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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
186/199

第五十六話 『敵を騙すには』

すいません。話の展開上、今回はちょっと短めです。

「なるほどな。とりあえず大体のことは、わかった」


 連夜から今回の事の次第を説明された鉄鼠族の青年商人酒井 法宗は、そう呟いて小さく頷きを繰り返した。

 だが、怒りそのものがなくなったわけではない。先程までのような激しさはなくなりはしたものの、明らかな不満の色を顔全体ににじませている。いや、顔に出すだけで済ますには、到底おさまりがつかない。

 彼は目の前で苦笑を滲ませている旧知の知人に再び食ってかかる。


「けど、理解するっちゅ~ことと、納得するっちゅ~ことはまた別問題や。はっきり言って今回の作戦内容理解はできるけど納得はできへんど。そもそもやな、なんで『アルカディア』側には説明しておいて、こっちには説明せぇへんかったんや? 事前に説明してもらっていたら、あのカス野郎の前でここまで大慌てせんでもすんだのに!」


「いや、肝心な交渉の場で、兄さん達に本気で大慌てしてもらわないといけないから言わなかったんじゃないですか。敵を騙すにはまず味方からですよ」


「おまっ、騙した本人目の前にして堂々と開き直るなや! そういうの盗人猛々しいっていうんやぞ!」


「じゃあ、開き直りついでに言わせていただくと、兄さん、『通転核』の商人にしてはあまりにも素直すぎます。心の中で思ってることが全部顔に出ちゃうんですから。番頭の忠兵衛さんから聞きましたよ。この前も大事な取引先で、相手側に翻弄されて危うく不利な商売させられるところだったそうじゃないですか。兄さん、お願いですからもう少し腹芸ができるようになってくださいよ」


「よ、余計な御世話なんじゃ! ったく、じいやの奴、なんで連夜に『密告して(チクって)』んねん」


「晶子さんも心配してましたよ。『兄がいつまでたっても子供のまま成長しようとしないので困ってます』って」


「やかましいわいっ! 誰が子供なんじゃい! ちゃんと生えてるとこも生えて大人になったわい。いまここで見せたろかっ!?」


「ちょ、兄さん、何を出そうとしているんですか!?」


「決まっとるやないかい。わいの自慢のツーハンデッドソードをやな・・って、ひぎゃん!」


 やけくそになった酒井は『キモノ』の裾をはしょり、とんでもないものを出して公開しようとしたが、背後から近寄ってきた人物による容赦ない股間へのトゥキック(爪先蹴り)によって敢無く撃沈。

 股間を抑えたまま地面の上を転がり続ける酒井に対し、襲撃者は更なる追撃を開始する。


「そういうところが『子供』やというとるんです。兄上」


「あ、晶子、おまえ、俺を女の子にするつもりか!?」


「もういっそ『女』になってしまえばええんですわ。『ノリ○』って改名されてもよろしいんとちゃいますか?」


「あほなこと言うな! 絶対にいやじゃボケェッ! ってか、その名前はイロイロとヤバいっちゅ~ねん!」


「どうせ、使うことないんやからいいやないですか。初恋の相手に告白して撃沈されて以来、連戦連敗。見合い相手に片っ端から振られ続け、商売女からも相手にされず、これと思って声をかけた女性達からは友達扱いしかされない。今、何人目でしたっけ?」


「うわああああ、いわんといてくれぇっ! それ以上言うのはやめてくれぇっ!」


 容赦ない口撃の前に、酒井の心のヒットポイントは限りなくゼロに近い数値となっていた。

 子供のように体を丸めていじけだす酒井の姿を見て、ようやく留飲が下がったのか、襲撃者は物騒な気配を引っ込めて連夜達のほうへと向き直った。


「すいません、いつもいつも愚兄がご迷惑をおかけしまして。愚兄に代わって謝罪させていただきます」


 そう言ってぺこりと頭を下げるのは酒井と同じ鉄鼠族の女性。と、いっても小さな酒井よりもさらに小さい姿をしており、薄い桃の柄が入った女性用の『キモノ』がよく似合う可愛らしい姿。茶色い毛並みの兄と違い、手入れの行きとどいた美しい白い毛並みに、くりくりとした赤い瞳が印象的。

 彼女の名は酒井(さかい) 晶子(あきこ)。酒井 法宗の妹である。


「ああ、いいですよ晶子さん。ってか、それ以上兄さんを責めないであげてください。流石にかわいそうです」


「いえ、ここはきっちり教育しておかへんと、またつけあがるので気にせぇへんとってください」


「気にしないでといわれても気になるんですが」


 可愛らしい容姿とは裏腹に毒舌全開で実の兄を嬲り続ける晶子に対し、流石の連夜も待ったをかける。これから本番というところで水を差された晶子はかなり不満そうな表情を表に出していたが、連夜の困り果てた表情を見て矛を収めることを決める。


「しゃあないですね。連夜さんにそう言われたら、私もそれ以上はよういいませんわ。よかったですね、兄上。連夜さんに助けてもらって」


「全然、ええことあらへんわっ! おまっ、実の兄に対して容赦なさすぎるやろっ!?」


「まぁまぁ、兄さん。晶子さんも悪気があってやったわけじゃないですし」


「そうやなぁ。確かに金的くらったくらいでわいも大人げない反応やったわ。いやあ、まいったまいった・・・って、なんでやねんっ! 男やったら誰でも怒るっちゅ~ねんっ! そもそも男に対して金的って、完全に悪意ありまくりやないかい! それで許してしまうて、どんだけわいの心広いねん。おかしいやろっ!?」


「あっはっは、確かに」


「笑うなっ!」


「いや、『おかしいやろっ』って兄さんが言うから」


「ちゃうやんっ。そういう意味やないやん。『面白い』っていう意味の『おかしい』とちゃうねん」


「そっかそっか、あれですね。つまり兄さんの頭が『おかしい』っていう意味ですよね」


「そうそう。そうやねん。最近すっかりボケてしまってあかんわ・・・って、誰の頭が『おかしい』っちゅ~ねん!? ボケてないわっ! いつも冴えてるっちゅ~ねん。めちゃめちゃ冴えてっちゅ~ねん。絶好調やっちゅ~ねん」


「確かに兄さんの『ツッコミ』はいつになく冴えていますね。うんうん、絶好調だ」


「いやあ、そう言われるとほんま、照れるわぁ。わいも『通転核』人やからな。『ボケ』と『ツッコミ』は標準装備でいつも絶好調・・・って、今度はそっちに流れるの!? そろそろ、終わりかなと思ってたのにまだ引っ張るんかいっ! どこまで『ツッコミ』続けたらええねん!?」


「じゃあ、晶子さん、そういうことですので、これ以降のカミオとの交渉はあなたにお任せします」


「委細承知ですわ。兄上は全部顔に出てしまいますからね。真相を知った今となっては、いつ襤褸を出してもおかしくありまへんから。後のことは私が責任をもって対処させていただきますよって」


「って、なんかわいのこと放っておいて、話が勝手に進んでるぅっ!」


「すいません、途中から交代なんて中途半端な役割を振ってしまって」


「いえいえ、そんなことあらしまへんで。兄上は金の流れをいち早く掴んだり、商品の良しあしを見極める技術は一流なんやけど、対人交渉はほんまいつまでたってもド三流やから」


「それだけ兄さんが素直な性格の持ち主ってことなんでしょうけど。まぁ、『酒井商会』には北方諸都市有数の一級交渉人である晶子さんがいるわけですし、別に無理して修行しなくてもいいのかもしれませんけど」


「そうですね。どうせ、修行するだけ無駄やろうし」


「めっちゃ、ディスられてる。話からハブられているだけじゃのうて、なんか、わいのことめちゃめちゃディスられてるでぇっ!? ちょっ、おまえらええ加減にせぇよ。本人がいるところで、そういうことをやなぁ」


「はいはい。では若旦那は、このじいやと一緒にいきましょか。若旦那のここでのお仕事はもうおしまいでございますよって。次の仕事が待っておりますから、さっさと移動しましょう。さぁさぁ」


「ちょっ、お、押すな、じいや! まだ、連夜に言いたいことがあるんやっ! だいたい、こいつはいつもいつも『人』を強引に巻き込んでおいて、詳細な説明を全然してくれへんねん。おかしいやろっ!? わいのこと『信用』してるっていいながら、ほんまはちっとも『信用』しては・・・」


「兄上。お腹の中に今入ってるその言葉を一言でも口にしたら・・・蹴りあげるだけじゃなくて、完全にもぎますから」


「すいません、言いすぎました」


 怒りに任せて怒鳴り散らしていた法宗であったが、妹の極寒を思わせる冷たい言葉と視線にみるみる戦意喪失。しょぼんと肩を落とした彼を、じいやがそっといずこかへと連れ出して行く。哀愁漂う鉄鼠族の青年の背中をなんとも言えない表情で見送った後、連夜と晶子は苦笑をかわしあう。


「悪く思わんといてくださいね、連夜さん。あんなんでも、繊細なところがある人なんです。連夜さんのこと本気で信用してないわけやないんですけど、どうにも『人』の心の機微に疎いところがあるというか」


「わかってますよ、晶子さん。これでも兄さんとは十年以上の付き合いがあるんです。兄さんはどこまでも真っ直ぐで裏表のない性格ですから、今回のことがどうしても腑に落ちなかったでしょう。作戦の成功率を高める為とはいえ、騙した僕に全面的に非があります。悪く思うなんてありえませんよ。むしろ僕のほうこそ申し訳ないと思ってます」


 二人の顔に浮かんでいる苦笑が一層深くなる。だが、すぐにその表情は消え失せ、真剣なものへと変わる。先程まで漂っていた緩い空気は消え失せ、代わりにピーンと張り詰めた何かがその場を支配する。


「さて、では予定通り作戦を開始したいと思います。晶子さんは、兄さんと交代でそのまま『アルカディア』内部の会議室へ」


「ええ、わかってます。兄上の代わりにあの奸賊をしっかり足止めしてやりますよって」


「お願いします。代わりに兄さんには『アルカディア』の物資を持ってこのまま『通転核』に帰っていただきますから」


「はい、よろしうお願いいたします」


「そういうことだから、ツノジイ、用意はいいかな?」


「わかっとる。準備は万端じゃい。早速積み荷を載せるとしようかのう」


 西域竜人(ドラコニアン)族の老師範の顔に浮かび上がるのは凄味のある不敵な笑み。

 彼はそのまま連夜達に背を向けると、夜の闇の中に向かってゆっくりと片手をあげて見せた。ほんのわずかの間、連夜達のいる場所に静寂が訪れる。しかし、その静寂は本当にわずかな間でしかなかった。

 すぐその後に、何かが軋むような鈍い音が鳴り響く。音だけではない。闇を切り裂くように縦へと延びた光が、ゆっくりと横へと広がっていく。


「・・・ゲートが」


 音と光の正体を悟った誰かの声がポツリと漏れる。

 その声に吊られるように、その場にいる者達のほとんどが一斉に光のあるほうへと視線を向ける。

 そこは城砦都市『アルカディア』の城壁。全高ニ十メトルを軽く越える巨大な壁の一部が開き、中から光が溢れ出している。『外区』と都市内を隔てる城壁の門が開いたのだ。

 夜の闇に慣れてしまっていたせいで、都市内から放たれる光の奔流にすぐに目が慣れるということはなかった。だから、光の向こうで何が起こっているのか、視認することができない。だが、彼らの耳にはある音が聞こえてくる。ゲートが開く音ではない。聞こえてくるのは、たくさんの人達が移動しているとすぐにわかるほど大多数の足音。

 やがて目が慣れてきた彼らは、目の前で繰り広げられている光景に絶句する。

 作業が行われている。ゲート前に集まったたくさんの人達の手によって、今、ある作業が急ピッチで行われているのだ。

 作業に関わっている人達のほとんどが、『アルカディア』の正規兵と思われる者達であったが、中には民間人らしき人影や、傭兵やハンターといった者達の姿も見受けられる。


「これはいったいどうなってるんだ?」


 その場に集まった者達を代表するかのように、クリスが疑問を口にする。疑問を投げかけた相手は勿論、言うまでもない。合図を送ったオイギンス同様に、驚くことなく作業を見守っている一人の人間族の少年に対してだ。

 クリスの戦友であり、今回の作戦の立案者でもある人間族の少年は、クリスのほうに視線だけを向けて口を開いた。


「難しいことじゃない。この都市で交換する予定だった『アルカディア』の商品を別の場所で交換するってだけのこと」


「別の場所? って、待て待て。交換といっても、そもそもこちらが持ってきた物資はカミオの奴に全部強奪さ(うばわ)れてないわけだし・・・」


強奪さ(うばわ)れてないよ」


『・・・はぁっ!?』


 連夜の不可思議な返答に対し、大多数のものが一斉に不信の声をあげ、そして、玉藻やオイギンスといった事情を知る少数の者達がくすくすと笑いを洩らす。自分の発言で表情を一喜一憂している仲間達に、連夜はあらためて事情を説明するのだった。

 そう。嶺斬泊から運んでくるはずだった物資はカミオに奪われていなかったのだ。

 予めカミオの動きを予想していた連夜は、母親にある作戦実行の許可を求めた。『アルカディア』に出発するその直前に物資を偽物と入れ替えるという作戦を。作戦の立案に大きく関わり、今回の作戦の総責任者の一人でもある中央庁特殊省、通称『機関』の長官ドナ・スクナーは、この申し出に当初渋い顔をしていた。

 それもそのはず。連夜の作戦を受け入れてしまった場合、カミオを出し抜くことはできるだろうが、交易そのものが成り立たない。なんせ持って行くのが偽物になってしまうからだ。南方産の物資を受け取る為には、こちらから北方産の、そして、当然本物の物資を持っていかなくては話にならない。

 ブツブツ交換になるにしろ、適正価格での購入になるにしろ、『アルカディア』は『アルカディア』でこちらの物資を待ちわびているはずなのだ。条件を明示しなくても、交易再開にあたってそれくらいは当たり前の条件となるだろう。

 しかも、カミオが必ずこちらの物資を強奪するとは限らないのだ。場合によっては『アルカディア』では何もせず、そのまま通り抜けて逃走することも考えられる。その場合、この作戦は全くの無駄。むしろ時間を消費するだけとなってしまうのだ。それに、こちらの思惑通りカミオが物資を強奪したとしても、結局、その場での交易は不可能。

 ドナはそのことを冷静に連夜に指摘した。しかし、連夜は『はい、そうですね』とは首を縦には振らなかった。

 交易に関することについては別案を用意していたのだ。

 それは、交易路中間地点での折り返し交易作戦である。

 まず、最初の交易路再開先行部隊は作戦通りに偽物資を運ぶ。その際、その偽物資を運んでいるトレーラーとは別に、できるだけ多くのダミートレーラーを『アルカディア』まで運ぶ。作戦に参加する人員や騎獣に対する食糧、もしもの場合の医療品やキャンプ用品といった様々な日常雑貨を積載したトレーラー、というのがダミートレーラーの名目。だが、その中にはそれらの荷物をほとんど積載しない。勿論、万が一を考えて必要最低限の食料や医療品は持っていくが、それらを積載するトレーラーはごく一部。

 残りのほとんどはコンテナの中身が空っぽのトレーラーばかり。

 いったい、そんなものをどうするというのか?

 それは『アルカディア』の物資を『嶺斬泊』へと運ぶ為のもの。


「いやいやいや、ちょっと待て。その作戦は土台となる部分がおかしい。そもそも、『アルカディア』で万能薬の素材を始めとする物資を手に入れる為には、南方で不足しているはずの北方側の万能薬の素材が必要となるはず。それらを持っていかなきゃ、『アルカディア』側が素直に物資を渡すわけがないんじゃ・・・」


「いや、だから、さっき言ったでしょ。それらの物資を別の場所で交換するんだよ。『嶺斬泊』側からも物資を運び、『アルカディア』側にも物資を運んでもらう」


「おいおい。さっきから曖昧だったキナ臭い匂いが徐々にはっきりしてきたって感じなんだが。念の為に聞いておくけど、まさか、おまえ、両陣営の交換場所を両都市からちょうどど真ん中にあるキャンプ地にしたって言うんじゃないだろうな」


「流石、我が戦友クリス。わかってるぅ」


「マジかぁっ!? おまえ『外区』で交換するっていうのか? 確かに交易路は『害獣』の活動範囲から外れている。だけどな、原生生物は別だ。いつ危険な原生生物が襲ってくるかわからない場所なんだぞ!? そんなことおまえだってわかってるだろ?」


 あっけらかんと言い放つ連夜に対し、クリスは文字通り頭を抱えてその場に蹲る。

 そう、連夜の立てた作戦とは、『嶺斬泊』、『アルカディア』両陣営がそれぞれ物資を運びだし、両都市を繋ぐ交易路のちょうど真ん中の地点にあるキャンプ地で交換するというものである。


「百歩譲ってこっちから運ぶのはいいとしても、キャンプ地に到着した後、結局、誰かがそのことを伝えに『嶺斬泊』に走らなきゃいけなくなるんじゃないのか? それだったら『嶺斬泊』までもどっても一緒なんじゃないのか?」


「ううん。その必要はないよ。『嶺斬泊』からは既に第二陣が出発してるはず。それも今回運ぶはずだった北方諸都市の物資全てを積載したド本命の運搬部隊がね」


「え? じゃ、じゃあ、俺達は最初からカミオを釣り出す為に仕組まれた囮部隊だったってか?」


「だからそう言ってるじゃん。ついでに『アルカディア』の都市民の皆さまに『交易路は安全になりましたよ』っていう宣伝部隊を送りこむという使命もあったけどね。その証拠にほら、今回ロム達がついてきてないし、姫子ちゃんのところの御側衆もついてきていない」


「スカサハやねこまりも族の連中もいないってことは、みんな、第二陣に配置されているってことか」


「全員じゃないけどね。一部のメンバーは、交易路の安全を確保する為に、街道沿いに一定間隔で待機、警備しているよ。森から彷徨い出てくる危険な原生生物を撃退あるいは排除するためにね。ちなみに『アルカディア』側は、『葛柳会』に警備を頼んでいるからこっちの心配はいらないよ。ミッキーや、姫子ちゃんの弟の晃児達が出張って指揮を執っているからね」


「あのなぁ、連夜。酒井のあんちゃんも言っていたけどよ。そういう大事なことは、予め俺達に説明しておけよ」


 脱力感が半端ない感じで呻くクリスの言葉に、周囲の者達は一斉に同意の頷きをして見せる。


「だから、兄さんにも言ったじゃない。『敵を騙すにはまず味方から』って。どこでこの話が漏れるかわからないからね。ギリギリまで隠しておきたかったんだよ」


「俺達がそんな重大事を誰かに話す可能性があるっておまえは思っていたのか?」


「そうじゃないよ。クリス達が口を滑らせるとは思ってないさ。しかしね、『人』って結構、態度や行動だけでも何かしらの異変を感じ取ることができる生き物なんだよね。肝心な言葉を口にしなくても、少しでも余裕があるとみられる態度、あるいは失敗したように見えても実は別の作戦の為の布石というような行動をとってしまうと、騙したい相手に気がつかれてしまう可能性があったからなんだ」


 最初から知っていなければとても男には見えないかわいらしい顔をふくれっ面にしてみせる戦友に対し、連夜は苦笑を浮かべながらも真剣な光を宿した瞳で彼を見つめる。


「それにさ、僕の側の作戦隊長である君は、よくも悪くも目立ちすぎているんだよ。一族を滅ぼした憎き『貴族』クラスの『害獣』を倒し見事仇を討った妖精族の小さな『英雄』。その英雄譚は北方だけにとどまらず、それこそ世界中へと広まっている。君の動向をカミオが注意していないとはとても考えられない。そのことはクリス、君の方がよくわかってるはずだよ」


 そう言って連夜が指さして見せるのは、クリスの後ろに立ついくつもの人の姿。そこに立つのは、クリス自身をスカウトすべく、それこそ世界中から集まってきた名士達。クリスは、振り返って彼らの姿を無言で見詰めた後、ため息を吐き出して肩を落とす。


「だからなのか。だから、俺達に一番派手に動くように命じたんだな。おかしいとは思っていたんだよ。隠密行動を好むおまえが、今日に限って『場合によっては危険を排除せよ』だからな。いつものおまえなら余程のことがない限り、こちらから討って出るような作戦はしないはず。奴隷商人や犯罪者が相手の場合はその限りではないが、その場合、むしろおまえは絶対に先頭に立ち、一番危ないところを受け持とうとするだろうしな。あ~あ、そういうことか。まんまと乗せられたぜ。ってことは、大治郎さんに森の中にいる大物を狩らせているのもそういうことか。あの『人』は俺以上に目立つ存在だから、派手に暴れれば暴れるだけ、カミオの目を欺くことができるって寸法だ」


 くりくりと可愛らしい目に、全然似合っていない険呑な光が宿る。それをギラリと光らせて連夜を睨みつけると、彼はその推測を肯定するように苦笑交じりに肩をすくめてみせた。


「やっぱそうか。くそったれが。まんまと騙されたぜ」


「そう怒らないでよ。クリス達が必死に危険を排除してくれたおかげで、カミオは完全に僕の術中に嵌ってくれたんだから。もし、クリス達が危険を積極的に排除しようとせずに必要最低限で済ましていたら、カミオはまず間違いなく不審に思ったはずだよ。『ひょっとして、今回の『アルカディア』への決死行は試験的なもので、本格的な交易再開を目指してのものではないのか?』ってね。そうなったら、カミオは運ばれている物資にも疑問を持ったかもしれない。その場合配下の者に物資の確認をさせるかもしれない。そして、なし崩し的に今回の計画そのものが全て暴かれてしまうかもしれない。全て予測でしかないけれど、そういう予測ができてしまう状況が僕にはどうしても看過できなかったのさ。黙っていたことについてはほんとに悪かったと思う。すまなかった」


 連夜は道化のようなフザケタ気配を消し、真摯な表情で頭をぺこりと下げる。しばらくふくれっ面で拗ねたように横を向いていたクリスであったが、連夜が頭を下げているのを見ると慌てたように表情を元に戻して声をかける。


「も、もういいって。別にそこまで怒ってるわけじゃねぇから、頭を上げてくれよ。ほんとはな、頭では理解しているのさ。連夜の判断が正しかったってことがな。でもなぁ、なんというか。肝心な作戦の肝の部分を予め教えてもらえなかったことが悔しいんじゃないんだよなぁ。自分自身が今、必要以上に目立つ存在になってるってことを他でもないおまえに突き付けられたことがショックだったっていうか。・・・まぁ、いいやな。うまく、言えん。この話はこれで終いだ」


 苦笑の中に深い苦悩をにじませて言葉を紡ぎだしていたクリスであったが、やがて首を横に振ってこの話題を打ち切ることを宣言する。それに対し、連夜はかけがえのない戦友の肩をポンポンと軽く叩いて見せる。

 それが何を意味しているのか理解したクリスは、先程とは全く違う意味の笑みを連夜のほうへと向ける。

 戦友達は、言葉をだらだらと紡がなくても大事なことはお互い理解することができたのだった。

 再び溝が埋まる。


 ・・・が、しかし。


 別のところに溝ができてしまったりもしていたが。


「ちょ、れ、連夜くん! なんで男同士でそんなに見つめ合ってるの!? そして、あからさまに『わかりあってる』的な空気を出してるの!? ってか、出しまくってるの!?」


「クリス、連夜から離れて! 二人が仲好しなのは知ってるけど、いくらなんでも仲好し過ぎるでしょ!? バラなの? バラ的な間柄なの!? バン○ランとマラ○ヒなの!?」


「いやああああ! そんなのいやああああっ! 他の女に寝取られるのは嫌だけど、他の男に寝取られるのはもっと嫌よぉぉぉっ!」


「私だって、嫌です! マンガやアニメなら見てみたいけど、リアルはみたくないぃぃぃっ!」


「「落ち着け、二人とも」」


 半狂乱になって連夜とクリスをそれぞれ引き離す玉藻とアルテミス。それぞれのパートナーを抱きしめて、号泣しながら絶叫。二人の絶叫の内容があまりにもヒドイことに周囲の者達は唖然呆然。

 そんな中、とんでもない疑惑をかけられた二人は、顔を真っ赤にしながらそれぞれのパートナーにツッコミと共にチョップをくらわせる。


「恐ろしいことを口走るのはやめてくださいよ、玉藻さん。僕とクリスがそんな関係になるわけないでしょ」


「そうだそうだ。俺も連夜も巨乳好きの女好きなんだぞ。男の尻なんかみたくも触りたくもない」


「「で、でもぉ」」


「「『でもぉ』じゃないの!」」


 妙に不安げな表情で尚も言い募ろうとするパートナー達の反論を強引にねじ伏せた後、連夜とクリスは再び向かい合う。


「脱線しちゃったけど、とりあえず話を戻すね」


「おう。戻せ戻せ」


「いや、私達はまだ納得してないんだけど・・・」


「そうよそうよ。姐さんの言うとおり。二人の本当の関係について説明を要求します」


「はいはい。後でね。後で。話が進まないからそういう話は後回しでお願いします」


「「ぶ~ぶ~」」


「ブーイング飛ばしても駄目です。さて、今度こそ本当に話を元に戻してこれからの作戦内容とそれぞれの役割について説明するからよく聞いてね」


 しつこく食い下がってくる玉藻とアルテミスを尻目に、連夜はここに集合している仲間達に作戦の詳細について話し始める。

 誰がどこでどういった役割を果たすのか。各人が間違いを犯さないように、丁寧に説明を続ける。その後、それぞれに割り振った役割を何度か確認。皆が、きちんと理解していることを確信した連夜は、二度手を合わせて鳴らしミーティングの終了を告げた。

 そして。


「命を賭けろとは言わない。だけど、この作戦には決して少ないとはいえない、たくさんの人々の命がかかっていることだけは覚えておいてほしい。じゃあ、作戦を開始しようか」


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