第六話 『そして、二人は巡り合う』 その2
太陽はとっくに西の果てへと姿を消し、薄闇が支配するようになったころ。
城砦都市『嶺斬泊』最大の繁華街『サードテンプル』に潜む闇の世界がゆっくりと目を覚ます。
都市営念車の駅の南側、有名デパートや商店街が立ち並ぶ華やかな表通りのちょうど真逆。
駅の北側、『サードテンプル』が持つ都市最大の歓楽街という闇の世界。
そこは眩い光で溢れている表通りとは逆に、派手派手しい光と光の合間に、いくつもの深い闇を内包した世界。
人のあらゆる欲望が形となり、混ざり合い、表通りとはまた違うエネルギーを生み出してその闇を深めていく。
そんないくつもの闇が作り出されていく狭間を、一羽のカラスが駆け抜けていく。
カラスはこの闇の世界の住人の一人。
同じ闇に潜む住人達からしてみれば、カラスがこの地を訪れ大きく羽ばたき騒ぎを起こすことは別段珍しいことではない、むしろ、普段通り、いつものことだ。
だが今日に限っていえば、それはカラス自身の思惑と大きく違っていた。
今日は、派手に動くつもりは全くなかったのだから。
何故なら、今日はカラスの今後の人生に関わるかもしれない重大な出来事がある日だったから。
だから、今日だけは大人しくしていよう、そう固く心に誓い、闇の中の闇へと身を潜め、影と影の間を慎重に進んでいたというのに、人生はままならぬものである。
とてつもなく不本意であったが、カラスは全力で闇と闇の狭間を駆け抜けなくてはならない状況へと追い込まれていた。
狩人達がカラスを狩るためにに現れたからだ。
闇の世界の住人達の中でも、特に多くの敵を持つカラスにとって、彼を狙う狩人の出現は特別なことではない。
しかし、今回は少しばかり事情が違う。
今、カラスを追いかけてきている者達は、これまでの敵とははっきりと違うのだ。
間違いなく、今までカラスが相手をしてきた者達の中でも最強に近い位置にいるであろう者達。
このあたりで息巻くチンピラや、近隣の高校や中学を根城にする不良達とは完全に別モノで、その実力差は歴然、舐めてかかるわけには決していかない。
しかも、その実力者とやらは一人ではない。
頭の痛いことに二人も存在していた。
一人は、現役高校生でありながら、プロの『害獣』ハンターとして第一線で活躍しているツワモノ。
在籍している高校の中では三大実力者としてあげられ、彼に正面から喧嘩を売るだけの胆力を持つ者は片手の指ほどもいない。
城砦都市『嶺斬泊』に所属するあまたの傭兵旅団の中でも十指に入る強さを誇るという『剣風刃雷』に所属。
大人顔負けどころか、ベテランの『害獣』ハンターですら舌を巻くという凄まじい武力と胆力を誇り、若干十七歳にして旅団の副団長となったという恐ろしい戦士。
中学時代にプロになってからこれまでの五年間であげてきた戦績は華々しいものばかりであり、この城砦都市最強と言われ傭兵達の頂点に君臨している英雄『天剣絶刀獅皇帝』に、近いうちに並ぶのではないかと目されているスーパールーキー。
そして、もう一人は、城砦都市『嶺斬泊』東地区に存在している都市立御稜高校内で、スーパーアイドルとしてその名を轟かせている超美少女。
美しいばかりではなく、学校の成績も優秀、スポーツ万能、性格も非常にいいとまさに完璧超人の彼女。
しかし、高校内では決して明かされることのない凄まじい暗黒面が彼女にはある。
『不良潰しの不良』あるいは『龍姫虎侠』
中学時代に不良達が彼女につけた二つ名。
彼女こそ、この城砦都市『嶺斬泊』東地区の不良達の頂点に君臨したという伝説の不良集団『GTG』をまとめあげていたという二人のリーダーの内の一人。
当時、近隣の不良達に片っ端から喧嘩を売って完膚なきまでに叩き潰し続け、東地区の不良達はみな『GTG』の傘下に組み入れられたか、あるいはそれをよしとしないものたちは息をひそめて彼女達の前には決して出ないようにしていたという。
高校生になると同時にそれらの行為からすっぱり足を洗ったものの、その腕は全く落ちてはいない、いや、むしろ、中学時代のときよりも真面目に武術に取り組むようになった分、さらに磨かれているといっても過言ではないだろう。
『外区』に住むバケモノ相手の実戦経験こそないが、対人戦闘においては間違いなくもう一人よりも実力は上。
彼らは御稜高校にその名を轟かせる二人の魔『人』
『龍乃宮 剣児』と『龍乃宮 姫子』
元々、今日二人はこの『サードテンプル』に出張ってくる予定はなかった。
剣児は三人の恋人達といつものように遊びに出かける予定だったし、姫子は生徒会に用事があるという妹の瑞姫に付き合う予定となっていたのだ。
いつものように退屈だが平和な放課後の一時が流れるはずだったのに、剣児が気まぐれに発した一言が事態を急変させる。
『姫子、今日さ、腕試しに『カラス狩り』に行ってみようぜ』
前々から『サードテンプル』に出没する謎の怪人『祟鴉』に興味を持っていた剣児が、放課後になってから腕試しがしてみたいと言い出したのだ。
正直、剣児にしてみれば、断られるのを承知の上で、軽い気持ちで言ったつもりだった。
ある理由からそういった行為からはすでにきっぱり足を洗っている姫子である。妹である瑞姫の手伝いの予定もあったことだし、当然断ってくるだろうと思って待ちかまえていたのであるが、なんと、姫子はすぐに了承してしまったのだった。
あまりにもあっさり了承されてしまい、戸惑う剣児。
いや、それどころか、他にも戦力を連れてくるといって、中学時代につるんでいた自分の元配下達(姫子自身は元と思っているが、当人達は今でも姫子の部下だと思っている模様)まで連れてくる始末。
いったいどういう心境の変化なのか、荒事からはもう足を洗うと言って、ここ一年ほどは自分からそういう行動を起こすことはなかったというのに。
妹の突然の心変わりがわからず、頭を捻りまくる剣児。
しかし、剣児の恋人達はどうも姫子の心境がわかったようで、何故かうんうんと頷きあっていたりしたが。
『ああ、あれでしょ。今日、朝、騒いでいたとかいう件でしょ』
『うんうん。なんか彼、『サードテンプル』で『人』と待ち合わせていることをうっかり姫子さん達にしゃべっちゃって、大騒ぎになっちゃったって聞いたわ』
『多分、『祟鴉』に勝負を挑むとかいうのは、口実だよなあ』
『カラスを探す振りで、彼のことを探すつもりなのね~。だから、元部下の人達連れて行くのね~』
『複雑な乙女心ってやつよね~』
『ねぇねぇ、うまく彼のことみつけられたらどうするのかしら?』
『そりゃ、勿論、姫子さんのことだから間違いなく乱入するでしょ。『カラスに勝負を挑もうと思って探していたら偶然出会っちゃったの』とかなんとか言いながら』
『それで、相手が女性だったなんかしちゃったりなんかしたら』
『血の雨が降るわね~。間違いなく、修羅場よね~』
『『『どっちかというとそっちの勝負がみてみた~い』』』
『なあなあ、俺にもわかるように説明してくれよ。なになに、なんなんだよ?』
『『『剣児くんには絶対教えない』』』
『なんでだああああああっ!?』
このあともしつこく何度も食い下がってみたが、結局、恋人達は頑として口を割らず、剣児は妹の真の参加理由を知ることはできなかった。
その後、やたら張り切る姫子によって『カラス狩り』計画は仕切られ、きっちりパーティは完成。
予想外の展開に唖然とする剣児を強引に引きずり、姫子はカラス特別討伐隊と共に狩場となる『サードテンプル』へと出撃する。
こうして剣児によって気まぐれに提案された『カラス狩り』計画は発案者の予想とは違う方向へ転がりだした。
それも凄まじい勢いで、しかも変則極まりない転がりかたでだ。
彼らが『カラス』と呼ぶターゲット、『サードテンプル』の怪人『祟鴉』は、彼のテリトリーである『サードテンプル』の裏街に常駐しているわけではない。
その行動パターンは実に変則的であり、神出鬼没。
いつその姿を現すかは誰にもわからないし、予想できない。
それだけに狙って遭遇するのは非情に困難なことで知られている。
そんなレアターゲットを狙うわけであるから、当初討伐隊リーダーの剣児は、そう簡単には見つからないだろう、いや、下手をするとさんざん探して無駄足ということもあるだろうなと考えていた。
特に今回の相手は異様に警戒心が強く、用心深いことで知られる『祟鴉』である。ちょっとやそっとで彼を捕まえることはできないだろう。そう思っていたのであるが・・彼の予想はまたもや裏切られる。
カラスを討つ前には、まず彼を見つけ出さなくてはいけない。そのための捜索作戦については事前に学校で打ち合わせをしていたわけだが、念には念を入れて、今一度現地で作戦内容の刷り合わせをしておこうと、立ち寄ったのは都市営念車『サードテンプル』駅の駅前にあるファーストフード店『魔空・ド・鳴門』。
それぞれ注文を済ませ、店内の一番奥にある大テーブルのところに陣取り作戦会議を始めようとした、まさにそのとき。
彼らが座る大テーブルのすぐ横にある男性用トイレからフード付きのぼろぼろの黒いコートを着用した小柄な人影がひょこひょこと姿を現した。
最初にその人物に気がついたのは、姫子が連れてきた武闘派集団『GTG』時代の元配下の一人である黒猟犬型獣人族の少年エシルリスト。
トイレ側の通路に背を向けて座る剣児や姫子達主要メンバーとは逆に、通路側を向く形で座っていた彼は、捜索作戦の概要を今一度詳しく説明していた自分達の元リーダーである姫子の声にじっと耳を澄ませていたのであるが、ふと自分の視界の中に人影が入ることに気がついて何気なくそちらに注意を向けた。
すると、通路を歩いて通り抜けようとしていたその人影も、エシルリストの視線に気がついたのか、エシルリストに合わせるようにして顔だけをこちらに向けてくる。
一瞬交錯する四つの視線。
次の瞬間、二人はそれぞれに何かを悟って動揺し、身体を仰け反らせる。
エシルリストは、人影の顔に張りついている『祟』の仮面で、自分の目の前にいる人物が誰なのかを理解してしまったがゆえに。
人影のほうは、テーブルに座る面々が思いきり自分の知りあいであることを悟ってしまったがゆえに。
二人は、それぞれの思惑からすぐに決断し、行動へと移る。
黒いコート姿の人物は、すぐにテーブルのほうに背を向けると、猛ダッシュで店の外へと走り出し、そして、エシルリストは。
『か、カラスだ!! カラスですよ、リーダー!! 剣児さん!!』
『な、なに!?』
姫子と剣児にそう叫ぶや否やテーブルをひとまたぎで飛び越え、外に飛び出していった人影・・自分達のターゲットである『祟鴉』を猛然と追いかけ始める。
仲間の突然の行動をしばし唖然として見送っていた姫子と剣児であったが、やがてぼんやりと顔を見合せる。
『あいつカラスっていったよな?』
『うむ、言ったな』
『カラスって、空を飛ぶカラスじゃないよな』
『多分違うと思うぞ。一瞬だけエシルリストの前を走り去っていく人影の姿が見えたが、真っ黒なコートを着ているように見えた』
『あ~、それってターゲットの『祟鴉』じゃね?」
『うむ、私もそう思う』
『『って、ぼんやりしてる場合じゃない!!』』
ようやく事態を把握した姫子と剣児は、未だに事態を把握できていない他のメンバー達を促して慌てて席を立つと、先に追跡したエシルリストを追って店を飛び出していく。
『やっべぇ、俺としたことが完全に出遅れちまったぜ。おい、姫子、先に追いかけていったおまえさんのところのエシルリストとかいうツレは一人で大丈夫なのか?』
「心配いらん。黒猟犬型獣人族はあまたの種族の中でも特に鼻が利く種族で、そして、奴は一族の中でも特に優れた追跡能力の持ち主だ。任せておいて問題ないだろう。ちょっと待て、一応確認してみる』
走りながら懐からシルバーメタリックのなかなか渋い携帯念話を取り出した姫子は、携帯のアドレスから一つのルーンナンバーを選び出し念話をかける。
ほどなくして相手と繋がり、短いやりとりをしたあと、携帯の通話を切って再び剣児のほうへと顔を向け直す。
『すまん、剣児。姿を見失ってしまったらしい。相手はエシルリストの能力を知っていたのか、強烈な匂いを発する何かを散布して自身の匂いまで消してしまって追跡することは不可能ということだ』
先程までの自信満々だった様子はどこへやら、自分の配下の思わぬ失態に落ち込んだ様子で口を開く姫子。
その報告に剣児は小さな溜息を吐きだすが、すぐに嬉しそうな表情へと変わる。
『やはり一筋縄ではいかんか。が、そうでなくては面白くない』
『うむ、まあ確かにな。で、どうする剣児?』
『どっち方面に逃げたのかわかるか?』
『北のほうらしい』
『ああ、廃ビルや空き地がいくつも存在しているエリアだから、奴が隠れるには絶好の場所か。よっしゃ、それじゃあ、二手に分かれて捜索しよう。まだそれほど遠くには行っていないはずだ』
『それはいいが、戦力を分散させるのか?』
捜索の範囲を広げるためにも、別れるのは間違いなく得策だ。
しかし、その分、集中している戦力が二手に分かれることで文字通り半減する。
相手からしてみれば各個撃破する絶好の機会になるわけであるから、それを懸念してのことだったが、剣児は首を横にふたつほど振ってニヤリと笑みを姫子に返す。
『おまえのところのチームも、うちのチームも一騎当千のメンツだぜ。あいつが仲間を呼んだとして負けると思うか? そもそも俺達の目的はなんだ? 腕試しだろ? 手強いほうが燃えるってもんだぜ』
『ふむ。まあ確かにそれもそうか。わかった。とりあえず、見つけたらお互い携帯に必ず連絡を入れるように。まあ、おまえのことだから、どうせ私を待つ前に仕掛けるだろうがな』
『よく言うぜ。おまえだってそうだろうが』
呆れたような口調で返す剣児に対し、姫子は目の前の異母兄とそっくりな獰猛な肉食獣の笑みを作って見せる。
そして、二人は同時に頷きを返すと、自分達のメンバーを連れて左右へと別れる。
夜の鳥を追いつめるために。