第六十話 『忍び寄る破滅の足音』
物資を奪った悪党達の現況についてです。連夜達は出てきません。
『人』は『力』を求める。
そのことは別に特別なことでもなんでもない。
生き物としてごく自然なこと。
しかし、求める『力』の種類は実に様々。
それらは『権力』であったり『財力』であったり、もっと単純な『暴力』であったり、或いは『知力』であったりする。
己が抱える『夢』、『野望』、もっと原始的な様々な『欲望』を実現させる為、『人』はより強い『力』を求め続ける。
城砦都市『嶺斬泊』中央庁所属、交易護衛部隊隊長という肩書きを持つ歴戦の戦士デンゼルもまた『力』を求める者の一人だ。
幼き頃から『武』の『力』を求めて修行に励み、己の『力』を向上させてきた。鍛錬を欠かさず、また命がけの実戦の中で己の技を磨き、今ではそれなりに武名を鳴り響かせる程の『力』をその手に掴んでいる。
しかし、それでも彼は満足してはいない。彼が欲するのは圧倒的なまでの絶対的な『力』。何者にも負けず、何者も寄せ付けず、ただそこにあるだけで自分以外の全ての者をひれ伏せさせるそんな『力』。
湧き上がる欲望のままに、彼は『力』を求め続ける。
昨日よりも今日。今日よりも明日に向けて、より強く、より優れた『力』を求めて手を伸ばす。例えそれがどのような手段であったとしてもだ。
己の目的を達成する為になら、デンゼルは何でもすることができた。
そう『何でも』だ。
例えそれが『人』の道から外れた方法だったとしても、悪逆非道で残虐極まりない方法だったとしても、他人の血を流しても、他の人を陥れても、デンゼルは決して躊躇したりはしなかった。
デンゼルが絶大な『力』を得る為に選んだ手段、それは『業奪』である。
『業奪』とは何か? 世界に満ちる『人』の種。それは何百何千と存在しており、種族それぞれに他の種族にはない特徴を持っている。当然その中には、他種族にはない優れた『能力』も数多く存在しているわけであるが、それその種族に生まれてきたものだけの特権。持たざる者に使えるわけもない。
普通ならだ。
しかし、方法がないわけではない。ある秘術を使えば、他種族の優れた能力を自分の物とすることが可能となる。自分自身に対するリスクはない。しかも、努力する必要もほとんどない。体を必死に鍛える必要もないし、術式の仕組みを勉強し覚える必要もない。
行う事はただ一つ。食べるだけ。必要な能力が自分の中に発現するまで『あるもの』をただただ食べ続けるだけでいいのだ。
実に簡単なことである。だが、この秘術は一般に公開されてはいない。どの種族にもやり方は伝えられているが、表立って誰も行おうとはしない。いや、してはいけない禁忌の術なのである。
理由は実に簡単。
この秘術はあまりにも非人道的過ぎたのだ。ハッキリ言って残虐極まりない。
秘術を行うものは、奪いたい能力を持つ種族の者の『あるもの』を生きながらにして抉り取り、それを喰らう。そうすることによって能力を奪い取ることができることがあるという。
『あるもの』とは何か?
『心臓』である。
当たり前であるが、心臓を抉り取られたものは死ぬ。では、既に死体となっているものから心臓を取り出して使えばいいのではないかと考える。しかし、それではダメなのだ。秘術を行うにあたって、既に死体となってしまっているものの心臓を使っても効果は出ない。生きている者の心臓を抉り取って食することが大事なのだ。
しかもこの術を行ったとして、意中の能力が確実に奪い取れるわけではない。相性なのか、それとも純粋に運か。ともかく能力を保持する種族の者の心臓を食べたからといって確実に能力が自分の手に入るというわけではないのだ。確率はそれほど高くはない。
だが、デンゼルはそれを続けた。能力が己の体内に発現するまで目標種族の者の心臓を抉り取り食べ続けたのだった。
彼が奴隷売買を生業とする組織の一員となった理由がこれだ。組織の中にいればいくらでも目的の種族の者を奴隷として手に入れることができる。しかも『外区』を巡回する職に就いている彼は、死体の処理をするもの容易である。『害獣』が闊歩する危険な『外区』に捨てるだけでいいのだから。
露見すれば彼は間違いなく極刑である。『死刑』以下の刑になることはまずないだろう。だが、彼は一度として警吏にみつかることなくこの悪行を続けることに成功する。
そのおかげで数々の『力』を身につけることができた。
蟻型昆虫人族からは強大な腕力を。小人型森妖精族からは隠行の能力を。猟犬型獣人族からは超嗅覚を。
他にも様々な能力を彼は保持している。体を鍛えただけでも、術式を操れるようになっただけでも、これらの『力』を手に入れることはできなかったに違いない。
『力』あるものが『正義』なのである。より強い『力』を持つ者が『正義』を語る事ができるのである。
自分が強くなっていさえすれば、どのような非難もねじ伏せることができる。『力』さえ、持っていればどんな『悪』も『正義』に変わる。
デンゼルはそう固く信じていた。実際にこれまでそうであったし、これからもそうだと疑いさえしていなかった。
今日、このときまでは。
「嫌な感じだ。とてもとても嫌な感じがする」
デンゼルは顔を顰める。
鳥人系種族の中でも特に視力に優れている彼が見ても、周囲に敵の姿は見えない。
むしろその目に見えるのは味方の姿ばかり。彼と共にいくつもの戦場を駆け抜けてきた頼もしい部下達の姿だ。皆、軍人らしい緊張感ある態度で警戒を行っており、そこに隙など微塵も見えない。
油断は禁物ではあるが、彼らの中から油断のゆの字も見えてはこなかった。
だが、デンゼルの心に湧き出る黒い不安は消えない。むしろ大きく膨らむ一方だ。
「いったい、この感じはなんなんだ。まるで強さの測れない敵と相対しているようなこの壮絶に嫌な感じは」
部下達に見えないようにそっとを下を向いて小さく舌打ちを零すデンゼル。
ここまで計画は順調に来ているはずだった。なのにどうしても胸の内に燻る不安を拭い去れない。
デンゼルは何か思い当たることはなかったかと、これまでのことを一つ一つ思い出して検証する。
言うまでもないがデンゼルはエリート軍人である。
城砦都市『嶺斬泊』を守る十六の正規軍の内の一つ『第十二正規軍南方守護部隊』に所属し、自ら鍛え上げた部隊を指揮して数々の戦功を上げて来た。
当然、上からの覚えもめでたい。誰がどう見ても出世コースのど真ん中を走っており、将来は一軍を率いることも夢ではないだろう。
しかし、彼には裏の顔があった。
奴隷の密売を行う巨大犯罪組織『バベルの裏庭』
彼はそこの中堅幹部の一人だった。
『だった』という過去形を使っているのは、彼が組織を抜けて堅気になったからではない。その組織がつい先日壊滅状態に陥ってしまったからだ。
それは突然のことだった。
中央庁の中でも最も異端であり、同時に最も力を持つ特殊省庁『機関』が、組織に電撃作戦を仕掛けあっというまに壊滅させてしまったのだ。
予兆など全くなかった。デンゼルの他にも中央庁に潜り込んでいる組織の構成員達が存在しているが、誰一人この件についての情報を事前に知ることができなかったのだ。
組織の頂点に君臨していたボス達もほとんどが捕まったか、殺されたという。
デンゼルにしてみればはっきり言って寝耳に水どころの話ではない。驚天動地の心境である。
『バベルの裏庭』という巨大組織に君臨していたボス達は、官憲だからといっておいそれと手を出せるような生半な地位ではない。
超上級種族である龍族の王弟、そして、妃。あるいは特別保護種族に指定されている纏翅族の次代の長候補。上級聖魔族の有力政治家。城砦都市『嶺斬泊』にその名を轟かせている超財閥の一族の一人。
いくら中央庁が城砦都市内で絶大な権力を持っているからといって、すぐにお縄にできるという相手ではなかったはずなのだ。
それなのに、彼らはそれをやってのけた。恐らくこの件は中央庁単独で行われたことではない。『バベルの裏庭』は大きくなりすぎた。城砦都市『嶺斬泊』に君臨する真の支配者達の逆鱗に触れてしまうほどに。そして、彼らが本気の本気になった結果がこれなのであろう。
デンゼルが事の次第を知ったときには、もう組織そのものと連絡が取れない状況となっていたのだ。
連絡が取れるのは中央庁に潜り込んでいた事で難を逃れたスパイ組だけ。
だが、ボス達が捕まってしまった以上、自分達の素性がバレるのも時間の問題。一刻も早く逃げなくてはならない。しかし、下手な動きをすると感づかれてしまう。なんせ彼らが潜伏しているのは他ならぬ敵の居城の真っ只中なのだ。
焦りが募るが、いい考えなど咄嗟に出るわけもない。完全な不意打ちを喰らった形であり、正直、何の準備もなく消え去ることは不可能としか思えなかった。
こうなったら部下や生き残った他の仲間達と共に城壁を力づくで打ち破って強行突破するしかないかもしれない。
そんな風に思いつめていたデンゼル達を纏めたのは、スパイ達の元締めであり、唯一生き残ったボスの一人であるイーアル・カミオであった。
彼は現状を打破する一発逆転の策として、交易路封鎖が解けたばかりの南方へ脱出することを提案する。
自信満々で計画を披露するカミオであったが、正直、デンゼル達はいまいち乗り気にはなれなかった。
自分達のボスであるカミオは確かに有能である。組織の中でも最も政治力に優れているのはカミオだ。それは間違いない。しかし、『策謀』に長けているかと言えば、首を傾げざるを得ない。基本的にカミオは都市内の安全圏でしか活動したことがない。そんな彼が都市の外にある『外区』という別世界を想定した策を練ったとして、果たしてどれほどの信用があるというのだろうか。
ハッキリ言ってしまえばデンゼル達としては『信用できない』。
しかし、だからといって他に良案が思い浮かぶわけでもないのだ。そもそも、もう時間が残ってない。下手をすれば一分後にも捕まってしまうかもしれないのだ。
不安だらけの計画ではあったが、乗る以外の道は残されていなかった。
中央庁内に潜むスパイ達はもとより、都市内に潜伏している生き残った組織の構成員達にも声をかけ、自分が指揮する守護部隊に正規兵として潜り込ませる。彼が指揮している守護部隊は全員組織の一員であるから、違う顔が潜り込んでいたからといって騒ぎ出すものはいない。
こうして、残存兵力を纏め上げたデンゼル達は、カミオの立てた作戦通りに南方への交易再開部隊の中へと潜り込むことに成功。
交易部隊は何事もなく出発し、デンゼル達は無事『嶺斬泊』を脱出することとなった。
脱出することだけが無事だったわけではない。
デンゼル達の不安と裏腹にカミオが立てた計画は非常に順調に進んでいったのだった。
カミオの事前の裏工作通り、デンゼル達はまんまと交易商品の護衛任務に就く事に成功。また『外区』の危険な敵は全て『白光のカーテン』という凄腕傭兵団に押し付け、デンゼル達は本隊の付近で安全に旅を続けることができた。
そして、『嶺斬泊』の交易部隊はやがて目的地である南方の巨大交易都市『アルカディア』に到達する。
流石にそろそろ騒動が起きると判断し、部下達にそれとなく合図を送っておく。
一応、カミオの計画通りに事を進めるつもりではいるが、少しでも計画の進行に翳りが見えたら、持ち場を放棄するつもりであった。その後は勿論、部下達と共にとんずらするだけである。
持ち金はほとんどない。夜逃げ同然に脱出してきたのだから当然だ。カミオの計画が成功したら、十年は遊んで暮らせるだけの金が手に入る予定となっていて、それを当てにしているということになっている。
だが、正直、世のそんなに上手い話は転がっていないものだ。だからこそ、デンゼルは己の『力』を鍛えてきたのである。鍛えに鍛えた『武力』は自分だけのもので、誰にも盗まれることはない。生き残るだけなら、この『力』を使っていくらでも生きることができる。
彼と思想を同じとする頼もしい部下達もいる。指名手配されたとしても、せいぜいが『嶺斬泊』の近隣都市までだ。それ以上遠くにいけば、完全に自由。デンゼルの『武力』をもってすればすぐにそれなりの地位と金を手に入れることができる。
しかし、計画は順調に進んでいる。
嫌というほど順調で、順調である以上、無闇に騒ぎを起こすのは下策であった。
『アルカディア』に到着すると、またもやカミオが暗躍する。『アルカディア』の役人どもにかけあい、デンゼル達と彼らが護衛する交易商品が入ったトレーラーをまんまと城砦都市の中に駐留させることに成功する。そればかりか、嶺斬泊からついてきたデンゼル達以外の戦力全てを都市外にたたき出す事にも成功する。
トレーラーの中に入った交易商品を完全にデンゼル達だけで囲い込んだわけだ。
駐車場となっている場所は、都市内部に作られたそれなりに大きな倉庫。
警備の為か他のトレーラーは駐車されていない。当たり前だが屋根も壁もあり、狭すぎず広すぎず。デンゼルが連れて来た人員で守るには丁度いい大きさであった。
倉庫前には外に出るためのゲートがあり、いざとなれば強行突破も可能だろう。
立てこもるのにこれほど理想的な場所もない。
後はカミオが『アルカディア』の役人どもをうまく騙して金を分捕ってくるまで、このトレーラーとその商品を守るだけ。
カミオの見立てでは最短で三日。最長でも一週間で役人どもは折れるだろうとのこと。
なんといってもトレーラーの中身が中身である。誰もが喉から手が出るほど欲しがっている万能薬の素材なのだ。
「隊長、守るのはいいんですが、『アルカディア』の奴等力づくで奪いに来るんじゃないんですか?」
「倉庫を包囲するくらいはするかもな。しかし、そう簡単に手出しはしないだろうよ」
「どうしてです?」
「貴重な素材を消し炭に変えると言われて、強行策は取らんだろう。いや、取れないはずだ。ここにある素材で万能薬を作ったとしていったいいくつの命が救えると思う? いくら我々が気に入らんといっても、これらの素材を犠牲にすることはできんはずだ」
疑問を投げかけてくる副官に対しデンゼルは迷うことなくそう答える。不安ではあるが、自分が今口にした答えに対しては自信がある。そう簡単にこれらの素材は手に入らない。勿論、城砦都市『嶺斬泊』から第二陣の交易部隊がやってくる可能性や、『アルカディア』側が『嶺斬泊』に向けての交易部隊を出発させないという保障はない。
そうなってしまった場合、間違いなく『アルカディア』側は強硬な手段取ってくるだろう。しかし、どちらにせよ、一週間以内それらが起こりうる可能性は極めて低いのではないかと、デンゼルは思っている。
何をやるにしても『お役所』というところは動くまでに時間がかかるのだ。それは『嶺斬泊』だろうと、『アルカディア』だろうと変わりはしない。
そこがデンゼルをはじめとする『バベルの裏庭』残党達のねらい目であった。
「長期戦になるだろう。わかってると思うが、休める者は休まして部下達の体力を消耗させないようにしろ」
「了解です、隊長。ですが、心配いりませんよ。『死の森』で野営しているわけじゃないんです。城砦都市の中。しかも倉庫とはいえ我々にしてみれば、ここは砦同然の場所です。うちの兵隊どもに限って万が一の失敗もありません」
「そうだといいがな」
自信満々でいいきる副官に言葉少なに苦笑を返すデンゼル。
確かに彼の言うとおりではあるのだ。彼の下にいるのは、数々の修羅場を共に潜り抜けてきた歴戦の猛者ばかり。ウサギ一匹殺せない羊のような兵士はいない。
しかも彼らに与えられている装備は、北方にその名を轟かす三大軍事メーカーの一つ『ジルドレイ』の最新兵器群。兵士クラスの『害獣』の鱗や革をふんだんに使用して作られた防具や、牙や爪から作られた武器は、既存のものを遥かに超える性能を備えている。
まさにそれは彼らが城砦都市『嶺斬泊』のエリート正規兵であることを示す証。
今回の作戦の主戦力である『白光のカーテン』の傭兵達でさえこれだけの装備は所持していないはず。
そう考えれば、デンゼルの不安は杞憂でしかないと笑い飛ばせそうなものなのだが。
「隊長、顔に出ていますよ」
副官の言葉から故意に省かれた言葉。それが何かということをデンゼルは問いかけたりしない。
彼とは長い付き合いである。どれだけデンゼルが表情を取り繕うとしても無駄であることを彼はよくわかっていた。
「おまえ以外の者には気がつかれてはいないだろ?」
「それはそうですが、そんな様子ではいずれ勘付くものも出てきますよ。いったい何を気にされていらっしゃるので?」
フルフェイスの面貌を上げて素顔を晒した副官は、デンゼルの顔を覗き込みながら彼の前に座り込む。
ヘルメットの中に見えるのはトカゲのそれで、顔の上にはいくつもの刀傷が走っている。
彼の名はピエール。リザードマンではなく、始祖鳥人族という鳥人族の上位種族。デンゼルがまだ駆け出しの傭兵でしかなかった頃から付き合いがある人物だが、『友人』と呼べるような甘い関係ではない。どちらかといえば『主人』と『忠臣』といったところだろうか。
「なあ、ピエール。そんなに俺は顔に出ているか?」
「いますね。下の連中にはわからないでしょうが、私にはハッキリわかります」
「そうか。それはかなりヤバイな」
「『白光のカーテン』の虎どもを気にされていらっしゃるんですか? 確かに団長のベルンハルトは凄腕だと聞きますが」
「そうだな。おまえの言うとおり奴は凄腕だ。しかし、あいつはそんなに怖くない。勿論、奴の下にいる図体だけデカイ猫どもも怖くはない。所詮、俺達から見れば、奴らは地を這う蛆虫でしかない」
「ではなんですか? まさか『アルカディア』の正規兵が怖いなんていうんじゃないでしょうね」
「それこそまさかだ。交易路が封鎖される前を思い出してみろ。中央庁の奴らに見つからないように、さんざん『外』で奴らを捕縛して奴隷として売り飛ばしてきただろうが。一年程度であの腰抜けどもが、俺達を越えられたと思うか? 断言するがありえないね。奴らに包囲されたって簡単に食いちぎってやれるだろうさ」
「わからないですなぁ。それならいったい何に不安を感じているんですか? カミオの旦那が裏切るかもしれないってところですか?」
「ああ、確かにそれはあるかもな。あいつは自分以外に全く興味がないからな。俺達のことも弾除けの壁くらいにしか思ってないだろうよ」
「先にやっちまいますか?」
まるでゴミを処理するかのような気軽さで、ピエールはとんでもないことを口にする。二人にとってそういった行為は別に忌避すべきものではない。より強大な『力』を手に入れる為に味方を陥れることなど日常茶飯事。今に始まったことではない。新しい武器の試し切りの為に、女子供を丸太代わりにしたともあるし、身に着けた殺人術の効果を試す為に、味方であるはずの他の幹部の部下をターゲットにしたこともある。
ましてや今は自分達の命がかかっているのである。いくら相手がボスであろうと、そんなもの関係なかった。使えるか使えないか。金が手に入らないのであれば、カミオに用はない。ただでさえヤバイ橋をわたっているのである。むしろ、カミオを囮にして『アルカディア』を脱出したほうが余程安全かもしれない。
デンゼルにとってピエールや他の部下達は自分の命を守る為には絶対に必要であるし、ピエール達にとっても頭が切れて腕の立つリーダーであるデンゼルは必要である。
だがしかし、カミオはそうではない。組織が崩壊した今となっては自分の身を自分で守れない文官は足手纏いでしかないのだ。
目だけを不気味に輝かせながらピエールはデンゼルの言葉を待つ。しかし、彼のリーダーは、望んでいた言葉を口にはしなかった。
「今はダメだ。まだカミオの手の内全てを見たわけじゃない。ひょっとすると『アルカディア』側に個人的な伝手を持っているのかもしれないし、利用できるうちは生かしておかないと」
「まだるっこしいですねぇ」
「仕方あるまい。我々はよくも悪くも『武人』であって、『謀士』ではない。下手に絵図面を描くと碌なことにならないだろうよ」
「確かに。私達は考えるの苦手ですしね。結局、それが気にかかっていることですか?」
「いや、正直、これじゃないと思う。確かに奴の動向は気にはなるが、所詮、プライドが高いだけで何の『力』ももたない詐欺師だしな。組織が存続している状態であったならその政治力は脅威であったが、今となっては・・・」
「じゃあ、何だって言うんです? 私にくらい教えておいてくださってもいいでしょうに」」
「俺だって教えてやりたいが、無理なんだよ。なんせ、自分でもわからないんだから。『嫌な予感』がするとしかいいようがない」
「つまりそれは『胸がざわつく』っていうか、『背中がチリチリする』っていう奴ですか? 熟練の戦士によくある『虫の知らせ』っていう」
「かもしれん。どうにも嫌な感じがするんだ。そして、それがいつまでも抜けない」
苦いものを吐き出すようにして紡ぎ出された言葉を、ピエールはしばらく黙って聞いていた。そして、穴が開くほどデンゼルの顔を見つめる。デンゼルもまたピエールの目を見返す。そうしてどれくらい睨み合っていただろうか。先に視線を外したピエールが、デンゼルに見えるように口を歪めてみせる。
そして、おもむろに面貌を下ろして立ち上がるのだった。
「わかりました。隊長の『嫌な予感』って奴を、私も信じますよ。部下達に警戒を強めるように言っておきます」
「そうか。戻るのか?」
「ええ、私も前線で目を光らせておいたほうがよさそうですし」
「頼む」
「了解です」
ピエールは椅子に座ったままのデンゼルに敬礼し、司令部として使用するために立てられたテントの中から出て行こうとする。
そんなピエールを見送ろうとしていたデンゼルであったが、不意にあることを思いついて彼の背中に声をかける。
「あ、チョット待てピエール」
「どうしました?」
「道中何か変わったことはなかったか?」
「随分抽象的なご質問ですな。変わったことと言っても、道中私は隊長とずっと一緒にいましたし、部下達も同じです。もし、我々が何かを目撃していたとしたら隊長も目にしているはずですが」
「そういえばそうだな。すまん、詮無きことを聞いた。忘れてくれ」
「了解です。・・・あ、待てよ」
「む、どうした?」
「いえ、変わったことを見たりはしませんでしたが、聞いてはいたことを思い出しまして」
「何を聞いた?」
「大したことではないんです。出発する前の出来事なのですが、我々が『嶺斬泊』を出発する前に奇妙な人影が先に南に向かうのを見たと」
「奇妙な人影? いったいどんな?」
「なんでも、タコの顔のような変わったマスクにマント姿の人物だったそうですよ。武装らしい武装をしてなかったらしいですが、いったい何が目的だったのやら。ご存知の通り交易路は『白光のカーテン』の奴らが常に対応に迫られてしまうほどの危険地帯でした。なのに、非武装で飛び込んでいくなんて自殺行為ですよ。いや、本当に自殺志願者だったのかもしれませんがね。あれ? 隊長どうしました?」
「た、タコのようなマスクだっただと?」
笑い話を聞かせるつもりで口を開いたピエールだったが、笑わせようとした相手は全く笑ってはいなかった。
それどころか顔を青ざめさせ、体を小刻みに震わせている。
「どうしたんですか隊長。顔色が悪いですよ。何かお気に障ることを口にしましたか?」
「まさか奴なのか。我々を目の仇にしている奴ならありえないわけじゃないがしかし、曲りなりにも今の我々は正規兵だ。そんな我々の前に出てくるだろうか。奴が姿を現すのは裏の仕事を行っている最中のみ。そう考えれば、今回現れたのは奴に姿が似ているだけの別人。いや、やはり断定はできん。確証がないことを理由に見逃すにはあまりにも危険すぎる」
心配そうな表情を浮かべるピエールの前で、デンゼルはしきりに独り言を呟きながら何かを考え込む様子を見せる。そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。やがて顔をあげたデンゼルの顔には何かを決意した表情が浮かんでいた。
「斥候部隊を率いているハリアーに、至急『タコ頭』について調べるように伝えてきてくれ。どうにも嫌な予感が止まらない」
「わ、わかりました。すぐにいってきます」
表情を真っ青にして指示を出す隊長の様子を見て得たいの知れない不安に襲われるピエール。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかず、すぐに気を入れなおすと駆け足でその場から立ち去っていった。
遠ざかるピエールの後姿を見送った後、デンゼルはすぐに今後のことについて思考をめぐらせ始める。
「ダメだ。どう考えても予定を変更すべきだろう。このままカミオの計画通りに進めてもうまくいくという確信が全くもてない。こちらに被害が出ていない今のうちにここから離脱することを考えなくては。タコ頭の調査が終わったら、ハリアー達には脱出のルートについても探ってもらわなくてはならないな。今のうちに俺の考えに同調してくれそうな連中にわたりもつけておく必要もある」
ブツブツとその場で独り言を呟きながら、デンゼルは頭の中で計画の見直しをはじめる。だが、その計画はすぐに頓挫することとなる。計画の修正版について組み立て始めてすぐに、ピエールが戻ってきたのだ。
それも随分と慌てた様子で。
「どうした、ピエール。ハリアーにはうまく会えたのか?」
「いいえ、ハリアー殿には会えませんでした。いや、それどころか斥候部隊そのものがまだ帰還していないそうです」
「なに? 帰還していない? それはいったいどういうことだ。どこかに出撃していたということか? 俺達と一緒に行動していたと思っていたが」
訝しげな表情を浮かべるデンゼルに、ピエールはついさっき明らかになった情報を伝える。
「カミオの指示で極秘任務にむかっただと。そんな話聞いていないぞ」
「どうやら、カミオ幹部に近い位置にいる者達にだけ説明していたようです。『白光のカーテン』をはじめとする中央庁側の戦力を、森の中から闇討ちして減らしておこうとしていたようで、ハリアー殿のところだけじゃなく、強襲部隊のパトリオット殿や、隠密部隊のホークアロー殿のところも参加しているらしいです」
「くそがっ。カミオの奴、こちらの目と耳になるもの全て出撃させていたのか」
「はい。しかも、どの部隊も未だ帰還していないそうです」
「待て待て。それはいつからの作戦行動で、どれくらいの期間で帰ってきていないのだ」
「極秘の闇討ち作戦の開始は、我々が『嶺斬泊』を出てすぐだったらしいのですが、どの部隊も一度も本隊に帰ってきていないらしいのです」
「最初からではないか! しかも、一度も帰って来ていないとは明らかに異常事態だ。それなのにずっと我々に隠してきていたのか!?」
「そうらしいのです。恐らく彼らが何事もなく任務を完了して帰還していたら、我々には知らせないままにしておいたのでしょう。ですが、こうなってしまっては流石に誤魔化すことはできなかったようで、こちらに残っているカミオ幹部の側近達がしゃべってくれました」
「文官どもが武官の真似事などするからこのようなことに。しかし、ハリアーの奴らが帰ってこないのは痛い。情報収集できる奴らがいない状態では身動きが取れんではないか」
「側近達は、大して慌ててはいないようでした。カミオ幹部の交渉がうまくいけば、こそこそと脱出する必要もなくなると思っているようで。未帰還の部隊もいずれ帰ってくるだろうと、やけに楽観的でした」
「どこまで馬鹿なのだ。出撃した部隊が迷子にでもなってると思っているのか。恐らく奴らはもう帰っては来ないだろう」
「ではやはり隊長はハリアー殿達に何かがあったとお考えなのですね」
「何かではない。恐らく返り討ちにあって殲滅されたのだ」
「!?」
呻く様に吐き出されたデンゼルの言葉にピエールは驚愕の表情を浮かべる。先ほどからの隊長の様子から、何かを悟っているとは思っていた。だが、出された言葉はピエールが予想していた範疇を完全に越えてしまっていた。
「『殲滅』ですか? 『確保』されたのでも『足止め』されているのでもなく、『殲滅』されたと隊長はお考えなのですか?」
「ああ、そうだ。もしかしたら生き残りがいるかもしれないが・・・いや、無駄だな。一人残らず皆殺しだろう」
「まさか・・・ハリアー殿が率いる斥候部隊は専門こそ偵察ですが、それでもそんじょそこらのハンターや傭兵でどうにかなるような戦士ではないんですよ。ましてや荒事専門のパトリオット殿や、危機探知能力に長けたホークアロー殿もいらっしゃるのに簡単に全滅になど」
「できるだろうよ。もし、俺の予想通りならな」
疲れたように項垂れながらデンゼルは覇気のない声で答える。その表情はピエールが今まで一度として見たことがないものであった。彼の上司とは結構長い付き合いになる。お互い様々な顔を見てきた間柄ではあるが、こんな自信のない弱々しい姿を見せた事はなかったのだ。
そんな上司の姿に内心では驚愕していたが、それを何とか押し殺して表には出さない。
そして、つとめて平静な様子を装って彼は上司に尋ねた。
「隊長が想定している敵は例の『タコ頭』ですか?」
しばしの間、静寂が流れる。しかし、結局、デンゼルは沈黙を続けることはなく、答えを口にするのだった。
「そうだ。実際に見て確認したわけではないし証拠もない。しかし、俺はその『タコ頭』が奴だと確信している。そして、奴がハリアー達を始末したと思っている」
「『タコ頭』とは一体何者なんですか?」
「さあな、俺も本当の正体までは知らないさ。だけどおまえも聞いたことがないか? 『外区』で活動している犯罪者達を狙うある『怪人』の話を」
「チョット待ってください。隊長が言っているのは、まさか、あの『蛸竜』ですか!?」
上司同様に一気に顔を青ざめさせたピエールが、目の前の上司に確認の言葉を投げかける。自分の予想が間違っていてくれ。ありありとそう書かれた表情を、デンゼルは嫌そうに見つめていたが、やがて、壊れた人形のように首を縦に振って見せたのだった。
「うそでしょ。まさかこのタイミングでですか」
『蛸竜』
元々は大昔に存在したという伝説の化け物の名称。
タコの頭に竜の体という異形の姿をしており、『神』や『悪魔』といった超越者達を好んで襲い、そして、喰らったという。
世界中のあらゆる場所に現れて猛威を振るったというが、今から五千年前を境にぱったりと姿をみせなくなり、以後、『人』類の歴史上に登場することはなかった。
当たり前であるが、デンゼル達が言っているのはこの化け物ではない。
タコのようなガスマスクに黒マントをつけた『人』型種族の者と、『竜』の東方文字が書かれた仮面をかぶった巨漢の戦士の二人組。
それが現代において『蛸竜』と呼ばれる者達だった。
『外区』で働く者達を襲って誘拐し、奴隷として売りとばす『奴隷狩り』と呼ばれる犯罪者達。彼らは法の秩序が及ばぬ無法地帯である『外区』で、悪の限りを尽くしていた。だが、数年前、この大陸中央ではその事情ががらりと変わる出来事が発生する。
突如として『奴隷狩り』を邪魔する者達が現れたのだ。いや、邪魔するなんてものではない。片っ端から皆殺しにしてまわる、恐るべき殺戮者。素性は全く不明。組織で動いているのか、あるいは少人数の集団なのかも不明。中央庁の使いか、あるいは『奴隷狩り』に恨みを持つ者達によって作り出された復讐者の集団か。無責任な噂は数多く流れたが、いずれも真実に到達することはできなかった。
ただ、『奴隷狩り』を襲っている集団のリーダーと思われる二人組の姿を見た犯罪者達が、いつしか畏怖と憎悪をこめて彼らのことを『蛸竜』と呼ぶようになったのだ。
「都市伝説だとばかり思っていました」
「そんなかわいらしいものであるものか。あれは、その名の通り、正真正銘の化け物だ」
「隊長はあの『蛸竜』に会った事があるのですか?」
「・・・墨は目を覆い、触手は耳を塞ぎ、吸盤は口を閉ざして開かせず、身から放たれる悪臭は鼻を麻痺させる。身動きが取れなくなったところで自分の棲家に引きずりこみ、竜の豪腕でなにもかもを引きちぎる。俺は運が良かった。そのときの俺は表の職業である中央庁の正規兵として出撃していたからな。代わりに俺が捕縛しようとしていた別組織の『奴隷狩り』達が奴らの犠牲になった」
それは四年前のことであった。
まだデンゼルが守護部隊の小隊長だった頃の話だ。既に他の小隊長よりも頭一つ抜きん出た存在であったデンゼルは、当時の守護部隊隊長に推薦され『外区』専門で犯罪者の捕縛を行う『外犯特捜隊』に実地研修で出向することとなった。
勿論、デンゼルは喜んでこの話を受けた。出世する為には必ず必要になってくることでもあるし、顔を広めることもできる。何よりも、自分が知らない『力』を目にするいい機会でもある。
デンゼルが最も信仰している『力』は『異界の力』だ。
時を支配し、自然を支配し、そして、宇宙をも支配する『力』。
デンゼルは、一族の中でも特に強い『異界の力』を持つ。今のままで『魔王』になることは難しいが、その気になれば他の超越者である『神』にも『悪魔』にでもなれるであろう。だが、『害獣』が支配しているこの世界では、その力を使う事はできない。いや、使えないことはないが、リスクがあまりにも高すぎる。
なので、『異界の力』を信仰しつつも、彼はこの世界で使うことのできる別種の強い『力』を求めていた。
強ければなんでもよかったが、特に彼の肌にあったのは最も原始的で有効な『力』。
すなわち『暴力』だ。
これを得る為には『兵士』という職業は非常に都合が良かった。敵を倒す為の『武器』、身を守る為の『防具』、そして、それらを使いこなす為に必要な様々な『武術』。
『兵士』という職業に就いた後、デンゼルはそれらを貪欲に収集し、或いは修得していった。しかし、『守護部隊』という狭い範囲で得られるものはすぐに底をついた。
新しい何かが必要だった。そんな時に持ちかけられたのが『外犯特捜隊』への出向話である。
『守護部隊』では得る事が出来ない、なんらかの『力』を得る事ができる。そう確信し一ヶ月の研修に向かったのであるが、彼はそこでとんでもない化け物と遭遇したのであった。
勿論それは『外犯特捜隊』の中にいたわけではない。
研修を開始してから二週間が過ぎたある日のこと。デンゼルは当時『外区』で活動していたある犯罪者のアジトに向かうこととなった。『外犯特捜隊』が前々から目をつけていたその犯罪者達は世間一般の人達から『奴隷狩り』と呼ばれている者達だった。
売春奴隷にする為に女子供を狙い、男や老人を容赦なく殺すという犯罪行為を続けること二年。
あまりの非道ぶりに、ついに中央庁から一斉摘発の指示が下ったのだ。デンゼルはその現場を見学することになったというわけである。
アジトは城砦都市『嶺斬泊』からそれほど離れていないある山の中腹にあった。自然の洞窟を利用して建築されたと思われる秘密のアジト。
洞窟の入り口の半分は金属で作られた大きな扉で塞がれており、残り半分は大きく開いて中に入れるようになっている。見張りの姿はなかった。
当然、そのことを不審に思いはしたものの、いまさら作戦を中止するわけにもいかない。完全武装した『外犯特捜隊』所属の隊員達に同行し、デンゼルはアジトの中へと踏み込んだ。派手などんぱちがあるだろうと、わくわくしながら中へと突入したデンゼルであったが、彼の予想は大きく裏切られることとなる。
それも全く考えもしなかった方向にだ。
「待ち伏せにでもあいましたか?」
「いいや。待ち伏せどころか、アジトの中には『奴隷狩り』どころか猫の子一匹みつからなかった」
「どこかに出撃していてたまたま不在だったってことですか?」
「いいや、それも違うな。アジトは確かに無人だったさ。しかし、中は荒れ放題に荒れていた。念の為に言っておくが、放棄されて廃屋になったことで荒れたというわけじゃないぜ。アジトの一番奥にある、本部と思われる場所に刀傷や攻撃術式の跡があったからな。『奴隷狩り』の奴ら、俺達が突入する前に、誰かと一戦交えていたんだ。それを見たとき、最初は別組織との抗争かと思ったよ。当時、奴らは縄張りのことで複数の同業者組織と揉めていたことを俺は知っていたからな。『バベルの裏庭』の誰かが先走ったという可能性も考えた。しかし、それらは違うとすぐにわかった。アジトの中を隈なく調べてまわったとき、妙なことに気がついたんだ」
「妙なことというと?」
「随分派手に暴れた跡がきっちり残っているというのに、死体どころか血の一滴もみつからなかったんだ。先に言っておくが狂言で作り出された環境ではなかったぜ。残っている刀傷や攻撃術式の着弾跡をみると、どれもこれも実に理に適ったところにあったからな。戦闘の跡だけじゃない。広間の中には何かに食いちぎられたような跡のある武器や防具が多数散乱していた。おかしいだろ。防具なんて随分ひどい壊れ方をしているのに中身は空っぽだったし壊れた武器の刃には血痕の一滴だって残っていなかったのさ。いくらなんでもそこまで計算して跡を残すのはかなり無理があると思う。わざと作った破壊の跡っていうのは、どこか不自然さが残るものだ。だが、アジトの中にそれはなかった。間違いなくアジトの中で実際に戦闘が行われたんだ。恐らく激しい戦闘の果てに傷ついた者は出ただろうし、死んだ奴だっていたはずだ。なのに、それらの痕跡は気持ち悪いくらいに一切ない。これが都市内だったら、謎の失踪事件としてお蔵入りになっていただろうよ。だがな、事件が起きた場所は『外区』だ。そして、幸か不幸か俺達は、血の一滴も残す事なく死体が消えるという現象について心当たりがあった。ある程度経験を積んだ『傭兵』や『ハンター』なら誰もがそのことを知っている」
「ちょっと待ってください。まさか、失踪の原因って」
「そうだ。『奴隷狩り』の連中は『害獣』に喰われたのさ」
全『人』類の天敵であり、この世界の事実上の支配者である『害獣』。
あらゆる『異界の力』を無効化し、『異界の力』に関わるあらゆるものをこの世界から消滅させる力を持つこの世界最強最悪の断罪者。
『害獣』に襲われた者達は、肉体はおろか血の一滴に到るまで完全に消滅させられてしまう。物も人も、最初からこの世界から存在していなかったといわんばかりに、徹底的に消されるのだ。
流石に人々の記憶までは操作できないようだが、それでも十分恐ろしい相手であるといえる。
「『外区』は都市のある場所とは違う。完全に奴らのテリトリーの中だ。いつどこで襲われたっておかしくはない。そういう意味では別に不自然なことではないのだが」
「その言い方ではアジトの中に何か不自然なところがあったってことですね」
「ああ。突入したときにはわからず後から気がついたことなんだがな。気になったのは戦闘が行われた場所だ。戦闘の跡があったのはアジトの一番奥。本部として使われていたと思われる大広間の中だけだったんだ。それ以外の場所に戦闘の後はなかった。おかしいとは思わないか。アジトの一番奥に潜入されるまで誰も気がつかなかったことになるんだぜ。『奴隷狩り』の奴らがいくらぼんくら揃いだったとしても、入り口付近に哨戒くらいは置いておくだろう。なのに、一切そういう気配はなかったのさ」
そのことについてはデンゼルだけが気がついたわけではない。『外犯特捜隊』の中からもその不自然さに気がつくものが何人か存在していた。
彼らはすぐにそのことを上へと報告し、調査隊が組まれることとなる。アジトに生存者はいなかったが、逃げ延びた者がいる可能性もあったため、それを追跡するという意味も含めての調査隊であった。
しかし、何も出てはこなかった。
いくら念入りに調査しても、気持ち悪いくらいに何も出なかったのだ。デンゼルも自分の立場を忘れて必死になって調査に協力したが、結局、途中でそれらは打ち切りとなってしまった。
釈然としないままにデンゼルの任期は終了。その後しばらく『蛸竜』と出会うことはなかった。
それから二年の月日が流れる。デンゼルは順調に出世し中隊を率いるまでになっていたのだが、ある日、思わぬ場所で『蛸竜』と出会うことになった。
中央庁の中枢に食い込むべく表の職業に精を出していたデンゼルは、都市の周囲を哨戒中にある犯罪者の集団を見つけることとなる。都市間を渡り歩く流れの奴隷商戦旅団。自分達が所属している『バベル裏庭』とは違う犯罪者達。
デンゼルの表の顔からすれば、相手は犯罪者なので当然見逃すことはできない相手。
裏の顔からしても明らかな縄張り荒らしを行う気満々でこちらのテリトリーに入ってきているわけだから、なんとしても排除しなくてはならない。
そのとき連れていた隊員達は、組織とは何の関係もない者ばかりであったが戦力としては申し分ない力を持っていた。なので、デンゼルはすぐに決断し流れの奴隷商戦旅団の排除に動きだす。
と、言っても闇雲に襲いかかるわけではない。まずは相手をよく観察。戦力をきちんと分析し、作戦を立てた上で最大限の戦果をあげる。
幸か不幸かデンゼルは無能な指揮官ではなかった。それ故に慎重に事を運ぼうとしたのであるが、そのことが彼の命を助けることとなったのである。
遠距離偵察能力に長けた斥候部隊を派遣して半日。
彼は戻ってきた斥候部隊の兵士達から驚くべき報告を受けることとなる。
『奴隷商戦旅団から先行偵察に出ていた複数の部隊が消えた』
常に危険と隣合わせの『外区』にいるわけであるから『害獣』や『原生生物』に襲われる危険だって当然ある。襲われれば身を守らねばならず、場合によっては全滅することだってありえる。それを避ける為に、普通どんな旅団も先行して偵察を行う部隊を派遣させる。
とても重要な役目を担った部隊だ。本隊から離れて先行。行き先の状況を確認。しかる後に帰還し状況を本隊の指揮官に報告しなくてはならない。
その情報が彼らの命運を左右するのであるから。
普通先行偵察部隊は戦闘を行わない。生きて情報を持ち帰ることが任務であり、戦うことが目的ではないのだ。だから、極力危険を避けようとする。なのに姿を消したという。
最初、デンゼルは自分達の偵察部隊が尾行を振り切られたのかと思った。だが、どうもそういう雰囲気ではない。詳細な内容を報告するように伝えると、斥候兵が口にしたのは驚くべき内容であった。
タコのようなガスマスクをした人物と『竜』という東方文字が書かれた仮面をかぶった大男とが突如街道横の森の中から出現。毒ガスを偵察部隊に吹きかけてさんざんに撹乱した後、再び森の中に消えていった。
幸い毒ガスは即死するような類のものではなかったようで偵察部隊は一人の欠員も出ることなく健在。彼らはすぐにガスマスクの怪人を追って森の中に入っていったという。そしてそれからすぐに、偵察部隊の足取りがわからなくなったのだ。
しかし、これで事態は終わったわけではない。
奴隷商戦旅団の本隊から偵察任務に出ていたのは全部で六チーム。
その悉くの足取りが消えたという報告がデンゼルの元に次々と舞い込んでくることとなった。どれもこれも奇妙な姿をした二人の怪人に遭遇し森の中へと踏み込んで消息を絶ったというものばかり。
異常だった。
正規の軍事訓練を受けた偵察兵であれば絶対にそんな行動は取らないだろう。必ず一人か二人は部隊を離脱し、本隊に状況を説明する為に走るはずだ。
素人だったのだろうか?
しかし、デンゼル達の偵察兵から見た彼らは明らかにプロの軍人の動きをしていたという。ならばいったい何があったというのか。
考えられるとすれば二人の怪人達が使ったという毒ガスらしきものだ。命を奪う目的で使用したのではないのだろう。例えば、冷静な判断力を失わせるような効果を持っていたとすれば。或いは我を忘れるほど激昂させるのでもいい。ともかく、ガスマスクの怪人達の目的は奴隷商人の偵察兵達を森の中に誘い込むことだったのだろう。
誘いこんで、そして・・・
「まさか!」
交易路と違い森の中は完全に『害獣』のテリトリーである。ベテランの傭兵やハンターであっても予備知識なしに飛び込むことは嫌がる場所だ。どんな危険が待っているのかわからないのであるから。だが、そんなところに冷静な判断ができない者達が闇雲に飛び込んでいけばどうなるか。
できることなら徹底的に森の中を捜索したい。しかし、今、飛び込めば自分達も『消える』ことになる。デンゼルはそう直感していた。
「くそ! 仕方ない。引き続き奴隷商戦旅団の本隊を見張れ」
後ろ髪を盛大に引かれながらもデンゼルは森の中の捜索を諦める。二人の怪人達が何者なのかはわからない。奴隷商戦旅団の敵であることは間違いないだろうが、デンゼル達の味方とも思えない。ひょっとするとデンゼル達とは別に中央庁所属の特殊部隊の者が動いているのではとも考えたが、もしそうなら『横槍を入れるな』くらいの警告をしてきているはず。だとすれば全くの『正体不明』ということになる。
ともかく偵察部隊を手に掛けたとすれば、次に仕掛けるのは奴隷商戦旅団の本隊のほうだろう。それを見てどうするかを決めよう。
そう決意したデンゼルは、斥候部隊の隊員達と共に奴隷商戦旅団の監視へと赴く。
だが、そんなデンゼルの決意をあざ笑うかのように、事態は急展開を見せる。
偵察部隊が姿を消してからわずか二時間後。
今度は奴隷商戦旅団の本隊が消えた。
それもデンゼル達の目の前でだ。
奴隷商戦旅団は六つもの偵察部隊を失いながらも順調に交易路を辿り、着実に『嶺斬泊』へと近づいていた。
しかし、あと少しで『嶺斬泊』に着くというところで、突如、旅団の馬車が暴走を開始する。しかもそれは一台や二台ではない。旅団が保持している全ての馬車が一斉に暴走を開始したのだ。遠目から見ても御者が慌てているのがよくわかる。必死に手綱を引いてコントロールしようとするが、馬車を引く軍用ヒッポグリフは御者の言う事を聞かず、まっしぐらに森の中へと突入していく。
デンゼルはその光景を少し離れた場所から呆然と見詰めていたが、すぐに我に返ると慌てて追跡を開始しようとした。しかし、追いかけようとするデンゼルの前に部下達が立ちはだかる。
「どけ! 奴らを追うのだ!」
「いけません、隊長。奴らが入っていったのは『害獣』が支配する『森』の中なんですよ!」
「っ!」
部下の言葉で一気に頭が冷える。もし、このまま森の中に猪突猛進していたら、どんなことになるか想像もつかない。デンゼルもそうだが、彼の部下達の多くが『異界の力』を強くその身に宿す上級種族の者達。一応、『異界の力』を感知されないように開発された軍用マントを全員身につけてはいる。しかし、『騎士』クラス以上の『害獣』の中にはそれすら貫通して感知する恐ろしい能力を持つ者もいるのだ。
迂闊に死地に飛び込むことはできなかった。結局、森の中に消えた奴隷商戦旅団の馬車が交易路に再び現れることはなく、デンゼル達は撤退せざるを得なくなったのである。
「結局、どんな手段を使っていたのかはハッキリしなかったんですか?」
「ああ、この目で確認したわけじゃないからな。命あっての物種だ。あの場は撤退するしかなかった。だが、そのまま放置したわけじゃない。『嶺斬泊』に帰還してからもどうにも気になってな。密かに下級種族の『ハンター』を雇って森の中を調べさせてみたのだ。するとどうだ、森の中で奴らが乗っていた馬車の残骸をいくつも発見したというじゃないか。馬車だけじゃない。壊れた武器や防具に、放置された軍用鷲馬までいたそうだ」
「つまり『奴隷狩り』アジトで隊長が見た光景と同じものが拡がっていたと」
「そういうことだ。俺はその報告を聞いてどちらもタコ頭と『竜』の仮面の怪人二人組の仕業だと判断した。で、似たような事例が他にもないかと中央庁の資料室を調べてみたのだが、出るわ出るわ。ここ数年、いくつもの犯罪組織が姿を消していたよ。どれもこれも奴隷に関わる犯罪に手を染めている凶悪犯ばかりがな」
「それも奴らの仕業だと」
「そうだ。ちなみにそれは俺が判断したわけじゃない。中央庁の『外区』特別調査班が下した結果だ。中央庁の上の連中は俺が気がつくよりも前から、奴らの調査を進めていたらしい。その調査レポートにははっきりこう記されていたよ。『蛸竜』調査結果とな」
「それ門外不出の機密文書ですよね。よく読むことができましたね」
「地下資料室の住人の中にたまたま知り合いがいてな。無理を言って読ませてもらった。まあ、一番肝心なところは流石に見せてはくれなかったがな。だが、そんな中途半端な資料でも奴らの恐ろしさを知るには十分だった。あいつらはやばい。どうにも得体の知れない『力』で獲物を『害獣』がいるところへ運ぶ、あるいは『害獣』を案内しているようだ」
「それではまるで『害獣』を操っているようではないですか? そんなことが本当に可能なんですか?」
「わからん。だが、奴らに狙われた者達は、皆一様に身に着けていた装備だけを残して消えている。つまり『害獣』に喰われているわけだ。操っているというところまではいかなくても、何らかの方法で『害獣』をけしかけることはできるのだろうよ。流石の俺も『害獣』相手では分が悪すぎる」
盛大に顔をしかめ吐き捨てるようにしてデンゼルは言葉を紡ぐ。
『害獣』を操る。本当にできるなら実に魅力的な能力である。『業奪』の秘術を使って是が非でも手に入れたいところだ。だが、本当にそんなことが可能なのだろうか。どこか根本的なところを誤解しているような気がしてならない。デンゼルの戦士としての直感は、ずっと警鐘を鳴らし続けている。
デンゼルは自分の直感を信じることにして、『業奪』のことを頭から無理矢理振り払う。そして、不機嫌な表情そのままに、目の前の副官に視線を向け直す。
「おまえだって『蛸竜』の噂は知っているのだろう」
「ええ。『関わったものは皆混沌の海にさらわれ音もなく消える』・・・でしたよね」
恐れを知らぬはずの二人の勇猛な戦士達の心に、得体の知れない『闇』がのしかかる。
「ハリアー達は混沌の海に消えた。次は俺達の番かもしれん」
「じょ、冗談じゃない。折角、『嶺斬泊』の中央庁から逃げ延びることができたっていうのに、そんな化け物に消されてたまるものですか。隊長、なんとかできないのですか!?」
「『蛸竜』が狙うのは犯罪者だけだ。それも奴隷に関わる犯罪を行う者ばかりな。今まで俺達は正規兵という隠れ蓑の中に潜んでいたから見つからなかったわけだが、それもカミオの計画に乗ったばかりに化けの皮がはがれちまった。恐らく奴の本命はカミオだろう。奴のこれまでのやり方からすれば、そこにたどり着くために一枚一枚周囲の壁を削り取っていくはずだ。壁の一番外に配置されちまったばかりにハリアーは消された。ならば、俺達にできることはただ一つ、『蛸竜』が到達する前に壁になることをやめてこの場からとっととおさらばする」
「金はどうするんですか? カミオ幹部はもう少しで交渉成立すると言っているようですが」
「おまえ、金と命とどっちが大事だ?」
複雑な表情でデンゼルとピエールは睨み合う。そこにあるのは怒りでも憎悪でもない。ひたすらに困惑であった。どちらも自分の答えに自信を持てないでいるのだ。
命は勿論大事だ。一つしかない命を取られてしまった時点で、ゲームオーバー。リセットボタンもなければコンティニューもない。
しかし、金もまた大事だ。身一つで逃げれば命は助かるかもしれない。だが、再起しようにも元手がなければ再起のしようがないし、そもそも明日生きるためのパンすら買えないという屈辱的な状況になるかもしれないのだ。
不毛な睨み合いの果て二人はほぼ同時にため息を吐き出して肩の力を抜く。
「こうしていても仕方ない。ともかく情報を集めなきゃならん」
「そうですね。情報収集能力に長けた奴を数人選び出して、都市内と『外区』にそれぞれ向かわせることにします」
「都市内のほうはいいが、『外区』はやめとけ。どこに『蛸竜』の目があるかわからんし、何よりもカミオの馬鹿に見つかって騒がれてもことだ。あいつには俺達が脱出するまでいい気分でお山の大将でいてもらわないと困る。それよりもここから『外区』に出るための脱出路を調べさせろ。万が一のことが起こった場合に、逃げる算段だけはつけておきたい」
「了解しました。ところで隊長はどうしますか?」
「腕に自信のある奴を集めて突貫部隊を作っておく。『蛸竜』も厄介だが、ここの正規兵達のことも気になる。カミオの奴の交渉が失敗すれば囲まれる可能性もあるからな。そのときは強引に強行突破するしかないだろう」
「そうですね、お願いします。では、行動を開始します」
「頼む」
城砦都市『アルカディア』に集まった悪党達の最後の宴が始まろうとしていた。
武の力で強引に道を切り開こうとするもの。
知の力で相手を騙し、富を奪い取ろうとするもの。
そして、悪党達を手玉にとって地獄に落とそうとするもの。
それぞれがそれぞれにふさわしい結末を迎えるまで、あと少し。
皆様、本年は「ここどこ」をご贔屓にしていただきありがとうございました。
来年もまた引き続き「ここどこ」をよろしくお願いいたします。
では、よいお年を