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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
73/199

第八話 『二人の日常』 その5

『霊力』

 

 全『人』類の中でも屈指の超上級種族である霊狐族が生まれながらに保有している『異界の力』。

 この『世界』とは別の『世界』に存在する強大な力持つ『神霊』を呼び出し、己の体に宿らせることで様々な奇跡を具現化する。

 流石に死者蘇生術や、時間凍結術、異界渡り、次元斬などといった、特級レベルの奇跡を起こすことは不可能であるが、様々な天候や地脈を操ることができる天変地異の術や、あらゆるものに化けることができる変幻自在術、相手の心を読み取る読心術など、上級レベルの奇跡は種類に関係なくほとんど発生させることができる超汎用型の『異界の力』として知られている。 

 ともかく『霊力』という力は強大である上に、実に応用範囲の広い実用的な『異界の力』であるわけだが、反面、その力を維持するために存在するルールはかなり厳しいものがある。

 中でも特に破ってはならないといわれているのが、『術者本人が決して穢れてはならない』という掟である。

 『霊力』は龍族の保持する『神通力』、纏翅(てんし)族が保持する『聖神力』などと同じく強い『正』の性質を持つ力だ。

 『正』の性質の強い力は、術者が純真なものであればあるほど、あるいは清ければ清いほど強い力を発揮する。

 逆にいえば、そうでないものはどんどん力を失って最終的にはその力そのものを消滅させることになる。

 力を失ってしまうような行為、それを具体的に言うならば・・


「純潔を失うこと。女性であれば処女、男性であれば童貞を失うこと」


「ちょ、ちょっと待ってよ、そんなこと言ったら子供作ることができないじゃない。『異界の力』を保持するためには子孫を残すことを諦めろってこと?」


「いえいえ、勿論そうじゃありません。どんな生き物でも子孫を残すことは当然の行為ですから、なんでもかんでもダメっていうわけじゃないんですよね。同族同士の行為であれば問題ないし、あるいは同族でなかったとしても同じような『正』の力を持つ龍族や纏翅(てんし)族みたいな上級種族であれば問題なし。ただし」


「ただし?」


「『負』の力を持つ種族との行為はよくありません。『負』の力が強い種族、例えば種族のほとんどが『負』の力の保持者である聖魔族とかはダメですね。中には『正』の力の保持者もいらっしゃるようですが、全体の一割もいなかったはずです。そういう方々と体を重ねると、互いの力を打ち消しあうことになり、お互いの体に強い負担をかけることになります。また、『正』『負』問わず下級種族もダメです。彼らは『異界の力』がそれほど強くない上に、純度が高くありません。たとえば『精霊力』を操る妖精族の方々がそうですね。一例としてドワーフ族をあげてみましょうか。基本的にあの種族の方々は『土』属性の精霊を使役することに長じていますが、同じドワーフ族であってもその氏族によって、『土』属性の中の『鉄』属性だったり、『泥』属性だったり、『粘土』属性であったり、『土』には違いないけどよくわからないという氏族の方もいらっしゃってまあ実に多種多様です。『霊力』とか『神通力』といった力は純度の高い単一エネルギーなので、そういう混合エネルギーは受け付けないんですよね。なので、下級種族もダメ。そして、一番ダメなのが・・」


 俯いて下を向いたまま大きく息を吐きだした連夜。

 そのあとしばらく言葉を紡ぐことなく、地面に散らばる大きな砂利をいじり続ける。

 無言、無表情。

 しかし、玉藻には連夜が今どんな感情を胸に抱いているのかが、手に取るようにわかっていた。

 そして、本当は何が言いたいのかもおおよそ見当がついていたが、あえてそれを口にせず、黙って連夜の横にしゃがみこむ。

 しばし流れる沈黙。

 玉藻が横にしゃがみこみ、自分を覗き込んでいることがわかっているはずだが、それでも連夜はしゃべらない。

 そのまま時間がゆっくりと流れていく。

 二人の横を流れる大河の流れのように。

 どれくらいの時間が流れただろうか。

 玉藻が砂利をいじる連夜を手をそっと掴んで止めた。

 玉藻の細く白い指が連夜の傷だらけの指にそっと絡んで握りしめる。

 連夜は、その手を振りはらったりせず、自分もそっと握り返すと、先程以上に悲しげな笑顔を玉藻のほうにゆっくりと向けた。


「一番ダメなのが、この世界で最も呪われたケダモノに純潔を奪われることです。世界に存在するあまたの『人』の種の中、他の種族が決してしない禁忌を平気で犯すことができる種族。父を殺し、母を殺し、兄を殺し、姉を殺し、弟を殺し、妹を殺し、友を殺し、同僚を殺し、仲間を殺し、師を殺し、弟子を殺し、隣人を殺し、知人を殺し、他人を殺し、男を殺し、女を殺し、老人を殺し、そして、子供をも殺す。同族同士で平気で裏切り、犯し、嬲り、盗み、そして、殺す。どうしようもないケダモノの一族、世界中の『人』達から忌み嫌われ、最低の位を与えられた『人』種」


 一気にそれらを言葉にした連夜は、そのまま真っ直ぐに玉藻の目を見る。

 皮肉に満ちた笑顔に、悲しみに満ちた瞳で。


「つまりそれが人間族です。その世界で最も薄汚れたケダモノに玉藻さんは純血を奪われ、『霊力』を穢された。つまり、この僕に。世界で最も汚らしい生き物たるこの僕に犯され、玉藻さんの体内にある『異界の力』は一撃で活力を失い(ことごと)く死に絶えた。このまま放置すれば、もう二度と玉藻さんの体に『異界の力』が戻ることはないでしょう。例え世界が『人』々のことを許し、使徒たる『害獣』達を撤退させ、いますぐ『異界の力』を使うのに何の制限もなくなったとしても玉藻さんは使えない。一生使えない。一生そのままの状態。僕に犯されたが故に」


 悪意に満ちた声。

 悪意に満ちた顔。

 今にも玉藻を指さして、大声で嗤い出しそうな、嘲笑しそうな雰囲気を全身から醸し出している。

 そんな連夜の姿を見ていた玉藻は、少しの間(うつむ)いて大きな大きな溜息を一つ吐き出した。

 そのあと、玉藻は連夜の手を握っていない左手の手のひらをそっと自分のほうに向ける。

 何の変哲もない『人』の手。

 白くたおやかなすべすべした美しい女性の手。

 何かを考えるようにしてその手のひらをじっと見つめていた玉藻、しかし。

 その手が、一瞬にして獣毛に覆われ狐のそれに変化し、凄まじい勢いである一点に向かう。

 

 向かったその先は。


 連夜のオデコ。


『ベシッ!!』


「にゃっ!?」


 なんとも言えない間抜けな音、間抜けな悲鳴が河原に響き渡る。

 突然の不意打ちに反応できず思い切りやわらかい肉球でたたかれることになった連夜は、涙目になってもう片方の手で叩かれて痛むオデコを抑える。


「い、痛いです、玉藻さん」


「あのね、連夜くん。そういうの今更いらないから。私のこと第一に考えてくれるのはそりゃ嬉しいわよ。だけどね、私が背負わなくてはいけないものまで勝手に持っていかないでちょうだい。あなたが今、背負って持っていこうとしているものは私のもの。私自身が背負って向き合ってこれから生きていかなきゃいけないものなのよ」


 まるで射るようにして連夜を見つめる玉藻。

 その玉藻の視線を涙目になりながらも負けないくらいの強い視線で受け止めた連夜であったが、自分が相対しているその瞳が澄み切って決意に満ちているのを確認し、思わず目を背けてしまう。


「だ、だけど、ぼ、僕のせいでこうなったわけで」


「違うでしょ。連夜くんの体を求めたのも強引に連夜くんを奪ったのも私自身。そんなの私自身が一番よくわかってる。そんな私が全部それを連夜くんに押し付けるわけ? それって私自身を侮辱してるって思わない? それとも私のことそんな最低な女だって思ってるわけ?」


 冗談ぽっい言動、そして、明るい表情。

 しかし、目が。

 目が完全に笑っていない。

 そう、玉藻は本気で怒っていた。

 そして、それを連夜もよ~くわかっていた。

 わかっていたし、これから自分が口にすることが玉藻の怒りの炎に更に油を注ぐことになるということもわかっていた。

 わかっていたが、わかっていたからそれを口にすることに躊躇いはなかった。


「いえ、違います。そんな風には思っていません。ただ僕は、玉藻さんにはまだ引き返す道があることを伝えたかったんです」


「大きなお世話だわ。聞きたくない」


 一蹴だった。

 これも連夜の想像通り。

 しかし、それでも連夜は構わず言葉を続ける。


「純潔を失った、奪われた者は間違いなくその『霊力』を失います。しかし、たった一つだけ取り戻す方法がある」


「聞きたくないって言ったでしょ。連夜くんの声も言葉も大好きだけど、今だけはすっごく耳障りだわ。すぐに口を閉じてちょうだい」


「その方法をとれば、七日七晩過ぎたあと『霊力』が体内に復活します。そうすれば、もし『世界』が『人』類を許し、『異界の力』が五百年前のように使えるようになりさえすれば、玉藻さんは『神』となることができるでしょう。霊狐族が誇る最強の超越者『稲荷神』に。天候を自在に操り、あらゆる攻撃を跳ね返し、またあらゆる防具を無効にする『神の裁き』を行使し、最強の読心術『悟りの眼』を使ってあらゆる『人』の心を読む上級種族の頂点の一つ。そこに玉藻さんは辿りつけます。方法は実に簡単です。純潔を奪われてから半年以内に奪い取ったそのものを見つけ出して闇に葬・・む・・」


 結局、最後まで言葉を続けることはできなかった。 

 何故なら連夜の口は強引に塞がれていたから。

 玉藻の唇で塞がれていたから。

 強く強く抱きしめられて、息もできないほど強く唇を押しつけられていたから。

 連夜は何も言うことができず、ただ、その身を玉藻に任せることしかできなかった。

 しばらく、二人の間に優しい時間が流れる。

 大河の流れと同じく、ゆっくり穏やかに。

 やがて、どれくらい時が流れただろうか、不意に玉藻は連夜から体を離した。

 そして、自分の顔を美しい『人』の女性のそれから、白い獣毛と赤いくまどり模様が走る『狐』のそれに変化させる。

 

「玉藻さん、僕は・・僕はね・・」


「いいの。もう何にも言わなくていいの」


 舐める。

 狐の長い舌を器用に使って玉藻は連夜の顔を舐める。

 特に連夜の眼のふちから溢れて流れる何かを舐める。

 優しく舐める。

 玉藻の優しい気持ちが痛いほど伝わってくるその動作に、連夜の目から更に涙が溢れそうになっていたが、それでも連夜はまだ玉藻を怒らせるような言葉を紡ごうと口を開こうとした。

 しかし・・


「玉藻さん、ここなら」


「『自分を殺しても誰も気がつかない』とか『風のように自由に、雲のように気ままに生きてほしい』とか、そういうの聞きたくないから」


 何故? どうしてそのことを?

 

 言葉に出してはいない。

 しかし、連夜の表情はその言葉をはっきり現わすかのような驚愕に満ちて固まってしまう。

 それを呆れたように見つめる玉藻だったが、いつかどこかで同じような会話を、この愛しい恋人とかわしたような気がしていた。


(僕が死んだら、僕のことはきっぱり忘れてください。そして、風のように自由に、雲のように気ままに、何に縛られることなくあなたらしく生きてほしい)


 確かに。

 確かにそういう記憶がある。

 それがいったいいつの頃だったか思い出せないが、断片的に思い出しただけでも無性に腹が立って腹が立って仕方なかったので、もう一発連夜のオデコに肉球パンチをお見舞いする。


「痛いっ!! ちょっ、なんでまた肉球で叩くんですか!? 『ぷにょっ』っていう微妙な感触が妙な痛みに繋がって非常に複雑な感じがします!!」


「うっさいうっさい。いっつもいっつも同じようなことを言う連夜くんが悪いんでしょ」


「お、同じようなことって・・」


 再びオデコを抑えながら、涙目で抗議の声をあげる連夜。

 しかし、玉藻の強い視線を受け止めることができず、そのまま顔を横に背けてしまう。

 

「あのねぇ、連夜くん、女の私に何度も同じことを言わせないでくれる? 私が本当に必要なものはこの『世界』でたった一つだけ。そのたった一つだけが本当に大事で失いたくないものなの。他のものはどうでもいいのよ。お金も、名声も、それに『異界の力』もね。確かに、今でも『異界の力』は『人』の世で大きな意味を持つステータスの一つだわ。『害獣』に狙われる最大最悪の原因だとみんなわかっているのに、まだそれにしがみついて、上級、下級だなんて『人』に階級までつけちゃってね。でもね私からしてみたらバカもいいところ。世界が許すときがいつか来る? 来るわけないじゃない。笑っちゃうわよ。うちの一族のボケ老人とか、卒業した高校にいた差別主義者の教頭とかは未だにそんな夢みたいなことをほざいていたけど、ありえないわ。『世界』は徹底的にこれからも浄化を行い続ける。『異界の力』が完全に消え去るそのときまできっとね。連夜くんだって本当はそう思っているでしょ」


 先程までの歪んだ笑顔を消し去り、むっつり口をへの字に曲げて黙ってしまった連夜の顔を、玉藻はいたずらっぽく見つめる。

 連夜は、何度か口を開いて反論らしい言葉を口にしようとしたが、結局、また口をへの字に曲げてぷいっと横を向いてしまった。

 そんな連夜の仕草を見て、玉藻は低い声で笑い声をあげたあと、また連夜の顔を優しく舐め始める。


「どうせ、『人の価値観はそれぞれだから』とか『玉藻さんの人生の選択肢を狭めたくない』とか、いろいろ考えての結果なんだろうけどね」


「む~~」


 図星だった。

 図星だった故に連夜は顔を真っ赤にし、眉間にしわを寄せてさらに顔を背けてしまう。

 そんな連夜が可愛くて愛おしくて、玉藻は連夜を抱きしめる力を強くする。


「連夜くんと生きることを決めて、連夜くんを手に入れた。そのときにはもう、私の中ではそれ以外の全ての物を諦める決心はついていたの。だから今更『異界の力』がなくなったって言われても『ふ~ん、そうなんだ』程度のもんだわ。と、いうか、むしろ、ラッキーよね。だって、これから私は『害獣』に狙われることはない。と、いうことは、世界のほとんどの場所に行くことができる。人間族って元々『異界の力』がない種族だって聞いていたからさ、もし、連夜くんが他の都市に行くことになったりしたらついていけないかもしれないって、内心ちょっと怯えていたんだ。連夜くんのことだから、私のこと置いていったりしないって信じていたけど、それでもやっぱり不安で。でも、これで、私はどこにでもついていけるってことよね? 連夜くんが行けるところには私も行ける。そうよね?」


「それは・・そうです」


「よかった~。私はどこまでも連夜くんと一緒にいられるんだ。私はどこへでも連夜くんと一緒に行けるんだ。少なくともそれを理由に私を置き去りにすることはできないわけね。うんうん」


「いや、でも、玉藻さん、僕は」


「それからもう一つ。多分、連夜くんが私に対して負い目を感じていて、私に隠したつもりでいることだけど。私知っているから」


「え?」


 心から喜びの声をあげる玉藻。

 そんな玉藻に対し、連夜はまたもやその表情を曇らせることを口にしようとした。

 しかし。

 それすらも玉藻はわかっていた。 

 それはこれまでの経験故に。

 玉藻すら覚えていない、遠い遠い過去にあった悲しい経験故に。

 はるか彼方の昔の果てに玉藻と連夜が歩いた悲しい道筋の思い出故に。

 それを二度と繰り返さぬと固く固く心に誓ったある雌狐の魂の想い故に。


「一度ついた血の匂いってね。絶対に抜けないよね」


「!!」


「私の手にもね、べったりついているから。だから、同じ匂いはわかる。わかるのよ、連夜くん」


「・・」


「連夜くんは自分が『如月 玉藻にはふさわしくない』とか考えているのかもしれないけど、私もまた同じ穴の狢なの。自分で言うのもなんだけど、私って、小さい頃から美少女だったからさ、里にいるロリコン趣味の下衆に何度か狙われたことがあってね。まあ、私の性格からしてわかるでしょ? それに私がこれまでずっと貞操を守り続けていたことは、他でもない連夜くんはよく知ってるよね? それがつまり動かぬ証拠。そう、私に手を出そうとした何人かは、里から少し離れた場所で静かに眠っているわ」


 紅い。

 血のように紅いくまどり模様の顔をした狐は、まるで血を吸ったかのような真っ赤な口、そして、ぬれぬれと光る紅い舌をちろちろと出しながら連夜のほうに、その紅く光る瞳を向ける。


『邪悪』

 

 見るからに『邪悪』そのものの笑顔で。


「そのことに対して後悔はしてないわ。全然、微塵もね。まあ、あの頃の私はまだ本当に幼かったし、絶対武術『頂獣技牙(ちょうじゅうぎが)』も会得してはいなかった。だから手加減ができなかったというのもあるけど。でも、多分、もしそれが今でも私は躊躇はしないと思う。自分でも自覚しているけど、私はそういう感情が基本的に壊れているからね。むしろ、あなたに対する自分の気持ちのほうが特殊なのよ。多分だけど、ボキボキに折れて歯そのものの大部分が壊れ、いびつな動きしかできない私の感情の『歯車』が唯一まともに噛み合って正常に起動する対になったこの世でたった一つの『歯車』が、連夜くん、あなたなのよ」


 『邪悪』極まりない表情をわざとらしく連夜に近づける玉藻。

 まるで連夜の心中を見透かそうとするかの如く、不気味に光る深紅の瞳を覗かせる。

 大抵の者が恐怖に怯え、目を背けるであろう血のように紅い瞳を。

 だが、連夜は全く背けない。

 深い深い『闇』。

 見通すことができない深い『闇』がその紅い色を静かに受け止める。

 

 勿論、そのことも玉藻はわかっていた。

 自分が選んだ相手が、自分の中の『闇』をいとも容易く飲みこんでくれることを。

 そして、それが、自分の想像以上に深い『闇』であることも。


「玉藻さんが想像している以上に、僕の両手は血にまみれています」


「だからなに? 関係ないわ。何度も言うけど私も似たようなものよ」


「本当に、そう言い切れますか?」


「言い切れるわ」


「この広い広い草原のあちこちに散らばる白骨の全てが、僕が手に掛けたものだったとしても、あなたは本当にそう言い切れますか?」


 『闇』が。

 玉藻のモノとは比較にもならないほどの強大な『闇』が、いや、『邪悪』な気配が連夜の全身から噴き出して玉藻を包み込む。

 最早血の匂いとか、そんなレベルではない。

 それは『死』そのものの匂いとでもいうべきだろうか。

 中にいるだけで『安らぐ』匂い。

 しかし、それと同時に感じる強烈な嫌悪感。

 矛盾した二つの感覚に同時に襲われ、玉藻は一瞬意識を失いそうになる。

 傾いていく体。

 だが、その途中伸びてきた少年の細い腕が、しっかりと玉藻の体を支えて抱きとめる。

 そして、掬いあげるようにして玉藻の体を横抱きにした少年は、草原の中へとゆっくりと歩みを進めて行った。


「見えますか、玉藻さん、草の間から見える白いものが」


「これ、全部骨なの?」


 草原の中をずんずんと進んでいく二つの影。

 その途中、少年に促されるままに下を見た玉藻は、草むらの中に転がる無数の白い骨の残骸を目にし絶句する。 

 来た時には全然きがつかなかった。

 川岸についてからも、外側から眺めていただけなので、やはり気がつかなかった。

 しかし、中に入って見てみれば、少し注意しただけで、いくらでもそれはみつかる。

 進んでも進んでも。

 いや、進めば進むほど白骨の量は増えて行く。

 いったいここで何があったのか?

 困惑しつつもここで起きたことを頭の中で推測しようとする玉藻。

 だが、答えはあっさりとツレの少年の口からもたらされる。


「僕がここで処刑した奴隷商人達のなれの果てです」


「奴隷商人? これ全部?」


「いえ、全部ではありません。全部ではありませんが、概ねそうです。中には単純にここにいる『害獣』を駆除しようとして返り討ちにあったハンターもいるでしょうけど、恐らく九割がたは僕がここに誘導して始末した奴隷商人達ですね」


 やがて、草原に散らばって存在している大石の中でも特に大きな石の上にあがった連夜は、そこに立ち止まって玉藻を下ろす。

 そして、眼下に広がる草原のほうを指さしてみせた。


「見えますか? 玉藻さん」


「うっわ。こりゃまたすごいね。草と草の間から白いのがいっぱい見えるよ」


「僕が策にはめて『害獣』達に殺させました。中にはそれほど大きな悪事を働いたわけもない『人』もいましたが、それも全て、まとめて、物凄く乱雑に、そして、一方的に、命を奪いました」


 東の果てにある川岸から、『不死の森』へと続く西の果てまで。

 二人が見渡す草原の端から端。

 生い茂る雑草が塗りつぶす『緑』では絶対にない、『白』い転々が。

 草原のあちこちに点在し、どこまでもどこまでも続いていた。

 どこまでもどこまでも。

 

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