第五話 『心友と戦友と』 その1
午後の授業が始まる五分くらい前に、連夜と緋星は教室に駆け込むことに成功した。
「あ〜、間に合った、セーフ!」
「やれやれ、間に合わないかと思ったがなんとかなったな。全くあの牛野郎ときたら、弱いくせにやたらと耐久力だけ無駄にあって悪あがきするから時間を思いきりとってしまった。本当ならもっと早く終わって、残りの休み時間いろいろと君と話がしたかったのに」
「ああ、うん、それについては残念だけど、想い出話をする機会はこれからいくらでもあるしね。どっちかというと僕からしたら無事に片がついたことにほっとしてるよ。あのままだったら、片をつけるどころかいいようにやられちゃっていたからね。それもこれもふぇいくんのおかげだよ、ありがとね」
「何度も言うが、礼はいらない。君が今までボクにして来てくれたことから比べればこんなの大したことじゃない」
安堵の吐息を吐きだしながら、自分の席に戻った連夜と緋星は鞄から教科書とノートを取り出して次の授業の準備を始める。ちょうど二人はお互いが前後に位置する席であるため、先生が到着するまでのあとわずかな時間、そのまま話を続けることができる。連夜は授業の準備を素早く済ませたあと、くるっと身体を反転させて緋星のほうに向きなおり、穏やかな笑顔を浮かべて緋星を見つめる。
「ううん、改めてお礼を言わせてよ、ふぇいくん。君が来てくれなかったら、僕は間違いなく保健室直行か、下手をすれば入院コースだったんだから」
「いいって、そういうのキライだって知ってるだろ?」
連夜が穏やかな中にも真剣な色をにじませた瞳で真っすぐに緋星を見つめ、その後ゆっくりと頭を下げる。すると、緋星は顔を真っ赤に染めてぷいっと横を向いてしまい、それを見た連夜は優しい笑みを深くしていく。それは、ごく一部の身内にしか見せない心からの笑顔。嘲笑ではない、憐憫の笑顔でもない、若くして老成してしまった、いやせざるを得なかった彼が大人として浮かべる笑顔でもない、恐らくこのクラスの誰一人として向けられたことのない正真正銘本物の連夜の、高校生としての等身大の連夜の笑顔だった。
それを眩しそうに、しかし、心から嬉しそうに誇らしそうに見つめる緋星。連夜のその笑顔がどれだけ貴重か、今の緋星にはよくわかるから。そうしてその笑顔に緋星が見惚れていると、やがて連夜がゆっくりと右手を差し出すのが見えた。
何をするために差し出されたかはもちろんわかっている。だが、それを自分が握っていいものかどうかわからず、彼はその小さな右手と連夜の顔へ交互に視線を走らせる。
「今更だけど、久しぶり『ふぇいくん』。小学校三年生の三学期にお別れして以来だよね。それから、もう一つ今更だけど、あのとき僕は、自分のあだ名だけで本当の名前を君に教えてなかったよね。だから初めまして、僕の名前は 宿難 連夜。よろしくね」
懐かしい声、懐かしい匂い、懐かしい気配。何故自分は今まで気がつかなかったのだろう? あの日、小学校三年生三学期の終業式、小学校の校門で彼と別れたときに必ず大きくなったら会いに行くと約束したのに。どれだけ変わっていても絶対に見つけてみせるからと誓ったのに。
それを思い返すとどうにも素直に目の前の手を握り返すことができず、緋星は差し出された手と穏やかな笑顔を浮かべている連夜の顔を交互に何度も見つめ返す。すると、緋星の様子を見ていた連夜は小首をかしげ、一瞬本当に悲しそうに表情を浮かべたが、すぐにどこか無理していると思える取り繕った笑顔を浮かべてみせる。
「あ、ごめん。やっぱり馴れ馴れしいよね」
「ち、違う、そうじゃない!! そうじゃなくて・・いくら君が素性を隠していたとはいえ、あれほど君を忘れないと言っていたのに、ボクは君のことを完全に忘れていた。それどころかさんざん君にひどいことも言ってしまった。そんなボクにその手を握る資格があるのかなって思ってさ」
「え、そんなこと気にしていたの? 相変わらずだなあ、ふぇいくんは」
暗く思い悩む緋星を一瞬吃驚したように見つめた連夜だったが、すぐに優しい笑顔を浮かべると何の躊躇いもなく緋星のゴツゴツした手を取って握る。その連夜の行動を呆気に取られたような顔をして見つめる緋星に、連夜はその笑顔同様の優しい声で語りかける。
「ひどいこととか、資格とか、償いとかそんなことどうだっていいよ。それよりも僕は嬉しいんだ。昔の友達が僕の所に戻ってきてくれたことが本当に嬉しいんだ。しかも僕はその友達に僕が僕だってことを明かしていなかったのに、それでも僕を助けに来てくれた。嬉しかった、本当に嬉しかったよ」
本当に、心から本当に嬉しそうにほほ笑む連夜に対し、それでも尚、自分の中の割り切れない葛藤を口にしようとした緋星だったが、言葉を発する瞬間連夜の瞳が潤んでいることに気がついて絶句してしまう。それだけで目の前の大事な友達がどれだけ自分との再会を喜んでいるかがわかってしまった。緋星は自分の胸の中を熱い何かが駆け抜けるのを感じ、そして、瞳に何かがせり上がってくるのを止められず、思わずそれを見られないように俯いてしまう。
「ふぇいくん?」
「な、なんでもない。ま、まったく、君はいくつになっても底なしにお『人』好しだなあ。どれだけ邪悪な仮面を被ってもその裏側がそんな砂糖菓子のようじゃ、いつか今日のあの頭の悪い牛みたいな奴に食われるかわからないぞ」
緋星の異変に気がついた連夜は心配そうに見つめてくるが、緋星は握手していないほうの片腕でごしごしと涙を拭うと、きっと表情を引き締めて顔を上げる。その瞳にある固い固い決意の色を宿して。
「だから。だから、これからはボクが側にいる。側にいて君を守る。君はすぐにいらん仏心を出して危険に突っ込んでいくからな。せめて学校にいる間だけでも側に張りついていないと心配で仕方ない」
「ひ、ひどいよ、ふぇいくん。それじゃあなんか僕が、いつも考えなしに行動しているみたいだよ」
緋星の言葉を聞いた連夜が、わざとらしく傷ついた表情を浮かべて見せると、緋星は呆れ半分の苦笑を浮かべて目の前の幼馴染を見つめ返す。
「ボクが見ている限りではそう見えるな。小学校のときもそうだったし、高校に入ってからもそうだ」
「ええ~~!! そ、そんなことないよ」
「でも、それが君だものな。弱い者を見捨てることができないんだから。小学生の頃は、そんな君に何度も助けられたから、今更その行動自体を否定するつもりはないよ。ただ、今度はボクが君を守る」
「ふぇいくん」
浮かべていた苦笑を消した緋星は、彼が今まで見せたことがないような優しく穏やかな表情になって目の前の連夜を見つめると万感の思いを込めて言葉を紡ぐ。そんな緋星の言葉に秘められた決意を敏感に感じ取った連夜は、胸が詰まって咄嗟に言葉を返すことができず、再びその瞳を潤ませて緋星のルビーのように美しい瞳を真っすぐに見つめる。すると、緋星は困ったように視線を逸らし、ぶっきらぼうにぼそぼそと呟くのだった。
「あ~、それからその『ふぇいくん』はやめろ。なんか子供の頃をモロに思い出すから変な気分だ。ボクのことは呼び捨てで『フェイ』でいい」
「うん、わかったよ、フェイ。その代り、僕のことは『連夜』って呼んでね。僕も昔のあだ名で呼ばれるのはちょっと恥ずかしいと思っていたから」
「昔のあだ名か。今思えば君のあだ名は・・あれはひどいものだったな」
子供の頃を思いだしたフェイは、顔を顰めて自分の目の前に座る幼馴染の姿を見つめる。あの頃、この大事な友達はいじめっ子達の標的であった自分ともう一人の友人を庇っていつもいつも全身傷だらけになっていた。そんな姿からつけられた不名誉極まりないあだ名。
しかし、そんなあだ名で呼ばれても、この優しい友達はいつも温かく笑っていて、決して盾になることをやめようとはしなかったのだ。
その記憶が脳裏に鮮やかに蘇った時、フェイの瞳に再び真紅の炎燃え上がる。
「フェイ? どうかした?」
急に無口になってしまった自分を心配して尋ねてくる連夜に、フェイは静かに笑ってみせると、安心させるようにゆっくりと首を横に振ってみせる。
「大丈夫、なんでもない。子供の頃に自分自身に誓った約束をもう一度思い出して確認していただけだ」
「約束?」
「ああ。大事な約束だ」
怪訝そうな表情を浮かべてフェイを見詰める連夜。明らかにその約束の内容を知りたがっている様子であったが、フェイは静かに笑みを浮かべ続けるだけで話そうとはしなかった。この約束は自分だけが覚えていればいい、もう二度と忘れさえしなければ、それでいいのだ。
連夜と別れることになった小学校三年生の終業式のあの日、彼は誓ったのだ。次に彼と再会するときまでに自分は絶対に強くなっておくのだと。いじめっ子なんかに絶対負けないように。そして、彼の大事な友達が、再会したその時にもしもまだいじめっ子にいじめられているか、あるいはその身体を犠牲にして誰かを守っていたとしたら、そのときは・・
『そのときは、そのときこそは・・今度はボクが盾になるんだ!!』
その為に会得した『武』だった。そして、それは気に入らない相手とくだらなくじゃれあう為に会得した『武』ではないのだ。誰かを傷つける理不尽な『戈』を『止』める為の『力』。それが『武』だ。
今こそそれを正しく使う時。
改めてそれを固く誓ったフェイは、大事な友達の手を握る手に力を込める。
「ともかく改めてよろしくな、連夜」
「うん、よろしくね、フェイ」
力強く握られている自分の手と友人の手をしばし優しい視線で見つめていた連夜であったが、フェイの言葉にすぐに気がついて大きく頷いて見せる。二人は子供の頃と全く同じ、しかし、以前よりもずっと強くなったと思わせる笑顔を浮かべてほほ笑みあう。
本当の意味での再会を果たした二人に、なんともいえない温かくて優しい時間が流れて行く。
はずだったのだが。
疾風のような速度で突然乱入してきた何者かがしっかり握りあう二人の手に容赦のない手刀の一撃を叩きつける。完全に虚をつかれる形になってしまった二人はモロにそれを食らう形になってしまい、たまらず悲鳴をあげてお互いの手を引っ込めてしまうのだった。
「いてぇっ!! だ、誰だ、いきなり攻撃してくるやつは!?」
「いたたたた。いきなりチョップはひどいよ、って、うわわわわっ!!」
手刀を叩きつけられてヒリヒリと痛む片手をもう片方の無事な片手で押えた二人は、手刀を食らわせてくれた不埒な犯人を探そうと周囲に視線を走らせるが、それよりも早く連夜の身体を何者かが物凄い力で引っ張っていく。
連夜は、先程やっつけた筈のミノタウロス一派の逆襲かと思って身体を硬くしたのだが、背中と両腕に当たるふにふにぽよぽよとした物凄く柔らかい何かの正体をすぐに察して身体の力を抜く。そして、自分が思い当った『人』物達に文句を言おうとしたのであるが、それよりも早く両脇から超絶的に二人の美少女達の顔が迫ってきて連夜は首を動かすことすらできなくなってしまうのだった。
「ちょ、何!? いったいなんなの!? 姫子ちゃんも、龍乃宮さんも、何の遊びな・・」
「連夜ぁぁぁぁぁっ!! なんでじゃ、なんでなのじゃ!? どうして陸殿なのじゃ!?」
「そうですそうです!! ひどいです、あんまりです、そんなのってないですよおおっ!!」
「はあっ!? 一体全体なんのことなの!?」
辺り憚らず涙をぼろぼろと流して泣き叫びながら詰め寄ってくる二人の美少女姉妹。しかし、二人の美少女姉妹の言動の意味がさっぱりわからない連夜は、頭の上にハテナマークをいくつも浮かべて困惑するばかり。そんな連夜の姿をどう受け取ったのか、今度は泣き顔から怒り顔に変化させて美少女達が連夜に食ってかかる。
「とぼけるんじゃない!! い、い、今、陸殿と、その、手を握り合って・・」
「しかも、しかもですよ、その状態で見つめあったりなんかしちゃったりなんかして、いやっ!! 宿難くんの不潔!!」
「いやじゃ、そんなのいやじゃ。女にだらしない連夜を見たくない、バカ剣児みたいになってほしくないとは確かに言ったけど、だからと言って、男同士だなんて」
「やおいですわ、不毛ですわ、非生産的ですわ、そんな愛なんて見たくないですわあああああっ!! そんな世界は同人誌だけで結構ですわあっ!!」
「あのさ、二人とも物凄い誤解してるよね? 完全に僕達のこと凄い方向に誤解しているよね?」
怒っていたかと思えばまた泣き始め、泣き続けていたかと思うとまた怒りだすというなかなか愉快な百面相を続ける二人の美少女達の姿をなんとも言えない困り果てた表情で見つめていた連夜であったが、だんだん二人の言っている内容がわかってきて穏やかだった顔が引き攣り始める。
しかし、そんな連夜のうんざりしきった声が聞こえていない美少女達は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をどんどんと連夜に近づけていく。連夜はそれに気がついて慌てて二人から逃れようとするが、二人の瞳をよく見てみるとそこには見たこともないような妖しい光が。
「ふ、二人とも顔近い!! 物凄い近い!! ってか、何、その目は!?」
「誤った道に進もうとしているかけがえのない友達を見捨てることはできん。緊急事態ということだし、相手は連夜だし、しょ、しょうがないから、本当にしょうがないから私の大事な初めては連夜にあげる。それで正しい道にもどしてあげるからね!! ん~~~」
「血迷って正気を失ってしまった大事なクラスメイトを見放すことはできません。事が事ですしやむをえません、それにその相手は宿難くんですし。し、仕方ないですね。ほ、本当に他に方法がありませんし、仕方ないので私の大事な最初の相手は宿難くんで我慢してあげます。そして、正気に戻して差し上げますわ。ん~~~」
「待て待て待て、僕は誤った道に進んでないし、正気を失ってもいないってば!! ってか、正気を失っているのは君達のほうでしょうが、ちょっと、やめなさいってば!!」
「正気を失っているものはみんなそう言うのじゃ。それよりも、瑞姫、いい加減連夜の腕を放さぬか!! 連夜は私の手で正しい異性交際の道に戻すからお主は引っ込んでおれ」
「何を言っているのですか、御姉様こそその手を放してくださいませ。御姉様は学園の男子生徒達の心の拠り所となっておられるマドンナ的存在。そんな御姉様にこのようなことをさせるわけにはいきませんわ。ここは私が引き受けますからどうぞ御姉様はその奇麗な身体を守ってくださいませ」
「お主、そんなこと絶対思ってないであろう? 完全に上辺だけ取り繕って言っているであろう?」
「いやですわ、御姉様、どうして私をお疑いになられるのですか? 私はいつも御姉様のことを思っているというのに。あ、宿難くん、顔だけでいいですからこっちに向いてくださいませ」
「ちょっと待て、どさくさ紛れに連夜の顔を自分のほうに引き寄せるでないわ!! 連夜、瑞姫のほうを向いてはいかん!! こっちを向くのじゃ」
「宿難くん、そっちを向いてしまったらできませんわ!! こっちを向いてくださいませ!!」
「うわ~~、二人ともいい加減にしてえええっ!! あ、そうだ、フェイ!! いまこそ僕の窮地を救って・・」
二人の美少女達の壮絶な争いに巻き込まれてたまらず悲鳴を上げる連夜。どうにかして逃げようとするが、上級種族中の上級種族たる龍族の腕力は、少女と言えども軽く連夜の腕力を上回っていて実質力づくでの脱出は不可能。ならばと、ついさっき改めて友としての契りを交わした頼れる旧友に助けを求めようと、そちらに視線を走らせた連夜であったが。
「姫様達の邪魔はさせへんでぇっ!! 奥手でなかなか自分から動こうとしない姫様達がいつになく積極的になっているんや!! ここはうちらが体を張ってサポートするんや!! いくではるか!!」
「ええ、よくわかっていてよ、ミナホ。陸さん、申し訳ないけれどそういうことで、いくらあなたが宿難くんの最愛の恋人だとしても、ここから先には行かせるわけにはいきません!!」
「だ、誰が、最愛の恋人だ、気色悪い!! それよりもそこをどかんか貴様らああっ!!」
連夜の視線の先では、このクラスで最大の味方となってくれた旧友のフェイと、姫子達の腕利きボディガードである東雲 ミナホ、水池 はるかの二人が凄まじいバトルを繰り広げていた。御稜高校随一の武術家として知られるのが連夜の幼馴染龍乃宮 剣児であるが、その剣児タイマンを張ることができる数少ない人物の一人がフェイである。
つまり、フェイはこの高校の中でトップクラスの武術家であるということなのであるが、そのフェイを相手にして一歩も引かないミナホ、はるかの武術の腕は相当なものがある。二対一というハンデもあるし、相手が女性ということでフェイが多少手加減している部分もあるということもあるが、それを差し引いても二人は明らかに強いことがわかる。
普段姫子や瑞姫の影に隠れてあまり目立たない二人であるが、まだ若いとはいえ流石龍王家に代々仕える守護一族ということだろうか。
連夜は思わず自分が窮地であることを一瞬忘れ、しきりに感心して頷いて見せる。
「東雲さんも水池さんも凄いな。女性相手でかなり手加減しているとはいえ、フェイを完全に足止めしてこちらに近づけさせないんだもの。二人とも見事、実にお見事な手並みだよ!! って、褒めてる場合じゃなかった、僕はピンチのままじゃん!! うわ~~、フェイ、なんとか頑張ってぇぇぇ!!」
「わかってる、わかってはいるんだ!! しかし、こいつら思った以上に強い。くっそおお、連夜、連夜ぁぁぁぁぁっ!!」
「フェイ、フェイぃぃぃぃぃぃっ!!」
絶対絶命の連夜を救うべく孤軍奮闘するフェイであるが、彼の眼前に立塞がる敵は思った以上の強敵で思うように進むことができない。目的の場所はすぐそこだというのに辿りつけないもどかしさ。フェイは龍の姫達に捕えられた連夜の姿に届かぬとわかりながらも大切な友人の名を呼びながら手を伸ばし、それに応えるように連夜もまた過剰なくらい悲痛な表情で大事な旧友の名前を呼ぶ。
当人同士は迸るような男同志の熱い友情からやっていることなのだが、傍から見ていると、どうみても引き裂かれた恋人同士がお互いを求め合っているようにしか見えない。この大騒動を少し離れた場所に避難しながら見守っているクラスメイト達はめちゃくちゃ微妙な表情で二人のことを見守っているし、龍族の女性陣達に至っては苦虫を噛み潰したような仏頂面になって連夜を睨みつけるのだった。
「やっぱりそういう関係なんじゃないか、連夜!! そんなのダメじゃ、絶対ダメじゃっ!!」
「宿難くん、どうしてそうなんですか!? ふ、不純同性交友は認められませんわ!!」
「だから、僕とフェイはそういう関係じゃないんだったら!!」
「やっぱりここはショック療法しかない。クラス委員長として、わ、私の熱い想いのこもった、その、唇で」
「いえいえ、ですから、そんなことを御姉様にさせるわけにはいきませんわ、ここは私が引き受けますから御姉様は引っ込んでいてくださいませ」
「お主こそ引っ込んでおれ!!」
「御姉様こそ!!」
「痛い痛い痛いってばっ、ちょっと僕はモノじゃないんだよ!! いい加減に二人とも放してよおおおっ!!」
いくら美少女に挟まれているとはいえ、彼女達は連夜よりもはるかに身体能力に優れる種族。そんな種族の超絶的力で振り回され続ければ、いくら鍛えているとは言え、最弱種族でしかない連夜が耐えられるはずもない。しかし、そんな連夜の現状に全く気がついていない二人は自分達の思うように連夜を振り回し続け、このままでは連夜は無事では済まなくなってしまうのは誰の目にも明らかであった。
最初のほうはまだ余裕のあった連夜の顔色が次第に青くなって悪くなりはじめ、脂汗がはっきりわかるほど顔中に浮かび上がる。ただでさえ先程骨折したところを無理矢理薬で繋ぎ直したばかりで完全に回復しきっていないというのに、これだけの負担を身体に強いられることになった連夜の身体は、すでにレッドゾーンに突入していた。
(だめだ・・意識が遠ざかっていく)
精神力には絶対の自信がある連夜であるが、流石にこれではどうしようもなかった。痛みと疲労で徐々に意識が薄れて行く。いや、それどころか、自分のすぐ横に見たこともないような大型犬が寄り添ってくる幻覚まで見え始めた。
連夜は、だんだんと身体から力からなくなっていくのを感じながら、まるで誰もいない真冬の教会にいるかのような気分で幻覚の犬に話しかけるのだった。
(パトラッシュ、僕はもう疲れたよ)
『いったいいつの間にその名前になったの!?』とか、『その犬とどこで知り合ったの?』とか、『話的に全然関係ないよね?』とかツッコミどころ満載な内容であったが、流石に連夜の心の声を正確に把握してツッコミを入れてくれる人は存在せず、連夜はその幻覚の犬と共に静かにその目を伏せていく。
高校生になってから一年と一カ月。様々な生徒達に敵視され、嫌がらせを受けたり喧嘩を売られてきたりしてきた連夜であるが、最後のトドメはまさか親しい仲であると思われた龍乃宮姉妹であったとは。教室中の生徒達がやや意外な展開に驚きはしているものの、助けようともせずに黙って静かに成り行きを見守っている中、いよいよ最後の時が訪れようとする。
二人の美少女達に振り回され続ける連夜の腕から徐々に力がなくなって行き、その目から光が失われようとした。
まさにそのとき。
思いもよらぬ救世主が姿を現す。
「おまえら、いい加減にしろ!!」