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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
30/199

第三話 『姫龍と貴龍と黄龍』 その4

 姫子が見つめる先にあるのはいつもと変わらぬ大好きで大好きでたまらない幼馴染の姿。一見おとなしく、まるで愛玩用の小動物のように見えるその少年は、しかし、自分の美貌にも、才能にも、財力にも、権力にも決してなびくことはないことを姫子はよく知っている。己の信念をいつもまっすぐに貫き、そして、ぶれることはない。だからこそ、彼は等身大の姫子の姿をいつもまっすぐに見つめてくれるのだ。周囲が勝手に作り出す性格のいいお嬢様で美少女の姫子ではない、本当の本物の姿の姫子と向き合って接してくれる。

 手を伸ばせばすぐにその手を掴み返してくれる。しかし、自分の元へ引き寄せようとするとすぐにその身をかわしいずこかへと去って行ってしまう。さりとて、姫子が窮地に陥れば再び姿を現し、例えそこが危険のど真ん中にあったとしても迷うことなく飛び込んできてくれる。

 かけがえのない姫子の大親友。決して失いたくない大切な『人』。しかし、彼のことを見つめれば見つめるほど、彼のことを考えれば考えるほど胸が切なくなってしまうのは何故なのだろうか。できることならそれを考えることなく、このままいつまでも、いられたらいいのにと思う反面、もっと深く彼のことが知りたいとも思う。だけど、あと一歩踏み込めば全てが終わってしまう。間違いなく今の関係ではいられなくなってしまう。そんな不吉な予感が姫子をがんじがらめにして動けなくする。

 そこに考えが行きついてしまうと、姫子の目から勝手に水が溢れ出てきてしまう。止めようとしてもなかなか止まらない水が。姫子は自分の心がそこに行きつく前に、頭をぶるぶるとふって脳裏の考えを慌てて打ち消そうとする。

 しかし、不意に心にわき上がってきた何かに突き動かされて横に視線を向けた姫子は、そこに、自分と同じように首を振って見せている異母妹の姿を見つけ、呆気に取られてそちらを凝視する。


「み、瑞姫、何をしておるのじゃ?」


「ふ、ふぇ? あ、そ、そのなんでもないですわ。御姉様こそ、その目、真赤ですけど」


「ええっ!?」


 お互いの声で自分達の今の状態に気がついた二人は、慌てて自分の目をゴシゴシと拭い、その後バツが悪そうな表情で笑い合う。そして、同時にもう一度今まで自分達が見つめていたものに視線を向けなおす。なんとなく、なんとなくではあるが、今、二人は同じことを考えているような気がしたが、敢えてそれについては触れず、ただ、自分達の大切な友達の少年の姿を万感の思いをこめて見つめ続ける。

 すると、その少年は、なぜか物凄く気まずそうな表情を浮かべ、口をパクパクと動かしながら何かを言いたそうにしてしきりに指先を自分達に向けていることに気づく。二人はきょとんとして顔を見合せた後、再び連夜のほうに視線をもどし、同時に『私?』と自分を指さして見せる。

 だがすぐに連夜は『違う違う!!』と片手と首をぶんぶんと横に振って見せ、先程よりも強く指先を自分達に向けてつつくようなジェスチャーをしてみせる。そして、ゆっくりと大きく口を開け閉めして何かの言葉を伝えようとする。

 その様子をじ~っと見つめる姫子と瑞姫。


「「う・し・ろ? ってこと」」


 二人が同時に問いかけると、連夜は『正解、その通り!!』と言わんばかりに指先を二度ほどもう一度姫子達に向けた後、うんうんと大きく頷いて見せる。しかし、その言葉の意味がイマイチまだよくわかっていない二人は小首をかしげながら怪訝な表情を浮かべて顔を見合せたが、お互い意味がわかっていないのだとわかると肩を竦めあい、ともかく後ろを振り返ってみるかとばかりにゆっくりと自分達の背後に視線を向け直す。

 すると、そこにはいつも見慣れた大きな黒板と、いつも見慣れた教壇と、そして、いつの間にやってきていたのか、いつも見なれた担任の女性教諭の姿があった。

 女性教諭は一見いつも通りの爽やかな笑みを浮かべて立っているように見えたが、こめかみに青筋がいくつも走っているし、その頬はぴくぴくとひきつっていて、どうみてもその笑顔通りの機嫌のよさでないことは一目瞭然。

 姫子と瑞姫は思わず引き攣った顔でその女性教諭を見つめ返すのだった。 


「ア、ア、アルフヘイム先生!?」


「はい、そうですよ。影が薄いかもしれないですが、あなた達の担任のアルフヘイムです。よかったわ、このまま最後まで気がついてもらえないんじゃないかと心配していたのよ」


 頬を引き攣らせながらもなんとか笑顔を保ったまま姫子達に言葉を紡ぐ女性教諭。


『ティターニア・アルフヘイム』


 連夜達の担任を受け持っている年若いエルフ族の女性教諭。星の輝きそのもののような美しい金髪を腰まで伸ばし、肌が白いことで有名なエルフ族の中にあってもはっきりとわかるくらい美しい真珠色のすべすべした白い肌、若干垂れた目は深いダークブラウン、スレンダーなすっきりした体格でボリュームにはかけるが、間違いなく美人に分類される『人』物。

 まだ教師になってから三年しか経っていないが、温和で穏やかでありながら、言うべきことはしっかり言う性格のせいか生徒達からの人気や信頼はそれなりに高い。

 

「龍乃宮 姫子さん、龍乃宮 瑞姫さん? 青春を謳歌するのはとても大切なことだけど、時と場所と場合を考えてもらえないかしら? もう始業のベルが鳴ってから五分以上たつんだけど」


「「えええっ!?」」


 呆れたように言うアルフヘイムの言葉に、二人は吃驚仰天して黒板の上にかけられた時計へと視線を向ける。すると、確かに時計の針はしっかり一限目の始業時間である八時三十分を越えてしまっているではないか。


「ちなみに、宿難くんの前の席は確かに空いているし、『龍乃宮』のネームプレートが貼ってあるけど、あなた達の席じゃないわよね? 姫子さんと瑞姫さんの席は窓際の一番前と二番目だったと記憶していたんだけど、違っていたかしら?」


「「いえ、違っていません、すぐに戻ります!!」」


 直立不動でアルフヘイムに即答した二人は、ばたばたと慌てて自分達の席へと走って行ってそこに飛び込むようにして座る。そして、教壇の上から白い視線を自分達に向けてくる女性教諭に誤魔化すようにひきつった笑みを返す姫子と瑞姫。


(ほんとに私達が横でさんざん注意しているのに聞いてくださらないんですから、お二人は!!)


(ほんまやほんまや)


 姫子達の隣の席から小声で文句を言ってくるはるかとミナホ。そんな二人に姫子とを瑞姫はキッと視線を向け直す。


(声をかけても私達が気がつかないんだったら、強引に引っ張っていってくれてもよかったではないか!!)


(そうですわ、自分達は私達を見捨ててちゃっかり席にもどっているし、あんまりじゃありませんこと?)


(自業自得です)


(そこまでつきあいきれまへん)


(だいたいお主たちは、だな・・)

  

 小声で怒り声をあげる姫子と瑞姫に対し、はるかとミナホはしれっとした表情で明後日の方向にぷいっと顔を向け知らん顔。そんな二人の態度に腹を立てた姫子は、続けて怒りの言葉を発しようとしたのだったが。


「あ、あ~、ごほん、龍乃宮さん? 龍乃宮 姫子さん? 龍乃宮委員長、私の声が聞こえているかしら?」


「ふ、ふぇ!? あ、アルフヘイム先生!?」


 突然頭上から聞こえてきた声に吃驚仰天して椅子の上に飛びあがった姫子は、慌てて前を向き、声の主である担任の女性教師ティターニア・アルフヘイムのほうを見つめる。自分が近寄って行くまで全然気がつかないという珍しい失態を起こした姫子の姿を見たティターニアは、その仰天する様子があまりにもかわいらしくておもしろくて、怒らないといけない状況でありながら思わず声をあげて笑ってしまうのだった。やがて、その笑いを収めたティターニアは、パタパタと片手を振りながら姫子に話しかける。


「クラスメイトと仲良くするのは大変結構なことではあるけど、そろそろおしまいにしてね」


「も、申し訳ありません」


「授業時間と休み時間のケジメはしっかりつけてね。じゃあ、そろそろ授業始めるわよ。あ、そうだ、委員長。今日はカミオ副委員長はお休みだから」


「え、そうなんですか?」


「うん、なんか登校途中で気分が悪くなったらしいわ。さっき学校に念話があったの。悪いけど今日はそういうことでよろしくお願いするわね。じゃあ、号令よろしく」


「は、はい、わかりましたアルフヘイム先生!! ぜ、全員、起立!!」


 ばたばたと慌てながら立ち上がり号令をかける姫子に続き、教室の生徒達が一斉に立ち上がる。そして、続く『礼』の号令と共に一斉に頭を下げるのだった。

 そんな中、他の生徒達と同様に立ちあがって頭を下げようとした瑞姫は、何気なく少し離れたところに立つ連夜のほうに視線を向けた。そのとき、瑞姫は大した意味はなく連夜の表情を見ながら頭を下げたのだが、自分同様に頭を下げている連夜が浮かべている表情がいつもと違うものであることに気がついて目が離せなくなってしまった。

 頭を下げていたのはほんのわずかな間。しかし、そのわずかな間に連夜は、笑みを浮かべていた。いつもの穏やかで優しい笑みではない。それとは全く逆、不敵で凄まじく邪悪な感じがする笑みであった。

 しばし呆然と頭を下げた状態でそのまま固まっていた瑞姫。そのことに横に座るミナホがいち早く気がついて、慌てて瑞姫を席に座らせる。


「ど、どないしたん、瑞姫様!? みんなもう座ってるで? 何見てたん?」


「え、あ、いやその」


 心配そうに自分を見つめてくるミナホに瑞姫はなんと説明しようかと迷う素振りをみせたが、結局、何も言わずに曖昧な笑みを作って誤魔化す。そして、釈然としない想いを抱えながらノートと教科書を広げて授業に集中しようとしたのであったが、ふとあることを思い出して斜め前に座るはるかにそっと小声で話しかける。


「はるかさん?」


「え、あ、はい、なんですか瑞姫様?」


「こんなこと聞くのはなんなんですけど、確かカミオ副委員長には『サードテンプル』周辺で悪い噂が流れていなかったかしら?」


「あ~、それ噂じゃありません、事実です。うちのクラスの副委員長殿は『サードテンプル』周辺を縄張りにしてる工業高校の不良達と付き合いがあって、結構悪いことしていますね」


「そう・・そうですのね、『サードテンプル』周辺でね。もしかしてカミオ副委員長って、『サードテンプル』を通って通学していたりする? それでその通学途中で他の学生さんにその、悪いこと仕掛けたりとかしちゃうってこともあるのかしら」


「え、ええ、そうです。流石に顔がバレルのを恐れてこの学校の生徒には手を出さないようにしているみたいですけど、他校の生徒達の何人かがひどい目にあわされたらしいって・・なんでわかったんですか?」


「いや、そういうことなら納得したわ。そう、それで登校途中で気分が悪くなったのね」


 いったいどこから仕入れてくるのかわからないが、この学校で一、二を争う情報通として知られるはるか。そのはるかが言うことであるから、恐らくいま言った情報はほぼ間違いではないだろう。自分が知りたかった情報を聞きだした瑞姫は、なんとも言えない笑みを浮かべるとくすくすと小さな笑い声をあげ、やがて再び視線を横に逸らし、離れた場所の席でノートを書いている連夜のほうを見つめる。そこには先程見せていた邪悪な笑みはどこにもなく、いつもどおりの穏やかな表情があるばかり。しかし、瑞姫は知っていた。あの顔もまた連夜が持つ様々な顔の中の一つであることを。


「今度はいったいどこの誰を助けたのかしら?」


 誰にも聞かれないようにそっと小さくつぶやき、どこかうっとりした表情で連夜を見つめていた瑞姫であったが、そんな瑞姫の様子に気がついたはるかが、怪訝そうに問いかけてくる。


「あの、瑞姫様。それで副委員長のことがどうかしたんですか?」


「なんかさっきから変やなあ、瑞姫様」


「え、ええっと!? あ、いえ、なんでも。なんでもありませんわ。あはは、ささ、勉強勉強。集中していないとノート書ききれませんわよ」


 そう言ってわたわたと両手を振り回し、引き攣った笑みを浮かべて見せた瑞姫は、誤魔化すように黒板のほうへと視線を移し直す。そしてわざとらしいくらい真剣な表情で授業を聞き始めるのだった。

 そんな瑞姫の姿に、はるかとミナホは『なんのこっちゃ?』という表情を浮かべて顔を見合わせて肩を竦めて見せると自分達もまた授業を続けているティターニアのほうへと視線と耳を向ける。 

 少しばかり騒がしくはあったが、いつもと少しだけ違った朝は、やがていつも通りの時間の流れへと軌道を修正し合流しいつもの時間となって流れていく。

 そんな緩やかな時間の流れを感じながら、連夜はふと窓の外に広がる青い空へと視線を向ける。どこまでも抜けるように青い空にはいくつもの白い雲。

 いまこの場を流れる時間と同じく変わらない、変わることのない光景。たまには雨の日や曇りの日もあるが、その雲の彼方にはやはり同じ光景が広がっていて、いつかその雲は晴れてまた青い空が姿を現すのだ。

 しかし、連夜は予感していた。もうすぐ自分の世界観そのものが変わる時がくることを。

 それが連夜にとっていいことなのか、それとも悪いことなのかはわからない。しかし、ようやく何かが終わるのだと確信していた。長い長い間、自分はそこに辿りつくために生きて来たような気がする。どんな結果になってもきっと自分は満足だと思う、たとえその結果によってこの世界と決別することになるのだとしても、後悔だけはしないだろうと思っている。

 決して長い『人』生ではなかったが、それでも連夜は自分が恵まれていたと思う。尊敬し目標である父、優しくどこまでも強い母、大事な兄姉妹達、強い絆で結ばれた二人の真友達、共に死線を潜り抜けた掛け替えのない戦友、そして、自分に生きる道を教えてくれたたくさんの師匠達。連夜は自分ほど『人』に恵まれた人生を歩んできたものはそうはいないと思い、そんな『人』達と関われた自分を誇らしく思う。

 そして、もう間もなく今の自分と決別の時が来る。

 しかし、それはあと少しだけ先のこと。そんなに長く時間があるわけではない、だけどそれまではまだ今の自分、いつもの時間。

 だからもう少しだけいつものこの穏やかな空気の中にいたかった。

 そんな連夜の切なる想いに応えるかのように、今日もいつもと変わらぬ学校生活が始まる。


 連夜は机の中から教科書を出してきて、ノートを広げティターニアが黒板に書きだした内容をいつもと変わらぬ調子で書き写しはじめる、そして、なぜかすぐに後ろを振り返ってみる。

 その視線の先には教室の後部扉。連夜は自分の腕時計を出して時間を見つめる。

 いつもの朝を締めくくるのは、いつもの大騒動。それがもうすぐ『嵐』となってやってくる。

 

「そろそろかな」


 教壇に立つティターニアに見つかれば叱責されること間違いない行動だが、なぜか叱責の声は飛んでこず、それどころか他の生徒達も同じように教室の後部扉を注視している。そこに浮かんでいる表情は、何かを期待しているものや、にやにや笑いを浮かべているもの、呆れているもの、明らかに軽蔑しているような表情をしているものと様々であったが、その視線の先だけは同じ。そうして教室の全生徒達が見つめていると、ほどなくして何かが扉をぶち破って飛び込んでくる。

 それは『嵐』。『人』の形をした『大嵐』だった。


「剣児くんはあんたみたいな貧乳とは付き合わないのよ!!」


「はん、その大きな乳に全部養分吸い取られて、頭くるくるぱ〜のおまえとはもっと釣り合わないっての」


「・・とりあえずこの二人はほっといて、私とどこかにデートしに行きましょうか、剣児くん」


「「ちょっとまてい!!」」


「み、みんなお願いだから走りながら喧嘩するのはやめてくれ!! 今日だけは遅刻を免れないと一カ月連続で遅刻ってことになるんだぜ!? って、てめぇ、フェイシン、遅刻するから仕掛けてくんなっつってんのがわかんねぇのか、コンニャロ!!」


「うるさい、色ボケ剣児、さっき始業のベルが鳴っていたのに気がつかなかったのか? もう手遅れだっつ~の!! それよりも毎朝毎朝三人もとびきりの美少女を侍らせて登校してきやがって!! どこの王侯貴族様だ? 今死ね、すぐ死ね、ボクの拳で死にやがれ!!」


「誰が死ぬか!! おまえこそいい加減くたばりやがれボケフェイシン!!」


「おまえがくたばれ、エロ剣児!!」

  

 後部扉を盛大な破壊音と共にぶち破って教室に飛び込んで来たのは三人の美少女と、二人の凛々しい少年。

 全員一応『人』型の種族ではあるが、その種族は全員バラバラ、共通するのは全員常『人』以上に整った容姿をしていることだけだろうか。そんな彼らは教室に入ってからもすぐには自分達の席につこうとはせず、美少女三人は大声を張り上げての口喧嘩をやめようとせず、むしろそれをヒートアップさせていっているし、二人の少年達は傍目から見ても凄まじい技量とわかる武術の技の限りを尽くして拳を交わし合う。

 自分達がすでに目的地に到着しているという自覚は五人共に全くないようで、教室に入ってからかなりの時間がたってもやはり自分の席につこうとしない。それどころか、美少女達はどこから取り出したのかカードを出して、誰が意中の少年の恋人になるかを賭けて勝負を始めてしまうし、少年達は背中に隠し持っていた木刀を取り出して戦いを激化させていく。

 そんな乱痴気騒ぎをクラスメイト達は半ば諦めたような視線で見つめていたが、やがてその『大嵐』を吹き飛ばす特大の『大雷』が鳴り響くことを予感した彼らは一斉に耳を塞ぐ。

 そして、その直後、『大雷』は予想通り『大嵐』の中心地点へと落とされるのだった。


『やめなさ~~~~~い!!』


 力のある言葉を声に乗せて発することで様々な能力を発揮することができるという特殊技能の使い手『声紋使い(スペルユーザー)』。

 その『声紋使い(スペルユーザー)』の中でも特に強い力を操ることができる上級技能者に与えられし字名『言霊使い(ボイスラッガー)』を持つティターニアの『言霊(ことだま)』を、不意打ち同然の状態でまともに食らってしまった遅刻者五人組は、教室の床の上に無様にひっくり返る。

 しかし、相当な武術の腕を持つと思われる少年二人はすぐさまよろよろと立ち上がると、痛む頭を押さえながら恨めしそうに教壇の上に立つティターニアのほうへと視線を向ける。


「ちょ、先生、いくらなんでもか弱い生徒に向かって『言霊(ことだま)』は、やりすぎじゃねえ?」


「あ~、ちっくしょう、まだ頭ががんがんする」


「黙りなさい、龍乃宮くん、(ルー)くん。毎日毎日喧嘩しながら登校してきて、しかも毎日遅刻じゃありませんか。いい加減にしなさい!!」


「「だって、こいつが!!」」


 ティターニアの言葉を聞いた二人は同時に互いを指さし、互いを威嚇するようにして睨みあう。そんな二人の様子を見ていたティターニアは、深い溜息を一つ吐き出すと両手を腰にあてて再び腹から絞り出すようにして『言霊(ことだま)』を発する。


『やめなさいって言ってるでしょ!!』


「「ぐあああっ!! せ、先生、『言霊(ことだま)』は反則!!」」


 またもやまともに『言霊(ことだま)』を食らうことになってしまった少年二人は、頭を抱えて床の上を転がりまわる。


「何が反則ですか。あなた達に普通の声や言葉が通じないことはこの一カ月で嫌というほど学ばせてもらいましたからね。ほらほら、いつまでも床の上に転がってないで、壊した扉の修理をしなさい」


「「は~い」」


「それからクロムウェルさん、ボナパルトさん、(ホワァン)さん、さりげなく誤魔化して自分達の席に着こうとしてもだめですよ。あなた達は今すぐバケツに水を汲んできて、両手に持って廊下で立っていなさい!! 今すぐ!! バケツを両手に持ってです!!」


「「「は、は~い。ごめんなさ~い」」」


 少年達が怒られている間にこっそり自分達の席に行こうとしていた三人の美少女達だったが、あっさりとティターニアにみつかって撃沈。持って来ていたカバンを自分の席に置くと、後ろにある掃除用具入れからバケツを取り出してすごすごと教室から出て行く。 

 そんな彼らの様子をしばらくくすくすと笑いながら見守っていた連夜は、満足気に頷いて呟くのだった。


「騒がしくも楽しい朝。さて、今日も一日楽しく過ごせるといいな」

 

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