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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
188/199

第五十八話 『絆、再び』

 南方最大の交易都市『アルカディア』。

 南には広大な海原『南大洋』。東には大陸最大の大河『黄帝江』。そして、北には大森林『死の森』。

 いずれも名立たる大自然。何も知らずに足を踏み入れればただでは済まない恐ろしい場所。そんな場所に囲まれてはいるが、全く死角がないわけではない。

 わずかではあるが、『人』が分け入るスペースが二つほど存在してはいた。

 一つは北への交易路。北方最大の城砦都市『嶺斬泊』へと続く道。『黄帝江』と『死の森』の間にわずかにできた隙間を縫うようにして作られた『人』類の生命線の一つ。

 この世界の絶対支配者である『害獣』の『王』の一柱『大虚獣』の出現により一年の長きにわたり閉鎖されていたが、つい先日その封鎖が解けた。今また北と南に住む『人』々の命を繋ぐ大事な道として機能を取り戻そうとしている。

 さて、北への交易路だけが『アルカディア』の生命線ではない。もう一つ大事な生命線が存在している。むしろ、こちらのほうが『アルカディア』にとっては重要といえるだろう。それは西へと続く道。『南大洋』を望む海岸線沿いに作られたその道は、南方諸都市へと繋がっている。北への道が封鎖されても、すぐに『アルカディア』が干上がることなく存在し続けることができたのはこの道のおかげといえるだろう。

 さて、この西へ向かう交易路であるが、『アルカディア』を出てしばらく進むと、小さな森の側を通ることとなる。

 北に存在している『死の森』とは少しばかり距離があり、繋がってはいない。そのせいだろうか、森にはそれほど脅威となるモノは存在してはいない。『害獣』もいることはいるがいずれも『労働者』クラスのおとなしいものであるし、森に住み着いている原生生物に大型の肉食動物は存在しない。せいぜい、ウサギやねずみを補食する狐や狼くらいである。

 そういう比較的安全な場所であるこの森は、『アルカディア』に居住している一部の『人』々から、ある目的の為に使用されていた。

 『ゴミ捨て場』である。

 それも普通のゴミ捨て場とは違う。

 そこは『害獣』や危険な中型以上の原生生物と戦い、無残に散った戦士達の残骸が眠る場所。

 彼らが最後に使用したと思われる壊れた武器や防具が山となって捨てられているのだった。錆びた刀身、穂先の欠けた槍、頭に大きな穴の開いたカブト、大きな爪あとの残る鎧。二度と使えないと思われるガラクタの山。森に入ってすぐの広場にそれは存在していた。どれもこれも一目見ただけで使い物にならないとわかるものばかり。『外区』に根城を構える盗賊や強盗の類でさえ、ここにはやってこない。ここには値打ちのあるものは何一つ存在していないのだから。

 本当の意味で『ゴミ捨て場』なのだから。

 そんな誰も寄り付かぬ『ゴミ捨て場』であるが、珍しいことに『人』の影が存在していた。

 広場の中央、捨てられたゴミでできた小さな山の前に立つ二人の若い人影。

 一人は二メトルを越す巨漢の武人。

 もう一人は美しい銀髪に狐の耳と尻尾を持つ美女。

 二人はお互いを静かに見詰め合う。その瞳には万感の想いが宿っており、互いに言いたい事、話したいことは山ほどあったが、あまりにも大きすぎるそれをすぐに言葉にすることはできなかった。

 長い。長い間、二人の男女は離れ離れになって暮らしてきた。男は女が死んだと思っており、女は男に会いに行く事を禁じられていた。憎悪や嫌悪の果てに別れがあったわけではない。むしろお互いがお互いを大切に思っていた。かけがえのない存在だった。男は女にもう二度と会えないと思っていた。女は男に再会できる日を心待ちにしていた。そして、二人の人生が交差する日がやってきた。

 何かを言わなくてはならない。

 しかし、やはり言葉にならない。迷いに迷い、結局最初に口を開いたのは男のほうだった。


「俺はおまえになんと言えばいいのだろうな。『どうして、全てを打ち明けてくれなかった』だろうか。それとも『久しぶり』だろうか。或いは『力になってやれなくて、本当にすまない』だろうか。『おかえり』なのか、『改めてはじめまして』なのか。わからない。わからないんだ、ギンコ。俺は自分の気持ちが本当にわからない」


「クロちゃん」


 どんな強敵を相手にしても威風堂々、泰然自若とした龍族の武人『K』はそこにはいなかった。いるのは幼き頃にもどってしまった小さな子供『クロ』。何の力もなく弱虫だったあの頃、彼の周りには頼もしい姉達がいた。世話好きな『くれよん』。一番賢かった『リビー』。そして、いつも明るい笑顔で彼を元気づけてくれた『ギンコ』。

 誰一人欠けて欲しくはなかった。みんな彼にとって大切な『人』達だったのだ。


「なのに、あの日、おまえはいなくなった。俺の前からあまりにも唐突に、突然に、いきなりだ。地面いっぱいに血の華を咲かせて、口や鼻から血を流し、俺の前でその目蓋を閉じた。もう永遠に会えないと思っていた。裏切り者の末路はこんなもんだといわれても、そんなにすぐに納得できるわけがない。大事だったんだ。おまえも俺にとって大事な家族だったんだ。例え、殺されようとしていたとしても、やっぱりおまえは家族だったんだっ!」


「クロちゃん、ごめん! ごめんなさい!」


 『K』の血を吐くような告白に対し、目の前に立つギンコはただただ謝ることしかできなかった。あのときの決断が間違っていたとは思わない。あのとき彼女が生き残る為にはあの方法しかなかったのだから。しかし、まだ幼かった『K』を、芝居とはいえ裏切るような真似をしてしまったことについてはずっと後悔していた。


「謝るな。これは俺の八つ当たりだ」


「でも、やっぱりあちしはクロちゃんを欺いた」


「今なら仕方のなかったことなのだとわかる。あの日、連夜が俺に秘密を話さなかったのは、当然の処置だったのだ。あのときの俺には、『力』がなかったのだから」


「あのときだってクロちゃんは強かったよ。連夜に『勇者の魂』を渡されていたんでしょ?」


「そうだ。確かに渡されていたよ。連夜が持っていた百八からなる『勇者の魂』。三十六の『日』の魂と、七十二の『月』の魂。そのうちの一つ、『日雄聖』をな」


「だったら、クロちゃんにあちしたちの計画を打ち明けてもよかった」


 涙ながらに自らの判断ミスだと打ち明けるギンコ。だが、『K』は静かに首を横に振って見せた。


「いや、ダメだ。あのときの俺はこの『力』を十全に使いこなせてはいなかった。『害獣』に狙われる事のない、この世界で唯一の奇跡の力を。義兄弟や義姉妹達との逃避行

においても俺はほとんど役に立たなかったのだから。あの時、体を張って俺達を助け導いてくれたのは、最年長の美咲姉さんと、一番『力』を使いこなせていた『J』、そして、いつも冷静に最良の判断を下すことができた『(エフェ)』の三人だった。俺はただただ怯えていただけ。何かに襲われるたびに、『くれよん』や『リビー』の腕の中で震えていた」


「信じられないよ。あの中で一番勇気があったのはクロちゃんだったじゃない」


「でも、それが真実だ。そんな俺にギンコを責める資格などない」


 悄然とした様子で『K』は顔を伏せた。月は雲の中に隠れてしまい、辺りは闇へと包まれる。すぐ対面に立っているギンコですら、今、『K』がどのような顔をしているかわからないほど深い闇。どう言葉をかければいいのか。いや、そもそもどうすることが正しいのか。何をすれば二人の溝が埋まるのか。ギンコだけでなく、『K』もまたそのことがわからずにいた。

 しかし、このままの状態でいるわけにはいかない。ようやく誰憚ることなく会うことができる時がやってきたのである。開いてしまった距離をなんとしても縮めなくてはならない。その為の第一歩を先に踏み出したのは、女のほうだった。

 闇の中、匂いだけはハッキリとわかる。大好きな人の匂い。別れたときからずっと一度として忘れたことはない匂い。ギンコはその匂いのするほうへと歩みを進めると、大好きな匂いの元である大好きな人の手をそっと両手で握った。

 子供の頃とは違う、ゴツゴツした大きな手。だが、それは間違いなく彼女がよく知る感触。振り払われる事なく自分の両手に捕まえられたその手に頬擦りしながら、万感の想いを込めてギンコは言葉を紡ぐ。


「クロちゃん。いや、今は『K』だったよね。ねえ、聞いて『K』。『クロ』ちゃんが『K』になったように、あちしは『ギンコ』から『キッチン』になった。子供じゃなくなって、いろいろなことが変わってしまったと思う。あの奴隷鉱山に居た頃と違って、住む世界も大きく変わって、一緒にいる『人』達も変わって、目指すべきところも変わってしまった。でも、大事なことは何も変わってない。あちしも、あなたも。違う?」


 気を抜けば泣き声になってしまいそうなのを、必死に堪えギンコは想いを告げる。彼女の言葉が終わると同時に再び月が顔を出す。月の光は闇を切り裂き、向かい合って立つ一組の男女を照らし出した。かつて自分よりも低い位置にあった顔。それが今度は逆に高い位置から彼女の顔を心配そうに見下ろしている。

 かわいらしかった顔は、すっかり精悍な『男』の、そして、歴戦の『戦士』の顔へと変わっていた。

 しかし、そこにはかつての面影がはっきりと残っている。その見覚えある顔が、瞳が、しっかりと自分自身へと向けられていることをギンコは見た。


「そうだな。俺もその通りだと思う。変わったことはいっぱいあるが、変わらないこともある。大事なものは何も変わってない」


 握られた手を『K』は優しく握り返す。壊れないように、壊さないように、大事に大切に握り返した。

 お互いを思う気持ちは変わっていない。二人はそう確信した。そして、何かを乗り越えたことも同時に確信したのだった。

 忘れられていた絆は再び結び直される。ギンコは、その絆を二度と離さないために、勇気を振り絞ることを決意する。今日まで決して忘れる事のなかった強い想い。幼き頃の子供としての『恋』ではない。離れ離れになったあの日からずっと思い続け、自分の中でどんどんと大きく膨らんでいったこの想い。

 『愛』を伝えるのだ。

 ギンコは涙をためた瞳をまっすぐに『K』へと向ける。挫けそうになる心を叱咤し、彼女はついにそれを言葉にして外へと解放した。


「愛しているわ、『K』。ずっと。ずっとあなたのことを愛している。これまでもそうだったし、これからだってずっと。それは何があっても変わることのないあちしの気持ち。あちしの大事で大切な想い」


 拒否されるかもしれない。激しく拒絶されるかもしれない。或いは遠まわしに断られるかもしれない。

 いずれにしてもロクな結果ではない。しかし、このまま黙っているわけにはいかなかった。受け入れられなかったとしても、長年にわたり溜めに溜め込んだこの想いは、いつかどこかで解放されなくてはならなかったのだ。

 それが今だったというだけの話。

 今度こそ本当にダメだ。泣いてしまう。しかし、不安に押しつぶされそうになっているギンコの耳に彼女が待ち望んでいた言葉が飛び込んできたのだった。


「ああ、俺も愛しているさ。心から」


 世界で一番好きな人から、最も欲しかった言葉が紡ぎだされた。夢ではない。長年の夢ではなかったが、今、それは現実のものとなった。胸いっぱいに幸せが広がっていく。幸福の絶頂へと彼女の心は到達しようとしていた。

 そんなときに投げかけられる彼の言葉。


「俺達『姉弟』だものな。『姉さん』」


 比喩でもなんでもなく、本当に飛び跳ねて幸せを表現しようとしていたギンコだったが、その言葉が聞こえた瞬間、石化したように体の動きを止める。

 目をまん丸に見開き、対面に立つ男の表情を伺う。そこにはどこまでも悪意のない、清々しいまでに『漢』の笑顔。自分の聞き間違えだろうか? ギンコは崩れそうになる体に必死に支えながら、ギンコは男に問いかける。


「く、クロちゃん。い、今、なんて言ったのかしら? よ、よく聞こえなかったんだけど」


「む。すまん、声が小さかったか。では、もう一度大きな声で。愛しているぞ、『姉さん』。俺の大事な『家族』の『一員』として愛している」


 実に男らしい大きな声での告白。誤解をする余地のない、きっぱりはっきりした麗しい『家族愛』の告白。彼もまたギンコに対する『愛』を持っていたのだ。

 喜ばしいことではある。喜ばしいことではあるのだが、残念なことにそれはギンコの望んでいた『愛』ではなかった。

 歓喜の赤から絶望の青へとギンコの顔色が変わる。

 まさに急転直下。天国から地獄。それでも一縷の望みをかけて、ギンコは食い下がる。


「あ、姉さん女房ってことかな。結婚するとき女性のほうが年上だと、う、うまくいくっていうしね」


「何をわけのわからないことを言ってるんだ。ギンコ、ひょっとしてどこか調子が悪いのか? 医者に一度みてもらったほうが」


「のおおおおおおっ!」


 心から心配している様子で覗き込んでくる『K』の手を振り払ったギンコは、拒絶の言葉を絶叫しながら走り出す。

 認められない。認めるわけには決していかない。そして、決して受け入れられない厳しい現実。

 だが、まだ望みはある。彼女には不可能を可能する頼もしい味方が存在していた。


「連えもーん。どうにかしてよぉ」


「やかますいわっ、このダメ狐! 鬱陶しいからくっついてくるなっ!」


 彼女が向かったのは、ゴミ山の麓。『K』と話していた所からほんの数メトルしか離れていない場所。そこで黙々と作業を行っているある人物に泣きついたのだ。

 言うまでもなく連夜である。


「連えもーん、聞いてたでしょお。なんとかしてよぉ」


「『聞いてたでしょお』じゃないだろ。人が作業している真横で、何、リアル昼ドラ始めてるのさ。ハッキリ言って迷惑だから他所行ってやってくれない?」


「絶対にいやああ。あちしとクロちゃんの間を取り持ってくれない限り離れないんだからぁ」


「取り持ったじゃないか。ちゃんと『家族』の絆は取り戻しただろ?」


「それはあちしの欲しい絆じゃないのよぉ。あちしがほしいのは、もっとアダルティな絆なのよぉ。そんな健全な絆はのーさんきゅーなのよぉ。濡れたり濡らされたり、挿れたり出したりして、イチャイチャラヴラヴするようなそんな間柄に発展する絆なのよぉ」


「知らんがな」


「知らんって言わないでぇっ!」


「手元が狂うから、揺らすんじゃないっ!」


 小さな森の中で繰り広げられる激しい攻防。真夜中であるというのに実に賑やかな様子。しかし、本来の予定では、こんな大騒動になるはずではなかった。

 確かに今夜、この森に一組の男女のカップルが訪れる予定はあった。だが、それはギンコと『K』ではない。ある作業を行うために、連夜と玉藻のカップルだけが訪れるはずだったのだ。いや、最初は間違いなくそうだった。二人だけでこの森に訪れた連夜と玉藻。

 一人は黙って作業を開始し、もう一人は彼のすぐ側にあって無言で見守り続ける。そんな静かな夜が続いていたのだ。

 ところが、ギンコが突然姿を現した。その後続いて『K』も姿を現す。いや、二人だけではない。後から後から人がやってきてギンコと『K』の周りをぐるりと取り囲む。

 そうして完全に見物の準備が整うと、唐突に恋愛ドラマが始まってしまったのだった。

 勿論、連夜は抗議の声をあげたが、主役の二人も、周囲の野次馬達もどこ吹く風。むしろ、なんで邪魔をするのかと、逆に非難の視線を浴びせてくる始末。

 ギンコ達や野次馬を追い払うことを諦めた連夜は、作業に没頭していたわけだが、結局、わけのわからない恋愛ドラマに巻き込まれることとなってしまったのだった。


「とりあえず迷惑だから今日のところは帰ってくれない? 作業が全然捗らないんだよ」


「連夜は仕事とあちしとどっちが大事なの?」


「仕事」


「連夜くんは、仕事と私、どっちが大事?(どきどき)」


「玉藻さん」


「よしっ!」


「なんでぇっ!?」


 連夜の横でガッツポーズを取っている金色の大狐を見て悲鳴をあげるギンコ。よくわからない勝者と敗者にわかれることになった両者。がっくりと項垂れるギンコに近寄った勝者は、優しく声をかける。


「ギンコさん。そんなに落ち込まないで。勝敗は時の運なのだからそんなに落ち込むことはないと思います」


「ううう、あちしが負けるだなんて。連夜はあちしのことなんてどうでもいいって思ってるの?」


「思ってる。めっちゃ思ってる」


「ひどいっ!」


「連夜くんは私のことどうでもいいって思ってるの?(どきどき)」


「思ってるわけないでしょ。玉藻さんのことは何よりも大事で大切だと思ってますよ」


「よしよしっ!」


「ちょっ!」


 完全に贔屓の引き倒しだった。誰がどうみてもあからさまに差別されていた。一人の少年の側で明暗がハッキリした二人。一人は少年の周囲を飛び跳ねながら喜びを表現し、もう一人は闇の中で体育座りしたまま身じろぎもしなくなってしまった。


「ギンコさん、大丈夫。きっと明日はいいことあるから」


「ううう、またあちしが負けてしまった。連夜に突き放されてしまった今、もうこれ以上生きている意味なんか・・・って、ちょっと待って。なんで連夜のことであちしが落ち込まないといけないの。おかしいよね、これ」


 寸でのところで『はっ』と我に返ったギンコは、激しく首を横に振って沈みかけていた気持ちを吹き飛ばす。


「だ、だいたい、あちしが好感度あげたいのは『K』であって、連夜じゃない! なんでこんなことに」


「ちょっと待ってください! 私は連夜くんの好感度を上げたいです!」


「いや、それこそ知らんし! あちしと何の関係もないぢゃん!」


「玉藻さんの好感度は僕の中では常に天元突破です」


「やったー!」


「そこのバカップル、話に関係なくイチャイチャするのやめてくれない!? ってか、玉藻ちゃんも連夜も、なんか地味にあちしにダメージ与えようとしてるでしょ!」


「「気のせいです」」


「嘘つきーっ!」


 これ見よがしにくっついて『仲良し』をアピールしてくる二人に、怒りの咆哮をあげる銀色狐。しかし、そんなギンコに対し、意地悪そうな笑顔を浮かべた連夜が更なる追撃に出る。


「どうでもいいけど、ここでのんびりコントやってていいのかい?」


「は? それどういう意味?」


「どういう意味もこういう意味も、折角二人きりで他者の介入を抑えてあげていたのに、離れちゃうからさ。ほら、君が離れた隙に、ライバル達が『K』との距離を縮めにかかってるけど、ここにいたままでいいの?」


「えっ!?」


 連夜の指摘に慌ててギンコは慌てて振り返る。すると視線の先には、たくさんの美少女、あるいは美女達に囲まれる想い人の姿。


「びっくりしたよね『K』。でも、無事ギンコが『K』の『お姉さん』に戻って本当によかったわ」


「すまん。リビー達のほうがいろいろとあるだろうに、俺のほうを優先させてしまって本当に申し訳なかった」


「いいのですよ、『K』。私にとって、あなたの心に屈託があるほうが問題ですもの。もう大丈夫ですか? 『ギンコお姉さん』を受け入れられましたか」


「ああ、大丈夫だクレオ。ギンコはこれまでも、そしてこれからも俺の『姉さん』だ」


「よかったですわね、『K』様。『お姉さん』と仲直りできて」


「いろいろと心配をかけたなフレイヤ」


「やっぱ『K』様はこうでなくっっちゃな。何事にも揺らぐ事のない鋼の精神。それが『K』様だもんよ」


「未だその域に到達してはおらぬがな。驕ることなく精進するよ、ヴァネッサ」


「『K』様ならいずれ近いうちにたどり着けます。それまで私がサポートさせていただきますわ」


「頼むぞ、メイリン」


「ちょっ、自分だけが役に立つみたいな言い方して! あ、あたしだって『K』様のお役に立つよっ!」


「どうでもいいけど、小娘ども、馴れ馴れし過ぎでしょ! 今までもこれからも『K』のサポート役はこのリビュエー様の役目って決まってるんだから!」


「何言ってるんですの!? それは私、クレオパトラの役目。そもそもあなた、これまでそんなに役に立っていなかったじゃないですか」


「あらあら。『K』様。ここは騒がしくていけません。時間も時間ですし、そろそろ都市の中に帰りましょう」


「「「「って、自分だけちゃっかり抜け駆けしようとするな、このお化け巨乳!」」」」


「な、なんですってぇっ!?」


 カオスだった。超カオスだった。今まで気を使って『K』とギンコの話し合いに口出ししなかったギャラリー達が、この機を逃してはならじと猛アピールを開始していたのだ。唖然としてその大乱戦を見つめていたギンコであったが、自分も乗り遅れてはならぬと敢然と走り出す。


「待て待て待てっ! あんた達、ちょっと待ちなさい! 今日の主役はあちし! この『ギンコ』様なのよ! 何横から手を出してくれちゃってるのよ。そういうの盗人猛々しいっていうのよ! いいから、そこをどきなさい」


『だが、断る!』


「にゃ、にゃにおぉぅ!? いいわ。だったら実力行使あるのみ! 片っ端から蹴散らしてやるから、どこからでも誰からでもかかってこいやぁっ!」


『いかいでかぁっ!』


 最早、混乱を収拾することは不可能だった。ギンコをはじめとする幼馴染グループに、元剣児グループ、それに葛柳衆や『K』の追っかけ連中まで乱戦に加わり、もう何がなんだかわからない状態。それでも中心にいる『K』だけは巻き込まないという配慮だけは誰もがしているようで、そこだけが台風の目のようになっている。


「連夜くんもああいう風にモテモテになりたい?」


「遠慮しますよ。僕には玉藻さん一人で十分です」


「私も連夜くんがいればそれでいいかな」


 少し離れた場所から嵐が吹き荒れている様子をのんびりと観戦し続ける連夜と玉藻。予想以上に激しい嵐の様子に苦笑いしか浮かんでこない。とりあえず、今、下手に手を出しても収集のつけようがないことを確認し、静観し続けることにする。

 持ってきていたコップにお茶を注ぎ、のんびりと観戦する合間にイチャイチャしていた二人だったが、やがて現在の時刻を確認した連夜が観戦を中断。

 再び作業に没頭し始め、玉藻も観戦をやめて連夜の膝の上に狐の頭を乗せて目を閉じた。


 長い夜はまだ続く。

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