第八話 『二人の日常』 その6
「僕がここで行ってきたことは決して『正義』ではありません。かといって『復讐』というにはあまりも内容が希薄で大雑把すぎます。恐らく一番近いのはただの『快楽殺人』ではないでしょうか。自分が気に入らなかったから、ただ殺した。それが一番近い気がします」
『邪悪』な気配。
しかし、そう断じるにはあまりにも『悲しみ』が深すぎる。
『悲しみ』だけではない『後悔』や『虚無』の色まで見え隠れしている。
この草原で過去にあった出来事が、少年の心に深い深い傷跡になって残っていることは誰が見ても明らかだった。
そして、その傷跡が少年を複雑怪奇な魔『人』へと変貌させているのだった。
が、しかし。
玉藻にとってそれはどうでもいいことだった。
玉藻にとって一番大事なこと、それは・・
「そんなもんどうでもいいんじゃああ、この馬鹿彼氏がああああっ!!」
「うぎゃあああっ!!」
凄まじい勢いで繰りだされた『肉球掌底あっぱ~』が、連夜の頬を力一杯張り飛ばす。
勿論、力一杯手加減している。
玉藻の実力で本気出したら連夜は即死であるから。
それでも、非力な連夜は耐え切れず、吹き飛ばされて木の葉のようにくるくると宙を舞う。
そして、ある程度上空まで上がったところから急降下。
ひ弱な人間族の頭をかち割るには十分な硬度を誇る石の上めがけて落下していく。
そのまま、石に激突して大地を紅く染め上げるのかと思ったが。
「よいしょおっ!!」
落ちてきた連夜の体は、危なげなく半獣人化した玉藻の腕の中にすっぽり収まるのだった。
「め、めが回りますぅ~」
ほっぺの痛みはそれほどでもなかったが、空中を凄まじい回転で移動したことで連夜は完全に目を回してしまっていた。
はっきり言って吐きそうなくらい頭がくらくらしていたが、そんな連夜に玉藻は容赦ない言葉を浴びせかかる。
「目が回ったくらいどうってことないでしょうが。ほんとにもう!!」
「い、いやしかしれすね」
「あのねぇ。連夜くん。連夜くんが過去どれだけ罪深いことをしてきたのか知らないけどさ、そんなことは私の知ったこっちゃないし、どうでもいいのよ。と、いうか、外道どもの末路をな~んで気にしてやらなきゃいけないの? そんなことよりも連夜くん。連夜くんにはもっと思い悩まないといけないことがあるでしょうが!!」
「え、えっと、えっと、そのあの」
凄まじい形相で一気に捲し立ててくる玉藻に対し、混乱しきりの連夜は咄嗟に答えを返せず、哀れなほど慌ててあっち向いたりこっち向いたり。
玉藻の腕の中から逃げることもできず、涙目になって意味不明な言葉を羅列するばかり。
そんな連夜に呆れ果てたといわんばかりに大きな溜息を一つ吐き出した玉藻。
一拍置いたあと、再び裂帛の気合とともに自分の想いを連夜へとぶつけるのだった。
「わ・た・し・を、これからいかにして幸せにするか!? それを考えなきゃダメでしょ!? これからどうやって二人で幸せになっていくかを考えるべきでしょ? それなのになんでそんなに過去にこだわるの!?」
「!!」
「終わっちゃったことがそんなに大事? いや、本音を言えば本当は連夜くんの過去に何があったのか、知りたくないわけじゃない。むしろ全部知りたいし、いつかは全て話してほしいと思う。でもね、それは無理して暴き立ててまで知りたいってことじゃない。それを全て掘り出して知り尽くして、連夜くんという『人』が自分にふさわしい相手かどうか秤にかけたいわけじゃない。そんなことしたくない、絶対にしたくない」
「・・僕は、秤に掛けられても仕方ないようなことをやってきたんです。だから、そうされても」
「後ろめたいことを全くやったことない『人』ってこの世の中にいると思う? そんなのいやしないわよ。誰だってみんな心当たりがあるはずよ。それが『全くない』なんていう奴はとんでもない嘘つきか、自分のことが全くわかってないどうしようもない勘違いヤローかのどちらかだわ。そんなこと連夜くんだってわかってるでしょ? と、いうか連夜くん、最近おかしいよ。仮面をつけて私と会っていたときには、そんな弱気な姿一度だって見せたことないじゃない。我侭な私の為にいつだって一歩引いて付き合ってくれてはいたけどさ、それでも、こんなことなかったはずよ。なんだか今の連夜くんって、いっつも不安でいっぱいみたいに見えるのよ」
それはここのところずっと玉藻が感じていたこと。
自分はこの少年に愛されているという絶対的な自信があるが故に、自分の勘違いかと思って流してきたこと。
しかし、ここに至って玉藻は自分がここ最近感じていたことが、紛れもない事実であることを確信した。
「そ、そんなことは・・ない・・です」
そして、そんな玉藻の言葉を聞いた連夜の反応が、その確信を決定的に裏付ける。
いつもの柔らかく穏やかな笑顔はそこにはもうない。
仮面をつけていたときに感じていた、泰然自若とした雰囲気だってまるでない。
それどころか、ちょっとつついただけで、今にも崩れて消えてしまいそうなほど、儚く脆い感じを全身から感じる。
恐らく連夜自身もそのことに気がついているのであろう。
慌てて玉藻の腕から逃げ出そうとするが、当然玉藻は逃がさない。
がっちり連夜の身体を両手で拘束し、顔をこちらに向けさせる。
それでも連夜はどうにかして逃げ出せないものかとしばらくジタバタしていたが、やがて、根本的な種族が持つ能力差に圧倒的な開きがあることを今更ながらに思い出し、がっくりと肩を落として断念する。
「本当にそんなことはないんですよ・・なんてこと言っても、全然説得力ないですよね」
「うん。全く信じられない」
一応、抵抗はしてみるものの、予想通りそれは全くの無駄。
間髪入れずに一蹴されて逃走を断念した連夜は、仕方なくもう一つの道を選択することにする。
玉藻と、そして、自分自身と対峙する道を。
「信じられないんです」
「私のことが?」
「いえ、自分自身がです」
「?」
全く連夜の言葉の意味がわからない。
一瞬、いつものように真面目なフリで茶化しているのかと疑って目の前の連夜の顔を睨みつける。
しかし、連夜の表情は捨てられる、というよりも、凍え死ぬ寸前の子犬のようで、そんな気配は微塵もない。
口にしようとしていることが紛れもない本心であることを察した玉藻は、すぐに怒気を消して、恋人の言葉の真意を知るべく優しい表情で話を促す。
「僕は『人』に嘘をつきます、『人』を裏切ります、そして、『人』を陥れます。これまでもそうしてきました、そして、恐らくこれからもそうしていくでしょう。自分の気に入らない奴らを排除する為に、僕は僕のエゴを貫き通す為に『悪』を成します。僕がこれまで通って来た道には、僕が陥れた『人』達の怨念が山となってひしめいています。それはこれから僕がこれから進むことになる未来の道にも続いていくことでしょう。僕はその怨念達から『祟』られ続けるのです。ずっとずっと、これからもずっと、僕が地獄に落ちるそのときまでずっと。この草原は、そんな僕の『悪』の記録そのものです。そんな僕の『悪』の証拠そのものなのです。僕は僕の過去から決して目をそらしてはいけないのです。背負って生きていかなくてはいけないのです。その血塗れの道に、僕は僕のエゴで玉藻さんを巻き込もうとしています。いつ果てるともしれない修羅道に道連れにしようとしているのです。そんな僕は玉藻さんを幸せにできるでしょうか? できるわけありません。笑えます。実に滑稽です。それでも僕は玉藻さんを巻き込もうとするでしょう。恐らく生きている限り玉藻さんを側にあろうとするでしょう。そんな自分が信じられないのです。不幸せにしてしまうと自分でもわかっているのに、僕は玉藻さ・・」
「連夜くんのいくじなしっ!!」
『ベシッ!!』
「うべろっ!?」
再び玉藻の肉球パンチが炸裂する。
それも連夜の顔面ど真ん中に。
十分手加減されている上に、めちゃくちゃ柔らかい肉球で殴られているので、怪我をすることはないが、そこは武術の超人玉藻の一撃である。
危うく意識を持っていかれそうになるのをかろうじて耐えた連夜。
「ちょっ、玉藻さん、まだ話の最中なんですけど!!」
肉球の形にちょっと赤くなった顔を強張らせながら、目の前の恋人にくってかかったのだが、パンチを繰り出した本人のほうがそれよりもはるかに怒った表情で睨み返してきた。
「そんな弱気なことでどうするのよ!? 連夜くんのそんな情けない姿、私、見たくない。それに、それにね・・」
その大きな瞳に涙をうっすらとためた玉藻は、唐突にキッと表情を引き締めて連夜を睨みつける。
そして・・
「私のお腹の中から生まれてくる私達の子供だってきっとそう思ってる。そうに違いないわ!!」
「な、なんですって!?」
あまりにも衝撃的な爆弾発言。
心当たりがないわけではないどころか、力一杯あれやこれやと心当たりが山盛り状態であるだけに、連夜の表情は一気に引きつり顔色は青ざめる。
大河のほうから吹いてきた風が、二人の間をゆっくりと通り過ぎていく。
そろそろ夏になろうかという少し暑いぐらいの気温の中、その風はとても涼しく感じられるのだが、今の連夜にはそれどころではない。
息も詰まるような緊張感が連夜の全身を襲い、涼しい風に当たり続けているというのに、身体のあちこちからは気持ちの悪い汗がひっきりなしに出続ける。
パニック寸前の脳裏には、出産をお願いする病院どうしようとか、ベビー用品用意しなくちゃとか、いやいや、それよりもまず結婚して戸籍をちゃんとしないと、いや、それ以前にまだプロポーズしてないとか、いやいやいや、しかしどれだけ急いでも準備完了する前に出産日が来るかもだから、やはり病院を。
なんて感じでぐるぐる、ぐるぐる、同じ思考のループを繰り返し続ける。
どんな凶悪な奴隷商人や不良達を前にしても、決して驚き慌てることのない連夜であったが、流石に今回ばかりは勝手が違う。
どうすればいいのか、どう対応すればいいのか、そしてこれからどうしていけばいいのか全くわからない。
時間だけが無情に過ぎていく。
そんな感じで、十分あまりにも渡り不毛極まりない睨み合いを続けていた二人。
それだけの時間がたってから、よくやくこのままではどうしようもないと気がついた連夜。
物凄く失礼だとは思ったが、とりあえず確認だけはしておかなくてはと、噴き出る汗を拭きながら、震えの止まらぬ口で目の前に立つ恋人に問いかける。
「た、玉藻さん」
「なに?」
「玉藻さんのお言葉を疑うわけじゃないんですが、一応確認させてください」
「うん」
「本当にそのお腹の中には僕と玉藻さんの愛の結晶が、その、いらっしゃるんですよね」
「うん、その予定」
「え? 予定?」
意味がわからず呆けたような表情で問い返す連夜。
そんな連夜に対し、玉藻は清々しいほどのいい笑顔で、完全に予想外の言葉を口にする。
「うん、これから製造するから」
「ああ、そうなんだ。これから製造ね。なるほどなるほど・・って、つまり、まだ赤ちゃんできてないってことぢゃないですか!!」
一瞬納得しかけた連夜だったがすぐにその意味に気がつき、本気で涙目になりながらツッコミを入れる。
「あ~、びっくりした、あ~、びっくりした。玉藻さん、よりによってなんてこと言うんですか!? 思わず本気にしかけたじゃないですか!!」
「大丈夫、すぐに製造するから、本気にして待ってて」
「わ~い、楽しみだなぁ。って、おやつ作るんじゃないんですから、そんな簡単に作れませんから!!」
「安心して連夜くん。ここのところ危険日だけ狙い撃ちでチャレンジしてるから、成功率格段にアップしてるはずよ」
「なるほど。このところやけに積極的だったのはそういうことだったんですね。そういうことなら成功率アップも頷けます。安心安心・・って、全然、安心じゃねぇっ!! ダメでしょっ、何考えているんですか、玉藻さん」
「勿論早く連夜くんと既成事実作らなきゃって焦ってます」
「あっさりぶっちゃけたぁっ!! いやいやいや、ちょっと待ってください玉藻さん。確かに以前僕は自然の流れに任せようっていいましたよ。言いましたけど、それはあくまでも自然の流れなのであって、今の玉藻さんの話をお聞きしていると、自然じゃなくて完全に人為的にして計画的ですよね。自然の流れに任せる気さらさらないですよね」
「連夜くんは男の子がいい? 女の子がいい? あ、双子や三つ子なんていうのもいいわよね」
「僕は元気だったらなんでもいいかなぁ・・って、僕の話じぇ~んじぇん聞いてないし!! ちょ、玉藻さん、もしもし?」
「そうだ、生まれてきた子供になんて呼ばれたい? 私はねぇ、やっぱりオーソドックスに『ママ』がいいかな? いや、でも男の子だった場合、大きくなったときに『ママ』って呼ばせるのもなんだかなぁって感じがするから『お母さん』がいいかしら。それとも、『母上』? ねぇ、連夜くんならどう呼ばれたい?」
「そうですねえ、僕は『お父さん』がいいかなぁ。って、違う違う、そうじゃなくて、僕らにはまだ赤ちゃんは早いっですって、なんど言えば」
「せぇからしかぁっ!! きさ~~ん、目を食いしばれ!!」
「あぶっ、あぶっ、あべしっ!!」
今度は玉藻の『肉球往復びんた』からの『肉球昇龍拳』が炸裂する。
『ぷにょん、ぷにょん、ぷにょにょにょ~~ん!!』なんて間抜けな打撃音と共に、空高く宙へと舞い上がる連夜。
そして、どこの新体操選手だっていうくらい見事な月面宙返りを決めたあと、高速きりもみ状態で地面へ向けて急降下してくる。
「あばばばばばば」
「どすこ~~い!!」
勿論、着地点には玉藻が待ち構えていて、しっかりキャッチ。
とはいえ、やっぱり目を回している連夜。
先程よりもさらにスピードアップした状態で回転急降下してきただけに、玉藻の腕の中で今にも気絶寸前の状態。
しかし、玉藻はそんな連夜に対し、急に真面目な表情になって語りかける。
「馬鹿にしないでよ連夜くん。あなたの敵は私の敵。あなたが敵として葬った奴らの仲間が仕返しに来るというのなら、喜んで迎え討ってやるわよ。むしろ、それを理由にあなたと別れるなんて絶対にありえない。私はそんな女じゃない。連夜くんを私のモノにしたとき、あなたの前で私ははっきり誓ったはずよ。どんな奴らが襲ってきても、あなたを絶対守ってみせるって。連夜くんは私のことが信じられないの?」
「え、え~~っ!? い、いや、そんなことないですよ、信じていますよ。・・ってか、いきなりシリアスモードなんですか!? しかも話が元に戻ってるし、ちょ、展開の切り替えが早すぎてついていくのが辛いんですけど!?」
大粒の涙で瞳を濡らし玉藻は、自分の悲しげな表情を連夜の顔へと近づける。
ついさっきまでのおちゃらけていた雰囲気の玉藻ではない。
その全身からは、今までにない真剣さが伝わってくる。
そんな玉藻の表情と会話の激変ぶりについていけず、連夜はしどろもどろに慌てるばかりだったが、そんな連夜に構うことなく、玉藻は更に自分の想いを連夜にぶつける。
「だったら、自分を信じないなんて言わないで。だって、私は連夜くんを信じているんだもの。連夜くんは私を信じてくれるのよね? 連夜くんが信じてくれる私が、連夜くん自身を信じているんだから」
「あ、は、はい。あ、ありがとうございます」
「そうか、奴隷商人達ね。連夜くんはこんな奴らと今まで戦っていたのね。面白いじゃない。やれるもんならやってみたらいいのよ。『人』様の大事な命を勝手に売り買いするようなド外道どもに、なんで遠慮する必要があるのよ。いや、それよりも私の連夜くんに手出しをしようなんてふざけた奴らは生かしておかない。私は『害獣』に任せるなんて回りくどいことはしない。この世でたった一人の私の大事な人。大切な恋人、生涯ただ一人の伴侶。ずっとずっと探し求めてようやく巡り合えた運命の『人』。その『人』の命と心を守るために鍛えたこの足・・この技はその為のものよ!!」
連夜を腕に抱えたまま、玉藻は怒りの咆哮をあげる。
そして、次の瞬間、目にも止まらぬ速さで繰りだされた玉藻のカカトの一撃が、玉藻達の立つ大きな岩に突き刺さる。
大草原に風を斬り裂いて走る音が響き渡る。
その音が走り抜けて消えて行く寸前、玉藻は呆気にとられる連夜を抱きかかえたまま宙を一回転。
少し離れた場所に、ふわりと着地する。
そのとき。
『グバリ』という異様な音と共に、先程玉藻達が立っていた五メトルを超すであろう大岩が、真っ二つに裂け、ゆっくりと左右へと分かれて転がった。
「いつか、巡り合う私の大事な伴侶。きっといつか私は会える。そして、会うことができたそのときには、その『人』を自分のモノにして、死ぬまで守りとおす。その想いを貫き通す為に、私は『頂獣技牙』を会得した。獣達の頂点を極め、技を牙として愛する者を守る為の『武』を、大事な人を守る為の『術』を」
連夜をそっと下におろした玉藻は、強く握りしめた拳を連夜のほうに突き出してみせる。
「今、私はその守るべき者を得て、その守るべき者を守るための牙もある。なのに、どうして私自身がそれを拒否するというの? じゃあ、私は何のためにここまで生きてきたの? そもそもね、連夜くんを選んだのは、私自身なのよ!! 『生きている限り側にいようとする』? そういう連夜くんだから選んだんでしょうが!! あっさり心変わりして離れて行くようなようなあなただったらそもそも選んでないっつ~の。どんなことがあってもあなただけは私を裏切らない、命尽きるそのときまで一緒にいられるだろう。そう確信したから選んだのよ。なのに、私自身がそれを拒否するような真似するわけないじゃない。本当にもう」
本当に心から呆れたという表情で連夜のことを見つめる玉藻。
しかし、すぐにそれを緩めると苦笑を浮かべて拳を下ろし、連夜の小さな手をそっと両手で包みこむ。
「前にも言ったよね。離しちゃだめよって」
「そ、そうでしたね」
「私自身も絶対に離さないって誓う。だから、連夜くんも誓って。絶対離さないって、絶対離れないって」
「幸せにできないかもしれませんけど・・」
「してるっつ~の!! もうっ。なんでそんなにネガティブなのよ。今でも私は十分幸せです!! 今現在できているものが、なんでこれからできなくなるのよ、おかしいでしょ!?」
「そうなんですか?」
「そうなんです。ほら、もっと自信持ってよ」
玉藻の強い意志を秘めた瞳が真っ直ぐに連夜の瞳を射抜く。
連夜が歩んできた過去。
そこで彼が流した血の量は決して少なくない。
自分自身の血も、彼が策にかけて害した『人』々の血も、そして、それに巻き込まれてしまった『人』の血も。
たくさんの血が流れた。
いや、たくさんの血を流した。
流すだけの理由が勿論あったことは間違いなく、それを行ったことについての後悔はほとんどない。
そして、それは彼が生きている限りこれからもきっとずっと続くのだ。
『奴隷商人』という宿敵がこの世に存在する限り、彼らがこの世から消滅するそのときまで、連夜と彼らの戦いは続くのだ。
望むところである。
己の命の全てをかけてでも滅ぼしてやる。
罪なき自分の兄弟姉妹の命を無惨に奪った外道どもを絶対に許しはしない。
そう思う。
しかし・・
そのいつ果てるともしれぬ戦いに、この世で一番大事な玉藻を巻き込んでしまっていいのか。
そのことに気がついたとき、連夜の中に迷いと恐れが生じた。
ずっと離れない、放さない、いつまでも一緒にいる、そう誓った。
しかし、自分と一緒にいるということは、否が応でもその血塗れの道に玉藻を巻き込むことになる。
それでいいのか?
ずっと自問自答してきた。
でも、答えは出なかった。
出なかったが故に、ここに連れてきた。
連夜の血塗られた過去そのものでもあるこの場所に。
それら全てを見てもらったあとに、玉藻自身に道を選んでもらうために。
どんな答えが出ても全てを受け入れる。
そう覚悟してここに来た。
が、しかし・・
玉藻は拍子抜けするほどあっさりと連夜を受け入れてくれた。
あまりにもあっさり過ぎて、正直まだ戸惑いが抜けない。
でも、彼の選んだ『人』は、彼と進むことを選んでくれた。
いろいろな感情が胸にこみあげてくる。
その全てを言葉にして玉藻に感謝を伝えたかったが、それらを今、言葉にするのは非常に難しく連夜はただ少ない言葉でゆっくりと頷く。
心からの笑顔を浮かべながら。
「わかりました」
「もう~、なんか頼りないなぁ」
「いやでも、ちょっと今ので自信持てました。玉藻さん、ほんとにありがとうございます」
「そっか、ならよかった。連夜くん」
「はい」
「どんな道も二人で一緒に進んで行こうね」
「はい」
再び『人』の顔になった玉藻が、こすりつけるようにして連夜のほっぺに自分のほっぺをくっつけてくる。
そんな玉藻のほっぺに連夜もほっぺを摺り寄せて行く。
「じゃあ、私も自信持って赤ちゃん産むから、頑張って作ろうね」
「はい、そうですね・・って、だから赤ちゃん、今作ったらあかんやん!!」