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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
65/199

第七話 『玉藻と連夜』 その7

 たくさんの子供達がいた。

 玉藻の周囲には実にたくさんの子供達がいた。

 死んだ魚のような目をした生きているのか死んでいるのかわからない子供達が。


 霊狐の里に生まれついた子供達。

 彼らは生まれてからすぐ、特殊な洗脳呪術を施される。

 自らの意思を奪われ、機械として生きる運命を押し付けられる。

 彼らは一生を機械として生きる。

 霊薬を作るためだけの機械として。

 一族の頂点に立ち権力を握る一部の腐った老人達のために。

 彼らの大事な大事な金蔓として生きるのだ。


「世間から完全に隔離された世界。出口のない監獄。あそこに生まれるということは、地獄に生まれるということだったわ」


 そう、玉藻はそんな場所に生まれてしまったのだ。

 誰も助けてはくれない。

 周りは全て敵。


 権力を握る里の老人達以外は全て老人の操り人形という異様な世界。

 大人達は子供達を生み、育て、働かせ、そして監視するための機械。

 子供達はただひたすらに霊薬を作るための道具。

 一般社会にある『人』の営みは何一つとして存在しない。

 夢も、希望も、友情も、愛も、何もかもが存在しない灰色の世界。

 

 ここに生きる者達は、ただ生きているだけ。

 老人達に贅沢をさせるために生きているだけ。

 金を産み出す作業を延々と繰り返すために生きているだけ。

 ただそれだけ。

 

「でも、私は違った。なぜそう生まれついてしまったのかわからないけど、私は機械にはなれなかった。老人や大人達は何度も何度も私を機械にしようと躍起になったけど、結局は、無駄だった」


 そして、やがて老人達は玉藻を機械にすることを諦める。

 自分達の意のままにならぬ子供など欠陥品でしかなく、本来なら処分の対象。

 しかし、幸か不幸か、玉藻には霊薬を作る才能があった。

 それも希少価値の高い特殊な霊薬を作り出す才能が。

 老人達は欲に目がくらみ、玉藻を活かしておくことにした。


 機械仕掛けの世界で来る日も来る日も玉藻は霊薬を作り続けた。

 他の子供達とは違い、自らの意思を持つ玉藻。

 彼女にとってはその毎日は拷問以外のなにものでもなかったが、それでも玉藻は耐え続けた。


 いつか。

 いつか必ずこの地獄から脱出するチャンスが来ると。

 その日まで決して諦めないと固く心に誓って玉藻は耐え続けた。


 そして、その日がついに訪れる。


 支配者たる老人達の直系の孫の中に、いずれその支配権を受け継ぐために教育されている霊狐の若者達がいる。

 自分達の血を色濃く受け継ぐ、たったそれだけの理由で洗脳を免れた者達。

 老人達に次いで優雅で贅沢な生活を送る者達。


 その中に一人、老人達の暴政に心を痛める女性の姿があった。

 彼女は現在里に敷かれている非人道的なあまりにもひどい老人達の横暴に深い怒りと悲しみを感じてはいたが、たった一人ではどうすることもできず、流されるままに生活を送っていた。

 だが、そんな彼女は、ある日玉藻という存在を知る。

 老人達の洗脳を受け付けない、特殊な子供の存在を。

 彼女がそのとき何を思い、具体的にどう動いてくれたのか、玉藻は知らない。 

 しかし、玉藻と彼女が出会った翌日から、玉藻の生きる環境が急激に変化をはじめる。


 彼女が選んだ他の何人かの子供達と共に、玉藻は里から離れた場所で暮らすことになった。


 そして・・

 里の外に出て、都市にある学校に通うことになった。  

 学校でミネルヴァという親友に出会うことになった。

 里で一緒に暮らす子供達に徐々に意志の光が戻りはじめ、晴美という小さな少女が大切な妹となった。

 それ以降、たくさんの出会いが続いた。

 辛くて苦しくて、今思い出しても涙が止まらない別れもあったが、それ以上に続くたくさんの出会いの果てに、ついに玉藻は本当の自由を獲得する。


「ああ、ごめんね、結局何が言いたいのかってことなんだけど、私ね、家族ってものに強い憧れがあるんだ。今まで話してきたとおり、私の一族ってほんとろくでもない奴ばっかだったのよ。この都市の中じゃ至極当たり前な家庭の風景ってやつなんか、どこにもない世界だったわ。だから、最初、この都市に来た当初はね、家族なんて上辺だけのうすっぺらなもので、自分には必要ないなんて思っていたのよねえ」


 そう言ってほろ苦い表情でかすかに笑って見せる玉藻。


「今は、違うんですか?」


「うん。違う。違うってことを見せつけられたから」


「見せつけられた? 誰にですか?」


 かわいらしく小首を傾げながら問いかける連夜。

 相変わらず玉藻に組み敷かれカーペットの上に横になったままではあったが、その視線は真剣そのもの。

 妙にいじらしいというか愛おしいというかかわいらしいというか、そんな連夜の姿になんだか胸がもやもやっとしてきた玉藻は、離して持ち上げていた身体を再び連夜の身体に密着させて上からきゅっと抱きしめる。


「た、玉藻さん?」


「ちょっと待って、今、心を落ち着かせるから」


「え? え? むぐっ」


 そして、何度も軽く唇を重ね、連夜の細い首筋やうなじや耳の裏側にまで唇を押しつけたあと、ようやく心が落ち着いたのか、顔をちょっとだけ離す。

 下には目を白黒させて困惑している連夜の姿。

 なんだかそういう姿もかわいらしくて、またもやもやしてきたが、なんとなく次に同じことをすると、それだけで済みそうになかったので残念ではあったが一時中断。

 再び言葉を紡ぐことにする。


「えへへ。ごめんね、話中断しちゃって」


「いえ、いいですけど。それで、誰に家族ってものが上辺だけのものじゃないって教えてもらったんですか?」


「そうだ、そうだ。その話だったね。私の親友にね、ミネルヴァって奴がいるじゃない。もうほんとうるさくて騒がしくて自分勝手で目立ちたがりでお祭り好きでお節介焼きのどうしようもないやつなんだけどさ」


「あはは、確かに」


「あいつの家ってさ、結構な金持ちなんだよね。大きな屋敷でさ、使用人さん達もたくさん住みこみで働いているし、親父さんは何をやってるのかいまいち知らないんだけど、お母さんはなんか中央庁の御偉いさんらしいんだ。多分、それでお金持ってるのかなあって思うんだけど。いや、そこは別にどうでもいいのよ。そうじゃなくてさ、あいつって、ド派手なんだけど、金持ち臭がしないんだよね。妙に庶民じみているというか。あれだけの金持ちで、使用人さん達もたくさんいたら普通もっとお嬢様お嬢様していそうなもんなんだけど、全然そんなことないんだよね。何度か家に遊びにいったことあるけど、まあ、驚いたわ。私がもってる金持ちのイメージってさ、家族全員、お互いに無関心で、家に帰っても会話なんか全然なくて痛いような無音の空間が広がってるみたいな。そんな感じだったんだけど」


「違ったんですか?」


「違った違った。学校でハジケテル普段のあいつと変わらないのよ。いや、学校以上に家の中ではハジケテテさ。お兄ちゃんとは喧嘩する、妹とも喧嘩する、お母さんには豪快に怒られて、お父さんに慰められる。いや、もう、あいつもそうだけど、あいつの家族もすごいのよね。見ているだけで、こっちも楽しくなるというか。ぎゃ~ぎゃ~わ~わ~、それはもう賑やかなのよ。いついっても賑やかで華やかで、自然な笑いに満ちあふれてて。あとからあいつに聞いた話なんだけど、最初から大きな屋敷に住んでいたわけじゃないんだって。普通のマンションに住んでて、使用人さん達もいなかったって。ごく普通の家庭だったそうなんだけどね。なんかいつのまにかこうなってたって言っていたなあ。あ、いかん、話がそれた。ともかく、私が抱いていた家族っていうものと全然イメージが違っていたの。なんかあの空間を見せつけられたときは、もうあまりのショックでなんだかわからなくなっちゃっていたんだけど。今、冷静になって思い出してみるとさ、きっとね、そのときの私の心の中で一番大きかったのは、『羨ましい』っていう気持ちだったと思うんだ」


 懐かしそうに楽しそうに、でも、寂しそうに、そして、本人の言う通り、心底うらやましそうに語る玉藻。


「だからね、私ももし家族を作るなら、あんな家族を作りたい。ううん、絶対いつかあんな家族を作ってみせるって、いつしか思うようになっていったの。賑やかで華やかで、それでいつも笑い声が聞こえるような、そんな家族。作りたいんだ、自分の手で。幸い私は『女』で、自分の力で家族を生み出すことができる。相手さえ選り好みしなければすぐにでも家族は増やせる。でもねえ、誰でもっていうのは絶対いや。というか、私が心から認める『番い(つがい)』と家族を作りたいのよ。ここまで言って、『わからない』とか言ったら力いっぱいぶつからね」


 おどけたような口調で話しかけているはいるものの、玉藻の目は真剣そのもの。

 勿論、それがわからない連夜ではないし、その気持ちを茶化したりするはずもない。

 玉藻に負けないくらい真剣な表情で頷きを返す連夜。


「わかりますよ。僕だって一番好きな『人』と自分の家族を作りたいですもん」


 気持のこもった言葉。

 それを聞いて満足そうに笑みを浮かべた玉藻は、連夜の頬に自分の唇を軽く押しつけてから、また話を再開する。


「好きな『人』の子供を産みたい。私が心から好きで愛することができる『人』の子供が産みたいの。そして、その子に私が与えられなかったものを与えてあげたい。だから、もしも、あなたとの間に新しい命を授かることになったとしたら、私は迷わず産むわ。子供を産み育てることがどれだけ大変なことか、実際に経験したことないから偉そうなこといえないけど、でも、そうしたいのよ。それが私の夢の一つ」


 先程までの鮮血のような赤い瞳ではない。

 満月のような黄金の瞳をきらきらと輝かせながら、穏やかな表情で言葉をゆっくりと紡ぎ出す玉藻。

 連夜はそんな玉藻の姿をしばらく眩しそうに見詰めていたが、その後、困ったような表情を浮かび上がらせる。

 

「玉藻さんのお気持ちはよくわかりましたし、その覚悟も、軽い気持ちじゃないってこともわかりました」


「よかった。じゃあ、私を受け入れてくれるよね」


 連夜の言葉に歓喜の表情を浮かべる玉藻。

 しかし、次の瞬間、連夜の口からはその表情を木っ端微塵にする言葉が飛び出すのだった。


「でも、ダメです。やっぱり今日は本当にダメです」


「そっかあ、ダメかあ、じゃあ、しょうがないよね。って、なんでやねん!! なんでなんでなんでなのよ、ちょっとぉ!?」


 まさか拒絶されるとは思っていなかったので、あやうく聞き流して納得しかける玉藻。

 寸でのところで気がついて猛然と連夜に食って掛かる。


「どういうこと? やっぱり私のことが嫌いなの? それとも、私のどこかに不満があるとか? いや、確かに私は家庭的じゃないかもしれないわよ。あなたほど家事はできないし、家の中をごみ屋敷にしちゃうし、がさつだし、乱暴者だし、ちっとも女らしくないし、連夜くんのこと自分から押し倒しちゃうし、うう、よく考えたら私ちっともいいところないじゃない」

  

「いやいやいや、そんなことないですって。玉藻さんは綺麗だし優しいし頭もいいし、僕には勿体無いくらい素晴らしい女性ですよ」


「じゃあ、なんで拒否するのよ!? 文句ないのなら、拒否したりしないでしょ? やっぱり私に原因が」


「違います。そうじゃないんです。玉藻さんのことが理由じゃないんです。僕が理由なんです。僕自身が原因なんですよ」


 体を激しく揺らしながら泣き叫ぶ玉藻。

 しかし、連夜がぽつりと呟いた言葉を耳にして、暴れるのをピタリとやめる。


「連夜くんが、原因?」


「そうです。正確には僕にはまだ、新しい命を迎えるだけの覚悟も自信もないんです」


 玉藻がきょとんとした表情で問い掛けると、連夜は沈痛な表情で頷きを返した。

 

 自信も覚悟もない。


 不安げな表情と共に発せられたその言葉は、恐らくまぎれもなく彼の正直な気持ち。


 その言葉を聞いて、玉藻はすぐになるほどと納得する。


 考えてみれば当たり前の話なのである。

 自分が押し倒している少年は、どうみてもまだ高校生くらい。

 中学生ではないとは思うが、かといって自分と同じかそれ以上には決して見えない。

 外見と裏腹に、非常に大人びてしっかりした考え方の持ち主の連夜。

 仮面を被って正体を隠していたときにあった、玉藻を包み込むような大きくも優しく温かい雰囲気。

 それは仮面を外したあとも変わることなく彼の周囲に残っていて、だからこそ、ついつい忘れてしまっていたのだが・・

 

 彼はまだ未成年なのだ。

 

 その彼に新しい命の責任を取れといっても戸惑うのは至極当然のことである。

 

 自分も今年二十歳になったばかりの小娘であるが、歩んできた人生がまるで違うのであるから、自分にあてはめてその考え、責任、覚悟を押し付けるのははた迷惑な話であるに違いない。

 

 やはり事を急ぎすぎたのだと、玉藻は猛省する。

 子供が欲しいというのは嘘ではない。

 嘘ではないが、しかし。

 目の前にいる最愛の少年を自分の側に繋ぎ止めておくために、鎖として利用しようとしていなかったかと誰かに問い掛けられていたら。

 

 その問い掛けに対し、完全に否定してみせることはできなかっただろう。

 

「ごめんね、連夜くん。私、焦りすぎた。連夜くんってまだ高校生くらいだよね? それなのに新しい命はまだ早いよね」


 玉藻は押し倒していた半裸の連夜の体を引っ張って起き上がらせると、そっとその体を抱きしめる。

 しかし、玉藻の言葉を聞いていた連夜は、その腕からそっと抜け出してゆっくりと首を横に振ってみせるのだった。


「あ、れ、高校生じゃないの?」 


「いえ、そうじゃないんです。確かに僕は高校生です。高校生ではありますが、幼い頃から父の農業を手伝っていまして、これでもある程度収入があるんです。今すぐ、玉藻さんと結婚して一人くらい子供を作ったとしても十分養っていける自信もあります。玉藻さんが産んでくださる子供が間違いなく霊狐族であるわかっているのなら、僕は抵抗したりしませんでした。むしろ、いますぐにでもその子に会いたいですし、この手で育ててあげたいです」


「え? じゃあ、何が問題なの? ごめん、あなたが何を心配しているのかが、全くわからない」


「僕が、僕が心配して恐れているのは」


「恐れているのは?」


「生まれてきた子供が、僕と同じ人間族だった場合です」


 まるで血を吐くような、苦渋に満ちた表情。

 本当に心配し恐れているとわかる。

 それは表情ばかりではない、玉藻が抱きしめるその小さな体は、小刻みに震えていた。


「連夜くん」


「すいません、無様な姿を見せてしまって。ですが、それが本音なんです。霊狐族の玉藻さんには理解しがたいでしょうけど、人間族は本当にひどい差別に晒されています。この都市の条例では一応そういった差別行為を行うことは厳禁となっています。罰則も厳しいので他の都市に比べれば格段にそういう風潮はゆるいのですが、それでもエリアによっては未だに人間族に公然と差別は行われています。そして、他の都市になるともっとひどい場所がたくさんあるんです。僕はそういった場所を同じ人間族である父と一緒に旅して回って、自分の目と耳で確認してきました」


 玉藻の腕の中でどこか遠くを見つめる連夜。

 念気蛍光灯の明かりの下にいるというのに、とてつもなく暗い影が少年の表情を覆い隠す。

 その表情を見ているのが非常に辛くて苦しくて、玉藻は思わず連夜の震える体を強く抱きしめる。


「連夜くん、もういいよ。辛かったらそれ以上話さなくてもいい。だいたいわかったから、それ以上はもう」


 自分の頬を連夜のそれに慰めるように擦り付けるが、連夜は再びゆっくりと首を横にふる。


「大丈夫ですよ、玉藻さん。それにあと少しだけ玉藻さんに話しておきたいことがあるんです。ですからもうちょっとだけ僕の話につきあっていただけますか?」


「う、うん、いくらでも付き合うわよぅ。でも、本当に無理しちゃや~よ」


「はい、大丈夫です。えっと、いろいろな場所で人間族は差別されているってところからでしたね。僕は幼い頃から父に連れられて本当にいろいろなところにいきました。といっても、世界全土というわけじゃないんですが、それでも相当な距離を歩いたと思います。少なくとも三十を越える都市を巡り歩きました」


「そ、そんなに!?」


「ええ。ですから小学校低学年のときはほとんど学校に行かなかったです。ちゃんと落ち着いて学校に行くようになったのは五年生を越えてからだったかな。友達は片手で数えられるほどしかいなかったです。でも、辛くはなかった。いろいろな場所に行って、いろいろな『人』に会い、いろいろなことを学びました。都市に入っただけで投獄されそうになったこともありましたし、その都市の住人全体から汚い言葉で罵られたこともあります。物を投げつけられたこと、騙されたこと、死にそうな目にもあったこと、本当にいろいろなことがあって、思い返すとよく今まで五体満足でいることができたなってつくづく思います。でも、辛いことばかりだったわけじゃありません。本当に親切な『人』達と出会ったこともありました。他では絶対に見られないような不思議なものや、美しいものもこの目でみました。美味しい食べ物をみつけたり、珍しい動物に出会ったり。他では絶対に修得できないような技術や技能や知識を教えてもらったこともあります。それらは学校では決して学べないこと、体験できないことばかりで、父には本当に感謝しているんです」


「そう、連夜くんのお父さんは本当に凄い『人』なのね。そして、連夜くんはそんなお父さんが大好きなんだ」


「はい、この世で最も尊敬している『人』で、生涯最大最高の師匠と思っています。そんな父が側にいてくれたから、今の僕があります。これだけ厳しい世界の中で、生き残る為の術や心構えの全ては、全部父が僕に与えてくれたものです。逆に言えば、父がいなければ僕は今、この場にいなかったでしょう」


 途中まで目を輝かせながら話を続けていた連夜であったが、急にその光は力を失い、言葉に力が無くなる。


「もし、仮に僕に人間の子供ができたとして、父と同じようなことが果たして僕にできるでしょうか。危ないところを助けてあげられるでしょうか、力を貸してあげられるでしょうか、生き残る術や心構えを教えてあげられるでしょうか。正直、全く自信がありません。父はとても偉大な『人』です。はっきり言って僕があと十年必死に修行したとしても、到底辿りつけないような高みにいる『人』です。それはよくわかっているんです。僕は僕で、父は父なんだって。僕は僕のやり方、生き方で進んでいくしかない。よくわかっているんですけどね」


 そう言ってなんともいえない自嘲に満ちた表情を浮かべる連夜。

 流石の玉藻も、そんな連夜に対してかける言葉がみつからなかった。

 慰めてどうこうなる問題ではないのだ。

 これは、連夜自身が乗り越えないといけない問題で、玉藻が手を貸すことは許されない。

 いや、恋人として、いずれ彼の伴侶となるものとして、この問題は連夜だけのものでは決してない。

 彼が親になるということは即ち、玉藻自身も親になるということだ。 

 厳しい差別に晒される人間族の子供の親になるということなのだ。

 同じ人間族だからという理由だけで、彼に子供を押し付けて任せ、守らせるなんてことが許されるわけがない。

 ましてや、自分にそんなことができるわけがない。

 玉藻は心を引き締めると同時にその表情も引き締め、自分の腕の中で苦悩する最愛の『人』に視線を向ける。


「連夜くん。連夜くんの話はよくわかった。私ね、あなたとこういう関係になれたことにすっかり浮かれてしまって、あなたが抱えている問題のことなんか、これっぽっちも考えていなかったわ。本当にごめんなさい。でもね、今の話を聞いて、私も考えるって約束する。あなたと一緒にこのことについて真剣に考えるって約束するわ」


「玉藻さん」


 深い想いと力強い意志が感じられる言葉。

 その言葉を聞いた連夜の瞳が思わず潤みかける。

 そんな連夜の姿を優しい表情で見つめていた玉藻は、再びその身体を強く抱きしめる。


「いろいろ一緒に考えて、乗り越えていこうね、連夜くん」


「はい、よろしくお願いいたします」


「うん、こちらこそよろしくね。あ、そうだ」


「なんですか?」


「できるだけ考えるつもりだけど、私って超バカだから、す~ぐ忘れちゃうのよね。で、うっかり忘れたまま、新しい家族が誕生しちゃうようなことになったりなんかしちゃったりしたら、そのときはごめんしてね」


 てへっとかわいらしく笑いながら、こつんと自分の頭に拳を乗せる玉藻。

 しかし、その言葉を聞いた連夜の顔はみるみる青ざめて行く。


「ちょっと待ってくださいよ、玉藻さん。ごめんしてねって以前にですね、新しい家族ができるような行為をしなければ、そういう失敗はありえないと思うんですが」


「ごめん。多分、答えが出るまで理性がもたないから」


「ぐ、具体的に言うと、あとどれくらい、もちそうですか?」

  

「う~んと、三秒?」


「きゃああああああああっ!!」


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