第六話 『そして、二人は巡り合う』 その4
カラスは知っていた。
知っていたのだ。
凶龍が心の奥底に隠し持つその凶暴性を。
暴虐に走るその危険極まりない本性を。
それゆえに、カラスは凶龍を『友達』とは認めてはいない。
強者でも弱者でも容赦なく引き裂き滅ぼす狂暴な爪と牙。
幼い頃から、カラスは凶龍を見つめ続けてきた。
自分とは対照的に何もかもを与えられ、あらゆる力や才能をその身に宿す天に愛された寵児である凶龍を。
風の吹くまま、気の向くままに力を振い続ける嵐の凶龍。
その気質は昔から全く変わらない。
敵も味方も、強者も弱者も関係なくその嵐に巻き込み吹き飛ばし無残に破壊する。
本人自身は全くこれっぽっちも悪気がなく、巻き添えで誰かが傷つこうとも関与しないし、勿論、謝りもしない。
それどころか自分が『悪』を成しているという自覚すらない。
善悪の区別のつかない幼い子供が、積み上げた積み木を無邪気に壊して崩すように、凶龍はその力を振い続けた。
カラスがカラスではない時、カラスとは別の顔で暮らしている日常生活において、凶龍はカラスの『幼馴染』という位置にいる。
小学校時代から凶龍と付き合いのあるカラスであるが、カラスが凶龍の側にいたのは、凶龍の味方になろうとしたわけでも、凶龍を助けようとしたわけでもない。
凶龍の側にいたほうが、凶龍に意味なく傷つけられる『人』達を助けやすかったからだ。
そして、知り合いでいることで凶龍の暴力が吹き荒れる方向をほんの少しでも変えることができたからだ。
そうして、小学校時代は凶龍の側にはりついて、凶龍の暴力で出る被害をなんとか食い止めていた。
しかし、両親の仕事の都合で、小学校の卒業と同時に、カラスは別の城砦都市へ転校し凶龍と別れることになる。
中学に進級するだんになっても、相変わらず自分の行為がいかなるものであるかを学ぼうとしない凶龍。
そのことに不安を感じたカラスは、凶龍の暴力を別の方向に向かわせるべく『害獣』ハンターになる道を勧める。
凶龍はカラスの思惑通り中学入学と同時に『害獣』ハンターの道へと進み始め、その無軌道な暴力の嵐は『人』から『害獣』へと矛先を変えていたのだが。
カラスは『悪』を認めていないわけではない。
己自身が『悪』であると知っているが故に、人が生きている上で避けて通れぬ『悪』の道を否定する気はさらさらない。
自分自身も生きていくために、数限りない『悪』の行為を繰り返してきたし、これからもそれを止めることはないだろう。
しかし、彼は、己が成した『悪』の行為から目を背けたりはしないし、己が成した行為を正当化させるために虚飾に満ちた言葉で飾ったりはしないし、そして、己が成す行為がどんな意味を持つのか、それによって何を背負わなくてはならないかを嫌というほど覚悟している。
どれほど言葉を飾ろうとも『悪』は『悪』なのだ。
一度生み出された負の連鎖は、断ち切ることがとてつもなく難しい。
自分が成した『悪』は別の『悪』を生み出し、その『悪』がまた別の『悪』を呼ぶ。
だが、しかし。
世の中には『悪』を知り、『悪』を行う者によってしか消し去れぬ『悪』が存在している。
だから時にはどれほど重くても辛くても走り出さなくてはならない時があるのだ。
それを背負って走り続けなくてはならないときがあるのだ。
他者を傷つけると同時に自分自身を傷つけ、ボロボロになりながらも走り続ける者達がいる。
時には誰かの身代わりとなって、時には大事な何かを守るために、時には自分自身が生き残るために、必死に懸命に走り続ける。
カラスはそんな者達と共に飛ぶ鳥だ。
心弱くとも必死に懸命に生きる者達の悲しみと優しさに満ちた『悪』の夜空に哭く鳥なのだ。
決して、己の傲慢を満たすために『悪』を成す者の味方ではない。
たまたま目に映った道端に咲く花が美しいから戯れに引き抜いて、飽きたら捨てる。
たまたま目に映った道端を行くアリが弱そうだから戯れにつつき、飽きたら踏みつぶす。
凶龍の本性はやはり変わってはいなかった。
高校に入学し、同じクラスになってから、カラスは再びずっと凶龍を観察し続けてきた。
小学校時代に比べれば、その嵐の矛先は一応弱者ではなく、強者達へのみ向かっていた。
恐らく、中学時代に付き合いだしたという三人の恋人達が巧くコントロールしているからだろう。
やれやれ、『害獣』との戦いで『人』として少しは成長したのかなと思い、自分の不安が取り越し苦労だと思おうとしたのだが、しかし、カラスは凶龍の挙動にどこか引っかかるものも感じ、胸を撫で下ろすことができなかった。
何かがおかしい。
何かが引っかかる。
毎日のように学校で無邪気に繰り返されるバカ騒ぎ。
底ぬけに陽気で、誰にでもフレンドリーなクラスの人気者。
しかし、その瞳の中で光る奇妙な色が気に入らなかった。
非常に、物凄く、とてつもなく気に入らなかった。
巧妙に隠されているが、そこにある光は、カラスが普段からよく知っている色に似ていた。
ありもしない種族的優位を信じ、上から見下ろすような傲慢な光。
誰の目にあってもその色の主張は同じだ。
『自分は『人』よりも強く生まれた、家には金もある、他者を支配するだけの権力だってある。だから、他『人』よりも偉い。その偉い俺が我慢する必要なんてない。誰を踏みつけたって、潰したって、壊したって構わない。だって、俺は偉いんだから』
気のせいだと思いたかった。
『害獣』との戦いを潜り抜け、他者の痛みを、苦しみを、悲しみを知ったと思いたかった。
しかし、それこそが気のせいだったのだ。
凶龍はやはり凶龍だったのだ。
凶龍は『祟』の仮面の裏側に隠されたカラスの正体を知らない。
しかし、仮面をかぶった『カラス』という存在自体についてもどういう者であるかを知ってはいないはずだった。
なぜならば、一度もカラスの姿で凶龍と会ったことがないからだ。
間違いなく、凶龍は己自身でカラスがどういう『人』物であるかを自分の目と耳で確認し判断したわけではない。
おそらく噂話だけを聞いて、その噂話の中のカラスを知っているに過ぎない。
にも関わらず、凶龍は出会い頭に一般人なら間違いなく死んでしまうほどの容赦ない攻撃を敢行した。
自分の暴力を存分に振うことができる相手なら、誰でもよかったのだろう。
特に、一方的に踏みにじることができるなら、尚、よかったに違いない。
本人は、強い相手を好むと常々言っているが、決してそうではないことをカラスはよく知っている。
強い相手がいいのは、強い相手ほど自分の強さに鼻をかけていることが多いからで、凶龍はその鼻をへし折って絶望に顔を歪める姿をみるのが何よりも好きなのだ。
そう、凶龍は天狗になっているものの鼻をへし折るのが好きなのであって、必ずしもそれが強い相手である必要はない。
強かろうと、弱かろうと、自分の腕に自信を持っているものの自尊心を木端微塵にできればそれでいい、そして、相手が弱ければ労せずしてそれが達成できるわけだから、尚いいというわけだ。
カラスの心友である朱雀族の少年は、拳で語り合う性質を持っている。
一度拳を交えれば、相手とわかり合うことができるし、もし、その拳から伝わってくるモノが己の魂に響くものであるならば、自分から折れてでもわかり合おうと努力をする少年だ。
しかし、そんな彼が何度拳を交えても、この凶龍には心を開こうとはしなかった。
最後まで、凶龍を叩き潰すために拳を振るい続け、今も、そのスタンスを崩していない。
そう、拳を交えたからこそ彼にはわかっていたのだ。
凶龍の本性が。
ぼろぼろになった姿でゆらりと立ちあがったカラスは、仮面の裏側に隠れた瞳に、怒りの炎を燃え上がらせる。
ゆ・る・さ・な・い
許さない、決して許さない、断じて許さない。
例えそれが長年付き合いのある自分の知り合いであったとしても関係ない。
ここはカラスのテリトリーだ。
その気になれば、いくら超新星といわれるスーパールーキーであったとしても捜し出すことができないほど見事に隠れ逃げることは可能だった。
しかし、ここで背を向けて目の前の凶龍を見逃せば、いずれまた同じことを繰り返す。
正直にいえば、あまりやりたい相手ではない。
幼い頃から付き合いがあり、嫌というほど相手の凶暴な本性を知っているカラスであったが、同時にかの凶龍が甘えたの寂しがり屋の子供であることもよ~くわかっていた。
出来の悪い弟のように思っている節がないわけではない。
これほどの暴虐を受けながら、我ながら甘いとはよくわかっていたが、それでもカラスは己自身の心をふっ切る為に最後の確認にでる。
木刀を肩に担ぎ、にやにやといやらしい笑みを浮かべながら殊更にゆっくりと歩み寄ってくる相手に対し、カラスは漆黒の手袋に包まれた手を迫りくる凶龍へと向ける。
「あん? 何の真似だ?」
カラスが妙な手振りをしていることに気がついた凶龍は、その場に立ち止まって小首を傾げながらカラスの手振りを観察する。
「ん? どうしてもやるのかって聞いているのか?」
手振りが示している意味を察した凶龍が聞き返すと、カラスはこっくりと頷きを返し手振りの意味が間違ってないことを肯定する。
「やるに決まってんだろ。おまえさ、この辺りで随分名前を売ってるそうじゃねぇか。どうせだからよ、俺にも売ってくれよその名前をさ。どんだけ凄いのか見たいんだよ」
にやにやと笑いながらぽんぽんと木刀で肩を叩く凶龍の姿を見て、カラスは深い溜息を吐きだすが、もう一度何かを伝えようと手振り身振りをしてくる。
「喧嘩をする理由がわからないってか? 別に理由なんかどうだっていいんだよ。ごちゃごちゃ言わずに俺の相手をしろよ。そんで、俺にぶちのめされてくれりゃいいんだよ」
怒っているような笑っているような、実に不愉快極まりない表情で傲然と呟く凶龍に、カラスはもう一度溜息を吐きだして見せたが、不意にその身に纏う気配を急変させる。
闇。
深い深い闇の気配。
近づくだけで呑みこまれそうな深い闇をその全身から噴き出し始めたカラスは、不意に凶龍めがけて親指を立てた拳を突き出して見せると、くるっと拳をまわしてその親指を下へ向ける。
「へ~、ふ~~ん。俺をぶっつぶすってか。『外区』でさんざん『害獣』とやってきた俺をぶっつぶすってか。は~ん。舐められたもんだねえ。かっこいいけどさ、おまえ、絶対後悔すんぜ」
顔に張りついているのは、誰が見ても作りものとわかる寒々しい物凄い笑顔。
しかし、その目は血走って全く笑っておらず、凶悪極まりない光がギラギラと宿っている。
「泣いて土下座してもぜってぇ許してやんねぇ。一生車椅子が必要な身体にしてやんよ」
そう呟いた瞬間、凶龍の姿が再びぶれる。
先程使ってみせた瞬間移動。
龍族の王の一族のみが修得することが許される超武術『形意黄龍拳』の奥義の一つで『縮地』と呼ばれる技であった。
当たり前であるが、多少かじった程度の者がほいほいと使える技ではない。
生まれながらに武術の才があり、尚且つ努力を惜しまなかった者のみが到達できる高み。
そこに辿りついた者のみ使うことができる神業だ。
何の武術の心得もないカラスに見極められる技では決してない。
最初にカラスに一撃を食らわした時に、凶龍はカラスの身体能力をほぼ把握していた。
はっきり言って雑魚、いや、雑魚以下のクズだ。
それがわかっているから、凶龍は完全に舐めてかかっていた。
相手が得体の知れない、自分が考えつきもしない戦法を使うことはわかっていたが、これだけ身体能力に差があるのだ。
むしろ、その罠を食い破ってやろう。
得意満面で仕掛けてくる罠を正面から叩きつぶしてやるのだ。
そのとき、この目の前の怪人はどんな顔をするのか。
想像するだけでも頬が緩む。
「さあ、見せてみろよ、おまえの戦いぶりを!!」
雄々しく咆哮した暴力の化身は、一瞬にしてカラスの目の前に現れると、手にした木刀を振り上げる。
罠を仕掛けるにしても、術を仕掛けるにしても、目にも止まらぬ速さで動き回る自分を捉えられるはずがない。
暴力の化身は、己の勝利を確信し、目の前のカラスが無様に地に堕ちる様を想像して邪悪な笑みを浮かべる。
しかし、凶龍は知らなかった。
何も知らなかったのだ。
カラスが、いったいどういう存在であるかを。
カラスは、その仮面の裏側で・・
凶龍以上に邪悪な笑みを浮かべて嗤っていた。
「地べたを這いずれ、黒すけぇぇぇぇっええええええええええっ!?」
腹の底から吐き出される裂帛の気合い、しかし、その気合いは途中で悲鳴へと変わる。
勝利を確信して木刀を振り下ろそうとした瞬間、凶龍の視点が一瞬にして下へとスライドする。
浮遊感が一瞬身体を襲い、気がつけば、自分の視点は地面ギリギリの位置にあった。
いったい何事が起こったのかわからなかったが、この場に留まるのは危険だと判断し、再び『縮地』を使用して間合いをあけようとする。
しかし
「か、身体が動かねぇっ!?」
全身のバネを利用してその場を離れようとした凶龍だったが、その身体は全く動かない。
感覚自体はある、何をどうしても、腕や足はおろか、指一本動かすことができない。
かろうじて首は動かすことができることに気がついた凶龍は、慌てて周囲を見渡し、そしてその状況をようやく把握すると絶望の叫びをあげる。
「な、なんじゃこりゃああっ!? 埋まってる!? なんで、俺地面に埋まってるんだあっ!?」
凶龍は首から上を地上に残し、あとの残り全てが地面に埋まってしまっていた。
しかも、ただ埋まっているだけではない、どういう仕掛けかわからないが地面に埋まっている身体は何かでがっちりと捕縛されているようで、何をどうしようとも本当に動くことができない。
武術を極め、他種族を圧倒する怪力を誇る龍族の頂点に立つ王家の血筋に連なる者の全力であるにも関わらずだ。
「なんだこりゃ、なんなんだよ、これは!?」
全く想定外の展開に存分に慌てふためいて恥も外聞もなく叫びまくる凶龍。
そんな凶龍の醜態を見て、怪人は不気味な声で嗤う。
『ゲ~~ッゲッゲッゲ』
「気持ち悪い声で笑ってるんじゃねぇ!! てっめぇきたねぇぞ!! 落とし穴か!? なんだこりゃ、正々堂々と戦いやがれ!!」
負け惜しみ以外の何物でもない聞き苦しい叫びをあげる凶龍。
そんな凶龍の言葉をなんとも気持ちよさそうに聞きながら嘲笑し続けていたカラスであったが、迫りくる三つの気配に気がつくと懐から素早くなにか刃物のようなものを取り出して、それを凶龍の首筋にあてる。
「「「あっ!!」」」
恋人の窮地に気がつき、救出せんとカラスを急襲しようとした三人の美少女達であったが、その行動は少しばかり遅すぎた。
地面に埋まって動けないでいる恋人の首筋に、小さなナイフのようなものと小型電撃発生棒のようなものが当てられていることに気がついて動きを止める。
「剣児くんを人質に取るなんて」
「卑怯者!! おまえそれでも男なのか!?」
「私達と勝負しなさい!!」
剣児を人質に取った形のカラスに対し、挑発的な言葉を投げかけてみるが、カラスは愉快そうに嗤うばかりで一向に剣児を放す様子はない。
なんとか隙を見て救いだしたいところだが、目の前のカラスに付け入る隙は今のところ全くなし。
しかも救出すべき対象の剣児は地面に身体を埋め込まれていて、脱出させることはかなり難しそうだ。
「くっそ~、せめてあのナイフと小型電撃発生棒だけでもなんとかできればなあ」
「そうですねえ、あのナイフと小型電撃発生棒さえどうにか・・あれ? えっと、ナイフと・・あれ? あれれ?」
悔しげに顔を歪める月光樹妖精族の少女の言葉に頷きを返しかける風狸族の少女。
しかし、返事を返す寸前に、何かに気がついた彼女は、自分の視線の先にある物が、当初思っていたものと違うことに気がついて小首を傾げて眉をしかめる。
「ど、どうしたのメイリン」
「い、いやあのね、フレイヤ」
「う、うん、何よ」
「私、あの黒づくめの人が持っているものが、ずっとナイフと小型電撃発生棒だと思っていたんだけど、あれってさ・・」
「何言ってるのよ間違いなくあれは・・あれは・・あれ? あれれ? あれって、もしかして」
「櫛と・・念動髪切り機じゃない?」
呆然と風狸族の少女が呟いた瞬間、それを聞いていたらしいカラスが、拳を突き出すようにして何度も頷きを返し、ぱちぱちと拍手を送る。
「『それそれ、大当たり』って、言いたいみたいね」
「あ~、うん、そうね。そうみたいね。なんで!? なんで、櫛と念動髪切り機なわけ!?」
カラスの真意がわからず、思わず慌てふためく三人。
それに対し、カラスは不気味な嗤い声を再びあげながら、手にした念動髪切り機のスイッチをゆっくりと入れる。
静寂が支配する裏通りに響き渡る不気味な機械音。
『ウイィーーーーーン』
「お、おい、ちょ、ちょっと待て!? お、おまえそれをいったいどうするつもりなんだよ、おい!?」
壮絶に嫌な予感が背中を走り、大量の汗を流しながら気弱な声をあげる剣児。
しかし、それに対してカラスは言葉で答えようとはしなかった。
言葉では答えようとはしなかったが・・代わりにこれ見よがしに念動髪切り機を剣児の目の前に持って行って見せつける。
剣児の目の前で不気味な音と共に念動髪切り機が動き続ける。
「う、嘘だよな? 冗談だよな? そんなことないよな? まさか、俺の髪を」
『ウイィーーーン・・バリバリバリ・・』
「うわあああ、ちょっ、待っ、おまっ、やめろ、やめてくれえええええっ!!」
見苦しく叫び続ける剣児の声を少しの間聞いていたカラスであったが、すぐに剣児の顔の前から念動髪切り機を放すと、何の予備動作もなくさっさとそれを使って剣児の髪を刈り始めた。
「お、おま、こんなことしてただですむと思って」
『バリバリバリ・・ウイィーーーン・・バリバリバリ・・』
「か、髪は男の命なん・・」
『ウィィィィーーン・・バリバリ・・ウイィーーーン・・バリバリ』
「やめろ、いや、やめてください、許してください、お願いやめてえええええええっ!!」
『ウィウィウィィィィーーン!! バリバリバリバリーン!! ウィウィウィィィィーーン!! バリバリバリバリーン!!』
あまりにも予想外の出来事であったために、反応することができず呆然と見つめ続ける三人の美少女達の前で、剣児の髪がみるみる刈り取られていく。
素人とはとても思えない異様に手慣れた手つき。
本職の床屋さん並に鮮やかに手際よく髪はどんどん刈り取られ、やがて、それは一つの形になって現れる。
それを見ていた陽光樹妖精族の少女がぽつりとつぶやいた。
「も、モヒカン?」
確かに、剣児の頭は、見事なまでに一筋の髪できた道、そしてそれ以外は見事なまでの五分刈りの構成へと変化しつつあった。
しかし。
「だ、だけどよ、モヒカンって、普通真ん中の毛を残すんじゃねぇの?」
「「あ、ほんとだ。かなり右に寄ってる」」
月光樹妖精族の少女が指摘したように、確かに剣児の頭に残る長髪でできた道は、かなり右寄りに作られていた。
モヒカンヘッドにするつもりならば、頭の中心線に長髪でできた道を作らなくてはいけないはずだった。
なのに何故右側に。
「失敗したのかしら?」
「あ、念動髪切り機止めた。終わったのかしら」
「いや、ハサミに変えたぞ。なんか整えている」
三人が見守る中、あらかた念動髪切り機で大きく刈り取るところは全て刈り終えたのか、そのスイッチを切って懐にもどす。
そして、今度はハサミを取り出すと、櫛をあてながら丁寧にチョキチョキと髪を整えていく。
そうして更にしばらくの間ハサミを動かしていたカラスだったが、やがて、ハサミも懐にもどし、最後の仕上げとばかりに残った櫛を使って剣児の髪形を形作る。
「今度こそ、終わったみたいだな」
「だけど、剣児くんの顔の目の前に座っているから髪形が見えないですね」
「あ、移動するわ。見せてくれるみたい」
剣児の顔の前で何度も髪形のチェックをしていたカラスであったが、やがて、納得がいく出来になったのか、満足そうに何度も頷きながら三人に見えるようにその場を退く。
自分達の愛しい恋人がどんな姿にされてしまったのか、緊張と不安に打ち震えながら、三人がそこに見たものは。
「「「し、七三なの!?」」」
「な、なにいいいいいいっ!!」
そう、そこには、右側に残された一筋の長髪部分を奇麗に左右に分けて、きっちり見事に七三にわけられた髪形が作りだされていた。
現在ほとんど見ることはできなくなった幻の髪形。
ある意味。
ある意味芸術的な出来栄え。
しかし。
「「「だ、だっさ~~いっ!!」」」
剣児の恋人達にはひどく不評であった。