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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
187/199

第五十七話 『明かされた秘密』

本日から三日間 連続投稿させていただきます。

よろしくお願いいたします。

 時は午前0時を過ぎた真夜中。

 場所は城砦都市『アルカディア』北部方面ゲート前。

 完全武装したたくさんの戦士達の姿がそこにはあった。

 戦士達の種族はばらばら。年齢も性別も実に様々。しかし、皆、ある使命を果たすべく集まった有志達。

 彼らは固い決意を胸に秘めながら、熱い闘志を燃え上がらせて一人の少年の言葉に聞き入っていた。

 少年は全『人』類の中で最弱といわれ、最も地位が低いとわれる人間族だった。

 城砦都市『アルカディア』は南部諸都市の中でも特に種族間の差別が非常に少ない場所である。

 だが、それでも最下層の種族の、しかも年端もいかぬ少年の言葉を熱心に聞くなどということは、普通なら考えられないことである。

 そもそも少年は戦士達の実質的なリーダーではない。戦士達にはそれぞれが仰ぐべきリーダーや指導者がいるのだ。

 ならば、何故戦士達は最下層種族である少年の言葉に黙って耳を傾けているのか?

 答えは勿論ある。

 少年は、これから行われる重要な作戦の立案者であった。

 戦士達は、少年が非常に優秀な作戦立案能力を持っていることを知っていた。そして、これまでいくつもの重要な作戦を成功させてきたこともだ。

 少年の話は決して現実離れした机上の空論ではない。

 だから戦士達は真摯に彼の作戦内容を聞く。

 そして、全てを聞き終わった後、戦士達の間から一斉に鬨の声があがる。

 示し合わせて出されたものではない。限界に達した高揚感が戦士達を突き動かした結果だ。

 余りの大声にしばし耳を塞ぐ少年の姿に構うことなく、戦士達は思いの限り吼え猛る。

 その後、それぞれに与えられた任務を果たす為に戦士達はその場を立ち去って行った。

 彼らの後姿に迷いはない。

 そもそも迷っている暇がない。今回の作戦は時間との戦いでもあるからだ。

 城砦都市『アルカディア』の城壁前に駐車されているいくつもの軍用馬車の元へと向かった戦士達は、それに乗り込んで順次出撃していく。

 闇が支配する夜の世界。

 いくつもの危険が待ち受けているはずのそこに、彼らは勇敢に飛び込んでいくのだった。


「行った行った。しかし、連夜くんの知り合いってどうして『熱血体質』の人が多いの? オイギンスさんのところはガチガチの体育会系ばかりだからわからないでもないんだけど、普段はクールなクリスくんにまで『ヒャッハー』されるとなんだかゲンナリするというか。あ~ちゃん(アルテミス)もそんな感じだし。なんだかなぁ」


 そう言ってげんなりとした表情をして大げさに肩を落として見せるのは、『アルカディア』前に残って戦士達を見送った霊狐族の美女。言うまでもなく如月 玉藻その人だ。


「そんなこと言わないでくださいよ。それだけやる気に満ち溢れていたってことなんですから。むしろ始める前からやる気がないほうが問題です。個々の能力はともかくとして、士気が高いだけでも評価に値します」


「そういうもんかしらねぇ」


「そういうものです」


 疑わしそうな目を向けてくる玉藻を優しく諭すのは、勿論彼女の最愛の恋人である宿難 連夜その人だ。

 彼もまた残留組の一人である。


「でも、意外だった。連夜くんのことだから、クリスくんについて行って、交易路中間地点のキャンプエリアで指揮を執るとか言い出すんじゃないかと思っていたわ」


「それも考えはしたんですけどね。こちらでやらないといけないことがまだまだありますので断念いたしました」


「ちょ、連夜くん、まだ働く気!?」


「残念ながら、仕事は山ほど残っています。働かないで済むなら働きたくはないんですけどねぇ」


 疲れきった表情で深いため息を吐き出す連夜を、唖然とした表情で見つめる玉藻。

 そんな玉藻の様子に気がついているのかいないのか、連夜は彼女から視線を外すと、手元にあるファイルを開いて熱心にその内容を読み始める。

 ファイルに記されている内容は、別の仕事の詳細。

 戦士達が出撃する前に、この地の防衛省長官が連夜に渡していったのだった。


「防衛省直轄部隊の皆さんが使う武器防具のメンテナンスと、それの補充作業についてですね。やれやれ、確かにこれは僕にしかできない作業だ」


 ファイルの内容に目を通しながら、ふらふらとその場を立ち去って行く連夜。玉藻は、しばしそんな恋人の背中を見続けていたが、すぐに我に返って彼の後を追う。


「連夜くん、待ちなさいって! 私を置いていかないで!」


「あ、すいません、玉藻さん。別にそういうつもりではなかったんですけど」


「まったくもう。ほんとにどうしようもない『仕事中毒(ワーカーホリック)』なんだから」


 玉藻の怒り声にすぐに気が付き連夜はその場に足を止める。一旦仕事に没頭すると他の何もかもが見えず聞こえずになってしまう連夜であるが、恋人玉藻の声だけは別。

 どんな状態にあっても彼女の声にだけは反応し、我に返ることができる。


「自分自身では『怠け者』だと思っているんですけどね」


「よく言うわよ。あなたほど勤勉な人なんて見たことがないわ。まあ、そこが連夜くんのいいところでもあるわけだけど」


 連夜の言い訳に対しなんともいえない苦笑を浮かべてみせる玉藻。

 そんな玉藻に自分自身も苦笑を返した連夜は、彼女が自分に追いついて横に並ぶのを確認してから再び歩き始める。

 二つの影はゆっくりと、だが着実に城砦都市から西へと離れて行く。

 連夜が向かっている目的地は、城砦都市『アルカディア』から少し西へと離れた森の中にあった。

 そこはある目的の為に、城砦都市『アルカディア』の中央庁が作り出した特別区画。

 危険な『外区』に存在している場所ではあったが、ファイルに書かれている仕事をこなす為には、どうしても行かなくてはならないのだった。


「玉藻さん、こんな夜遅くまでつき合わせてしまって申しわけありません」


「いいのよ別に。屋根のないところで寝るのは慣れているもの。それに連夜くんの疲労状態によっては強制シャットダウンもしないといけないしね」


「あはは。できるだけそうならないように努力します」


「悪いけどそれについては全く期待してないわ」


「そうですか。とほほ」


 自分では誠意を持って返した言葉であったのだが、玉藻はそれをバッサリと切り捨てる。

 これまでに何度も愛しい恋人に迷惑と心配をかけてきたという自覚はあったので、連夜はそれ以上何も言わずに素直に引き下がることにした。

 そして、再び手元のファイルに視線を向けなおそうとする。しかし、結局、彼の意識が再び仕事にもっていかれることはなかった。

 彼の行く手を遮って数人の人影が立ちはだかったからだ。

 皆、連夜の知り合いであり、人影は全部で五人いた。

 うち三人は戦士。連夜の知り合いの中でも特に戦闘技術に秀でた者達。

 うち二人は連夜の従者。幼き頃から彼の側にあって、彼を支え守る使命を持つ者達。

 そして、五人は同時に彼の義理の兄弟であり姉妹でもある。血は繋がっていなかったが、同じくらい強い絆で連夜と結ばれている。そんな五人であるが、そのうちの四人がいつになく困惑した表情で連夜を見つめていた。

 霊山白猿(ハヌマーン)族の巨漢『J』も、雷獣族の麗人『F』も、西域半人半蛇(ラミア)族のスレンダー美人『リビュエー』も、人頭獅子胴(スフィンクス)族の迫力美女『クレオ』も。

 皆、一様にどう反応すればいいのかわからないといった、途方にくれた表情で連夜のことを見つめていた。

 どうやら四人は連夜に何かを問いかけたいようだが、どういう具合に言葉にすればいいのかわからないでいるらしい。

 しかし、そんな四人とは違い、ハッキリと問いかける言葉を持つものがいた。

 五人の中でただ一人、『怒り』の表情を浮かべて立つ者。

 身長は二メトルに届き、全身を分厚い筋肉が覆っている。実に堂々たる体躯ではあるが、太っているという印象は全くない。腕も足も長く、腹回りには贅肉の一欠けらも存在していない。そして、顔も雰囲気も『少年』のそれではない。そこにいるのは誰が見ても歴戦を潜り抜けてきた文句なしの『武人』であった。

 その彼が表情を強張らせ連夜のことを見つめる。いや、睨み付けていた。


「連夜、面を貸せ。話がある」


 連夜と同い年の少年ものとは到底思えない野太い男の声。戦いとは無関係な一般人が聞いていたなら、思わず身を竦めてしまうようなそんな威圧的な声。

 しかし、連夜はさして動じる様子もなく目の前に立つ『武人』を見返す。いや、それどころか不機嫌さを隠そうともせずに連夜は顔をしかめてみせるのだった。


「いや、別に移動しなくてもいいんじゃない。みんな出撃して僕らしかいないわけだし。っていうかさ、君達ここで何してるわけ? 君達には中央庁から来たVIPメンバーの護衛をお願いしていたはずなんだけど。そこのところどうなのよ、『竜刃』の『K』さん」


「指定されたVIPはアルカディアの正規兵が警護にあたるホテルに入った。あれだけ厳重に見張っている中、何かをしようという輩はいないはず。俺の力がいなくても問題はない。それよりも、おまえに聞きたいことがある」


 吐き捨てるように呟いた後、巨漢の武人『K』は、もう一度強い意志の篭った双眸で連夜を睨み付けた。彼はここにあることを確認するためにやってきたのだ。誤魔化す事は許さない。虚言を弄することも許さないし、真実を語らないことは絶対に許さない。義兄弟といえど、こればかりは譲れない。例えその絆が壊れることになったとしてもこれだけは聞き出さなくてはならない。

 それらの言葉を口に出したわけではない。しかし、全身から立ち上る強いオーラが、彼の覚悟を無言で表していた。


「あれは・・・あの女は、いったい何者なんだ?」


 あまりにも抽象的にすぎる問いかけ。普通、これだけでは何を言っているのかさっぱりわからないだろう。だが、連夜にはこれだけでも十分に理解できる内容であった。

 そしてその質問に対する答えは、別に隠す事も誤魔化す必要もないことであった。

 なので連夜はあっさりとその答えを口にする。


「誰って、『ギンコ』だよ。本人もそう自己紹介したと思うけど」


 どこまでも呆気らかんとした表情。あまりにも連夜のあっさりした様子を見て、しばしの間『K』は硬直。

 しかし、なんとか我に返った『K』は、頬を紅潮させ眦を吊り上げて義兄弟に怒りの声をあげた。


「ば、馬鹿なことを言うなっ。ギンコは死んだのだ。あの日、俺達が奴隷であることをやめたあの日にギンコは死んだ。俺を裏切り、俺を殺そうとして、おまえに討たれて死んだのだ。死人が生き返るわけないだろうがっ」


「頭固いなぁ。演技ですよ、ブラフですよ、トリックですよ。つまり、『敵を騙すにはまず味方から』って奴ですよ」


「ななななっ、なんだとぅっ!」


「みんなが助かる為に一芝居うったんだよ。それともなにかい? 本当にギンコが死んだほうがよかったかい?」


「ふざけるなっ。俺はそういうことを言ってるわけじゃ・・・」


「まぁまぁ。待て待て『K』。とりあえず、俺たちにもわかるように説明してくれるよな、連夜」


 そう言って二人の間に割って入ったのは、巨漢の戦士『J』。精神的にも最も大人であり五人の纏め役でもある『J』は、激昂する『K』の体を抑えながら穏やかな表情で連夜を見つめる。そんな『J』に対し、小さく肩をすくめてみせた後、連夜はすぐに説明に入った。


「あの時、ギンコはまだ組織から目を付けられていた。組織のモットーは『裏切り者には死を』。ろくな人材いないくせに諦め悪いし執念も深いというのが『バベルの裏庭』という犯罪組織の特徴なわけだけど、折角逃げても制裁目当ての追っ手を掛けられ続けるのもうんざりするからね。だから、組織の『猟犬』であった『ギンコ』には死んでもらったんだよ。それも奴らにはっきりと見えるところでだ。生きていると思われちゃたまらないからさ」


「ま、待て。あのとき確かにギンコは死んでいたはず。それは俺だけじゃなく、ここにいる『J』や『F』、リビュエーやクレオだって確認していたはずでは」


「うんにゃ。それはおまえの勘違いだ。俺達は遠目に見ていただけで実際に近くで見ていたわけじゃない」


 慌てて他の義兄弟達に確認の視線を送る『K』であったが、それに対して『J』達は一斉に首を横に振ってみせる。思いもかけない全否定に、『K』は信じられないといった表情を浮かべてその場に佇むのだった。

 そんな『K』の代わりに質問を投げかけたのはリビュエーとクレオの近習コンビ。


「あのとき側にいたのは、あなたと連夜、それにギンコだけだったはずだけど、ほんと、ボスって今も昔も変わらないですわね」


「当時のクロちゃんは今以上に純粋だったし、ボスは今以上にひねくれていたからねぇ。で? 実際のところボスはどうやってクロちゃんっていうか『K』のことを騙したの?」


「よくある『手品』だよ。ほら、ナイフ刺さったけど全然平気って、テレビでよくやってるでしょ。あれだよあれ」


 気楽な口調でそういった後、連夜はどこからともなくナイフを一本取り出した。そして、とめる暇もなくリビュエー達の目の前で自分の手のひらに突き刺して見せる。玉藻も含めてそれを見ていた一同の顔が恐怖で引きつる。だが、目の前の連夜はそんな彼らをニヤニヤと見つめながらナイフの刺さった手のひらをひらひらとさせて見せた後、すっと手のひらからナイフを引き抜き、もう一度その手を彼らに見せる。

 

「凄い。ナイフが刺さったはずなのに全く無傷だわ。でも、間近で見てたならトリックだってわかったんじゃないの?」


「あなた、未だにボスの事よくわかってないわね。ボスの『手品』ってほんとに凄いのよ。間近で見たから見破れるってそんな簡単なものじゃないの。一流のプロから太鼓判押してもらってる程の腕をしているんだから。だいたいあなたね、今のだって『手品』だってわかったの?」


「いや、全然わからなかった」


 呆れたという様子でクレオに突っ込まれたリビュエーは、しおしおと肩を落とすのであった。さて、五人の中から次に前に出たのは『F』であった。


「念の為にもう一度確認したいのだけどさ、連夜。僕達がさっきまで警護していたその、アイドルグループ『Pochet(ポシェット)』のメインボーカルの『城鐘 きつね』はその、やっぱり」


「うん、僕らの血の繋がらない姉妹『ギンコ』で間違いないよ」


「やっぱりそうなのか」


 幼い頃からの長い付き合いである。彼の言葉に嘘がないことはよくわかっていた。

 いや、問いただすまでもなくわかっていたのだ。

 彼らが出あった女性が幼き頃に別れた大切な存在であったことを。





 城砦都市『アルカディア』へと向かうことが決まったとき、『K』達は連夜からある任務を依頼された。

 それは北方諸都市側から選出される親善大使達の護衛任務。言うまでもなく極めて重要な任務である。親善大使として選ばれるのは政界、財界、芸能界、その他諸々各方面の大物達ばかりだ。誰一人として間違いがあっていい人物はいない。

 長期にわたって交易が途絶えていた南方との繋がりをもう一度強固な物とする。

 そんな重大な目的を達成する為に選ばれた者達であるから、全員VIP中のVIPといって間違いない。絶対に守らなくてはならない存在ばかりだ。

 しかし、『K』達は当初これを断るつもりでいた。北方諸都市にとっては重大事かもしれないが、彼にとって本当に重要な人物はごく限られている。

 今回の旅においては、彼自身が最も重要だと判断している人物を護衛するつもりでいたのだ。

 いうまでもなく連夜のことだ。そもそもこれまでもずっとそうしてきたのである。何か大事があるときは、必ず連夜の側にいて彼を守る。それが『K』達の役割であった。

 だが、今回、連夜はあっさりそれを『無用』と切り捨てた。

 『何故』という言葉を当然出すつもりだったが、それを出させなかった者がいる。最近、連夜に付き纏うようになった忌々しい如月 玉藻という『狐』の女だ。自分がいるから護衛は必要なないと上から目線で言い切った。当然それを聞いた『K』達が、『はい、そうですか』と納得するはずがない。

 一応、玉藻と長い付き合いのあるリビュエーとクレオは渋々ながらも連夜の説得を受け同意。

 『J』は、彼らの姉であり上司でもある美咲から別の仕事の依頼を同時に受けていたので同意。

 『F』は玉藻に対して敵意を持っていたが、クリスと絡む機会が増えると説明するとあっさりと同意。

 結局『K』だけが納得できず、玉藻と対峙することに。

 二人ともお互いの主張の正当性を自らの拳で証明すべく、中央庁の官舎のど真ん中で大立ち回り。

 最終的に中央庁が誇る凄腕の実力者達が出張って来てとめるまで二人の死闘は続いたわけだが、残念なことに『K』の主張は通らなかった。

 殴り合いの結果、『K』が負けたからではない。渋る『K』を粘り強く連夜が説得したのだ。

 その際二人でいろいろな話をしたわけであるが、会話の途中、気になる言葉があった。


『親善大使達の中に、僕らにとって無碍に出来ない人がいる。君にとっては大切な人で、僕にとっては、まあ腐れ縁かな』


 意味はわからなかった。意味はわからなかったが、何故か無視することはできないと思った。

 渋々ではあったが、『K』は連夜の依頼を受けることにした。

 そして、城砦都市『アルカディア』に向けて出発する当日。『K』達は一人の女性と再会する。

 彼女の名は『城鐘 きつね』

 北方諸都市にその名を轟かせる女性アイドルグループ『Pochet(ポシェット)』の一員。

 芸能界のことになど全く興味のない『K』は、つい数週間前まで彼女のことを知らなかった。だが、連夜や妹達と共に花火大会へと出かけたあの日、イベントで舞台に立った彼女の姿を初めて見たのだ。

 ハッキリ言って衝撃だった。知らないはずなのに、彼は彼女のことを知っていた。いや、知っていると思った。

 幼き頃に死に別れた大切な人にあまりにもよく似ていたのだ。正確に言えば、彼女が成長したらきっとこんな風になったに違いない。そう確信するような姿を彼女はしていたのだ。彼女の姿をしばらくの間呆然と眺めた後、彼は無意識の内にその場を立ち去っていた。

 彼女が生きているのではないかと思った。同時にそんなことはありえないとも思った。生と死の狭間にある厳しい世界で生きて来た『K』にとって、人の死の重さは重々承知していた。

 死人は生き返らないのだ。しかし、それをわかっていつつ、突然振ってわいたわずかの可能性に縋り尽きたいという弱い自分がいることに気がつき愕然とする。

 数日後、『K』は真相を確認すべく彼女に会いにいった。

 どうあってほしいのか自分でもよくわからなかったが、ケジメだけはつけておきたかった。勿論、相手に迷惑がかかることはわかっていたが、止める事はどうしてもできなかったのだ。

 根無し草の自分と違い、相手は超がつく有名人。会ってくれといって、はい、会いましょうとはならないだろうということもよくわかっている。

 結局のところ、どこかで線引きがしたかっただけなのだ。それをわかっていながら会いに来てしまう自分の滑稽さがおかしいやら悲しいやら。

 しかし、幸か不幸か『K』の思惑は見事に外れる事となる。なんとあっさりと面会の要求が通ってしまったのだ。罠ではないかと一瞬疑いを持ったが、今居る場所は『嶺斬泊』最大のメジャーテレビ局である。たくさんの人目があるし報道関係者がうろうろしているこの場所で何かを仕掛けるのは無理がある。

 杞憂だと判断し、『K』はテレビ局の中にある楽屋で彼女と会うこととなった。

 そして、後悔する。見れば見るほど大切な人の面影が見え、それと同時に違う部分も浮き彫りとなる。

 犯罪組織で反逆奴隷の始末をしていた幼馴染には消す事のできない『闇』が常に付き纏っていた。しかし、目の前のアイドルからはそんな気配は微塵も感じられない。そこにあるのは『光』。『闇』の対極にあるもの。

 話すまでもなかった。似て非なるものだったのだ。彼女は必死に何かを説明しようとしていたみたいだが、『K』にはもう必要のないことだった。

 『K』はすぐに席を立つと、言葉少なに面会してくれたことに対する礼を言ってその場から立ち去った。

 もう二度と会うことはないだろう。そう思っていた。なのに、何故か再び顔をあわせることとなってしまった。

 いや、それどころの話ではない。依頼を受けたときは確かに親善大使『全員』を守るという内容だったはずだ。なのに、蓋を開けてみれば何故か彼女の専属護衛ということになっていたのだった。

 流石の『K』達もこれには慌てた。すぐに話が違うと親善大使側の責任者である中央庁の役人達に訴えかけた。だが、『K』達の主張は通らずそのまま彼女の側にいることとなってしまったのだ。

 釈然としないものを感じたが、一度引き受けた仕事を放り出すわけにはいかない。一応、VIPの護衛であることに間違いはないのだから。

 少々気まずい思いはするが、そこは我慢すればいいだけのこと。それもずっとというわけではない。わずか数日の間のことなのだから。そう自分に言い聞かせて、『K』達は護衛の任務に就いたのであるが、更に予期せぬ出来事が彼を待っていたのだった。


『『エテ吉』、『フェリ』、『リビー』、『くれよん』、それに『クロちん』久しぶり。忘れちゃったかもしれないけど、あちしだよ。ギンコだよ。覚えていないかな?』


 城砦都市『アルカディア』に向けて走る馬車の中、目の前に座る少女からの突然の告白。

 『K』の頭は真っ白になった。正直、何がなんだかわからない。いや、彼女の言っている言葉の意味はわかった。それはもう十分によくわかったし、説明されるまでもない。しかし、だからといって、彼女の言葉をそのまま鵜呑みには到底できなかった。

 確かに彼女は似ている。幼き頃一緒に苦楽を共にした大切なあの子にそっくりだと思う。なによりも、その独特なしゃべり方と、昔の自分の呼び名。

 彼女だ。彼の血の繋がらない義理の姉妹。守りたいと思った年上の女の子。

 そして、守りきれずに永遠の別れを告げたはずのあの子。

 それが目の前にいるという。しかもそれは幽霊としてではない。生きている生身の『人』としてだ。

 一方では『そんなはずはない』と否定し、もう一方では『やっぱりそうだったか』と肯定する相反する二つの気持ち。

 咄嗟に返事を返せずにいると、目の前に座る『城鐘 きつね』こと『ギンコ』は、奴隷の時代の思い出を口にして見せた。

 中には二人しか知らないこともあり、これを知っている彼女はどう考えても本人でしかない。

 もう既に頭の中ではわかっていたし、認めてもいた。彼女は『ギンコ』だと。しかし、感情の方では割り切れずにいた。

 難しい顔をして黙っているのは怒っているからではない。心の整理をつけることがどうしてもできなかったのだ。それでも『後で話そう』となんとか取り繕い、時間を稼ぐ事に成功した彼は、一旦、それらをシャットアウトして護衛に専念。持ち場を離れる事ができる真夜中を待つ。

 頭と心の両方を納得させる為に、全ての事情を知り、この状況を説明できる者に話を聞く必要があった。

 それが誰なのかを聞く必要はなかった。ギンコが生きているということを知っている者がいるとすればただ一人しか存在しない。

 あのとき、ギンコを自ら手にかけ、その死を看取ったはずの者。


 連夜である。


「ってかさ。僕に確認する必要あった? ギンコ一人でも十分説得力あったんじゃないの? だって、子供の頃の話とか、当事者じゃないとわからないはずの話を君達にしたんでしょ」


「う、うむ。確かにした。俺とギンコしか知らないはずのことをあの女は知っていた」


「私、みんなに配られるはずだった特別メニューのソーセージ独り占めしていたことバラされた」


「私なんて、美咲姉さんのお気に入りの服を破ってしまったことでしたわ」


「『J』なんて大便漏らして美咲姉さんにパンツ洗ってもらっていたことバラされていたものね」


「やめろっ! 人が折角忘れていたこと思い出させやがって。あの性格の悪さは間違いなくギンコだ」


「ともかく、それが答えだよ。もう気がついていると思うけど、今回君達にギンコの護衛を依頼したのは彼女を君達のところに帰すことが目的だった。どうやら受け入れてもらえそうでやれやれだよ。まあ、頑固に拒否しようとしている奴もいるみたいだけど」


 『K』を除いた、四人がなんともいえない苦い表情で連夜に頷きを返した。四人とも抱えている想いはそれぞれ違うが、血の繋がらない姉妹の帰還を認めたのである。

 だが、連夜の言う通り一人だけそのことをまだ認められないでいる者がいた。


「ふざけるな、そんなにすぐに受け入れられるものか。いまさら『あのとき死んでみせたのは狂言でした』と言われて、『ああ、そうでしたか』と受け入れられるなら苦労はしない」


「何が問題なのさ。別に誰も困らないじゃない。現に君以外はみんな認めているよ」


「他の奴のことは知らん。だが、俺は困る! そもそも何故今になって現れた。どうして、あのとき説明してくれなかったのだ。組織の目を眩ますために芝居を打ったとあのとき話してくれていれば、こんな風に悩まなくてよかったのに」


「無理言わないでよ。今もそうだけど、君ってそういう騙し合いにめちゃくちゃ弱いじゃない。賭けてもいいけど、もしあのとき君に話していたら、絶対に組織側に漏れていたと思う」


「どうして奴らに話すと思うのだ。問いかけられたからといって簡単に口を割ったりはしない!」


「相手がわかりやすい大人の犯罪者だったらそうだろうね。でもさ、ギンコみたいな僕らくらいの子供のスパイが潜り込んできたらどうだろう? あの後、僕らは結構たくさんの子供の奴隷達を助けたよね。その中にそういうスパイがいなかったと断言できるかい? 或いは君はそれを見分けることができたかい?」


「それは・・・できなかっただろうな」


 一方は穏やかな表情で、もう一方は悔しそうな表情で過去にあった出来事を二人は思い出す。


 連夜や『K』達が、幼き頃、奴隷として働かされていた犯罪組織『バベルの裏庭』の『外区』工業基地。

 その忌まわしき場所を、連夜は生来備わっていた恐るべき悪知恵を駆使して完膚なきまでに破壊した。犯罪組織の資金源となっていた鉱山は出口を爆破して封鎖し、そこに巣食っていた犯罪者達は連夜自ら仕掛けた死の罠や、呼び込んだ『害獣』達に喰わせて始末。大混乱渦巻く基地内から、彼は幼き奴隷の仲間達を先に逃がし、死んだと見せかけていたギンコと共に後から脱出した。連夜が立てた脱出計画は悉く成功し、彼らは追っ手を見事に振り切ってみせたのだった。

 だが、最初の大成功とは裏腹に、その逃避行は実に大変なものであった。

 まさに波乱万丈と呼ぶにふさわしい苦難の旅路。

 その苦難の果てにようやく両親の元へと連夜はたどり着いた。しかし、彼はそこでそのまま休んでいたりはしなかった。北方諸都市はおろか、大陸全土に絶大な影響力を持つ両親の力を借りてバラバラに逃げる事になった血の繋がらない兄弟姉妹達を探しはじめた。

 当時まだ小学生の低学年ほどの年齢にしか達していなかった連夜であったが、昼夜を問わず熱心に働き続けて行方知らずとなっていた兄弟姉妹達を見事全員探し出す。

 そして、その中でも両親を殺されたり、自分の身元がわからなかったりといった帰るところがない者達を自分の元へと集め再び『血の繋がらない家族』として結集する。

 悪意に満ちた悪夢は終わり、平和な日々が彼らのすぐ目の前にあった。

 だが、彼らはそれを選びはしなかった。

 最初にそれを蹴ったのは連夜である。彼は、助け出した兄弟姉妹達を安全な場所へ保護した後、再び地獄へと舞い戻った。自分と同じような境遇に陥っている子供達を救う為に、奴隷を扱う犯罪者達と戦うことを決めたのだ。茨の道である。それどころか安全地帯のない地獄の道でもある。

 だが、連夜の両親はそれを止めなかった。かわいい愛息がやっと手元に戻ってきたというのに、再び旅立つというのである。普通なら止めるところを、彼の両親は止めなかった。両親が選んだ道は『息子と共に戦う』だった。両親は息子を誘拐し奴隷として扱った者達に対して激しい怒りを覚えていた。このままでは絶対に済まさない。密かにそう決意を固めていた両親は、息子を守ると同時に、奴隷を扱う犯罪組織を全て根絶やしにすべく暗躍を開始する。

 連夜達親子は、いくつもの犯罪組織を相手取って戦った。いや、宿難親子だけではない。『K』をはじめとする連夜の血の繋がらない兄弟姉妹達も自ら志願して参戦した。

 彼らは持てる力の全てを注ぎ、容赦なく犯罪組織を壊滅においやっていった。組織壊滅の後には、奴隷とされる予定だったたくさんの子供達の姿。

 連夜は両親と相談し、帰る所のない子供達を受け入れていったのであった。その受け入れ先となったのが、連夜の『血の繋がらない家族』が住む場所であり、彼らもまたやってきた子供達を温かく迎え入れた。

 

「『J』にはいつもお世話になってるよね」」


「気にするな。義父殿(おやじどの)義母殿(おふくろどの)に比べれば楽なもんだし、リリー姉さんもいる。たまには美咲姉さんも手伝いに来てくれるしな」


「『F』がもう少ししっかりしてくれたらなぁ」


「昔から子守は苦手なんだよなぁ」


「小さな兄弟姉妹達は元気でやってるのかな。変わったところはない?」


「今のところは大丈夫だ。深層意識にまで組織の洗脳が刷り込まれてそうなのは、長官がすぐに見破って病院のほうに連れていってしまってるしな」


「子供達の健康状態のほうは定期的に仁さんが診に来てくれているから、そっちも大丈夫だと思う」


「そっか。なら安心だね」


 『血の繋がらない家族』の事実上守護者である二人を信頼しきった眼差しで見つめていた連夜だったが、すぐにまた表情を引き締めて『K』のほうに視線を向けなおす。


「話を元に戻すけど、あの時は誰にも話せなかったんだ。そして、今なら話せる。その理由はわかるだろう?」


「俺達を誘拐した犯罪組織『バベルの裏庭』そのものが既に組織として機能していないからだな」


「そういうこと。あの日、奴隷組織を逃げ出してから十数年。やっと真実を告げる事ができるときが来たってわけさ」


 そこまで話した後、二人の間にしばらく沈黙が生まれた。どちらも言葉を発しようとはしない。『K』はなんともいえない表情で夜の空を見上げ、連夜はなんともいえない表情で目の前の義兄弟を見守る。

 そうしてどれくらい時間が経ったであろうか。先に沈黙を破ったのは連夜のほうだった。側で二人のやり取りを見ていた玉藻が、痺れを切らして連夜を促したからだ。


「まあ、ともかくギンコが生きていたっていう事実は変わらない。それをどう受け止めるかは君の自由だし、どう付き合っていくのかも君の自由だよ。ただ、今まで騙していたことを怒っているのなら、その怒りは僕にだけ向けてくれよな。ギンコはあくまで僕の指示に従っただけなんだから。ギンコはあの日、最後まで君を、というか、君達を騙すことに反対していたよ。そして、今日までそのことを悔やみ悩み傷ついて生きて来た。『K』もそうだろうけどさ、そのあたりわかってあげてほしいな」


 いつものおちゃらけた口調ではない。真摯な表情と言葉。それを真っ直ぐに『K』のほうに向ける。

 『K』は連夜の言葉を耳にして夜空を見上げるのをやめると、連夜の方へと視線を向け直しその気持ちを受け止めるように無言で見つめ返した。

 再び無言の時が流れる。しかし、そこには先ほどまでの重苦しい空気はない。連夜は少し下を向いてため息を一つ吐き出すと、言葉を尚も紡ごうとしない義兄弟の元へと歩みより、肩を一つぽんと叩いてその場を離れる。


「まあ、ゆっくり考えてみてよ。護衛をしている間はギンコと話す時間もたっぷりあるだろうから、彼女と話をするのもいいだろうし。とりあえず僕は僕でやらなきゃいけない仕事があるから、今日はここまでということで。じゃあ、また」


 ひらひらと手を振りながら森の中へと去っていく連夜。そんな連夜の背中を見送っていた『K』だったが、そんな彼のところに玉藻がやってきた。


「なんでもかんでも連夜くんに押し付けて、都合のいい答えを求めないでくれる。連夜くんはあんたの保護者じゃないのよ」


「なっ!」


「そうじゃないっていうなら、自分で答えをみつけなさいよ。真実なんて人それぞれなのよ。人の心が数式みたいにきっちりした答えがあると思ったら大間違いだわ。そんなこともわからないのかしら?」


「おまえに言われなくても!」


「ああ、そう。それはよかった。これ以上連夜くんを煩わせないでね。ただでさえオーバーワーク気味なんだから。長年相棒を務めていたんなら、それくらいわかるわよね」


「貴様、言いたい放題言ってくれるな」


 まるで嫁をいじめる小姑のように存分に嫌味を垂れ流す玉藻を悔しそうに見つめる『K』。しかし、言い返すことはできなかった。確かに玉藻の言う事は一理もニ理もある。連夜を守るつもりでいたのに、何のことはない。自分が守られていたのだ。これではいいわけのしようがない。

 『K』に言いたい事が伝わったと理解したのか、玉藻はそれ以上嫌味を言おうとはしなかった。代わりに鼻を小さく鳴らしてみせると、彼の元を去っていった。

 彼女の行き先には立ち止まってこちらを見つめている連夜の姿。遅れてやってきた玉藻といくつかやり取りをした後、こちらに小さく手を振って再び背中を見せた。

 今度こそ森の木々の中へと消えていく二つの影。

 しばらくそれを見送った後、『K』は無言で踵を返す。今度こそきちんと自分の力で過去と向き合うつもりであった。


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