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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
180/199

第五十話 『出発の刻』

 九月一日

 大部分の学生達が、一斉にため息を吐き出さずにはいられない日。

 いうまでもなく、一か月以上も続いた長く楽しい夏休みが終了し、学業が再開される日だからである。

 海に、山に、プールに遊園地。家族旅行に出かけた者もいれば、バイトに明け暮れたものもいる。意中の人と一夏の思い出作りをしたものもいれば、目標の大学に入学するために勉強したものいる。中には優秀な傭兵やハンターとなるためにと、『外区』での実戦込の危険な軍事訓練に参加したツワモノ達の姿もある。

 それぞれがそれぞれの夏休みを過ごし、再び退屈で平穏な日常へと戻っていく、その第一歩となる日。

 しかし、中にはそうならない者達もまた存在していた。


「二学期再開って言ってもなぁ。いまだに校舎なおってないし。いつになったら俺達の学校は再開できるのやら」


 なんとも言えない複雑な感情が入り乱れた少年の声が雲ひとつない青空に向かって解き放たれる。

 声の主は、顔だけ見れば美少女と勘違いしそうなほどかわいらしくも美しい深緑森妖精(ウッドエルフ)族の少年。彼の名はクリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルド。森林用の迷彩マントに、同じ迷彩色のレザーアーマーを全身に装備。腰の左右には小剣が一本ずつさしてある。

 彼はある場所に寝転がりどこまでも続く青い空を飽きることなく見つめ続けている。

 そして、そんな彼のかわいらしい顔を上から眺め続けている一人の少女の姿がある。

 白銀色の毛並みが美しい狼型獣人族。アルテミス・ヨルムンガルド。クリスの最愛の恋人であり、来年には結婚することが決まっている婚約者でもある。

 彼女はクリスの頭を自分の膝の上に乗せて枕とし、優しい手つきでその柔らかい髪を撫ぜ続ける。


「あの教頭が起こした事件はかなりひどいものだったものね。教頭に協力して悪事を働いていた教師や生徒達が一緒になって逮捕されたでしょう?」


「ああ、あれ、結局物凄い数になったんだろ? そのときあの場で逮捕されなかった奴も、結局、探し出されて軒並み捕まったって聞いているけど。ひょっとしてそんなにひどい状況なのか?」


「ドナ様に聞いた話だと、とてもじゃないが公表できる人数じゃないらしいわ。教師は全体の三分の二がなんらかの悪事を働いていたってことで免職処分で裁判待ち。生徒達も半分近くに上る者が教頭の手足となっていたらしくて退学処分の上、少年犯罪者収容所送りになってるらしいし」


「なんじゃそりゃ。ってことは何か? あの学校の正体は犯罪組織の中継基地かなんかだったってことか?」


「校舎地下に存在した『魔薬』の精製工場もあるし、それ以上に重要な場所だったんではないかしら」


「マジかよ。確か、うちの学校って北方諸都市でも屈指の進学校って話だったよな?」


「それは本当の話よ。少なくとも一年前、『アルカディア』との交易路が封鎖されるまではね。良識派で知られる校長が『アルカディア』から帰って来れなくなったことが確定してからおかしくなったの」


「あの見るからに人が好さそうな校長先生だろ? 姿をみないなと思っていたら『アルカディア』に行っていたのか?」


「ああ。南方の教育委員会の要請で特別講師として講演会をするために出張されていらっしゃったそうなのよ。ちょうどそのときに封鎖が決定されてね」


「わかった。つまり目の上のたんこぶがいなくなったもんだから、あの馬鹿教頭がうちの学校を自分が所属している犯罪組織の拠点に変えちまったってところか」


 意図したわけではないが二人は、同時に深いため息を吐きだす。

 いまさらといえばいまさらだが、思い返してみると確かにこの一年間、教師と生徒の入れ替わりが凄かった。

 気がつくのが遅すぎるといわれればそうなのだが、そもそもこの二人、あまり真面目に授業に出ないほうである。

 入学はしたものの、クリスは仇討を果たしてから抜け殻のようになっていて学校には来るものの、すぐにクラスを抜け出して屋上で青空を見て過ごす日々。そして、アルテミスはアルテミスでそんなクリスを心配して一緒に授業を抜けてしまう。

 そんな毎日を過ごしてきた二人であるから、学校内のことについてはあまり気にしていなかったというわけである。


「改めて考えると、ほんとえぐいことしてやがったんだなぁ」


「クリス。他人事のように言っているけど、完全に私達も無関係というわけではないのよ」


「へ? 俺達なんかされたっけ?」


 恋人の言葉が本気で理解できなかったクリスは、美少女顔をきょとんとさせて問い返す。そんな恋人のかわいらしい様子に口元が緩みそうになるアルテミスであったが、内容はとても笑えるものではないとすぐに表情を引き締める。


「私達は何もされてはいないわ。でも、連夜は違うでしょ」


「あっ!!」


 アルテミスが言いたかったことを完全に理解したクリスは短い叫び声を上げる。そして次の瞬間、表情を心底悔し気なものへと変える。


「確かに元々『人間』族は他の種族から差別されやすい種族なの。連夜をつけ狙っていた奴らの何割かは、そういった差別意識から手を出していたのかもしれない。だけど、毎日どころか一日何度もとなるといくらなんでも狙われすぎでしょう」


「教頭の奴が、連夜を自主退学にするために裏から手を回していたってことか?」


「いや、実際に手を回していたのは連夜のクラスの副委員長だったらしいわ。教頭とは親戚筋にあたるとかって話」


「親戚ってことは結局根っこは同じってことだろうが。ったく、気がつかない俺も俺だけどよ。そういうことなら、連夜の奴も早く俺に言えよな」


「巻き込みたくなかったんでしょう。連夜もそう言っていたじゃない」


「水くさいっつ~んだよ」


「まあ、学校内でのことはもう終わったこと。あとの処理はドナ様達が始末をつけてくださるでしょう。それよりも、クリス。連夜を守るということなら、今日からが本番よ」


「ああ、わかってるって。気合は十分だぜ」


 アルテミスの言葉に軽く頷いて見せた後、クリスは心地よい膝枕から頭を離し、軽やかにその場に立って見せる。

 そして、いつにない真剣な表情で周囲へと視線を走らせる。

 彼の視線の先には、物凄い数の大型『馬車』用のトレーラーと、それを牽引するために集められた様々な騎獣達の群れ。そして、それを取り囲むようにして存在するのは、千人をゆうに越える完全武装した戦士達の姿。


「今から戦争しに行くっていっても通じそうな文字どおりの『軍勢』だな」


「笑い事じゃないわ、クリス。本当に『戦争』にはなるかもしれないんだから。『対人』ではなく『対獣』ではあるけど」


「へっ。知ったこっちゃねぇな。俺の目的は連夜を無事に『アルカディア』に連れていく。それだけだ。他の奴は、他の奴でなんとかするだろ」


 アルテミスの忠告もどこ吹く風と言わんばかりに、クリスは眼下に広がる光景を面白そうに眺め続ける。

 よい眺めであった。まさに壮観。

 それはそうだ。城砦都市『嶺斬泊』南ゲートに集まったあまたの大型トレーラーの中でも最も大きく高いトレーラーの上に立ち、眼下に広がる光景を見降ろしているのだから。


「しかしまぁ、よくこれだけ集まったもんだぜ。『嶺斬泊(りょうざんぱく)』の中央庁正規軍や、この都市に所属している傭兵やハンター達はともかくとして、他の都市からも結構な数が集まってきてるよな。それも見ただけでどこのどいつってわかるくらいの有名人達がごろごろしていやがる」


「北から『ストーンタワー』ナンバーワン傭兵集団である重装甲傭兵旅団『トールハンマー』、西からは『通転核』が誇る大陸三大武装交易旅団の一つ『義元真鬼撃』、そして南西『ゴールデンハーベスト』の中央庁が抱える正規軍の中でも最も優秀で電撃戦については他の追随を許さないと言われる特殊猟兵中隊『ノーノイズノーデンス』」


「そして、うちからはベルンハルトのおっさんが率いる『白光のカーテン』か。他にも個人レベルで有名な戦士が何十人と参加しているよな」


「『嶺斬泊』の中央庁からも正規軍が出撃してきているし、規模だけなら本当にどこかの都市に攻撃を仕掛ける為といわれても納得しそうな人数ね」


「ほんと人数だけは立派なもんだよ」


「他でもない『神秘薬(アメージングアクア)』と『特効薬(バイオセイバー)』がかかってるからね。『嶺斬泊(りょうざんぱく)』以外の都市では、すでに予備の薬も使い尽され全くないと聞いている。いくら『嶺斬泊(りょうざんぱく)』が北方最大の交易都市とはいえ、ここだけに任せておけなかったんでしょうね」


「まあ、気持はわからんでもないさ。ここの中央庁にこれだけの重大事を投げっぱなしにするってのは確かにヤバいからな」


 クリスの眼下では、兵士達が今も忙しそうに出発の準備を進めている。一見、どの兵士達も同じような熱意の元に動いているように見える。だが、上からじっと彼らを観察しているクリスの目からすれば、全部が全部そうではないことが丸わかりであった。

 死地に赴くことを想定し、或る程度の緊張を張り巡らせながら準備を進めている兵士達の姿がある一方で、明らかに気が抜けた状態で荷物を運んでいる兵士達の姿も見受けられる。

 中にはトレーラーの影で、煙草を吸ったり、雑談したり。それどころか異性の兵士に声をかけナンパまがいのことをしている者さえ存在しているのが見て取れる。


「ほんと、うちの中央庁は腐ってやがる。どこがエリート集団なんだか。呆れてものもいえねぇよ」


 なんとも言えない苦渋の表情でクリスは首をゆっくりと横に振る。そう、さぼっている兵士達のほとんどが中央庁の正規軍の兵士だったのだ。それとは対照的に他の都市からやってきた戦士達に、そういった浮ついた様子は見られない。みな、殺気だった様子できびきびと準備を進めており、時折、怒号じみた激励の声さえ聞こえてくるほどである。

 勿論、中には『嶺斬泊(りょうざんぱく)』の正規兵同様にさぼっている兵士の姿が見えないわけではない。しかし、すぐに別の同僚がそれを見つけて注意を促し、一定以上に士気が落ちることを事前に防いでいる。

 不幸中の幸いというべきか、今回の作戦の柱となる傭兵旅団『白光のカーテン』の戦士達にだらけた様子はみられない。

 『白光のカーテン』は今回の作戦に関わる数々の戦士集団の中でも最も多い戦力を保持しており、その総数は全体の実に三割を占める。

 元々『白光のカーテン』は、複数の大きな獣人部族がそのまま一つに固まって一つの戦闘集団となった異色の武装交通旅団である。そのため、通常はそれぞれの獣人の部族毎に分かれて行動している。

 たとえば情報収集に長けた狐型獣人族を中心とした斥候部隊。防衛能力に長けた犬狼型獣人族を中心とした防衛部隊。救助や支援能力に特化したイタチやビーバーといった特殊獣人族を中心とする支援部隊。そして、単体での攻撃力に特化し『害獣』や原生生物を狩ることをメインの仕事とする虎や熊型獣人族を中心とした狩猟部隊。

 そして、最も重要であり交通武装旅団の核となるのが、上記の専門部隊が安全を確保した後に速やかに客や荷物を目的地へと運ぶ運搬部隊である。この部隊は唯一他の部隊と違い雑多な獣人族によって構成されていることが特徴。同じ獣人とはいえ、みな違う部族からやってきているだけにチームワークが他の部隊よりも取りにくくなっているが、それだけに集められているメンバーは皆各部族のエリート揃い。

 それだけの大人数で行動しているだけあって、客や荷物を安全に運ぶことに関しては北方諸都市の中でも屈指の交通旅団として名を馳せている。

 その実績を受けて、城砦都市『嶺斬泊(りょうざんぱく)』きって。いや、北方諸都市最大のこの重要ミッションに選ばれたということであろう。


「まぁ、あそこはベルンハルトのおっさんだけじゃなくて、『重磁剣(じゅうじけん)』のカルツや『百眼狐(ハンドレッドアイ)』のフランソワもいるから心配はいらねぇだろ。しかし、思った以上に正規軍はひでぇな。ドナさんが強引に『白光のカーテン』を主力護衛部隊に変更させた理由が嫌って言うほどわかったぜ」


「そうね。特に他都市から来てる精鋭戦士達と比較すると粗の目立ち具合が尋常じゃない。可能性はほとんどないとはいえ、本当に『貴族』クラス以上の『害獣』が攻めてきたとして、あんなのでこの都市を守りきれるのかしら?」


「守るどころか誰よりも真っ先に逃げ出すだろうよ。まぁ、いいさ。どうせ、今回の主役は『白光のカーテン』だ」


「正規軍の連中は中央庁の面子を守るためだけに出撃してるだけらしいし」


「これだけの公的作戦に民間兵士だけを投入というのはあまりにも恰好がつかないから一応数十人だけな。別にいなくても全然構わんし、『白光のカーテン』だって、ぶっちゃけていえば最悪の事態を想定しての配置だ」


 軽い口調とは裏腹に、緊張感あふれる厳しい表情となったクリスは顔を上げる。そして、その視線をトレーラーが密集する価値から南方へと移動させる。そこに広がっているのは広大な森。見渡す限り、緑一色。

 『害獣』が支配し、危険な原生生物達が闊歩する文字通りの魔境。

 『死の森』

 厳しい表情を崩さぬままに、静かにそこを睨みつける。


「たった二週間足らずだったが、集められるだけの情報は集めた。どうしても野放しにしておけない特級危険生物に対しては、この都市でも最強の戦力を向かわせている。俺の予想では少なくとも二日以内にそれらについては討伐されるはず。他にも危険生物はいるが、街道から外れさえしなければ道中にほとんど危険はない。つまりここに集まった連中が変な色気を出さずに粛々と南に向かってくれれば、何の問題もなく『アルカディア』に到達できるって寸法だ」


 呟くように淡々とクリスは言葉を口から紡ぎだしていく。

 しかし、その声音の中に自らが紡ぎだした言葉に対する信頼は微塵も存在していなかった。

 クリスは一つ大きなため息を吐きだすと、自嘲じみた笑みを浮かべて下を向く。


「なぁ~んて、物事がなんでも予定通りに進んでくれるわけないよな。ただでさえ、この世界は俺達に優しくないのによ。中央庁の『役人』達はほとんど役にたたねぇし、他に誰かこの厄介事を受け持ってくれるわけもないし。結局、俺達でこの大名行列のフォローするしかねぇよなぁ」


 言うまでもなく今日、クリスがここに来ている理由は、『アルカディア』方面に向かうこの大軍勢のフォローの為である。

 それも護衛としてこの行列にひっついて行くわけではない。クリス達に与えられた任務は、この大行列を目的地である城砦都市『アルカディア』に無傷で安全に到達させること。

 そう無傷で、しかも安全にだ。

 無傷だけではだめなのだ。

 今回のこの大名行列には、たくさんのVIP達が参加している。芸能界、政界、財界の大物たち。いや、それもこの都市だけの面子ではない。他の都市からも重要人物達が参加しているのである。その彼らに対し、封鎖を解かれた交易路が安全であることを見せなくてはならない。

 この二週間、クリス達は必死に働いてきた。

 いや、クリスだけではない。たくさんの有志達が文字通り命をかけてこの交易路の安全を確保するためにあらゆる整備、調整を行ってきたのである。

 そして、最後の仕上げの日、まさしくそれが今日だ。

 失敗は許されない。

 その為に、今日もこの一大イベントの裏側ではたくさんの人達が文字通り死力を尽くして頑張っている。

 そして、クリスもまた。


「俺達もぼちぼち行くかな」


 実は連夜から依頼された仕事に関して言えば、昨日を持って終了となっている。クリス達に与えられた仕事の依頼内容はあくまでも『死の森』の中の情報収集だけ。途中いろいろと邪魔をされたりといったこともあったが、無事任務を達成し、直接の依頼主である連夜と、その大本である彼の両親に集めた情報の全てを渡し終えている。

 それと同時に報酬も受け取っているし、これ以上何かをしなくてはならない義務はない。

 だが、彼らの依頼主である連夜は違う。クリス達が集めた情報を元に、これから本番に挑まなくてはならないのだ。

 交易路を通過している最中『アルカディア』へと向かう行列が、危険に巻き込まれないよう影から支援し続けないといけないのだ。

 『嶺斬泊』が誇る最強戦力の一つであり連夜の兄 大治郎が所属する傭兵集団『暁の旅団』は、今回最も危険視されている特級危険原生生物『三つ目石化蜥蜴(トライアイバジリスク)』の討伐するため街道の南へ。アルテミスの両親である『狼王』ロボと『白狼妃』ブランカは一族の戦士達を連れて、集団で暴走する恐れがある『巨大水牛(タイタンバッファロー)』の群れを西へと誘導するために森の奥深くへ。そして、中央庁特殊省庁『機関』の中でも最も隠密行動に秀でた特別諜報員『鳶影(とびかげ)』と彼に率いられた隠密部隊『影の軍団』は、森の中を闊歩する『害獣』達の動向に目を光らせるため森のあちこちへと散って今も監視活動を続けている。

 他にも様々なエキスパート達が行列の安全を確保するために出撃し、影の中で死闘を繰り広げている。

 勿論、その中にはクリスの親友である連夜の姿もある。

 一年にもわたり『アルカディア』へ続く交易路は封鎖され続けてきた。その封鎖を解く切っ掛けを作ったのは他ならぬ連夜だからだ。いや、正確に言えば彼の姉ミネルヴァが犯した不始末を片付けようとしたことが原因であるから、どちらかといえば巻き込まれたといっても過言ではない。

 しかし、関わったことにかわりはない。それもかなり深い位置でだ。両親は彼がこれ以上この件に関わることを止めようとしたらしい。いや、両親だけでなく、血の繋がった、あるいは血の繋がらぬ兄弟姉妹、その他、彼の家族といえる者達総出で彼を説得しにかかったらしいが、結局彼は止まらなかった。それどころか中央庁のトップである母や、その母に仕える血の繋がらぬ姉、そして、政界や財界にパイプを持つ父の目を全てかいくぐって、いつのまにか計画の中心に陣取ってしまったのである。

 もうこうなってしまっては誰にも彼を止めることはできない。

 それでも彼を愛する家族達は、なんとかこの事件の中心から彼を遠ざけようとあれこれ画策していたようだが、結局今日という日を迎えてしまった。

 彼は両親を説得し、中央庁からの特使という役割をゲットしていた。しかも、行列の一番先頭を走り危険を除去する梅雨払いの役目をだ。

 よりにもよって一番危険な位置に自らを配置したのだ。

 流石の家族達もこれには頭を抱えた。今回の計画の総責任者の一人である母をも出し抜いて、自らの配置を設定していたのだった。

 こうなってしまっては何もかも手遅れである。『すいません、その人事は間違いです』といえる状況ではなくなっていたのだから。

 が、しかし。その一方で出し抜かれなかった者もいる。

 他ならぬクリスだ。

 彼は連夜がこのまま大人しく『嶺斬泊』に留まるとは露ほども考えなかった。間違いなく行列についていくだろう。しかも一番危険な場所にその身を晒すだろう。

 確たる証拠があったわけではない。

 完全に勘である。

 だが、自分の勘に絶対の自信があった。伊達に義兄弟の契りを結んだわけではない。長いというほど長い付き合いではないが、命を預けて死線を潜り抜けた数は、下手な傭兵旅団の仲間同士よりも多いと自負している。

 だからこそわかった。理屈ではなくわかった。なので、彼もまた画策した。連夜を守るために。

 昨日、最後の情報をわたし、報酬を受け取って彼の元を去った後、クリスはすぐに自分の策を実行に移した。

 自分と同じく連夜を『友』する者達全てに召集をかけたのである。

 そして、今日、彼らは連夜の元へと集まった。クリスの召集に対し、一人として断った者はいない。

 朝早くやってきて誰よりも早く出発の準備を開始しようとしていた連夜は、クリス達の姿を見て驚いた。

 しかし、驚きの表情は長くは続かなかった。すぐにそれは怒りのそれへと変わり口を開こうとする。だが、彼の口からクリス達を否定する言葉は出てこなかった。

 その場に集まった者達の目を一人一人確認した連夜は、大きなため息を一つ吐きだして、結局彼らを受け入れた。

 連夜は、感謝の言葉を口にした後、時間を無駄にすることなくすぐに今後の行動について説明を開始。

 指示を受けた者達はそれぞれ十二人前後の小隊を組み、それぞれの目的の為にこの場を去って行った。

 しかし、この場に残った者達もいる。

 クリスを始めとする連夜と特に親しい立場にいる者達だ。彼らの目的はただ一つ。


「俺達が連夜を守る」


 固い決意を示すように、クリスは小さいがはっきりとした言葉を声に出して紡ぎだす。そのかわいらしい瞳には、少女然としたかわいらしい姿には似合わぬ凛々しい光が宿っている。

 そんなクリスの姿を、すぐ傍に立ってうっとりと見つめ続けていたアルテミスであったが、彼が動き出すと慌ててその後について行こうと動き出した。

 二人の視線の先、行列の最前列近くに一つの影が見える。ニメトルを超える大型の狐らしき騎獣に乗ったガスマスク姿の怪しい人物の姿。彼らは動き出した先行部隊らしき一団とともに、この城壁前のキャンプ地から一足先に旅立とうとしている。

 遅れるわけには行かなかった。

 彼らこそクリス達が守らねばならぬ者なのだから。

 クリスとアルテミスは顔を見合わせてお互いの覚悟を確認し合うと、掛け声一つあげずにノーモーションでほぼ同時にトレーラーの屋根の上を猛ダッシュ。屋根を構成している特殊鋼板の上を力強く踏みしめ、素晴らしい足の運びで一気にスピードをあげていく。だが、風を切る音はしても屋根を踏みしめる音はさせない。

 見事なまでに気配を消したまま、屋根の端から迷うことなく二人同時に跳躍。そのまま、二人は少し低い位置にある牽引用に連れて来られた大型騎獣『一つ目象(サイクロマンモス)』の背中に着地。


「ごめんな」


「許してね」


 自分達が足場にした騎獣達に小さく謝罪の言葉を残しすぐにまた跳躍。今度はトレーラーが立ち並ぶすぐ横にある雑木林の中にふわりと着地。

 『ざんっ』という草が揺れる音がしたときには既に彼らの姿はない。

 木から木へ、トレーラーの影から影へ。そして、『死の森』の中へと風のような速さで消えていく二つの影。

 見事なまでの隠密走行術。

 千人近く集まった戦士達の中、いったいどれだけの人数が彼らの存在を感知することができたであろうか。

 それほどまでに見事としか言いようのない動きを二人はやってみせた。

 そして、そのまま彼らは、彼らが守るべき人物がいる場所へと走って行こうとする。

 だが、全ての戦士達を欺くことは出来なかった。いや、クリス達の動きに気がつくことができた彼らとて、余裕を持ってとらえたわけではない。

 クリス達がトレーラーから飛び降りる前から、二人を監視していたが故にかろうじてその動きを捉え、先回りすることに成功したのだ。

 街道からそれほどはなれてはいない森の中、クリス達の前を遮るように現れたのは複数の戦士達の姿。

 それも姿を隠すかのようにみな深い緑色のマントを身に纏い、ご丁寧にフードまでかぶって顔を隠している。

 二人は足を止めながらもそれぞれ武器を抜き放って油断なく戦闘態勢を整える。

 刺客かと思った。思い当たる節はいくつかある。犯罪組織『バベルの裏庭』や、連夜の姉ミネルヴァがリーダーとなっていた傭兵旅団『(エース)』。つい最近で言えば中央庁の交通省関係などなど。裏も表も狙われる理由が片手以上存在することを二人とも自覚している。

 しかし、二人はすぐに戦闘態勢を解くことにした。構えていた武器を鞘に、あるいは背中へと収納し少しだけ緊張を解く。だが、決して警戒は怠らない。或る程度目の前の戦士達の目的は予想できてはいたが、確認したわけではない。万が一ということもあるので、武器を収めたといっても手は離さないまま、相手の様子を窺う。

 本来なら、このまま相手の出方を待って対処したいところだが、あいにく今日は時間がない。

 クリスは自分達の進行を妨げるようにして出現した相手に対し、その真意を問いただすべく口を開こうとした。

 しかし、幸か不幸かそれよりも早くクリス達は相手の真意を知ることとなる。

 クリス達の目の前で一斉に片腕を胸の前に掲げて戦士の礼を示した後、彼らはフードを取ってその姿を現した。こげ茶と赤の中間色のような髪の色に尖った耳。『人』型種族の中でも整った容貌に褐色の肌。『陽光樹妖精(サンエルフ)』族。

 『妖精』族の中でも最も力を持ち最も人口が多いとされる『森妖精(エルフ)』族の中でも、特に肉体的能力に秀でた一族。

 全体的に華奢な体格の者が多い『森妖精(エルフ)』であるが、『陽光樹妖精(サンエルフ)』族は他の同族とは違い強靭な肉体を持つ者が多いとされている。

 その噂が真実であることを証明するかのように、クリス達の目の前に立つ戦士達もまた堂々たる体格ばかり。

 その中でも特に強い覇気を纏った戦士が一人、クリスの前へ進み出てくる。そして、深々と一礼しながら口を開いた。


「お急ぎのところを御邪魔する形になったことに対しまずは謝罪をいたします。誠に申し訳ありませんでした。我々は城砦都市『ゴールデンハーベスト』で傭兵稼業を営んでいる『虹橋の守護者』。私はその副代表を務めさせていただいておりますアシル・アベックと申します。失礼ながらクリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルド殿とお見受けいたします。少しの間で結構です。お話をするお時間を頂けないでしょうか」


 流れるように自己紹介する『陽光樹妖精(サンエルフ)』族の偉丈夫に対し、クリスとアルテミスは『ああ、やっぱりか』と何とも言えない脱力した表情を浮かべる。そして、続いて浮かぶのはあからさまにウンザリ感満載の表情。

 相手が次に何を言うのかわかってしまったクリスは、こめかみを押さえながらもなんとかこみ上げてくるいろいろな感情を抑え込む。

 そして、今度は相手が問いかけようとするよりも、それに対する答えを口にする。


「すまねぇけど、勧誘だったらお断りだ」


「えっ、いや、それは」


「俺は今世話になっている所から離れるつもりはねぇ。悪いな、折角来てもらったのに」


 あまりにもバッサリな返答に愕然とする『陽光樹妖精(サンエルフ)』族の偉丈夫。そう、彼はクリスの予想通り自分達の戦士団にクリスを勧誘するためにこの地を訪れていたのだ。

 クリスを恨み、命を狙う者達は確かに存在している。しかし、反面彼自身の力を欲する者達もまた存在している。いや、どちらかというと、彼を求める者達のほうが圧倒的に多い。

 自分自身にあまり自覚がないクリスであるが、彼の名は北方諸都市どころか南方にまで届いている。勿論、悪い意味でではない。

 一族を滅ぼした『貴族』クラスの『害獣』を追い、見事仇敵を討ち果たして本懐を遂げたという若き英雄。勿論、今までにも似たような話はいくつもあった。全『人』類の天敵である『害獣』に対し恨みを抱いている者はそこらじゅうにいるし、また、復讐の戦いを挑む者達もまた少なくない。

 しかし、『貴族』クラスの『害獣』を追い詰めて倒した者は、他に存在しない。

 一応、戦いの中心となり止めの一撃を入れたのは、連夜の兄である『獅子皇』大治郎であるし、そちらのほうが勇名としては名高い。だが、同時にその戦いの発端となったクリスのこともまた、世界に広く広まっているのである。

 『貴族』クラスの『害獣』との戦いを語るにあたって、戦いを始めた者の存在を語らずに済ますことなどできないのであるから、当然といえば当然であった。何度も何度も『害獣』や原生生物に襲われ命を危険に晒し、四肢全てを失っても決して諦めることなく仇敵を追い続けた『不屈の復讐者』。

 どこにいるかわからぬ仇敵を追って追って追い続け、ついには見つけ出した追跡者としての能力は勿論のこと、仇敵との決戦時においても他の戦士達とともに最前線で戦い続けたというその胆力や戦闘能力。

 実際にその戦う姿を見たことがない者でも、話を中途半端にしか聞いたことがない者でも、クリスの戦士としての能力が平均的な戦士のそれよりもはるかに上であることは簡単にわかってしまう。

 それほどの人材であるクリスを、どうして放っておくことができるであろうか。

 そもそもクリスは、『獅子皇』のように特定の戦士集団に在籍しているわけではないのだ。仇を討った直後の勧誘合戦は物凄いものがあった。北方諸都市中からクリスを獲得すべく、名にし負う各地の戦士団から使者達が押し寄せてきたのだ。いや、北方諸都市だけではない。遅れて噂が届いた南方からもスカウトマン達がやってきた。

 高給を約束するものもいれば、名刀や防具で釣ろうとする者もいた。権力や名誉をちらつかせたり、泣き落としや女を紹介するという方法まで、あらゆる手段を使ってクリスを招きいれようと皆、必死になって勧誘してきた。

 だが、その悉くをクリスは断った。

 一族が滅亡した後、自分を本当の家族として温かく迎え入れてくれた狼型獣人族の仲間達の元を去りたくはなかったし、何よりもクリス自身が使われてやってもいいと思える人物が既に存在していたからだ。

 並みいる腕利きのスカウトマン達の勧誘の声を、バッサバッサと滅多斬り。

 それでもスカウトの嵐は収まらなかったが、結局、最終的には連夜の母親が中央庁の強権を発動してクリスへの勧誘活動を強制的に制限してくれたおかげで事態は沈静化。

 それ以降、クリスを求めてやってくるスカウトマンはいなかったので、安心していたのであるが。


「そもそも『嶺斬泊』の中央庁でかなり厳しい条件をクリアしたところじゃないと、交渉できないようになってたはずだけど」


「アルテミス、それは城砦都市の中での話だ。『外区』でなら別にそういった制限はつかない」


「なるほど。今回の『アルカディア』と『嶺斬泊』の交易再開を手伝う為に私達が外に出てくると見越して見張ってたというわけね」


 久方ぶりのスカウトマンの襲撃理由を正確に看破した二人は、なんとも言えないため息を吐きだして肩を落とす。


「今までの勧誘全て断って来てるんだぜ。あんた達だって知らないわけじゃないだろうに。今さら、俺が心変わりするとでも思ったのか?」


「ヨルムンガルド殿のお言葉は確かにその通り。どれほどの苦難にあわれようとも変節されることなく仇を追い続けた貴君の為人を考えればそう簡単にこちらのお誘いを受けてくださるとは思っておりません」


「じゃあ、ダメ元で声をかけてみただけか。わかった、とりあえず、俺にその気はないことはわかっただろうから、もういいよな。行かせてもらうぜ」


「いや、ちょっとお待ちください」


 気が急いていることもあり、『陽光樹妖精(サンエルフ)』族の偉丈夫アシルにもう一度断りの言葉を投げかけておいてその横をすり抜けて行こうとするクリスとアルテミス。しかし、そんな二人の進行方向にアシルが体を持ってきて行く手を塞ぐ。


「いや、ほんと今日のところは勘弁してくれって。マジで急いでいるんだよ」


「わかっております。今回の『アルカディア』との交易再開という重大事。それも封鎖解除から初めて『アルカディア』に向かうこの大行列をお守りする為に先行偵察に向かわれるとお見受けいたしますが違いますか?」


「違っちゃいねぇ。っていうか、それがわかってるならそこをどいてくれ。もう既に露払いの為の先行部隊は出発しちまってるんだ。急いで追い付かないとならねぇってことは言わなくてもわかるだろ」


 あくまでも落ち着いた様子でクリスの目的を予想して口にするアシル。そんなアシルに対し、段々苛立ちが隠せなくなってきて表情が険しくなっていくクリス。徐々に不穏な空気がその場に満ち始める。

 だがそんな空気をものともせず、アシルは自分の思いを語り始める。


「今すぐここでの即決を求めて参ったわけではありません。勿論、ヨルムンガルド殿が、わが『虹橋の守護者』の一員になってくださるのが一番いい結果ではあります。しかし、今日のところの主目的はそれではございません」


「じゃあ、何の目的で俺に会いに来たんだよ?」


「まず貴君自身とのご友誼を結びたく参上した次第」


「はぁ? いや、『ご友誼』って、言われても」


 自信満々に自分の目的を言い放つアシル。だが、その内容があまりにもざっくり過ぎてクリスは困惑を隠せない。どうしたものかと頭をかきながら悩んでいると、なんと今度はアシル自身がクリスに背を向けた。それどころかクリス達が向かおうとしていた方向に向かって仲間達と共に走りだそうと構えをとる。


「ヨルムンガルド殿。とりあえず参りましょう」


「参りましょうって。おい、ちょっと待て、おまえらどこに行こうとしている」


「勿論、ヨルムンガルド殿と同じく先行部隊を支援しにですよ」


「ええ? はぁ? なんじゃそりゃ。なんでそんなことを?」


「走りながら説明いたしますので、とりあえず、先導をお願いできませんか? 行先は大体わかっておりますが、クリス殿がどこの部隊に所属されているかまでは調べきれておりませんので」


「いやいや、だからちょっと待てって。敵意はないのはわかるけど、だからと言って今会ったばかりのおまえらを連れて行くわけには」


「時間がないのでは?」


「・・・ぐむむむ」


 どこまでもマイペースに話を進めてくるこの大柄な偉丈夫に、どうにも自分が振り回されている自覚はあるクリス。しかし、彼の言う通り時間がないのもまた事実なのである。しばしの迷いの後、苦虫を噛み潰したような表情でクリスは走り出す。


「ついてこれない場合は置いて行くからな」


「それで結構です」


 クリスの返答に対し、アシルはいたずらが成功した悪ガキそのものといった笑顔を見せる。その笑顔を見てさらに額のしわを険しくするクリスであったが、本当に時間がなくなってきている為、傍にいるアルテミスに合図を送って走り始める。

 今度はアシルも止めようとはせず、自分の仲間達に合図を出した後クリス達の斜め後ろにつくようにして一緒に走りだすのだった。

 気配を断ち風のような速さで森の中を駆け抜けていく影の集団。それはまさに一陣の風そのもの。

 全力には程遠いものの、普通の戦士達からすれば結構な速度で森の中を駆け抜けていくクリスだったが、それ故にアシル達は早々に脱落するものと思っていた。だが、ちらりと後ろに視線を向けてみると、アシル達は一人もかけることなくぴったりとクリス達についてきている。しかも気配をきっちりと消してもいる。斥候の専門職でもなかなかここまでのレベルを保った者達はいない。


「やるじゃないか。流石は音に聞こえた『虹橋の守護者』。城砦都市『ゴールデンハーベスト』三大戦士団の一角は伊達じゃないってところか」


「ははは。今回は、うちの中でも特に斥候能力に長けたものばかりを選んで連れてまいりましたから」


「いや、十分見事だと思うよ。ところで、あんたもそうかい?」


「そうですね。専門ではありませんが、どちらかといえばとんだり跳ねたりが得意なほうですな」


「あんた盾職なのにずいぶん器用なんだな。それとも『トリックスター』ってやつは、みんなあんたみたいな隠密を兼ねた職なのかい?」


「おや? 私のことをご存じでしたか?」


「一応、北方諸都市で活躍している同業者についてはそれなりに調べて知ってるよ。だいたい『幻惑』のアシルって言えば、こっちでもかなりの有名人だから」


「そんな大層なもんじゃないんですがね」


 クリスの讃辞に対し、アシルは満更でもなさそうな表情で笑みを浮かべる。


『トリックスター』


 特殊な幻術を使って相手を挑発、撹乱しパーティの盾となる盾職の一つ。

 相手の攻撃の悉くをかわし、場合によっては回復支援を受けぬままに攻撃を一手に引き付け続ける。しかも攻撃能力も優れており、相手の攻撃の合間を縫うようにして繰り出される連撃は決して無視できないダメージを生み出す。

 極めれば盾職の中で最強とも言える存在。だが、かなり高度な技術が要求される為、なり手は多いが実力のある使い手は少ないのが現状。

 そんな中、抜きんでて名を挙げているのがアシルである。


「北方諸都市で活躍している『トリックスター』八傑の中で、『幻惑』は最も回避能力に長けているって話を何人からも聞いたよ。おかげで回復職や支援職が安心して仕事できるってな」


「いやはや、ずいぶんと持ち上げられたものですな」


「しかも斥候能力にも長けているときたもんだ。正直、あんたほどの腕利きがいるなら俺なんか必要ないだろう」


「いやいや、それとこれとはまた別です」


 持ち上げられて鼻を高くしていたアシルであったが、それで誤魔化されたりはしなかった。若干スピードをあげてクリスの横へと並んだアシルは、真剣な表情を浮かべ真っ直ぐに彼の目を見つめる。


「うちにも腕利きの斥候職は確かにいます。しかし、残念というか悔しいというかあなたほどの腕利きはいません」


「探せばいるだろうとは思うがな」


「そうかもしれません。フリーで活動しているものやわざと実力を隠している者もいないとはいいきれません。あるいは、今いる者達を育てることも不可能ではないかもしれません。ですが、『虹橋の守護者』としてはただ能力に長けた斥候職ではなく、クリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルドという斥候職の『戦士』がほしいのです」


「そう言われて悪い気はしないがな。しかし、俺は『虹橋の守護者(あんたたち)』を知らんからな」


 何がどう『知らない』とクリスが言っているのか。その言葉の意味をアシルは正確に理解していた。

 実はアシル、クリスの勇名が知れ渡ったあの『貴族』クラスの『害獣』討伐事件より、ずっと彼のことを狙っていたのだ。

 『虹橋の守護者』はそれなりに大きな戦士団である。団を率いる団長を筆頭に、異名を持つ実力者達もそれなりに在籍している。実績だってある。今のままでも『虹橋の守護者』は十分に強いのだ。無理して戦力を増強しなくてはならない必要も理由もない。

 しかし、クリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルドという若き英雄はあまりにも魅力的過ぎた。

 どうしても彼がほしい。それはアシルだけの思いではない。頂点に立つ団長や、アシルと同格に近い隊長クラスの者たちも同じ思いだった。

 実力は勿論そうだが、何よりも彼らの心を強烈に魅了したのは、クリスの戦士としての生き方であり、その生き様だ。手足を失ってでも戦い続けたその強い意志。会ったこともない若き英雄に、『虹橋の守護者』達の首脳陣は一目惚れしてしまったのである。

 だが、彼らはすぐには行動を起こさなかった。

 騒動が一段落するまで静観するという意見で一致したからだ。本音を言えばみな、すぐにでも動き出し彼を自分達の元に招き入れたい思いでいっぱいだった。しかし、彼らもまた戦士故にクリスの心がわかる気がしたのだ。

 長年追い続けた憎い仇を討ち果たした後、そんなにすぐに次の目標を見つけて立ちあがることができるのであろうかと。自分達ならできない。そして、おそらくクリスもまたそうに違いない。空虚な心を持てあまし、体を休めているという確信があった。

 その確信を裏付けるかのように、彼らの耳に次々と飛び込んできたのは、他の戦士団によるスカウト失敗の報告。

 さもありなん。戦士は今休息の最中なのだ。ならば絶対に焦ってはいけない。そして、彼らは一年以上の時をじっとこらえて待ち続けた。

 その間に他の戦士団が金や権力を餌に大魚を釣り上げるかもしれないと思わなかったわけではない。しかし、金や権力で転ぶような輩であれば、むしろ勧誘は簡単である。もっと金を積めばいいだけの話。もっといい待遇を与えればいいだけの話なのだ。

 だが、やはり彼らの予想通りクリスは全てそれらを跳ねのけた。それでこそ彼らが惚れ込んだ『戦士』。そんなものに踊らされる輩であったなら、むしろ来てほしくないくらいである。しかし、彼はそうではなかった。そうではなかったが故に、『虹橋の守護者』はますます彼がほしくなった。

 なんとかして自分達の仲間に招き入れたい。その為には『心』を掴む必要がある。『心』を掴むためには、金や物ではダメ。権力や名誉も恐らくはダメ。一番有効なのは・・・


「今の我々には『信頼』がありませんからね」


 ポツリと呟いたアシルの言葉に、クリスはほんのわずか眉を動かした。しかし、それをアシルは見逃さなかった。その反応が彼らの予想が正しかったことをまさに証明していた。アシルはそれ故に用意していた言葉を口にする。


「故にまずは『友誼』を結びたい。その上で『信頼』を勝ち取りたいと思ったわけです」


 クリスの顔が明らかに困ったものに変化した。アシルはクリスの表情を見て、口から出した言葉が間違いなく唯一の正解だったと確信する。まずは第一関門突破。恐らくどのスカウトマンもたどりつけなかったであろう場所に、今、自分は立っている。ここまで来たからには、次を間違うわけにはいかない。ここで焦ってはいけない。門は潜り抜けた。まずは着実に第一歩を踏みしめるのだ。


「どうでしょうヨルムンガルド殿。今回の仕事、我々にも手伝わさせていただけませんか? 勿論、報酬などは一切いりません。こちらが一方的に押しかけているわけですから」


「いや、しかしだな。どちらかといえば、俺も雇われている身でもあるし、そういうことを勝手に決めてしまうわけには」


「では、ヨルムンガルド殿の指揮を執っていらっしゃる方に許可を得ることができればよろしいわけですね」


「おいおい、本気かよ。報酬ゼロでやるような仕事じゃねぇぜ。本気で命かかってるんだぞ」


「傭兵だろうがハンターだろうが、『戦士』であるからには仕事はどれも命がけです。それに、簡単に死んでしまうような中途半端な腕しかもたぬものは今回同行させておりません」


「余計ダメだろう。どんだけベテランだろうとも死ぬときゃ死ぬんだぜ。あんた仮にも副代表なんだろ。プロがそういうことするもんじゃねぇと思うがな」


「リスクを背負ってでも得るものは大きい。これは、私だけじゃなく団員全員の総意です」


「『得る』って何が得られるっていうんだよ。言っておくが、これはあんた達が勝手にやることだ。俺は借りとは思わねぇぞ」


「ですが、少なくとも『信』を得ることはできる。『頼』ってくださるほど我らの腕前を認めていただけるかどうかは、今回の仕事の出来次第だと思いますがね」


 なんともいい表情でアシルが二ヤリと笑って見せる。すると彼の言葉を肯定するように後ろに続く彼の仲間達は一斉に頷きを返してみせた。

 クリスはしばらくの間心底嫌そうに彼らの様子をうかがう。だが、やがて諦めたように肩をがっくりと落とすと、ため息を吐きだしながらお手上げとばかりに両手を広げてみせた。


「勝手にしろ」


「はい、勝手にします」


 クリスの言質をとったことでアシルは歓喜の表情浮かべ、心の中でガッツポーズを取る。これまで全てのスカウトマンを門前払いにしてきた難攻不落の要塞。ついにその扉を開けて中に一歩足を踏み入れることに成功したのだ。誰も成しえなかったことを他でもない自分が成し遂げた。そのことに、なんともいえない達成感がこみ上げてくる。自然と浮かぶ笑み。

 しかし、アシルが勝利の余韻を楽しむことができたのはほんのわずかな時間でしかなかった。

 一人勝ちに酔いしれるアシルに、とんでもない冷や水を浴びせにかかる者が現れたからだ。


「なるほど。『信頼』か確かにそれは重要だ」


「迂闊でしたね。そういう勧誘方法は思いつきませんでした。流石は『虹橋の守護者』きっての知恵者」


「急いては事を仕損じる。うむうむ。これは見習わないといかんのう」


「じゃあ、私もそうさせてもらおうかな」


「へ?」


 アシルの耳に聞こえてくるいくつもの声。慌てて声のしたほうへと視線を向ける。

 まずはクリスを挟むようにして自分の反対側。アシルと同じようにクリスと並走する二つの人影。


「お初にお目にかかります、クリス・クリストル・クリサリス・ヨルムンガルド様。城砦都市『ストーンタワー』の防衛業務を担当しております民間武装警備団『盾持つ甲虫』のウラ・アドリオンと申す。我々もまた御手伝いさせていただく所存、何とぞよろしく」


「城砦都市『通転核』の武装商工会『勝蓄(しょうちく)』で番頭をやっております池田(いけだ) 勝敏(かつとし)です。まあ、素材狩り専門で小さく商いさせてもらっています。とりあえず、先行投資の『お試し期間』ということで我々も微力ながら協力させていただきます」


「ちょ、ちょっと待て、おまえら! そんな横から」


 慌てふためくアシルを尻目に次々とクリスに自己紹介する二つの人影。

 一人は『月光樹妖精(ムーンエルフ)』族の戦士。

 黒いレザーアーマーに身を包み、腰には曲刀、背中にはクロスボウを装備した見るからに武人といった姿の麗人。太い眉毛に凛々しい瞳。美しい金髪を短く刈り込み、首から上だけをみれば一見美青年に見える。だが、体全体は明らかにゆるいカーブを描き、突き出た胸が、その麗人が『彼』ではなく『彼女』であると示していた。

 その外側を走るのは『金枝妖精(ミストルーエルフ)』族の中年男性。

 品のいい紺色をした東方の民族衣装『着物』に身を包み、寸鉄は身につけてはいない様子。ただし腰帯には大きな煙管と鉄扇が挟まっているのが見える。エルフ族には珍しく少々小太りで丸顔。眼は細く、丸型のレンズをした眼鏡を着用している。

 そんな二人の後ろには、彼らにつき従って行動していると思われる複数の『人』の姿。

 明らかに機会を窺っていたと思われる二人に対し、盛大に抗議の声をあげようとするアシルであったが、またもや遮られてしまう。

 今度は上からの声。


「『嶺斬泊』の若き英雄殿。わしは、はるか北の端にある城砦都市『アイスキャッスル』の狩猟集団『海獅子の牙』で武術師範をやらせてもらっとったルスラーノヴォチ・バラクシン。一応北方随一と自負する狩猟術を極めておるのじゃが、なかなかよい後継者に恵まれなくてのう。才あるものを探して旅をしているいる酔狂なジジイよ。他の者達とは事情が違うが、邪魔はせぬ故、ちと見学させてもらうぞい」


「はいはい、最後は私ね。大陸のど真ん中にある大陸最大の城砦都市『リグ・ヴェーダ』から来ました。都市直属正規軍『ヴァラーハ』の斬りこみ隊長やってます。ナフィーサー・メノン。難しいことはわからないけどまずは『友達』からってことね。ってことで手伝います。よろしくね」


 森の木々の枝から枝へ。素晴らしい跳躍を繰り返しながら、地を走るクリス達に遅れることなくついてくる複数の影。

 声をかけてきたのはその中で先頭を行く二人。

 一人は真夏だというのに熊の毛皮を纏った『氷柱妖精(アイシクルエルフ)』族の小柄な老人。

 毛皮の内側には何かの動物の皮でできたと思われる原始的な鎧を身につけ、背中には自分の身長よりも長く恐ろしく幅の広い片刃の剣。

 髭が生えずほとんど老化しないエルフ族には珍しく彼の顔はびっしりと白い髭で覆われ、髭のない眼の周りにはいくつもの皺が走り、なにより目立つのは右目の上を縦一文字に走る刀傷。いろいろな意味で異形の老人であった。

 もう一人は『菩提樹妖精(リンデンエルフ)』族の少女。

 黄土色の中央民族の衣装の上に砂漠色の小手や胸当てといった部分鎧。材質は何かはわからない。部分鎧の全てに見たこともないねじ曲がったような文字がびっしりと書き込まれている。変わっているのは鎧だけではない。武器もまた相当変わってる。

 腰の左右にぶらさがっているのは、金属でできた大きな環っかのようなもの。よく見ると、握り手らしき一部を除いて、環のほとんどが刃でできているらしい。

 最初の二人に比べると、後の二人はこのあたりではほとんど見かけぬ珍しい姿の持ち主だった。

 が、しかし、そんなことはこの際どうでもいい。

 アシルにとって重要なのはもっと別のことだった。


「御主ら人が交渉しているところに割って入ってくるだけでも失礼極まりないのに、さらに便乗するような真似までするとは! 恥というものを知らんのか!?」


 まさに怒り心頭に達すという様子のアシル。だが、そんなアシルの様子などどこ吹く風。みな、それどころか、それのどこが悪いといわんばかりに無言で白い目まで向けてくる始末。

 流石、いずれもが名にし負う戦士団の代表というべきか。まさに交渉役としてうってつけ。実にふさわしいと言わざるを得ないふてぶてしさであった。

 普段、自分も人のことは言えないことをしているアシルであるが、やられるのが自分となると話はまた別。怒りが収まらぬ様子で歯ぎしりしながら他の四人を睨みつける。

 だが、他の四人はその視線を平然と受け流し、涼しい顔をして見せる。

 その場で地団太踏んで激しく怒りを表現したいところであるが、そこはぐっと我慢する。そんなことしようものならあっという間に置いてけぼりにされてしまう。とりあえず目的地に到着するまでは堪えようと、心の中で激しく燃える怒りの炎を必死になだめる。

 さて、アシルが一人勝ちすることをまんまと阻止した残り四人であったが、表面上に浮かべている涼しい笑顔ほどに、内心が平静であったわけではない。むしろ、間一髪だったと冷や汗を流しながら動揺を隠すのに精いっぱいの状態。

 実は皆、ほとんど同時にクリスに声をかけようとしていたのだ。

 だが、ほんのわずかの差で先にアシルに声をかけられてしまった。完全にタイミングを逃した形になった四人は出るに出れず、そのまま気配を消して様子を窺っていたというわけである。

 彼らは彼らでクリスの情報を或る程度掴んでいたので、どうせ、アシルも他のスカウトマン達と同じく失敗するだろうと高をくくっていた。

 ところが、彼らの予想を覆しわずかな会話のやり取りの後、アシルはクリスとの単独交渉のチャンスを掴む寸前までこぎつけてしまう。このまま放置すれば間違いなくアシルはクリスとの間に何らかの縁を作ることに成功するであろう。下手をすればそのまま獲物を持っていかれてしまう可能性もなきにしもあらず。アシルとクリスの交渉があまりにもうまく進んでいることに焦った彼らは思わず気配を消すことを一瞬忘れてしまう。

 いずれもが達人クラスの彼らからすれば一瞬でも十分な隙。自分と同じく聞き耳を立てる他の存在にすぐに気がついた。だが、他の存在に気を取られている場合ではない。彼らは互いをあえて無視し、二人の会話に集中。

 やがて四人は、彼らの会話の中に『単独』でという条件がまだ出ていないことに気がついた。ここを逃すわけにはいかない。

 示し合わせたわけではない。ただ単に、割って入るタイミングがそこしかなかったのだ。

 他人の交渉に横やりを入れた上に便乗するというやり方が、クリスに不信感を抱かせる危険性も考えないではなかったのだが、幸いにもクリスは不快感を示すことはなく、無言を貫くことで彼らの参入を否定することはしなかった。

 ほっと一安心というところである。

 クリスのほうはというと、厄介な連中がゾロゾロとついてきて鬱陶しいなあと思いつつも、利用していいというのならさせてもらおうかとも思っていた。なんせ今回の仕事は厄介の種が多すぎる。彼らの言うとおり、彼ら自身を信頼することはできない。しかし、みな腕が立つことだけは間違いないのだ。それだけはわかる。

 恐らく連夜は彼らを受け入れるだろう。連夜は身内には甘いが、そうではない連中には恐ろしくシビアな性格をしている。その上でうまく彼らを利用するだろう。後は自分が油断をせず、連夜本人をしっかり守ればいいだけの話だ。

 心に強くそう誓いを立てていると、そっと後ろから誰かがクリスに忍び寄る。そして、気配を完全に消したままの状態で、その小さな体を抱きしめて持ち上げた。

 そう抱きしめて持ち上げたのだ。結構なスピードで走るクリスの小さな体を、しかも優しく包み込むように大事に抱きしめながら持ち上げて見せたのだ。しかも、その状態でスピードは落ちない。むしろ、スピードが徐々にあがる。

 クリスの周囲を走っていたアシル達は、そのことに気がついて驚愕の声をあげる。

 しかし、持ち上げられた本人と、その横を走るアルテミスだけは驚かなかった。犯人が誰なのかわかっていたからだ。驚かなかった二人のうち、一人は困惑しきった表情を浮かべ、もう一人は憤怒の表情になる。

 ただ、犯人だけはそんな周囲の状況を全く気にしていなかった。

 それどころか、どこかうっとりとした表情を浮かべながら自分の誓いを口にする。


「クリスが連夜を守るというなら。くりふたんは俺が守る!」


 森中に響けとばかりに大声で、そして、高らかに宣言する変態。

 気配を断って移動しているというのに、それを全て台無しにすることに一遍の迷いもない素晴らしい宣誓の声。

 斥候職なら絶対にやってはならないことを平然と行ってみせた突然の乱入者の血迷った所業に、流石の歴戦の勇者達も唖然呆然。

 微妙な空気が流れる中、しかし、変態はあくまでもマイペースを崩さない。


「くりふたん。かわいいよ、くりふたん。絶対俺が守るから。この匂い、柔らかな体を誰にも犯させやしない。はぁはぁ」


 困惑しきりのクリスの様子に全く気がつかない変態は、抱きしめたクリスの顔に自分のほっぺをすりつけたり匂いを嗅いだり、ちょっと髪の毛をかんでみたりとやりたい放題。興奮のあまり鼻血まで出してしまっているが、本人は全く気がついていない。

 あまりといえばあまりの異常事態に、クリスも含めみんな対処に困ってしまっていた。

 だが、そんな中、たった一人敢然と事態の収拾に動いた勇者の姿があった。

 クリスを抱きしめる変態の背後に素早く回り込んだその勇者は、どこからともなく取りだした凶悪な釘バットを走りながら振りかぶる。


「犯そうとしとるのはあんたでしょうが、この変態がぁっ!」


「みぎゃん!」


 車に轢かれた子犬のような声をあげて宙を舞う変態。

 手加減なしではなたれた釘バットの一撃により、変態は成敗された。だが、そのとき一緒にクリスもまた宙へと舞ってしまう。危うしヒロイン。

 しかし、勇者はやはり勇者だった。凶器の釘バットを素早くどこかに収納すると、クリスの華奢な体が地面に激突するよりも早くその体をつかみ取り、御姫様だっこで救出。


「ありがとう、アルテミス」


「いいのよ。クリスを守るのは私の使命なんだから」


 きりっとした表情で自分の腕の中に保護したヒロインを見つめる勇者アルテミス。

 だが、しかし、戦いは終わったわけではなかった。勇者の一撃を驚異的なスピードで回復させた変態が、再びヒロインへと迫る。


「ちょっと待て、アルテミス。後ろから不意打ちとは卑怯すぎるぞ! そもそもクリスがいるのになんて危ないことをするんだ。くりふたんに何かあったらどうするつもりだ」


「黙れ、変態! 毎回毎回TPOを考えずにクリスに襲いかかってきて、本当に汚らしい。クリスに変な病気がうつったらどうするのよ」


「汚くない! 全然汚くない! 毎日風呂に入って念入りに体は洗っている。それに誰が襲っているっていうんだ。健全なスキンシップだろうが!」


「どう見ても襲ってるようにしか見えないのよ! ってか、こっちにくんな変態雷獣!」


「いいや、行かせてもらうね。というか、くりふたんを返せこの馬鹿狼!」


 唸り声をあげて互いを威嚇しあう二匹の獣。そんな二人をなんとも言えない表情で見つめていたクリスは、友人であるはずの変態に声をかける。


「別に後ろから抱きあげられるくらいで文句は言わないがな、『(エフェ)』。なんでおまえここにいるんだ。今日はKやJさん達と一緒に本隊でVIPの護衛じゃなかったのか」


 不思議そうに問いかけるクリスに対し、晴れやかな笑顔を向ける変態。

 その正体は、クリスに好意を寄せる雷獣族の美形戦士『(エフェ)』。『獣』の顔から『人』の顔へと形態を戻し、クリスに柔らかな口調で答えを返す。


「タスクさんと代わってもらったんだ。昨日までの『死の森』の調査には参加できなかったから。今日だけはどうしてもクリスを守らなきゃと思って」


「いや、別にそんな気合入れて守ってもらわなくても大丈夫というか」


「そうよそうよ。大体、クリスのことは私が守るからあんたはいらないのよ。本隊にもどりなさいよ。ってか、カ・エ・レ! カ・エ・レ!」


 遠まわしに護衛を断ろうとするクリスの言葉にすかさず便乗したアルテミスが、煽るように帰れコールを連発。自他共に認める不倶戴天の敵からの挑発に対し、たちまち敵意を現にしたFは、再び顔を『獣』へと変化させ牙をむき出しにして威嚇する。


「はぁ? 基本的に遠距離攻撃メインのおまえがクリスを守る? できるわけないだろば~かば~か」


「はぁ? できるっつ~の。遠距離メインだけど格闘術もできますぅ。ってか、さっき私にブッ飛ばされたのもう忘れちゃったの?」


「完全に不意打ちだったからだろうが!」


「不意打ちされるほどクリスにやらしいことしていたからだろうが!」


「やらしいっていわれるほどやらしいことしてないんですけどぉ。ってか、ひょっとしてアルテミスさん、嫉妬? 嫉妬ですかぁ? 俺とくりふたんがあんまりにも仲がいいからやっかんでますぅ? ぷぷぅ。心せまいですね。ひょっとしてワンルームどころか犬小屋並みの広さですかぁ? あ、アルテミスさんそういえば犬でしたね。ぷぷぅ、ちょ~笑えるんですけどぉ」


「こいつ、超ムカつくぅ。クリスゥ、Fの奴が私のこといじめるぅ。私、悪いことしてないのに・・・うっ・・・うっ・・・」


「嘘泣きしやがって、この女、超うぜぇ。ちょっ、クリス、そんな奴慰めなくていいって。おい、てめぇ、卑怯だぞ!」


「うっさい。おまえのほうがうざいわ。後からやってきてぐちゃぐちゃしょうもないことばっかり言っちゃってさ」


「絶対おまえのほうがうざい」


「完璧おまえのほうがうざい」


「誰か、止めてぇっ! この二人止めてぇっ! 隠密活動全然意味なくなってるんですけどぉっ!」


 凄まじくしょうもない言い争いを繰り広げながら物凄いスピードで森を駆け抜けていく二匹の獣。

 そんな二人に挟まれたヒロインの悲痛な叫び声が森の中に響き渡る。

 不幸中の幸いというべきか、二匹の獣が放つ凄まじい殺意と敵意に恐れをなした森の獣達は、クリス達が連夜と合流するまで近寄ってくることはなかったという。


「「「「・・・だめだこりゃ」」」」

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