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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
現在(高校三年生編)
3/199

第二話 『麗狐乱舞』

 白煙の中は大乱闘の真っ最中、体操服姿の生徒達と、改造していると思われるバラバラな学ラン姿の生徒達があちこちで戦っているのが見えた。その学ラン姿の生徒達をよく見てみると、玉藻の記憶にひっかかる顔がちらほらと見える。


「私が赴任初日にシメてやったやつらか。ほんと懲りないわねえ」


 恐らく襲撃してきたのはこいつらだ。それも大した理由ではないに違いない。退屈しのぎ程度で授業を妨害しに来たのだろう。呆れ返り何とも言えない軽蔑しきった表情で不良達を見つめる玉藻。溜息を一つ吐き出して一瞬疲れたような表情になりがっくりと肩を落として見せるが、次の瞬間、獰猛な肉食獣のそれへと表情を変化させる。そして、すぐ近くで草原妖精(グラスピクシー)族の少年の上に馬乗りになり、下卑た表情を浮かべて少年を殴打しようとしていた魔族の不良の側まで一瞬で移動すると、その脇腹をとんでもない力で蹴り飛ばし、宙へと舞いあげる。


「ぎゃぴっ!!」


 一瞬自分に何が起きたのかわからなかった不良は、痛む脇腹を押えながら空中でバタバタともがき続ける。その後、ある程度まで宙を上がって地面に向かって落下し始めたとき、ちょうど下を見た彼は、そこに待ちうける者を確認し恐怖で身体を強張らせる。


「え、ちょ、ま、待って・・」


「誰が待つものか。くるくる回って飛んで行け!!」


「い、いや、ちょっと・・グッギャアアア!!」


 まるで伝説の悪狐そのものといった凶悪な笑顔を浮かべて落下してくる不良を待ち構えていた玉藻は、恐ろしいまでに美しいフォームで宙へと跳び上がると、全身のバネを存分に活かした旋風回転蹴りを落ちてきた不良の太った脂肪だらけの腹へと叩きつける。まともにそれを食らうことになった不良は扼殺される寸前の鶏のような泣き声を響かせながら白煙の彼方へと消えて行った。

 それを茫然と見送った草原妖精(グラスピクシー)族の少年は、横にしゅたっと降り立った玉藻のほうに視線を移すと、引き攣った笑みを浮かべて礼を言うのだった。


「た、助けてくれてありがとう」


「ああ、いいのよ別に。ついでよついで。どうせ全員蹴り倒すし。一人蹴り倒すのも二人蹴り倒すのも同じだから」


「そ、そうなんですか?」

 

 玉藻の言葉を聞いた少年は更に表情を引き攣らせ強張らせるが、そちらには視線を向けず玉藻は周囲で暴れまわる不良達へ強烈な怒りの視線を向ける。本来、玉藻にしてみれば不良どもがどこで何をどうしようとどうでもいいし興味なんて全くない。それほど他人に対して思うことなどほとんどない玉藻である。自分に関係のないことであればどこで何をしていようが、誰が傷つこうが、どんな悪事が横行していようが、全く全然これぽっちも興味などないのだ。

 だが・・

 そんな玉藻の唯一とも言える逆鱗に、不良達は直球ド真ん中ドストライク、振っただけで素人でもホームラン的に直触りしてしまったのである。


「他の授業ならともかく、連夜くんが受けている授業を妨害するなんて・・ああっ、そうだ!! 肝心の連夜くんを探さなくちゃ!!」


 腹立たしげな様子を隠そうともせず、周囲で暴れている不良達に音もなく近づいた玉藻は、ハイキックやら浴びせ蹴りやら容赦なく大技を叩きつけて次々と戦闘不能にして黙らせていく。しかし、ある程度周囲を鎮圧して周りが落ち着いてくると、ふと我に返り自分の目的を思い出す。そして、きょろきょろと周囲を探し始める。すると、その独り言を聞いていたのか、さっき助けてあげた草原妖精(グラスピクシー)族の少年が玉藻の側におずおずとやってきた。


「あ、あの、おねえさん、ひょっとして宿難(すくな)を探しているの?」


「え!? ああ、そうよ。どこにいるのか知ってるの?」


 その言葉に速攻で反応した玉藻は、必死の形相で少年に顔を近づけてくる。勿論玉藻に他意は全くなかったが、必要以上に美しい玉藻の顔を間近に見ることになった少年は、胸の鼓動を抑えることができず、顔を真っ赤にして咄嗟に答えることができない。しかし、なんとか息を整えると上気した顔のまま詰まりながらも玉藻の質問に答えてみせる。 

 

「い、今はどこにいるかわからないけど、乱闘が始まってすぐ平和主義で抵抗らしい抵抗をしないから特に狙われやすい植物系や、身体的に弱い小人系の生徒達を集めて連れ出して体育館に避難しようとしていたよ」


「そ、そう、教えてくれてありがとうね!!」


 少年の言葉を聞いた玉藻はもどかしげに体育館がある方向に身体を向けると、そっちに向かって走り出そうとする。だが、そんな玉藻の背中に少年が慌てたように声をかける。


「あ、ちょ、ちょっと待って、お姉さんはいったい誰なの!?」  

 

 その声を聞いた玉藻はちょっと立ち止まって振り返ると、なんとも言えない困ったような表情を浮かべていたが、やがて、引き攣ったような笑顔を浮かべて見せる。


「え、えっと、その・・と、通りすがりの元風紀委員かな?」


「元・・風紀委員?」


「や、やっぱり忘れて、今の覚えていなくていいからね!! ってか、忘れなさい、いいわね!!」


 言葉の最後で照れ隠し気味にキレたように絶叫すると、玉藻は草原妖精(グラスピクシー)族の少年を後に残し、白煙渦巻くグラウンドの中を再び駆け抜けて行った。


「か、かっこいいおねえさんだったなあ・・」


 白煙の彼方に姿を消したなぞのおねえさんをしばらく上気した顔で見送った少年だったが、やがて、二つほど頭を横に軽く振ってみせると、不良達にやられてうずくまっている生徒達を助け起こしてまわりはじめた。

 もちろん、玉藻にやられて悶絶している不良達のことはまったく助けようとせず、放置したままであったが。


「あ〜、もう私としたことが・・何が元風紀委員よ、もっと他に何かあったはずなのに、もう〜〜!! ま、まあいいわ。どうせ、あの子も忘れちゃうだろうし、それよりも今は連夜くんだわ。連夜くんを早く見つけ出さないと・・」


 自分が口走ってしまった恥ずかしい言葉の内容を思い出して悶絶しそうになる玉藻だったが、悶絶している場合ではないと必死で気を取り直し、白煙の中を駆け巡りながら愛おしい恋人の姿を探そうとした。

 だが、そのとき、玉藻の耳に聞きなれた少年達の声が響き渡る。


『待たせたな連夜、他の連中は無事逃がしたぜ!!』


『時間稼ぎとはいえ、おまえ一人に押し付けて悪かった。だが、ここからは俺達の出番だ、おまえはゆっくり休んでろ!!』


『連夜、こんなに傷だらけになってしまって・・許さない、絶対に許さないぞ、貴様ら!! ボクの心友をよくもここまで傷つけてくれたな!! 』


『ああ、クリス、ロム、フェイ、みんなを逃がしてくれてありがとう。だけど僕なら大丈夫。さあ、反撃を開始しよう!!』


 いつもの優しく甘い声ではない、その声の響きには凛々しさがあり、頼もしさがあった。玉藻は、その声の主が間違いなく自分の探し人であると確信し、その声のした方向に視線を向ける。


「い、いまの声は・・れ、連夜くんなの!?」

   

 視線の先は相変わらず白煙が立ちこめ、わずか数メトル先すら見通せない視界の悪さ。しかし、その向こうで激しく戦いあっていると思われる複数の『人』の気配に向かって、玉藻は迷わず走り出す。


『くっそ、ざっけんなよ、ちび!!』


『裏切り種族の人間に、奴隷種族のバグベア、もやしみてえなエルフ族にかっこだけの朱雀族で、俺達がどうにかなると思ってんのか、ゴラッ!!』


『なめんじゃねえぞ、全員両腕両足へし折ってだるまにしてやる!!』


 耳障りな口汚い言葉が玉藻の耳に響き渡る。玉藻は焦りを含んだ表情で白煙の中を更に速度をあげて突っ切っていく。すると、不意に視界がひらけ、白煙がない場所へと足を踏み入れることに。そこはどういう現象になっているのかわからないが、ドーム状に白煙が晴れていて、中にいる者達の姿をはっきり視認できるようになっていた。

 玉藻は体操服姿と学ラン姿の生徒達が入り乱れて戦っている様子をもどかしげに見つめる。


「れ、連夜くんどこ!? ああ、お願い、無事で・・って、あれ?」


 最愛の恋人の身を案じ、乱闘の中に恋人姿を探していた玉藻だったが、その目的の人物を捜し出したとき、自分の予想とは大きく違った展開になっていることを知って思わずあんぐりと口を開けて固まってしまう。


「ぎゃあああっ!!」


「こ、このちび、なんてこと・・ををををばばばっぎゃああああっ!!」


 学ラン姿の不良達の間を四人の体操服姿の生徒達が駆け抜けていく。彼らが側を通るたびに不良達はなぎ倒され、あるいはふっとび、あるいは悶絶して倒れていく。小柄な体格のかわいらしい姿のエルフ族の少年が凄まじいスピードで不良達を掻きまわし、あとに続く百九十ゼンチメトル近くあるであろう巨漢のバグベア族の少年が、その剛腕で不良達を叩き伏せる。そして、あとからやってきた少年三人組最後の一人である朱雀族の少年は、不良たちの頭や肩を次々と踏みつけて宙を舞い、華麗な空中殺法で不良たちを地面へと沈めていく。しかし、たった三人で戦うには相手の数はあまりにも多く、普通なら、どこかで疲れ果てる。そうなってしまったら、もう終りである。数に物をいわされてつかまって袋叩きにされてしまうだろう。

 だが、この場にいたのは三人だけではなかった。直接拳をふるっているわけではない、直接不良を叩きつぶしているわけではない。だが、しかし、間違いなく不良達にとっては最悪の敵がもう一人存在していた。

 決して身体的に優れているとは思えない外見。

 エルフ族の少年と同じくらいの身長で、若干エルフ族の少年よりは筋肉がついているものの、だからといって巨人族やトロール族をぶっとばしているバグベア族の少年と同じような驚異的な力があるわけではない。その見た目通り、その人物にそんな力はなかった。

 では、エルフ族の少年のように凄まじいスピードで動くことができる敏捷性があるのだろうか。

 いや、それもない。他種族が持つ身体的な驚異的運動能力は最後の人物には備わっていなかった。何の能力も持たないことで知られる人間族の平均的よりはちょっとばかり優れているが、驚異というにははるか及ばない。ましてや宙を華麗に舞い跳ぶ朱雀族の少年のような身体的特殊能力などもあるはずがなかった。

 だが、『驚異』はなくとも、彼は十分『脅威』であった。

 前線で戦うエルフ族の少年、バグベア族の少年、朱雀族の少年の三人の後ろにぴったりと張り付き、いったいどこから持ち出してきたのか両手の指にズラリと挟み持った親指ほどの大きさの『珠』を次々と戦場にばら撒いて、力ある呪言を唱えて発動させていく。

 ある『珠』は地面を柔らかくする効果を発動して不良達を動けなくする、ある『珠』は黄色い煙を噴出させ不良達を咳きこませ隙を作る、ある『珠』からは緑の光が放たれ、それを浴びたエルフ族やバグベア族の少年の傷を治す効果を発揮する。

 『珠』は一般的に『道具』と呼ばれているものである。

 ある事情から世界で『霊力』や『魔力』といった異界の力を用いた超常的な魔法が使えなくなってから五百年。魔法の代用品の一つとして生み出されたのがこの『道具』で、様々な効果を発動させる『力』を封じ込めた『珠』を使うことで魔法に近い力を使うことができる。

 だが、この『道具』を使いこなすには、それなりに技術を磨かねばならず、一年や二年修業した程度では大した効果を発揮させることはできない。

 日々たゆまぬ努力を十年以上続けた果てに身につく技術である。

 そんな難しい技術であるから、会得しようという者は少数派であり、修行した者でもなかなか思う通りには使いこなせず、専用の補助器具を必要としたりするのだが、黒髪黒眼の人間族の少年は、そんな補助器具を全く身につけぬままに、自由自在に『珠』を・・『道具』を扱って見せていた。

 

道具使い(アイテムマスター)


 賞賛と尊敬と畏怖の意味を込めて『人』々からそう呼ばれる存在、それが人間族の少年 宿難(すくな) 連夜(れんや)の正体だった。

 決して華麗な動きではない、素晴らしい戦いぶりを見せている仲間の少年達はもとより、相手である不良達の動きと比べてみても、無様でとろくさい。華麗に不良達のパンチを身切ってみせるエルフ族の少年とは違う、豪快に不良達のキックをはじき返すバグベア族の少年とも違う、蝶のように宙を駆け回って敵を翻弄する朱雀族の少年のような動きとも当然違う。地面を転がり、砂を掴んで投げて眼つぶしをし、時には両腕を交差してまともに不良のパンチを受け、痛みに顔をしかめながらもそれに耐える。他の二人の少年に比べれば、全身泥だらけ、体操服から見えている肌は、傷がないところを探すほうが早いくらいに顔も、腕も、足も傷だらけ。それでも、少年は歯を食いしばり、腰をすえ、足を踏ん張って立ち上がり続ける。自分と一緒に戦っている三人の少年達と共に、必死に不良に立ち向かっていっていた。

 そんな連夜の姿を見て、玉藻は一瞬泣き出しそうな表情を浮かべて見せたが、すぐに歯をくいしばってそれに耐えると、きっと怒ったような顔になって少年達の元へと駆け寄って行く。

 そして、大声を上げて乱闘の真っ最中の最愛の少年の名を呼ぶのだった。


「連夜くん!!」


「え、へ? た、たまっ・・あ、あわわ、いやいや、な、なんであなたがこんなところに!?」


 近寄って来た最愛の恋人の姿を吃驚仰天して見つめた連夜は、あやうく恋人の名前を叫び返すところだったが、なんとか踏みとどまってそれを飲みこむと、バツが悪そうな顔でごにょごにょと何かをつぶやきながら顔を伏せる。

 すると、それを好機と見た不良の一人が、動きを止めた連夜に殴りかかろうとするのだが。


「ぎゃははは、バカめっ!! 他所見しやがって、ぶっと・・」


「あんた、邪魔よ!! どけっ!!」  

   

「ぐぎゃああああつ!!」


 連夜に殴りかかろうとしたゴブリン族の不良は、それよりも早く放たれた玉藻の凄まじい回し蹴りを食らって後方へと弾丸のように吹き飛ばされていく。そのとんでもない様子を見ていた周囲の面々は思わず一斉に乱闘を止め、そのままの状態でかたまってしまう。

 しかし、玉藻はそんな周囲の様子に気にする風もなくずんずんと連夜に近づくと、涙目になってしばらく連夜のことを見つめ続けていたが、やがて、目にも止まらぬ速さで連夜の顔を平手打ちした。

 連夜はしばらく俯いて立っていたが、やがて玉藻の顔を見上げると心から申し訳なさそうに見つめ返す。


「ご、ごめんなさい・・その」


「馬鹿っ!! あれほど危ないことしちゃ嫌だって言ってるのに!! なんでいっつもいっつも危険のど真ん中にいるの!? もし、あなたに何かあったら・・何かあったら私・・」


 最初こそ勢いよく怒鳴っていた玉藻だったが、やがて両手で顔を覆っておいおいと泣きだしてしまった。それを見た連夜は慌てふためいて玉藻に駆け寄る。


「す、すいません、本当にすいません、ごめんなさい!! いや、あの、ここまで大事になるとは思わなかったんですよ。本当に」


「嘘つき!! あなたに見通せないはずないでしょ!? どうせ、他の『人』に任せて被害を広げるくらいなら自分だけが傷ついて事態を収拾しようと思ったに違いないわ!! 馬鹿っ!! ばかばかばかばかばかあああああっ!!」


「あ、あばばば・・す、すいま・・せん・・と、とにかくすいません・・」


 そう言って連夜の胸倉を掴んで激しく揺さぶた玉藻だったが、やがて、連夜の顔が泥だらけ傷だらけであることに気がつくと、その顔をそっと手で拭って奇麗にしてやり、その後きゅっと自分の大きな胸に引き寄せて抱きしめる。


「こんなに傷だらけになっちゃって・・でも、無事でよかった。本当に本当にもう馬鹿なんだから!!」


「心配かけてしまってごめんなさい」


「心配かけるかけないよりも、お願いだからもっと自分を大事にして。わかった?」


「は、はい」


 怒ったような悲しんでいるような複雑な表情で玉藻に怒られた連夜は、しゅ〜〜んと項垂れて返事を返す。その様子に反省の色が浮かんでいることを確認した玉藻は、ようやく表情を少し和らげると、すぐ側で油断なく玉藻と連夜を守るように立っているエルフ族とバグベア族、そして朱雀族の少年達のほうに視線を向ける。


「クリスくん、ロムくん、フェイくん、ありがとう。私の大事な連夜くんを守ってくれて本当にありがとうね」


「礼には及ばないぜ姐さん。連夜は俺達のリーダーだからよ」


「だけど、あまり叱らないでやってくれないか、姐さん。連夜がいなかったら、クラスの弱いやつらはこいつらにひどいめにあわされていたに違いないんだ。連夜はさ、ずっと差別されて生きてきたから、何のいわれもなく弱いものいじめされたり、差別されたりするやつを放ってはおけないんだ。俺はそんな連夜にかつて救われたからよくわかる」


「そうだな、連夜は基本的に弱いやつに優しい。不器用でも一生懸命がんばってるやつや、辛いことがあってもそれに負けないやつ、どれだけ相手が怖くて勝てないとわかっていても逃げないやつ、そんなやつらを見捨てることができないのが連夜だ。だから・・だからそんな連夜の行動を責めないであげてほしい」


 玉藻と連夜の関係を知っている数少ない身内である三人の少年達は、口々に自分達のリーダーを庇う発言をし、それを聞いた玉藻は何とも言えない苦笑を浮かべて見せる。


「わかってるわよ。ちゃんとわかってるの。頭ではね。きっと、やむを得ずこうなったんだろうなって頭ではわかってるんだけど、感情では納得できないの。八あたりに近いってわかってるわ、でもね、これも私の本心なの。できれば危ないことはしてほしくない、どれほど卑怯者になっても、薄情者であっても、連夜くんには安全なところにいてほしいのよ」


「でも、僕は・・」


「わかってる。だから・・そんなあなたを守るために私がいるんだもの。本当はね、あなたが傷つく前に辿りついてあなたを守りたかったのに、あなたが思った以上に頑張っていたからちょっと悔しかっただけ。ごめんね。本当はね、連夜くんが戦ってる姿、かっこよかったって思っていたよ」


 そう言って連夜の身体を離した玉藻は、にっこりと笑って見せ、連夜が何か口にしようとするよりも早く素早く顔を近づけてその唇を奪う。横でそれを見ていたエルフ族の少年とバグベア族、そして朱雀族の少年達は顔を見合せて苦笑を浮かべると、二人を見ないように再び不良達に視線を向け直す。


 やがて、ゆっくりと唇を離した玉藻は、もう一度連夜に華のような笑みを浮かべて見せると、連夜に背を向けて不良達のほうへと歩きだす。


「クリスくん、ロムくん、フェイくんあとはいいわよ。ほかの怪我した生徒達を体育館前に集めておいてちょうだい。あとで救急セット持って治療しに来るから。そうそう、連夜くんは昼休みに一人で来てね。ゆっくり個人的に治療してあげるから」


 振り返って魅力的なウインクをしながら連夜にそう言う玉藻を、一瞬顔を赤らめてびっくりしたように見つめた連夜だったが、やがて苦笑しながら頷いてみせる。その様子を横で見ていたエルフ族の少年とバグベア族の少年がニヤニヤしながら連夜の肩を両側から叩き、朱雀族の少年は『おまえは、いいな』と言わんばかりに笑顔を浮かべて連夜の胸を軽く拳で叩く。そんな彼らに対し連夜はバツが悪そうに顔をしかめてみせたが、結局屈託のない笑みを浮かべて三人を見返すと、彼らを促してそこを立ち去ろうとする。

 すると、それまで呆けたように事態を見守っていた不良達が一斉にざわめきだし、立ち去ろうとする連夜達の行く手を阻もうと動きだす。

 だが・・ 


「はいはい、あんた達は、いかなくていいのよ」


「どけや、くそおん・・ぐべばああああっ!!」


 立ち去っていく連夜と不良達の間に割って入った玉藻に、不良の一人が拳を叩きつけようとするが、とんでもないスピードで跳ね上がった玉藻の足が不良の顎を蹴り砕く。蹴り砕かれた顎をおさえながら泣き叫んで地面をのたうちまわる不良を面白くもない表情で見下ろしていた玉藻だったが、やがて、その美しい姿を禍々しいまでの『恐怖』のオーラで包み、この場に残った不良達を絶対零度の笑みを浮かべて睨みつける。


「さて、あんた達、覚悟はいいかしら? 悪いお遊びの時間は終わり、これから始まるのはお仕置きの時間よ。あんた達に言いたいことはたった一つだけ」


 そう言って自分の足もとの地面をざっざと片足で蹴って固めて、半身に構えた玉藻は凄まじいばかりの闘気を噴出させる。

 

「人の恋人(いのち)を踏みにじろうという奴らは、(あたし)に蹴られて地獄に落ちろ!!」


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