第五話 『狼と妖精』
今、譲れない何かを賭けて対峙する二つの影がある。
片方は、月明かりに照らされ悠久の氷河のように美しく輝く白銀の獣毛を持つ一匹の雌狼。強い意志を秘めた蒼い瞳はどこまでも澄み切り、ピンと立てられた長い耳は物音一つ逃さないとばかりにくるくるとせわしなく動く、そして、むき出しになった口からは鋭い犬歯が覗き、そこからは聞く者を気圧さずにはいられないような獰猛な唸り声が漏れ聞こえてくる。
体長・・いや身長百八十ゼンチを越える大柄な体格をこれみよがしに見せつけ、相手を存分に威嚇して睨みつける。
それに対する人物は、一見あまりにも脆弱に見えた。
くせのない見るからに柔らかそうでさらさらな亜麻色の髪、妖精族特有のとがってながい耳、大きな宝石のようにきらきらと光る大きな瞳、小さいが整った鼻、そして、まるで桜のつぼみそのもののような魅力的な唇、百六十ゼンチあるかないかの小柄な身長に、華奢で凹凸のない細い体。
姿形はどこからどうみても完全無欠に美少女で、対峙している巨狼からすれば軽く一呑みにしてしまえそうであったが、だが、巨狼はそうしようとはしなかった。いやむしろ強敵を相手にしているといわんばかりにその身を緊張で包み、油断なく目の前の小柄な『人』影を見つめてじっと動かない。そして、少女のような姿をした『人』影は、美しくもかわいい顔をきりっと引き締め大きな目を細めながら、目の前で対峙する巨狼に全く気圧されることなく、それどころか逆に巨狼を睨み返す。その姿からは一流の戦士のオーラが噴き出し続けている。
いったいどれくらいの時間、そうして睨みあっていただろうか。
やがて、焦れたように巨狼が大きな咆哮をあげる。聞いた者全てを威圧し恐怖で縛るような恐ろしい声。だが、しかし、目の前の『人』影は動じない。その咆哮を涼やかな表情のままに聞き終えたあと、すっと何か紙とペンのようなものを取り出すと、素晴らしい手つきで紙にペンを走らせる。
そして、やがて何かを書き上げた『人』影は、その紙を巨狼に見せつけるように突きだして見せる。怪訝な表情になってその紙を見つめた巨狼であったが、そこに書かれた文字が力ある呪文か何かであったのか、悲鳴を上げてよろよろと後ずさる。
いや、悲鳴をあげたばかりではない、先程までの戦意や闘志はどこへやら、いやいやと首を横に振りながら、明らかに涙目になって激しく動揺し続ける。そして、最後には何かを懇願するかのように、すがりつくかのように、弱々しい声と表情で目の前の『人』影に蒼い瞳を向けるが、それを見た『人』影は瞳に憐憫の情を映しながらも、ゆっくりと首を横に振って拒否の答えを返す。
その様子を見た巨狼は、物凄いショックを受けたようにさらに後ろへと後ずさる。その答えが納得できないといわんばかりに今にも泣きだしそうになりながら首を横にふっていやいやを繰り返すが、いくらそうしても目の前の『人』影が一向に首を縦に振らないことを見てとると、涙でぬれる瞳に怒りの炎を燃え上がらせる。
そして、今度は威嚇ではなく怒りの咆哮をあげると、鉄ですら簡単に噛み千切りそうな鋭い犬歯を剝き出しにして『人』影に躍りかかる。
風のように、雷のように、光のように、凄まじいスピードで『人』影に組みつき、そして・・
「く~~り~~す~~、お願い~~!! 連夜特製ジャンボチョコレートパフェ食べてもいいでしょ~~~!!」
自分よりも一回り小さいエルフ族の少年に抱きついた巨狼・・いや、狼獣人族の少女は、思いきり甘えた声を出しながら自分の鼻を少年に押し付ける。しかし、抱きつかれたエルフ族の少年は、その声に心を動かされた様子は全くなく、むしろジト目で抱きついてきた狼獣人族の少女を見つめ、手に持った紙をこれみよがしに少女のほうに見せつける。
「ダメだ。おまえ、ここに書かれている文字を声に出して読んでみろ。なんて書いてある? ん?」
「は、二十日、三十日は五%オフの日・・」
「それは表面だろうが。わかってるくせに、わざとらしく間違えているんじゃねぇよ。俺が裏面に書いた文字を声に出して読んでみろって。ほら」
顔を背けて少年がつきつけてくる紙の内容をわざと見えないように顔を背けてみたり、自分が見たくない内容が書かれているほうではない表面・・少年は某有名スーパーのチラシの裏面に書いていた・・のほうを読んでみたりした狼獣人族の少女だったが、少年が容赦なくずいずいと紙を自分の顔に押し付けてきてこれ以上逃げ切れないとわかると、不貞腐れたような表情を浮かべてその紙に視線を向ける。
「た・・体重・・キュ・・九十・・こ・・ギロ・・か、なあ?」
「微妙に誤魔化しているんじゃねぇよ、九十五ギロだろ? 狼獣人族の高校三年生女子の平均体重教えてやろうか?」
「い、いや、そ、その、け、結構です」
こめかみに青筋を立ててぴくぴくと頬を引き攣らせるエルフ族の少年の言葉を聞いて、だらだらと冷や汗を流しながらぶるぶると首を横に振ってみせる狼獣人族の少女。
しかし、少年はどっちが肉食獣かわからないような獰猛な笑みを浮かべてみせると、伏せて聞こえないようにしようとした頭の上の少女の狼耳を引っ張って立たせて聞こえるようにする。
「遠慮するな。聞かせてやる。いいか? 七十五ギロだ!! な・な・じゅう・ご・ギロだぞ!? あのな~獣人系は他の種族に比べて比較的大柄だし、筋肉もかなり立派だ。だから多少重いのは仕方ない」
「でしょでしょ、だからね、私の体重もね・・」
「しかしな・・平均よりも二十ギロも重いっていうのは、どういうことだ!? おまえがスポーツをやってて他の女の子よりも筋肉ががっちりついているのはよ~く知ってる、腕や太ももの筋肉、腹筋、背筋、どれも見事なこともよく知ってる。胸だって平均よりもはるかに大きいのも知ってる、重くて肩がこるって言ってるのは知ってるし、実際おまえはひどい肩こりだ。それもいいだろう。やせ過ぎよりは多少ぽっちゃり型のほうが俺の好みだし、安産型の尻をしているのだってむしろいいくらいだ。だがな、物には限度があるだろう? おまえスィーツをバカ食いするたびに、カロリーを消費するために必死にスポーツや格闘技やってもりもり筋肉つけていって・・体中そんなに筋肉だらけにしておまえどうすんだよ? いくら脂肪じゃないっていっても、やりすぎだろう? 完全に筋肉太りしてるじゃねぇか!!! 最終的に『害獣』ハンターか、ボディビルダーにでもなるつもりか!? それともプロレスラーか!?」
「だってだってだってぇぇぇぇぇ~~!! スィーツ大好きなんだもん!! でも、太るのもいやだし・・ほ、ほらほら見て見て、ウエストだってこんない細いし、贅肉なんてどこにもないのよ? が、外見的には全然太ってないんだからいいじゃない!!」
「ウエストが細い、太ってないっていっても、おまえ・・なんだこの腕と太ももは!? ほら、おまえのこの腕、俺の腕の三倍くらいあるじゃねぇか!? 丸太か?」
「い、いやあああああ!! 比べないでええええ!! だ、だいたいクリスの腕は細過ぎるのよ、た、ただでさえクリスは平均的なエルフ族と比べてもやせているんだからあ!! そ、それに三倍もないもん・・に、二.五倍くらいだもん・・」
逃げて行こうとする狼獣人族の少女をがしっと掴んだ少年は、カッターシャツをまくりあげて自分の白く細い腕を外にだすと、ブラウスに包まれてはいるもののはちきれそうになっている少女の腕に重ねてみせる。すると、少年の言葉通りその大きさの対比は明らかで、まるでねぎと大根くらいの差がある。
「あのなあ、スィーツを全然食うなとはいわねぇよ。おまえが三度の飯よりもチョコレートが大好きなのはよ~く知ってる。子供の頃からそうだったもんな。おまえがあまりにも食い過ぎるものだから、心配したブランカ母さんがチョコレートをいろいろなところに隠していたけど、どこに隠してもどうやってか捜し出してはむしゃむしゃ食っていたもんなあ」
「そんな子供の頃の話を蒸し返さないでよ!!」
「いや、子供の頃って、おまえ今でもそうじゃん。この前も、ドナおばさんが城砦都市『刀京』に旅行に行ってこられて『おみやげよ~』ってブランカ母さんに水羊羹持ってきていたけど、おまえ勝手に戸棚から出して食っていただろ?」
「な、な、なんで知ってるのおおおおお!?」
「あほか、そんなことするのおまえしかいねぇじゃんかよ」
少年の言葉に目に見えて動揺する狼獣人族の少女。しかし、少年は謎を暴いて勝ち誇ったというよりも、どうしようもないなあという困り果てた表情を浮かべて溜息をつくばかり。
「俺は甘いものキライだし、ロボ父さんはスィーツといえばプリンのみだし、ブランカ母さんが一人で食うわけないしな。消去法で速攻わかるだろうが」
「ど、ど、泥棒が入って食べちゃったのかもしれないじゃない・・」
「どんな泥棒だよ、いねぇよ、そんな泥棒は。ともかくだなあ、もう、今更だから、おまえから甘いものを取り上げようとは思わねぇよ。完全に取り上げちまってストレスで病気にでもなっちまったら目も当てられないからな。だから、食うなとはいわん。しかしだな、もうちょっと加減しろよなあ。いくらダイエットして脂肪は胸以外ない、中性脂肪もないって言ってもだな、いまのままじゃ筋肉太りしていく一方じゃねぇかよ。最終的に狼獣人族じゃなくて巨人族になっちゃうぞ、おまえ」
大柄な体を小さく縮こまらせ、両手の人差し指をかわいらしくちょんちょんとつついて見せる狼獣人族の少女を、なんとも言えない表情で見つめていた少年だったが、やがてよっこいしょと立ち上がるとスタスタと移動を開始。
すぐに目的地へとたどり着く。
そこはよく掃除され、整理されたあるお家のキッチン。そのキッチンの中央にはエルフ族の名工の手によって製作されたものと思われる大きめのテーブルが設置されていて、少年はそのテーブルの上に置かれたあるものをじ~~っと見つめる。
かなり大きなガラスの器、その透明なガラスの器の中には、クッキー、アイスクリーム、ホイップクリーム、イチゴやキウイ、オレンジといった色とりどりのフルーツがたっぷりと美しい断層を描いて盛りつけられており、一番上には様々な形をしたチョコクッキーと、真っ黒になるくらいチョコレートソースがかけられたバナナが添えられている。
これぞ、この家の住人の一人である料理の達人が作り出した特製ジャンボチョコレートパフェ。
一目見ただけで凶悪な量の糖分とカロリーが詰まっているとわかるそれを、しばらくの間なんともいえない複雑な表情で見つめていたエルフ族の少年だったが、やがて、短く嘆息をもらして器をがしっと掴んで持ちあげる。
そして、それを持ったまま振り返ると、すぐ横のリビングルームでへたり込んでいる狼獣人族の少女へと視線を向けて口を開くのだった。
「と、いうわけで、このジャンボチョコレートパフェは没収」
「そ、そんなああああああっ!! な、なんで!? 食うなとはいわないって言ったじゃない!? なんでまるまる没収なのよおおっ!?」
「加減しろって言っただろ? おまえさあ、今日一日だけでどれだけチョコレート摂取したよ?」
「え? な、なんのことかしら?」
「朝にチョココロネ四つ、学校ついてから休憩時間にココア三杯、お昼御飯に弁当食ったあとエクレア八つ、午後の特別課外授業の後、バニラとチョコのミックスソフトクリーム・・って、もう十分だろう? どんだけチョコレート食うんだよ・・」
「あは・・あははは・・な、なんで知ってるのおおおっ!?」
呆れ果てた表情で呟いて見せる少年を見て、泣き笑いの状態で絶叫する狼獣人族の少女。
「いくら今日がおまえの誕生日で、そのために連夜が作ってくれたと言ってもこれ以上はダメだ。はっきり言って身体に悪い」
「没収するって言ったって、それ、どうするのよ!? まさか捨てるつもりなの? 食べ物を粗末にするなんて、ダメよ!! やっぱりここはわたしが・・」
「心配せんでもここにいるみんなに食べてもらえば済む話だ。一人で食べるならすごい量だが、全員で食べるなら大した量じゃない。一瞬で終わる」
「一瞬で終わらせないでええええええ!! 連夜が気合いを入れて作ってくれた芸術作品なのにいい!! お願いクリス、明日から節制するから、今日だけは見逃してえええ!!」
「ダメだ」
「捨てないで・・お願いだから捨てないでえええええ!!」
「だから捨てねえっていってるだろ。全部食べて処理するだけだ」
「結局、私の口には一口も入らないじゃないのよ!!」
「それが目的だからな・・って、ええい、未練がましい!! 放せ、放さないか、それでも誇り高き狼獣人族の元巫女候補か!?」
「関係ないもん!! 今はクリスの奥さんだもん!! 巫女はそういうことを厳しく禁止されてるけど、クリスの奥さんはスィーツをいくら食べても許されるもん!! だからいいんだもん!!」
「多少は許すが、完全に限度を越えてるわい!! いい加減にしろ、本当に怒るぞ!!」
「もう怒ってるじゃない!!」
本気泣きしながら少年にすがりつき激しく首を横に振りながら狼獣人族の少女は少年が手にしているチョコレートジャンボパフェに悲しそうな視線を向ける。
今の彼女の顔の上半分は誰が見ても本当に悲しそうで同情したくなること間違いなし、という表情をしていた。大きな蒼い瞳は涙という大海に沈み、そこからはきらきらと夜空を駆ける流星のような美しい涙が流れおちている。獣人系の男性が、今の彼女に泣きながらすがりつかれたら大概のお願いを聞いてしまうだろうというインパクトの強い表情をしていたが、少年はその上半分の部分ではなく彼女の顔の下半分を見てげんなりとした表情を浮かべて見せる。
彼女の顔の下半分、特に口の部分は顔の上半分とは別の意味で大変なことになっていた。口はだらしなく緩み、中からはだらりと垂れさがった長く赤い舌、そして、その口の中からは滝のように涎が流れおちて、せっかくの凛々しくも美しい野生動物の美少女顔が完全で完璧にして木端微塵に砕け散って台無しにして残念無念の状態。
二人はそうしてしばらくの間、激しい言い合いを続け、いつまでたってもお互いの主張が平行線のまま交わることがないことを悟ると、やがて、何を思ったのか今まで以上に真剣な表情になる。そして、二人はその顔をキッチンの中にある流し台の方向に同時に向けると、ある人物の名前を叫ぶのだった。
「「連夜!!」」
日々料理技術を伝授し続けている自分の二人の弟子である少女達と、この家の主に仕えているたくさんの東方猫型小人族のメイド達を従えて、流し台に向かって様々な料理を作っていた一人の少年が、自分の名前を呼ぶ声を聞いておっとりと振り返る。すると、二人は凄まじい勢いで少年のほうに寄って来て我こそが正しいとばかりに主張を始めるのだった。
「連夜、聞いてくれ!! アルテミスのやつ、今日すでにとんでもない量のお菓子食ってるくせに、まだ、これ以上食う気なんだよ!! いくら運動しているからってこのままじゃあ、糖尿病になっちまう、頼むから止めてくれ!!」
「連夜、聞いてちょうだい!! クリスったら、せっかく連夜が私のために作ってくれた芸術作品を取り上げようとしているのよ!? 私の為に作ってくれたんだから、私がきちんと全部食べるのが筋だと思わない!?」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってってば!! 二人とも落ち着いて!!」
目を血走らせながら、己の主張こそが絶対に正しいとばかりに唾をとばしながら早口にまくしたててくる二人を、黒髪黒眼の人間族の少年 宿難 連夜は、困惑した表情で懸命に押しとどめる。
連夜にとってみれば二人は、二人ともに掛け替えのない友人で、身内同然の大事な存在。どちらか一方だけに味方するわけにもいかず、引き攣った笑みを浮かべて誤魔化そうとするが、内心では思いきり頭を抱えてしまうのだった。
深緑森妖精族の少年『クリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルド』と、狼獣人族の少女『アルテミス・ヨルムンガルド』
幼き頃に狼獣人族の夫婦に拾われて育てられたクリスと、その夫婦の実子であるアルテミスは同い年で、連夜と同じ高校に通うクラスメイト。
元々二人は乳兄弟のような間柄であったが、いつしか互いに愛し合うようになり、恋人同士に。そして、クリス自身が抱えていた大きなある問題が解決したことで、二人は自分達の両親の許しを得て、去年の九月に結婚し現在は夫婦となっている。
本来、この都市の条例では十八歳未満の男女は結婚できないのであるが、二人が属している狼獣人族の掟が都市の特別文化保護条例の対象になっていて、その掟上で十五歳以上の男女は結婚を許されるとあるため、特別に許可されて結婚を許されたのだ。
二人の両親は連夜にサバイバル術や、乗狼術を教えてくれた師匠で、高校で一緒になる以前から二人とは親交のあった連夜。いや、親交どころではない、二人とはある目的の為に共に、文字通り共に死線を潜り抜けた間柄。特にクリスとはそのときのことがきっかけで強い絆で結ばれていて、お互いが『背中を託すことができる血の繋がらない兄弟』と断言し、『戦友』とも『義兄弟』とも呼び合う仲。
また、クリスには劣るものの、アルテミスとの絆も決して浅いものではない。師匠である彼らの両親の元に修行しに通っていたころ、忙しい彼らに代り家事を得意中の得意とする連夜が世話をしてやったこともある。そのためか同い年であるにも関わらず、アルテミスは連夜のことを実の兄のように思い慕っている。そんな風にアルテミスが懐いてくるので連夜としてもかわいくないわけがない。アルテミスのことを妹のように思いかわいがっている。
今日は、そんなアルテミスの誕生日。
連夜はかわいい妹分の誕生日を祝ってやろうと、彼ら二人と彼らと普段から特に親しくしている友人達をを自宅に呼んで誕生パーティを催したのだ。
友人達は快く参加を表明し、学校が終わったあと、パーティ会場である連夜の自宅に集まってきていた。みながみなお互いをよく知る身内同士ということもあって、集まった彼らは思い思いに親しく談笑していたのだが、夕食ができるまで・・つまりパーティを開始するまでにかなり時間があった。
ただしゃべっているだけじゃあ、気の毒だなと思った連夜は、夕食ができるまでのつなぎとなるようにお茶と軽食を御馳走しようと提案したのだが、そもそもこれが間違いだったのかもしれない。
ほとんどのメンバーは、コーヒーや紅茶だけでいいと言ったのだが、一人だけ違うものを要求した『人』物がいた。
それがアルテミスだった。
以前、連夜がアルテミスの自宅に修行で通っていていたときにアルテミスに、よく作ってあげたという特製ジャンボパフェが食べたいと言い出したのだ。普段から様々な食材を取り揃えている連夜であったから材料は問題なかったし、作り慣れているのでそれほど手間がかかるわけでもない。なので、快諾して作り上げたのであるが・・まさか、こんなことになるとは。
連夜はすがりついてくる二人をなだめながらなんとか引き離すと、苦笑を浮かべて二人を見つめる。
「二人の主張はよ~くわかったから、とりあえず、落ち着こう、ね」
「「連夜~~」」
「はいはい、わかったわかった。クリスとしてはアルテミスの身体が心配だから、これ以上糖分やカロリーを過剰に摂取する食べ物を食べてほしくないんだよね? でも、アルテミスとしては誕生日くらい好きにさせてほしいと」
「ああ。こいつスィーツはドカ食いするくせに、肝心の朝昼晩の食事は普通以下なんだよな」
「で、でもでも、ちゃんとしっかり食べているわよ。お肉だけじゃなくて、野菜も、魚も、果物も、穀物も、豆類だってバランスよく、食べているんだから・・ほ、本当なんだから!!」
苦り切った表情で嘆息するクリスの言葉を聞いた連夜が、目を丸くして横に立つ大きな身体の狼獣人族の少女に視線を向けると、少女はすす~~っと顔を横に背けて身体を小さくする。
「う~ん、だったら、多少はいいと思うんだけどね。まだアルテミスは十代だし、主婦業しながらも部活で運動はしっかりやってるしね。」
「でしょでしょ!? いくら私でも、運動しないで豚にだけはなりたくないもん!! 確かに甘い物は『人』よりも食べているけど」
「でもね~、玉藻さんから聞いたけど、この前、アルテミスやリン達と『サードテンプル』に買い物に出かけてときに、玉藻さんが好きなものを奢ってあげるっていったら、アルテミス、某有名パフェ専門店で特別ジャンボパフェ注文したんでしょ? しかもそれを一人でたいらげてたって聞いたけど。あれって確か六人前くらいあるんだよね?」
「な、なにいいいいっ!?」
それについては全くの初耳だったクリスは目を剥いて驚き、秘密をばらされてしまったアルテミスは益々身体を小さくしてクリスと連夜から慌てて目をそらず。
「クリスが心配するのは無理ないと思うよ~。身体を壊しちゃったら元も子もないでしょ? スィーツ大好きだっていう気持ちはわかるけどね、適度な量にしないと」
「・・はい」
連夜に諭されしゅ~~んとなるアルテミス。そんな姿を見てやれやれと安堵の表情を浮かべたクリスは、手にしたジャンボチョコレートパフェを処理すべくその場を立ち去ろうとする。しかし、そんなクリスを連夜が呼び止める。
「ちょ~~っと待った、クリス。それ持ってどこに行くのさ?」
「へ? どこにって・・捨てるの勿体ないから、ロムや姐さんや姫子達と食べてしまおうと思ってさ」
「いやいやいや、それはアルテミスの為に作ったものだから、それはあんまりでしょ」
「な、なにっ!? ちょっと待て、連夜、まさか、おまえ・・」
「うん、それはアルテミスに食べさせてあげようよ」
思いもよらぬ連夜の言葉に驚愕するクリス。てっきり自分の意見に同意してくれているものと思っていただけにその衝撃は大きく、思わずよろめいて手にしたパフェを取り落としそうになる。だが、連夜の言葉で復活を果たしたアルテミスが、音もなくクリスに近づくとその手からパフェが入った器を奪い取ると、満面の笑みを浮かべてそそくさと連夜の後ろに隠れる。
「やった~~!! 取り返したわよ!! やっぱり連夜は私の味方だったのね!! 大好き~~!!」
歯ぎしりして睨みつけてくるクリスに見せつけるように連夜の顔をぺろぺろと舐めるアルテミス。そんなアルテミスを苦笑を浮かべてそっと引き離した連夜は、クリスのほうに視線を向け直す。
「おい、連夜、どういうことだこれは!? おまえ、アルテミスの身体がどうなってもいいってのか!?」
「落ち着いてってばクリス。そんなこと一言だって言ってないでしょ。とりあえず、深呼吸しよう、ね」
「深呼吸している場合か!? あ、こらっ、アルテミス、食うな、食うんじゃねぇっ!?」
連夜の背後でこそこそとパフェを食べているアルテミスの姿を目撃したクリスが焦ったように怒声をあげるが、アルテミスは幸せそうにパフェを頬張り続ける。クリスは慌てて駆け寄ってその器を取り上げようとするが、その前に連夜が割って入り、まあまあと両手でクリスを抑える。
「ちょ、何するんだよ、連夜!?」
「いいから、いいから」
「何がいいんだ!? ちょっともよくねえわっ!! あれみろ、チョコレートてんこ盛りで、クリーム大洪水じゃねぇか!! どれだけ糖分とカロリーがあると思っているんだ!?」
「ないよ」
「だろ、ないんだよ!! 糖分とカロリーがないんだ・・って、へ? ない?」
「ないよ。糖分とカロリーほとんどないよ」
あっけらかんと言い放つ連夜の言葉を聞いて、一瞬怒ることを忘れきょとんとした表情になってクリスが動きを止める。クリスばかりではない。愉快そうに後ろで二人の言い合いを聞きながらパフェを頬張っていたアルテミスもまた、連夜の言葉の意味がわからず、スプーンを口に突っ込んだまま動きを止めてしまっていた。
しばらく口をぱくぱくさせながら連夜を指さしていたクリスだったが、なんとか自分を取り戻すと、どもりながらも連夜にその言葉の意味を問い掛ける。
「お、おい、糖分やカロリーがないってどういうことだ? チョコレートだろ? 糖分とカロリーの塊だろ?」
「違うよ。そもそも、そこからしてクリスは勘違いしてるんだってば。これ、チョコレートじゃないよ」
「「ちょ、チョコレートじゃない!?」」