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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
44/199

第五話 『心友と戦友と』 その4

 爽やかで気持のいい緩やかな風が吹き抜けていく学校の屋上にある給水塔の上。

 円形になった屋根の部分に向かい合って車座に座る四人の生徒達の姿がある。

 放課後になるまであとわずかと迫った平日の午後の一時。

 彼らの眼下に見える運動場では、この日最後の体育の授業が行われている風景が見えていたりする。

 しかし、今のところ彼らはそちらには全然興味を示していない。

 彼らが今、興味をもって注目しているのは、相対して座っている自分以外の者達。

 特に四人中三人は、ある一人の人物に視線を向けていた。

 黒髪黒眼の人間族の少年。

 彼らの共通の友人である宿難(すくな) 連夜(れんや)に。


「二人ともとりあえず落ち着きなよ。ほら、ニョロリチョコあげるから」


 自分以外の三人、特に寄り添って座る妖精族の少年と狼獣人族の少女のカップルから並々ならぬ強い視線で見つめられた連夜は、頭をかきながらズボンのポケットに手を伸ばすと、その中から一口サイズのチョコレートを取り出して、そっと二個ずつ二人に握らせる。


「わ~い、ありがと~。って、小学生じゃあるまいし、こんなもんで誤魔化される奴がいるかあっ!!」


「もぐもぐ、チョコレート大好き。クリス、いらないなら、私にちょうだい」


「すぐ側にいたわぁっ!!」


 ちっちゃなチョコレート一個で完全に誤魔化されている恋人の姿を見て、膝をついてがっくりと項垂れる妖精族の少年クリス。

 

「よかったら、『チョッキー』もあるし、『マッシュルームの丘』や『ピットハット』もあるよ」


「わ~い、ちょうだいちょうだい」


「ちょっ、おまっ、アルテミス!!」


「ちょこれーといっぱいで幸せ~」


「も、もういいわ」


 連夜のスラックスのポケットから次から次へと出てくる様々な種類のチョコレート菓子を受け取った狼獣人族の少女アルテミスは、幸せいっぱいという表情でそれらの封を開けると、大きな口に放り込んでバリバリむしゃむしゃと食べ始める。

 普段は必要以上に大人びて物静か、冷静沈着で何があっても動じない、昔の野武士のような性格の白銀の美狼。

 しかし、そんな頼れる相棒にして最愛の恋人にもいくつか弱点がある。

 その中の一つが、甘いお菓子だ。

 そう白銀の美狼はスィーツが大好物、中でもチョコレートは大好物中の大好物であり、これを使ったスィーツが絡むと途端にどこにでもいる普通の女の子にもどってしまう。

 クリスにしてみれば頭の痛いところであるのだが、これまで自分が彼女にかけてきた苦労を思い返すとあまり強くも言えず、苦虫を噛み潰したような表情で嘆息すると、肩を落としながら小さく呟くのだった。

 

「また太っても知らんし、ダイエットにも付き合わないからな」


「太らないもん。ちゃんと運動してるから大丈夫だもん」


「ぜって~、あとで体重増えたって大騒ぎするくせに。あ~、もう、なんだその口は。チョコレートで真っ黒じゃないか。食べるなとは言わないからもっと奇麗に食べろよなあ」


 にこにこと満面の笑顔でチョコレートを頬張る恋人の顔をしばらくの間どうしようもないという風に見つめていたクリスだったが、やがてもう一つ嘆息すると、ポケットから奇麗なハンカチを取り出してチョコレートまみれになってしまったその口の周りを優しく拭いてやる。

 そんな最愛の恋人の優しい気遣いにしばらく成すがままになっていたアルテミスであったが、やがて感極まったように小さなクリスの身体を引き寄せて抱きしめる。

 そして、自分の腕の中にある小さな顔を嬉しそうにぺろぺろと盛大に舐めまくるのだった。


「えへへ、ありがと、クリス。大好き」


「ちょっ、アルテミスやめろって、そのチョコレートまみれの舌で俺の顔をなめるんじゃない」


「相変わらず仲がいいねえ、二人とも。うちの両親に匹敵するバカップルぶりだよ」


 呆れたような、しかし、どこか嬉しそうな表情でしばらく二人のことを見詰め続ける連夜。その瞳は目の前の二人の恋人達の姿を映していながら、同時に過去の何かを映しているようでもあったが、やがて、二つほど頭を振って表情を改めると、横に立って自分のことを黙って見守ってくれている頼れる友人の方へ視線を移し直す。


「さて、冗談はこれくらいにしておいて、そろそろ本題に入ろうか。ごめんね、フェイ、待たせちゃって」


「いや、構わないさ。久々にいろいろと面白かったしな」


「あはは、そりゃよかった。お~い、クリスとアルテミス。仲がいいのは大変結構だけどさ、そろそろこっちに注意を向けてくれないかな」


 連夜がパンパンと両手を何度か合わせ乾いた音を響かせ、それに気がついたクリスとアルテミスが顔を連夜達のほうへ改めて向ける。


「注意を向けてくれも何も、おまえのせいでこうなってるんだろうが。だいたいなんで、人の恥ずかしい過去をべらべらとしゃべっているんだよ」


「だって、久々に会いに来てみれば、二人して給水塔の上で仲良くぐ~ぐ~寝ているんだもん。起こすのもかわいそうだし、だからといってぼ~っとしてても暇だから、君達のことをフェイに先に説明しておこうかなと思って」


「いや、もうちょっと他になにかあるだろうが!! よりによって一番恥ずかしくて人に聞かれたくない話をおまえ。ってか、そもそもそっちの奴はいったい誰だよ?」


 怪訝そうな表情で連夜の横に立つ朱雀族の少年フェイを見つめるクリス。

 そのクリスの言葉に得たりとばかりに連夜は頷きを返す。


「そうそう、そのことなんだよ。今日はフェイを君達に会わせたくて来たんだよね。改めて紹介するね、フェイ。一年前、僕と一緒に死地を潜り抜けた戦友のクリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルドと、その恋人で今年九月にクリスと結婚する予定になっているアルテミス・ヨルムンガルド。二人のご両親であるロボ・ヨルムンガルドさんとブランカ・ヨルムンガルドさんは『外区』でのサバイバル術の僕の師匠でね。その関係でクリスやアルテミスとも知り合ったんだ。クリス、アルテミス、こっちは僕の小学校時代の友達の(ルー) 緋星(フェイシン)


(ルー) 緋星(フェイシン)だ、よろしくな。ボクのことはフェイと呼んでくれ」


 連夜の紹介の後、かすかに微笑みながら左手を差し出すフェイ。

 しかし、クリスとアルテミスは、ぽかんと口を開けたままでその握手に応じようとはせず、何か信じられないものを見るかのように連夜とフェイを交互に視線を移動させ続ける。


「あ、あのさ、クリスもアルテミスも。フェイはきちんと挨拶しているのに、スルーって。それはないんじゃないの?」


 なんともいえない気まずい表情で連夜が二人に注意するが、それでも当事者達はまだ握手に応じようとせず、視線を連夜とフェイに交互にいったりきたりとさせていたが、やがてアルテミスのほうが先に我に返って連夜に問いかける。


「あ、あの、連夜」


「ん、何?」


「い、今その子のことを『友達』って言った?」


「うん、言ったけど」


「「えっ、えええええええっ!?」」


 狼獣人族の少女が恐る恐る口を開いて問いかけてくるのに対し、あっさりと首を縦に振ってこたえる連夜。

 その返事を聞いたクリスとアルテミスは、まるでありえない答えを聞いたかのような悲鳴をあげるのだった。


「き、聞いた、クリス!? 連夜、今『友達』って言ったわよね!?」


「あ、ああ、聞いた。ってか、一瞬聞き間違いかと思った」


「何回か話には聞いたことあるじゃない、ほら、『通転核』にいたときに地元の不良を相手にして、一緒に暴れまわっていたことがある二人の『真友』の話とか」


「うんうん、あと、ちっちゃいときに、連夜が迫害対象の人間族だってことがわかっても何も変わらないまま『友達』でいてくれた二人の『心友』の話とかな」


「いや、二人とも驚きすぎじゃない?」


「「全然驚きすぎじゃないわっ!!」


「うわっ!!」


 呆れたように口を開く連夜に対し、クリスとアルテミスは物凄い真剣な表情で反論し、そのあまりの激しい剣幕に連夜は思わずのけ反って給水塔から落ちそうになる。

 しかし、その様子を黙って横で見つめていたフェイがすぐに反応して連夜の身体を支え事なきを得たが、流石の連夜もちょっと焦ったようで、大きく胸を上下させながら非難の目を二人に向けるのだった。


「あぶな~、あやうく給水塔から落ちるところだったよ。フェイ、ありがとね」


「気にするな。君を守るのはボクの役目だからな。これくらい当然だ」


「えへへ、ありがとね。それにしても、二人とも大袈裟すぎるって」


 危ないところを助けてくれた赤毛の少年に嬉しそうにぺこりと頭を下げたあと、連夜は顔をしかめてクリスとアルテミスのほうに向きなおる。

 しかし、二人は困惑した表情を浮かべたままで、やはり連夜とフェイの顔へと交互に視線をいったりきたりさせ続けている。


「いや、今のに関しては謝るが、俺達が驚いていることに関しては全然大袈裟でもなんでもねぇぞ。な、アルテミス」


「え、ええ、本当にそうよ。だって、私もクリスも、あなたから『友達』を紹介されたことなんてただの一度もないのよ?」


「な~に言ってるのさ。そんなことあるわけが、あれ? あれあれ? そうだっけ?」


 二人の言葉を笑い飛ばそうとした連夜であったが、自分でも思い当たるところがあるのか、両腕を組んで首をひねり始める。


「この学校におまえの『通転核』時代のダチが一人いることは知っているけどよ。未だに会ったことねぇしな」


「いや、紹介したくないわけじゃないんだよ。ボクだって二人を会わせたいけどさ、会わせようとしたときに限ってどちらかがいないだもん。ロムは『外区』の仕事、クリスは実家の手伝いで、学校サボってばかりなんだもんなあ。今日は、一応、クリスが唯一まともに授業を受けている『工術』の授業がある日だから絶対学校に来てるってわかってはいたけどさ、いざ教室に行ってみたら案の定いないし。クラスの人達に聞いたら『工術』の授業が終わったあと姿を消したっていうから、帰っちゃったんじゃないかって焦ったよ」


「だってさ、一般教養の授業はかったり~じゃん。数学とか全然わかんねぇもん。それに俺、大学行く気ないし。高校卒業したら親父の跡を継ぐつもりだから、卒業できる程度に単位取れればいいよ」


「その気持ちはわかるけどさ。僕もそれに近いスタンスでいるから、『人』のこと言えないんだけど。この学校で教えてくれている授業内容のほとんどって、僕もクリスも他の師匠のところで既に学んでいる内容ばっかりだもんね」


「だろ~? 聞いているのがあほらしくてさ~。まあ『工術』はさ、この都市でも屈指の名工の一人である万理・ラオム先生が教えてくれるから、真面目に出てるけど、ほかの授業はなあ。ラオム先生以外でまともに聞けるような内容の授業をやってるといえば、図書館の主エンキ・ドード卿、おまえのクラス担任のティターニア・アルフヘイム嬢、特別体育で『護術』の応用の仕方を教えてくれているヘイムダル・ミッドガルド氏くらいか。他のは、あのアホ教頭の息のかかった教職免許もってるだけの木偶ばっかだろ? もうやってられないからすぐに帰ろうと思ったけどさ、すぐに帰ると授業さぼってることが親父たちにバレて大目玉くらっちまう。しょうがないから放課後まで寝てようと思ってここにフケてきていたんだよ」


「うん、まあそうかなと思って教室に行ったあとすぐにこっちに来たんだけどね。そしたら、見つかったのはよかったけどアルテミスと抱き合って仲良く寝てるんだもん」


 なんとも言えない呆れ果てたと言わんばかりの口調、しかし、その表情、視線は口調とは裏腹にひどく優しいもので、その視線を受けたクリスとアルテミスは真赤になった顔を急いで背ける。


「お、大きなお世話だっつ~の」


 照れ隠しのつもりなのだろうか、ぶっきらぼうな口調で連夜に言い放つ妖精族の少年だったが、そんな彼を奇麗に無視して連夜は隣に座る狼獣人族の少女に問いかける。


「よかったね、アルテミス。今、幸せかい? クリスは優しくしてくれてる?」


「うん、ありがとう連夜。とっても幸せよ。昨日も寝る前にクリスがね」


「うああああああっ、ちょっ、待て待て待て、アルテミス、余計なこと言うなってば!! そ、それよりも、連夜の『友達』の話だろ」


 連夜の話の流れで物凄いプライベートな内容を口にしようとした白銀の獣毛の恋人に組みついたクリスは、大慌てで話を元に戻そうとする。

 抱きついてきたクリスの小さなを身体をやんわりと受け止めながら、きょとんとした表情で腕の中の恋人の顔を見返したアルテミスだったが、すぐに話が脱線していたことに気がついて、クリスの言葉に大きく首肯する。


「あ、ああ、そうだわ、そうだったわね。連夜、本当にその朱雀族の子はあなたのお『友達』なの」


「そそ、さっき二人も言っていたじゃない。小学校の頃に僕と仲良くしてくれていた『友達』が二人いたって。そのうちの一人がフェイなんだ」


 連夜の言葉を聞いた二人は、何かを納得したような表情で顔を見合せて頷きあうと、フェイのほうに同時に視線を向ける。


「そうか、そういうことか。おまえさんがそうだったのか。だったら連夜が『友達』っていうのもわかる」


「連夜から話は聞いているわ。私達の大事な義兄弟と仲良くしてくれて本当にありがとう」


「大袈裟だな。そもそも子供の頃の話だし、つい最近まで、ボクは連夜が幼き頃に一緒に遊んだ友だと気づかなかったんだ。そんな言葉をかけてもらえるような立場じゃない」


 お世辞ではない、心からとわかる二人の言葉に、思わず赤面しながらぶんぶんと首を横に振ってみせるフェイ。

 しかし、そんなフェイの態度に二人はますますその微笑みを深めて言葉を紡ぐ。


「おまえは知らないかもしれないが、連夜は誰かを紹介するにあたって軽はずみに『友達』という言葉を使わない。『知り合い』、『幼馴染』、『クラスメイト』、まあ、大概はどれかで、呼び方はいろいろとあるけどどれも似たようなもの。いずれも連夜の中ではそれらの存在は軽い。だが、『友達』だけは違う。それは連夜にとって『友達』という存在が、『家族』や『兄弟姉妹』同様に特別な絆と縁を感じる大事なものだからだ」


 そう言った後、クリスとアルテミスはその場に立ちあがり、眼下の運動場で体育の授業を行っている生徒達のほうに視線を向ける。


「見ろよ、この学校で勉学する生徒達の姿を。たった一クラスだけでも、二十種類以上もの種族の者達が同じ場所で日々を暮らしている。だけどよ、これだけの数の種族の者達がいるっていうのに、『人間』っていう種族を差別しない種族は本当に少ないんだ。『人間』と同じ立場にある下級種族の者達の中にですら、『人間』にだけは色眼鏡を外そうとしない種族まであるくらいだ。それだけ『人間』っていう種族への迫害は厳しいものがある」


「一応この都市で、そういった差別はご法度ってことになってるわ。でもね、閉鎖された学校という空間の中では平然とそういう行為が行われているし、それが当り前のように罷り通っている。そんな中で、連夜が赤の他『人』を信頼なんてできると思う? 私だったら、すべての生徒が敵に見えて、一日ももたずに自主的に退学する道を選ぶ」


「でも、連夜はそんな中で生きている。この厳しい環境を自分を鍛えるための修行場と考えて日々を生き抜いているんだ。そんな連夜が『友達』という言葉を使ったんだ」


「つまり、連夜はあなたにそれだけの価値を感じているってこと」


「つまり、連夜はおまえにそれだけの価値があると俺達に伝えているってことだ」


「私や」


「俺と」


「「同じ存在なんだって」」


 再びフェイに視線を戻したクリスとアルテミスは、それぞれ左右から歩みよると、フェイの左手と右手をそれぞれ自ら取って固く握手し微笑みかける。


「改めて自己紹介させてもらう。俺の名はクリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルド。連夜の義兄弟にして『戦友』。連夜から聞いたかもしれんが、生まれは妖精族だが、俺を拾い育て戦士にしてくれたのは狼獣人族で、今の俺は彼らと同じ一族だと思っている。そう思って接してれると嬉しい。よろしくな」


「私はアルテミス・ヨルムンガルド。一応クリスとは乳姉弟ってことになるのかしら。今は内縁だけどこの『人』の妻みたいなことをやっているわ。九月には正式に妻になるわけだし、そう思って接してくれると嬉しいかな。よろしくね」


「あ、ああ、あの。ボクに君達がいうそれだけの価値があるかどうかわからいが、二人ともよろしく」


 やんちゃな美少女といった風貌の妖精族の少年が握る左手とは激しく、白銀の獣毛が美しい大柄な狼獣人族の凛とした少女が握る右手とは静かに握手を交わし、フェイはなんとも言えない複雑そうな笑みを浮かべる。

 すると、二人はゆっくりと首を横に振って似たような深い笑みをフェイに向ける。


「『其のものいかなる苦難の前にも逃げることなく『共』に『立』ち、いかなる障害が立ちはだかろうとも『友』の『太刀』となって其を切り裂き進む者、故にそのものを『ともだち』と呼ぶ』、連夜がいう『友達』とはそういう者なの」


「それは俺達に『害獣』との戦い方を教えてくれた連夜の父上である宿難老師が、教えてくれた言葉」


「多分あなたは、連夜と共に歩む覚悟を決めたんでしょ? だからこそ、連夜は私達のところにあなたを連れてきた」


「いや~、覚悟を決めたというよりも、もう結構ド派手な何かをやっちまったんじゃねぇか? そこのフェイが連夜とツルんでいるってことが大々的にこの学校に広まってしまうような何かをさ」


「そうなの、連夜?」


 美少女顔には全然似合っていないニヒルな笑みを作る恋人の言葉を聞いたアルテミスは、フェイの横に佇む黒髪黒眼の人間の少年のほうに視線を向ける。

 すると、そこには物凄く困り果てたといわんばかりに乾いた笑みを浮かべた連夜の姿が。


「あは、あはははは。わ、わかっちゃう?」


「わからいでか。で、何、やらかしたんだ?」


「今日の昼休みにね、一年生とちょっとしたレクリエーション活動を」


「いつものことじゃねぇか? いつもどおりに片づけたんだろ?」


「うんまあ、結果から言うとそうなんだけどさ、そのときにフェイに手伝ってもらっちゃってね。まあ、多分そのことがすぐに広まっちゃうだろうなと」


「ほほお、珍しいな、おまえが誰かの手を借りるなんて。それならそれでいつもどおりに口を封じてしまえばよかったんじゃねぇのか? おまえなら一人でやったことにできるだろ?」


「いや、それがね」


「ボクがそれをやらせなかった」


 今までずっと黙って二人の話を聞いていたフェイが割って入る。

 連夜は、フェイに対して何かを言おうとしたが、決意に満ちたその表情の前に結局何も言うことができず、苦笑を浮かべて口をつぐむと、クリスに会話の交代を視線で告げ、フェイに一つ頷いて見せる。

 フェイは連夜の無言の了承を確認すると、静かに口を開いて自分の想いを語り始めた。


「これまで連夜は、自分の大事な人達を巻き込まないために、ずっと一人で抱え込んできた。抱えこんで自分一人で解決してきた。どれだけ自分が傷つこうともだ。だけどこれからは違う。ボクが連夜を守る。少なくとも学校にいる間はずっと連夜の側にいて、連夜を守る」


「連夜から『死んだフリ』してろって言われなかったのか?」


「言われなかった」


「連夜?」


「言って聞くような『人』なら言ってるってば。でもねえ、フェイは僕の『友達』の中で一番聞きわけが悪い頑固者なんだよねえ。しかも、幸か不幸かボクと同じクラスだし、どのみちフェイと僕が親しくしていることはすぐにバレることになるだろう。それにさっきフェイが言っていたけど、これからはボク一人が絡まれて済む問題じゃなくなるだろうしね。なんせ、フェイは昔から一度口にしたことは絶対に実行する『人』だから」


「勿論だ、ボクが誓った。ボク自身に誓った。だから、絶対に誓いは破らない。聞こえないフリも、見えないフリも、そして、『死んだフリ』もしない。絶対にだ」


「ほらね?」


 心底呆れたと言わんばかりの表情、しかし、そのわざとらしい表情の中に隠された本当の気持ちがわからない愚か者はここには一人もいなかった。  

 

「いずれ、僕一人じゃフォローしきれないことがでてくる。フェイは僕よりもはるかに強い、あの剣児と正面から殴り合いができるほどだからね。だけど、純粋すぎるし実直すぎる。『人』が持つ底がない深い深い悪意と戦う方法についてはほとんど知らない」


「だから、俺達のところに来たってわけだ」


「ごめん」


「なんで謝る。というか、いずれこういう日が来るとは思っていたさ。いや、違うな。来る日を願っていたよ。で、俺達の元にフェイを連れてきたってことは、俺達の『死んだフリ』ももう終わりってことでいいんだよな、『義兄弟(ブロウ)』」


 ニヒルな笑みを消したクリスは、今までにない真摯で真剣な表情、瞳で連夜を見つめ、アルテミスもまたそれに倣う。

 何かを覚悟した強い決意、強い想い。

 そんな四つの瞳に見つめられ、連夜はバツが悪そうに顔を背けると、ポリポリと頭をかく。


「ご、ごめんね。二人とも。できれば卒業まで『死んだフリ』を続けてほしかったし、君達を巻きこみたくなかったけど」


「あほうっ。つまらねぇこと言うなって。こっちはずっと待ってたつ~の。戦闘態勢をとったままでずっとずっと、おまえが腹をくくるの待ってたつ~んだよ。なのに一年以上も待たせやがって」  

 

「そうよ、連夜。やっと私達を頼ってきてくれて本当に嬉しいわ。それにフェイくんは誠実で頼りになりそうな『人』みたいだし。本当によかった」


「クリス、アルテミス。ごめん、それから、ありがとう」


 予想以上に頼もしい二人の言葉を聞いて、思わず瞳を潤ませる連夜。

 そんな連夜に近づいたクリスは、連夜の身体を引き寄せてがっしりと抱きしめると、その背中を思いきりバンバンと叩き、アルテミスはその鼻面を連夜のほっぺになすりつけながら目を細める。  


「だけど、結局一年もの間、誰一人として現れなかったのね。連夜と『友達』だって、正面切って言い切れる覚悟を持った『人』が」


「上級種族で、一族を始めとする取り巻きに守られている奴らなら何人かいるけどな。けどよ、そういう奴らは、土壇場でどう掌を返すかわからねぇ。本人自身はそうじゃなくても、周囲はそう思ってないってことはよくあることだ。いま思い出したけどよ、フェイってどっかの喧嘩馬鹿としょっちゅうやりあってるんだよな? なら、そこんとこよくわかってるんじゃないか?」


「ああ、そうだな。本当によくある。よくあることだ」


 クリスが言いたい相手が誰のことなのか瞬時に悟ったフェイは、深く頷いてみせる。


「実際ボクは何度か闇討ちを受けたことがあるよ。あいつの同族は目立つからな、すぐにわかる。まあ、あいつの指示じゃないんだろうが、取り巻きどもからしてみれば、ボクは大事な後継者様の周囲をうろつく目障りなハエなんだろう。排除したかったんだろうね」


「そう言うやつらは信用できねぇからなぁ。気を許した途端、後ろからバッサリなんてよくある話だ」


「まったくだ。なのに、連夜ときたら奴らに気を許しすぎだ」


 クリスとフェイの二人から意味深にジト目で睨みつけられた連夜は、冷や汗を流しながら気弱に笑い返す。


「あはは。ま、まあ、彼ら自身はそれほど悪い『人』じゃないからさ。と、言っても油断はできないけどね」


 最後の部分で急に表情を改めて真剣な口調でぼそりと呟く連夜。

 それぞれが思い当たるところがある他の三人は、それぞれの理由から連夜に頷きを返す。 

 先程と変わらぬ爽やかな風が四人の間を吹き抜けていく。 

 しかし、四人は四人ともよくわかっていた。

 風はどこまでも自由であり、どこまでも気まぐれであることを。

 いま、ここで吹いている風が爽やかで人に快いとしても、一歩先ではどうなっているかは誰にもわからない。

 風は、いとも簡単に嵐へと変わるのだから。

 四人は四人とそれぞれの想いでしばらくぼんやりと空を見上げて頬にあたる風を感じていたが、やがて、その視線をお互いへと向け直す。


「さて、それじゃあ、明日からのことを打ち合わせるのも兼ねて親睦会といくか。『ルートタウン』に焼き肉のいい店があるんだよ。『行列ビビンバ』っていう店なんだけどさ、親父さんが砕けた『人』でよ、たまに酒も飲ませてくれるんだよなあ」


 ニヤリと笑いながらさらりととんでもないことを言う、クリスを呆れたように見つめる連夜とアルテミス。


「おいおい、未成年なのにお酒飲んだらダメじゃん」


「そうよそうよ。だいたいクリスあんまりお酒強くないじゃない。すぐにひっくり返るくせに」


「白けるこというなって。フェイも酒飲めるだろ?」


「キライではない。というか、どちらかというと好きだし、焼き肉はもっと好きだ」


「話せるねぇ。行こうぜ、行こうぜ」


 やたら意気投合してしまったクリスとフェイは肩を抱きながら早速歩きだしてしまうが、その背中に連夜が声をかけて止める。


「あ、ちょっと待って、ごめん。明日にしてくれないかな。今日はこれから『人』と会う約束があってさ」


「なに? マジかそりゃ。う~~ん、残念だな」


 言葉だけでなく本当に残念そうに唸るクリスに、連夜は申し訳なさそうに合掌して謝って見せたあと、給水塔の梯子があるほうに向かって歩き出す。


「ごめんね~。明日、僕が奢るから許してよ。今日の用事だけはちょっと外せないんだ。まあ、そういうことで僕はここで失礼するね」


「そっか、じゃあ、また明日な。フェイはどうするんだ?」


「これから授業にもどっても、あと十分ほどで終了だしな。それよりも、一年前の『害獣』討伐の時の話をもっと詳しく聞かせてくれないか? 折角当事者の英雄がいるのだから、直にその話を聞いてみたい」


「おいおい、やめてくれよ。英雄なんて柄じゃないぜ。それよりもなんの話が聞きたいんだ?」


「それはもちろん、『害獣』討伐後の森の中で何があったのかだが」


「「そ、それはもういいのっ!!」」


 羞恥心に満ちた絶叫が放課後間近の屋上に響き渡る

 そんな賑やかな声の聞こえるほうをちょっと振り返った連夜は、なんとも言えない嬉しそうな笑顔を浮かべてしばし見つめたあと、扉を開いて屋上から静かに出て行った。 


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