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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
199/199

第六十九話 『後始末狂想曲』

 一年もの長きに渡り封鎖されてきた南方への交易街道。

 それがついに解禁されるときがやってきた。

 一ヶ月の時間をかけ、南北双方が力を合わせて街道を徹底整備。未だ完全に安全とは言えない物の、一年前とほぼ変わらない程度には道を復旧させることができた。

 そして、十月のはじめ。

 北方の一大交易都市『嶺斬泊』とその姉妹都市とも言える南方の『アルカディア』の中央庁共に、南方への交易街道封鎖の解禁を宣言。

 そして、同時に民間レベルでの街道の使用許可を正式に発表したのであった。

 中央庁からのこれらの宣言を聞いた民衆からは歓喜の声が轟く。それは『嶺斬泊』や『アルカディア』の住民達だけではない。両都市と関わりの深い周辺諸都市にしてもそうであった。北方、南方それぞれにはいくつもの城砦都市が存在しており、それぞれ近隣諸都市と密接な関係を持つ。

 生活するだけならば、北方、南方それぞれの諸都市間だけでも十分に賄う事ができる生活物資のやり取りを行う事ができる。また、それだけの力をどちらの地方も備えてはいた。しかし、北方、南方それぞれが産出している物資を掛け合わせることで生まれる経済的利益は単一地方で得られる利益を遥かに上回るものとなる。

 それは、数字にするにも馬鹿馬鹿しいくらいの差である。

 その為、街道が封鎖されたこの一年間、お互いの地方の物資を交易にて得ることができなかった両地方に暮らす人々は、かなりの不便な生活を強いられることとなったのだった。生きるだけが目的であるならば不便とはいえないレベルではあった。しかし、『人』は野に暮らす『獣』と違い生きるためだけに生きているわけではないのだ。

 一年もの長き間なんともいえない閉塞感が両地方に住まう人々の精神を蝕みつつあった。だが、それも終わりの時を迎えた。

 封鎖された空間からの解放を知った民衆は歓喜の声をあげ、そして、そのあと、爆発的に動きはじめる。

 たまりにたまった水が堤防を決壊させて一気に溢れ出すかのように、人も物も恐ろしい勢いで動き始めた。

 それは今回封鎖を解かれた街道に直接繋がっている『嶺斬泊』と『アルカディア』に限ってのことではない。その周辺に位置する南北諸都市についても同じこと。

 北と南。双方に同時に流れ出した巨大な流れは、様々な人々を巻き込みながらあっというまに激流となって南北両地域を呑み込んでいったのである。

 かつてない未曾有の大好景気の到来であった。

 その好景気はあらゆる業界に影響をあたえることとなった。今回の街道封鎖で最も重要視されていた『特効薬』『神秘薬』を扱う医療品業界は当然ではあるが、南北それぞれの地域でしか扱っていない特産品は他にも多数存在している。食品、衣類、工業、サービス、兵器。それらを作るもの、売るもの、買うもの、加工するもの、使うもの。

 社会の中で働いている者達の中で忙しくしていないものはほぼ存在していないほど、南北両地域内は活性化していったのだ。

 ともかく忙しい日々。誰も彼もが時間がない、人手が足りない、物が足りないと目を血走らせながら働いている。

 しかし、忙しくないものが全く存在していないわけではない。

 その代表的な存在がまだ社会という世界に足を踏み入れていない、その前段階にある『学生』という存在だ。

 彼らの今の時間は勉学をする為にあり、まだ社会の歯車として働き貢献する時ではない。

 いずれは社会の荒波にもまれる事となるが、まだそのときではない。

 『ほとんどのもの』はであるが。

 残念なことに、その『ほとんどのもの』の中には含まれない可哀相な者達も中には存在している。

 いや、それどころか、下手な社会人よりも圧倒的に忙しい日々を送らざるを得ない状況のものがごく一部、城砦都市『嶺斬泊』の中に存在していた。


「うぅあぁ、できたぁ。『通転核』に納入する軽量特化型汎用サイズ『プレートメイル』百着できたよう」


 一人の少年の声が倉庫内に響き渡る。

 そこは城砦都市『嶺斬泊』の南側にある『外区』へ続くゲートの近くにある倉庫。

 公的な交易物資を一時的に保管しておく為に建てられたもので、当然ここの管理は中央庁が行っている。

 普段は端から端まで隙間なく大小様々な大きさの交易用物資が並べられ管理されており、日々入ってくる物資と出て行く物資とが目まぐるしく入れ替わり立ち代わりを繰り返している。

 しかし、現在、倉庫はそういったいつもの業務の為には使われてはいなかった。

 倉庫に収められていた物資は全て別の場所へと運び出され、代わりに別の物が搬入されていた。

  真っ赤に充血した目をしばしばとさせながら、上半身を作業机に投げ出して突っ伏すのは黒髪黒目の人間族の少年。

 勿論、この物語の主人公『宿難(すくな) 連夜(れんや)』その人である。


「お疲れ様です若様」


「これで『通転核』中央庁には義理が果たせそうです」


「運搬急げ!」


「おい、丁重に運べよ!」


「若様が調整してくださった鎧がどれだけの価値があるかおまえら知ってるよな!?」


「わかってますよ、親方。傷一つでもつけたら大変な損害だってことくらい、俺達だって承知してますって」


「よし、搬入完了次第すぐに『ゴールデンハーベスト』に出発だ」


「先行護衛部隊は準備が出来次第出発しろ!」


「ほら、急げ急げ!」


『了解!』


 連夜が作業完了の声をあげたと同時に彼の周囲が一気に慌しくなる。

 様々な種族の作業員達がわらわらと現れ、連夜の横にずらりと並べられていた無骨な黒金色の板金鎧を次々と梱包しいずこかへと運び去っていく。


「鎧も大事だけど、みんなも怪我しないように気をつけてくださいねぇ」


「みんな聞いたな!? 若様のありがたいお言葉だ。全員安全第一で作業すすめろっ!」


了解(アイアイサー)!』


 首だけを横に回した連夜が机に突っ伏したまま作業員達に声をかけると、この集団のリーダーと思われる鬼族の中年男性がスタッフ達に野太い大きな声をあげる。

 その声に反応した作業員達から一斉にあがる威勢のいい声。

 それを聞いた連夜は片手をひらひらとさせて『後は任せた』という合図を送る。

 身も心も疲れ切ったという様子の連夜を見たリーダーの男は、なんともいえない苦笑を浮かべた後、自分の着ている作業用ジャンパーを脱いで連夜の体にそっとかけてやる。


「ありがとー、斉藤さん」


「いえいえ。ですが、いい加減に休んでください。若様、ここのところずっと働き詰めじゃないですか」


「誰かに任せられる内容ならそうするんですけどねぇ。今のところ僕にしかできない作業ばかりですのでそうもいかないんですよ。斉藤さんもご存知でしょ?」


「それはまぁそうですが」


 机に突っ伏したまま答えを返す連夜を痛々しそうに見つめた後、斉藤と呼ばれた鬼族の男は彼の隣に立つ一人の女性へと視線を向け直した。


「俺が言えた立場じゃねぇですけど、ちょっとばかし度が過ぎてるんじゃねぇですかね」


「・・・」


「若様は確かにすげぇです。他の誰にも真似のできねぇ商品を作り出せる奇跡の腕を持ってるってこたぁ、俺だっていやってほど知ってますぜ。ですがねぇ。まだ、若様は学生ですよ。俺んちのガキよりもまだ幼い、ハッキリ言って子供だ。その子供にさせることじゃぁ、ねぇと思うんですけどねぇ」


 怒りではない。だが、どうにもやるせない、歯がゆいと相手に十分に伝わる声と言葉。その言葉を聞いた女性は、男と同じような表情、そして声で答えを返す。


「是。確かにあなたの言う通りです。アイン・斉藤」


 美しい黒髪をポニーテールにした烏天狗族の小柄な女性は大きなため息を一つ吐き出し、彼女の隣に立つ大柄な鬼族の男の視線を受け止める。

 美咲・キャゼルヌ。

 城砦都市『嶺斬泊』中央庁特殊省庁『機関』長官であるドナ・スクナーの懐刀と呼ばれる才媛であり、そして、連夜の血の繋がらぬ姉でもある。

 彼女は血の繋がっていない弟のことをこれでもかというほど溺愛している。自他共に認めることであるが、血の繋がっている彼の実の姉ミネルヴァよりも間違いなく彼を理解し彼のことを実の『弟』以上に『弟』として愛しているのだ。

 斉藤に言われなくともできることなら、愛している弟に無理などさせたくはない。

 させたくはないが、しかし。


「ですが私は今、私的な立場で物を言う事ができません。本当であればあなたの問いに対し『是』という言葉を口にすることも許されません」


「あんたは若様の義理とは言え『姉』でしょうが」


「『是』。しかし、同時に『否』です。今の私は中央庁特殊省庁『機関』の筆頭秘書官としてここにいます」


 苦渋をにじませた表情でありながらも、彼女は毅然とした態度を崩さず断言する。

 そう、彼女は今、連夜の姉としてここにいるわけではない。

 『嶺斬泊』中央庁からの特命を受け、それを遂行する者としてここに立ち、この場にいる者達を指揮をしているのである。


「俺だって中央庁に所属してますよ。ですがね・・・」


「連夜は少し・・・いや、かなり目立ちすぎたのです。もう中央庁でも到底誤魔化せないほどに」


「それはっ!」

 

 美咲の立場を十分にわかってる斉藤ではあったが、それでも尚食い下がろうとする。しかし、搾り出すようにして紡ぎだされた美咲の言葉に勢いを失ってしまう。


「それほどまでにですか?」


「それほどまでにです」


「なんてこった」


 短い問答。しかし、斉藤にはそれで十分であった。十分過ぎるほどわかってしまった。わかってしまったが故に思わず片手で顔を抑えて天を仰ぎ、絶望のうめき声をあげる。

 なんとも言えない苦いものが噴出したお互いの表情を見つめあう二人。

 そんな二人の心情を知ってか知らずか、彼らの視線の下で、机に突っ伏していた連夜は、いつの間にかすぴょすぴょと寝息をたてて眠り始めていた。



 一ヶ月前に今回行われた南北を貫く交易街道を復帰させる一大作戦。

 南北の中央庁の主導の下に召集されることとなった作戦の人員はかつてないほどの大規模なもの。

 中央庁直属の兵士達だけでは足りず、民間からも多くの者達が集められ参加することとなった。

 一年もの長きにわたり放置されていた街道。人類の天敵である『害獣』が現れないとされているエリアに作り出された道とはいえ、そこが危険な『外区』であることに違いはない。『害獣』はいなくとも人類を補食する『原生生物』は闊歩しているのである。しかも、一年の放置期間の間にやってきて住み着いてしまった種もいるという。

 そんな場所を圧倒的多数での人海戦術とはいえごく短期間で使い物になるように整備するというのだ。

 誰が考えてもかなり難しい作戦である。その難しい作戦の成功率を上げる為、ありとあらゆる手段が講じられた。

 作戦を主導する中央庁は勿論、作戦に参加する兵士達も、また民間から参加した者達も、それぞれがそれぞれにできる限りのベストを尽くして作戦の成功率をあげようとした。

 勿論、作戦に参加していた連夜だってそうだ。

 作戦を成功させるためにありとあらゆる手段を講じた。いや、講じ過ぎた。

 今回の作戦にはこれまでにないほど彼の身内が多数参加することとなった。それこそ連夜の戦友クリスの仇敵であった『はぐれ貴族』の『害獣』を退治した時の作戦並みの人数が、今回の作戦に参加していた。

 しかも彼らのほとんどが連夜の指揮から離れた場所で参加していたのだ。

 『はぐれ貴族』との激突においては作戦の全てを連夜が指揮していた。そのため、作戦の最初から最後まで連夜の目の届くところにあった。

 しかし、今回は違う。連夜の目の届かないところがあまりにも多すぎた。目の届く範囲でならフォローもできる。多少の無理だって通す事が可能だ。

 だが、彼は千里眼ではない。彼自身の目も耳もいいし、彼自身の体についているものとは別に『目』となり『耳』となるものも存在してはいるが、全てを見通すことはできないのだ。

 だから、連夜は封印を解く事にした。自らが作成した『道具』。世に出すにはあまりにも使い勝手が良すぎるがために、これまで使うことなく倉庫の奥底に封じてきた禁断の品々の封印をだ。

 その結果、連夜の身内達は全員この作戦から生きて帰ってくることに成功。いや、それどころか『嶺斬泊』やその周辺諸都市にその名を轟かせるほどの活躍を見せるものが多数出るほど。これが物語であるならば間違いなくめでたしめでたしで終わる事ができる結末。

 しかし、残念なことにこれは物語ではなく現実。

 めでたしめでたしで終わるには、あまりにも彼らは活躍しすぎてしまったのだ。

 確かに今回の作戦に参加した連夜の身内達は、他の勇将猛将達に劣らぬ実力者ばかり。しかし、彼ら以外にも優れた者達が今回の作戦には参加していた。節穴ではなく、鋭い一流の観察眼を持った者達。そんな獲物を狙う鷹のような目を持つ者達が、彼らのことを見逃すわけがなかった。

 彼らの派手な活躍の裏に実力だけではない何かがあることを。そして、その裏にある何かの正体を。

 突き止めるまでそれほどの時間はかからなかった。

 様々な体調異常に対応する為に用意された一般では出回っていない未知の薬品群。

 どんな悪路でも走破でき、しかも戦闘もできるようにと訓練し調教された『土蜘蛛』をはじめとする奇怪な騎獣達。

 短時間ではあるが『騎士』クラスの『害獣』ですら完全に足止めする能力をもった携帯型のトラップ。

 半日もの間、昼間のように周囲を照らし出す打ち上げ型『照明珠』。

 そして、一見市販品のように見えるが、その実恐ろしい攻撃力や防御力を秘めた数々の武具。

 いずれも今まで見たことも聞いたこともないものばかり。そんな優れた『道具』の数々が使用されていたことを、知ってしまった。

 いや、知られてしまったのだ。

 勿論、使っていた連夜の身内達が見ず知らずの者に、聞かれたからといってほいほい教えたりはしない。しっかりその辺りはガードしてもらしはしなかった。だがしかし、それでも情報は漏れてしまった。

 それらの『道具』が一人の製作者によって作られたことを。

 漏れたのは本当にわずかな情報だけ。しかし、漏れた先がまずかった。一滴ほどの情報でも、受け取った者には十分過ぎるほどのヒントが含まれていたのだから。

 製作者にたどり着くのはあっという間であった。

 そして、たどり着いた一人が製作者である連夜に、よりにもよって多数の人目がある場所で『道具』の発注依頼をした。

 もうその時点で情報の封鎖はほとんど意味のないものとなってしまった。

 あっというまに捌き切れないほどの発注依頼が連夜の元に山積みとなったのだった。


「『嶺斬泊』どころか、北や南のあっちやこっちから断りきれねぇ山のような注文がどっさりきてるって話は小耳に挟んではいやしたが」


「かなり絞りに絞ったのです。ですが、それでも『なりふり構わず』というところも多々ありまして、結局は連夜に無理をさせる結果となってしまいました」


「なんで今になって・・・いくら世間様に若様のことがバレたっていっても、よその都市の中央庁には若様の作る『あれやこれや』についての話がついているんじゃなかったんですかい?」


「是。ついていましたとも。他都市の中央庁どころか、各財界、政界の大物や、名の知れた大型傭兵旅団の団長クラスにまで『協定』は及んでいました。ですが、彼らは今回のことでそれらを破って多少のペナルティを負う事になったとしても連夜の作り出す品が欲しいと言い出したのです」


「さっきから疑問ばっかりで申し訳ありやせんが、なんでまた!?」


「今回、連夜の作り出す品々のことを初めて知った者達の中で、『協定』に入っておらず、尚且つ連夜に親しい立場の者達が現れたからです」


「ちょっとまってくださいよ。まさかそいつらが」


「是。こともあろうに、軽い気持ちで連夜に製作依頼をしてきたのです。それも私達を通さず連夜に直接」


 美咲の口から抑え切れない怒りが篭った言葉が搾り出される。


「その一部の考えなしの行動を見た、『協定』内の者達が、先を越されてはたまらんとばかりに大挙して『嶺斬泊』の中央庁にやってきたのです。未曾有の好景気でただでさえ忙しい状況だというのにに、本当にもうど


うしようもありません」


「うわぁ。それはまた、お疲れ様でやしたね」


 そのときの混乱振りを簡単に想像する事ができた斉藤は、なんともいえない表情で怒り続ける美咲を見つめる。


「正直、全部まとめて受注を破棄してやろうかと思いました」


「いや、そういうわけにもいかねぇでしょう」


「是。中にはそういうわけにはいかない大物の方からの依頼や、本当に連夜が作品を必要としている方々からの依頼も多数存在していました。なので十把一絡げにゴミ箱にポイッというわけにはいかなかったのです」


「一度でも若様の作品を使えば、どれほど扱いやすく便利なものなのか馬鹿でもわかります。手にとってみなくとも、使っているのを側で見ていれば、わかる奴にはすぐわかる。どちらにせよ、知ってわかってしまえば欲しくなる。注文してきた方々の気持ちはわからないではないでさぁ」


「連夜もこうなることを承知で封印を解いたのでしょうけど」


 美咲と斉藤は直ぐ横に視線を向ける。そこには机に突っ伏して鼻提灯を膨らませながら居眠りをする連夜の姿。本当に疲れているせいか、顔に赤みはほとんどなくどこまでも青白い。

 二人は連夜から視線を外して顔を見合わせると、示し合わせたように揃って深いため息を吐き出した。


「このままにしておいていいんですかい?」


「否。よくはありません。机じゃなくてせめて布団のあるところで休ませないと」


「いや、そうじゃなく、若様にこのまま作業を続行させるのかってことですよ。『通転核』の依頼はこれで終わりでしょうが、まだまだ他に作らなきゃならないものが残ってますよね?」


「北方地域のものは後、『ゴールデンハーベスト』狩猟協会からの依頼で追尾術式内臓型のミスリル銀製『(やじり)』の製作が一万本。『ストーンブリッジ』工業組合からの依頼でミスリルと玉鋼の混合鋼材で作られた汎用弐式ボルト十万に、定型サイズ鋼板二万枚」


「ま、万単位って多すぎやしませんか!?」


「是。多いです。消耗品ですから仕方ないといえば仕方ないのですが」


「それさえ終われば終了ですか?」


「否。まだ南方からの依頼が丸々残っています」


「まだあるんですかい!? って、丸々って、いったいどれほど残っているんで!?」


「聞きたいですか?」


 完全に座ってしまった目つきになってしまった美咲を見て、斉藤は連夜がまだまだ解放されないのだと察して愕然とする。


「若様ってまだ学生ですよね? 家にも帰らずにずっとここに篭っていらっしゃるが、学校は大丈夫なんですかい?」


「連夜の学校は夏に起きた事件の騒ぎで一旦閉鎖されました。夏休みを越えても復旧の目処が立たず、つい最近まで無期限休校状態だったのですが」


「だったってことは、事情が変わったってことですかい?」


「是。連夜が通っている御稜高校の責任者である校長が一年ぶりに『アルカディア』から帰還されたのです」


「ああ、確か『アルカディア』で開催された教育委員会に出席した直後に街道封鎖に巻き込まれて帰れなくなっていたんでしたっけ」


「是。ようやく帰ってきていただくことができました。教育者としてとても尊敬に値する人物なのですが、経営者としても一流の方です。戻ってきて一週間足らずで学校を再開できるところまで立て直してくださいました。後少しかかるとのことですが、一週間以内には二学期を始められると聞いています」


「ああ、そりゃあ、一般的に考えればすごくいいことなんでしょうね。ですが、学校が再始動されたとして、うちの若様がそれに間に合うんですかい?」


 うんざり感満載の疲れた声で問いかける鬼族の中年男性に対し、烏天狗族の小柄な美女は溜息と首を横に振ることによって返答とする。

 その返答を見た鬼族の男は顔を引きつらせる。



「この現状を考えればそりゃそうなんでしょうけど、若様が学校に行かない・・・いや、行けないとなると、かなりの連中が黙っていないでしょうよ」


「是。わかっています。あの子の実の母親であるうちの上司を筆頭に、復権した龍族の王家兄妹、深緑森妖精族の野伏に率いられた狼獣人族のプロ戦闘集団。表社会に多大な影響力を与えている各都市の著名人や財界人から、アンダーグラウンドに潜む下級種族達の超巨大連合まで、それはもうバラエティ豊かな人々から非難の大津波が押し寄せることは必至。いや、それよりも、そろそろ、連夜に一番影響力を持つ人物がここに怒鳴りこんでくるはず・・・」


『連夜くんはここかああああああっ!!』


 げんなりした顔で、これから訪れるであろう楽しくない未来に思いを馳せる二人に、更なる頭痛の種が襲いかかる。

 二人がいる倉庫の巨大な扉。大人でも数人がかりでないと開けられないほど重く大きなそれを立った一人で開け放ち、怒りの形相で仁王立ちする一人の女性。

 その姿を見た二人は、一斉に顔を見合わせたあと、なんともいえない表情を浮かべてがっくりと肩を落とす。


(あ~あ、とうとう来ちゃったかぁ)


 口にはしないが、心の中で盛大に溜息を吐きだしながら呟く二人。

 しかし、現れた人物はそんな二人を完全無視。怒りの表情そのままに、何かを探すように倉庫内に視線を巡らせていたが、すぐに目当ての物を見つけ出す。


「連夜くん!!」


 机に突っ伏してすぴーすぴーと寝息を立てている人間族の少年の元へと、まるで瞬間移動したかの如きスピードで迫ると、自分よりも小柄なその体を抱き抱える。


「連夜くん、レンヤくん、れんやくぅーん!!」


 気持ちよく寝ている少年に、これでもかとちゅっちゅちゅっちゅとキスの嵐。いや、それでも足りないとばかりに自分の体を大狐の姿へと変化させ、その大きな口からさらに大きな舌を出してべろべろと舐め始める。


「ああ、連夜くんだ! 本物の連夜くんだ! 間違いなく連夜くんの味だぁぁぁぁぁ。ぺろぺろぺろ! 」


 突然現れた大狐の狂乱ぶりを、疲れ呆れ果てた表情を浮かべて、死んだ魚のような眼で見つめる二人。

 しかし、大狐が連夜の衣服を脱がせ(特に下半身)、とんでもないところを舐め始めようとしたところで流石の二人も再起動する。


「「やめんかっ、このエロ狐!」」


「あふんっ」


 なんの躊躇いもなく、人前で堂々と十八禁領域に突入しようとする大狐の頭を二人して力いっぱいはたき倒す二人の常識人。


「な、なにをするのあなたたち!?」


「何をするのじゃねぇから! むしろ、おまえがナニをする気だってことだから!!」


「いや、それは普通にふぇら「言わせねぇよっ(怒)!!」、痛いっ!」


 はたかれた頭を抱え、涙目になりつつも全く反省なく危険な言葉を口にしようとする大狐の頭を再度ぺしっと叩いて中断させる鬼族の中年男性。

 さっきよりも強めに叩かれた為か、流石の大狐も連夜から手を離し両手で頭を抱えてうずくまる。その間に、烏天狗の美女美咲は連夜の体を取り返し、顔を真っ赤にしながら連夜の衣服をいそいそと着せなおす。


「れ、連夜の清い身体が・・・」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた美咲は、懐から白いハンカチを取り出すと、必要以上に力をこめて連夜の顔を拭きはじめる。そんな状態にされていても未だに起きない連夜ではあったが、流石に柔らかいほっぺたを執拗に拭かれ続けるのは厭なのか、苦悶の表情でうめき声をあげる。


「うーん、うーん(苦)」


「ちょ、ちょっと美咲さん、やめてください! 連夜くんの顔がとんでもない形になってるし、めちゃくちゃうなされています!」


「否! いったい誰のせいでこんなことになっていると思っているんですか!? きれいな連夜の顔や身体をこんなにばっちくしてくれちゃって!」


「ば、ばっちくないですぅっ! そもそも番いの体を舌できれいにするのは獣人族にとって普通のことですぅっ! 異種族文化差別反対ですぅっ!」


「否! さっきのあなたの行動は明らかに違う目的を持っていました! 物凄く不潔です!」


「不潔じゃありません! そもそも私と連夜くんは清く正しく、日夜場所を問わず愛を確認するためにせっ「「だから言わせねぇよっ!」」、痛いっ! また叩かれた!」


 再び十八禁用語を使おうとする大狐の頭を、今度は美咲とアインがダブルではたく。

 流石の大狐も手練れ二人の攻撃は効いたようで、両手で頭を抱えて呻いていたが、しばらくして痛みが治まってきたのか元の人型の姿へと変化しなおす。

 腰まで流れる長く美しい金髪。強い意思を宿して輝く金色の瞳。180ゼンチメトルに届きそうな女性にしては高い身長に、服の上からでもわかる大きく形のよいバスト。くびれた腰。スカートから延びるスラリと長い脚。

 まさに絶世の美女といっても過言ではない、霊狐族の女性。

 いうまでもなく、連夜の恋人にして永遠のパートナー 自他共に認める治療不可能な重度の持病『連夜中毒』にかかっている残念美女『如月(きさらぎ) 玉藻(たまも)』その人である。

 彼女は、片手でいまだに痛む頭をさすりながらも美咲の元へとずんずんと歩みを進める。

 そして、その腕のなかでいまだ、すぴーすぴーと眠り続けている恋人の体を『ぺいっ』と力づくで奪い取り確保。

 愛おしそうに自分の頬を連夜のそれにくっつけてしきりに鼻を鳴らす。


「あー、やっと会えたぁ。こんなところに連夜くんを監禁して隠していたなんて、ほんとにみんなひどい! ひどすぎる!」


「否! 監禁なんてとんでもない。ちゃんと連夜自身に許可をとってここで作業を行ってもらっていました」


「許可を取ったって言ったって、優しい連夜くんが断れないようにしてでしょう? そもそも連夜くんがあなた達についていってもう一週間ですよ。いったいいつになったらその重要な作業っていうのが終わるんですか? まさか、終わるまでこのままここに監禁し続けるつもりじゃないですよね?」


 連夜を抱き締めたままの状態で顔だけを美咲やアインのほうに向けた玉藻は、敵意まではいかないまでも強い不信感を隠そうともせずに二人のことをにらみつける。

 幾多の凶悪犯罪者や、外区の人外魔獣を相手にしてきた二人は最初こそ玉藻のことをにらみ返していたが、やがて、玉藻の言い分のほうが正しいことを認め、視線を逸らす。


「あんまり筆頭秘書官殿を責めないでやってくれよ狐の嬢ちゃん。若様はもちろん、嬢ちゃんにも悪いことしてるっていうのは、みんなわかってるんだ」


「だったらもう連夜くんを返してくださいよ。私たち、『嶺斬泊』と『アルカディア』の街道は無事開通させたし、悪党どもも一網打尽にするのにも協力しましたよね? せっかく『アルカディア』に来て海で一緒に遊ぼうっていっていたのに、このままじゃ夏休みが終わってしまいます! 私と連夜くんの甘酸っぱい夏の思い出が、なんにもないまま終わってしまう。そんなのいやああああっ!」


 せっかくの美しい顔を情けない表情に歪めて、なんとも言えない哀しい絶叫を放つ玉藻。

 そう、連夜と玉藻は、海洋交易城塞都市『アルカディア』に来てから、まだ一度もデートらしいデートをしてはいなかったのだった。

 両都市を開通させるミッションにおける二人の役割が無事終了した後、二人きりになる瞬間が全くなかったわけではない。それなりにイチャイチャできる時間はあったのだが、それはホテルの部屋の中。あるいは二人が滞在しているホテルのロビーくらいまで。それ以外はすべて仕事に忙殺されてしまっていたのだった。

 連夜は、言うまでもなく主にミッションの後始末。経済、軍事、文化、不特定多数のあらゆる分野で引っ張りだこ。休む暇もなく駆り出される始末。

 ではその間玉藻は暇だったのかというとさにあらず。『嶺斬泊』より玉藻の恩師であるブエル教授が来都市。両都市間でしばらく途絶えていた医療関係のネットワークの修復に動き出したものだから、これ幸いと玉藻も呼び出されることになってしまったのだ。

 本心では断って、連夜と遊び呆けてしまいたい玉藻であったが、要請してきたのが実の父よりも父と慕う恩師ブエルの頼みとあっては流石に断れない。

 しぶしぶ連夜とわかれて、ブエルと一緒に行動。『アルカディア』の医療関係の重鎮達や重要企業を行脚する毎日。


「もう毎日毎日、エロおやじ達の接待ばっかり。そりゃまあ、なかにはまともな人達もいますよ。いますけど、必ずそれとは別に私のことを高級コールガールか何かと勘違いした馬鹿が混じっているんですよ! 隙あらば胸とか尻とか触ってこようとするし、ひどい奴だと『一晩 いくらだ?』とか平気で聞いてくるバカもいるし。ほんともう最低」


 とはいえ、やはり、本当に重要な案件も中にはあるにはある。特に薬品関係についてはそれが顕著に現れており、玉藻が両都市の街道封鎖の解除に関係している者だとわかると、みな一様に頭を下げ感謝の言葉を口にした。具体的な数値については教えてもらえなかったが、『アルカディア』の医療事情はかなり切迫したところまで追い詰められていたようだった。

 『アルカディア』医療のトップに立つ重鎮達のそんな姿を見て、玉藻は本当に両都市の街道の封鎖が解かれてよかったと思ったものである。

 が、しかしである。いくら玉藻が社交能力が高いといっても、やりたくてやっているわけではないので、モチベーションはあっというまに急落。夏休みもあとわずかと終わりが迫っているだけに、いくらなんでももうやってられないと、ブエル教授に直談判。

 苦笑されながらも、晴れてお役御免を勝ち取った玉藻。意気揚々と連夜のところに行こうとしたのだったが。


「滞在しているホテルに行ったら、もう一週間は帰って来てないっていうじゃない。びっくりしたわよ!」


 ホテルの一室に戻ってみれば、その部屋は既に別の客に使われていて、フロントに聞いても連夜の行先はわからないという。

 慌ててブエル教授の元へと引き返し何か知らないかと問いかければ、『君は聞いてなかったのか?』と逆に驚かれる始末。

 なんでも恩師の話によると、今回のミッションでずっと隠され続けていた様々な高性能物品の数々の製作者が連夜であるということがバレてしまったらしい。そのことを知ったあらゆる分野の人々は、連夜に制作依頼を出そうと一斉に行動を開始。必然的に『アルカディア』上層部と『嶺斬泊』遠征組首謀部は大パニック状態。当初はなんとか連夜の居場所を誤魔化していたが、それも日に日に大きくなっていく人々の圧力にあやしくなってきて、とうとう限定条件付きで引き受けることになってしまったというのだ。

 玉藻とて、そのことを全然知らなかったわけではない。

 連夜と知己となっている一部の人達にはバレて、今回、その人達の依頼のみ受けるという話だったと思っていたのだ。

 ところが、玉藻がブエルの手伝いで離脱した後、事態は急転。

 いつの間にか予期せぬところにまで情報は拡散し、一部だけはいかなくなってしまっていたのだという。

 

「それにしたって、どうして私に一言も相談がなかったんですか!? これ絶対わざとですよね。私が知ったら、首を縦に振らないってわかってですよね!?」


「「・・・」」


「ちょ、美咲さん、顔を背けて誤魔化さないでください! そこの鬼族の人も『俺、しーらないっと』じゃないですから!」


 涙目で抗議する玉藻に対し、いい大人は二人揃ってこのことを全力で誤魔化そうとしていた。

 そう、玉藻の言うとおり彼女にこのことを知らせなかったのはわざとである。流石にブエル教授からの応援要請は仕組まれたものではなかったが、これ幸いと利用してはいたのである。

 なんせ連夜至上主義者にして、重度の連夜中毒患者である玉藻である。こんな話を聞いたら、どんなゴネ方をするか、あるいは何をしでかすかわかったものではない。彼女のことをよーく知る『嶺斬泊』首脳部は、多少の反対はあったものの、三分の二以上の支持を得て玉藻への情報封鎖作戦に踏み切ったのであった。

 うまくいけば、彼女が気がつく前に、決着をつけることができるかもしれない。いや、なんとしても彼女に知られる前に、連夜には頑張ってもらって作業を終わらせてもらおう。関係者一同心を一つにして頑張った。

 頑張ったがしかし。


「どうみても全然終わってないですよね、これ」


 巨大な倉庫を隅から隅まで埋め尽くす資材の山、山、山。それらをぐるりと見渡したあと、玉藻はどこかの地方にいるというスナギツネのような表情を二人へと向ける。

 玉藻に睨みつけられた二人は冷や汗をだらだら流しながら視線を空へと彷徨わせる。

 正直、二人とも、いや、首脳部全員が事態を甘く見ていた。『いくらなんでもそこまではないよね』、と。だが、そんな彼らの予想は軽々と越えられて、あれよあれよというまに仕事と資材の山が完成してしまったのである。完成どころではない。恐ろしいことに今なお、この山は成長すらしているのだった。

 玉藻、美咲、アインがくっちゃべっている倉庫中央以外の場所では、今現在進行形で、様々な貨物トラックが入って来ては忙しそうに荷物を下ろし、三人のすぐ周辺では事務処理の職員達が運ばれてくる山のような書類をゴーレムのようにたんたんと仕分けし、処理し続けている。


「終わるんですか、これ?」


「「・・・」」


「どう考えても、どう見ても、完全に無理ですよね?」


「「・・・」」


「はあああ、もう、いいです。付き合ってられないです。連夜くんは連れて帰ります」


「否! ちょっと待ちなさい、如月 玉藻!」


「嬢ちゃん、気持ちはわかるけどとりあえず落ち着け。まずは、抱えている若様を下におろせ、頼むから」


「いやです! もうこれ以上連夜くんをここには置いておけません! 連夜くんは高級品製造ゴーレムじゃないんですよ! 無茶ぶりも甚だしい依頼主なんてしったこっちゃありません。そもそも連夜くんの所有者は、『私』です! その私が『ノー!』言ったら『ノー!』なのです」


「止まりなさい、如月 玉藻! 人の話を聞きなさい! えーい、もう、『嶺斬泊』実働部隊、集合です! 如月 玉藻を取り押さえて!」


「おまえらも見てねぇで、手伝え! 狐の嬢ちゃんを止めるんだよ!」


 連夜を抱えたまま、ずんずんと倉庫から出て行こうとする玉藻の姿に、慌てて追いすがる美咲とアイン。しかし、恐ろしいまでの怪力で二人をぶらさげたまま、玉藻は全く速度を緩めることなく出口へと向かっていく。

 たまらず、倉庫内の職員達に応援を要請する二人。その声に反応したいくつもの人影が玉藻へと殺到し、なんとか押しとどめようとする。

 だが・・・


「と、とまらねぇ」


「なんだこの怪力」


「この人、本当に『人』なの?」


「工事用ゴーレムに引っ張られているみたいだ」


「ええーい、おまえら泣き言言ってないで、なんとかしやがれ」


「そ、そんなこと言っても斎藤さん、この人全然止まらないんですけど」


「もう、行かせちゃったほうがいいのでは」


「否、否、否です! ちょ、如月 玉藻、せめて連夜だけは置いていきなさーい!」


「ふははははは、無駄ムダむだぁぁぁぁっ! 何人たりともわが愛を阻ませはしない、どけどけどけーい!」


 美咲やアインをはじめとする何十人もの職員が玉藻の体にすがりつき押しとどめようとするが、それを物ともせず玉藻ずんずんと力強い足取りで着実に出口へと近付いていく。


「も、もうだめだ」


「斎藤さん、これ以上は無理っす」


「み、美咲様、この方プロの私たちよりも剛力なんですけどぉ」


「ふはははは、非力ヒリキひりきなりいぃぃぃっ! 連夜くん一筋、その愛の為だけに生きているこの私をとめようなど、百年、いや、千年早いわ!」


 玉藻に容赦なく引き摺られ次々と力尽きて脱落していく職員達の群れ。そんな中、美咲とアインだけは必死に食らいついてなんとか押しとどめようとするが、その努力もむなしく、とうとう、玉藻は連夜を抱えたまま倉庫出口へと到達してしまう。

 外からあふれ出すまぶしい光。

 それをみつめながら、玉藻は陶然と呟く。


「もうすぐ・・・もうすぐよ連夜くん。あと少しで二人きりになれる。そうなったら、わたし、まず最初に、連夜くんの大好きなこの胸でパイズ「卑猥なこと言わないで、エロお姉ちゃん!」・・・あふんっ!」


 またもや十八禁の言葉を口にしようとする玉藻を、間一髪何者かによってふるわれたハリセンが見事阻止する。

 どうやらこめかみの結構痛みを感じるところにヒットしたらしく、玉藻は連夜をたまらず手放し、両手で頭を抱えながら地面をごろごろと転がっていく。

 ちなみに放りだされた連夜は、美咲とハリセンを持つ小柄な影によって無事受け止められ救出されている。


「ぬおおおおお、不意打ちとは言え、見事な腕前、なにやつ!?」


「『何奴!?』じゃないから。もうお姉ちゃん、何度も言ってるじゃない。外で卑猥なことを言うのはやめてって」


 なんとか痛みをこらえて立ち上がった玉藻。その視線の先には、未だに眠り続ける連夜に寄り添うようにしてしゃがみこむ一人の少女の姿。

 まるで玉藻を一回り若くしたような姿をしたその霊狐族の少女の正体は、もちろん、いうまでもない。


「晴美じゃない、あなた、こんなところで何してるの?」


「何してるのじゃないわよ、お姉ちゃん。むしろ、お姉ちゃんがここで何してるのよってことでしょ」


 呆れたように玉藻の姿を見つめる少女の正体は、『如月(きさらぎ) 晴美(はるみ)』。今年中学生になったばかりの玉藻の実の妹である。

 玉藻とよく似た容姿でありがら、醸し出す雰囲気はかなり違う。美しさが強調される姉に対し、妹の晴美はかわいらしさがより強調された雰囲気がある。

 そんなかわいらしい妹の問いかけに、玉藻は大きな胸を更に吐き出して自信満々に言葉を紡ぐ。


「何してるのって、決まってるじゃない。連夜くんを救出して、このあとラブホで朝まで連夜くんのチン「「「だから、最後まで言わせねえよっ!!」」」、いたいっ!」


 性懲りもなく十八禁ワードを口にしようとする玉藻に、今度は、美咲、アイン、晴美のトリプルアタックが炸裂。そろそろ学習してもよさそうなものであるが、連夜絡みになると途端にポンコツになるこの美女は、再び地面を転がることに。

 そんなどうしようもない姉を、しばらくの間なんとも言えない残念な視線で見つめ続ける晴美。しかし、いつまでもそうしている場合ではない、はっと気がつくと、横に座って連夜を介抱している美咲へと視線をむけなおす。その視線に気が付き、顔をあげる美咲。

 二人はしばし無言で見つめあったあと、晴美はにっこりとほほ笑みを浮かべる。それを見て、美咲は安堵の息をもらすのであった。


「成功したのですね、晴美」


「『是』ですよ、美咲さん。アルカディア在住の連夜さんの義兄弟の皆様、勢ぞろいです!」


「おおおっ!」


 そう言って、晴美が大きく腕全体で指し示す出口付近には、大勢の人の姿。種族は雑多で統一感は全くないが、みな、連夜や美咲を懐かしそうに見つめている。

 彼らの正体は奴隷時代に連夜が一緒に暮らしていた孤児達。あの日、連夜によって勇者の魂を少しずつ分け与えられ、第二の人生を踏み出していったもの達。その中でもアルカディアに住居を定めた、あるいは、今、ちょうど訪れていた者たちを、美咲の命により晴美をはじめとする『嶺斬泊』学生メンバー達が探し出してきたのだ。

 彼らは、連夜の勇者の魂を受け継いでいる為、一人ひとりが超戦士であるのだが、それと同時に、みな、何かしらの技術を持った一流の職人でもあるのである。

 幼き頃、連夜とともに、師匠である同じ奴隷の老人達から様々な技術を教えられ育てられてきた彼ら。

 そんな彼らの助力を得れば、連夜の助けになるはずと、美咲が密かに手をまわして探せていたのであった。


「いや、苦労したぜ。地元の『嶺斬泊』ならともかく、一年以上も情報がない『アルカディア』の中だろう。しかもみんな恐ろしいくらいしっかりと隠れているしさ。いや、まいったまいった」


 そう言って進み出て来たのは、連夜の戦友である深緑森妖精族のクリス。いや、クリスだけではない。そのクリスの恋人である狼獣人族の少女アルテミスや、バグベア族の凶戦士ロム、朱雀族の剣士フェイに、龍族の姫子などもあり、まさに連夜の関係者そろい踏みである。

 そんな彼らに更に続くようにして、『アルカディア』にて召集された新たなメンバー達が連夜と美咲を取り囲んでいく。


「美咲ねえ、久しぶり!」


「おお、本当に連夜だ」


「相変わらずちっこいな、うちの大将」


「お姉さま、私たちが来たからにはもう安心ですよ。これから全力でサポートしますからね!」


「よしっ! みんな、俺達の命の恩人である連夜に、いまこそ恩を返す時だ、いっちょやってやるぞ!」


『おうっ!!!』


 涙ぐむ美咲や、疲れ果てた青白い顔のまま眠り続ける連夜に声を掛けたあと、新規メンバー達は倉庫内のそれぞれの担当箇所へと散っていく。

 連夜の義兄弟達は、総合能力では連夜に遠く及ばない。しかし、それぞれの分野においてはみな一流以上の腕を持つ。連夜しかできないと言われた難解な作業も、流石に一人ではこなせはしないものの、数人がかりで挑めば仕上げることができる。

 それぐらいの技量はある者達ばかりであった。

 また、『嶺斬泊』からやってきたメンバー達もそこの加わっていく。クリスは骨細工、アルテミスは皮細工の一流工芸職人であるし、晴美はまだまだ玉藻や連夜には及ばないとはいえ医療薬品の知識技術を持っている。ロムや、フェイに特殊技術はないが、物流などの力仕事はおてのものだ。

 こうして、連夜一人によってのみ動かされていた小さな流れは、ここに来て大きな流れとなって動き始めていた。


「これなら、なんとか連夜を学校にもどしてあげることができそうです」


 学生らしい生活をさせてあげられないことにずっと罪悪感を抱き続けていた美咲。なんとか、連夜をこの仕事の呪縛から解放したい。その思いから考え出した苦肉の策であった。

 憎い奴隷商人達や、それを指揮する犯罪組織から隠れ潜んでいる、かつての義兄弟、義姉妹達。彼らを引っ張り出すのは並大抵ではない。一人も見つからないかもしれない。見つかっても協力してくれないかもしれない。そういった不安は確かにあった。

 しかし、晴美達はやり遂げてくれた。自分の無茶な作戦に付き合い、そして、見事果たしてくれたのだった。

 なんとも言えない感情が胸を満たし、自然あふれ出る熱い涙。

 美咲は膝で眠り続ける連夜に声をかける。


「連夜、みてください。みんながあなたの為に来てくれましたよ。あなたの危機を救うために。あの小さな子ども達があんなに立派になって。連夜、よかったですね、本当によかった・・・って、あれ?」


 あふれ出る涙をぬぐいながら、あふれる想いを口にする美咲。膝枕で眠っているはずの連夜がいる下へと目を向け、しゃべり続けていた美咲であったが、涙の合間で開けた視界の先を見てあることに気がついた。

 さっきまであったはずの連夜の頭がない。

 いや、頭どころか連夜そのものがいなくなってしまっている。

 慌ててきょろきょろと視線を彷徨わせる美咲。

 すると、資材の山の影に、一瞬連夜の足先が見えた。しかし、その足先もすぐに何かにひっぱりこまれるようにして見えなくなる。

 いやな予感を感じつつも、連夜の足が消えた資材の影へと足を進めていく。

 息を整え、そして、一気にその影の中へと滑りこんだ美咲の視界にとんでもない光景が広がっていた。

 すっぱだかの霊狐族の美女。

 すっぱだかの人間族の少年。

 美女は少年のある箇所にまたがり、恐ろしい呪文を唱えつつ、ある儀式を遂行しようとしていた。


「大丈夫、さきっちょだけだからね、連夜くん。さきっちょだけ。ちょっと動いたら抜くから。ねっ、ねっ、いいよね」


「いいわけあるかああああっ!」「あぎゃああああああっ!」


 助走からの大ジャンプ、そして、高角度からのミサイルドロップキックが霊狐族の美女の背中にクリーンヒット。

 連夜は間一髪で、悪の女幹部の手から守られたのであった。


 尚、このあと無事、連夜は二学期の始業式に間に合ったという。

 ただし、狐の美女が夏休みを満喫できたかどうかは不明である。 

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