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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
191/199

第六十一話 『力を求める者達』

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

 北方と南方が誇る交易城砦都市『嶺斬泊』と『アルカディア』。

 その二大都市が中心となり両地域の諸都市をも巻き込んでの南北交易復興の為の一大作戦は、いよいよ終局を迎えようとしていた。南北両地域の各都市に住む人々の命を文字通り救うことができる最高の回復薬である二種類の万能薬『神秘薬(アメージングアクア)』と『特効薬(バイオセイバー)』。これらを作成する為に必要だった南北それぞれの交易品の数々は、今回の作戦に携わったたくさんの戦士達の活躍によって無事各地域へと配布されることとなった。

 これでたくさんの人々の命を救うことができる。各都市の中央庁、及び病院や薬剤に関係する者達、そして、政界、財界、芸能界の頂点に立ち、人々の日々の生活を守り続けている者達は、一様に安堵の息を漏らしていた。

 しかし、そうも言っていられない者も存在している。


「あー、もう全然仕事が終わらないんですけどぉっ!」


 城砦都市『アルカディア』の西に存在している小さな森で、一人の少年の絶叫が響きわたる。

 声の主は言うまでもない。この物語の主人公である宿難 連夜その人である。


「メンテが必要な分だけしか修理しない予定だったのに、なんでこんなことになってるのかなぁ」


 無用の鉄くずと化した様々な武具の成れの果て。それらが作った小さなゴミ山の前で、彼は深いため息を漏らす。

 いや、彼の前にあるのはゴミの山だけではない。それと同じくらい山となって積み上げられているのは、眩い光りを放って輝き続ける美しい武具の数々。素人が遠めに見ても、尋常な性能ではないとわかるような逸品揃い。

 連夜が寝る間も惜しんでゴミの山から作り出した、道具の聖霊『ツクモガミ』が宿る高性能武具の数々だ。

 そもそも当初の予定では、これほどの数を作り出す予定ではなかったのだ。


「連夜くんが受けた最初の仕事の場合、どれくらいの量を作る予定だったの?」


「ゼロです」


「は?」


「だからゼロです。既存の武具の調整だけして、新たに作る予定は全くなかったんですよ」


 玉藻の問いかけに対し、今にも泣き出しそうな声で弱々しく答えを口にする連夜。そう、城砦都市『アルカディア』到着後、同都市防衛省であると同時に旧知の仲でもあるオイゲンスから確かに『アルカディア』正規兵用の武具の調整を依頼されてはいた。

 しかし、その内容は以前に連夜が作成して渡していた武具を、調整し直すだけというもので、新たに作成するという項目は全く入ってなかったのだ。


「それがなんで作成することになっちゃったの?」


「元々、自分達で使う為の武具を作ろうと思っていたんですよ。ほら、新たに僕らの仲間に加入したフェイとか、自分の体を取り戻した姫子ちゃんとか、専用の武具がなかったですから。あと前回の学校の騒ぎの時に、人間族の僕に表立って加担することの危険を知りながら、立場を表明してくれた友達もいますし。彼ら用の武具をプレゼントしてあげたかったんで作っていたんですが」


「え、それがどうしてこんな山になるほど作る事になっちゃったの?」


「ほら作ってる最中にノリス大尉が来たでしょ?」


「ああ、このゴミ山に来てすぐの時のことね。あれがどうしたの?」


「ノリス大尉だけなら誤魔化せたんですけど、あのあと、ベルンハルトさんやオイゲンス防衛省長官(ヒゲジイ)とかもやって来て大騒ぎになったじゃないですか」


「馬鹿馬鹿しくてみてられないから私寝ちゃったけど、あのあと何かあったの?」


「そのときに僕が作っていたものが、ごく個人的な目的に作られていた物だとバレちゃったものですから」


「何が問題なの? 自分が使う物だって突っぱねたらよかったんじゃない?」


「いやそれが玉藻さんが寝ている間にいろいろとありまして、譲るとも売るとも言ってないのにその場にいた人達の間で勝手に盛り上がっていって、自分が買うだのもらうだの。果ては殴りあいで勝った奴に権利があるだの言い出して、作成者である僕を無視して僕の武具を誰が所有するかで大乱闘が始まってしまいまして」


「はぁ? なにそれ」


「なんせ乱闘をしているのが音に聞こえた武人ばかりですからね。下手をすると怪我人どころか死人すら出てしまってもおかしくない状況でして」


 呆れたように肩を竦めて軽い口調で説明している連夜であるが、実はそんな軽いものでは全然なかったのである。大の大人達が揃いも揃って大人気のないガチ喧嘩を繰り広げていたのだ。武器こそ使ってはいなかったが、それでもそれぞれが一流の武人である。殴られても蹴られてもただで済むはずがない。流石の連夜もこれには仲裁せざるを得なくなり、ある一つの提案を彼らに突きつけた。

 その提案とは、連夜はこれから『ツクモガミ』憑きの高性能武具をある程度の数量作成する。できた高性能武具に代金はいらないしただで持っていっていい。しかし、必ず話し合いで決着をつけること。この提案を呑めない場合、全ての武具を再びゴミにもどすと脅したのだった。

 これを聞いた武人達は一斉に拳を収めた。

 それで話はめでたしめでたしということで終了。


「とは、いかなかったんですよねぇ」


「まだあるの!?」


「いや、一応、その場にいた人達は全員話し合いでの決着に合意してくれたんですけど」


 やれやれと首を横に振っていた連夜はおもむろに立ち上がり、自分の横に寝そべる玉藻を手招きしながらどこかへと歩いていく。一体連夜がどこに行くつもりなのか見当もつかない玉藻であったが、ついていかないという選択肢は存在しない。連夜のいる場所が彼女のいる場所なのだから。

 一人と一匹は仲良く並んでゴミの山の中を歩いていく。

 どこまでいくのだろう。遠いのだろうか。一瞬そう思った玉藻であったが、目的地は意外と近い場所にあった。

 中でも大きなゴミ山の影に身を潜めながらそっと連夜が指差すほうに視線を向けてみる。視線の先には大きな広場。そして、その中心にはどこから持ってきたのか大きな円形のテーブルが鎮座しており、その周りにはたくさんの男達が座っている。何やら重大な会議を行っているようだが。

 玉藻はいったい何の会議なのか聞こうと、隣に立つ恋人に視線を向け直す。すると何故か頭を抱えて深いため息を吐き出している彼の姿。

 いったいこの会議は何なのかと耳を澄ましてみると、男達の声が玉藻の耳へと飛び込んできた。


「ともかく、北方が彼を拘束していた期間はかなり長いということです。『ストーンタワー』からはじまり、『通転核』、そして、現在の『嶺斬泊』まで、あまりにも北方の独占がすぎると思うのです。どこの諸都市に滞在していただくかはまた別で相談いたしますが、今後しばらくは南方で彼のお世話をさせていただくということをご了承いただきたい」


「おい、ふざけたこと抜かすな南の。連夜の家族は北方にいるんだよ。それを無理矢理引き離そうっていうのか?」


「そうは言っていません。ですが、そろそろ彼も独り立ちの時期にあるはずです。見慣れた北方ではなく見聞を広げるためにも南方に来ていただくのが彼の為にもなるかと愚考いたします」


『そうだそうだ』


「異議有り! 北方でも見聞を広げる事は可能だ。そもそも我が『ゴールデンハーベスト』への来訪も果たされていないというのに、それを飛ばして南方だなんて、認められるわけないだろう!」


「北方の方とは違う意見ですが、私も北方が見慣れているからでは南方にというのは聊か早計と存じます。そもそも私どもが独自に調査した結果では、かの『道具使い(アイテムマスター)』殿が興味をお持ちになっておられるのは北方でも南方でもなく東方であるとか。伝説の『東方野伏(ニンジャ)』や、『東方騎士(サムライ)』の技術を追い求めておられるとお聞きしましたが」


『うむ。東方こそが『道具使い』殿が永住されるに相応しい』


「まて、それを言うなら西域にも興味をお持ちだと聞いた。なんでもあのお方の姉君が西域にご留学に出ていらっしゃるとか。もしそれが本当なら西域においても家族と暮らす事ができるわけですから何の問題もないと思いますが」


『西域は『道具使い』殿を手厚く歓迎する所存』


「待て待ておまえら、東方にしろ西域にしろ遠すぎるだろうが。そんなすぐに連夜が移動できるものか。それに独り立ちの時期が近いといってもまだ成人に達するには数年かかる。それまでは北方で大事に扱わねば。うむ、そうだな、やはりここは古巣である我が『ストーンタワー』が引き受けよう」


「ボケたこと言ってるんじゃねぇよ、ジジイ。奇麗事いってるが、どうせ連夜の持つ『複合技能』が目当てだろうが。そうはいかねぇぞ。今度こそ『ゴールデンハーベスト』に来てもらわないといけないんだからよ」


「やかますいわ。貴様、連夜が持つ『複合技能』がどれだけ稀有な才能か知っておるか? 普通職人は本業一つ、副業二つまでの技能を必死に修練して身につける。その場合本業の技能は他の追随を許さぬほどに成長するが副業はその半分もいかぬ。連夜は本業と呼べるような技能を何一つ身につけてはおらん。身につけている技能は全て副業レベルのものばかり。しかし、数が違う。一つや二つではない、それこそ数え切れないほどの副業をあやつはある程度のレベルまで身につけておる。普通ならそんな中途半端な技能なんの役にも立ちはせぬ。しかしな、あいつは他の副業技能を複数組み合わせることにより、普通なら作り出すことのできないものを作成することを可能としておる。それが何を意味しておるかわかるか?」


「知ってるよ。あいつにしか作り出せないものが数え切れないほど存在しているってことだ」


「その通り。あいつが作り出す作品の中には『師範』と呼ばれるその道の頂点に立つものが作り出したハイレベルな作品と同じレベルのものさえある。邪道の邪道。横道の横道にそれまくった結果、正道に追いついてしまった稀有な存在なのじゃ。それをワシはこの手で更なる高みへと誘いたい。正道のそれもど真ん中のみを歩んできたワシの技術の全てを連夜に注ぎ込む。その結果、あやつは正道と邪道の両方を極める事となり、鍛冶師達の伝説となるだろう。おおお、見たい。生きている間にどうしてもそれがワシは見たいのじゃ」


「ケッ。結局、自分の為じゃねぇか。てめぇの夢を連夜に押し付けるなっつーの。却下だ却下」


「ちょっと待ってや。確かに『ストーンタワー』さんのところは少し利己的に過ぎると思うが、どこの都市かて多かれ少なかれそれはあるやろ。そこを責めるのはおかしいんとちゃうか、ノリスはん。あんたのところも人のこといわれへん。あんたかて、連夜の『超計略術』が目当てやろ」


「悪いか。対原生生物討伐においてあいつが立てた作戦に従った場合の隊員の生還率がいくつか知ってるか? 九十パーセントだ。ハッキリ言って驚異的を通り越して奇跡としかいいようがない数字だぜ。つまりあいつの作戦通りにすれば俺の部下達のほとんどが生き残ることができるってことだ。うまくいけば生還率百パーセントだって可能だろうさ。それを望んで何が悪い」


「どうでもいいけど胡散臭い数字やな。いったいどこでその数字を出してきたんや。生還率九十パーセントなんてありえへんで。夢見てるんとちゃうか?」


「よく言うぜ、この狸ヤロー。この数値はおまえのところ、『通転核』中央庁のデータバンクにあった戦闘記録から算出したものだ。連夜がおまえさんのところに滞在していた三年間。その間に関わった戦闘、そして、奴が口を出した作戦全てのデータを揃えて、きっちりうちの中央庁情報課が計算して出したものだ。ってか、おまえさん、そのことを知っていただろ」


「な、なんであんさんがうちの戦闘記録を知っているんや? ぬ、盗み出したんか!?」


「人聞きの悪い事いうな。ちゃんとおたくの上層部に適正価格を払って得た情報だぜ。かなり高くついたけどな。ってか、『超計略術』なんて名称をつけたのも『通転核』の連中だろうが」


「しゃ、社長か!? あのあほ、金のためやったらなんでも売り払う癖どうにかならんのか!?」


「心配せんでもその程度の情報、ここにいる連中なら皆知っておるさ。いまさら隠そうというほうがどうかしとる」


「『超計略術』にしろ、『複合技能』にしろ、『ツクモガミ』を操る術にしろ、連夜一人を味方にするだけでどれだけの巨大な恩恵を得る事ができるか。知っているから皆必死なのだろうが」


「確かに俺は、俺の部隊の為に連夜に来て欲しいと思っているさ。しかし、奴が来る事で『ゴールデンハーベスト』の戦闘事情は大きく変わる。少なくとも対原生生物討伐における人死にが格段に減るのは間違いないはずだ。一部隊だけの恩恵に留まらない。必ず奴の力は『ゴールデンハーベスト』という都市そのものを救う。だから、『ゴールデンハーベスト』は、いや、俺は俺達『ノーノイズノーデンズ』は連夜の誘致に絶対に引かないからな」


「それはうちも」「いや、うちだって」「西域は譲りません」「東方こそが」


 熱弁に告ぐ熱弁。テーブルに集った男達は絶対に譲らないという気迫の元、『話し合い』という壮絶な戦いを繰り広げていた。


「もう完全に高性能武具だけの問題じゃなくなってるじゃない。連夜くんそのものをどこが引き抜くかっていう話になってるみたいだけど」


「今のところどこにも行く気もないって言ってるんですけどねぇ。なんか全然わかってくれないみたいで」


「でも、あの人達の気持ちはわかるよ。連夜くん一人味方につけるかつけないかで全然話が違ってくるもの」


「いやそれほどの力はありませんよ。そもそもあそこで言ってる内容なんてどれもこれも出鱈目ばかりです。そんな超人的な力を持ってるなら苦労してませんて。たまたまうまくいった内容のデータばかりで算出されても困りますよ」


「あるよ。連夜くんにはそれほどの力がある。あそこで真剣に討論している人達は皆、連夜くんの真価を知ってる人達ばかりだと思うわ」


 虚脱気味の連夜を玉藻はいつにない真剣な眼差しで見つめる。


「連夜くんは気がついていないかもしれないけど、連夜くんの周囲に集まってきている人達が皆、同じような気持ちを持っていると思う。一度でも連夜くんに救われたり力を貸してもらったりしたことがある人なら尚更だわ。純粋な戦闘力が高いわけじゃないし、身体能力も種族としては底辺。だけど、そんなこと問題じゃない。あなたの価値はそんなところにはない。あなたが持つ強大な『力』は目に見えるところにはほとんどない。でも分かる人にはわかる。そして、信じる。そんな人の期待を連夜くんは裏切らない」


「そんな大袈裟なことはしてないつもりなんですけどねぇ。ってか、期待されても大概は期待はずれで終わってますよ」


「あなたにとっては大したことなくても周囲にとってはかなり大したことなのよ。連夜くんはもう少し自己評価を上げるべきだと思うけど」


「一人前になったら考えますよ。今の僕は半人前の生意気なクソガキの一人に過ぎませんし」


「ほんとにもうどうしてそういうところはひねくれたままなのかしら。私の恋人としての連夜くんはどこまでも純粋で真っ直ぐなのにねぇ」


 これ以上言っても無駄と思った玉藻はそれ以上言葉を連ねることを諦めた。自分が言った言葉を覆すつもりは勿論毛頭ないが、恋人の真価については自分がしっかり知っていればそれでいいと思いなおしたのだ。

 二人はどちらともなく立ち上がると、足音を殺してそっとその場を後にした。

 再び仲良く並んで歩きながら元の場所へと帰ってくる。


「連夜くん、もう作業は終了するの?」


 先ほどと同じ場所に座り込んだ少年が片づけをはじめたのを見て、玉藻は不思議そうに問いかける。先ほどまではまだまだ仕事を続ける様子だったのだから、彼女が首をかしげるのは自然なことだった。問いかけられた連夜は苦笑をもらしながらも片づけを止めようとはせず、首だけを玉藻のほうにむけて口を開いた。


「ええ、もうそろそろ終わりにしますよ。本来の依頼だった『アルカディア』正規兵の皆さんの武具のメンテナンスは疾うの昔に終わっていますしね。あそこで無意味な会議をしている皆さんに差し上げる予定の武具もこれだけあれば十分でしょうし。正直、武具の所有権を巡って口論していたならもう少し作ってもよかったんですけど、彼らの希望はちょっと受け入れられないですしね。これ以上作ってもどうせ誰も満足できないでしょうし。あと、作戦の締めには参加しておきたいですから、そろそろ移動しようと想います」


「そっか。まあ、それがいいかもね。連夜くんがここにいてもどうせまた喧嘩のタネになるだけだろうし」


「そういうことですね」


 顔を見合わせた二人は似たような苦笑を浮かべてしばしの間見詰め合う。その後、玉藻も連夜の片づけを手伝い、二人はゴミの山と高性能武具の山が静かに眠る森を後にしたのだった。

 作戦の開始から既に一週間という時が流れていた。

 その間『アルカディア』と『嶺斬泊』の間を繋ぐ交易路では様々な事件が起こっており、駆り出されていた双方都市の軍事部隊、及び傭兵、ハンター達は対応に追われていたが、不幸中の幸いというべきか、味方戦力に大きな損害や死者が出ることはなかった。

 前述でもあったように交易品はつつがなく両地域にいきわたり、二種類の『万能薬』は既に各市場へと流れはじめていた。残る作業は悪党達の始末だけ。既にその為の準備は整っており、作戦開始の号令をまつばかりとなっていた。

 そこには、作戦に参加する予定となっている『アルカディア』正規軍のみならず、『K』や姫子が率いる『葛柳衆』も集合しているはず。

 連夜と玉藻は彼らと合流して最終作戦に参加すべく作戦が決行されることとなっている城砦都市『アルカディア』の西門へと急ぐ。


 しかし、西門がいよいよ近づいて来たところで、彼らの足は止められることとなってしまった。

 第三者の声が彼の耳に飛び込んできたからだ。


「連夜さん、ちょっと待ってください!」


 連夜が振り返ると、そこには大声を出しながら駆け寄ってくる小柄な人影。

 その人影は横に立つ恋人をそのまま幼くしたような姿をしている。


「晴美ちゃん?」


 玉藻の実妹である霊狐族の少女『晴美(はるみ)』であった。

 彼女は驚いた表情を浮かべる連夜の元へ息を弾ませながらやってくる。


「どうしたのさ、晴美ちゃん。クリス達と一緒に『嶺斬泊』に帰ったんじゃなかったの?」


 足を止めた連夜は、目の前に立つ少女を不思議そうに見つめる。

 本来の予定では晴美はこの場所に留まるはずではなかったからだ。

 元々、クリス達と一緒に交易路の中間地点へと向い、そこにいるはずの城砦都市『嶺斬泊』の輸送部隊に合流。そのまま『嶺斬泊』に帰還することになっていたはず。

 なのに何故彼女はここにいるのだろうか。


「連夜さん、ちょっとお時間をいただけませんか」


 いつもほんわかした雰囲気の晴美には珍しく気合の入った真剣な表情。何かアクシデントでも起こったのかと思い連夜は体を硬くする。


「えっと、何かあったのかな?」


「私に『外区』で活動するための『力』を与えてください」


「は?」


 一瞬何を言われたのかわからなかった連夜は、呆けた顔で彼女を見返す。しかし、晴美の表情に意味のない冗談を言ったという雰囲気は全くない。むしろ真剣さを増した目と表情でこちらを睨み付けるように見つめてくる。

 そのいつにない気迫にたじろぎながらも連夜はなんとか口を開いて問いかけることに成功する。


「一体全体何の話をしてるの? 『力』って何のことかな? 戦う『力』ってこと?」


「はい、それもあります。でもそれだけじゃなくて、『外区』で生きていく為に必要な知識や技術もそうです。私には全然足りてない」


「晴美ちゃんは、玉藻さんと同じように『療術師』になるんじゃなかったの?」


「それは勿論目指しますが、それとは別に『外区』でも行動できるように専門知識を学び、専門技術を身に着けたいのです。将来のために、いずれは『傭兵』か『ハンター』の免許だって取っておきたい。その為には『力』が必要なんです! 『外区』で活動していく為の『力』が!」


「「はぁっ?」」


 少女の口から紡ぎ出された言葉は二人にとって完全に予想外であった。

 思わず同じように目を見開いた表情で固まってしまう連夜と玉藻。

 晴美は、そんな風に戸惑いを隠せずにいる二人に構わず自分の気持ちを訴え続ける。


「私、今回クリスさん達に同行してみてわかったんです。自分が現在身に着けている技術や知識が『外区』じゃ何の役にも立たないものだってことを」


 そう晴美は今回の作戦で大きなショックを受けていた。

 晴美は、幼い頃から霊狐族の里で様々な厳しい訓練を受けて育ってきた。人を暗殺する為の戦闘技術。毒薬や回復薬を作成するための薬草学。そして、傷ついた身体を治したり或いは逆に毒殺したりする為の療術や呪術。

 主人の代わりに危険な任務を遂行する便利で優秀な道具。そうなるように教育されてきたのだ。

 いきなり奴隷から解放されたといっても、叩き込まれた技術や知識がなくなるわけではない。


「なのにダメでした。ちょっとくらいは役に立てるんじゃないかって自惚れていたんですけど、全然ダメでした。偵察任務では肝心の『害獣』達を探知できず、『原生生物』に襲われたときは一歩も動けず、クリスさん達が怪我したときにもすぐに治療することができなかったんです。全然ダメ、全くダメ、ダメダメのダメ、どれもこれも一つとして対処できなかった。『療術』ですら使う事ができなかった。一番自信があったのに! 本当に私ったら終始役立たずなまま、お荷物なままで。それが悔しくて悔しくて」


 激しい口調でそこまで捲くし立てた後、晴美の目に溜まっていた涙が溢れて零れ落ちた。

 晴美はそれに気がついて口を閉ざし、俯いて乱暴に片手でそれを拭いさる。

 本当に悔しかったのだ。

 役に立てない自分が悔しかった。

 しかし、一番悔しい理由は口にしてはいない。連夜の前で口にはできない。なによりも姉の前でその本当の思いを口にすることはできなかった。

 今まで自覚できずにいた。ずっと何かが心に引っかかっていたのはわかっていたが、それから目を背け続けてきた。

 でも、裸で抱き合う連夜と姉の姿を見てしまったことで、晴美の心の中にかかっていた霧は一瞬で消え去ることとなった。

 嫌でも自覚する。

 自分が連夜に抱いている想い。

 そして、苛立ちの原因。

 役に立ちたかった。

 それは誰の為に?

 他でもない、連夜の為にだ。

 自分を地獄から救ってくれた恩人であり、そして、好きになってしまった人の為に。

 役に立ちたかった。どうしても役に立ちたかった。役に立つ姿を見てもらいたかった。ほめて貰いたかった。

 なのにその想いは適わなかった。

 しばしの間、晴美はしきりに片手を動かして涙を拭い続ける。

 しかし、やがて再び顔を上げ、もう一度連夜へと視線を向け直した。


「正直数日前までは漠然と『療術師』になればいいかなって思ってました。都市の中で適当な病院に就職して、なんとなく患者さんを治療して、そこそこお金を稼いで、仕事半分遊び半分の気持ちで生きていけばいいなんて舐めたこと思っていました。でもダメなんです。このままでは終われないんです。こんな情けない私のままでこれから生きていきたくない。それにこんな格好の悪い姿みてほしくない」


「見て欲しくないって、いったい誰に?」


「と、ともかく! 『外区』で使える技術や知識をしっかり学んでおきたいんです。お願いです連夜さん、私に進むべき道を示して下さい!」


「いやいやいや待って待ってちょっと待って晴美ちゃん。ストップストップ!」


 悔しそうに唇を噛み、涙さえ浮かべて懇願してくる小さな少女の姿。

 その口から紡ぎだされる真摯な言葉と真剣な瞳の中に冗談が混じっている様子は欠片もない。 晴美が真面目な性格であることは、短い付き合いでもよくわかっていた。しかし、ここまで思いつめる結果になろうとは、連夜にとって完全に予想外の出来事であった。

 思わず天を仰ぎそうになった連夜であったが、すぐにそんな場合ではないと慌てて少女に待ったをかける。


「あのね、晴美ちゃん。何か大きな勘違いがあるみたいだから、まず最初にそれをここでハッキリさせておく。別に僕は晴美ちゃんにクリス達のような活躍を期待して連れてきたわけではない。と、いうかベテランでも適わないトップランカーのクリス並に活躍するなんて絶対に無理だよ」


「でも多少のお手伝いはできると思っていたのではないのですか? それとも全く期待されていなかったんですか?」


「そりゃ、晴美ちゃんは普通の中学生に比べれば『療術師』として優秀だとは思うし、多少なりと役には立つと思う。全く期待してなかったといえば嘘になるかな」


「やっぱり! ですが、私はクリスさん達が傷を負ったときに手当ての一つもできなかった」


「いや、いきなりできたら凄いよ。そんな報告受けていたらそのことにびっくりしていたと思う。と、いうか、むしろできなくて当たり前なんだよ」


「当たり前・・・なんですか?」


「そうそう。そもそもね、君はまともな環境の中で『外区』を経験してはいなかっただろ。だから、信頼のおけるクリス達に同行してそれを体験してほしかったんだ」


 連夜の口から零れ落ちたその言葉に嘘はない。

 そう最初から晴美に派手な活躍を求めていたわけではないのだ。

 確かに晴美という少女は実に優秀である。戦闘能力は並よりも上程度であるが、薬草学の飲み込みは早く、術式を操る腕はアマチュアの域を既に通り越している。

 もしかしたらという期待がなかったわけではない。

 だが、それはあくまでもおまけのようなもの。活躍してくれればラッキーだなという程度のことでしかなかった。

 連夜が晴美に対して期待を寄せていた箇所はそこではない。『外区』という都市内では決して知る事のできない厳しい環境を体験してほしかったのだ。そういった中で様々な作業を行うということがどれほど心身にストレスを与え、難しいことなのかを身をもって知って欲しかった。そして、何かを掴み取ってほしい。

 そういう願いから連れてきた。

 だから、そういう意味では今回のことは大成功といっていいだろう。晴美の言葉と態度から、今回の『外区』での活動は大いに彼女の糧となったのだとわかる。


「君は今回の活動でちゃんとそれを理解してくれた。そして、それを今後の糧にしようとしてくれている。それで十分なんだ。今はそれで十分なんだよ、晴美ちゃん。そんなに急いで成長しなくていい。晴美ちゃんの人生はまだまだこれからなんだ。ゆっくりと確実に歩いていけばいいと思う」


 心からの言葉であった。

 上っ面だけの言葉ではない。そこには確かに親愛の情が存在しており、言葉の端々に温かみを感じさせる何かがあった。連夜にとって、晴美は既に本当の妹といっていい存在だった。付き合いは短い。しかし、彼女はあまりにも最愛の人に似すぎている。彼女を見ているだけで、幼い頃の玉藻を思い出すことができる。できてしまう。

 玉藻は玉藻、晴美は晴美。その性格は大きく違う。だが、彼女達の根底に流れている何かは実によく似ていた。

 連夜にとって何よりも優先すべきは玉藻。万が一の場合、恐らく何の躊躇いもなく連夜は晴美を切り捨てて玉藻を選ぶ事ができるだろう。

 しかし、連夜は機械ではないのだ。血の通った『人』なのである。『情』を完全に捨て去る事などできようはずがない。

 だからこそ、連夜は晴美に対し心からの言葉を口にする。玉藻とは全く違う意味で大事な人。彼の『妹』である晴美を守り育てる為の言葉を。


「焦って何かをやったとしても身に着く事はほとんどない。君には既に宿難 仁という素晴らしい師匠がついているんだ。まずはお父さんの指導を忠実に行う事からやっていこう。今回僕がその指導に対し横槍を入れてしまう形になってしまったけれど、それはあくまで今回限り。当然だけどお父さんは僕よりも遥かに教育者として優れているしね。晴美ちゃんが今後どういう道を選択するかはわからないけれど、どんな道を選らんだとしてもいずれ必ず大成できると思う」


 連夜が口にしたのは決してお世辞ではない。本心からの言葉である。それだけ晴美の将来に期待を寄せ、信じているからこそ出た言葉であった。

 勿論、その言葉はしっかり晴美の心に届いていた。連夜の想いはちゃんと伝わっていたのである。

 だが、次に晴美の口から紡ぎ出された言葉は『納得』を意味する言葉ではなかった


「いずれっていつですか? 明日ですか? 明後日ですか? 一週間後ですか、一ヵ月後ですか、それとも一年後ですか?」


「いや、それは流石に無理があるよ。『人』はそんなに急激に成長するようにはできていない」


「でも、連夜さん達は既に『力』を持っているじゃないですか。クリスさんも『K』さんも、アルテミスさんや姫子さんだってそうです。みんな私とそれほど年齢が変わらないのに、中高年のベテラン戦士の皆さんに勝るとも劣らない『力』を持っていらっしゃいます。『力』だけじゃない。判断力や考え方だってそう。どうしたら、私は皆さんのようになれるんですか? 私は・・・私は早く皆さんに追いつきたい。追いつけないにしても、足手纏いにならない程度にはなりたいんです!」


「晴美ちゃん・・・」


 どこまでも真剣で純粋で、そして、強い強い願いを込めた悲痛な叫び。

 しかし、それを聞く連夜の表情はどこまでも苦い。連夜は正確に晴美の願いを理解していた。その叫びに込められた強い想いについてもまた同様だ。だが、だからこそ連夜の表情は益々苦味を帯びて険しくなっていく。

 晴美の望んでいる『力』が、連夜が望むそれとは大きくかけ離れているからだった。

 なんとか説得しなくてはならない。今の晴美にそれを諦めさせることがどれだけ難しいことはよくわかっている。非常に厄介な問題だった。

 心が折れそうになりながらも、連夜はなんとか態勢を立て直して口を開く。


「晴美ちゃん。僕やクリス達は君とは違う。僕やクリス達をお手本にしてはダメだ」


「どうしてですか!? 連夜さんもクリスさんも他の皆さんもあれほど優秀なのに!?」


「無理に無理を重ねて得た知識や技術なんだ。僕達のやり方では失うものが多すぎる。晴美ちゃんにはそんな方法をとってほしくない」


「どんなことでもやります。覚悟はできてます。だから、教えてください、お願いします」


「いいや、ダメだ。君は知らない。僕やクリス達が何を犠牲にしてきたかを」


 連夜の表情の苦味の中に悲しみの色が浮かぶ。連夜が言っていることは決して大袈裟なことではない。連夜もクリスも、その『力』を得る為にたくさんのものを犠牲にしてきた。クリスは復讐の旅の中で『力』を得たが、その代償として両手両足を失った。姫子は『異界の力』を暴走させ、自分の身体の三分の一を失ってしまったし、『K』は都市社会の中で生きていくのに必要なもの全てを失っている。

 勿論、連夜とて例外ではない。いや、メンバーの中では、連夜が最もひどいと言えるだろう。

 それがわかっているが故に、自分と同じ道を歩ませるという選択肢は連夜の中にはない。他のメンバーの道にしたって同じことだ。どれもこれもろくでもないものばかりなのだから。

 しかし、流石にそんな想いまで伝える事はできない。だから、晴美は納得することができず、その秘めた想いを燃え上がらせて連夜に詰め寄っていく。


「それだけの価値のある『力』だったわけでしょう? 皆さんを見ているだけでわかります。私がこの目で見てきたものはどれもこれも『異界の力』じゃなかった。クリスさんの超広範囲索敵能力も、アルテミスさんの超絶的な遠距離狙撃も、『K』さんの戦闘能力も、そして、連夜さんの世界の管理者の如き恐ろしいまでの万能知識力も。どれもこれも皆さん自身がその身を削って得た『力』だ。生まれた時から身に着けていた『力』じゃない。世間を知らないただの小娘に過ぎない私ですが、それくらいわかります!」


「いいや、わかってない。晴美ちゃんに見えているのは表面的な部分でしかないんだ。いや、見抜くことができるほうがおかしいので、晴美ちゃんの反応のほうが普通なのだけど。ともかくダメ。絶対ダメ。ダメなのものはダメなの。お願いだから諦めてよ」


「いやです。諦め切れません! だって。だって、ちょっとでも早く『力』を身に着けないと、連夜さんの側にいられ・・・ごにょごにょ・・・かもしれないし、下手をすれば連夜さんに置いていかれ・・・うにゃうにゃ・・・なんだもん。それはいやなんだもん」


「え? は? 最後のほう聞こえなかったんだけど、なんていったの?」


「なんでもないですぅっ! とにかく教えてくださいったら教えてください!」


「だからダメったらダメ! なんでそんなに焦ってるのさ。ゆっくりでいいじゃない!」


 困惑の表情で諦めさせようとする連夜と、顔を紅潮させ涙目で詰め寄る晴美。

 一見すれば年若いカップルの微笑ましい痴話喧嘩に見える。

 しかし、それを見ている唯一の観客は、その情景を全然微笑ましく見守っていなかった。


(もう連夜くんったら、いつまでやってるのよ!)


 それどころか完全にお怒りモードで、顔が般若になっていた。

 一応、最初のほうは年長者らしく黙って二人のやり取りを見守っていたのである。だが、段々二人の距離が近づいて、弾みで抱きついてしまいかねない程になるともうダメだった。目が完全に吊り目になり、眉も外向きに跳ね上がっていく。額には青筋が走り、口からは不気味な歯軋りの音。

 それでもなんとか我慢して口を出さずにいたのであるが、そろそろそれも限界だった。

 白熱して終わりが見えない口論を、身体の芯にまで響きそうな震脚一つで黙らせる。

 ようやく第三者がいることに気がついた二人は、口を閉じて恐る恐るその人のほうへと視線を向け直す。

 しばし、その人の様子を見つめたあと、そっと視線を外して顔を見合わせ無言での会話を行う。

 会話の結果、年長者らしく連夜が般若をなだめることに。


「あの、玉藻さん、これはですね」


「連夜くんは黙ってて」


「はい、すいません」


「よわっ! 連夜さん、弱っ!」


 一撃で敗退だった。弱かった。あまりにも弱かった。勝負にすらなってなかった。

 すごすごと後方に引き下がる連夜。その背中に晴美はもっといろいろと言いたいことがあった。あったが、それを口にすることはできなかった。

 晴美の前に玉藻が進み出てきたからだ。

 そして、晴美が思いもよらぬ言葉を口にしたのだった。


「いいわ。私が教えてあげる」


「え?」


「私が教えてあげるって言ったのよ。連夜くんやクリスくん達ほどではないけれど、すぐにある程度まで強くなれる方法をね」


 姉の口から出た言葉の意味がすぐには理解できず、呆然とした表情を浮かべてその場に立ち尽くす晴美。

 そんな妹の表情を見て、玉藻は意味深な笑みを浮かべる。

 それは悪巧みを思いついた彼女の恋人そっくりの笑みであった。


「ただし、生半可な覚悟で踏み込んでくるなら後悔することとなるわよ。それでもいいのかしら」


「か、覚悟ならできているもの。連夜さんの役に立てるならなんだって私はできる!」


「そう。なら、その覚悟。見せてもらおうかしら」


 そして、晴美は知ることとなる。

 姉が見せる圧倒的なまでの『力』を。

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