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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
35/199

第四話 『燃えよ!! 緋の鳥』 その3

 連夜達が普段授業を受けている第一校舎の北に、巨人族の生徒でものびのびと運動することができる巨大な体育館があるのだが、そのすぐ隣に大型の学生食堂は存在している。

 体育館同様、大柄な種族の生徒でも快適に食事ができるようにと広いスペースが割り当てられているわけであるが、広いだけが特徴では決してない。様々な種族の食生活に対応できるようにとそのメニューも豊富で、肉食、菜食、魚類、穀物、豆類は勿論のこと、虫や特殊な生き物の体液を扱った料理まで実に様々。販売形式は基本的に単品メニューと定食がメインであるが、一週間に一回はバイキング形式の食事も選べるようになっている。

 しかも、この高校が都市の行政機関である中央庁によって運営されているため、食事代は全額中央庁が負担してくれるため、御金に困っている学生達にとっては実にありがたい場所になっていた。そのため、朝昼晩すべてここで食べてしまう学生も決して少なくはない。

 実に至れり尽くせりのありがたい施設であるわけでだが、しかし、全く欠点がないわけではない。

 種々雑多な種族にあわせ、膨大な種類の品を作るため、どうしても味はそれなりになってしまっているようで質よりも量という感じはどうしての否めないのだ。

 まあしかし、ただで飲み食いできるわけであるから文句を言うのは贅沢というもので、それについて殊更苦情を申し立てる生徒はいないのだが。

 連夜はよりよい精神状態を保つためには、それなりに日々きちんとした食事を取る必要があると信じている。そのため、あまり大味な学食を使うことはなく、できるだけ食事のバランスを考えて弁当を作って持ってきているわけであるが、だからといって御稜高校の学生食堂が嫌いというわけではない。

 と、いうのも高校生活の中で一番連夜がリラックスできるのがこの時間だからである。

 その生い立ちから十七歳という年齢の割にかなり老成している連夜であるが、一応彼も思春期真っただ中の高校生である。二十四時間孤独でいて平気というわけではない。勿論家に帰れば彼を愛してくれる温かい家族の絆が存在しているが、だからといって家の外でずっと一人でいることが全然平気というわけでは決してないのだ。

 クラスの大部分の生徒達から敵視、あるいは緩い無視の状態にある連夜が、この高校の中にあって羽を伸ばしリフレッシュできる場所の一つがこの学生食堂である。

 連夜はいつもこの学生食堂に弁当を持ちこんできて食事を取る。と、いっても一人で黙々と食べるわけではない。連夜はここで彼が最も心を許している三人の大親友の一人といつも食事を取っているのである。

 真友の名は『ロスタム・オースティン』

 通称『ロム』

 生まれて間もなく両親を失くし、両親に代って彼を育ててくれた祖父母も中学校卒業の時にそろって他界。天涯孤独の身である上に、連夜同様に最底辺に位置する下級種族である彼は幼いころから凄まじい差別にさらされて生きてきた。

 本当ならば、親を恨み、世間を恨み、この世の全てを恨んでとんでもない『悪』に育っていたとしてもなんらおかしくはない。

 しかし、その本来の性格のせいなのか、あるいは彼を育てた祖父母が余程に偉かったのか、彼は全くねじ曲がることなく強くまっすぐに育った。義侠心に厚く、信義を重んじ、弱い者には優しく、強い者には厳しい。口べたで、世渡りが下手で、不器用で、察しが悪く要領も悪い。寝癖でぼさぼさの髪をしていても、めやにがついていても、着ている服がよれよれでも全然自分の外見に気を使わない。がさつで大雑把極まりない彼だが、連夜とは違う『優しさ』を持つ彼のことが連夜は本当に大好きで心から信頼しているのだった。

 今日も彼と過ごす時間を楽しみにしながら食堂へと入ってきた連夜であったが、彼がいつも座っている食堂の一番奥の席が空席になっていることを見て、唐突にあることを思い出す。


「あ~、そっか。そういえば、今日は『外区』の仕事があるから学校休むって言っていたなあ」


 連夜の真友ロムは苦学生である。一応両親や祖父母が残してくれた幾ばくかの遺産を持ってはいるが、何年もそれで生きていけるような金額ではない。なので彼は働きながら高校に通っているのだ。彼の祖父母の死後、彼の将来を心配した連夜が両親に相談したところ連夜の頼れる両親はすぐさまロムの後見人となってくれた上、大学を卒業するまでの援助すると申し出てくれたのであるが、ロムはその申し出のほとんどを断った。

 連夜の『真友』であることを誇りとしていると常々口にしている彼にとって、連夜に迷惑をかけるような行為は絶対にできないことらしい。しかし、それは決して迷惑なことではないと連夜と彼の両親が説得に説得を重ね、今はなんとかある程度譲歩しこちらの援助を完全にではなくても受け入れてくれている。

 ただ、やはり借りっぱなしでいることはできないからと、実入りのいい『外区』の仕事がみつかると学校を休んででもそちらに行ってしまうのだ。


『高校卒業するまでは、そんなことしなくていいのに』

 

 そう言って彼を諭そうとした連夜だったが、結局それについて真友は決して首を縦には振らなかった。


『それでは俺の気がすまん。俺はな、連夜、いつまでもおまえの『真友』でいたいと思っているし、いつまでもおまえの『真友』でいたいんだ。そして、胸を張って俺は宿難(すくな) 連夜(れんや)の真友だと言える『人』であり続けたいんだ。そのためには、今のままではダメだと思うのだ。俺の為にも、おまえ自身のためにも』


『ほんと真面目なんだから、ロムは』


『そうでもない。ただ、そうしたいからそうしているだけだ。言っておくがおまえやおまえのご両親には本当に感謝しているんだぞ。城砦都市『通転核』のスラムから俺を連れ出して、城砦都市『嶺斬泊』に連れてきてくれて、しかも住む為の新しい住まいまで用意してもらった。それだけじゃない、今では生活費や学費まで肩代わりさせてしまっている。俺はおまえやおまえのご両親に何もできないというのにだ。ありがたいことだと思う。しかし、ありがたがって何もしないというのはどうしても我慢がならんのだ。だから頼む。頼むから俺の好きにさせてくれ』


 そこまで言われてしまっては流石の連夜もそれ以上言葉を続けることはできなかった。結局大きく嘆息しつつも真友の好きにさせることにしたのだった。

 そして、ロムは高校生活を送りながら仕事をすることになったのであるが


「ほんとにロムは真面目だよねえ。でも、また危ないことしているんじゃないかなあ。ロムって報酬がいいと危険な仕事でも平気で引き受けちゃうからなあ」


 連夜はそう小さく呟くと両腕を組んで考え込む。

 彼の真友ロムはバグベア族と呼ばれる種族である。バグベア族は種族的には人間族と同じで最下級に位置する種族であるが、種族としての身体能力だけならば全種族の中でも間違いなくトップクラス。霊力や魔力、神通力といった異界の力は全く持ってはいないが、肉体的な能力は凄まじいものがある。

 それゆえに異界力が全盛期であった五百年前は最劣等種であったわけであるが、今は話が百八十度違う。差別されている現状は五百年前と大差ないが、その能力だけで見れば、彼の種族は今の時代に最も適応した種族であるといえるだろう。

 だからなのであろうが、少々危険な仕事であったとしても見返りの大きい仕事には手を出してしまっているようなのだ。それもこれも人一倍責任感が強く真面目な彼の性格故であるのだが、連夜はそんな彼が心配で心配で仕方なかった。


「無茶していなければいいんだけど。何度言っても無茶しちゃうからなあ、ロムは」


 いつか取り返しがつかないような事態になるのではないかと、友人の身を案じるあまり寝られなくなる時もある。今のところ傷だらけでボロボロの姿になっていることはあっても、手足を失ったり、重傷を負って帰ってくるようなことはないのではあるが。

 

「できるだけ早くなんとかしなきゃね。でないといつか本当に僕の最悪の予想が現実になりそうで怖い。そんなことになったらリンに会わせる顔がないよ」


 そう呟き深い嘆息を漏らす連夜。

 しかし、二つほど首を振ってそういった陰鬱な考えを振り払う。

 食事のときはできるだけそういう暗い考えはしないように心掛けているので、とりあえずそのことについては昼食が終わるまで一旦保留にしておくことする。

 連夜はとてとてと食堂に入っていき、入口近くに山積みでおいてある四角いお盆と朱塗りの箸を取ると、料理が並べてある壁際へ移動。紫の振りかけられた並盛のごはん、トン汁、茄子の味噌炒め、サラダを次々と取ってお盆に載せて窓際のあいている席についた。

 もう半分以上昼休みの時間が終わってるせいか、食堂に残っている人もまばらで、連夜が座った長テーブルには他に誰も座ってる人もおらず、ゆっくりと食べることができそうな雰囲気に、少しほっとする。


「やれやれ、まあ、たまには食堂もいいよね」


 と、苦笑しながら茶碗を持ち、茄子の味噌炒めに箸をつける。

 やはり、思った通りの平凡な味であったが、まあ、普通においしいレベルなのでとりたてて文句を言うこともなく食べていく。当り前のことであるが、しゃべる相手がいないと、ただ黙々と食事を進めて行くことになるので、そのスピードはかなり早くなる。そうして五分もたたないうちに大半を食べ終わってしまい、このあと残った休み時間をどう使おうかとぼんやり考えていると、不意に複数の人影が目の前に現れたことに気づいた。

 目線を前に移すと、明らかに優等生と真逆に位置するだらしない姿格好の方々が、にやにやと見るに堪えない嘲笑を浮かべながら連夜を見下ろしているのが見える。


「おい、みんな、くせえくせえと思ったら、ここに人間がいるぜ」


 この集団のリーダーと思われる牛頭人身のミノタウロス族の巨漢が、連夜の対面側から片手をテーブルについて、その牛顔を近づけてきた。


「力も、魔力も、地位も、名声もねえ人間がよお、何、俺たちに交じって堂々と飯食ってるのかねえ、ええ?」


 気の弱い学生だったら、気絶しそうな凶悪なオーラを纏わせて恫喝してくるミノタウロス。しかし、連夜はむしろきょとんとした表情で見つめるだけで、もぐもぐと食べることをやめようとしない。


「おい、てめえ、聞いてるのかよ!! おまえだよな? 二年生のとびきりかわいい龍族の美少女二人をいつも侍らせている生意気な人間っていうのはよ」


 その姿に苛立ったミノタウロスは、その大きな掌をテーブルに叩きつける。

 ところが、その掌が叩きつけられる瞬間、絶妙なタイミングで連夜はひょいとご飯の乗った自分のお盆を持ち上げて衝撃をやりすごすと、またお盆を元に戻し何事もなかったかのように昼御飯を再開する。

 自分の行動が不発に終わったことが一瞬わからず、『へっ!?』 みたいな間抜けな表情を浮かべたミノタウロスだったが、すぐにその意味を知ってぶるぶると震えだした。


「な、なめてんだろ、人間のくせに、俺達のことなめてるよな、おまえ!?」


「えっと、念のために聞いておきたいんだけど、僕に言ってるんだよね?」


 怒りのボルテージをどんどん上げていくミノタウロスとその仲間達の様子に、むしろ困惑したかのような表情で見つめる連夜。一応きょろきょろと周囲を見渡し自分以外に人間種の生徒がいないことを確認してみせる。すると、その態度を見てなめられていると思ったミノタウロス達はますます激昂し、今までの侮蔑に満ちた視線から完全に怒り一色に満ちた眼差しへと変化させて連夜を睨みつける。


「てめぇ以外に人間なんて、いねぇだろうがよ!! ふざけてんじゃねぇぞ、こらぁっ!!」


「う〜ん、やっぱりそうかあ・・こういうシチュエーションて実に久し振りだったから、間違ってたらいけないと思ってさ。ごめんごめん」


 てへへと、笑ってミノタウロスを見たあと、連夜はいつの間にかきれいに平らげたお盆の空の食器に御馳走様でした静かに両手を合わせて瞑目する。そして、そのあと、上着の内ポケットに手を突っ込み、中から一冊の小さなメモ帳を取り出してパラパラとめくり始める。いったいこいつ何をやっているんだという顔をしているミノタウロス達を尻目に、しばらくの間メモ帳とにらめっこしていた連夜であったが、やがて、自分が探していたページがみつかったのか、メモ帳のページをめくることをやめてそのお目当てのページをじっと読み続ける。

 それほど長い間メモ帳を凝視していたわけではないが、すっかり無視されてしまっている形になっているミノタウロス達にとっては、そんな連夜の態度がおもしろいわけがなく怒りの咆哮をあげようと口を開こうとした、まさにその絶妙なタイミングで連夜が先に口を開いた。


「えっと、一年生のジャック・ブルータスくん・・だよね?」


「な、なに!? なんでおまえ俺の名前を知ってる!?」


「あ~、よかった。ちゃんとあっていたんだね。えっと、嶺斬泊南中学校出身。『黒大牛ブラック・ビック・ブル』の異名を持つ怪力自慢。普段は主に同じ南中学校出身の生徒達と行動を共にしている。ってことは君の後ろにいるのは君の中学校時代からの子分ってことなのかな? 僕の情報あってる?」


 無邪気な笑顔を浮かべ、かわいらしい仕草で小首を傾げて見せながら目の前に立つ牛頭人体(ミノタウロス)族の少年ジャックに問いかける連夜。そんな連夜の問いかけに対し、ジャックは慌てたように怒声をあげる。


「て、てめぇ、俺のことを調べたのか!?」


「うんまあ、一応ね。『敵を知り己を知れば百戦危うからずや』って、別世界の兵法家の方も仰っておられるから、この学校に通う生徒達の中で扱いに注意が必要な『人』物はそれなりに調べておいたんだけど・・」


「はあ? 別世界? おまえ頭おかしいのか?」


「ああ、ごめんごめん、そこは聞き流しておいて。それよりもさあ、ほんとに君がジャック・ブルータスくんなの? 自分が調べておいてなんなんだけど、どうしても実物と情報が一致しないような」


 不良達にはさっぱりわからない謎の独り言をブツブツともらしながら、片手に持つメモ帳を真剣に読んでいた連夜だったが、やがて顔をあげて目の前の厳ついミノタウロスに問いかける。


「しつこいようだけど本当に君がジャック・ブルータスなんだよね?」


「ほんとしつこいな、おまえ。そうだよ、俺が元南中の総番ジャックだ!!」


「『黒大牛ブラック・ビッグ・ブル』の?」


「そうだ」


「中学時代に格闘選手権大会ジュニアの部で三位入賞の?」


「そうだ」


「三年生のお姉ちゃんがこの学校の現生徒副会長のジェーンさんで、二年生のお姉ちゃんジェリーさんは槍斧(ハルバード)部のエースで次期キャプテンの?」


「そ、そうだ・・って、ちょっと待て、おまえ!! ひ、『人』の家族構成にまで探りを入れやがったのか!?」


「いや、探りやがったのかって言われても、そもそも情報の提供源は君のお姉さんのジェリーさんなんだけどね。なんか、すっごい仲が悪いんだって、君達?」


「ほ、ほっとけ!! 『人』の家庭の事情はどうでもいいだろうが!!」


「いや、それで君の麗しの姉君からいろいろと君のことを聞かせてもらったんだけど、どうしてもよくわからないのが、この君の趣味なんだよね。なんか今見ている実物の君と合致しないというかなんというか」


「し、し、し、趣味だと!?」


 首を捻って心底わからないという表情を浮かべてみせている連夜。しかし、対面に立つミノタウロスは連夜が悩んでいる内容に心当たりがあるのか、先程連夜が発したある単語に劇的に反応を示しみるみる顔を青ざめさせていく。  

 そんなジャックの反応にしばらく気がつかなかった連夜であったが、ふと顔を見上げたときにジャックの表情が目に映り、ぽんと片手をもう片方の掌に軽く叩きつける。


「ああ、その反応からするとやっぱりこの情報は事実なんだね。いやあ、流石の僕もいくらなんでもそれはないだろうと思っていたんだけど、『人』って本当にいろいろな側面があるよねえ。びっくりだ」


「な、な、な、なんの情報だという・・」


「いや、君の趣味がミカちゃん人形のコレクシ」


「うわわあああああああああああああっ!!」


 絶対に誰にも知られたくない秘密を連夜が口にしようとしていることに気がつき、連夜の声をかき消すべく慌てて大声で絶叫するジャック。そんなジャックの様子をしばらくぽか~~んと口を開けて見つめていた連夜であったが、やがて生暖かい表情を作ると片手をひらひらとふってみせるながらわかったように口を開く。


「もう、そんなに照れなくてもいいのに」


「照れてないわ!! てめぇ、いい加減にしろよ!!」


「いいじゃない、別に男の子がかわいいミカちゃん人形を集め」


「ぎゃああああああああっ!! どさくさ紛れにまたしゃべろうとするな、貴様!!」


「わかったよ、もう言わないよ。でも別にいいと思うんだけどなあ。そういえば君のお姉さんが言っていたけど、集めたミカちゃん人形でおままごとごっこをたまにしてるって聞い」


「ぶあああああああああっ!! しゃべるなというとるんじゃああああっ!!」


 あまりにも連夜がしつこく聞いてくるものだから、とうとうキレてしまったジャックは、両手を振り回しながら暴れ出してしまう。

 しかし、肝心の連夜はすでに素早くそこから退避したあと。とばっちりはすぐ近くにいた子分達に振りかかり、何人かがジャックの剛腕の犠牲になって床の上にたたきつけられることに。

 そんな彼らの様子を『人』の悪い笑みを浮かべて眺めていた連夜だったが、ジャックが暴れたせいで子分達だけでなく食堂のテーブルや長椅子にまで被害が及んでいるのを見て顔を顰める。


「まったくもう、ジェリーさんの言ってた通りだ。キレると見境がなくなるって情報も本当か。やれやれ、お~い、ちょっと君達、外で遊ぼうよ。ここは遊ぶところじゃないんだよ?」


 とジャック達にいうと、お盆を持って立ち上がる。すると、そんな連夜の声を聞いてジャックがようやく我に返り、そちらに鋭い視線を向けて咆哮する。


「ま、待てよ、逃げる気か!?」


「へ? いや、ここだと食堂のおじさんやおばさん達に迷惑かかっちゃうでしょ。すぐそこに誰も来ない体育館裏があるわけだし、そこでお話しようよ。ちょっとお盆返してくるから」


 そうにこやかに告げると、連夜は食堂の食器返却口に向かってお盆を返しに行く。ミノタウロス達は、そのまま連夜がとんずらするのではないかと、注意して連夜の行方を追っていたが、そんな気配は微塵もみせずにとっとここちらにもどってきた。


「さ、行こう行こう。もう昼休みあんまり残ってないし」


「・・あ、ああ、きっちり話させてもらうぜ」


 物凄く釈然しないながらも、連夜の後に続いて食堂を出ていくミノタウロス御一行。しかし、食堂から出て行く途中、連夜がふと振り返りミノタウロスに顔を向ける。


「なんだ、まだあるのか?」


「ああ、いや、大したことじゃないんだけど、僕に声を掛けてきた理由って何? 三つほど思い当たる理由はあってそのどれかだろうとは思っているんだけどね。思い当たる理由その一つ目、さっき君が言っていたけど僕が人間族で気に入らなかったから」


 そう言って連夜はじっとミノタウロスの瞳を見つめる。ミノタウロスは『何をガンたれてくれてんだ!!』と怒鳴りかけたが、連夜の瞳が恐ろしいまでに真っ暗で、その中にどこまでも底の見えない『闇』が広がっていることに気がつくと、思わず絶句して立ち尽くしてしまう。そして、まるで蛇に睨まれた蛙のようにその巨体を硬直させ、ただただ冷や汗を大量に流しながら自分を支配する得体のしれない恐怖に怯え続ける。

 そんなジャックの様子を見つめながら、連夜は自身が発する『闇』のオーラを収めようとはせず何かを見透かすかのようにますますその瞳、いや、全身にまとう『闇』を深めていく。


「あらら、違うのか。人間族が気に入らなくて僕に声をかけてきたわけじゃないみたいだね。それじゃあ、思い当たる理由その二つ目、僕個人が弱そうに見えて八つ当たりで捻りつぶすのにちょうどよかったから」


「な、な」


「あれ? これも違うの? ちょっと待ってよ。またなの? まさかとは思いたかったんだけど、君もなのかい?」


 目の前のミノタウロスだけでなく、不良達全員が認識できるほど嫌な感じのプレッシャーを周囲に発し、ジャックのことをじっと見つめていた連夜だったが、やがて何かに気がついてそのプレッシャーを緩める。そして、なんともいえない嫌そうな顔を浮かべて見せるのだった。 


「あ~、えっと、思い当たる理由その三つ目。龍乃宮 姫子ちゃんか、龍乃宮 瑞姫さんかどっちかわからないけど、僕が二人と仲良くしているのがおもしろくなかったから?」


「!!」


 その言葉を聞いた瞬間、厳ついミノタウロスの顔が一瞬にして真っ赤になり、それを見た連夜の顔がうんざりしたものへと変化する。


「もう~~、なんか最近そればっかりだなあ。僕に声をかけてくる連中のほぼ全ての理由がこれだよ。まったくもう、そんなにあの二人のことが好きなら、告白するなりなんなりするなりして自分からアプローチかければいいじゃない。なのになんで僕を排除することを優先させるのかなあ。ただの友達でしかない僕を排除したところでなんにも変わらないのに。やれやれ、もういい加減にしてほしいなあ」


 盛大に嘆きながらがっくりと肩を落とす連夜。そして、首をゆっくりと横に振ってみせながら連夜はジャックやその子分の不良達のほうに視線を向けると、いつにない真面目な表情で口を開く。


「そうやってなんでもかんでも力づくでなんとかする、なんとかなるっていう考え方。昔の誰かとそっくりで、妙な親近感がわくけどさ。だからと言って僕は君の思うようにはならないし、なってはあげないよ」


「うっせえうっせえ!! てめぇはおとなしく俺達にボコられていればいいんだよ!!」


 自分達に纏わりついていた『闇』のプレッシャーが緩んだことで、いつもの威勢を取り戻したジャックが、自分よりも小さな連夜に向かって威嚇の怒声をあげる。しかし、連夜は全く動じる様子もなくちょっとの間ジャックの顔を見つめていたが、呆れたような表情を浮かべてスタスタと先に体育館裏に向かって歩きだす。


「ちょ、まて、このちび!!」


「はいはい、昼休みの時間もうそんなに残っていないんだから、ちゃっちゃと行く。それでちゃっちゃと済ませよう」


 ジャックに背中を向けたまま連夜はそう呟き、その言葉を聞いてますます怒りを募らせたジャック達は慌てるように連夜の後を追いかける。しかし、ジャック達は全く気がついていなかった。前を向いている少年の顔が、とてつもない邪悪な笑みを作り出していることを。。

 そして、彼らはこのあと存分に思い知ることになる。

 自分達がからんだ相手が、彼らにとんでもない『祟り』を下す荒御霊であることを。

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