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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
79/199

第九話 『姉烏弟鴉』 その1

 『中央庁』


 世界に点在する各城砦都市の中に必ず一つ存在し、その都市の行政、立法、裁判、その他公共に関わる全ての仕事の一切を取り仕切る都市の最高機関。

 当然そこに集中することになる権力は生半可なものではなく、その頂点付近に到達できた者は、間違いなくその都市でも有数の力ある権力者になることができる。

 勿論、だからといって好き勝手できるというわけではない。

 『中央庁』という一つの名前で一括りにされてはいるが、その内部はいくつもの省庁にわかれており、それに伴って行使できる権力も自然と限られたものとなる。

 とはいえ、どの省庁のトップになったとしても社会的に与える影響力はどれも絶大なものがあり、やはり、そこに君臨することができたものは昔の『王族』、あるいは『有力貴族』に匹敵する権力者となるのだ。


 それゆえに、その『力』を求めて『中央庁』に集まってくる『人』は後を絶たない。


 あるものは『人』々やその『人』々が住み暮らす平和な『社会』を守るという崇高な使命に燃えて。

 あるものは自らの社会的地位の向上、あるいは見果てぬ栄光、あるいは巨万の富を手にすることを夢見て。

 そして、またあるものは、『人』には決していうことのできぬ、汚れきった己の欲望を満たすために。


 様々な思惑を抱えて我こそはとたくさんの『人』々が『中央庁』の門戸を日々叩き続ける。


 当たり前であるが、エリート中のエリートばかりが集う『中央庁』に入ることができるのはほんの一握りの者のみ。

 そして、更に、その中でも運と才気に恵まれた者だけが頂点へと登りつめることができる。


 さて・・


 今、ここにその世にも稀なる幸運に恵まれた者が一人存在している。


 彼の名はレラジェ・パターソン


 『聖魔』族の中でも特に高い位に位置付けられている上級種族の出身。

 ライトブラウンのサラサラ髪に、髪の色よりは少しばかり濃いブラウンの目、高い鼻、シャープな顎、頭からは二本の山羊の角、エルフ族と同じ尖って長い耳。

 百八十前後の長身に全体的に細い体、長い足。

 『人』型種族の中ではまず間違いなく『イケメン』とか『ハンサム』に位置付けられる美男子。

 容姿ばかりが際立っているわけではない。

 その性格もまた実によくできていた。

 清廉潔白で、公明正大。

 誰にでも礼儀正しく、弱い者には優しく、いつも笑顔を忘れないナイスガイ。

 そういう性格なので、自分の職場だけでなく他部署に勤めている多くの者達からも慕われている。 


 そんな彼は、都市の内部の至るところを走る道路、あるいは他の都市へと通じる様々な『外区』の道全てを管理し運営する『道路管理省』の八人の幹部の内の一人だ。

 二十代前半で『中央庁』に就職した彼は、信じられない勢いでいくつもの事業を成功させて信じられない勢いで出世していった。

 そして、十年もたたぬうちに、彼は『道路管理省』という大きな山を登り切ってしまったのである。


 一応、彼以上の最速記録で登りつめた者は数人存在している。

 しかし、それでも凄い偉業であることには違いない。

 

 『中央庁』はよく悪くも完全な実力世界である。

 同じように頂点を目指す者達が互いに潰しあうことも珍しいことではない。

 いや、どちらかといえばそれが普通で、そういった光景は日常茶飯事に行われている。

 そんな激しい争いの中を、彼は登り切ってみせたのだ。


 類稀なる幸運と他のライバル達以上の実力と才気を存分に振るいレラジェはそこに到達したのだ。




 ・・と


 事情を知らぬ者達はそう信じている。


 

 だが、しかし、どれほどの幸運に恵まれていようとも、どれほどの実力才気に溢れていようとも、物事には限度というものがあり、絶対に踏まなくてはいけない段階というものもある。


 それら全てを無視して何のイベントもハプニングもなく進むということは、絶対に『ありえない』ことなのだ。


 だとすれば、彼のこの偉業はなんなのか?


 その答えは彼が持つ、もう一つの『顔』にある。


 そう、彼には『人』には絶対に言えないもう一つの顔があった。

 『人身売買』を主な活動内容とする犯罪組織『バベルの裏庭』の幹部という顔が。


 『バベルの裏庭』


 かつて強大無比な『異界の力』を存分に振るい、この世界に君臨した数々の上級、いや特級種族達。 

 世界の怒りが生み出した『害獣』達の容赦ない攻撃により、そのほとんどが食われて殲滅、現在絶滅に向けてまっしぐらに道を進んでいる。

 しかし、まだ完全に滅ぼされてしまったわけではない。

 いくつかの種族はしぶとく『害獣』の難を逃れて生き残った。

 そんなかつての支配者達の末裔が集まり、作り出した組織が『バベルの裏庭』である。


 組織を生み出し運営している幹部達の多くは、いずれ世界の怒りが解けて『害獣』達が姿を消す時がやってくると固く信じている。

 その時、未だに強い『異界の力』を保持している自分達が世界の主となり、かつての先人達同様に世界に君臨することができるとも。

 しかし、そのためにも彼らの手足となって働く忠実な下僕が必要であった。

 特に、危険な『外区』で活動することができる下僕が。


 『外区』は危険だ。

 『異界の力』を駆逐すべく世界中のあちこちに存在してその猛威をふるい続けている『害獣』達は勿論のこと、『害獣』の出現以降、生態系の変化によって突然変異した凶暴な原生生物達、あるいは元々存在していた肉食獣や人食植物など、ともかく『人』類の敵がそこらじゅうを跳梁跋扈しているのだから。

 しかし、同時に『外区』は宝の山でもある。

 城砦都市内部では決して採取できない、貴重な鉱物や植物、食物が唸るほど存在している。

 いや、そればかりではない。

 脅威であるはずの『害獣』や原生生物達もまた莫大な利益をもたらす宝の一つでもあるのだ。

 『害獣』の死骸から採取できる骨や皮は、強力な武器の材料に、血や肉、内臓はいろいろな薬の原材料として高価な値段で取引されている。

 珍しい原生生物からとれるそういった骨や皮、血や肉、内臓なども馬鹿にはできない。

 そのほとんどは『害獣』ほど高価ではないが、それでも十分な収益になるし、また珍しい生物であれば時に『害獣』の値段を越えることもざらにある。


 ともかく『外区』は非常に金になるもので溢れているのだ。


 しかし、五百年前の全盛期に比べ、血が薄くなり衰えたとはいえ未だ、他の種族以上に強い『異界の力』を保持している彼らにとって『外区』はまさに『死地』に他ならない。


 一応、『異界の力』を『害獣』達に悟られないようにすることができる最新機器がないわけではない。

 ないわけではないが、どれもほんのわずかな短時間使用するだけで莫大な金がかかってしまう為、効率性があまりにもよくない。


 そこで『奴隷』の登場となるわけである。


 『奴隷』には実にいろいろな種類が存在しているが、特に金持ちの上級種族に人気が高い種類が三つ存在している。


 一つ目は『愛玩動物(ペット)』と呼ばれる『奴隷』。

 これは『害獣』によって同族のほとんどを殺され希少種となった種族の子供や、外見的に美しい子供達を、文字通りペットとして飼う為、あるいは自分の性的欲求を満たすための道具として使用するための『奴隷』。

 当たり前であるが、勿論、『愛玩動物(ペット)』が『外区』の作業を任されることはない。


 二つ目は『防護壁(バリヤー)』と呼ばれる『奴隷』。

 特に強い『異界の力』を持ち、『害獣』に感知される危険性が高い上級種族の者達の間で特に人気が高い種類の奴隷で、この種の『奴隷』として選ばれるのは肉体的に頑健でありながら『異界の力』をほとんど持たない種族の者達。

 彼らは、常にボディガードのように主人の周りに陣取り、もし万が一の場合は真っ先に『害獣』に突撃するように徹底して教育、あるいは洗脳される。

 しかし、突撃すると言っても倒すために突撃するわけではない。

 どちらかといえば『害獣』にわざと食われるために突撃するのだ。

 彼らが食われることで時間を稼ぎ、その間に主人を逃がすのである。

 彼らはそういった非人道的な使命の為に奴隷にされるため、『人』としての思考能力を真っ先に消される。

 よって、やはり『外区』で行われる採掘作業などといったデリケートな仕事に使用されることはない。


 そういうことで、上記以外の三つめが『外区』での作業専用奴隷となる。

 その名もズバリ『作業員(ワーカー)』と呼ばれる『奴隷』がそうだ。

 彼らは『人』が行くことが難しい地域に派遣され、そこで作業することを命じられる。

 たとえば『害獣』達や凶暴な原生生物達が異常発生している場所。

 たとえば『人』体に有害な毒ガスや、病気のウィルスが蔓延している場所。

 たとえば上記二つの脅威がなくとも、行って作業するだけでも困難極まる場所。

 そういうところに『奴隷』達を派遣して、富を得る。


 『バベルの裏庭』はそういった種類の『奴隷』達を作り出し続けている。

 あるときは自分達の利益を直接生み出す道具として。

 またあるときは各都市の選民思想の上級種族、あるいは犯罪者達という上客達に販売する為の商品として。 

 

 レラジェの担当は、『奴隷』の元となる下級種族や、希少種種族の者達の身柄を確保すること。

 つまり『拉致誘拐』担当だ。

 その手口は非常に悪辣なものがある。


 架空の旅行会社が主催する『外区』への格安の観光ツアー。

 それにまんまと釣られて集まってきた参加者の中から、優良な素材をピックアップする。

 そして、『外区』へのツアーの最中、行方不明になってもおかしくない『外区』の危険地帯で『拉致誘拐』を決行するのである。


 勿論、そのとき『拉致誘拐』は成功しても、普通ならそのあとバレることになるのは必至だ。

 なんせそれだけ大掛かりな拉致誘拐ともなれば、誘拐時の痕跡や証拠を現場から消し去ろうと思ってもなかなか全て消し去ることはできないのだから。

 場数を踏んだ優秀な捜査員が現場を調査すれば一発でそれらは見つけ出され、レラジェをはじめとする誘拐に関わった者達は全て逮捕されてしまうだろう

 だがそうはならない。


 何故なら、彼が『拉致誘拐』を実行に移す場所は、いずれも彼の管理下にある場所だからだ。

 そう、『道路統括管理官』の彼の支配下にある場所で犯罪は実行されるのである。

 まず犯罪が行われる日、『拉致誘拐』が実行される予定の『外区』地域では、ターゲットとなる観光ツアー客以外の誰も地域に入れないように規制される。

 そして、『拉致誘拐』実行した後は、犯罪を行ったわずかな痕跡も、動かぬ証拠も、犯行を目撃した目撃者事態も、全て綺麗に処分される。


 勿論、それらを実行するのは彼の配下である、『中央庁』の『道路管理省』に実際に勤めている現役バリバリの役人ばかり。

 誰も疑わない、疑うはずなどない。

 まさか、役人自身が犯人だなどと、誰が思うだろうか。


 これだけでも十分、彼らの悪行を覆い隠しているが、計画を立案し実行しているレラジェは更に念を入れている。


 毎回『害獣』の動きが特に活発なところをわざと選んで、犯行を実行に移しているのだ。

 それは勿論、捜査の手を届かせない為に他ならない。

 だいたい、誘拐事件という大きな事件の捜査の指揮を執ることになるのは上級種族のエリートであることが多い。

 それはやはり、未だに根強く残る種族差別の風潮のせいであることは言うまでもないことだが、ともかく、下っ端の捜査員達はともかくとして上で指揮を執る肝心の指揮官達が上級種族ともなれば、『害獣』の出現場所においそれと行くことができない。

 なんせのこのこと彼らがそんな場所に出て行けば、彼ら自身が『害獣』に襲われて被害者になりかねないのだから。

 では、下っ端だけで捜査をすればいいのかといえばそういうわけにもいかない。

 城砦都市『嶺斬泊』では一応、種族的な差別行為は重罪である。

 上級種族の上官は安全なところに隠れて、下級種族の捜査員達だけを危険極まる現場に行かせたなんてことが公になってしまうと、社会的大問題になってしまう。

 そういうことで大概、捜査は現場から離れた『害獣』の脅威が少ない場所でおざなりに行われて、痕跡も証拠も見つけることができないままに収束、そのままお蔵入りになってしまうというのがいつものパターンだった。


 勿論、『拉致誘拐』を行うほうにも危険がないわけではない。

 しかし、彼らは予め『異界の力』を『害獣』に感知させない設備を現場に用意したうえで犯行を行っている。

 それらの設備は実に高価で普通ならおいそれと手に入るものではない。

 だが、ここでもレラジェの『道路統括管理官』としての権限がモノをいうことになる。

 『外区』に新しい道路を配備する、あるいは、『外区』の危険地域の道路を整備するという名目で、それらの最新設備を購入しているのだ。

 それも『中央庁』の予算を堂々と使ってだ。

 呆れたことに使っているのは間違いなく、彼が管理担当にある『外区』の道路上。

 しかも、公共事業を行うときにも普通にそれらの設備を使用しているものだから、誰も怪しみもしない。


 ほぼ完全と言っていいだろう。

 彼らの中で誰かが余程の不手際でも起こさない限り、これらの犯罪を表に引っ張り出すことは不可能。

 いや、仮に組織の構成員の誰かが不手際を起こして、誰かがそれに気がついたとする。

 それでも、それを表に引っ張り出すのは容易なことではない。


 何故なら、レラジェ以外にも、たくさんの組織の構成員がこの『中央庁』に潜り込んでいて、常に組織に不利になる情報をもみ消して闇に葬っているからだ。

 彼が所属している『道路管理省』以外の部署に存在している彼らは、常に実行犯であるレラジェの動向を監視している。

 その理由の大半はレラジェが裏切った、あるいはヘマをした場合に制裁を加える、あるいは切り捨てる為であるが、場合によっては組織の利益の為に助ける為でもある。


 これだけ大掛かりな隠蔽工作が行われる状況で、彼の行う、あるいは過去行ってきた犯罪がバレるということが起こりうるだろうか?


 ない。


 あるわけがない。


 例えあったとしても、すぐにもみ消せる。

 組織の力は半端なものではなく、そして、その組織に唯一対抗する力をもつ『中央庁』には組織自身の手が深く潜り込んでいるのだ。


 レラジェは自分自身が、表社会でも裏社会でもその名を轟かす数少ない真の権力者であると確信していた。

 そして、彼の栄光はこれからも続く。

 彼自身もそうだし、彼の周囲にいるものそう。

 表の顔しか知らない者も、裏の顔を知っている者も。

 ほとんどの者達がそう思っていた。


 だが。


 破滅の使者は、唐突に彼の前に姿を現した。

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