第七話 『玉藻と連夜』 その5
城砦都市『嶺斬泊』内部に存在する五つのエリアの中で最も人口の多い中央エリア。
その中央エリアの、東の端。
閑静な住宅街の一角に一つの大きな屋敷がある。
『猫メイドさんのお屋敷』
ご近所の皆様からそう親しみを込めて呼ばれているこの屋敷には、無数とも言える『東方猫型獣人』族のメイドさんや、召使いの方々が住みこみで働いている。
三種類の毛で構成されている一般的な猫の姿のものもいれば、真っ黒な毛、あるいは真っ白な毛のもの。
モップのように毛がふさふさのもの、かと思えば逆に全く毛がないもの。
小人族よりも小さいもの、あるいは『人』の種族と大して変わらない大きさのものと実に様々。
この都市で猫型の獣人の一族は他にもいるが、『東方猫型獣人』族はこの屋敷内にしか存在しておらず、その彼らが屋敷の内外を出入りするものだから、それはもうかなり目立つ。
いや、この屋敷が目立っているのは彼らだけのせいではない。
彼らを従えている屋敷の主達も実に個性的な者達ばかりである。
一流モデルや女優なんか目じゃないほどの美貌とスタイルを誇る赤毛の中年美女を筆頭に、二十代と思われる金髪の美女に十代半ばの銀髪の美少女。
獅子の頭を持つこの都市最大最強の剣士。
実に目立つ、めちゃくちゃ目立つ。
一部、非常に地味で目立たない住人も何人か存在しているが、基本的にこの家に出入りしている者は目立つものが多い。
そんな中、今、この屋敷の中央リビングに、この屋敷の住人ではない一人の少女の姿がある。
目立つ目立たないのどちらかで言えば、圧倒的に目立たない。
圧倒的に目立たないし、存在感もどちらかと言えば薄い。
しかし、ひとたび認知されれば、絶対に忘れることはできない容姿を彼女はしていた。
彼女を一言で現すとすれば、もうこの言葉しかありえない。
『かわいい』
それも普通にかわいいわけではない。
誰が見ても圧倒的にかわいい、めちゃくちゃかわいい、すんごくかわいい姿をしていた。
『人』型種族、『獣』型種族問わず、彼女を見た者のほとんどが彼女のかわいらしさに魅了されるであろう。
小さな顔の大半を占める大きく黒い瞳。
顔の下半分には形が非常によいが、ちんまりした口に、ちんまりした鼻。
瞳と同じ色をした艶やかで腰まである長い髪。
ある理由から本名を名乗ることを許されなくなった不運な少女。
彼女が現在名乗っている仮の名は『龍乃宮 瑞姫』。
この屋敷の住人の一人である『宿難 連夜』と同じ都市立御稜高校に通う同じクラスのクラスメイト。
そして、彼の幼馴染にしてかけがえのないの『友達』の一人。
その彼女は、現在、その『友達』の家のリビングで、難しい顔をしながら同じ場所をいったりきたりしている。
両腕を組み、かわいらしい顔をしかめっつらにして歪め、何十分もそうして往復運動繰り返し続けていた。
時折、立ち止まって何かを考え込む素振りを見せるのだが、そのたびに溜息を吐きだしてはまた往復運動にもどる。
そして、ときどき歩きながら同じようなことを呟くのだ。
「連夜ったら、結局朝になっても帰ってこなかった。どうしたんだろ、何かあったんじゃないかな。大丈夫かな。携帯念話に念話してみようかな。でも、なんか恩人の方の看病しているとかいっていたし、もしまだ看病しているんだったら、邪魔になっちゃうし。でも、心配だな。はふ~」
悩ましげに呟く。
そして、また往復運動。
周囲には彼女の頼れる世話役達が控え、彼女の行動を見守っているのだが、誰もその行動を止めようとはしない。
と、いうのも、彼女のその行動の意味をみんなよくわかっているからである。
わかっているからこそ、止められないのだ。
止めたところで、それは一時的なもので、下手に止めるとどういう行動にでるかわからない。
それがよくわかっているから、声をかけられずにいた。
「な、なあ、はるか。もうそろそろあんた、姫様を止めて~な。昨日はわたしら、ここに泊めてもらってしもて、えらい迷惑かけてしもてるねんで。その上、三食きっちりいただいてしもうてるし、また今晩も泊るんか? ええ加減帰らんとまずいで、ほんま」
世話役筆頭である、下級龍族の少女『東雲 ミナホ』が、隣に立つ同僚に声をかける。
「私が言っても聞いてくださらないわよ。それにあなただってよく知ってるでしょ? 宿難さんが絡むと完全に自分を見失ってしまわれるから、下手なこと言うと何をしでかすかわからないんだもの」
九人の世話役の中で最も頭がよく、チームの参謀役になっている中級龍族の少女『水池 はるか』だったが、こればかりはどうしようもないと大げさに肩をすくめてみせる。
「ほんま困ったもんやで。恋は盲目っていうけど、姫様の場合、目だけじゃなくて、耳も鼻もやし、それに頭までバカになってしまうから、始末に悪いねんなあ」
「そうねえ。宿難くんが絡まないとほんとに聞きわけがよくて、頭の回転も速い方なんだけどねえ。あ~あ、学校さぼっちゃったわね、私達」
「まあ、そこは別にええねんけどな。どうせ、『セカンド』様は姫様にこっぴどくやられて本家でダウン中。一週間は起き上がられへんやろう。『ソード type2』は行方不明になってるっていうしな。それよりも問題は姫様や。あれをほんまにどうにかせえへんと、まずいで」
「ほんとにねえ、一途なんだけど、妙に依怙地になってるというか」
「自分が宿難はんにめちゃくちゃ恋しているってことを自覚してないしなあ」
「友情だとか思ってますしね。そうそう、姫様が宿難くんを見る目、ミナホ見たことがあります?」
「あるある。授業中といわず、休み時間といわず、目から熱光線発射されてもおかしないくらい、めっさ熱い視線注いでいるやろ?」
「あれ、ご自分では気がつかれていないって思ってるみたいですわ」
「え、うそやろ!? あれだけ露骨にモーションかけとるくせに、気がつかれていないとか思っとるんかいな!? 周囲からみたらバレバレやし、宿難はん本人も完全に気がついてるやん。姫様、どんだけ残念やねんな」
「ほんとにね~。うちの姫様は、そういうところがかわいいというか。小学生でももうちょっと進んだ恋愛すると思うんだけど」
「まあ、『セカンド』様とか、『ソード type2』とかは気がついてないみたいやけどな」
「だって、二人とも元が姫様ですもの。そういう残念なところは余すところなく引き継がれているみたいですしね」
そう呟きながらちらっと視線を自分達の主のほうへと向けるミナホとはるか。
しかし、肝心の二人の主は、相変わらず溜息を吐きだしながら、同じところをぐるぐる回り続けている。
結構大きな声でしゃべっていたのであるが、全然二人の会話を聞いていなかったのか、見事なまでにスルーである。
顔を見合せた二人は、自分達の主以上に深く大きな溜息を吐きだした。
「あか~ん。今回のはかなり重症や」
「いつもでしたら、これだけこきおろしたらすぐに聞きつけて、『言いたい放題言ってるんじゃありません!!』とか言って怒鳴りつけてくるのに」
「ほんまに宿難はんのことが心配なんやなあ」
「ほんと、いじらしいですわね。ですが、こんな状態じゃあ、何を言っても耳に入らないでしょう」
彼女達の主がこうなってしまっているのには勿論理由がある。
この屋敷の住人の一人である『宿難 連夜』。
瑞姫にとってかけがえのない、絶対に失いたくないと思っている大事な大事な『友達』。
ちょっと変わったところがあるが、都市立御稜高校に通う地味な高校二年生。
全種族の中の底辺に位置する人間族に生まれ、何の特殊能力もなく、身体能力も下の上といったところ。
目立つところといえば、たくさんの種族の者達から嫌われ差別されていることだろうか。
それ以外には目立つところは何もない。
むしろ、嫌われているからこそ、極力関わりたくないとばかりに普通は無視され、空気のように扱われる。
だが、そんな彼にはもう一つの顔がある。
この都市最大の歓楽街『サードテンプル』に暗躍する謎の怪『人』。
『祟鴉』
心弱くとも必死に懸命に生きる者達の悲しみと優しさに満ちた『悪』の夜空に哭く鳥。
良くも悪くもその名は『サードテンプル』の裏街に響き渡っており、だからこそ彼の敵は多い。
彼に痛い目にあわされたもの、彼を倒して名を上げようというもの、純粋に戦いを楽しみたいもの、その目的は実に様々。
だが、彼を倒した者はいまだ誰一人としていない。
様々な技術技能知識を会得した彼は、それらを存分に振って並みいる強豪達を次々と返り討ちにしてきたのだ。
上級種族が持つ特殊能力も、超人的な身体能力も彼にはない。
しかし、どんなハプニングに見舞われようと生き残る術を、負けない術を、彼は誰よりも熟知していた。
それは人間族という理由だけで幼い頃から嫌われ差別されひどいめにあわされてきた彼だからこそ身につけることができたスキル。
多少腕がたつというくらいでは、『祟鴉』を倒すことは不可能なのだ。
だから今回も彼は多少のハプニングが起こっても問題ないと思っていたのだろう。
それは間違いなく・・
油断だったに違いない。
今回彼に襲いかかった敵は、これまでの敵とは少しばかり違っていた。
高校生にしてすでにその名を轟かしている若き『害獣』ハンター。
中学時代に付近一帯の不良達の頂点に君臨していたという伝説の女王。
そして、下級種族を虫けらのように扱う最悪な外道集団。
いち早く友の危機を知った瑞姫は、仲間達と共に現場に急行し彼に襲いかかろうとしていた集団を抑えることに成功した。
成功したのだが、それは結局一部でしかなかったのだ。
彼女達が一つの集団を相手にしている間に、肝心のカラスは別の集団に拉致されてしまう。
必死になって攫われた彼を探す瑞姫達。
しかし、彼の行方は一向に掴めなかった。
正直、もうだめだ、間に合わない、彼はすでにこの世にはいない。
瑞姫は何度もそう思った。
だが、彼は生きていた。
生きていたのだ。
何者かの手で救いだされ、事なきを得たという。
そのことは彼自身が念話をかけてきて話してくれた。
無事だという。
大丈夫だという。
心配ないという。
その言葉にほっと安堵の息を吐きだした。
よかった、本当によかった。
瑞姫は本当に心からそう思った。
だが。
そのあと彼はすぐには帰ってこれない、このままでは帰れないと告げた。
彼を救ってくれた恩人の体調が優れないので、帰らず看病するという。
瑞姫が知る『宿難 連夜』という少年は実に義理堅く、心優しい性格をしている。
もし、彼の言葉が本当ならば、自分の命の恩人を放り出して自分だけ帰ってくるなんてことは絶対にできないし、しないだろう。
だから、彼の行動はよくわかる。
きっと恩人の体調がばっちり治るまでつきっきりで看病するに違いない。
それはきっと大変なことだろう。
しかし、彼ならばきっとやり遂げるし、大丈夫。
彼が下手な医者なんかよりもはるかに医術に長けていることは、瑞姫自身よ~くわかっていた。
だから大丈夫なのだ。
きっと大丈夫なのだ。
間違いなく大丈夫なのだ。
今回の事件はこれで終わり。
万が一の為にと、彼の屋敷に仲間達と集まりいつでも出撃できる状態で待機していたが、もう必要はない。
速やかに撤退し、また明日から平凡だが平和な学校生活にもどるのだ。
そうしようと思っていた。
連夜が帰らないと言い出すまでは。
連夜の為に集まっていた何人かの仲間達は連夜の念話の後、すぐに帰宅していった。
彼女の部下である世話役の何人かも家に帰した。
だが、彼女は帰らなかった。
どうしても納得することができなかったのだ。
何故かはわからない。
何故かはわからないが、妙に胸騒ぎがするのだった。
連夜の念話を受けてからこっち、胸騒ぎが止まらない。
止まらないどころか、その胸騒ぎは時間が立つにつれてどんどん大きくなっていく。
結局昨日はこの家の主の一人であり、彼女の武術の師である連夜の母親の好意に甘え、残った一部の部下達と共にこの屋敷に泊まらせてもらった。
日向の匂いのする実にふかふかで気持のいいベッド。
彼女のことを本当の家族同然に思ってくれているこの家の住人達が用意してくれた寝床。
彼女がこの屋敷に泊まるときには、いつもすぐ横には彼女の幼馴染がいた。
そして、彼の健やかな寝息を子守唄にして彼女は眠るのだ。
だが。
今日、ここに彼はいない。
優しい連夜。
辛い時も悲しいときも、嬉しいときも楽しいときも一緒にいてくれる実の兄弟よりも兄弟らしい大事な『友達』。
彼女の大切な『人』。
それがいない、いつもの場所にいない、彼の部屋のどこにもいない。
彼女が眠る部屋は彼の部屋だというのに、その主がここにいない。
彼女は一睡もできなかった。
一睡もできないまま朝になった。
寝不足でとんでもなく不細工になってしまった顔。
それをよく自覚してはいたが気にしてはいられなかった。
学校に行く時間が迫る。
それもよく自覚していたが気にしてはいられなかった。
待てど暮らせど連夜は帰ってこない。
学校をさぼってまでも彼の帰りを待ち続けたが、昼を過ぎても彼は帰ってこなかった。
こればかりは気にせずにはいられなかった。
大いに気になる、めちゃくちゃ気になる、いてもたってもいられないくらい気になって気になって仕方ない。
自分と一緒にこの屋敷に残ってくれた部下達がしきりに自分を心配している。
それはよくわかっていた。
わかっていたが、そちらを気にかけている余裕がいまの瑞姫にはなかった。
それどころか、際限なく湧き上がってくる苛立ちを抑え、意味なく喚き散らさないでいることに全力を傾けなくてはならないほど、今の瑞姫は追い詰められていた。
なんだかわからない。
なんだかわからないが、猛烈に、強烈に、激烈に嫌な予感がする。
瑞姫の大事な大切な何かが、今この瞬間、誰かにめちゃくちゃに汚されている気がしてならない。
そして、それは彼女の大事な大切な『友達』に直結している気がしてならないのだ。
いったい今日何度吐きだしたかわからない溜息を吐きだした瑞姫は、今にも泣きだしそうな表情でリビングに置かれているかわいらしいピンクの念話に視線を向ける。
待ってみる、しばらく待ってみる。
お昼はとうの昔に過ぎ去り、リビングの窓の外はうっすらと赤く染まっている。
そろそろ時刻は夕刻。
もういい加減帰って来てもいいのではないだろうか。
あるいはなんらかの連絡があってもいいのではないだろうか。
そう期待しながら念話を見つめ続ける瑞姫。
しかし、念話は一向に鳴らない。
瑞姫は小さな手でぐしぐしと自分の目元を拭い、再び往復運動を繰り返そうとした。
だが、今日何十回と延々と繰り返されたそれは、ある人物によってついに終止符を打たれることになった。
横合いから伸ばされた白く美しい腕が、彼女の小さな体をすくい上げてその動きを止めたのだ。
一瞬自分がどうされたのかわからなかった瑞姫であったが、すぐに気がつくと、のろのろと瑞姫は自分を抱き上げた人物に視線を向ける
そこには燃えるような赤毛をした美貌の魔人の姿があった。
「ろ、老師」
「ひ~こちゃん、なんて顔をしているの。もう、ほんとにしょうのない子ね」
なんとも深く優しい笑顔を瑞姫に向ける魔人。
彼女の武術の老師であり、この家の主の伴侶たるドナ・スクナーは、自分の小さな弟子を大きな胸の中に抱きしめる。
そして、涙でぐしゃぐしゃになった彼女の顔をその指先でそっと拭ってやるのだった。
「だってだって」
「だってだってじゃありませんよ。女の子がそんな顔してちゃだめ。女の子はね、どんなときでも笑顔がデフォルトなのよ」
「でもでも」
「だっても、でももないの。 ほらほら、泣かない泣かない。ひ~こちゃんこんなにかわいいのに、涙と鼻水で全部台無しになっちゃってるわよ」
拭っても拭ってもあとからあとから姫子の目と鼻から大量に湧いてきて流れ出す涙と鼻水を、困ったように見つめる美貌の魔『人』。
「ひ~こちゃん、朝からず~っと、そうしてるの?」
「ご、ごめんなさい。お暇しないといけないってわかってるんですけど」
「いいのよ、いいのよ。前にも言ったけど、ここはもうひ~こちゃんの家なんだからね。無理して龍乃宮の借家に帰らなくていいのよ。いつまでもいてくれていいんだけど、私が言いたいのはそっちじゃなくて、朝からずっと念話の前に張りついているのかってこと」
「そ、それは」
敬愛してやまない老師の問いかけに対し、胸の中の瑞姫は返事をすることができず、顔を下に向けてもじもじと身体をゆらし続けるだけ。
「もう~、やっぱりそうなのね。心配し過ぎよ、ひ~こちゃん。うちのレンちゃんは、確かに強烈に意地っ張りで痩せ我慢大好きだけど、大丈夫じゃないときに大丈夫って言ったりはしないわ。あの子が大丈夫って言ったんだから、本当に大丈夫なのよ。あなただってよく知ってるでしょ?」
抱き上げた瑞姫の小さな小さな体を、よしよしと優しく撫ぜて慰めてやりながら穏やかな声で話しかけるドナ。
しかし、瑞姫の表情は一向に晴れない。
その様子に気がついたドナが瑞姫の顔を覗きこみ、無言でその真意を問いかけると、瑞姫は一旦視線を慌てて逸らしてみせる。
しばし、師弟の間で流れる静寂の時。
しかし、結局、弟子のほうが根負けし、視線を師匠のほうへと戻したのだった。
「命の危険はない。それについては私も老師と同じ考えです」
「でしょ? だったら心配しなくても」
「でも、胸騒ぎが止まらないんです!! 何かが。何かわからないけど、連夜に何か起こってるんです。大変な、重大な、一生に関わるような、そんな何かが!!」
「え? え? 何それ? 大変で、重大で、レンちゃんの一生に関わるようなって、何? 例えばどんなこと?」
これまで一度として見たことがない悲痛で必死な形相。
そんな表情で訴えかけてくる瑞姫の姿を呆気に取られて見つめるドナ。
しかし、その言葉の内容が全く理解できず、ただただ困惑するしかできない。
「わかりません、うまく説明できないんです。こうなんていうか、自分の感情が制御できないというか」
「どういうふうに?」
「胸の奥がキリキリ痛むというか、モヤモヤが止まらないというか」
「ふむふむ」
「お腹のちょっと下のほうがズキズキ痛むというか、熱くなってたまらないというか」
「ほむほむ」
「連夜のことを考えるだけでイライラして、怒りと不安で押しつぶされそうになるというか。そう、なんか私の大切なものが誰かにめちゃくちゃに汚されている、今この瞬間も、誰かが我がもの顔で私の大切なものを汚している感じがするというか、うがあああああっ!!」
「ちょ、ひ~こちゃん、落ち着きなさいってば!!」
突如暴れ出した瑞姫を、慌てて押さえてどうどうと宥めるドナ。
幸い、瑞姫はすぐに我に返っておとなしくなったが、今度は前以上の激しさで泣きだしてしまう。
「うわ~~ん、老師ぃ~~!! 連夜が心配ですぅ~~!! 連夜が帰ってこないですぅ~~!! 私、わたし、どうしたらいいんですかぁ~~!!」
「どうしたらって、う~~ん。なんていうか、ほんとひ~こちゃんは恋する乙女なのねえ。そこまでレンちゃんのこと好きだったのか。これはおばさん、予想外だったなあ」
自分の豊満な胸の中で、泣きじゃくり続ける小さな小さな弟子の背中を優しく撫ぜ続けるドナ。
幼い頃から自分の息子と一緒に育ってきた小さな女の子。
子犬同士がじゃれあうような仲で、いつまでもそういう仲のままなのではないかとずっと思っていた。
しかし、いつしか片方はだんだん片方を異性として意識しはじめ、もう片方は全く意識しないまま時はすぎ、二人は大きく成長した。
一人は実子、一人は弟子。
だが、ドナにとってはどちらも大事な自分の子供なのだ。
二人ともに幸せになってほしいと切に願うが、さて。
困ったように溜息を吐きだし、なんとアドバイスしたものかと悩んでいると、不意に胸の中の小さな弟子が顔をあげた。
なんだかそこには、妙に固い決意と覚悟の光が見える。
いやな予感がした。
「ど、どうしたの、ひ~こちゃん」
「老師、私、やっぱり連夜を迎えに行ってきます」
「あらそう? って、えええっ!? どこに? どうやって? ひ~こちゃん、レンちゃんがいる場所なんて知らないでしょ!?」
流石のドナも弟子の突拍子もない宣言に目を剥く。
しかし、肝心の弟子はなんだか妙に血走った目で不敵な笑みを浮かべて見せていたが、不意にビシッとリビングのすみっこを指さして見せるのだった。
そこには、二人の世話役の姿が。
いきなり自分達に話を振られることになってしまい、困惑して慌て始めるはるかとミナホ。
「な、な、いきなりなんですの、姫様!?」
「なんやの、なんやの、姫様!?」
「はるか、ミナホ」
「「は、はい?」」
「連夜を超特急で探してきて」
「「はあっ!?」」
いきなりのムチャ振りに、仰天して目を剥く二人。
「いきなり何言い出すねん、姫様!! そんなことできるわけないやんか!!」
「え~、だって、こういうとき東方野伏みたいに、シュバッって姿を消して、その後、また私の背後にもどってきて『姫様、連夜殿の居場所を突きとめましてござる』って言うんじゃないの?」
「どこのニンジャムービーですか!? 胡散臭!! 物凄い、胡散臭いです!!」
「じゃあ、もういいわよ、自分で探すから」
「自分で探すって、どうやって!?」
「わ、私と連夜は固い絆で結ばれているから、きっとわかる」
「根拠全然あらへんやん!! あかんて、絶対あかんてば!!」
「あ~、もう、どうしてこういうところはちっとも成長しないのかしら。ほんと疲れる子ねえ」
このあとしばらく、単独で連夜を探しに行くと言ってきかない瑞姫を説得するために、屋敷中が大騒ぎとなり、結局、瑞姫達はこの日も泊ることになってしまった。