第五十九話 『道具使い』
連夜の長い夜は続く。
時計は既に夜中の三時を回っているが、彼は黙々と作業を続けていく。
少し離れた場所では、女達が一人のオスを巡って激しい戦いを繰り広げているが、そちらには目もくれずただひたすらに自分の手元にのみ意識を集中し続けていた。
彼の周囲には大量の壊れた武器や防具。そして、それらとは対照的な輝きを放つ少数の美しい武具。
「相変わらず、おまえの腕は凄まじいな『道具使い』。本当に本職じゃないのかよ」
聞き覚えのある壮年の男の声。連夜は一旦集中を解いて手元から視線を外し頭を上げる。
疲れた目にごっそりとたまった目やにをごしごしと指で払いのけ、声のしたほうへと顔を向ける。すると、そこには一人の『月光樹妖精族』の戦士の姿。濃紺色のレザーアーマーに身を包み、二本のショートサーベルを両腰に装備した壮年の『野伏』がそこにいた。
「ノリス大尉。お久しぶりです。真夜中の巡回ですか?」
「あほう。巡回だったら部下にやらせるわ。おまえに会いに来たにきまってるだろう」
乱暴な口調で連夜の言葉をバッサリと否定する壮年の『野伏』。しかし、その目は荒々しい口調と違い、とても優しい色をしていた。
彼の名はジョッシュ・ノリス。
『ゴールデンハーベスト』の中央庁が抱える最速の特殊猟兵部隊『ノーノイズノーデンス』を率いる凄腕『野伏』。
『アルカディア』への交易路が再開されるという情報を得た『ゴールデンハーベスト』の中央庁が援軍として派遣。今回の作戦において交易物資を守護する役目を担い、『アルカディア』までやってきていたのだった。
勿論、それとは別に『ゴールデンハーベスト』の中央庁から別任務も与えられてはいる。南北両方の物資によって精製された『万能薬』を『ゴールデンハーベスト』に持ち帰ることだ。これは別に『ノーノイズノーデンス』だけが特別に与えられた任務ではない。援軍として各都市から派遣されてきた部隊は皆、同じような使命を帯びている。どこの都市も『万能薬』のストックを切らして困っているのだから。
しかし、ジョッシュは援軍としてやってくるにあたり、個人的に別の目的をも持っていた。
それを果たす為にこんな夜遅く、危険な『外区』に出張ってきたというわけだ。
「俺はどうにも持って回った言い回しって奴が苦手なんで単刀直入に言うぜ。なぁ、『道具使い』、俺達と一緒に来ないか」
「お断りします」
即答だった。ジョッシュが勧誘の台詞を言い終わるとほぼ同時にお断りの言葉が出ていた。あまりの速さに思わず頭を抱えるジョッシュ。
「ちょっとくらい考えてくれよ、『道具使い』。そりゃあまりにもつれないってもんだぜ」
「いやいやいや。この件に関してはもう随分前からお断りさせてもらってるじゃないですか。それこそ今更ですよ、ノリス大尉。ほんと諦めが悪いですね」
「おうよ。諦めの悪さだけは誰にも負けねぇぜ。ってことで、お試しでちょっとうちの部隊に在籍してみるくらいいいんじゃねぇの? どうよ」
「いや、ちょっとでも在籍したらいろいろ理由つけて辞めさせてくれないでしょ。絶対嫌ですよ」
「かーーっ、もうほんとつれないぜ。でも、そこがいいんだけどな」
ニヤリと男臭い笑みを浮かべて連夜を見つめるジョッシュ。その瞳には獲物を捕らえて放さない肉食獣の危険な色が宿る。しかし、そんな目で見つめられても連夜のほうはどこ吹く風。再び視線を手元に移し作業に集中し始める。
「ったく。さんざん職人じゃないって言ってるくせに、やってることは職人顔負けなんだからよ。おまえさんってやつわ」
そう言って肩を竦めて見せたジョッシュは肉食獣が放つ独特の気配を霧散させる。そして、足元に置かれた美麗な数々の武具の中から片手剣と思われる武具を一つ拾うと、しげしげとそれを見入る。
「しかし、本当にいい出来だぜ。ため息しかでねぇよ」
手にした片手剣を鞘から出し、その刀身に視線を走らせる。素人が見てもわかるほどに刀身は月の光を浴びて美しく輝いている。ジョッシュは、片手に構えた片手剣を音もなく横凪ぎに払う。どこからともなく飛んできた木の葉が、刀身とすれ違った次の瞬間、真っ二つになって地面へと落ちた。
「をいをいまぢかよ。何も知らなかったら、名工『カッシュ・鳴門』作って言われても信じそうだぜ」
「何言ってるんですか。ご存知でしょ。それ、大量生産の一本にすぎませんよ」
「目の前で見てても信じられねぇから言ってるんじゃねぇかよ。ったく、今までいろいろな不思議を目にしてきたけどよぉ、おまえほど不思議な奴は見たことがねぇよ。なんでゴミの山からこんな逸品を生み出すことができるんだよ。おまえみたいなのが本当の『錬金術師』っていうんだろうなぁ」
何度目になるかわからないため息をジョッシュは吐き出した。そう、彼が手にしている剣は名工が打った名のある逸品ではない。本当に大量生産された安物、しかも底辺に近いクオリティしかなかったはずのもの。それがどうして、このような逸品へと化けたのか。
「これもあれか。『ツクモガミ』とかいう人工精霊が宿るインテリジェンスソードなのか?」
「『ツクモガミ』は人工ではありません。自然に生まれたものです。それにインテリジェンスソードとはちょっと違います。自分の意思はありますが、持ち主としゃべれるわけじゃありませんからね」
「毎回説明してもらってるが、正直そこのところがよくわからんのだ。結局、『ツクモガミ』とはなんなのだ?」
「作成者や使用者達の強い想念が凝り固まって一つの意思となったモノ。っていうのが一番近いかな」
「そして、おまえはそれを自在に操ることができるんだろ、『道具使い』」
「自在ってわけじゃありません。どちらかといえば、ぼろくて住めなくなった家から新しい家への引越しをお勧めし、ご希望に応じた場所を探し出して、その引越しをお手伝いさせてもらってるってところですかね」
「やっぱりわけがわからん」
ひたすら首をひねり続けるジョッシュを横目で見て、連夜は淡い笑みを浮かべる。しかし、それ以上説明を続けることなく作業に没頭しようとしたのであるが、思わぬところから待ったがかかった。
「ねぇねぇ、連夜くん。ちょっと、私にもわかるように説明してくれないかな。連夜くんの仕事を邪魔しちゃ悪いと思って今まで黙って見てたけど、ちょっと興味がわいちゃった」
そう言って連夜の膝から頭をあげた玉藻が、狐の目を連夜のほうへと向ける。連夜は作業をすぐさま止めた。彼が最愛の恋人のお願いを断るなどありえないのである。
「ちょっと長くなりますがいいですか?」
「いいよぉ。連夜くんのお話なら、なんでも喜んで聞くわよぉ。他の『女』が絡む話なら断固としてお断りだけど」
「するわけないでしょ。そんな話」
狐の顔のまま器用に頬をぷくっと膨らして見せる玉藻の姿を見て、思わず噴出してしまった連夜。しかし、すぐに表情を甘いものへとかえて玉藻の狐の口に自分のを重ねる。そして、狐の玉藻がいつもするように彼女の顔を親愛の情を込めてぺろぺろと舐めた後、真面目な顔つきになって口を開いた。
「さて、どこから話したものか。そうですね。まずは『ツクモガミ』についてお話しましょうか」
『ツクモガミ』
先ほど連夜が説明した通り、道具や武具を製作した者やそれらを使い続けた者達の想念がモノへと宿り、凝り固まって一つの意思となったモノ。
『ツクモガミ』は、込められ続けた想念に強い影響を受けて誕生してくる。例えば、強い憎しみを持って人を斬り、あるいは切り捨てられた者達の強い憎しみに当てられ続けてきた剣は、『憎悪』や『怨念』の意思を持つようになり、逆にたくさんの人の命を救い続けるという強い信念の元に振るわれてきた剣は『守護』や『救命』の意思を持つようになる。
それが『ツクモガミ』
そして、『ツクモガミ』と心を通じ合わせ、彼らが宿る『道具』の能力を限界以上に引き出して使う者達がいる。
それこそが『道具使い』と呼ばれる『人』々である。
「いや、皆さんが思っているほど自由自在には操れませんから。他の『道具使い』の皆さんと僕を一緒にしないでくださいね」
と、連夜は自分の評価を下降修正しようとするが。
「いやいや、おまえ以外にも数人『道具使い』を知っているが、『ツクモガミ』の存在は感知できても、奴らと話ができる奴なんて一人としていないぞ。しかも操ることができる奴ともなると、俺はおまえ以外に知らないんだがな」
「って、ノリス大尉は仰っていらっしゃるけれど」
「・・・話を元に戻して、説明を続けますね」
どうにも旗色が悪い事に気がついた連夜は、すぐに話を元へと戻す事にした。
そう、確かに『ツクモガミ』が宿る道具は、普通の道具に比べると遥かに性能が高い。それは大量生産品であろうと限定数のみ現存する逸品ものであろうと変わりはない。
宿る意思が強く強くなっていけば、『魔剣』へと変貌したり、『聖剣』へと昇華されたり、ともかく強力なモノへと変わっていく。
・・・だがしかしである。
余程の逸品でもない限り、そこに行き着くまでに器が壊れて使われなくなり、宿った意思はやがて自然消滅することとなる。頑丈な逸品ものであっても、あるいは大切に大切に使われたとしても、人の命と同じくモノにも寿命というものが存在しているのだ。
どのようなモノであれ、行き着く先は皆同じなのである。
しかし、ごく一部、その宿命を覆す力を持った者がいる。
この世に誕生した『ツクモガミ』を生かし続けることが可能な能力を持つ者が存在しているのだ。
その人物は言うまでもない。
「『道具使い』宿難 連夜。おまえだ」
「いや、そんなドヤ顔で言われても。ってか、玉藻さん、そんなキラキラした目でこっち見ないでもらえます。物凄い恥ずかしいんですけど」
「えー、だって連夜くん格好いいじゃない。『ツクモガミ』を生かし続ける能力を持った宿命の『道具使い』宿難 連夜。きゃー、いやー、素敵ー!」
「ちょっ、やめてー! そんな厨二病丸出しみたいな呼び方しないでー!」
顔を真っ赤にして悶え苦しむ連夜の姿を横目にしながら、『ステキステキ!』と連呼しながらぴょんぴょん跳ね回る玉藻。そして、どうしようもないバカップルの姿を、なんともいえない複雑な表情で見つめ続けるジョッシュ・ノリス。
「どうでもいいけど、説明終わりか?」
「人が説明できなくなるくらい、恥ずかしい思いにさせたのはノリス大尉じゃないですか! もうっ! 言われなくてもちゃんと説明は続けますよ!」
半ギレ状態になりながらも律儀に連夜は説明を続行する。
ともかく数ある『道具使い』達の中で、唯一連夜だけは自然消滅する宿命の『ツクモガミ』を救済する手段を持っている。
彼は道具に宿る『ツクモガミ』に働きかけ、その意思を別の器へと移動させる能力を持っているのだ。
「そうは言ってもワンクッション間に挟むのですけどね」
「と、言うと?」
「まず『ツクモガミ』に話し掛け、生き続ける意志があるかどうかを確認します。『ツクモガミ』の中には持ち主の大願成就と共に生を終わる事を望むものもいますからね。まあ、『人』との対話と違ってなんとなくのニュアンスでしかわかりませんが、それでも確認は必要です。そして、確認後、生きる意志のある『ツクモガミ』は一旦、専用の呪符の中に封じます」
「話の途中で申し訳ないけど、一つ質問。『ツクモガミ』がいなくなった器はどうなるの?」
「いい質問ですね、玉藻さん。お答えします。『ツクモガミ』はいわばその器となっている『道具』、或いは『武具』の魂ともいうべき存在です。当然、それがなくなるわけですから、『人』でいうところの完全な『死』を迎えることとなります」
「具体的に言うとどうなるの?」
「灰になります。どんな素材でできていようと関係ありません。灰となって粉々に砕け、風に運ばれ世界の一部に戻るのです。こんな風に」
ミスリル銀でできた壊れた脛当を二人に見えるように持ち上げる。そして、一枚の呪符を脛当に当てながら術式を唱えると、一瞬光を発した後、言葉通り灰となって消えていった。
「こうして器は消えてなくなります。しかし、器に宿っていた『ツクモガミ』はしっかりとこの呪符の中に保護されます。この呪符の中にある限り、半永久的に生き続けることが可能です。いわばコールドスリープ状態にあると言えばいいのでしょうか。まあ、封じられているわけですから『ツクモガミ』本来の活動をすることはできないわけですが」
「つまり、そこに居る限りただの紙切れでしかないってことかしら」
「その通り。どれだけ強力な『ツクモガミ』であっても関係ないってことですね」
「強力な力を持っていてもか。ねぇ、連夜くん、やっぱり器を移動するにあたって『ツクモガミ』自身が持ってる力の強弱は関係あるの?」
「あるといえばありますね」
玉藻の言うとおり、『ツクモガミ』であればなんでもかんでも移動できるというわけではない。あまりにも弱い意思しか持っていなかったり、元の器に対する執着が強すぎたりする場合は、どうやっても移動させることはできない。その場合は残念だが、天寿を全うさせるしか方法はない。また、移動できるとしても、移動する側の器がなんでもかんでもいいというわけでもない。元の器に限りなく近い入れ物であるか、或いは移動先の器が『ツクモガミ』を受け入れるだけの強い力を予め持っているなどの条件が必要となってくる。他にもいろいろと厄介な問題があり、ただ右から左に入れ替えるだけというわけにはいかないのである。
しかし、そうやって再生し直した『道具』は、元の状態よりも遥かに高品質のモノへと生まれ変わる。
「なんで能力が向上するの? 普通に考えたら別の器に入った時点で能力の低下は避けられないと思うのだけど。勝手な想像だけど、人の内臓を別の人に移し直すみたいなものなんじゃないの? 普通、百パーセント合致するってことはないから、拒否反応はなかったとしても機能は格段に落ちると思うのだけど」
首を捻る玉藻に対し、連夜は肯定の頷きを返す。
「仰る通りです。ただ、右から左に移し変えただけなら、移し変えた当初の能力はかなり落ちることとなります」
「『ただ、右から左に移し変えただけ』ならってことは、そうじゃない場合があるってことだな」
「ええ、僕が行う場合は『そうじゃない場合』ですね」
連夜が『ツクモガミ』を移動させる場合、『ただ、右から左に移し変える』という方法は取らない。では、どういう方法を取るのか。彼は複数の『ツクモガミ』を統合した後に器の移動を行うのである。
『ツクモガミ』は『道具』や『武具』の種類によっても込められた想いによっても様々で、いろいろな意思の形として生まれてくる。前述した通り、それは『憎悪』であったり『怨念』であったり、あるいは『守護』であったり『救済』であったりと実に多様だ。しかし、多様であるといっても中には同じ、あるいは似たような性質を宿すモノが複数存在することは珍しいことでもない。
特に同じ種類のものであれば、似たような意思を持つものを探し出すのは、それほど難しいことではない。連夜はそういう同種の意思を宿すものを探し出し、彼らを『説得』。
「同種の物であった場合、一枚の呪符の中に同居させます。本当に同種の物であったなら、拒絶されることなくきちんと呪符の中に封じる事が可能なんですよ。まあ、『人』の意思なんていう曖昧なものから生まれていますからね。ある程度同じ想いであるなら、同居後、自然に融合するみたいです」
そうして、いくつもの同種の意思体である『ツクモガミ』を一枚の呪符の中に封じて融合を繰り返す。
その後、一つの強力な器へと誘うのだ。
いくつもの同種の意思はより強い意思を柱として集合し融合し、そして、新たなる器へと移動したときに更なる高みへと昇華して再生する。
「そうして生まれたものの一つが、今、俺の手の中にあるこの剣ってわけか」
「まあ、そういうことです」
月の光に照らし出された美しい剣身を宙へと躍らせるジョッシュに、深く頷いてみせる連夜。そんな連夜の話をじっと黙って聞いていた玉藻であったが、やがてあることに気がついて口を開く。
「ひょっとして私の使ってる防具もそうなの?」
「ええ、そうです。玉藻さんに使ってる防具も勿論そうですよ。そこに宿っているのは『愛する人を守る』という意思。愛する夫を、妻を、子供を、家族を、恋人を、友達を、大切な人々を見事に守り、そして壊れて朽ち果てようとしていた数々の防具。そこに宿っていた純粋な意思を、片っ端から集めて回りました」
「それを今、私が使っている防具に宿らせたってこと?」
「そうです。玉藻さんに使って貰ってる防具は、『ストーンタワー』や『ゴールデンハーベスト』のある名工の皆さんに拵えてもらった逸品で、元々高い防御能力が備えられていたんですけどね。製作者の皆様には申し訳ないですけど、ちょっといじらせていただきました」
心底申し訳なさそうな表情でぼそぼそと呟く連夜を、玉藻は『人』の姿に変化して抱きしめる。
「それだけ私を大事に想ってのことなんでしょ。この防具には連夜くんの『想い』も込められているってことなのね」
「それは勿論ですよ」
「ありがとう」
ジョッシュが側にいるのにも構わずに連夜と熱烈に唇を重ねる玉藻。そんな二人を苦虫を噛み潰したような表情で見つめていたジョッシュだったが、あまりにもあけすけな様子についには両手を上に広げて降参のポーズをとってみせる。
「はいはい、お熱いことで結構ですな。ところで、俺の持っているこの片手剣に宿っている意思はなんだ? どんなものでも『断つ力』ってところか?」
「誰よりも何よりも早く鋭い一撃。『疾風』の意思ってところですかね。初手の一撃に拘った人達が使っていたと思われる武器に宿っていた意思を統合したんですが、その結果できたのがその剣です。器になっているのは見ての通り、『アルカディア』正規兵に配布されている普通の『広刃の剣』です」
「これも壊れていたものを再生したのか?」
「いえ、単に錆び付いていただけです。まあ、企業秘密になりますが、錆だけを取るならそれほど大した術式を使わなくても取る事ができるんです。問題は取った後です。これ、大量生産品の割には非常によくできた逸品でしてね。『ツクモガミ』こそ憑いては居ませんでしたが、剣そのもののポテンシャルは高かったので、ちょっと手を加えて改良した後、『ツクモガミ』に住み憑いてもらいました」
「なあ、連夜、これ、俺にくれよ。金なら払うからよ」
「えー、ダメですよ。ってか、大尉の分も合わせて『ノーノイズノーデンス』用の武具は一式以前納品しましたよね?」
「あれだけじゃ足りねぇって。なあ、固い事言うなよ。俺とおまえの仲じゃねぇか。ってか、ここにある他のやつも売ってくれ。相場の二倍、いや三倍払うからさ。いいだろ?」
「だからダメですってば。これ全部『アルカディア』中央庁から正式に依頼されたものなんですから。そもそも、僕がいじった物品は『道具』だろうが『武具』だろうが、一般に販売することを禁じられているんですよ。ノリス大尉もご存知でしょ。売れません。諦めてください」
「えー、じゃあ、やっぱりおまえがうちに来てくれよ。一ヶ月。いや、一週間でいいからさぁ。お願いです、『道具使い』様。これこの通り。なんななら『三顧の礼』でもしようか? それとも土下座か?」
本当に土下座でもしかねないジョッシュの様子を見て、連夜は心底困り果てたという表情を浮かべる。はっきり言ってジョッシュ・ノリスのことは嫌いではない。付き合いは深くはないが浅いものでもなく、これまで決して悪いものではなかった。人間族である連夜を差別するものが彼も含めて彼の隊には存在しないことも知っている。
心底連夜のことを必要としてのアプローチだとわかっているし、このお誘いを受けて彼の隊に仮に所属したとしても決して居心地が悪いということはないだろう。
実に断りにくい勧誘だった。これでジョッシュが嫌な奴ならもっときつく断ることができるのだが。
珍しくこの手のことで苦悩する連夜。しかし、彼の受難はこれで終わったわけではなかった。
「をいをい。ワシらを差し置いて連夜を勧誘するとはいい度胸じゃないか、ジョッシュ」
「げっ、その声は『トールハンマー』の頑固ジジイ」
闇夜に響く野太い声に思わず首を竦めながら振り返ったジョッシュ。その視線の先には頑強な濃緑色のフルプレートを着込んだ老年のドワーフ族の男性の姿。連夜はその老戦士の姿を見て相好を崩す。
「ヴァルター親方、お久しぶりです!」
「おう、連夜。久方ぶりじゃな。どうじゃ、ワシのもとで鍛冶技能を極める決心はついたか?」
「あはは、無理ですよ。僕の才能では今の能力で限界です。これ以上の向上は望めません」
「何を言う取る。おまえには才能があるとも。少なくともワシの息子達よりはよっぽど才能に恵まれ取るし、これからも伸びる余地はあるわい」
「「親父、そりゃないぜ」」
老戦士のいいように、彼の両脇を守るようにして立つ歳若い二人のドワーフ達が肩を落とす。
「ヴェルナー大兄も、ヴィルマー大兄も来てたんですね」
「おお、親父殿の護衛でな」
「いや、仕事の為だけじゃない。俺達もおまえに会いたかったんだ。久しぶりだな、我らが弟弟子よ!」
「はい、ご無沙汰しております。お二人ともお元気そうで何よりです」
「「おまえもな」」
懐かしそうに顔を歪めながら二人の若きドワーフ達が連夜に駆け寄り、その小さな体を両側から抱きしめる。
そんな三人の若者達の姿を優しく見つめる老ドワーフの戦士の名はヴァルター・トール。
彼こそは城砦都市『ストーンタワー』にその名を轟かす重装甲傭兵旅団『トールハンマー』の団長。そして、ヴェルナー、ヴィルマーはその実子であった。
彼らは戦士としてもその名を知られているが、鍛冶職人としても有能。特にヴァルターが打つ戦闘用ハンマーは他に類をみないほどの破壊力と耐久性を誇る逸品。
この親子と知り合ったのは連夜がまだ幼かった頃。父『仁』と共に世界を旅して回っていたときに知り合い、父の頼みもあって、連夜はヴァルターから鍛冶の知識や技術を学んだのだった。連夜はヴァルターの技術をみるみる吸収していったが、三年ほどの修行の後、ある程度の高みに達したところで自ら才能なしと判断して修行を断念。ヴァルター達からは惜しまれたが、父の後を継ぐことを理由に彼らの元を去ったのだった。
以来、彼らと会っておらず手紙のやり取りだけが彼らとの唯一の繋がりとなっていた。
「『ストーンタワー』に帰ってこいよ連夜。妹も寂しがっているんだ」
「いや、それは兄者もだろうが。二言目には『こんなときに連夜がいればなぁ』なんだからよ」
「よ、余計なことを言うな、ヴィルマー!」
「お二人とも本当に相変わらずだね。それに親方も」
「おお。ワシは元気じゃとも。それだけが唯一の取り柄じゃからのう。しかし、最近めっきり目が悪くなって鍛冶場に立つ事が少なくなってきたわい。よい後継者がいれば安心して引退できるんじゃがなあ、連夜」
「いやいや。親方はまだまだ現役でしょう。それにいつも自分で言っていたじゃないですか。『ドワーフがハンマーを置いて鍛冶仕事を辞める時は死ぬ時だけだ』って。まだまだ死にそうに見えませんけど」
「えーい、口だけは達者になりおって」
「いや、昔から連夜の口は達者だったぞ親父殿」
「うんうん。口では誰も勝てなかったからな。腕相撲は最弱だったけど」
「ドワーフに腕力で勝てるわけないでしょ」
四者四様に一斉に肩を竦めてやれやれと首を横に振る。なかなかのチームプレイであったが、それを見て面白いと思わぬ者もいた。
「ジジイこそ抜け駆けしてるんじゃねぇよ。さりげなく連夜を勧誘しようとしやがって」
「おや、バレタか」
「ばれたかじゃねぇっつぅの。ったく、油断も隙もありゃしねぇ。おい、連夜、まさか俺の誘いを断っておいて、この頑固ジジイのところに行く気じゃねぇだろうな」
「行きませんよ、ノリス大尉。誰が来ても答えは同じです。お断りします」
「だとさ、ジジイ。さぁ、用が済んだなら帰った帰った」
「何を抜かすか。交渉はまだ始まったばかりじゃ。連夜よ、今日という今日は色よい返事をもらうまで梃子でも動かぬからな」
「俺だってそうだぞ! 連夜、早く『うん』っていえ。いや、言ってください、お願いします」
「えー、そんなぁ」
目の前に座り込む二人の戦士達の姿をうんざりした様子で見つめる連夜。よくよく彼らの目を覗き込んでみると、到底冗談とは思えぬ強い光が宿っている。
「冗談じゃないんですよね」
「「どこまでもマジだ」」
「もうー、まだ作業が残っているのに」
本気で頭を抱える連夜であるが、彼の不幸はまだまだ続く。どうしようかと頭を上げてみると、何故か目の前に座り込んでいる人影が増えているように見える。ほんの数秒前まで確かに二人だった人影は、何故か四つに増えていた。自分の見間違えかと思い、もう一度増えた二つの人影を凝視する。
その二つの人影は見覚えがありすぎるほどある人物達であった。
「えっ、ちょっ、『義元真鬼撃』の大藪さんに、『白光のカーテン』のベルンハルト団長?」
「せや。久しぶりやな、連夜。うちの社長から、是が非でも『通転核』に戻ってきてもらうよう説得してこい言われてんねん。ただではかえれへんで」
「『嶺斬泊』所属の我らのところなら引っ越す必要もないだろう。どうだ、この際うちに入団するというのは」
「えええええっ!」
白髪交じりの鬼族の戦士と、体格が一番大きい白虎族の戦士が揃って連夜のほうに迫力のある顔を寄せてくる。思わず両手を突き出してそれを阻止しようとするが、今度は横からエルフとドワーフが顔を突き出してきて、もう収集がつかない。
「おまえら後からやってきてひどいぞ、順番を守れ!」
「抜け駆けした奴に言われたくないわい」
「そうやそうや。そもそも連夜は、元々『通転核』に所属していたんやぞ。そろそろうちに返せ」
「何を言うか。それは三年のみという契約の元での所属だったはず。もう契約は切れているのだから無効だろ!」
「待て待て、お主ら、何をやっとる。連夜は今現在我ら『アルカディア』の依頼で動いているんだぞ。邪魔をするな。だいたい、依頼が終わったあとしばらくは『アルカディア』の復興も手伝ってもらわねばならんというのに」
「いや、ヒゲジイ、最初の依頼はともかく『アルカディア』の復興なんて依頼は受けていないからね。どさくさ紛れに変なこと言わないでね」
「おい、オイギンス。いきなり割り込んできた上に汚い真似はやめんか。『アルカディア』中央庁の名前を出して連夜との交渉権を奪おうとするならワシらにだって考えがあるぞ」
「「「そうだそうだ」」」
「『薬聖』の後継者である宿難 連夜様ですね。はじめまして、私、中央地域の『リグ・ヴェーダ』からやってきましたシシュニーと申します。いかがでしょう、その腕前を我が中央庁で奮ってはいただけないでしょうか」
「連夜様、南方地域の城砦都市『アステカ』から参りました、ドムドムと申します」
「西域から・・・」
「東部の・・・」
「な、なんか増えてる。いつのまにか、めっちゃ人が増えているんですけどぉっ!!」
作業どころの話ではもうなくなってしまっていた。連夜の周囲にはいつのまに集まったのかおびただしい人の群れ。囲まれて動けなくなる前に玉藻が連夜を救出して事なきを得ていたが、かといってこのままにするわけにもいかない。
連夜をスカウトに来ていた者達は皆殺気立ち、いつ殴り合いの喧嘩がはじまってもおかしくない状態。
「どうしようこれ。止めなきゃ不味いよなぁ」
「ねぇ、連夜くん」
「なんですか、玉藻さん」
「連夜くんって、おじさんとかおじいさんにモテモテよね」
「言わないでください。全然うれしくないので」
がっくりと肩を落とす連夜の前でいつ果てるともしれぬ口汚い醜い争いが続く。
結局この日、連夜が作業に戻ることはできなかったのである。
こうして、連夜の長い夜は日の出と共に幕を閉じるのだった。