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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
59/199

第七話 『玉藻と連夜』 その1

 小さな念気蛍光灯が照らし出す小さな部屋の真ん中の小さなテーブルの前。

 そこにある小さな椅子に座りこむのは、黒髪黒眼の人間族の一人の少年。

 貧弱な光に照らし出されたその顔には、薄暗い中でもはっきりとわかるほど疲労が色濃く映し出されている。

 誰が見ても疲れきっているとわかる表情。

 深い溜息を何度か繰り返して吐きだし、肩を落とした状態でぼんやりと座り続ける。

 しかし、やがて、きっと表情を引き締めると、テーブルの上に置いていたエプロンを握りしめて立ち上がる。


 かわいらしいひよこのアップリケのついたエプロン。


 少年にとってそれは、最強にして最高、無敵にして不敗の戦闘服。

 少年が敬愛してやまない偉大な父が自ら作ってくれた、何ものにも代えがたい最大の宝物。

 一瞬、万感の思いを込めてエプロンを見つめた少年だったが、その瞳に浮かんでいた優しい色を、次の瞬間凄まじい闘志の炎にかえて身に着ける。

 そして、やたら気合いの入った声で小さく『よしっ!!』と掛け声を出すと、自分の成すべきことを成すために少年は行動を開始しようとした。


 ・・のだが。


「あ、そうだ。そういえば、あのあと連絡いれるの忘れてた」

 

 ふと、何かを思いついた少年は、エプロンのポケットに右手を突っ込む。

 しばらくごそごそと何かを探る少年。

 なかなか目当ての物がみつからず、どこか不機嫌そうに『・・むう』とかわいらしい唸り声を上げていたが、やがて、大きなポケットの中に目当ての物の感触を探り当てると、目を輝かせて急いでそれを外へ取り出した。

 

 ナイトブラックの渋い折りたたみ式最新型携帯念話。

 もちろん、『人』型種族用のノーマルタイプ。


 少年は携帯念話を開くと、手慣れた様子で短縮ルーン番号を押して通話キーを押下する。

 リンガー音が二つほど流れた後、相手側が受話器を取ったことを知らせる音が耳に聞こえ、少年はいつもの調子で口を開こうとしたのだが。   


「もしも・・」


『連夜!? 連夜ですのっ!?』


 少年がしゃべりかけるのを盛大に遮り、明らかに切羽詰まっているとわかる声音で話しかけてくる、否、叫び声をあげてくる通話相手。

 その声、その相手に少年は心当たりがあった。

 ありはしたが、しかし、それは、自分が想像していた相手ではなかった。

 思わず携帯を耳から放し、特殊水晶画面に表示されているルーン番号を確認する。

 しかし、番号に間違いはない。

 この番号は間違いなく少年の自宅の番号。

 少年は、困惑の表情を浮かべながらも再び携帯を耳に当てる。

 

「龍乃宮さん!? 龍乃宮さんなのかい? なんで僕の家に?」


『そんなことはどうだっていいんです!! それよりも、連夜、大丈夫なの? 怪我していない? 今どこにいるの?』


「落ち着いて龍乃宮さん。僕は大丈夫だから」


『本当に? 本当に大丈夫なの? また、痩せ我慢しているんじゃないの? あああ、あなたに何かあったら、何かあったら私どうしたらいいの? どうすればいいんだろ、どうしよう、連夜に何かあったらどうしよう』


「本当に大丈夫だってば。痩せ我慢もしていない。五体満足きっちり無事だから」


『本当に?』


「本当、本当。そもそも、大怪我しているようだったら、もっと切羽詰まってるでしょ。僕の声、切羽詰まってるように聞こえる?」


『き、聞こえない。じゃ、じゃあ、本当に無事なのね』


「うんうん、大丈夫大丈夫。心配かけて本当にごめんね」


『ううん、そんなことはいいの。でも、よかった。連夜が無事で・・うう・・本当に・・えぐっえぐっ・・本当によかったよおおお・・うわあああん』


「ちょっ、な、泣かないでよ、龍乃宮さん」


 受話器の向こうで知己の少女が泣き出してしまったことを悟って、大いに慌てふためく人間族の少年、宿難(すくな) 連夜(れんや)

 その声は誰が聞いても本当に心から連夜のことを心配していたのだとわかる声。

 それだけに連夜は、バツが悪そうな表情でこめかみをぽりぽりとかきながら、必死に慰めと謝罪の声をかけ続ける。


「ごめんごめん。本当にごめんね、心配かけちゃったね。でも、大丈夫だから。全然、ぴんぴんしてるから。ね~、お願いだから泣きやんでよ」


『無理・・えぐっえぐっ・・そんなすぐに・・ぐすっぐすっ・・涙は止まらないもん・・うぐっうぐっ・・連夜のバカッ。ばかばかばかっ!! いっつもいっつも危ないことばっかりして!! 人には危ないことするなっていうくせに、自分は真先に危険のど真ん中に飛び込んでいくんだから!!』


「いや、うん、まあその、返す言葉もございません。ともかくごめんなさい。私が悪うございました」


『本当に反省してる?』


「してるしてる」


『心から反省してる?』


「してますしてます」


『わかった。じゃあ、今回だけは許してあげますわ』


 受話器の向こうの少女がようやく泣きやんでくれたらしいと悟ってほっと息を吐きだす連夜。

 やれやれと肩の力を抜いた連夜は、ようやく自分が聞きたい内容について質問しようとしたのであるが、またもや少女の言葉が連夜のそれをさえぎる。


『で? いったい何があったんですの?』


「え、え~っと、何があったのって何のことかな?」


『とぼけないで!! あの大惨事はいったいなんなんですのよ!? あの廃ビルの中に倒れていた不良達、全員一人の例外もなく下顎を斬り飛ばされて悶絶していましたわよね? いったい、あそこで何があったんですの!?』


「げっ、ひょっとして、龍乃宮さん、あの現場に行ったの!? なんで? 僕、お母さんにちゃんと一般人の目に触れないように、中央庁側で封鎖してほしいって頼んだのに!?」


 受話器の向こうの少女の口から飛び出した言葉の内容に、思わず驚愕の声をあげる連夜。


『大丈夫、一般人の目には触れていませんわ。ドナ老師は連夜の願い通りにしてました。現場周辺は中央庁特殊部隊のみなさんががっちり封鎖した後、悶絶していた不良達全てを中央庁直轄の犯罪者専用特殊病院に速やかに搬送したから、大丈夫ですわ。一応言っておきますけど、全員生きてます』


「そ、そうか。死者は出なかったんだね。よかった。ところで、なんで龍乃宮さんはあそこの現場に?」


『もう、連夜ったら、いつまで私のこと『龍乃宮さん』呼ばわりなんですか? 心配しなくても間違いなくここは連夜のお家です。今、私の周囲には私の秘密を知ってる『人』しかいません。学校の中にいるときならしょうがないから、その呼び方も我慢できるし、連夜以外の誰かならそんなに気にはならない。でもね、連夜にだけは呼ばれたくないの。連夜にだけは本当の名前で呼んでほしいの。学校ではそういう風に呼ばれているけど、そうしないといけないってわかってはいるけど、本当は私・・そう呼ばれるの・・ぐすっぐすっ・・つらい・・』


「あわわわわ、わかった、わかった。わかったから、泣かないでよ『姫子』ちゃん。これでいい?」


『うん。ほんとはね、学校でもそう呼んでほしいんだ。でも、もう一人の私がいるから、それは無理だってわかってる。だから・・だからね、それ以外のところではちゃんと。お願い、ちゃんと私を名前で呼んでほしい。でないと、私、ときどき自分が本当は誰なのか、本当は自分がなんなのかわからなくなっちゃうから』


 またもや受話器の向こうで涙声になっている少女。

 しかし、先程とは違い連夜は慌てることなく穏やかな表情を浮かべると、受話器の向こうで不安がっている少女に優しい口調で話しかける。


「何言ってるのさ。姫子ちゃんは姫子ちゃんじゃない。それははるかちゃんや、ミナホちゃんをはじめとする龍族の護衛衆のみんな、Kや、詩織さん。スカサハや、さくらを筆頭にうちのメイドさん達、それにうちの父さんや母さん、みんながわかってるよ」


『うん、そうだね。だけど連夜は?』


「僕? え、言わないといけないの?」


『うん、聞きたい。連夜の口から聞きたい』 


 どう聞いても甘えているとわかる声。

 無意識なのだろうが、この受話器の向こう側にいる幼馴染は、二人っきりになるとこうして『友達』以上の関係を求めてくる。

 正直、連夜としてはそれ以上求められても応えられないというのが本音なのだが、さりとて心に大きな大きな傷を負っているこの大事な友達を捨て置くわけにもいかない。

 非常に微妙な心境ではあったが、友達の心が自分の言葉程度で少しでも救われるならと、できるだけ心を込めて自分の正直な気持ちを口にする。


「しょうがないなあ。一回しか言わないからね。今、僕としゃべってる姫子ちゃんこそが本当の姫子ちゃんだ。今、僕としゃべっている姫子ちゃんこそが、僕の『友達』だ。少なくとも僕はそう決めた。誰がなんと言おうと僕はその考えをやめないよ」


『うん。うん、ありがとう、連夜。あたし・・あたし・・うれし・・うええ・・うえええん』


「うわわわわ、また、泣く!! ちょ、やめてよ、姫子ちゃん。お願いだからいちいち泣かないでってば!! 話がちっとも前に進まないよ!!」


 当初、さっさと要件だけを話して念話を切るつもりだったのに、予想外の人物の登場の上に、想定外の展開の連続に全く話が進まず流石の連夜も困惑と悲嘆に満ちた声をあげる。

 またもや、このまま受話器の向こう側にいる人物を慰めないといけないのかとがっくり肩を落とす連夜。

 しかし、連夜の予想はまたもや裏切られる。

 別の人物の声が突如として連夜の携帯から響いてきたのだ。


『レンちゃ~ん、ダメよ、ひ~こちゃんを泣かしたら。女の子泣かしちゃダメって、お母さんいつも言ってるでしょ?』


 落ち着いた感じの妙齢の女性の声。

 低いアルトの音楽的な口調、連夜は自分の耳に飛び込んできたその声にほっとした表情を浮かべる。


「お、お母さん?」


『そうよ~、頼れるレンちゃんのお母さんですよ~。ずっと横で聞いていたんだけど、ひ~こちゃん突然号泣しちゃうから、念話をかわりました』


「いや、横で聞いていたのなら、早く代わってほしかったよ。話している途中で何度も泣きだすから、全然話進まなくて困っていたんだけど」


『何言ってるの。ひ~こちゃん、ずっとあなたのこと心配して『サードテンプル』中を探しまわってくれていたのよ。それはそれはもう一生懸命に探してくれてね。『連夜に何かあったらどうしよう、連夜が死んだら私も死ぬ』とか、それはもういじらしいこと言っちゃって(ちょ、老師、余計なこと言わないでくださいませ!)・・余計なことじゃないわよ。ここでしっかりアピールしとかないと、ひ~こちゃんレンちゃんをゲットできないわよ。(げ、げ、ゲットって、そんなこと言われても、私は別に連夜のことなんか、なんとも思ってないし。ゲットできなくたって、全然困らないというか)もう~、そういうこと言ってるからいつまでたっても全然進展しないんじゃない。ぼやぼやしてると他の誰かにレンちゃん取られちゃうわよ。(と、取られたって、ぜ、全然構わないんだから・・別に・・なんとも・・ふええ・・連夜が他の誰かのものに・・うええ、うえええええん!)ま、また泣く。よしよし、ごめんね。ひ~こちゃんにはまだまだレベル高いことだったわね。もうちょっと簡単なところから攻めて行こうね』


「お、お母さん、お願いですから、できれば念話してる相手に集中してもらえませんか? 側にいる別の『人』と会話されると非常に困るんですが」


『あら、やだ、聞こえちゃった?』 


「いや、全部丸聞こえですから。ってか、わざと聞かせようとしているでしょ? 勘弁してほしいんだけどなあ・・まあ、いいや」


 全く悪びれた様子なく、むしろ嬉しそうな声をあげる母親の声にげんなりした表情を浮かべる連夜。

 しかし、すぐにその顔を引き締め真摯な表情になると、すっと頭を下げながら言葉を紡ぎ出す。


「それよりも、僕がお願いしたとおりに後片付けしてくれたんですね。本当、助かりました。ありがとうございます」


『全くもう、いつもいつもレンちゃんが巻き起こす騒動は規模が大きいからびっくりさせられるわ。今回のこれだって一般人に見られていたら大事件になっていたところよ。間違いなく明日の新聞の一面トップを飾っているわね。朝のニュースとかでも取り上げられてとんでもない騒動に発展していたかも。本当によく反省しなくちゃだめよ、レンちゃん』


「す、すいません。まさかここまで大事になるとは思ってなくて」


『そうね、あなたにしては・・いや、『サードテンプル』の怪『人』、『祟鴉(たたりがらす)』にしては珍しい大失敗ね。いつもなら、大騒動になってもきちんと着地地点を定めて、私達の力がなくても自然と片がつくようにもっていくのに。今回は本当に危なかったようね。ひょっとして死にかけた?』


 穏やかで優しげないつもの母の口調。

 だが、息子がさりげなく隠そうとする真相をズバリと暴いて突いてくる。

 これについては予想済みだったので、連夜は苦笑を浮かべながら素直に肯定の言葉を口にする。


「うん。なんとかしようとはしてみたんだけどね。甘かったよ。やっぱり僕はまだまだだって、思い知らされた」


『そう。一応聞いておくけど、実はもう死んでしまった状態で、残留思念だけでここに念話をかけてきているわけじゃないわよね? もしそうなのだとしたら、お母さんもお父さんも、回収した彼らに対する態度を変えないといけないから。仕事上の立場としてはどんな凶悪犯罪者相手といえど、どこまでも公平に扱わないといけない。けれど、もしも・・もしも相手があなたの命を奪っていたのだとするのなら、私は迷わず今の地位を捨てて『母親』としての立場を選ぶ。それは恐らくうちの旦那様も一緒。持てる力の全てを使って、あらゆる苦痛を奴らに味あわせてやる』


 受話器越しからでも十分に伝わってくる恐ろしい気配。

 凄まじい怒り、怨念、憎悪、悲哀、様々な負の感情がゆっくりと大きく膨れ上がっていく。

 連夜は一瞬顔を強張らせるが、それが母親が自分に対して抱いている深い深い愛情故のものとわかっていたので、すぐに表情を和らげ安心させるように言葉を紡ぐ。


「ただの人間の僕にそんなことできるわけないでしょ。大丈夫、ほんとに生きているから。姫子ちゃんにもさっき言ったけど、ぴんぴんしてる。持ってきておいた『神秘薬』で大きな傷はあらかた治したよ。まあ、流石に疲労や痛みまではどうにもならないけど、じきにおさまるから大丈夫だよ」


『信じていいのね?』


「信じて。こういうときに家族に対してだけはそういう嘘はいわないし、言っちゃいけないってお父さんにしっかり教育されてきたから」


『お父さんの名前を出されたら信じないわけにはいかないわね~。わかった。信じるわ』


 巨大な負の念が急速に形を失っていくのを感じ、ほっと胸を撫で下ろす連夜。


「ありがとう、お母さん」


『ううん、いいのよ。レンちゃんが無事でほんとによかったわ。お母さんにとっても、お父さんにとっても、そして、彼らにとってもね』


「そうだお母さん。お願いだから、回収した彼らは生かしておいてね。あれだけの地獄を見た以上、逃げだそうという気力も体力も残ってないと思うし」


『それそれ、そういえばそれを聞きたかったのよ。いったい結局何があそこであったの? あれをやったのレンちゃんじゃないでしょ? 斬り飛ばされた下顎のあの凄まじい切り口。剣や刀を使ったものじゃないわね。そうね、手刀かあるいは足刀だと思う。凄まじい力とスピードで、強引に斬り飛ばしたって感じだった。あんなことができる武術の達人なんて、この都市に何人もいないわ』


「あ、あはは。さ、流石、この大陸最強の武術家。あれ見ただけでそこまでわかっちゃうんだ」


 恐ろしい洞察力を発揮してみせる母親に、ただただ驚愕して苦笑するしかない連夜。


『あ~、じゃあ、やっぱり私の知ってる『人』なのね? 誰? レンちゃんのお友達なら大体把握してるけど、あれができる『人』となるとなあ。剣術や刀術なら、我が家のダイちゃんか、ダイちゃんのお師匠様である坪井さんがいるけど、あの二人は違うわね。無手となると、うちの詩織か、美咲。でも、二人とも白なのよねえ。詩織と美咲は仕事でずっと私と一緒だったからねえ。あとアルトティーゲルさんのところも怪しいっちゃあ怪しいけど、あそこは『斬る』じゃなくて『貫く』だから違う。人造勇者と同等の力を持つ『Z-Air(ゼッター)』シリーズの所有者であるクリスくんとひ~こちゃんもアリバイがしっかりあることがわかってるからこれも白。だとすると、もう限られてくるのよね』


 途中まで面白そうに語っていた母親であったが、唐突にその口調が変わる。

 まるで男のような低い声でぼそりと呟く。


『【頂獣(ちょうじゅう)断鎧(だんがい)(けん)】』


「げっ!!」


 母親の発した単語の意味を知る連夜は、思わず驚愕の声をあげる。

 そして、息子の反応を聞いた母親は、自分の予想が当たっていたことを悟って元の声音に戻すと、上機嫌な口調で再び最愛の息子に語り始めるのだった。


『あ~、やっぱりそうかあ。いや、そうかなとは思っていたのよね。Kくんなのね、あれをやったのは』


 (ケイ)


 連夜の盟友にして、屈指の武術の達人。

 その腕前は、この都市最強を誇る武術の達人である連夜の母親と、この都市不敗を誇る剣術の達人である連夜の父親が、二人揃って『将来間違いなく無敵の武術家になるだろう』と広言しているほど。

 連夜が考えるに、両親と兄の師匠坪井以外で真正面から連夜の兄 大治郎と戦って勝てる可能性のあるのは彼だけだと思っている。

 元々はある名門の上級種族の生まれであるが、排他的で傲慢な自分の一族を嫌って出奔。

 以来、連夜の父親の親友である素材ハンターのところに身を寄せ、彼が運営している素材収集旅団と共に世界中を旅して回っている。

 あまりしゃべるのは得意ではなく、どちらかといえば口べた。

 社交性は非常に低いが、誠実で義理堅く人情に厚い。

 それだけに連夜の信頼は厚く、もしこの都市にいればまず間違いなく一緒に行動していたであろう人物。

 ・・なのであるが。


 前述したとおり、彼は今、この都市にはいない。

 

 明かに勘違いしていると思われる母親の言葉を、連夜は焦って訂正しようと口を開きかけるが、それを封じるかのように母親は得意気に自分の推理を進めていく。 


『古流武術【頂獣技牙(ちょうじゅうぎが)】の奥義の一手、【頂獣(ちょうじゅう)断鎧(だんがい)(けん)】。あそこまで極めていたとはねえ。流石、Kくんねえ。見事なものだわ』


「いや、あのね、お母さん、実はね」


『いいのいいの。どうせ、犯人を追及する気ないから。興味本位で聞いてみただけ』


「え!?」


『どうせ、あの連中レンちゃんのこといいように弄ってくれたんでしょ? 大方それを見て怒ったKくんが報復に出た。でも、やりすぎた。レンちゃんとしては、盟友のKくんを犯罪者にしたくない。そこで、慌てて私に念話をかけてきた。中央庁にある揉め事処理専門の部署【機関】。そのトップに立つ長官である私なら、配下にいる腕利きの部下たちを使ってこういった事態を速やかに収集できるから・・ってところでしょ?』


「いや、その大筋は間違ってないんだけどね、お母さん、あのね」


『いいの、いいのよ。どうせ、そこにKくんいるんでしょ? レンちゃんから伝えておいてくれる。あいつらのことは心配いらない、後のことはきっちり責任を持ってこっちで処理するから。それから、私もうちの旦那様も、レンちゃんを助けてくれたことに心から感謝してるって。いい? ちゃんと伝えるのよ』


「え~っと、あの・・うん、まあ、わかった」


 結局自分の推理を得意気に話しきり勝手にまとめてしまった母親。

 それを聞いていた連夜は、非常に複雑な表情を浮かべて困惑する。

 母親の推理はほとんど間違っていない。

 概ねその通りである。

 だが、肝心要の二つの個所が致命的に間違っていた。


 一つは言うまでもない。

 不良達をぶちのめした相手は、連夜の盟友Kではないということ。

 

 そして、もう一つ。

 もう一つ間違っていることがある。


 古流武術【頂獣技牙(ちょうじゅうぎが)】。

 確かに、不良達を倒した技は、この武術の物だ。

 しかし、母親は知らない。

 古流武術【頂獣技牙(ちょうじゅうぎが)】には二つの技の体系があることを。

 一つは、上半身を使用し、破壊力そのものを追及した技の体系『手の法』。

 先程、母親が口にした奥義、【頂獣(ちょうじゅう)断鎧(だんがい)(けん)】はこの『手の法』の奥義の一つ。

 手刀そのものを無敵の刃と化して、相手を切り裂き真っ二つにする技。

 その威力は凄まじく、例え金剛石で出来た鎧かぶとであったとしても断ち切るという。

 連夜の盟友Kは、確かにこの技を会得していて、連夜自身そのありえない破壊力を何度かその目で目撃している。

 が、しかし。

 連夜はこの【頂獣(ちょうじゅう)断鎧(だんがい)(けん)】に似て非なる別の技をもう一つ知っていた。

 それは古流武術【頂獣技牙(ちょうじゅうぎが)】もう一つの技の体系。

 下半身を使用した技の体系『足の法』。

 その『足の法』の奥義の中にそれはある。

 その名も【獣心(じゅうしん)断罪(だんざい)(きゃく)】。

 相手を鎧ごと破壊する【頂獣(ちょうじゅう)断鎧(だんがい)(けん)】に対し、【獣心(じゅうしん)断罪(だんざい)(きゃく)】は相手の身体を破壊すると同時に心までも破壊する恐ろしい技。

 食らった相手の心に、癒えることのない『恐怖』の傷を刻み込む。

 この都市に在住している者の中でその技を使える者はたった一人しかいない。

 そして、そのことを知る者はこの都市の中で技の継承者である当人を除いてたったの二人。


 連夜は、母親の間違いをすぐに訂正しようと思った。

 だが、話の流れから言って母親がこれ以上追及してくる気配がないことを悟ると、しばらくはこのことを伏せておこうと考えなおす。

 なんとなくであるが、今、すべてを話すといろいろと不都合が生じる様な気がしたからだ。

 まあ、どのみち不良達が回復してしゃべれるようになれば、すぐにKではないことが発覚するだろうが、とりあえず、いまは母親自身がもういいと言ってることだし、しばらくそっとしておくことにする。


『ところでレンちゃん、あなた今どこにいるの?』


「僕を助け出してくれた『人』の家だよ」


『助け出してくれた? Kくんのところ?』


「いや、違うよ。Kじゃない。動けない僕をわざわざ担いで逃げてくれた『人』の家にいるんだ。おかげで僕は無事逃げることができたんだけど、その担いで逃げてくれた『人』が家についた途端倒れちゃってね。今、看病しているところ」


『あらあらあら。乱闘に巻き込まれて怪我でもしちゃったの?』


「ううん、違う。怪我はしてないんだけどね。どうやら【過邪(かぜ)】みたいなんだ。二本あるうちの一本の尻尾が裂けて二つになろうとしているから、多分、間違いないと思う」


『あらあら、まあまあ』


 【過邪(かぜ)


 異界の力を強く持つ中級以上の種族にとってごく一般的な病気。

 異界の力・・と一口に総称されるが、実際にはいって魔力や霊力といろいろとあり特性も勿論それぞれ違う。

 破壊の能力に特化したもの、逆に創造の能力に特化したもの、自分の身体の外に奇跡を起こすもの、あるいは自分の身体自体に奇跡を起こすものと実に様々である。

 だが、種類に限らずそういった力は強くなればなるほど扱いが非常に難しくなってくる。

 成長の段階に応じてその力もまた成長していくわけだが、当然、大きくなった力をコントロールできるようにと、自然と身体そのものもそれを扱えるものへと変化するようになっていく。

 しかし、力が強ければ強いほど、成長する力に身体や精神自体の成長が追い付かない場合もままある。

 そんなときに、成長した力のオーバーヒートによって体調不良を引き起こす症状、それが【過邪】である。


『【過邪(かぜ)】は異界の力を強く持つ種族の誰もが通る道だけど、あれ、結構辛いのよねえ。その恩人さんにはご家族の方いらっしゃらないの?』


 自身も経験者である母親は、自分の経験を思いだしたのかうんざりしたような、それでいて心から心配するような口調で息子に話しかける。

 正直、相手が相手だけに連夜としては結構心配しいたりしたのであるが、いろいろとすでに心配かけてしまっている母親にこれ以上心配の種を提供したくなかったので、ことさら明るい口調を作り言葉を紡ぐ。


「うん、一人暮らししていらっしゃるから。しっかりした方なんだけどね。とりあえずもう熱も下がり始めているし、山は越えたと思う。でも心配だから、一応今日のところは泊って様子を見ることにするよ」


『そう。まあ、レンちゃんはこの都市最高の『療術師』であるブエルの一番弟子だし、ダイちゃんやみ~ちゃんが【過邪(かぜ)】を発症したときに看病した実績もあるわけだから、問題ないわね。でも、何かあったら何時でもいいからすぐに念話かけてきなさいね、いいわね』


「わかった。ありがとうね、お母さん。じゃあ、申し訳ないですけどあとのことはよろしく」


『うん、わかったわ。こちらで回収したあの子達の件はお母さんがちゃんとしておくし、家のことは旦那様がやってくださるって仰っているから、心配しないで。そうそう、帰ってきたら、改めてひ~こちゃん達にお礼を言わなきゃダメよ。ひ~こちゃん達ね、あなたを探すときに結構危ない目にもあったんだから。ひ~こちゃんだけじゃない、はるかちゃんやミナホちゃんをはじめとする龍族メイドもだし、ロムくんもなのよ』

 

「ええええっ!? み、みんなあのときあそこにいたの?」


『そうよ~。大変だったみたいよ~。ね、ひ~こちゃん、頑張ったんだもんね(べ、別に頑張ってないですわ。たまたまですわ。と、特別連夜の為に動いたわけじゃないですし)もう~~。なんでこういうときだけでも素直にならないの、この子は。ちょっと、レンちゃん。ひ~こちゃん、あんまりにもいじらしいしかわいそうだから、せめて、『ありがとう、大好きだよ、姫子』か、『そういう姫子を愛しているよ』くらい言ってあげて!!(ぎゃ~~!! ろ、老師何いっているんですの!? そ、そんなこと別に聞きたいわけじゃ) あらじゃあ、言ってほしくないわけ? (いや、そういうわけじゃないというか・・言ってくれるなら聞きたいというか、でも、別に無理強いしてるわけじゃないし、いやいや言ってほしくないし、ことわられたらショック大きいし、というか、言わせようとして嫌われたらいやだなあ・・嫌われたら・・うええ・・うえええええん)ま、また泣く!! ちょっと、ひ~こちゃん、いくらなんでも打たれ弱すぎるわよ!? か弱い女の子だって言ってももっと強くならないとダメなのよ!!』


「相変わらず本当の親子以上に仲いいね、二人とも。とりあえず、帰ったらみんなにお礼は必ず言うようにするよ。じゃあ、切るね」


『え、ちょ、レンちゃん、ひ~こちゃんに『愛してる』の一言だけでも(老師、もういいですから!!)全然いいことないでしょ、ひ~こちゃん!! あのね、ひ~こちゃん、私としてはね、レンちゃんとひ~こちゃんに』


 ぷつっ


 有無を言わさず通話を切る連夜。

 ああなってしまうと完全に『近所のおしゃべりおばちゃん』と化してしまい、いつまでたっても話が終わらなくなってしまうだ。

 このまま放置すれば、間違いなく話の内容は泥沼のカオス状態になってしまうのは、まず間違いない。

 そうなる前に先手を打って通話を切ってしまうのが、最善の対処法なのだ。


「やれやれ。本当にもう、お母さんは、僕と姫子ちゃんをからかうの大好きだからなあ。困ったもんだよなあ。はあ~~~」


 なんとも言えない複雑な表情で深い溜息を吐き出す連夜。

 がっくりと肩を落とし疲れきった表情を浮かべたまま、ぼんやりと宙を見つめる。

 しばらくの間、そんな感じでぼ~~っとしていた連夜であったが、やがて、手にしていた携帯念話をもそもそとズボンのポケットにもどす。

 そして、ゆっくりと顔をあげたときには、先程までのふぬけた表情はどこにもない。

 まるで一流の戦士のような厳しくも真剣な表情になった連夜は、獲物を狙う鷹のような鋭く光る目で自分の周囲に視線を走らせ始める。

 連夜が今いるのは、三LDKのマンションの一室。

 その中にあるキッチンの中心に立ち、連夜は各部屋に広がっている凄まじい光景をじっと見つめ続ける。

 脱ぎ散らかされた様々衣服、下着類。

 近くのお惣菜屋で買ってきたはいいが、食べきれなかったらしく中身が残ったままになった弁当や、総菜の数々。

 整理されることなくほったらかしにされ、あちこちに散乱している雑誌類。

 そして、なによりも部屋の空間を圧迫していたのは、無数の空缶空きビンの山。

 ビール、東洋酒、どぶろく、ワイン、ウィスキー、ウォッカ、チューハイ、カクテル、その他多数。

 

 見渡す限りゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミ、ゴミの山。 


 どこを見ても何を見てもゴミしか目に入らない。

 しかもそのゴミは、ただ視覚的にのみ強烈なインパクトを与えているわけではない。 

 

 あらゆるゴミというゴミが入り混じり、自己主張を繰り返すこの家の中には、連夜がこれまで嗅いだことがないような凄まじいまでの腐臭が漂っている。

 嗅覚的にもとんでもないインパクトが強制的に与えられてしまうのだ。


 まさに腐海。


 まさにごみ屋敷。


「ふっふっふ、これはあれですね。『家事のプロ』を自負する僕に対する挑戦ですね」


 額から一筋の汗を流しながらも、不敵な笑みを浮かべながら両拳をボキボキと鳴らして見せる連夜。

 家の主人の許可を得てはいないが、『家事のプロ』たる自分がこの惨状を見てしまった以上、この状態のまま放置することは絶対にできない。

   

 隅から隅まで徹底的に片づける!!


 『家事のプロ』たる連夜の真の戦いが、今始まる!!






 ちなみに、この家の主の寝室はすでに掃除完了済み。

 連夜の手で整理整頓がきちんとされ、隅々まで掃除がいき届いた実に快適な空間になっている。

 そこに敷かれた布団の中、この家の主は夢の世界を絶賛放浪中。


「う~ん。ミネルヴァ、私もう呑めないったら。でも、焼酎は好きなの~。むにゃむにゃ」


 天下泰平。

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