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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
28/199

第三話 『姫龍と貴龍と黄龍』 その2

「あのね、姫子ちゃん」


「うむ」


 連夜が思いつめているようでいて、それでいてとても恥ずかしそうな、そして嬉しそうな顔で何かを告白しようとしだすと、姫子はずいと連夜に向かって身体を乗り出す。


「恥ずかしいからあまり言いたくないんだけど」


「うむうむ」


「実は今日僕ね・・」


「うむうむうむ」


「夕方から・・って、ちょっと待って、姫子ちゃん、顔近い!! めっちゃくちゃ近い!!」


 伏し目がちな状態で話していたため、今まで気がつかなかった連夜であったが、ふと視線をあげてみると姫子の顔が自分のすぐ目の前にあるではないか。それもあとわずかで自分の顔に接触してしまうほどの超至近距離。連夜は泳ぐように両手をバタバタとさせながら慌てて椅子を引いて姫子から離れる。

 すると姫子も自分がいつのまにか連夜の顔に急接近していたことに今更ながらに気がついて、顔を真っ赤に染めながら慌てて顔を引っ込める。


「す、す、す、すまぬ、連夜。その、あの、れ、連夜の声がよくき、聞こえなかったから、その」


 熟したトマトのように真っ赤に染まった顔を伏せ、両手を組んでもじもじしながら小さな声で言い訳を続ける姫子。そんな姫子の言い訳を聞いていた連夜は、どこかほっとした様子で胸を撫で下ろし、苦笑を浮かべて見せる。


「ああ、そっか。ごめんね。でも、あまり大声で言いたくない内容だったからさ、自然と声が小さくなっちゃったというか」


 そう言ってしばらく腕を組んで考え込んでいた連夜だったが、やがて顔をあげると困ったような笑顔を浮かべながら姫子のほうに視線を向ける。


「姫子ちゃん、ごめん。やっぱり恥ずかしいから勘弁して。なんだかんだ言って僕一人舞い上がってるだけで、僕が期待しているようなことは何もないのかもしれないしさ。もし、そうだったら僕すっごいみじめだから」


「ええええっ!? な、なんじゃそれは!? そこまで言われたら逆に気になって仕方ないではないか!!」


「ご、ごめんね、思わせぶりしちゃって。でも、ほんとに僕も何があるか知らないんだ。待ち合わせだけはしているんだけど・・」


「待ち合わせ? 誰と?」


「それはもちろん」


「もちろん誰じゃ?」


 しばし見詰めあう連夜と姫子。片方は『しまった、また口が滑ったあああああっ!!』という焦りまくった表情で。もう片方は『それはいったいどこの誰なのよ!?』という怒りまくった表情で。

 戦う前からすでに勝敗が決した状態で睨みあう二人であったが、やがて敗者は視線をつつ~~っと逸らし、苦し紛れの一言を口にする。


「も、黙秘権を行使します」


「れんやああああああっ!!」


 最後の一言で完全に何かが切れてしまった姫子は、連夜の襟首をガシッと掴むと、縦に横にとぶんぶん振りまわしながら涙目になって怒声をあげる。


「誰!? 誰なの!? 言いなさい、言いなさいよ!! 女? もしかして女なの!? 女と待ち合わせしているのね!? そうなのね!?」


「ちょっ、ひめっ、ぐるしっ、やめっ、ちぬっ、ちんじゃうっ」


「いやっ、連夜の不潔!! 女と、女と待ち合わせしているだなんて!! 汚れてる!! 連夜だけはあいつのようなことはないと思っていたのに、あんなスケベの権化のような奴と違って私を裏切ったりしないと思っていたのに!! はっ!! ま、まさか、もう汚れちゃったの!? 大人の階段を上っちゃったの!? うそでしょ? ねえ、連夜、嘘よね? そんなの嘘よね!? 嘘と言ってえええええっ!!」


「う、うぷっ、は、吐きそう、ひ、ひめっ、ちゃん、やめ、もう、げんか、はいちゃう」


 上級種族中の上級種族である龍族のありあまる身体能力でぶんぶん振り回され続けた結果、連夜の顔色は完全に真っ青に。しかし、当事者の姫子は全くそれに気がつかず、泣き叫びながら連夜の身体をシェイクし続ける。人間族にしてはかなり頑丈で精神的にも非常にタフな連夜であるが、物には限度があり、お腹の中から徐々にせり上がってくる酸っぱい何かを押し留めておくのは最早限界に近い状態。このままでは目の前の美貌の幼馴染にとんでもないものをぶちまけてしまいかねないと、連夜が本気で危惧し始めた、まさにそのとき、三人の救い主が姫子の身体に飛びついて、連夜からひっぺがえしてくれたのだった。


「いけません御姉様!! 正気に返ってくださいませ!!」


「姫子様ストップ、ストップ!!」」


「これ以上はあかん!! 姫子様、ええ加減にしとかんと宿難はん死んでしまうで!!」


 音もなく姫子に近づいた三人の女子生徒達は、姫子の両肩、腰、足に組みついて完全にその動きを封じにかかる。そんな状態であるにも関わらず、姫子はまだ『連夜のばかああああっ』と泣き叫びながら自慢の馬鹿力で三人の手を振りほどこうと大暴れを繰り返すが、流石の姫子も一対三の劣勢を跳ね返すことはできず、やがてがっくりと肩を落として力を抜くとその場にうずくまってしまうのだった。 


「はぁ、はぁ、う、うぇっぷ。あ、あぶないところだった。助かったよ、龍乃宮さん、水池さん、東雲さん」


 新鮮な空気を存分に吸い込み、せり上がって来ていたものをなんとか胃の中に押し戻すことに成功した連夜は、自分の救い主達に視線を向けてぺこりと頭を下げる。すると、救い主のリーダーらしき少女はなんとも困ったような表情を浮かべ、姫子と連夜を交互に見つめながら深い溜息を吐きだしてみせ、そのまま目の前にうずくまる姫子に何かを言いかけたが、はっと何かに気がついたという表情をしたかと思うと、姫子からついっと視線を外す。そして、どこか拗ねたような視線を連夜に向けて責めるような口調で話しかけてくるのだった。


「礼など必要ありませんが、それよりも何か忘れていませんか、宿難くん?」


「え、忘れていることって・・ああ、そっか。龍乃宮さん、お早うございます。それに水池さんも、東雲さんもお早うございます」


 一瞬きょとんとした顔をして見せた連夜であったが、すぐに朝の挨拶がまだであったことを思い出して三人の少女達に慌てて挨拶をし、連夜の挨拶を受けた三人の少女達はにっこりとほほ笑んで挨拶を返す。

   

「おはようございます、宿難くん」


「おはようさん、宿難はん」


「はい、お早うございます、宿難くん。ところで朝からいったいなんの騒ぎですの? 御姉様がここまで取り乱すとは、宿難くん、あなたいったい御姉様に何をなさったの?」


 詰問というほどきつい口調ではないが、明らかに責めているとわかる口調で連夜に穏やかならざる視線を向けてくる少女。


龍乃宮(りゅうのみや) 瑞姫(みずき)


 姫子よりも三カ月遅く生まれてきた異母妹で、姫子と同じく龍族の王の一族に名を連ねる者。

 母違いの妹ではあるが、彼女は姫子に非常によく似た美少女だった。瓜二つというほど似ているわけではない。しかし、一つ一つのパーツが本当によく似ている。

 姫子とはっきり違うと言える部分は、目と髪ぐらいだろうか。黒眼の姫子に対し、瑞姫のそれは鮮やかな碧色、漆黒で肩よりも若干長いくらいの髪の姫子に対し、瑞姫の髪は深い碧い色で、腰のあたりまで伸びているほど長い。身長は姫子と同じくらいで、スタイルもまた姫子とよく似ていて抜群であるが、若干姫子よりはボリュームがなく、その分すっきりしている感じがする。

 以上のように外見的には双子と言っても過言ではないほど姫子とよく似ている瑞姫だが、内面となると姫子と決定的に違うところが二つある。

 一つはそのにじみ出るオーラの質の差。遠く離れた場所からあっても絶対に見間違えようのないような強烈極まりない眩しいオーラを放ち続ける姫子と対照的に、瑞姫が放っているオーラはあくまでも控えめで静かに輝くオーラ。同じような麗しい容姿の美少女達であるが、並んで立つと太陽と月くらいはっきりとその輝き具合が違っていた。

 とはいえ、姫子同様に実に優秀な人材であることは間違いなく、魅力や武術に関しては姫子に大きく及ばないものの、学力、スポーツに関しては姫子を凌ぎ、学校のスーパーアイドルである姫子人気に隠れてわかりずらいが、学校内での実際の瑞姫の人気はかなりのものがある。そんな瑞姫であるから、姫子同様連日のように男子生徒達から秋波を寄せられているわけだが、ここでもう一つの違いが現れる。

 もう一つの違い、それは、完全フリーで未だ意中の人はいないと公言している姫子と逆に、瑞姫は既に意中の『人』物がいることを公言していることである。

 相思相愛になっているわけではないが、今のところはその『人』以外の『人』とお付き合いすることは考えられないと周囲の知人達にきっぱり断言していて、それが故に、姫子のほうと違って直接あるいは間接的にも瑞姫に告白してくる男子生徒はほとんどいない。

 告白してもほぼ百パーセント断られるのがわかっているからだ。実際、まだそのことを公言していなかった高校一年生の時に、告白した者達は全て奇麗に玉砕した。

 その中には学校で十指に入るような美少年や、天才的武術家の生徒、学年トップスリーに常に入る秀才、あるいは学校でかなりの実力を誇る不良など、錚々たるメンバーが顔を連ねていたが、瑞姫はいずれの告白を受けても決して首を縦に振ろうとはしなかった。

 それだけのメンバー達を退けてしまうほど、瑞姫が強く想う相手とは。

 みながみな、その意中の『人』物について知りたがったが、最初瑞姫は恥ずかしがってそれを明かそうとはしなかった。しかし、異母姉の姫子がそれに興味を示し、半ば強引に彼女の口を割らせてその正体が判明する。


『瑞姫、お主の好きな殿方はいったいどこのどなたなのじゃ? 将来私の義弟になるのかもれないのじゃから、教えておくれ』


『もう~、御姉様は本当に強引なんですから。でも、別に隠しているわけではないのですよ。私が一方的にお慕い申し上げているだけで、正式にお付き合いをさせていただいたことなどないものですから、私はその方のお名前を知らないのです』


『な、なに? 名前を知らない? いや、しかし、この学校の生徒なら名前くらいはわかるじゃろ?』


『いえ、この学校の生徒ではないかもしれません。あるいは私よりも年下かもしれませんし、年上かもしれません。何せ、ちゃんと姿形を確かめたわけではありませんしね。そうそう、男性かどうかもわからないんですの。あはは、おかしいでしょ』


『『あはは』じゃないわ!! お主は私をからかっておるのか!? いったいなんじゃそれは!? ひょっとしてお主ペットか何かに恋しているとかそういうのじゃないだろうな!?』


『違います。れっきとした『人』ですわ。その方は『サードテンプル』周辺に気まぐれに現れる黒装束の仮面の騎士』


『黒、装束の、仮面の、騎士? な、な、なんじゃとぉっ!? そ、それはもしや『祟鴉(たたりがらす)』ではないのか!?』


 驚愕の声をあげる姫子に対し、瑞姫は自分が恋に落ちた顛末を恥ずかしそうに語って聞かせた。

 それは瑞姫が中学校三年生の時のこと。瑞姫は『サードテンプル』にある進学塾に通っていたのだが、その帰り道、気まぐれでいつもと違う道を通って帰ってみようとしたところ、見事に迷って『サードテンプル』の裏通りに迷い込んでしまったのだった。賑やかで華やかで治安も行きとどいている表通りと違い、裏通りは文字通りのスラム街。あっというまにチンピラ達に囲まれて衣服をむしり取られた瑞姫は、女性として最大の屈辱と恥辱と、そして、恐怖を味わうところであったが、そこに颯爽と現れて彼女を救いだしてくれたのが黒装束姿の謎の怪『人』であった。

 

『なるほど、そのとき自分を助け出してくれた彼奴に惚れたとそういうわけか』


『ええ、そうなんです。あのときのことが忘れられなくて。本当にカッコよかったですよ。あの方は私の騎士様なんです。白馬の王子様なんです。スーパーヒーローなんです』


『そうか、そんなことがあったのか』


『ええ、そうなんです』


『ところで瑞姫。さっきから気になっていたのだが』


『なんですか、御姉様?』


『なんでさっきから連夜のほうを向きながら話しておるのだ? 『人』と話をするときは相手の顔をちゃんと見ながら話せっていつも言ってるくせになんじゃその態度は』


『あ、ごめんなさい。ちゃんと『人』の話を聞いてくださっているか気になったものですから』


『いや、だから聞いているのは私で、連夜じゃないだろう?』


『ああ、そういえばそうでしたね。そうでしたそうでした。御姉様に私の話を聞いていただいているのでした。間違っても私の意中の『人』にわざと聞かせるように話しているのではないのでした』


『なんじゃそれは? どうした、連夜、なぜお腹を押さえておる? 腹痛か?』


『うう・・胃が・・胃が痛い』


 若干拗ねたような、しかし、どこか物凄く照れまくっているようなそんな表情でじっと連夜のことを見つめる瑞姫と、その視線をわざと見ないようにするかのように背中を向けて冷や汗をだらだら流しながらお腹を押さえてうずくまる連夜を不思議そうに見つめるばかりの姫子。


 ともかくその時の会話が瞬く間に学校中に広まることになり、『祟鴉(たたりがらす)』の伝説がまた一つ増えてしまったわけであるが、その会話があってからなんだかんだと一年が過ぎた今も瑞姫と意中の『人』である『祟鴉(たたりがらす)』の間に進展があったとは伝えられていないが、瑞姫は今も『祟鴉(たたりがらす)』への想いを抱き続けていると明言し続けていて、たまに現れる告白者に対しては一貫してその態度を崩していない。

 そして、自分に近づこうとする男子生徒達をやんわりと拒絶し続け、公的なこと以外で基本的に自分から男子生徒に関わろうとすることはほとんどない。



 たった一人の男子生徒を除いてはであるが。



 その瑞姫にとっての特別な例外にあたる男子生徒を、瑞姫は優しい色に満ちた視線でじっと見つめ続ける。そんな瑞姫の姿を連夜は眩しそうに、しかし、どこか寂しそうで悲しそうに見つめ返す。やがて、何かを振り切るかのように首を二つほど横にふった連夜は、今まで自分の瞳に浮かべていた複雑な色をそっと消し去ると、曖昧な笑顔を浮かべて彼女に向ける。

  

「いや、実に説明しにくいんだけど、その、僕の今日の夕方の予定についてね」


「はあ? 宿難くんの夕方の予定? それだけのことで御姉様はあれだけ取り乱されたというのですか?」


「『それだけのこと』じゃないもん!! 私にとっては大事なことだもん!!」


 ついさっきまでの輝かしい荘厳な美しさはどこへやら、すっかり拗ねてしまった姫子はぐしゅぐしゅと子供のように泣きながら隣に立つ瑞姫を恨めしそうに睨みつける。そんな姫子の様子を見て苦虫を噛み潰したような表情でこめかみを押さえていた瑞姫だったが、やがてキッと姫子を睨みつけてビシッとその美しい指を突きつける。


「『だもん』じゃありません!! 龍族の将来を背負って立とうという者がなんたる醜態ですか。いいですか、御姉様はいずれ龍族の三大権力者の一つ『乙姫』になられるお方なのですよ。『人』の上に立てば、個人の予定など気にしていられる場合ではなくなるのです。公『人』として常に大局を考えて行動しなくてはならないというのに」


「そんな先のことは知らないもん、今は連夜の夕方の予定のことのほうが重大なんだもん」


「だから、『だもん』じゃありません!! なんですか、その口調は!! いいからちょっとそこに正座してください!! 早く!! いますぐに!!」


 未だにぐしゅぐしゅ言っている姫子に対し、物凄い剣幕で詰め寄った瑞姫は、有無を言わさず彼女を冷たい床の上に正座させ、自分自身もその対面に正座して座る。そして、『龍族の誇りや貴き身分の者の責任について御姉様はいったいどうお考えなのですか』などと語り始め、姫子は姫子で瑞姫に対して『瑞姫は真面目で厳しすぎるのじゃ』と反論し、双子のようによく似た二人の美少女は己の主張こそ正しいとばかりに激論を交わし始める。

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