第六話 『そして、二人は巡り合う』 その3
龍乃宮兄妹は自他共に認める根っからの喧嘩好きであり、生れながらの喧嘩屋である。
龍という種族が元々持っている荒々しい特性のせいということもあるだろうが、それをさっぴいても二人とも戦うことが純粋に大好きであり、特に強いと言われている相手と戦ってそれを圧倒的な力で強引にねじ伏せることを至上の喜びと感じていた。
今まで二人は数々の相手をその剛腕、あるいは剛剣でねじ伏せて来た。
時には一人で、時には仲間達と共に、自分達と近い年代の少年少女限定ではあったが、彼らの中でも特に腕っ節の強い者達とは大抵拳を交え、ほとんど撃破している。
中には剣児のライバルである陸 緋星などのように、正面から彼らを退けた強敵がいないわけではなかったが、まあ、ほぼ全勝といって差し支えないほどの戦績を誇っていた。
そんな彼らであるから、『サードテンプル』で悪名を轟かせる怪人『祟鴉』のことが気になっていないわけがない。
『祟鴉』の武勇伝が一つ、また一つと耳に入ってくるたびに、二人の胸にふつふつと何かが込み上げ燃え上がっていく。
『戦ってみたい』
二人がはっきりそう自覚するようになるまでにそれほど時間はかからなかった。
『祟鴉』は今までに二人が出会ったことのないタイプ。
噂話に登場する彼の戦い方を聞く限り、単純に拳で語るタイプでないことはないようだ。勿論、集めた数に任せて圧倒する相手でもない。
どうやら、こちらが思いもよらぬ奇策を駆使して戦うタイプのようなのであるが、それが具体的にどういった戦法であるかは噂話の内容だけではしかとはわからなかった。
しかし、それが逆に二人の好奇心を刺激するのだ。
自分達が今まで戦ったことのない相手。
『戦ってみたい、どうしても戦ってみたい』
口には決して出さないが、二人の胸の奥底では闘志がぐつぐつとマグマのように煮えたぎり、どんどん大きくなっていく。
しかし、一応今の二人には立場というものがある。
一人は将来を期待され、徐々に世間から注目を浴びつつある超新星の『害獣』ハンター。
もう一人は、龍族の三大権力者の一つ『乙姫』の次代になることを定められた才色兼備のスーパーアイドル。
流石の二人も相手から売られるならばともかく、無頼者同然に自分から喧嘩を売るのには少々抵抗がある。
しかも、さらに二人を気おくれさせたのが、異母妹瑞姫のことだ。
縁は誠に奇なもので、どういうわけか件の怪人は彼らの妹である瑞姫の恩人であり、想い人でもある。
それを考えると、どうしても積極的になることはできず、今までなんのアクションも起こすことなくやってきたわけだ。
ところが、今回、いろいろなことが偶然重なり、二人は件の怪人と戦う為に飛び出して来てしまっている。
怪人に喧嘩を吹っ掛けるにあたり自分達に何の大義名分もないことは、二人自身がよくわかっていた。
だが、一度『戦う』と決めてしまった以上、それを翻すつもりは今の二人の心の中には微塵も存在しない。
そこにあるのは、ただひたすらに『喜』であり、『楽』であった。
『財力』、『権力』、そして、『暴力』。
全ての力を兼ね備えた『龍』族という超上級種族に生まれてきた二人であるが、その力を存分に振う機会はなかなかに与えられない。
『財力』を使いきるほどに欲しいものがあるわけではない。
『権力』は持っているだけでほとんどの相手に膝をつかせてしまう。
そして、身に着けた『暴力』を戯れにでも行使すれば、大概の相手は壊れてしまうのだ。
実に面白くない、非常に面白くない。
与えられた力を存分に使ってみたい、何の遠慮もなくただひたすらに何かにぶつけてみたかった。
そして、今、それができるかもしれない相手がすぐ目の前にいる。
剣児は闇と影とが支配する『サードテンプル』のさびれた裏街の中を疾駆しながら、己のうちにわき上がってくるどろどろとした真っ赤で真っ黒な感情を隠そうともせずに、そのままそれを『笑み』として浮かび上がらせる。
「剣児くん、楽しそうですわね」
三人の恋人の内の一人、金髪の陽光樹妖精族の少女が横を走る剣児の顔を見て、呆れとも苦笑ともとれる表情で声をかける。
「わかるか? わくわくが止まらねぇよ」
自覚しているのかいないのか、いつもの陽気な彼が浮かべている太陽のような笑顔とは全く逆の、ドス黒い闇黒世界そのものとでもいうような笑顔を恋人達に向ける剣児。
「そこらへんにいる不良どもとも違うし、だからといって俺が相手をしてきた一流武術家連中とも違う、勿論外にいる何考えているかわからねぇ『害獣』どもとも違うんだ」
「何が違うっていうんだ? 剣児」
新しいおもちゃをみつけた無邪気な子供のように、しかし、血走った目を異様にギラギラと光らせながら嬉しそうに語る剣児の様子に若干ひきながら、三人の恋人の内の一人、ダークブラウンの髪の月光樹妖精族の少女が尋ねかける。
「匂いだよ。すっげぇ、いい匂いがするんだ」
「匂い?」
「そうだよ、匂いだよ。多分、ここにはいないが姫子も感じているはずだ。上質な、獲物の匂いだ。そうだな例えて言えば、捕まえて引き裂けばとてもいい声で哭いてくれる、そんな獲物の匂い」
「剣児くん、久しぶりに病気が出ましたね」
日常生活を送る学校内でも、『害獣』と死闘を繰り広げる『外区』でも滅多にみせることのない狂気のオーラ。
それを存分に放ちながら、嬉々としてしゃべり続ける異様な剣児の姿を見て、三人の恋人の内の一人、黒髪の風狸族の少女は悲しげな表情を浮かべて首を横に振る。
「最近ずっと大丈夫だったからてっきりもう治ったものだと思って油断していたわ」
「『害獣』ハンター 一級プロの免許に合格して、『騎士』クラスの『害獣』と戦えるようになってからは、すっかり落ち着いてきていましたものね」
「剣児の顔見てみろよ。あの喜悦に歪んだ顔。あたしらとデートしているときでもあんな顔はしやしねぇ。ありゃ、あたしらが止めても絶対話を聞かないぜ。相手には悪いが、血を見ないと終わらないと思う」
「頭が痛いですわ」
人には絶対知られるわけにはいかない剣児のドス黒い闇黒面を知る三人の恋人達は、顔を見合せて深い深い溜息を吐きだす。
「仕方ありません。できるだけ手早く済ませ、事が露見する前に剣児くんを連れてこの場を離れましょう」
「そうね、見つかったら間違いなく大騒動になるわね」
「『期待の新人ハンター、路上で大喧嘩。相手は意識不明の重体』なんて一面トップの新聞が売り出されて見ろ。再起不能の一大スキャンダルだ。剣児はもちろん、あたしらのハンターライセンスも間違いなく永久剥奪だぜ」
「そうならないようにするためにも、速やかに事態を収束させるのです。全ては、我らが『千剣の一』の為に」
「「了解」」
互いの顔を見合せて頷きあった三人は速度をあげると、狂喜の疾走を続ける恋人の背後を守るようにしてぴったりと張りついた。
そして、四つの人影は再び一つとなって、闇と影で作り出された不気味な裏通りを走り抜けて行く。
いったいどれくらいの時を四つの人影は走り続けたであろうか。
追跡劇は唐突に幕を閉じる。
「み~ぃつけたぁ」
「「「え?」」」
三人の耳に愉悦に満ちた声が聞こえた。
その声は間違いなく前を疾走している三人の共通の恋人の声。
三人が言葉の意味を問いかけるよりも早く立ち止まった剣児は、ぐにゃりと不気味な笑みを浮かび上がらせて、抜く手も見せずに背中から木刀を引きぬく。
三人は恋人の異様な行動にすぐ様反応することができず、剣児をかなり追い越してしまったところで慌てて立ち止まって急反転。
そして、少し後方のところに立っている恋人のところへ急いで戻ろうとするが、それよりも早く、剣児はすぐ目の前に立つ自動販売機を撫でるようにして木刀で薙ぎ払った。
「「「ちょっと何をしているの・・って、ああっ!?」」」
上下に両断されて宙を舞う自動販売機。
しかし、彼女達の目に映ったのは自動販売機の残骸だけではなかった。
自動販売機の部品と一緒に宙に浮かぶのは黒づくめの人影。
剣児の木刀の一撃をモロに食らってしまったのか、空中で身体をくの字に曲げ、苦しそうに手足をばたつかせながら横向きにすっ飛んで行く。
恐らく自動販売機の影に隠れて剣児達をやり過ごそうとしたのであろう。
見事な隠形の術。
プロの『害獣』ハンターであり、大概の敵の気配に気がつくことができる彼女達を見事にやり過ごしたその腕前は間違いなく自分達と同じかそれ以上のプロ級。
しかし、その恐るべき技術も剣児には通用しなかった。
下手をすればベテランハンターでも見逃してしまいかねない見事としかいいようがない隠形。
その隠形をいとも簡単に見破った自分達の恋人を、驚愕に満ちた視線で見つめる三人。
彼の側にあり、長年一緒に戦って来た間柄であるが、三人は未だに彼の人の能力の全てを把握しきれていない。
いったいどれほどの能力を隠し持っているのか。
流石は次代の龍王と目されているだけのことはあるということなのか。
一瞬の攻防の意味をはっきりと理解した彼女達は、あまりの驚きで茫然と立ち尽くすことしかできない。
そんな彼女達の目の前で、自分の獲物を見つけた凶龍が、今まさにその暴虐の爪を振おうとしていた。
「さあ、俺を楽しませてくれよ」
彼女達の目の前で、凶龍の姿が霞んで消える。
そして、次の瞬間、その姿ははるか遠くの廃ビルの壁際に。
そこには先程の横薙ぎの一撃で素っ飛ばされた黒装束の小柄な人影が弾丸のような勢いで迫る。
「折角だからさ、簡単に死んでくれるなよな。興ざめだからさ」
自分のほうに向かって飛んでくる人影を、舌なめずりしながら血走った目で凝視した凶龍は、再び抜く手も見せずにその手にした木刀を振う。
一つ、二つ、三つ。
木刀が振われるたびに肉を打つ嫌な音がビルとビルの間にこだまする。
四つ、五つ、六つ。
空中で剣児の斬撃に捕らえられてしまった人影は、思うさまに木刀の餌食となり、音が響くたびに苦しげに宙でのたうちまわる。
まるで壊れた人形を何度も空中に放り投げるように、宙を踊りまわる、いや、踊らされ続ける人影。
自由のきかない空中にあるために、どうすることもできず人影はただただ木刀に打たれ続けるのみ。
なんとか防御を態勢を取ってしのごうとしていることは、傍から見ていてもよくわかるが、それにも限界がある。
徐々に身体の動きが鈍り弱ってきているのがわかったが、しかし、そのことに気がついているのかいないのか、それを行っている凶龍は木刀を振う速度をさらにあげていく。
「そらそらそらそら!! どうしたどうした? 空中で踊っているだけか? くやしかったら何かしてみろよ?」
女性受けのいい端正で甘いマスクを、愉悦に歪んだ醜悪なそれへと変化させ、凶龍は心から楽しそうに木刀を振い続ける。
それに対して何をすることもできずにただただ弄られ続ける黒い人影。
いったいどれだけの斬撃を浴びたのか、やがて、人影は空中でぐったりとして全く動かなくなってしまった。
その様子を地面から不思議そうに眺めていた凶龍だったが、やがて、小首を傾げると大きく振りかぶってトドメの一撃を放ち人影を別の方向へと弾き飛ばした。
「あっれ~?」
再び空中を弾丸のように飛んで行った人影を、不思議そうに眺める凶龍。
その人影は、徐々にその高度を下げて行き、やがて地面へ。
盛大に土煙を上げながらゴロゴロと転がっていった人影は、壊れたマネキンのように地面にうつ伏せの状態で倒れ動かなくなった。
それを見て、物凄く面白くなさそうな表情を浮かべる凶龍。
「おっかしいなあ。手応えのある相手だと思ったんだけどなあ。ずい分ショボイ相手だったなあ」
木刀を肩に担ぐようにした剣児は、そのままその木刀で自分の肩をぽんぽんと叩きながら一人呟く。
これだけの暴虐をしておきながら、罪悪感を一切感じさせない表情。
まるで買ってもらったおもちゃが自分の想像と違っていて、不貞腐れてしまった子供そのものといった様子。
少し離れたところで恋人のそんな姿を呆然と見つめていた三人の恋人達だったが、やがてのろのろと顔を動かしてはるか彼方に倒れている無残な結果のほうに視線を向け、一斉に顔を青ざめさせる。
「や、やっちゃったかぁ」
「予想してはいましたけど、ここまでやっちゃいますか」
同じように真っ青になった顔を見合せた月光樹妖精族の少女と陽光樹妖精族の少女は、深い溜息を吐きだすとほぼ同時にがっくりと肩を落とす。
ふと、三人目の声が聞こえてこないことに気がついた二人が、視線を風狸族の少女のほうに向けてみると、自分達と同じような青い顔をしていながら、彼女は両腕を組んで、非常に難しい顔をして考え込んでいた。
「どうしたの、メイリン?」
「これ・・龍乃宮本家に連絡して、内々で処理してもらったほうがいいかもですね」
「え?」
「剣児くんを引っ張って帰っただけじゃ、多分誤魔化し切れないですよ、きっと」
「な、な、なんでだよ!?」
「鮮やかにやり過ぎなんですよ。木刀で劣化ミスリル製の念気自動販売機を上下真っ二つにして、尚且つ、あれだけ人体の急所に無数の斬撃を入れているんですよ? 剣術に詳しい人があそこで倒れている人の身体のあとを調べば、どういう流派でどういった技が使われたかなんてすぐにバレます。しかも、あれだけの超絶な技を使える人が、この都市に何人いると思います? すぐに足がついて剣児くんが犯人だって特定されちゃいますよ」
「「そ、そんなああああああっ!!」」
事態の深刻さにようやく気がついた二人は、青から白へと顔色を変化させる。
「と、ともかく、龍乃宮本家と姫子さんには私から連絡しておきます。その間にジャンヌさんは剣児くんを確保しておいてください。それからフレイヤさんは、あそこで倒れている人がどの程度のダメージを負っているのか・・あるいは、その・・もう生物として動かない状態なのか、調べていただけませんか?」
懐からライトグリーンの携帯を取り出した風狸族の少女は、ルーン文字を入力しながら残る二人に指示を出す。
指示を受けた二人は一瞬顔を見合せて逡巡する様子を見せたものの、もう一度深い溜息を吐きだして首を横にふると、のろのろと身体を動かして自分達のすべきことをするために行動を開始しようとした。
だが。
「おおっと。やっぱりな」
再び三人の耳に聞こえてくる愉悦に満ちた声。
声が聞こえたほうに三人が視線を向けてみると、そこには先ほどと同じ、醜悪な笑みを張りつかせた恋人の姿が。
そして、その視線は倒れている人影のほうへと向かっていた。
三人は恋人が見つめている方向に恐る恐る視線を向けてみる。
「「「う、うそ」」」
そこには、ゆっくりと身体を起き上がらせようとしている黒づくめの怪人の姿があった。
「やっぱ、死んだふりだったか。そうこなくっちゃなあ。お楽しみはこれからだもんなあ」
にやにやと嫌な笑いを浮かび上がらせながら、ゆっくりと黒い怪人めがけて歩みを進ませていく剣児。
再び暴虐の嵐を巻き起こすために、凶龍と化した少年が進んで行く。
しかし、凶龍は全く気がついていなかった。
自分が、絶対に怒らせてはいけないモノを怒らせてしまったことを。