思ったんですけどね、僕の視点から見たこの一年と、玉藻さんから見たこの一年ってきっと違いますよね。通ってきた出来事は同じだろうけど、見てきたものは微妙に違うと思うんですよ」


「あ~、うん、それはそうね、で?」


「そう言えば僕達って、この一年にあったこと振り返ったことなかったなあって思って。折角だから玉藻さんが見てきたこの一年を聞かせてください。勿論、僕も話しますから。それから布団に入っても、遅くないでしょ?」


 連夜の言葉を聞いた玉藻はしばらくう~~んと考え込む。最近ずっと誰かに邪魔されて愛を交わすことができなかったので、欲求不満がおおいに溜まっている玉藻であったが、しかし、連夜の視点から見たこの一年の話を聞いてみたいという気持ちもある。特にいくつかのある事件については玉藻は直接関わることができず、第三者の視点での話しか聞けなかったものがあるからだ。玉藻はそれからしばらく考え込んでいたが、結局、連夜の視点の話に対する興味が勝ってしまい、渋々連夜に頷いて見せる。

 

「まあ、そうね~。まだ深夜には程遠いし、明日は休みだしなあ・・でも、想い出話しが終わったら絶対するわよ」


 玉藻の言葉に連夜はやはり変わらぬ穏やかな笑みを浮かべて頷き返し、ゆっくりとドアノブを回して部屋のドアを開けると自分の部屋に玉藻を誘う。

 

 この日、二人は夜遅くまでこの一年にあった、たくさんの出来事を話した。

 最初に話を始めたのは連夜で、その想い出話は、一年前の玉藻と連夜が恋人同士になる直前から始まった。

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