第七話 『玉藻と連夜』 その6
とりあえず、一旦推敲終了です。
お騒がせいたしました。
目の前のテーブルに並べられていくのは今日の夕食の数々。
おいしそうな匂いをさせているクリームシチュー。
外側は明らかにサクサクしていそうにみえるクロワッサン。
そして、ポテトサラダの入った皿が手際よく並べられていく。
その様子をそわそわしながら見つめ続ける玉藻。
もういいかな? もう食べてもいいかな?
そんな雰囲気を全身から発している玉藻の姿に気がついた連夜は、優しい笑顔を浮かべながらこっくりと頷いてみせる。
「冷めないうちに食べてくださいね」
「え、あ、うん、じゃあ、いただきます」
待ちきれないという風にスプーンとフォークをとった玉藻は早速メインディッシュのクリームシチューに手を伸ばす。
大きなシチュー皿に盛り付けられたクリームシチューにスプーンを突っ込み、大きくすくって食べようとする玉藻。
しかし、あることに気がついて掬いあげようとしたスプーンを止める。
よくよくシチューの中身を観察して見るとなんだかちょっと普通のクリームシチューとは違うような。
「これって・・鮭?」
ちょいちょいとシチューの中をかきわけてみると、クリームシチューの入ったシチュー皿のど真ん中に、鮭と思われる魚の大きな切り身が鎮座していた。
「そうです。別でムニエルした鮭の切り身です。一緒に煮込んだわけじゃありませんから、身はぐずぐずになってないはずです。ナイフとフォークでお好きな大きさに身を切っていただいて、シチューと一緒に口に入れてくださいね」
横で甲斐甲斐しく給仕をしてくれている連夜のほうに一瞬目と耳を向けた後、もう一度シチューへと視線をもどす。
とりあえず、説明通りに早速やってみることにする。
皿の中の鮭の切り身を大きめに切りとり、スプーンになみなみとすくたシチューと一緒に口の中へ。
シチューのほんのりした甘さと、鮭の控え目な塩味が絶妙にあいまって口の中いっぱいに広がる。
「美味しい!! ほんと美味しい!! こんなの外の店でも食べたことないわよ!!」
絶対美味しいとはわかってはいても、実際に食べてみて実感する美味しさは別のもの。
正直、かなり感動してしまう味だった。
鮭のムニエルはバターベースのようだが、シチューと一緒に食べることでまた違った趣があり、シチューの味がしっかり強調してありつつもそれで鮭の風味を損なうこともなく見事に協調しあっていた。
また、しっかり煮込んであると思われるのに、じゃがいもは全然荷崩れしておらずほくほくで、それとは逆に人参はとろけるようにやわらかくなっている。
どうやったらこんな風に調理できるのか皆目見当もつかないほど高度な技術で作られていることは、いくら素人の玉藻にだって容易にわかる。
全然しつこくないし優しい味のせいかいくらでもお腹に入っていく。
夢中になって食べ続け、気がつくと三杯もおかわりし(四杯目はさすがに体に悪いと止められてしまった。)クロワッサンもポテトサラダもきれいにたいらげてしまっていた。
「ふ〜、おいしかったぁ。御馳走様」
すっかり膨れて大きくなったお腹をぽんぽんと叩きながら、行儀悪く後ろにのけぞって座る玉藻。
その姿に若干の苦笑を向けつつ、連夜は空になった皿を手際よく片づけて立ちあがる。
「いえいえ、お粗末様でした。じゃあ、食後のデザートとコーヒーを取ってきますね」
「は~い」
空になった皿を手早く引き揚げるのと入れ替えに、連夜は今度はデザートの入ったガラスの器と淹れたてのコーヒーの入ったマグカップをテーブルの上に並べる。
玉藻がガラスの器をみると、中にはちょっと黄色の濃いいプリンらしきデザートが入っていた。
「なんか色が濃いいわね、このプリン」
「あ、わかりましたか。それ普通の卵から作ったプリンじゃないんですよ」
「?」
「シャンファ烏骨鶏っていう品種が産んだ卵なんです。普通の鶏の卵と見た目はよく似てはいるんですけど、普通のものよりもはるかに栄養価が高いんですよね。味は濃厚なんですが、調理の仕方によっては非常にあっさりした味に変わるんです。体が弱っているときにはちょうどいいかと思いまして」
少年の言葉にふむふむとうなずきながらスプーンですくって一口入れてみる。
「あま〜〜〜い!! ってか、あれ!? すぐ甘さが消えちゃうよ! なにこれ、うま!! 甘いのがしつこく口の中に残らない!! けど、あまい!うまい!!」
と、あまりの美味しさに夢中で食べてしまい、あっというまになくなってしまった。
想像以上に美味しかったため、味を楽しむという考えを完全に忘れてしまっ故の大失敗だった。
空になったガラスの器を悲しそうにみつめ、そのあと少年のほうを捨てられた子犬のようなまなざしでみつめる玉藻。
「あはは、わかりました。まだありますよ」
「やったーー!」
再びプリンをゲットして喜ぶ玉藻。
今度はすぐ食べてしまわないようにちょっとずつ味わいながら食べる。
「う〜ん・・不思議だわ。すごく甘くかんじるのに全然厭味な味じゃないわねえ・・ひょっとして、かけてあるキャラメルソースにヒントがあるのかしら・・」
などと、ちょっと真剣にプリンを考察してみる玉藻。
そんな風に子供みたいに目をキラキラさせながらプリンを見つめる玉藻の姿を、連夜はなんともいえない優しく穏やかな、しかし、実に幸せそうな表情で見つめ続ける。
何度も心の中で思う。
夢ではないのか。
目の前で起きているもの、目にしている全ては夢ではないのかと。
自分の願望が見せている、夢。
本当の自分はまだ、あの廃ビルにいるのではないか。
そして、あの狂い牛の剣で胸を貫かれ瀕死の状態にあるのではないか。
今、目の前にあるものは全て、死の直前にある自分がこの世で見る最後の幻影。
だが、別の自分が即座にその考えを否定する。
違う。
それは違う。
目の前にあるのは紛れもない現実。
この世界の最底辺にある人間という種族に生まれ落ちた自分。
幼き頃から厳しい現実に翻弄されてきた、激しい差別に晒されてきた、何度も何度も死ぬような目にあってきた。
だが、そんな中でも彼は生き残ってきた、懸命に全力で必死になって生き残ってきたのだ。
連夜が潜り抜けてきた危険の中には、一瞬の現実逃避すら許されない過酷なものが何度もあった。
そんな連夜が、例え死の間際であったとしてもこのような穏やかで平和な幻をみるであろうか。
答えはわかりきっている。
否だ。
恐ろしく諦めの悪い性格、最後の最後の最後まで生にしがみつこうとするいぎたない魂。
それが自分、宿難 連夜なのだ。
見るとしても、それは死の向こうにある生にしがみつくための何か。
こんな穏やかな光景では間違ってもない。
死にさらされるたび、絶対絶命に陥るたび、実際に彼の脳裏に走ったのは、彼の前を通り過ぎていったたくさんの人達の姿。
思いだすたびに涙が止まらなくなる。
そんな亡き人達が、彼が窮地に陥るたびに現れて彼を励ます。
そんな幻は何度もみた。
だが。
そんな幻は見ても、このような安らぎに満ちた幸せな幻影は見たことがない。
だからこそ、これは幻ではない。
だからこそ、これは現実なのだ。
だからこそ、連夜は思う。
まさかこんな日が来るとは、正直夢にも思っていなかったと。
確信すればするほど、どうしようもなくいろいろなものが胸に込み上げてくる。
連夜は、半ば諦めていたのだ。
一番欲しい人の心を手に入れることを。
諦めの悪い自分が、どうしても諦めざるを得なかった。
そんな状況に彼を追い込んだのは他ならぬ彼の実姉ミネルヴァ。
姉ミネルヴァに自分の想いを知られたあの日。
玉藻の親友にして、連夜の姉ミネルヴァは、連夜にこう言い続けてきた。
しつこくしつこく。
何度も何度も。
『玉藻は男アレルギーで男が大嫌いなんだから、絶対に近づいちゃだめよ。連夜はそんなことしないと思うけど、『ミネルヴァの弟』ですなんてこと言って無理に近づこうとかしないでね。あの子、男に近づかれるだけで体調崩すんだから!!』
絶対、嘘だ。
嘘に間違いない。
しかし。
嘘だとは思ったが、本当だった場合、取り返しのつかないことになるかもしれない。
アレルギーは馬鹿にできない。
アレルギー体質の『人』は原因となる要因によって、心臓発作を起こしたりもするのだ。
もし自分のせいでそんなことになったら、もし自分のせいで玉藻の身体に異変が生じたら、そして、もし自分のせいで玉藻の命が危険にさらわれたら。
耐えられない、それだけは耐えることができない。
だから仮面をつけたのだ。
だから性別を隠したのだ。
例え、自分がどこの誰ともわからずともいい、それでもそばにいたかった。
その声を聞いていたかった、その笑顔を見ていたかった。
諦めきれない自分の最後の抵抗。
側にいるだけ、ただ、それだけでよかった。
だけど、まさか、こんな風に自分の想いが通じる日がこようとは。
連夜は目の前の愛しい人の姿を見つめる。
やはり。
やはり姉の言っていたことはウソだったのだ。
全然、大丈夫だ。
それどころか、その、目の前の愛しい人は自分に対して妙に、というか、めちゃくちゃ、というか、壮絶に積極的に迫ってくる。
やっぱり、これは夢じゃないのかと思ってしまうが、自分の唇に残る温かく柔らかい感触がその想いを木端微塵に粉砕する。
思い出しただけで顔から火が噴き出しそうだ。
万感の思い。
温かいいくつもの感情が溢れ出して止まらない。
ふと気がつくと、瞳が潤みかかっていることに気がついた。
幸い、目の前の愛しい人は、プリンを食べることに夢中で気がついていない。
連夜は愛しい人に背を向けてそっと立ち上がる。
「玉藻さん、ちょっと失礼します。僕、台所で洗い物してきますね」
「あ、うん、いってらっしゃ・・って、いや、ちょっと待った!!」
流れそうになっている涙を誤魔化すためにそそくさとその場を立ち去ろうとした連夜。
しかし、その連夜の背中に凄まじい勢いで玉藻が迫る。
連夜がその気配に気がついたそのときには、あっというまに連夜の身体は横抱きにされて持ち上げられていた。
そして、何事が起こったかわからず、ぽか~んとしている間にその身体は運ばれて、玉藻が座っていたテーブルの前へと移動。
再び気がついたそのときには、連夜は玉藻の膝の上に横抱きにされた状態で座らせられ、目の前には狐になった玉藻の顔が迫っていた。
「え? え? 玉藻さん?」
「いいから。何も言わなくていいから」
困惑して問いかける連夜を黙らせるように、玉藻は連夜の潤んだ瞳とその周りを優しく舐めとっていく。
少年が流そうとしていたものが、悲しみの涙ではないとはわかっていた。
何故かはわからないが、それはわかっていた。
だけど、泣いている。
悲しみの涙ではなくとも、涙を流している。
それがわかってしまったからには放っておけなかったし、放っておく気はさらさらなかった。
彼が傷つく姿を見るのが嫌だ、見たくない、出来る限り傷ついてほしくない。
昨日の夜、今にも死にそうなほど傷ついてぼろぼろの姿になった彼を見たとき、息が詰まって本当に心臓が止まりそうになった。
あのとき心が引き裂かれるということがどういうことか、嫌というほど思い知らされた。
もう、二度とあんな想いをしたくない。
だから、守ると誓ったのだ。
この少年の身体も、そして、心も守ると。
そのためならどんなことだってできるし、どんなことだってする。
ただ、心を癒し守るといっても、玉藻にはそれほど選択肢があるわけではなかった。
どうやれば少年の心を癒せるのか、ほとんど何も思いつかない。
しかし、幸いにも、自分は『女』で、腕の中の恋人は『男』である。
『女』として『男』を慰めることはできるはず。
この世に生まれおちてから二十年。
そういう経験は一度たりともなかったが、なぜか自分の深い記憶の奥底にそれらの記憶がばっちりと残っているのがわかった。
これは自分の中に現れた、もう一人の自分を名乗る者の記憶だろうか。
そのもう一人の自分は、今、自分の腕の中にいる恋人とよく似た・・いや、そっくりな少年と深く愛を営んでいた。
正直、見ているだけで恥ずかしくなる記憶の数々。
普段の生活の中で思い出してしまっていたら、間違いなく大いに取り乱してしまっていたに違いない。
しかし、今日、この場合だけは非常にありがたかった。
全然、全く、これっぽっちもそういう経験がなかった自分に、どうすればいいのか、どうするべきなのかを自然と身体が思いだし始める。
これならなんとかできる。
そう確信した玉藻の黄金の瞳がゆっくりと赤く染まっていく。
玉藻はその舌をゆっくりと顔から首筋に、そして、はだけたシャツから見える胸元に這わせていく。
「え? た、玉藻さん?」
おとなしくされるがままになっていた連夜は、自分の周囲に漂い始めた妙なピンク色の気配に気がついた。
膝の上に乗っていたはずの身体は、いつのまにか完全にカーペットの上に押し倒されている。
いや、それどころか、着ていた蒼いシャツははぎとられ、下に着ているTシャツは半分脱がされて腹部が全開。
いくら恋愛ごとに鈍感極まりない連夜でも、これがいったいどういう状況かくらいはわかる。
『男』の自分が押し倒されているのは非常に情けないとは思ったが、玉藻の性格から考えれば自分達の場合はむしろこれが普通なのかもしれない。
小さい頃から憧れていた強くて奇麗なお姉ちゃん。
最愛の人。
そのかけがえのない女性から求められている。
連夜の脳裏に、理性とか欲望とか、道徳とか好奇心とか、これからの二人の未来とか、今この瞬間の二人の気持ちとか、それはもう様々な考えが浮かんでは消え、消えてはまた浮かび半ばパニック状態になりそうになった。
もう、このまま流されようか。
自分の上に覆いかぶさってきている、この恐ろしくも美しく、厳しくも非常に優しい狐のことが大好きだった。
その最愛の狐が身体ごと想いをぶつけている。
受け入れればいい。
そう思って身体の力を抜きかけた連夜だったが。
突然、あることを思い出して真っ青になる。
まずかった。
非常に不味い状況だった。
思いだしてしまった以上このまま流されるわけにはいかなかった。
彼女の身体が今どういう状況にあるのか、完全に完璧に把握した連夜は、悲鳴交じりの声で絶叫する。
「玉藻さん、ちょっと、待った待った、待ってぇっ!!」
「無理」
「無理じゃないでしょ!! あんっ、どこ、舐めて、あ、いや、そんなとこ、ちょ、と、ともかくすとっぷ、すとっぷぅぅぅっ!!」
「玉藻は急に止まれない」
「何でですか!? 車じゃないんですから、止めてくださいってば!! ず、ズボン脱がしちゃらめぇえっ!! ってか、なんでそんなに服脱がすのに手慣れているんですか!?」
「失敬ね。服を脱がすのに手慣れているわけじゃないわよ。連夜くんを裸にするのに慣れているだけ」
「あ、な~んだ、そっか。それならしょうがないなぁ、って、なんで僕限定なんですか!? そもそもいつ慣れたんですか!?」
「生まれる前に何度も実戦していたから。もう免許皆伝よ」
「すごいや、玉藻さん、いや~、生まれる前かあ。それなら、僕に覚えがないのは当然だよね。って、意味わかりませんよ!! どんないいわけですか!? ちょっ、いやっ、玉藻さん、お尻はダメ!!」
「連夜くんのお尻桃みたい」
「だからって、かじらないでください!! 舐めないでください!! 揉まないでください!!」
「もう、なんなの、なんなの、なんなのよ、いったい!! じゃあ、どこならかじってもいいのよ!? 舐めてもいいのよ!? 揉んでもいいのよ!?」
「今日はダメです!! どこもダメです!! ダメったらダメなんです!!」
「じゃあ、もういいや。めんどくさいから全身隈なくフルコースでいっとく」
「きゃ~~!! 人の話、全然聞いてな~い!!」
もう、ほとんど全裸に近い状態になりつつある連夜であったが、持てる力の全力を振り絞って抵抗する。
正直、種族の能力差で本気になれば強引に事に及ぶことは十分可能であったが、あまりにも嫌がる連夜の姿に流石の玉藻も一時中断。
物凄い不機嫌極まる表情を浮かべ、血走った瞳をギロリと真下に組み敷いた連夜へと向ける。
「どうして!? どうして止めるわけ? ここは流されないとダメな状況でしょ!?」
「何でですか、流されちゃだめなんですってば!! 危なかった、本当に雰囲気に流されてしまうところでしたよ、雰囲気こわっ!!」
「なんで? なんで流されちゃ駄目なの!? 連夜くん、ひょっとして私のこと嫌いなの?」
「違います違います。玉藻さんのことは好きです、本気で愛しています。僕だってできることなら、そういうことしたいです」
「じゃあ、いいじゃない」
「全然いいことないんですって!! 今日はダメです、絶対ダメです!!」
「だ~か~ら~、なんでダメなの? ひょっとして連夜くんは『結婚するまでは清い関係でいよう』の『人』?」
「いえ、家の両親も正式に結婚して夫婦になるずいぶん前からすでにそういう関係だったそうなので、僕としてはあまりこだわりませんが」
「じゃあ、あれ? 今日告白したばかりなのに、そういう関係にまで発展するのはちょっとってこと? 確かに告白したのは今日だし、あなたの素顔を見たのも今日が初めてだけど、付き合いとしては一年以上あるわけだから、知らない関係ってわけでもないでしょ?」
「いや実際にはそれ以上の関係なので、それについても別に忌避感はありません」
「じゃあ、何が気に入らないのよ?」
「玉藻さんの体調のことですよ」
「私の体調?」
全然予想していなかった答えを聞いて、玉藻はきょとんとした表情で小首を傾げて見せる。
そんな玉藻の姿を見た連夜は、なんとも言えない深い溜息を吐きだしてみせたが、どこか諦めたような苦笑を浮かべるとゆっくりと口を開いて説明を始めるのだった。
「玉藻さん、霊力覚醒のせいで、【過邪】を引き起こしていた状態だったでしょ」
「うん、そうみたいね。でも、今はかなり調子いいわよ」
そういって、連夜の身体の上でえいやと正拳突きを繰り出し、自分の身体の快調ぶりをアピールする玉藻。
「ええ、そうですね。熱も下がったようですし、食欲もあるようですし、ほとんど治ったとみて間違いないと思います」
「でしょ~。別に体調悪くないわよ、むしろ絶好調に近いというか」
「ええ、そこが問題なんですよ」
元気元気と両腕でかわいく力瘤を作ってみせる玉藻だったが、その姿を見た連夜はむしろ眉をしかめる。
「絶好調なのが問題なの?」
「霊力のオーバーヒートが納まって、今、玉藻さんの体内の霊力は非常に安定した状態にあります。それに伴い、霊力は以前よりも増加し、その増加した霊力は崩していた体調を元に戻すべく、物凄い勢いでフル回転し始めている真っ最中です」
「いいことじゃない。何が問題なの?」
連夜の言葉の意味がわからずますます首を傾げていく玉藻。
それに反比例するように連夜の顔はだんだん険しくなっていく。
「良すぎるんですよ。体調を良くするのは非常にいいことです。いいことなんですが、その。ある一部の機能も活性化させてしまうんです」
「一部の機能って?」
「まあ、その、つまり、男性の僕としては非常にいいにくいんですけど」
何故か顔を赤らめ言葉を濁す連夜。
その後もなかなか続きを話そうとしなかったが、玉藻に促されて渋々口を開いた。
「いいから、言ってみてよ。別に怒ったりしないから」
「わかりました。その、ズバリ言うと」
「ズバリ言うと?」
「『子宮』です」
「『子宮』?」
「文字どおり赤ちゃんを作る機能が、玉藻さんの体内で絶賛フル稼働中なわけです。もし、今、玉藻さんとその、あれがあれで、ああなっちゃうようなことを、何の回避策もしないままにしちゃうと、ほぼ間違いなく僕と玉藻さんの間に新しい命が誕生してしまうわけです」
赤面しながら説明を終えた連夜は、なんとも疲れ果てたという表情で『はふ~』と大きな溜息を吐きだす。
しかし、その衝撃の説明内容を聞いていた玉藻はというと。
「ふ~~ん」
わかっているのかわかっていないのか、ほけ~~っとした表情で生返事を返す玉藻。
「『ふ~~ん』って、リアクションうすっ!!」
「だって、他の『人』ならともかくあなたとの子供なわけでしょ? 別にいいわよ。それくらい覚悟の上で関係を持とうとしているわけだし」
「覚悟を決めるのが早すぎます!!」
すかさずツッコミを入れる連夜であったが、何故かこのとき玉藻の表情はこれまでのおちゃらけたものではなく、その瞳には妙に真剣な色が浮かび上がっていた。
それに気がついた連夜は、玉藻の身体の下から心配そうにその顔を覗き込む。
すると、玉藻は慌てたように一瞬その顔を逸らしかけたが、何か決意したように再び顔を連夜のほうに向け直した。
「玉藻さん?」
「連夜くんさ。ちょっと私の話を聞いてくれる?」
「あ、はい。なんでしょう」
「私の、私の家族の話。いや、そうじゃないわね、血のつながりがあるだけの一族の、私が生まれた一族の話」