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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
36/199

第四話 『燃えよ!! 緋の鳥』 その4

 今まで(ルー) 緋星(フェイシン)宿難(すくな) 連夜(れんや)という少年に抱いていた印象は龍族の手下という感じであった。

 龍族の姫達や王子に媚び諂い(こびへつらい)、さも忠実なる下僕ですと無駄にアピールを続ける非常に嫌な奴。恐らく龍族の権力や、その強大な影響力の恩恵に与れないかといういやらしい計算の元に行われていたに違いない。

 と、つい先程まではそう思い、自分の考えに全く疑いを持ってはいなかった。

 しかし、その考え方そのものが間違っていたのではないかと思わせる出来事が起きてしまった。

 今まで緋星(フェイシン)は真正面から連夜を見ようとしたことがない。腐った心の持ち主を真正面から見れば、己自身がその腐った心に犯されそうで嫌だったからだ。勿論、叩き潰すべき相手というのであれば真っ向からその心と対峙することも厭いはしない。だが、始末に悪いことに宿難(すくな) 連夜(れんや)という少年を敵として確定するにはあまりにも敵意、害意がなさすぎた。連夜が緋星(フェイシン)に敵対行動とみなされるようなことをしたことはただの一度もない、それどころか剣児とやりあった後、毎回傷だらけになる自分の怪我を治してくれるのだ。当然それは龍族の心証をよくするためのポーズであり、心の中では嫌々やっているに違いない。そう思っていた。

 そして、いつもいつも彼は連夜の瞳をまともに見ようとはしなかった。

 ところが、今日、高校入学してから初めて連夜のその瞳を真正面から見た。いや、見てしまった。

 そこには彼が思い描いていたものとは全く違うものが宿っていた。そこにあったのは『打算』でも『虚偽』でも『敵意』でもない。

 ただただ吸い込まれそうなくらいに真っ暗で底なしの『闇』。黒く暗い空間がどこまでも広がっていた。最初は何もかもを呑み込もうとする飽くなき『欲望』が顕現したものかと思った。だが、その『闇』はそこに静かにあるだけで、緋星(フェイシン)を見守っているばかり。彼を引きづり込もうとか、その心を『闇』に染めようとかしようとしているのではない。本当に静かに、どこまでも静かにそこにあるだけなのだ。

 そのことに気がついた緋星(フェイシン)は心を落ち着けて彼の瞳をもう一度よく見た。すると、完全なる『闇』に覆われていると思った彼の黒い瞳に、いくつもの小さな優しい『光』が宿っていることに気がつく。

 まるで漆黒の夜空を照らす星の海のように。

 太陽のように激しい『光』ではない、周囲が暗いからこそ光り輝きその存在を初めて知ることができる小さな小さな『光』。そんないくつもの小さな『光』達が、気を抜けばあっというまに無明の『闇』に陥ってしまいそうな連夜の瞳の中で懸命に輝いていた。

 それを見てしまった緋星(フェイシン)は、自分の心の中で何かが巨大な音を立てて崩れていくのをはっきりと感じ、初めて自分が重大な何かを勘違いしていることに気がついたのだ。


(ち、違う、これは違う。彼はボクが思っているような最低の『人』物ではない)


 これまで緋星(フェイシン)は傲慢極まりない何人もの『人』物を見てきた。彼らは自分こそが正しいと信じるあまり狂気ににも似た盲信的な『光』を瞳の中に宿す。それだけではない、己の欲望を満たすことのみにしか関心を持たない何人もの『人』物も見てきた。彼らは自分の醜い心を満たしてくれる何かを常に求め続けるあまり淀み濁りきったタールのようなドロドロとした気持の悪い『闇』を瞳に宿す。

 どちらにせよ、ロクなものではない。

 見ているだけで胸糞の悪くなる光景であり、見ているだけで自分の心までその色に犯されそうになり、そんな瞳を見てしまうと緋星(フェイシン)は二度とそんな汚れた『色』を周囲に撒き散らせないためにその瞳の持ち主を叩き潰してしまいたくなってしまう。

 だが、連夜の瞳はそれらの瞳のいずれとも違っていた。

 それらの汚い心が映った瞳とは全く違う。星の大河が流れる美しい冬の『夜』空のようなその瞳。怖いけど美しい、深く見通せないような黒、しかし、よく見ればその黒は黒ではなく、見通そうと思えばどこまでも見通せそうな不思議な色。強くて優しくて温かくて、だけど、どこか切なくて悲しい色。

 それに気がついた時、緋星(フェイシン)は今まで連夜に行ってきた自分の所業を思いだして、今すぐその場に土下座したくなった。勝手に自分の中で『悪の龍族の忠実な下僕 宿難(すくな) 連夜(れんや)』という虚像を作り上げ、暴言を吐き、冷たい仕打ちをし、それどころか助けてもらったことに感謝の言葉を口にしなかったどころか心の中ですら舌を出していたのだ。

 宿敵 龍乃宮(りゅうのみや) 剣児(けんじ)はそんな自分を最低だと言った。

 言われたそのときは、意にも解さなかったが、今ならばよくわかる。自分は本当に最低で最悪だった。

 本当なら緋星(フェイシン)はその場で床に頭を打ちつけて土下座して連夜に謝りたかった。許してほしいからではない、これまでさんざんなことをやっておいて許してもらえるなんて虫のいいことは考えていない。しかし、せめて自分が心から感謝していることを伝えたかった。そして、今までの自分の最低の行いだけでも謝らないと気がすまなかった。

 だが、緋星(フェイシン)はそうしなかった。

 いや、やらないと言っているわけではない、必ず謝罪は実行する。しかし、その前にどうしてもやっておかないといけないことがあった。


(ボクはあまりにも宿難(すくな) 連夜(れんや)という少年のことを知らなさすぎる)


 昼休み、剣児との激闘の後、自分を治療してくれた連夜を見送った緋星(フェイシン)は昼食として持って来ていたいくつもの菓子パンが入った袋を持って教室を出た。そして、ある場所へと向かう。それはいつも彼が昼食を取っている中庭ではないし、そこには昼食を取る為にいくわけではない。


(謝る前にボクは知らなくてはならない。宿難(すくな) 連夜(れんや)が本当はどういう『人』物であるのかを)


 御稜高校に三つ存在している校舎の中で最も奥に存在している第三校舎。理科室や家庭科室といった専門科目用の教室と、それぞれの学年の末尾にあたるクラスが存在している建物。その第三校舎の一階入口からすぐにある小さな部屋に緋星(フェイシン)は足を踏み入れる。部屋の中にはトランペットや太鼓、ギターなど様々な楽器が所せまし整然と並べられていて、緋星(フェイシン)はそれらを崩さないように慎重に歩みを進めて行く。

 この学校には三つ音楽室が存在しているが、ここは第三音楽室すぐ横にある楽器倉庫だった。

 音楽室が学校に三つあるのには当たり前だがちゃんと理由がある。一つは生徒達の感受性を高めるための一般的な音楽の授業を行うための第一音楽室。二つ目は『原初の歌』や、『言霊』といった『人』の『声』を使用して学ぶために作られた第二音楽室、そして、三つ目はこの世界に満ちる『力』を引きだすことができる特殊な楽器を使用する方法を学ぶための第三音楽室だ。

 そう、そんな第三音楽室の授業で使用される為に揃えられたこの倉庫にある楽器は、全て普通の楽器ではない。どの楽器も正しい方法で使用することができれば様々な特殊な『力』をこの世に顕現させることができるものばかり。

 当然、目が飛び出るほど高価なものばかりなので、流石の緋星(フェイシン)も慎重にならざるを得ない。うっかり壊して『弁償しろ』なんていわれたら洒落にならないからだ。緋星(フェイシン)は顔を顰めながら、部屋の中を何かを探しながら進んで行く。すると、楽器と楽器が整然と並んでいるちょうど間に埋もれるようにして、一人の昆虫系種族の学生が座りこんでいる姿が見つかった。

 

「久し振りだな、情報屋。相変わらず楽器の手入ればかりしているのかい?」


 目的の人物が見つかったことにほっとしながらも、こちらに目も向けず一生懸命楽器を磨き続けている昆虫系種族の学生の姿に苦笑を浮かべて見せる緋星(フェイシン)


「勿論たよ。楽器(かっき)は毎日手入れしてやらないと、すくに音か悪くなる。そうなってから元に戻そうとすると、大変たからね」


 ちょっと聞いただけでは言葉ではなく、音楽そのもの聞こえてしまいそうな独特のイントネーションで緋星(フェイシン)に答えを返す昆虫系種族の学生。


『アマデウス・アンソニー・アンデルセン』


 通称AAA(トリプルエー)。顔の三分の一を締めるほど大きな二つの複眼、額からはピンと長く伸びた二つの触覚、そして、何でも噛み切ってしまいそうな凶悪な顎。全身は見ただけで強固とわかる淡いライトグリーンの外骨格に包まれ、両肩から出ている二本の腕とは別に、その下にさらに同じような腕が二本突き出ていて、その四本の腕を器用に使って一度に二つの管楽器を丁寧に拭き続けている。

 キリギリスが『人』に進化したような姿の彼は昆虫系種族の一つ、中央(アイン)飛蝗人(ライダーフェイカー)族の三年生。一族全体が優れた音感を持っている中央(アイン)飛蝗人(ライダーフェイカー)族。その一人として生まれてきた彼もまた他の親兄弟達同様に人並み以上の音感を持って生れて来たのであるが、なぜか自らの力で音楽を生み出すことよりもその音楽を生み出す道具を作り出す道に興味を示してしまい、音楽を志すのではなく、楽器作りの道へと踏みだしてしまった。

 そして、いつも学校中の楽器が管理されているこの第三音楽室に常駐するようになってしまったのである。

 元々人付き合いが好きなほうではなかった彼であるが、この部屋の中の普通ではお目にかかれないレアな楽器に囲まれるようになってからはますますその傾向が強くなり、今では一日の大半をここで過ごしている。

 もちろん大事な授業には出ているようであるが、卒業に関わらない授業となると完全にボイコットしてしまい出ようとしない。普通なら親ともども呼び出されて滅茶苦茶怒られるのであるが、そうできない弱みが学校側にはあった。

 先程も前述したがここに管理されている大半の楽器は実に高価な代物で一般的には出回っていないものばかりである。当然そういうものであるから普段から手入れをしておかなくてはならない。そうしないと折角の高価で貴重な楽器も肝心な時に『力』を発揮することができないからだ。ところがである、そんな重大なことであるにも関わらず学校側にはそれができる者が全くいないのだ。

 いや、当初はいたのだ。全ての楽器を手入れできる優秀な人材を雇っていたのであるが、現教頭に代替わりしてすぐにその者は解雇されてしまった。それというのもその楽器の管理者が下級種族の出だったからで、差別主義者として知られる現教頭がそれを嫌い独断で解雇してしまったのだ。

 それについては相当に強い反発が内外からあったが、結局いろいろな理由をつけて教頭はそれを押し通してしまった。『人』徳に優れ内外共に絶大な支持を受けている現校長のたっての願いでこの高校にやってきていて、ほぼボランティア同然で楽器の手入れを行っていた管理者にしてみれば、別にここに留まる理由もなく特に異論をあげることもなくあっさり辞めてしまったことも原因の一つなのであるが、ともかく学校は優秀な管理人を失ってしまったのである。

 教頭はすぐに代わりがみつかると教職員達にうそぶいていたのであるが、はたしてその目論見通りにはいかなかった。教頭が連れてきた新しい管理人達のことごとくが倉庫に眠る見たこともない特殊な楽器の数々の手入れの仕方がわからず、みなすぐに辞めていってしまったのだ。

 教頭はそのあとも諦めずに新しい管理人を探し続けたが、すべて失敗に終わった。結局前任者以上の腕を持つ者などいなかったのである。そうして、せっかくの高価で貴重な楽器の数々はしばらくの間手入れをされることなく放置されることになったのだが、そんなときに入学してきたのがAAAであった。

 いったいどこで学んできたのか、AAAは放置されて使い物にならなくなっていた倉庫の楽器のことごとくを再調整して甦らせてみせた。これに大喜びし味をしめた教頭は、これからもAAAを利用しようと、教師達にある程度のことは目をつぶるようにと密かに、いや、全然密かにではなかったが、ともかくそういった通達を回したのだ。

 こうしてAAAは自分が出たくない授業には出ずに済むという免罪符を手に入れ、この部屋に常駐するようになったというわけである。一日のほとんどの時間をこの部屋の中で過ごし、日によっては一日中この部屋からでることなく楽器の手入れをするだけの日もあった。

 倉庫に一日中籠り切る日々、外のことになど興味を示さない。

 と、いう風に思われそうであるが、実はそうではない。九畳ほどの部屋の中にあって、彼はこの学校の中で起こっている大半のことを把握していた。それは彼が持つ『頂聴力(ライダーイヤー)』に秘密がある。そもそも中央(アイン)飛蝗人(ライダーフェイカー)族は常『人』をはるかに超える『超聴力(ハイパーイヤー)』を種族特性として持っていて、ある程度離れた場所の話声や物音を聞きわけることができるのであるが、AAAが持って生まれてきたその能力は一族が持っているもののはるか上をいく。

 平均的な中央(アイン)飛蝗人(ライダーフェイカー)族が持っている『超聴力(ハイパーイヤー)』がはっきりと拾うことができる音の範囲は、自分を中心として半径百メトル以内くらいであるが、AAAが持つ『頂聴力(ライダーイヤー)』の範囲はその何倍にも及び、調子のいいときだと半径二ギロメトルもの広範囲の音を拾うことができてしまうのだ。そのため、彼は倉庫にいながらにして学校内で起こっている大概のことを知ってしまうことになる。

 勿論、全方位に意識を拡散してしまうと何を聞いているのかわからなくなってしまうので、自分が興味を惹かれた音が聞こえてきた方向にのみ意識を向けるようにしているわけだが、それでもいつも膨大な量の情報が彼の耳に入ってきていた。彼は当初、自分の耳に入ってくる情報を他に漏らすつもりはなかったのであるが、いったいどこから知られたのかいつのまにか彼の能力のことが学校中に知られてしまっていて、いつしか彼が潜む倉庫には彼が知る秘密の情報を欲しがる生徒達によって長蛇の列ができるようになっていた。

 こうして彼は学校でも一、二を争う情報屋となっていったわけであるが。


「今日は珍しく客が少ないじゃないか」


情報(しょうほう)を売りたくない日もある。そういう日は、(たれ)か来ても何もしゃへらないよ」


「む、それは困る。ボクにも情報を売ってくれないのか?」


 いつも長蛇の列が並んでいる彼の棲家にあっさり入れたことにほくほくしていた緋星(フェイシン)であったが、今日は情報を売る気がないと言われて大いに慌てだす。そんな緋星(フェイシン)の様子を見ていたAAAは、面白いものを見つけたと言わんばかりの光をその大きな複眼に宿しながら彼のことを見つめる。


「心配しなくてもルーくんはへつよ。君には危ないところを助けてもらった恩かあるからね。報酬はもらうけと、情報は売るよ」

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