真・恋する狐の華麗なる日常 そのいち
彼女は『夜』が好きだ。
昼間や太陽が嫌いというわけでは決してないが、どちらかというと『夜』のほうが好きだ。
賑やかな昼間とは違い、優しい静寂に満ちた夜。
全てを照らし出す太陽と違い、静かにひっそりと地上を照らす月。
澄み切ってどこまでも青い空と違い、闇の中に小さく姿を現すいくつもの星。
今日という一日に別れを告げ、明日を迎えるための穏やかで安らぎに満ちた時間。
そんな夜が彼女は大好きなのだ。
それは決して・・
それは決して、『闇』が好きだという意味ではない。
それは決して、醜い何かを照らし出す『光』がないことを言いことに、好き勝手絶頂できる時間が好きという意味ではない。
彼女は自分が『闇』に生きる住人であることを十分に理解していた。
自分は『光』に生きる者にあらず。
自分は『正義』に生きる者にあらず。
よくわかっている、そんなことはよくわかっていた。
彼女は純粋に『力』を信奉しているし、それを使うことになんの躊躇いも持たない。奇麗事を言う奴は大嫌いだし、世の中に絶対的に正しいことなんかありはしないと思っている。理想と夢想は違う、生き残るためには美しいことばかりしてはいられないのだ。
しかし、だからといって『闇』そのものが好きということではないし、『光』がキライというわけではない。
ただ、彼女が好きなのはあくまでも『夜』だということなのだ。
自分が属する『闇』よりも、栄光に輝く『光』よりも、生命に溢れる『昼』よりも。
『夜』が大好きだった。
いいや、好きなんてものじゃない、愛しているのだ、心から、魂から、自分の存在全てで。
だから・・
だからこそ。
今日も彼女は戦う、静かな夜の安息に満ちた時間を守るために!!
「ってことで、この夜の平穏と静寂は私が守るから安心してね、連夜くん!!」
今年二十一歳になる霊狐族の美女にして、新婚ほやほやの新妻である玉藻は、目の前に立つ最愛の『人』の姿を見つめながら、力強く断言する。
しかし、その言葉を聞いていたつい最近十八歳になったばかりの人間族の少年にして、彼女の夫である連夜は、非常に微妙な笑顔を浮かべて目の前の美女を見つめ返す。
「いや、あの、玉藻さん?」
「え、何? はっ、ひょっとして不穏な気配を感じるとかそういうこと!?」
連夜の微妙な視線に気がついた玉藻は、どこか緊張した面持ちで問い返し、周囲をきょろきょろと見渡す。
「いえいえいえ。そんなの感じませんから。ただでさえ、僕、『人』の中で最弱の種族である人間ですし、もしそういう気配があるなら玉藻さんのほうが先に察知できるはずですよ」
「え、ああ、そっかそっか。んじゃ、何?」
苦笑交じりに呟く連夜の言葉に、玉藻はふ~~っと肩の力を抜くが、すぐに顔を引き締め、いまだ微妙な視線をこちたに向けている連夜のほうを見つめる。
「いや、あの、大変いいにくいんですけど」
「うんうん、いいから構わずに言って。私と連夜くんはもう他人じゃないのよ。名実共に『夫婦』なんだから!! 『夫婦』よ、『夫婦』!! 『夫婦』と書いて『めおと』と読むのよ、きゃああああ~~、いやああああ~~、恥ずかしい!!」
自分で言っておきながら、顔を真っ赤にして『いやんいやん』と心から嬉しそうに身をよじる玉藻。そんな玉藻の姿を見た連夜は、ますますその視線の色を微妙にし、笑顔を強張らせていくが、なんとか立ち直ると、物凄く言いにくそうにしながらもある事実を玉藻に指摘しようとするのだった。
だが・・
「た、玉藻さん、あのですね」
「ひやあああ~~、『めおと』だって!! 連夜くんと『めおと』だって!! きゃ~~、ひゃあ~~、恥ずかしい、でも嬉しい~~!!」
「玉藻さん、もしもし? すいません、お願いだからそろそろ帰ってきて僕の話を聞いていただけませんか?」
「え、あ、ごめんごめん。ちょっと幸せと愛にどっぷり浸りきってしまったわ。で、話って何? あ!! ま、まさか、愛の告白なの? だ、だめよ、私には連夜くんという大切な人が・・あ、でも、本人だからいいのか。や、やだ、もう連夜くんったら、私に愛をささやいてこれ以上どうするつもりなの? いや、どうしてくれてもいいけど・・いや、むしろいろいろしてほしいというか、あんなことやこんなことでも私は受ける準備できているというか」
「もしも~~し!! 玉藻さん、そろそろ本気でもどってきてくださ~~い!! ってか、本当にもどってきて~~!!」
「はっ!! あ、危ない危ない、愛の底なしブラックホールに呑み込まれてしまうところだった」
「ほ、本当に頼みますよ、玉藻さん」
果てしない愛の妄想ワールドからようやく帰還した玉藻を見て、心底疲れた表情を浮かべながらも安堵の溜息を吐きだす連夜。そんな連夜に対し、てへへとかわいらしく照れ笑いを浮かべて見せた玉藻は、今までの自分の醜態を誤魔化すように連夜に話を促す。
「で、で、それで、話って何なの?」
「いや、ですから~、玉藻さんが僕を守ってくださるというお心遣いはとてもとても頼もしいし嬉しいんですけど」
「うんうん、私はいつでもどこでも連夜くんを守るわよ」
「ここ、僕と玉藻さんの家の中なんですけど」
「うんうん、私はいつでもどこでも連夜くんを守るわよ」
「で、もって、ここは僕の部屋なんですけど」
「うんうん、私はいつでもどこでも連夜くんを守るわよ」
「一応、僕と玉藻さんの寝る部屋は一緒だけど、仕事関係とかプライベートな部屋は別々ってことで話しあいましたよね?」
「うんうん、私はいつでもどこでも連夜くんを守るわよ」
「僕、これから掃除とか洗濯物の後片付けとか、夕食の用意とかしないといけないし、その後仕事のこととかもあるんで、作業着に着替えるつもりなんですけど」
「うんうん、私はいつでもどこでも連夜くんを守るわよ」
「いや、ですから~、着替えている最中まで守っていただかなくても大丈夫なので・・着替えが終わるまで部屋から出て行っていただけませんか?」
こめかみを押さえながらも、なんとか笑顔を崩すことなく最後まで自分の希望を言い終えることができた連夜は、どこかほっとした表情で玉藻のほうを見つめる。連夜にしてみれば当然、ここまで言ったんだからわかってくれるだろうと思い、玉藻が頷いてくれるのを待っていたのであるが。
三十秒経過しても。
一分経過しても。
五分経過しても。
玉藻は頷こうとはしなかった。
微妙な空気が流れる中、どこか引き攣った笑みで見つめあう一組の男女。しばらくそうして見つめあっていた二人。しかし、あまりにもしょうもない沈黙に痺れを切らした連夜が、さらに顔を強張らせながら口を開く。
「あ、あの、玉藻さん、ですから、着替えが終わるまで部屋の外に~」
「ひどい!! 連夜くん、ひどすぎるわっ!!」
「ええええええっ!!」
連夜が口を開くや否や、『うわあああん』と泣きながら突っ伏して泣き始める玉藻。
「あれほど、『絶対に離れない、いつまでも一緒、死ぬまで一緒』ってお互い誓いあったのに、あの言葉はウソだったの!?」
「いやいやいや、ちょっと待ってください。着替えている間だけ部屋の外に出ていてくださいって言ってるだけなんですが」
「そんなの、ダメよ!! 私がほんの少し目を離した隙に連夜くんに何かあったらどうするの!? ひょっとしたら窓から強盗が襲ってくるかもしれないじゃない!!」
「こんな何もない家に強盗に入ってどうするんですか?」
「あるいは異次元から三つの顔を持った異次元人や、鳥みたいな顔をした宇宙人がやってくるかもしれないじゃない!! どうするの真っ赤な星に連れて行かれて十字架に張りつけられちゃったら!?」
「異次元人に宇宙人って、いったいどこの特撮巨大変身ヒーローの敵怪獣ですか? 『害獣』だけでも十分脅威なのに、『怪獣』まで出てくるようじゃあ、本当にこの世界終わっちゃいます!!」
「ま、まさかとは思うけど勇者として他の異世界に召喚されちゃうかもしれないじゃない!! しかも召喚されるだけじゃなくて、関わる女性キャラ全部オトしてハーレム的な展開に・・そ、そんなのいやああああっ!! 私以外の女といちゃいちゃするなんて絶対許さないんだからね!!」
「いろいろな意味で、その展開が一番ありませんから。異世界に召喚ってどこのライトノベルですか。どうでもいいですけど、なんで、そんな荒唐無稽な理由ばっかり・・はっ、ま、まさか!!」
痛む頭を押さえながら目の前の玉藻を見つめていた連夜であったが、玉藻の顔の中のある部分の異変に気がついて顔を引き攣らせる。
玉藻の目、耳、頬は別に普段とあまり変わらないが、ひとつだけ大きく変わっているところがあった。
それは口だった。
玉藻の薄いさくら色の美しい唇の間からは・・
盛大に涎が垂れ流されていたのだ。
ここにきっぱりと食べ物はない。それどころか夕食だってまだできていない状態である。
しかし、食べ物以外で玉藻が普段から食しているある大好物は存在していた。
連夜は、ひくひくと頬を引き攣らせながら最愛の女性を見つめていたが、急に口調を改めると、怪訝な表情を浮かべている玉藻のことを褒め始めた。
「た、玉藻さん、そんなにも僕のことを心配してくださっていたなんて!! 感激です、玉藻さんってなんて優しい女性なんでしょう!!」
「え、う、うん、そんな、当たり前じゃない、連夜くんは私の命と同じくらい大事なんだから!!」
「流石です、玉藻さん!! 玉藻さんはまさに僕の守護神なわけですね!! いや、勝利の女神です、美の結晶です、天頂の華そのものです」
「や、やだ、連夜くんたら、本当のことばっかり。当然よ、連夜くんを守るのが私の使命、宿命なんだから!!」
「・・で、本音は?」
「連夜くんの生着替えを見るために決まってるじゃない!! そして、あわよくばその着替えを手伝うか、気分によってはそのまま畳の上に押し倒して全部脱がす!! そしてそして、エロ漫画でもやらないようなあんなことやこんな過激なやらしいことを・・あ」
「玉藻さん」
持ち上げられ持ち上げられ持ち上げられまくった挙句、見事に連夜の罠に引っ掛かった玉藻は、思わず隠していた本音を漏らしてしまう。
そのことに気がついた玉藻は、『しまったああああああっ!!』という表情を浮かべ慌てて口を噤むが、時すでに遅し。
表情は笑顔を形作っているものの、とてつもなくものすっごい冷たい視線で玉藻を見つめる連夜。そんな連夜の絶対零度の視線を受けた玉藻は、顔中から冷や汗をだらだらを流して顔を背け、わざとらしく口笛なんか吹きながら必死に誤魔化そうとする。
「な、な、な~~んちゃって。そ、そ、そそそ、そんなこと私が考えているわけないじゃない、や~ね~、連夜くんったら。てへっ」
「ですよね~、玉藻さんがそんなこと考えているわけないですよね~」
「うんうん、ないない。わかってもらえてよかったわ~」
「じゃあ、わかったところで、部屋から出て行ってくださいね~」
「うん、わかった~」
にこやかな表情で部屋のドアを開ける連夜。そんな連夜に促されて玉藻は部屋から出て行く素振りを一瞬だけ見せたが、肯定の言葉とは裏腹に連夜の足にひしっとしがみつくと、涙目になりながら嫌々と首を横に振り続ける。
「ちょ、玉藻さん、何しているんですか!?」
「邪魔しないから~、ぐすんぐすん。絶対、邪魔しないから、いいでしょ~」
「何言っているんですか、もう!! ちょっとの間、着替えている間だけなんですから、離れてくださいよ!!」
「や~~!! ちょっとの間も離れていたくな~い。寂しくて死ぬ~~!!」
「いつからウサギになったんですか!? 玉藻さんは『狐』でしょう!? それに昼間は大学行っていらっしゃってずっと僕と離れているじゃないですか。それに比べたら一瞬じゃないですか」
「大学に行ってる『昼』間は我慢してるけど、ほんとは離れていたくないもん!! 帰宅した後の『夜』の間はできるだけ、ううん、ずっと一緒にいたいんだもん!!」
「その気持ちは大いにわかりますけど、着換える時くらい一人にさせてくださいってば!!」
「いやあああああっ!! 私がパンツ脱がして新しいパンツはかせてあげるからああっ!!」
「そんな局部のみ着替えを手伝うのはやめてください!! ってか、ほんとにズボンを下ろさないでください!!」
狭い部屋の入口の前でドタバタと大騒ぎの二人。
『宿難 連夜』と『宿難 玉藻』夫婦。
北方の一大交易地点である、城砦都市『嶺斬泊』に住む最近結婚したばかりの新婚夫婦。
夫の連夜は都市内の高校に通いながら父と共に薬草、霊草の栽培を行って生計を立てている半社会人。
妻の玉藻は、この世界の医者である『療術師』になることを目指し、都市内の大学に通う大学三年生で、現在はある事情から連夜の通う高校の臨時保険医として赴任中。
大恋愛の末に結婚し、お互いのことを非常に大事に想っている二人であるわけだが、その想いが少々大きすぎるせいか、いつもいつも些細なことで大騒ぎになってしまうのだった。
しかし、そういったことも含めて二人は毎日を幸せに暮らしている。
「ちょ、玉藻さん、夕食できていないし、お風呂も終わってないし、洗濯物の後片付けやらいっぱいやらないといけないことがあるんですから、いい加減にしてくださいよ!!」
「ちょっとくらいいいじゃない!! もうとっくに夏休みに入ってて高校も大学もお休みなんだから!! それに一食くらい抜いても、お風呂に入らなかくても、洗濯物畳まなくても死なないもん!! むしろ連夜くんの『愛』を摂取できないほうが死んじゃうもん!!」
「あ~~、もう!! いっつもいっつもそう言って強引にいろいろするんだから、玉藻さんは!! 今日は絶対流されませんからね!! 流された結果、夕食が夜食になっちゃったり、お風呂に入るのが深夜越えちゃったり、洗濯物翌日になってから片づけなくなっちゃたりするんだから、もう!!」
「何言ってるのよ、それもこれも連夜くんがかわいすぎるからいけないのよ!! 私はいっつも一回くらいでやめとこうかなあって思っているのに、いちいち私の胸にキュンキュンくるようなドストライクな反応するから、止まらなくなっちゃうんじゃない!!」
「じゃあ、もうしません」
「いやあああああああっ!! 連夜くんのいじわるううううっ!!」
「って、いいながらズボンおろそうとしないでくださいってばっ!! ・・あ、あれ? 僕の携帯念話鳴ってる。ちょ、ちょっと玉藻さん、ストップです」
ベルトを外してスラックスをずり下ろそうとする玉藻から必死に逃れようとしていた連夜は、自分のポケットから着信音が鳴っていることに気がつき、ズボンの中から折りたたみ式の携帯念話を取り出す。
そして、真面目な目線で玉藻に休戦を告げておいて携帯の通話ボタンを押下した連夜は、携帯を耳に当てて念話をかけてきた相手に応対する。
「もしもし、連夜です・・え、あ、お久しぶりです!! お元気でしたか? え? え! ええええええっ!? ちょ、ちょっと待った、落ち着いてください。大丈夫です、ちゃんと話を聞きますから、順序立てて話してください」
最初、物凄く嬉しそうな顔で念話に出た連夜。しかし、すぐにその表情は強張り、やがてそれはいつにない真面目で緊張したものへと変化する。
その様子を見ていた玉藻は、最愛の夫の様子がただ事ではないと察して同じような緊張したそれへと変わる。
そんな硬質な空気が流れる中でどれくらい通話していただろうか、やがて、相手の話を聞き終えたらしい連夜は、何か決意したような、しかし、優しさに溢れる表情で力強く頷いて見せる。
「事情はわかりました。あなたにとって彼が大事な『人』であるように、僕にとってもケンジは失いたくない大事な友達です。大丈夫です、行先については少々心当たりがありますから。必ずという御約束はできませんが、ええ、できるだけあなた達の元に連れ戻せるよう、全力で努力すると約束します」
そう言ったあとまだ少し念話の相手と何かを話していた連夜であったが、やがて静かに念話を切り携帯念話を握りしめてしばし無言で何かを考え込む。連夜の横に立つ玉藻は、その様子を黙って見守り続けていたが、やがてそっとその背後に回り込み、自分よりも小さな夫の身体を包み込むようにして後ろから抱き締める。
「さてさて、今度は誰のピンチなのかしら、旦那様?」
いたずらっぽい声で話しかけてくる最愛の妻の言葉で、思考の海から戻ってきた連夜は、なんともいえない苦笑を浮かべて妻の腕を握りしめる。
「かけがえのないの僕の友達で、同じ師匠の元で修行した兄弟弟子で、そして、共に死線を潜り抜けた戦友でもあります。理由はよくわからないんですが、なんか家を飛び出していってしまったらしくて・・僕なんかよりもずっとずっと強いやつなんですけど、なんせお人好しで世間知らずで本当に騙されやすい性格なんですよね」
「ああ、つまり親御さんか誰かがその子を探してくれって、連夜くんに頼み込んできたわけね?」
「ええ、まあ。僕自身お世話になったこともある方ですし、無下にはできません」
期せずして同じタイミングで深い溜息を吐きだす新婚カップル。そして、なんとなく顔を見合せた夫婦は、同じような苦笑を浮かべて見せるのであった。
「ま、しょうがないよね。連夜くんと結婚したときからこうなることは覚悟はしてたけどぉ。ほんと連夜くんのお友達達は、私達のことを二人っきりにさせてくれないわね~~」
「ごめんなさい、玉藻さん。それでその、早速明日からで申し訳ないんですが・・」
「わかってる。その子のことを探しにいくっていうんでしょ~。でも言っておくけど、置いて行こうと思ったって・・」
「玉藻さんも一緒についてきてくれませんか? 多分、今回のことは僕一人だと無理だと思うんです。玉藻さんの力がどうしても必要なんです」
不貞腐れたような、それでいて怒ったような口調で何かを言おうとした玉藻であったが、それよりも早く連夜が真剣な口調で訴えかける。一瞬、何かを疑うかのように連夜のことを見つめようとした玉藻。だがさらにそれよりも早く、すがりつくような眼をして連夜が頭を下げたことに仰天するのだった。
「お願いします。これから行こうとしているところは、『害獣』が闊歩している『外区』と同じくらい危険なところなんです。そんなところに最愛の妻を連れて行こうするなんてまともな夫なら絶対にしませんし、どう考えても正気の沙汰ではありません。でも、玉藻さんにどうしても一緒についてきてほしいんです。お願いします」
真摯な態度で頼み込んでくる連夜の姿を見ていた玉藻は、慌てて連夜の頭を上げさせた後、不自然に顔を背けて見せる。そして、気を抜けば歓喜のあまり土砂崩れを起こしそうになっている顔を必死に難しそうに見えるように調整し、できるだけぶっきらぼうに聞こえるように答えて見せる。
「しょ、しょ、しょうがないなあ~。そ、そこまで言うなら、ついていってあげてもいいわよ。しょうがないから。ほ、ほんとに連夜くんはしょうがないんだから~。い、いろいろとしょうがないなあ、連夜くんは~」
「ありがとうございます、玉藻さん!!」
承諾の言葉を聞いた連夜は、心から嬉しそうな顔を浮かべて見せる。そんな最愛の夫の可愛らしい様子をわざとらしいしかめっ面でしばらく黙って見ていた玉藻だったが、それほど時間を待たずして彼女の中の『連夜くん好き好きメーター』は阻止限界点をあっさりと突破した。
背中から軽く回していた腕に、これでもかと力を入れて連夜の小さな体を抱きしめた玉藻は、その男の子らしくないほっそりしたうなじやら耳やらほっぺやらを『狐』に変化させた顔で舐めまくり始める。
「もうもうもう!! 連夜くん、かわいい~~ん!! かわいすぎ~~!! 食べちゃいたいくらいかわいい~~!! ってか、『食』を満たす為に食べるんじゃなくて、『色』を満たす為ならいいよね!? 食べちゃお~~っと!!」
「ええええっ!! 玉藻さん、ストップストップ!! 明日から出かけるって今いったばかりでしょ!? 旅行の用意しないといけないし、ロムやクリスやフェイ達にも念話して協力してもらわないと・・あ、ちょ、だめですってばあああああっ!!」
静寂が支配する広大な『夜』の薄闇の中、その片隅のほうで若干静寂が乱された様子が見受けられたが、すぐにまた他の場所同様に静かになり、穏やかな『時』が流れて行く。
しかし、静寂を乱した新婚夫婦はよくわかっていた。
やがてくる『朝』、そして、そこから続く『昼間』が決して静かでも穏やかでもないことを。
きっと波乱に満ちた時間がやってくることを。
でも、同時に二人はよくわかっていた。
二人でいる限り、間違いなくそれを乗り越えていけることを。
だからいつも二人は一緒に生きていく。
いつまでも一緒に。
「って、だからって、いっつもいっつも、押し倒すのはやめてくださいってばっ!! 玉藻さん、ちょっと、もう、あああん!!」
「よいではないか、よいではないか」
「ちっともよくな~~い!!」