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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
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第四話 『燃えよ!! 緋の鳥』 その1

 そこにあるのは憎しみでも恨みでもない、戦わなくてはならない宿命なんていう大仰なものは当然ないし、過去にあった何かの因縁でもない。

 無理に戦う必要なんてないし、ぶつかりあう必要もない。いがみあうことも、罵り合うことも、そして、拳で殴り合って互いを傷つけあう必要なんてどこにもないのだ。

 しかし、それでも二つの猛き魂は、その激しさゆえに互いにぶつかりあう。

 互いの身体に渾身の力で拳を叩きつけ、蹴り飛ばし、己こそが勝者となるべく戦いあう。そこには理由なんてない。ただ、相手が気に入らない、とてつもなく気に入らない。しかし、無視しあって互いの存在をないものにもできないし、どちらかが道を譲って通り過ぎることもできなかった。

 だからこそやりあうしかなかった。とことんまでぶつかりあうしかなかった。お互いがお互いを心から理解できるようになるときがくるか、あるいは、どちらかを完全に潰してしまうそのときまで。

 今日も二つの魂はぶつかりあう。


「はああああっ!!」


 真紅のまるで真っ赤に燃える炎のような色をした髪の少年は、深蒼色の髪の少年が放った岩をも砕く必殺の蹴りを見事な後方月面宙返りでかわし、そのまま天井に着地。重力によって地面に引き戻されるよりも早く、少年は天井を強く蹴って自ら床めがけて急降下する。まるで獲物を狙う鷹のように、地面で待ち受ける最大のライバルめがけて一直線に向かっていく。

 

「勝負だぁっ、龍乃宮(りゅうのみや) 剣児(けんじ)!!」


 まるで一本の弓矢のように真っすぐに空中を駆け抜けながら少年は自らの拳を大きく振りかぶり、眼前に立塞がる宿敵に雄叫びをあげる。


「来いっ、(ルー) 緋星(フェイシン)!!」


 教室の床の上にどっしりと足を踏ん張って立ち、腰に右拳を当てて左の掌を前に突き出した構えで、空中から迫りくる真紅の髪の少年を見据えた深蒼色の髪の少年は、彼と同じ猛々しい咆哮をあげて彼を睨みつける。

 そして、次の瞬間、二人の拳は赤と青の炎を発して互いの身体へと吸い込まれる。戦場となった教室の中に、凄まじい打撃音が鳴り響き、その場でその音を聞いたと思った次の瞬間には、二人の少年の身体は弾丸のように別々の方向へとすっ飛んで行く。

 再び教室中に響き渡る轟音。今度は肉体を打つ打撃音ではない、何か固い壁に激突した破壊音。

 廊下で二人の壮絶な戦いを見守っていた人々は、その音が戦いの終幕を告げるゴングであることを悟って一斉にほっとした表情を浮かべるのだった。


「あ~、やっと終わった」


「やれやれ、毎回毎回昼休み始まると同時に教室の中でおっぱじめるのやめてほしいよなあ」


「まあなあ、食ってる最中にやられるよりかはマシだけど、終わるまで飯食えないもんなあ」


「でも、美少年同士の戦いって、なんか美しくていいわよねえ」


「うんうん、互いを傷つけあう姿がなんか、エロいというかそういうの見てるとちょっと、ゾクっとしちゃう」


「わたし(ルー)くんが戦ってる姿みるの結構好き。だって、(ルー)くんってさ空中を自由自在に飛び回るじゃない。なんかすっごいそれが奇麗で好きなの」


「そうお? 私は龍乃宮くんの流れるような連続攻撃がいいわ。まるで踊ってるように見えるじゃない」


『いいわよね~』


「でも、できれば運動場でやってほしいんだけどなあ」


 口々にそんなことを呟きながらクラスメイト達は避難していた廊下からゾロゾロと教室の中へと戻ってくる。そんな中には当然のことながら連夜や姫子達の姿もある。


「まったく、毎度毎度暑苦しいわ鬱陶しいわで、救いようのないやつらよのう」


「本当ですわ。しかも(ルー)くんはともかく、もう片方は我々の身内だというのですから」


「赤の他人ならまだ、心の平穏を保てるのじゃが」


「実の兄ですからねえ」


 教室の黒板の前でひっくり返って伸びている剣児と、教室後ろの掃除用具入れの横でひっくり返って伸びている緋星(フェイシン)を交互に見つめた姫子と瑞姫は、深い溜息を吐きだす。そんな二人の会話を横で聞いていた連夜は、苦笑を浮かべながら首を横に振ってみせる。


「いいじゃない、あれはあれで。僕は二人のこと嫌いじゃないよ。ああいう二人がいてもいいと思う。同じ男の僕だけど、今二人がやっていたようなことは逆立ちしたってできないから、むしろちょっと羨ましいかな」


 少し寂しそうな、そして、どこか羨ましそうな表情で二人の少年達を見つめる連夜。そんな連夜の姿を見た姫子と瑞姫はぶるぶるぶると激しく首と片手を横に振って詰め寄ってくる。


「「ダメダメダメ。君は絶対に真似しちゃダメ!! むしろあんな奴らの真似なんかできなくていいの!!」」


「ええ~~~」


「そ、それよりも連夜。ようやく馬鹿どもの馬鹿騒ぎが終わったことだし」


「そ、そうですそうです、楽しくお昼ごはんをご一緒に」


 そう言って目をキラキラさせながら連夜のほうに歩み寄ろうとした二人の美少女。しかし。


「り、龍乃宮さん、僕と一緒にお昼ごはんを!!」


「いや、俺と!!」


「いやいや、私と!!」


「姫子様、私達とお昼ご飯を食べましょ、ね、ね!!」


「むさい男ども散りなさいよ!! 瑞姫様は私達と一緒に食べるんだから!!」


「おまえらこそどけ」


「そうだそうだ!!」


「きゃあああああああっ!! ち、ちょっと、今日こそは連夜と食べれると思ったのにいいいいいっ!!」


「ひゃあああああああっ!! し、宿難くんと、私は宿難くんとご一緒したいのにいいいいいいいっ!!」


 姫子達同様に、乱闘騒ぎが終わるのを待っていたと思われる姫子と瑞姫の無数のファンの波が、あっというまにやってきて二人を巻き込むと、いずこかへと連れて行ってしまった。剣児達の乱闘と同じ毎日行われている恒例行事の一つであり、別に昼ご飯を食べるだけで無事に戻ってくるとわかっているので、連夜は苦笑を浮かべて彼女達を見送る。そしてその後、溜息を一つ吐き出して、自分の席へと戻って行くのだった。

 二人の少年の乱闘騒ぎですっかりめちゃくちゃになった教室。しかし、この教室を使っている生徒達はもう慣れっこになってしまっていて、あちこちでひっくり返っている自分達の机や椅子を何事もなかったかのように手際よくあっという間に元の場所に戻してしまうと、喧嘩が始まると同時に一緒に持って出ていたカバンを開けて、中からお昼ご飯を取り出し思い思いの場所に集まって昼ごはんを取り始めるのだった。


「さっちゃん、今日のお弁当は何?」


「いつも通り、色とりどりの季節の野菜と食用花のお弁当。マリーは?」


「鳥そぼろ弁当!!」


「なんか、いっつもそれのような気がするわね、あなたのお弁当」


「俺なんか売店で買ってきた焼きそばパンなのに・・」


「俺、焼きそばパン買えなくて売れ残りのあんパン」


「あんパンなんかまだマシじゃねぇか、俺なんか食パンしかなかったのに・・」


「あれ? 良子今日はお弁当ちっちゃいね? どうしたの?」


「お願いだから聞かないで。しばらく、ダイエットしないといけなくて・・っていってるのに、あんた何、人の弁当の中にカロリー高そうでおいしそうなから揚げいれてくれてんのよ!?」


「ふとれ~、ふとってしまえ~」


「じゃあ、わたしもコロッケいれちゃう」


「私は、焼売入れちゃう」


「私、ブロッコリー嫌いだから、いれちゃう」


「ちょっと待て、あんたたち!! 人がダイエットしてるっていってるのに、ジャンジャン盛りつけて豪華にするな!! それに誰だ、自分の嫌いなモノをさりげなく押しつけてくる奴は!?」


 教室のあちこちからわいわいと賑やかな話し声が聞こえてきて楽しそうな昼食模様が繰り広げられていく。種族がバラバラであるせいで、その持参してきた弁当の中身も実に様々。『人』型種族が食べている一般的な内容のお弁当もあれば、植物系種族のように植物を使った料理か特殊な肥料が混ぜてある飲料水を持ってきているものもいれば、生きた虫がうじゃうじゃ入った弁当を美味そうに食べている獣人系の生徒もいる。かと思えば、売店で売っている普通の菓子パンを食べていたり、インスタント麺を食べているものもいるし、中身が全くなんなのかわからないドロッとした緑色のスライムのような何かを食べているものもいる。

 食べているものこそ、実にバラエティに富んではいるが、どこの高校にもあり、どこの高校でもみることできる普通のお昼休みの光景。特別なものなど何もないその光景を、連夜はしばし眩しそうに、そして、優しさに溢れる視線で見つめていたが、すぐにその色を消して深く大きなため息をひとつ吐き出すと、自分の作業を再開するのだった。

 そう、連夜は今昼食をとっていない。連夜とてお腹が減っていないわけではなく、昼食をとりたいのはやまやまなのではあるが、そうもいかない事情というものがあるのである。


「連夜~、すまん~」


 床の上から聞こえてくる世にも情けない響きの声に気がついた連夜がそちらに視線を移すと、そこにはぐったりとして床の上に転がる深蒼色の髪の少年の姿。

 連夜は、その姿をなんとも言えない表情でしばらく見つめていたが、呆れ半分の苦笑を浮かべてみせつつ口を開く。


「もう慣れたからいいけどね。ほんとに二人とも毎日毎日飽きないよねえ」


 連夜はそんな風に少年に声をかけながら自分のカバンの中から数本の薬瓶と、いくつかの珠を取り出すとそれを持って少年の横にかがみ込む。そして、優しい手つきで少年の上半身をそっと持ち上げて、蓋を開けた薬瓶を少年の口に持って行って飲ませてやるのだった。


「ほら、零さないようにゆっくり飲んでね」


「いつもいつも世話になっちまって済ま、ごぼぐぼっ!!」


「もう何やってるのさ、飲んでいる最中にしゃべらないの」


 飲んでいる最中に無理してしゃべってしまったせいで薬が気管に入り、盛大にむせかえる剣児。そんな剣児の口から慌てて薬瓶を離した連夜は、まるで出来の悪い弟を見守る姉のように優しくその背中をさすってやり、胸に零れた薬をハンカチでぬぐってやるのだった。


龍乃宮(りゅうのみや) 剣児(けんじ)』 

 

 名前からしてわかるように、姫子や瑞姫の異母兄の少年。

 ただし、姫子や瑞姫の母親達と彼の母親では身分が大きく違う。前王弟の双子の娘で、現龍王の左右を守る王妃である姫子と瑞姫の母親達と違いごく普通の下級龍族の娘であった剣児の母親。元々は現龍王の護衛役を務めていた彼女であったが、いつしかその龍王と情を交わし合う間柄となってしまい、その果てに生まれてきたのが剣児であった。

 龍王は剣児の母親に後宮に入るように勧めたが、自由を愛する彼女はそれを断り、幼い剣児を連れて龍族の宮殿をあとにした。

 一応剣児は龍乃宮の姓を名乗ってはいるが、事実上龍乃宮本家とほとんど接点はない。しかし、『龍乃宮』の姓は宮殿を去ることになった剣児の母親に対して、龍王が送ったせめてもの形見であり、この姓を与えられたことにより剣児と彼の母親は正式に龍の王族として公認された形となっている。

 次期龍王候補の一人として、それなりに注目される存在である剣児。しかし、本人は堅苦しい王侯貴族様の生活なぞこれっぽっちも望んでおらず、自分を連れて王宮の外に出てくれた母親に感謝しているくらい。母親と同じくなによりも自由を愛し、これからもその道を突き進むつもりでいる。

 そんな自由人の彼であるがその性格は、見た通りの熱血漢で御人好し。

 姫子とよく似た容姿をしていて、美男子の部類に入る人物ではあるのだが、むしろ、彼の魅力はその起伏の激しい性格にあり、くるくると変わる表情は見る人を惹きつけてやまない。

 前述したように血筋からいえば、姫子のほうが龍族としての能力は高いはずなのだが、突然変異なのかそれとも武術の達人たる母親の血のせいなのか、歴代龍王に匹敵する武力と神通力をこの歳ですでに身につけており、御稜高校の『嵐の三武神』と呼ばれる三大実力者の一人でもある。

 おさまりの悪いばさばさの深蒼色の髪に、頭から生えた二本の角は大きすぎず小さすぎず見るからに立派、太いまゆげに、らんらんと光る蒼い双眸、百八十ゼンチメトル近くある身長に引き締まった肉体。

 とにかく目立つ、そして、モテる、異様にモテる。

 歴代の男性龍王は色好みで有名であるが、どうやら彼もその血をばっちり受け継いでしまっているらしい。いつも彼の周囲には女性達の姿があり、実に華やかであるのだが、反面、男性の友人はほとんどいない。

 常に複数の女性を連れて歩く剣児を好意的に見る男子生徒はほとんど皆無。友達としてではなく、ぶちのめす対象として近づいてくる者達ばかりだった。

 そんな中にあって、剣児の数少ない男性の友人の一人が連夜だった。それもただの友人ではない。連夜は敵だらけの剣児の側に平気でいることができるただ一人の『人』物であり、剣児にとって連夜は『友人』なんて安い言葉で片づけられるような存在では決してない。

 毎日毎日喧嘩に明け暮れ傷だらけの日々を送る剣児。そんな剣児の側に連夜はいつのまにか現れて、時には彼の傷を治療し、時には彼と共に戦い、そして、時に親に言えないような悩み事を聞いてくれてよりよい解決方法を教えてくれる。 

 そして、今日も連夜は彼の側にある。

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