第五話 『心友と戦友と』 その2
一喝しながら姫子達の間に割って入ったその人物は、連夜を拘束していた彼女達の腕を素晴らしい技量でふりほどく。そして、自由になったものの、半分意識を失って倒れ込もうとする連夜の身体を捕まえて支え、そっと自分の後方へと避難させるのだった。
「け、剣児」
「兄上」
自分達から連夜を奪い取った人物の正体を知った姫子と瑞姫は一瞬茫然とした表情を浮かべたが、すぐに怒りのそれへと変化させて彼を睨みつける。しかし、目の前に立塞がる『人』物は、二人以上の怒りの炎をその瞳に燃え上がらせて更なる一喝を二人に放つ。
「つべこべ言う前に連夜の姿をよく見てみやがれ、このクソ馬鹿コンビ!! こんなによれよれになるまで弱らせるのが、てめぇらの好意ってやつなのか!? それともあれか、自分達は超絶的な美人だから、多少無茶やっても許されるってか!? ふざけんじゃねぇし、思いあがるのも大概にしろや!!」
今まで見たことがないくらいに本気も本気。宿敵であるフェイとタイマンを張る時でもここまで本気の怒りを見せたことがない剣児が二人の妹に見せるのは、地獄の業火にも似た大激怒。それを真正面から炸裂させられた二人は、その強大な気迫にしばし圧倒されて声を出すことができず、銅像のようにその場に固まってしまう。そして、その後なんとか自分を取り戻した二人は、剣児の後ろに匿われている連夜のほうに視線を向けてまたもや固まってしまう。そこには剣児の言葉通りにぼろぼろに弱ってしまった連夜の姿。
誰のせいでそうなってしまったかは確認するまでもない。二人は美しい顔をくしゃりと歪ませて連夜のほうに静かに頭を下げる。
「す、済まぬ連夜。ま、また私はやってしまったのか。本当に申し訳ないことをした」
「ご、ごめんなさい、宿難くん。一番冷静にならなければいけない立場にいるというのに私はなんということを」
「いやいや、謝らなくてもいいよ。別になんとも思ってないから。ああ、それから剣児、ありがとうね。助かったよ」
まだ回復しきっていないため、顔色はまだ青いままであったが、連夜はそれでも二人に笑顔を向け片手をひらひらさせてみせ、その後すぐ前に立つ剣児にぺこりと頭を下げて礼を言う。すると、剣児はそんな連夜の姿を痛々しそうに見つめた後、すぐにまた怒りの表情を浮かべて二人の妹達と、そのお付きの少女達へと向ける。
「礼なんかいい。それよりも朝も言ったが連夜は甘すぎる。そんなんだからこいつらは思いあがって自分達は何をしてもいいなんて勘違いをするんだ。だいたいこうなった原因があまりにもくだらねえ。連夜とフェイシンが恋人同士だと? そんなことあるわけねぇだろ!!」
「た、確かに私が思いあがっていたことに関しては間違いない、そこに対しては素直に謝る」
「それに宿難くんにひどいことをしてしまったことも間違いない事実、それに対しても謝ります。しかしですね!!」
「そうじゃそうじゃ、連夜とフェイシン殿が手と手を握りあって見詰めあっているのを見たら・・」
「そうですそうです、誰だってただならぬ仲に違いないって思います!!」
「黙れ!! おまえら、いったい普段から連夜の何を見ていたんだ? そもそもおまえらだって手を握ったり顔を近づけたりしょっちゅうやってるじゃねぇか!!」
「そ、それはその、大切な幼馴染だし」
「そ、それにその、大事なお友達ですし」
「じゃあ、フェイシンは連夜の友達じゃねぇとでも言いたいのかよ? バカタレ!! 連夜はそんなやつじゃないってことはおまえらが一番よく知ってるだろうが!!」
「「仰る通りです」」
未だに怒りが冷めぬ実兄に対し、なんとか言い訳しようとする姫子と瑞姫。非常にちゃらんぽらんで大雑把でいい加減な性格をしている実兄のことを嫌というほどよく知っている二人は、すぐに事態を有耶無耶にできるだろうとタカをくくっていたのであるが、ところがどっこいさにあらず。剣児は二人の苦しい言い訳を、いつにない真面目でまともな言葉で返り討ちにしてしまうのだった。二人は素直に頭を下げながらも、今まで見たこともない実兄のまともな様子に大いに驚きながら顔を見合わせる。
(け、剣児の奴どうしてしまったのじゃ? なんかいつになくまともなことを言っておるが)
(ほ、本当ですわね。ひょ、ひょっとして今までお馬鹿のフリをしていただけなのでは? 『能ある鷹は爪を隠す』と申しますし)
(ふ~む武術の腕だけならそういうこともあるかもしれんが・・しかし、剣児じゃぞ? 奴の性格から言ってそんなこと本当にあると思うか?)
(いえ、自分で言ってて、それは流石にないな~って思っていました)
(じゃよな~。剣児じゃからな~)
頭を下げて顔が見えない状態でこそこそと内緒話をしていた姫子と瑞姫であったが、やがて自分達が出した結論に憂いを帯びた大きく深い溜息を吐きだす。するとその様子に気がついた剣児が、再び眦を吊り上げて二人に怒号を浴びせ、二人は一斉に身体を縮ませる。
「何をごちゃごちゃ話してやがる。おまえら全然反省してないだろ!? 連夜のことをこんなにしておいて、全く反省の色が見えねえ!!」
「「ご、ごめんなさい」」
「け、剣児くん、ちょっとヒートアップしすぎよ」
「そうだぜ、剣児、ちょっと落ち着けってば」
「剣児くんらしくありません。お友達が大事って気持ちはわかりますけど、姫子さん達も悪気があってしたことじゃないんですから」
激しい怒りを一向に鎮めようとしない剣児の姿に、たまらず彼のことを慕う三人の美少女達が割って入る。そして、口々に剣児に声をかけ彼の怒りを鎮めようとするのであったが、剣児は怒りを鎮めるどころか益々その怒りのボルテージをあげていってしまう。
「悪気がなかったら何をしてもいいっていうのかよ!? そもそも、なんで連夜とフェイシンが恋人同士だなんて、とんでもない勘違いするんだよ!? 絶対納得できねぇ!!」
「だから、それについては本当に申し訳なかったと言ってるじゃろうが」
「いいや、謝ったからって終わりって問題じゃねぇ!! よしいいか、ここではっきりさせておくぞ!!」
「何をはっきりさせるというのですの? というか、兄上先程からいったい何をヒートアップされていらっしゃるのですか? いくらなんでも怒り過ぎではございませんか?」
「これが怒らずにいられるかっていうんだ。いや、そんなことはどうでもいい。そんなことよりも、姫子、瑞姫、はるか、ミナホ、それに教室にいる他の連中もちょっと俺の話を聞いてくれ!! まず連夜はフェイシンと恋人同士じゃない!! 二人がそういう関係じゃないってことは連夜の幼馴染で、フェイシンの宿敵である俺が一番よく知っている。だから、これを真に受けて変な噂を流さないでくれ、頼む!!」
真摯な表情で、しかし、物凄い威圧感を放ちながら剣児が周囲を見渡すと、それを聞いていた生徒達は怯えたように一斉にこくこくと頷きを返す。それを確認した後、剣児は尚も言葉を続ける。
「それから、姫子と瑞姫が少々はしゃぎまわっていたようだが、これも連夜と特別な関係にあるわけじゃない。二人とも連夜とは兄妹のように接しているだけで他意はない。そこも勘違いしないでやってくれこれだけひどいめにあわされておいて、さらに嫉妬に狂った姫子と瑞姫のファンクラブの連中に連夜が襲撃でもされたらかわいそうでみてられん」
一瞬剣児の言葉に反論しようと口を開きかけた姫子と瑞姫であったが、最後の下りで見事に撃沈。自分達も薄々そうなる可能性があると気がついていただけに余計にがっくりと落ち込んでしまう。そんな姫子達と対照的に、フェイに介抱されながら剣児の演説を聞いていた連夜はほっとした表情を浮かべて見せる。
なんせ、つい先程も姫子達にご執心という不良グループに襲撃されたばかりなのだ。ある程度はもう慣れてしまったが、それでもまたさらに敵が増えるというのは歓迎できない。
「ふ~む、物凄い女たらしで、普段いい加減で調子のいいことしか言わない奴が珍しくまともなこと言ってるな」
「あはは。でも、剣児にああ言ってもらえると助かるよ。ただでさえ、姫子ちゃん達のファンって全学年に存在していて、物凄い数がいるからなあ。不良達みたいに目に見えて敵対してくれると対処できるけど、いかにも敵ではないって顔して、隠れてこそこそやられると本当に始末に負えないもの。姫子ちゃん達や現生徒会長ほどじゃないけど、なんだかんだ言って剣児も結構な有名人だからね。その剣児がああ言ってくれるだけでも、僕と姫子ちゃん達がそういう関係じゃないって、ある程度広まると思う」
「なるほど。馬鹿でも使い道はあるもんだな」
弱った連夜に手を貸してそっと椅子に座らせてやりながら、フェイは目の前に立つ宿敵の背中をなんともいえない複雑な表情で見つめる。いつもいつもふざけたことしか言わない宿敵の姿を見ている為、珍しくまともなことを言っているその姿が違和感ありありで戸惑ってしまっているのだ。
そんなフェイの複雑な視線に気がついているのかいないのかわからなかったが、ともかく剣児は今まで以上に熱の籠った大声で言葉を続ける。
「いいか、あと一つだけみんなに言っておくことがある。これが一番大事なことだから、頼むからよく聞いてくれ。連夜は、連夜はなぁ!!」
剣児はそこまで言った後、一旦言葉を切り、その熱い視線を見せつけるようにして周囲にいる『人』々を見つめて行く。姫子を、瑞姫を、はるかを、ミナホを、自分を慕う三人の美少女達を、教室のクラスメイト達を、そして、自分の宿敵であるフェイを見つめ、最後にきょとんとしている連夜に視線を移す。そして他の者達に向けていた以上の時間をかけて熱く連夜の姿を見つめた後、剣児は自分の心の内にひた隠しにしてきた熱い想いの全てを全力全開でぶちまけるように絶叫した。
「連夜は・・連夜は俺の嫁だああああああっ!!」
心の底の底、一番奥にあるところから絞り出すようにして放たれた魂の絶叫が教室中に響き渡り、その声、その言葉を聞いた者達は一瞬にして凍りつく。まるで伝説の魔王『メデューサ』の石化視線を浴びてしまったかのように、教室にいる者全てが絶叫を放った人物のほうを向いて固まってしまっていた。
連夜が、フェイが、姫子が、瑞姫が、はるかが、ミナホが、剣児を慕う三人の美少女達が、その他のクラスメイト達が、そして、午後の授業を始めようとちょうど教室に入って来ていた担任のティターニア教諭までもが、あまりにもくだらない、くだらなさすぎる、これ以上くだらないことはないというくらいの衝撃によって完全無欠に『埴輪』になってしまっていた。
そんな教室の様子をなんとも言えない満足そうなドヤ顔で見渡した剣児は、後ろを振り返ると不機嫌そうにも見えるし照れている様にも見えるし、どこか嬉しそうにも見える。そんな表情を浮かべて連夜へと近づくと、そっとその手を両手で取って握りしめる。そして、ショックのあまり『埴輪』になったまま立ち直れないでいる連夜に、気持ち悪いくらい優しく真摯な口調で語りかけるのであった。
「連夜。俺、絶対おまえを幸せにするからな」
目の前の幼馴染とはそこそこ長い付き合いがあるが、そんな連夜でも今まで一度として聞いたことがないくらい、真剣で誠実さのこもった声。いや、それは連夜ばかりではない。同じ一族内で付き合いのあるはるかやミナホも、生まれたときから一緒にいる実の兄姉妹である姫子や瑞姫も、剣児と恋愛関係にある三人の美少女達ですら、そんな声は一度として聞いたことがない、そんな声。
本人にすればこれ以上ないくらい真剣な気持ちから出た言葉なのであるが、それだけにその声、その気持ちは、その場でそれを聞いてしまった関係者全ての何かへと一斉に火をつける。『埴輪』になって固まっていた一部の者達は己の内に宿った小さな火を起爆剤にして一瞬にして巨大な闘志の炎へと変化させると、その力を以て自身を縛る呪縛を打ち砕く。そして、ゆらりと身体を揺すりながらスカートのポケットの中に手を突っ込むと、なんのために持っているのかわからない禍々しいカイザーナックルを取り出してそれぞれの利き腕の拳に装着。
ぶるぶると震える己の拳を確認した後、彼女達は示し合わせたかのような絶妙なタイミングで一斉に連夜と剣児の間合いへと踏み込む。これ以上ないくらいに無駄のない動き。流れるように優雅に、しかし、空を賭ける稲妻のようなスピードで、相手の懐へと飛び込んだ怒れる女神達は、地面そのものが踏みぬけるのではないかと思えるほどの力で最後の一歩を踏みこむ。そのときになって剣児は初めて自分自身に迫る危機に気がついた。目の前の少年に想いを告げることに必死でそれどころではなかったのだ。
剣児は、目をいっぱいに見開きながら自分に迫る女神達にフレンドリーな感じに声をかける。
「いま、忙しいから後にしてくれないかな?」
ブチッ。
いろいろと何かがキレる音が教室に鳴り響き、そして、最後の審判の時が訪れる。
『いっぺん死んでこ~~い!!』
「くぅぅぅぅぅるまだまさみぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
姫子、瑞姫、はるか、ミナホ、剣児と恋愛関係にある三人の美少女達、そして、クラス担任のティターニアが渾身の一撃で放った見事なコンビネーションアッパーをまともに食らうことになった剣児は、意味不明の絶叫をあげながら仰け反るようにして宙を舞い、天井にぶち当たってバウンドした後、頭から床へと落ちる。
まさに必殺の一撃、誰が見ても倒せないものはないとわかる豪快無比のトドメ技。しかし、そんな技を食らってもまだ剣児は意識を失ってはいなかった。額からだらだらと出血しながらも、なめくじのように床をずりずりと這い、愛する少年へ手を伸ばす。
「お、俺、まだ連夜に自分の想いを全部伝えていない。だから、だから、俺、生きて帰ったら自分の想いを全部伝えるんだ。絶対生きて帰って俺が一番あいつを愛しているって、抱き締めて・・うぎゃあああっ!!」
どう聞いても死亡フラグにしか聞こえないうわ言を口にしながらずりずり床を進んでいく剣児の元に駆け寄ってきた女神達は、しぶとい剣児に容赦のないストンピング攻撃を仕掛けていく。
「え~い、まだ死なないのか。我らの即席合体究極コンビネーション奥義『大銀河天馬死鏡拳』を受けてもまだ動けるとは、どれだけ耐久力が高いのじゃ、こやつわ、えいっえいっ!!」
「途中まで本当にいいこと言っていたのに、何が『連夜は俺の嫁だ』ですか、気色の悪い。宿難くんは男ですから兄上の嫁にはなりません。というか、今すぐ死んでくださいませ。そうすればお嫁さん必要ないですよね。このこのっ!!」
「ごめんやで剣児はん。本来王族に手をかけるのはご法度なんやけど、剣児はんがいると姫様達の御威光に傷がつくねん。せやから往生してや!!」
「私はどっちでもいいんですけど、姫様達が『殺れ、殺ってしまえ』って言うから、しょうがなく。でも、楽しいですね、これ。ていていっ!!」
「剣児くん、私達というものがありながら、どういうことなの!? 私達とのことは遊びだったってこと!?」
「剣児、もがいてないではっきりしやがれ!!」
「そうですそうです。床を転がりまわってないで、私達のこと本当はどう思っているのかちゃんと説明してください!!」
「みんなダメよ!! えいっえいっ!! どんな事情があるにしても喧嘩はよくないわ!! このこのっ!! みんな落ち着いて頂戴、先生悲しくなっちゃうわ!! そろそろ、動かなくなったかな?」
姫子達と一緒になって容赦のないストンピング攻撃をしていたティターニアであったが、足もとの剣児が動かなくなってきたのを確認すると、両手を交差させてレフェリーストップの合図を出して攻撃をやめさせる。そして、襤褸雑巾のようになってぴくぴくと痙攣している剣児の姿を一瞬気持ち悪そうに見つめたあと、ティターニアはすぐにそれを誤魔化すように明るい笑顔を作ってぱんぱんと手を打ちながら教室にいる生徒達に声をかけるのだった。
「はいはい、お昼休みは終わりです。授業を始めますから、みなさん自分の席についてちょうだいね。そうそう、龍乃宮 剣児くんは邪魔だか・・ああいえ、このまま放置するわけにはいかないから、クロムウェルさん、ボナパルトさん、黄さんの三人で保健室に連れていってくれるもらえるかしら?」
「「「了解しました!!」」」
「はいはい、じゃあ自分の席についた『人』は授業の準備をしてくださいね」
一番自分がヒートアップしていたにも関わらずしれっとした表情で、剣児を連行して教室から出て行く三人の教え子達の姿を見送ったティターニアは、手にはめていたトゲトゲつきのカイザーナックルを丁寧にハンカチで拭きながら自分自身も教壇へと戻ると、溜息を大きく一つ吐き出しながらさりげなくカイザーナックルをスカートのポケットの中にしまい込み、物凄く悲しそうな表情で生徒達を見渡して口を開く。
「みんな、授業を始める前にこれだけは言っておくけど、争いはいけないわ。力では何も解決できないのよ」
最初から最後までティターニアがしていたことをばっちり目撃していた生徒達は、ティターニアの言葉に一斉にドドッと椅子から転げ落ちる。一番最初に立ち直った瑞姫は、そんなティターニアのほうに視線を向けると、呆れ果てたという表情を浮かべながら鋭いツッコミを入れる。
「いや、その争いに先生自身が率先して参加していましたよね? しかも私達はトゲとかついていない拳を守るためのカイザーナックルだったけど、先生だけ攻撃用のトゲ付きカイザーナックル使ってましたよね?」
「何言ってるの、トゲ付きカイザーナックルは淑女のたしなみよ?」
「いや、そんな淑女いませんから!! ってか、御姉様も先生の言葉に頷かないでくださいませ!! 御姉様、本当にこのクラスの委員長ですの!?」
「もう、龍乃宮さんは本当に細かいんだから。わかったわ、トゲじゃなくて今度はばっちり刃のついたカタールを用意しておくから。それでいいわね?」
「はい、それなら、問題ありません・・って、問題ありまくりでしょ!? 刃付けたらもっとダメじゃん!! そんなので殴ったら死にますから!!」
「大丈夫じゃ、瑞姫。剣児ならその程度で死にはせん。というか、いっそ死んでくれれば・・」
「こわっ!! 御姉様こわいですわっ!! 本心駄々漏れしてますわっ、隠して隠して!! って、先生も御姉様の言葉に頷かないでください!! アルフヘイム先生本当に教師ですの!?」
「龍乃宮さん。いつまでも過去を引きずっていてはダメ。過去に悲しいことが起きてしまったかもしれない。でも『人』は忘れることができる動物だから、過ぎてしまったことは水に流して、明日に生きるのよ」
「そこだけ聞くとすごいいいこと言っているように聞こえますけど、誤魔化すためだけに今思いついたことを適当に言ってるだけですよね?」
「チッ・・さ、みんな。そろそろ授業始めるわよ」
「し、舌打ち!? 今、先生舌打ちしませんでした!?」
鋭いツッコミを続ける瑞姫のほうを一瞬忌々しげな表情を浮かべて見つめ、舌打ちをしたティターニアだったが、すぐに晴れやかな笑顔を浮かべて他の生徒達を見渡しそそくさと授業を始めようとする。瑞姫はそんなティターニアに尚も言い募ろうとしたが、前の席に座る姫子が振り返ってその肩を掴んで止め、何かを悟ったような表情で首を横に振ってみせる。
周囲を見渡すと、姫子だけでなく、はるかやミナホ、それに他の生徒達までもが同じように何かを悟ったような表情を浮かべて瑞姫を見つめ、首を横に振って見せる。それを見ていた瑞姫は、怒ったような表情で口を開きかけたが、結局溜息を大きく一つ吐き出して口を閉じると、どこか悔しげな表情でノートと教科書を広げるのであった。
そのやりとりを少し離れたところにある自分達の席で見守っていた連夜とフェイは、同時に顔を見合せてなんとも言えない苦笑を浮かべる。
「やれやれ、君の周りは本当に騒がしいな。敵でも味方でも全然油断できない、それどころか生徒ばかりか中立と思われる教師までがあれでは油断する暇もないじゃないか」
「まあ、おかげで鍛えられているよ。社会に出ればもっといろいろなものがグレーになっていくと思うしね。今日味方だったものが明日には敵、そうかと思えば今日敵だったものが明日には味方なんてザラにある。白から黒に変わったと思うと、今度は黒から白へ、くるくるくるくるめまぐるしく変わる。そのめまぐるしさに誤魔化されそうになるけど、結局ほとんどのものはそのどちらでもないグレーだ。みんなそれぞれに立場があるし、考え方もいろいろある。仕方ないさ」
何かを諦めたような寂しそうな笑顔を浮かべて呟く連夜の顔をしばらく黙ってじっと見つめていたフェイであったが、ずいっと顔を近づけると、固い決意をその真紅の瞳に浮かべて連夜の黒い瞳を覗き込む。
「言っておくが、ボクは変わらない。変わりようがない。昔も、今も、そしてこれからも」
「そうだね。知ってる」
「そして、君も変わらない、嫌になるくらい昔と全く同じだ。。多分、ずっとこれからもそのままなんだろうな」
「そうだね。それも知ってる」
一瞬真剣な表情で睨み合った二人だったが、やがてどちらともなくニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせ、その拳をぶつけあう。そして、今度は連夜がフェイのほうに顔を近づけてきて、二人にしか聞こえないほどの小さな声で語りかける。
「放課後、フェイに僕の『友達』を紹介するよ。といっても、全部で四人にしかいないうえに今日は半分の二人しか来ていないんだけどね」
連夜の口から出た意外な提案に目を丸くするフェイだったが、すぐにいたずらっぽい笑顔を浮かべて頷きを返す。
「どうせ君やボクと同じような頑固者なんだろ? 楽しみだ」
「下手すると僕や君よりも頑固一徹かもね」