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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
174/199

第四十四話 『もう一つの悪の最期』

 『特別指定区域』というものが、城砦都市『嶺斬泊』には存在している。

 と、いっても、外壁で取り囲まれた中にある都市主要部にあるわけではない。

 『嶺斬泊』は大河『黄帝江(こうていこう)』の中にこぶのように突き出た陸地に存在するわけであるが、さらにその周囲には、いくつもの島が並んで存在している。

 島というからには当然陸地とつながってはおらず、広大な『黄帝江』の緩やかとはいえ大き な流れの中に存在し、一応船でも渡ることができるが、少ないとはいえ『害獣』の危険性がないわけではないので今では船を使って行き来するものはほとんどいない。

 そんなこの島のそれぞれが、『嶺斬泊』の中央行政部が指定した『特別指定区域』となっており、そこには都市が重要で保護すべきと指定した技術や文化を守っている特殊な守人の一族が住んでいる。

 とはいえ、別に外界と接触を絶って住んでいるわけではない。

 ちゃんと交通機関は存在している。

 『害獣』から命からがら逃れてきた『人』達は、ここを新たな『人』々の新天地とするにあたって、少しでも居住区域を広げようとした。

 そこで長年地下や鉱山を住処として生活してきた地下道工事のエキスパートであるドワーフ族の全面的協力を仰ぎ、大河『黄帝江』の川底の下に大規模な地下道ネットワークを作りだすことに成功。

 そこから周辺の島々へと通じる道を作り出し、地下を走る念車を通すことで、実に快適な生活空間を生み出すことに成功したのである。

 以来、島から都市へはもちろん、都市から島へ行き来する人もそれなりに多い。

 とはいえ、ある程度治安維持の為に、行き来する人々は都市で審査を受けて通った渡島許可証を発行してもらうことのできる人々に限られ、そのため、平日の交通量の少ない時のダイヤは、極端な話通勤通学ラッシュ時の朝と夜だけみたいな時もあり、都市内ほど便利というわけでもない。

 それでもなかなか『外』に出ていくことができない『人』々にとって、これらの島は観光目的にはもってこいの場所であるため、土日はもちろん、大型連休や盆休み、正月など、多くの人でにぎわうことになる。

 さて、そんな島々の中の一つに、玉藻の故郷でもある霊狐の里がある。

 他の島と比べると大きくもなければ小さくもない。

 住んでいるのはほぼ霊狐の一族だけで、島にはいまはほぼ廃れてしまっている東方の狐の神『稲荷』を祭った大きな神社と、広大な薬草、霊草が所狭しと栽培されている畑、そして、様々な丸薬、液状薬が作られている工場がある。

 それ以外に商店らしきものはなく、娯楽施設もなければコンビニもないため、ある意味治安はすこぶるよい。

 いい意味でも悪い意味でも、ど田舎そのものの場所がこの霊狐の里なのだが。

 玉藻は、実に七年ぶりに、この故郷の地を踏もうとしていた。

 最愛の恋人からプロポーズを受けたあの納涼花火大会から数日後。八月半ばの日曜の早朝。市営地下鉄に飛び乗った玉藻は、約二時間念車の旅を無事終えて目的の駅『フォックストロット』へ。

 念車の中にいる間、この七年間のことやそれ以前のことをつらつらと思いだし、辛いやら緊張するやら懐かしいやら、とにかく複雑な心境で駅に降り立ったが、変わらぬ故郷を見るとどこかほっとしている自分も感じてる自分がおかしかった。

 あれほど帰るのがいやだったのに、いざ帰ってきてみると目に映る光景が非常に懐かしく、妹と過ごした楽しかった日々を思い出して目頭が熱くなるとは。


「ほんと私ってなんなんだろうねぇ。やっぱ連夜くんと一緒に帰ってくればよかったかなぁ」


 最近気がついたことだが、心が弱くなってくると、自分はすぐに最愛の恋人である連夜にすがりつきたくなるらしい。

 それだけ連夜を頼りにしているということなのだろうが、頼りっぱなしというのはどうだろうか?

 そう思ったからこそ、今回の件に関して玉藻は連夜に一切相談をしなかった。これに関してだけはどうしても自分の手で解決しなくてはならない。七年間、彼女はずっと目を背け続けてきた。正直もう関わるのも御免だと思っていたからだ。しかし、ならばこそ決別を決めたあの七年前に、きっちり終わらせておくべきだったのだ。

 にも関わらす、それをしないまま自分だけ逃げだしてしまった。そして、そのしわ寄せの全てが妹に覆いかぶさることとなってしまったのだ。

 不幸中の幸いとでも言うべきだろうか。かわいい妹は今、彼女の最愛の人の庇護の元にある。玉藻が世界中の誰よりも信頼する彼の元であれば、きっと妹は大丈夫。安心していられる。

 しかし、これで一件落着とは到底言えない。今だからこそ決着をつけなくてはならない。七年前は自分が逃げるだけで精一杯だった。だが、今は違う。今の自分なら可能なのだ。

 このままでも自分や妹は大丈夫であろう。自分にはブエル教授という後ろ盾があるし、妹には中央庁と太い繋がりを持つ連夜がいる。いくら傲岸不遜な霊狐族の長老どもといえど、今の状態なら手を出してはこないはず。だが、欲に目がくらんだあの老害達がこのまま黙っているだろうか。いずれ何か碌でもないことを考えて、とんでもない愚行に走るのではないか。それはあくまでも予想。しかし、十分にありうる未来。

 最早、このまま手をこまねいているわけにはいかない。臭いものに蓋をして見て見ぬふりを続けることもできない。

 ならば、行動あるのみだ。


 自分が生まれた里。

 妹が生まれた里。

 そして、玉藻や晴美達と同じように、一部の特権階級の者達に使いつぶされるためだけに、使い捨ての消耗品としてたくさんの子供達が今なお生み出され続けている悪夢の生産工場。

 それが霊狐族の里。


 そこをぶっ潰す。

 

 そのために玉藻は今日ここにやってきたのだ。

 己一人の手でそれを成し遂げるために。

 彼女は人のいないさびれた駅の真ん中で、大きく息を吸い込み、そして、吐き出す。澄み切った空気は都会に比べてはるかによい。しかし、その中に含まれる『匂い』は決して心地のよいものではない。都会には『人』の善意と悪意の両方の『匂い』がする。それは混在した『匂い』であるため、良くも悪くもない『匂い』。

 だが、ここに充満する『匂い』はハッキリと悪い。いくら空気の味が澄み切っていても、漂う『匂い』は醜悪そのもの。彼女は改めてこの『匂い』を根絶することを心に誓い、一歩前へと足を踏み出していく。

 玉藻の足は徐々に速まっていく。駅のホームから改札へ。改札から外へと。自分の目的地に一歩ずつ近づいていくにつれて、彼女の足はどんどん速くなる。そして、ついにそれが全速力のダッシュになろうとした時であった。

 携帯の呼び出し音が鳴っているのに、玉藻は気がつき足を止める。

 懐から携帯念話を取り出した彼女は、携帯についている獣耳用のイヤホンを引っ張り出して頭上の耳の中に放り込むと、通話ボタンを押した。


「もしもし、どちら様? 今、ちょっと手が離せないんですけど」


 開口一番、不機嫌極まりない声を出して念話を向こうにいる相手を威嚇する。しかし、すぐに彼女はその行為を後悔することになった。

 念話の向こうにいたのは、彼女にとってこの世で一番大事で絶対に傷つけてはいけない人物だったからだ。


『すいません、連夜です。お忙しいところすいません』


「うわわわ、れ、連夜くんだったの? ご、ごご、ごめんね。いきなり変なこと言っちゃって。本当にごめんなさい」


 慌てふためきながら、携帯念話を両手で持ち玉藻はそちらに向かってしきりに頭を下げ続ける。


『いえ、こちらこそ、タイミング悪くて本当に申し訳ないです。お忙しいところにいきなり念話してしまって』


「ううん、大丈夫。本当に何もないから。ほら、その、最近よくあるじゃない。キャッチセールスみたいな念話。あれかなって、勘違いしちゃっただけで、本当は全然忙しくないから」


『そうなんですか? それならいいんですけど。でも、僕に遠慮してそう言ってくださっているならそう言ってください。改めて掛け直しますし』


「いいのいいの。本当に大丈夫だから。ところでどうしたの? 何か用事があるんでしょ?」


『ええ、あの、そのとても言いにくいお話なんですけど』


 本当に言いづらそうにしている声の様子から、玉藻はすぐに恋人が何のことをを話したがっているのかを察する。


「連夜くんのお父様とお母様とお会いするっていう話のことね?」


『はい、今、お話しても構いませんか?』


「構わないわよ。二人にとって大事なことだもの。会わないとか言ってダダをこねたり、他の話をして誤魔化したりしないから、安心して」


 そう言いつつも自分の言った言葉につい苦笑が浮かんでしまう。正直、そういう気持ちがなかったわけではない。というか、今でも心のどこかにそういう気持ちはくすぶっている。ハッキリいって怖いのだ。何が怖いと言って、連夜との交際を認めてもらえないことほど怖いことはない。別に婚約を断られようが、絶縁を持ちかけられようが、絶対に連夜と別れるつもりはない。それどころか、何があろうとも死ぬまで一緒にいる覚悟である。だが、そう言っても相手は自分の義理の父と母になる人。できうるならば仲良くしたいし、恋人として、あるいは婚約者として認められたい。

 ここで逃げたら、絶対に認めてもらえないことは確か。故に逃げるわけには絶対にいかない。でも、やはり怖いものは怖い。携帯念話のマイク部分を手で押さえ、相手にわからないようにそっと溜息を吐き出す。

 しかし、やはり玉藻の彼氏は、ただ者ではなかった。


『玉藻さん』


「ん? 何?」


『これだけは言っておきます。父や母がなんと言おうと、必ず玉藻さんを僕の婚約者として認めてもらいます。もし、仮に反対されたとしても絶対に説得してみせます。だから玉藻さんは、僕の側に座っていてくださるだけでいいのです』


「連夜くん」


 まさに男子の一言金鉄のごとし。 

 あまりにも頼もしい言葉を聞いて玉藻は思わず絶句してしまう。自分の不安な気持ちを見抜かれていたばかりか、その心を思いやってくれるその言葉に玉藻の瞳は自然と潤んでしまうのだった。しかし、そんな気弱な様子を最愛の人に知られるわけにはいかない。ただでさえ心配しているというのに、これ以上困らせるわけには絶対にいかないのだ。玉藻は瞳から溢れ出てくる物を懸命にぬぐい去りながら、震えそうになる声を必死に抑えて言葉を紡ぐ。


「ば、馬鹿ね。それは私の仕事でしょ。私自身の手でお父様やお母様に認められなくちゃ意味がないじゃない」


『でも』


「大丈夫。正面からぶつかっていくから。何度断られても諦めるつもりはないから。私が諦めが悪い女なのは、連夜くんが一番よく知ってるでしょ」


『玉藻さん』


「ほんとはね、お父様とお母様に会うのがちょっとだけ怖いわ。連夜くんを取り上げられたらどうしようって、とても不安になる。だから、連夜くん、私の側から離れないでね」


『勿論です。約束したじゃないですか。ずっと一緒にいましょうって』


「うん」


 角砂糖十個にメープルシロップ山盛りかけていそうな、年下の恋人の甘い声にもう幸せいっぱいで顔面土砂崩れ状態になる玉藻。

 その後、連夜の両親と会う具体的な日時や場所を話し合って決めた二人。早速計画を実行することを確認する連夜に、玉藻は承諾の返事を返す。もうこれで後戻りはできない。いや、この件に関してはそもそも後戻りする気はなかったのだから、これでいい。

 後は、雑事を片づけるだけ。

 静かな決意と共に玉藻は、表情を一変させる。恋人に悟られないよう、努めて明るい声を出した彼女は、話を切り上げるべく連夜に声をかけた。

 だが。


「あのね、連夜くん。私、急に用事を思い出しちゃって、そろそろ出かけないといけない・・・」


『そう言えば玉藻さん、今ご自宅にいないですよね』


「え? あ、いや、その、な、なんでそのことを?」


『ご自宅でお話しようと思って行ったら、何度ベルを鳴らしても出ていらっしゃらなかったので、合いカギで入らせていただいたんですけど』


「ふぇっ? そ、そうなの? えっと、実はね、今、そのブエル教授の・・・」


『ブエル教授のところにお手伝いに行っていらっしゃるかもしれないって、思って教授にお念話させていただいたら、今日は来てないし、しばらく彼女に頼む仕事はないって言われちゃって』


「え、えっとぉ。そのぉ、クレオとリビーが・・・」


『クレオさんとリビュエーさんが護衛としてついてきてくれたんですけど、彼女達に聞いても玉藻さんの行方はわからないっていいますし。念話も何度もかけたんですが、なかなかつながらなかったし。でも繋がってよかった。ところで、玉藻さん、ほんとにどこにいらっしゃるんですか?』


「あ、あうう。しょ、しょれは」


 考えていた言い訳全てが使えないとわかり、絶対絶命の窮地に陥っていることを玉藻は悟る。このままだと、間違いなく居場所を吐かされることになる。連夜にはさんざん隠し事をするなと言っておいて、自分はこれである。バレたら本当に不味いことになる。冷や汗をだらだらと流しながら、何か言い訳がないかと必死にない知恵を振り絞る。しかし、そんな玉藻を天は見捨てなかった。

 突如、携帯念話から異音が響きだす。その正体を瞬時に察知した玉藻は、天の助けとばかりにその現象を利用することにする。


「ごめん、連夜くん、ここ携帯ほとんどつながらないんだった、また帰りに連絡するね」


『ちょ、玉藻さん、待って下さい・・い・・ま・どこ・ザ・・・ザザ・・・プツン・・・ツーツー』


 通話切断ボタンを押さなくても自然と通話は切れ、玉藻はほっと安堵の息をもらしながら携帯念話を再び懐にもどす。


「今回は助かったけど、いい加減ここにも念波アンテナ立てればいいのに。って、言っても無理な話か。中央庁に知られたら困ることが山盛りだもんね」


 そう一人呟いて大きく溜息をつくと、玉藻は霊狐族の一族が住む、稲荷神社に向かって再び歩きだした。

 休日と言えど、この神社にお参りにくる人はほとんどいないので、人通りはほとんどない。

 ここに来るのは薬草や霊草、あるいはそれらを使って生成された薬品の買いつけに来る業者や企業の関係者か、あるいは、表には決して出ていけない裏社会に繋がりを持つ者達。

 昔ながらの田舎道を玉藻はとぼとぼと歩いて行く。

 妹と暮らしていた時は、よくこの田舎道を一緒に走りまわって遊んだものだ。今も変わらぬこの道を歩いているとその在りし日の思い出がよみがえってくる。これから己が行わなくてはいけない修羅の所業を考えると、感傷に浸っている場合ではないとわかっているのだが、どうしてもそれを止めることができない。

 玉藻はしばしの間歩みを止めると、その場でもう一度過去にあったことを思い出す。自分達がこの場所で如何に理不尽な目にあわされてきたかを。人としてではなく、足もとを這いつくばって生きる虫ケラのように扱われていたあの日々を。次第に膨れ上がっていく怒気。そして、そんな理不尽を続ける者達を、今日この場で必ず倒すという決意。

 そんな不退転の覚悟を固めているまさにそのときであった。

 明らかに他種族と思われるカップルが、玉藻のすぐ横を通り過ぎていった。

 あまりにも自然にすれ違ったため、つい見逃してしまった玉藻であったが、すぐにそのことの異常さに気がついて慌てて後ろを振りかえる。

 一応、企業の関係者や裏社会の者達が来ることもある。彼らはサラリーマン風の姿をしていることもあれば、傭兵や裏社会の者とはっきりわかる姿をしている者まで様々。当然、その中にはキャリアウーマン風の姿の他種族の者達だって存在する。だが、今すれ違ったカップルは明らかにここら辺ではみかけない服装をしていた。


 一人は背の高い女性で、美しく流れるようなロングの銀髪を持ち、グラスの大きなサングラスで隠した顔ははっきりと判別できなかったが、ビシッと決めた漆黒のビジネススーツの上からでもはっきりわかるめちゃくちゃメリハリの効いたダイナマイトボディで、恐らく相当な美女であると思われた。


 と、いうかどこかで見たような感じもするのだが・・


 もう一人は、薄いブルーのジージャンを肘の上まで袖まくりし、下は洗いざらしのジーパン、中肉中背、短めの髪に、温和な表情の青年で、どこから見ても普通の一般人だったが、唯一玉藻が気になったのはその腕で、肘から掌のあたりまですっぽりと覆う、真っ黒な何かの金属でできていると思われる手甲をはめていた。


 二人は和やかに談笑しつつ、玉藻の横を通り過ぎ、駅へと去って行ったが、いったい神社になんのようだったのか。

 実家の稲荷神社はかなりマイナーな神社であるし、カップルに関係あるようなご利益はなかったはずだが。

 なんだか、物凄く嫌な予感がした玉藻は、いつの間にか神社に向かって走り出していた。

 大きな鳥居をくぐりぬけ、神社に続く石段を一段ぬかしで駆け上がり、瞬く間に頂上にある本殿前までたどり着いた玉藻は、そこに、ありえない光景を見てわが目を疑った。


「あうう」


「ぐああ、う、うでがああ」


「足が、わしの足が折れて動けない」


 本殿前の広場には、神社を警護していたはずの屈強な霊狐族の警護士達が、明らかに半殺しにされた状態であちこちに転がされていた。


「こ、これはいったい」


 茫然とする玉藻だったが、とりあえず家族の安否を確認するために、警護士達の合間をぬって本殿へと直行する。

 荘厳な桧造りの本殿前の階段を駆け上がり、賽銭箱を境に向こう側に入れないようにしてある策を飛び越えて、その向こうにある本殿内部に靴も脱がずに上がり込んだ玉藻は、さらにそこでありえない光景を目にする。


「んなっ、欲ボケのじじいども?」


 開け放たれて中がよく見る状態となった本殿本間の祈祷の部屋。そこでは、神官装束の上に東方鎧を着込んで霊狐族正式戦闘衣姿になった霊狐族の者達が多数倒れている。無事でいる者は一人として存在していない。身に着けている鎧甲冑はほとんど壊れて使いものならなくなっており、板張りの床の上には折れたり曲がったりした刀や槍。倒れている者達の手足は曲がってはいけない方向に無残に曲がっており、全員顔は判別できないほど腫れ上がっている。腫れ上がりすぎた口からは悲鳴すら出すことができないのか、部屋に響くのは小さな呻き声ばかり。


「いったいこれは何事なの!?」


 自分の見ている光景がどうしても現実のものと思えずに、自分の両目をなんどもこする玉藻。

 それもそのはず。霊狐族の長老達は皆、齢二百年近く生きる大狐ばかり。禁止されている『異界の力』を極限まで鍛えてその身に宿し、その体は若い時のまま。全員、凄まじいばかりの武術の腕を持ち、『害獣』とは流石に戦えないまでも、相手が原生生物であればA級の怪物でも一人で倒すほど。相手がトップクラスの現役『害獣』ハンターであったとしても、余裕で渡り合えるほどで、その長老達をここまでめったくそにやっつけるとは、いったいここで何があったのか。

 『騎士』クラス、あるいは『貴族』クラスの『害獣』でも現れたというのか?

 しばらく困惑の表情で事態を見つめていた玉藻だったが、いつまでもこうしているわけにもいかず周囲へと視線を向ける。すると、今まで気がついていなかったが、明らかにこの里の者ではない者達が大勢この場にいることに気がついた。彼らもまた完全武装姿であるが、里の者達のような東方風の鎧装束ではない。その姿は玉藻がつい最近目にしたばかりのもの。


「ち、中央庁の直属部隊」


 その姿はあの御稜高校の大騒動の際も出動してきた兵士達と同じもの。彼らは、神社のあちこちに倒れている霊狐族の兵士達を、実に手際よく武装解除した上で拘束した後、担架に乗せていずこかへと運んでいく。その後を目で追って確認してみると、どうやら近くに駐車している中央庁の特殊武装馬車のトレーラーへと運びこんでいるようだった。

 運ばれていくのは兵士ばかりではない。女性と思われる中央庁の兵士達にそっと連れられていくのは、死んだ魚のような目をした子供達の姿。兵士達は、虚ろな目で虚空を見つめ続けている子供たちを気遣いながら、霊狐族の兵士達を運び込んでいる車両とは別のトレーラーへと誘って行く。

 何が何だかわからず、玉藻は茫然とした様子でそれらを見つめ続けていた。

 そんなとき


「問いかけます。あなた一体ここで何をしているのですか?」


 自分よりは明らかに年上、しかし、それほど年齢が離れてはいないとわかる若い女性の声。それを耳にした玉藻は、自分が敵地に乗り込んできたことを瞬時に思い出し、飛び退るようにしてその場から離れ、そして、構える。

 全身に闘気を巡らせながら視線を声のした方向に向けようとする。しかし。


「否。その拘束行為は不要ですやめなさい」


 再び発せられる若い女性の声。だが、それは玉藻へと向けられたものではない。それがわかったとき、玉藻は自分の背後に誰かがいることに気がついた。いや、背後にいるだけではない。その人物は玉藻の首元に抜き身の刃を添えているのだ。若い女性の声はこの背後の主にかけられたもの。

 全く気がつかなった。いつ忍びよられたのか、見当もつかない。いくら、油断をしていたとはいえ、完全な大失態である。

 自らの不甲斐なさにしばし呆然とする玉藻であったが、そんな玉藻の様子を知ってか知らずか、彼女の背後に立つ者は、声の主の命令に素直に従い、玉藻の首元から刃をどけた。

 玉藻は後ろに下がった人物の姿をようやく視認する。深緑色をした東方野伏装束(ニンジャスーツ)に、背中には短刀よりは長く、刀よりは短い独特の長さの忍者刀(シノビブレード)。四本の逞しい腕に二本の長い足。顔の三分の一ほどもありそうな大きな二つの複眼に、二本の長い触角。

 昆虫系種族の一つ、中央(アイン)飛蝗人(ライダーフェイカー)族の男性。御稜高校の騒動のときにも見た中央庁の特殊兵士の一人。確か、名前は鳶影(トビカゲ)と呼ばれていたことを、玉藻はぼんやりと思い出した。


「再度問いかけます。あなたは一体ここで何をしているのですか? 如月 玉藻」


 ぼ~っと自分の背後に立つ昆虫族の特殊兵士を見つめていた玉藻であったが、自分の名前を呼ばれたことに気がついて我に返る。そして、自分の目の前に立つ声の主のほうに視線を向け直して、よく見なおした後、ようやくそれが誰なのかを思い出した。


「たしか、美咲さん? 連夜くんのお義姉さん」


「是。確かに私は連夜の姉、美咲・キャゼルヌです。ですが、今は私が質問している側なのですよ、如月 玉藻」


「あ、す、すいません」


 玉藻は目の前に立つ自分よりもはるかに小さいその人物に向かってぺこぺこと頭を下げた。

 気がつかれないようにそっと目の前の人物の身長を玉藻は、目測する。推定百五十ゼンチメトル前後。かなり低い身長。だが、そのスタイルは決して悪くはない。大きくはないものの形よく膨らんだ胸に、くびれた腰。身長が低いため長いという印象は受けないものの、ほっそりとした足はなかなか魅力的。夜の星空にも似たつやつやと光る美しい黒髪は、後ろで括ってポニーテールにまとまっている。

 髪と同じ色の黒曜石にも似た黒い瞳だけはくりくりとして大きいが、耳も鼻も口も全体的に小さい。

 『美しい』と『かわいい』の比率でいうなら三:七であろうか。

 それでも彼女は間違いなく美女であった。そんな美女である美咲の姿を、ぼんやりと眺めていた玉藻であったが、目の前の美女の表情がみるみる険しくなっていくのを確認すると、再びぺこぺこと頭を下げ始める。


「すいません、すいません。本当にすいません」


「否。否です。私は謝罪を求めているわけではありません。説明を求めているのです」


「ともかくすいません。とりあえずすいません。何かわかりませんがすいません」


「否です。っていうか、『何かわかりませんが』じゃありません。どうしてここにあなたがいるのか、それについてしっかり説明しなさい。さぁ、早く!」


「ちょっ、やめ、ぐるじ、呼吸が」


 あまりにも要領を得ない玉藻の姿に、とうとうキレてしまった美咲。頭を下げ続ける玉藻の首を掴むと、がっくんがっくん揺らし続ける。最初はなんとか誤魔化せないかと思った玉藻であったが、目の前にいる小柄な美女が中央庁でも指折りの実力者であり、連夜の母親の側近であることを思い出して断念。近いうちに連夜の母親と会って、交際及び婚約を認めてもらわなくてはならないというのに、その人の側近の前で反抗的な態度をとってしまうのはあまりにもリスクが大きい。

 とはいっても、全てを話すわけにはいかない。

 ここに単身乗り込んできたのは里をぶっ潰すつもりでしたなんて絶対に言うわけにはいかないのだ。そこで玉藻は、ある程度事実をぼやかして話すことにした。


「なるほど。奴隷として売られた妹さんについて、この里の長老達に抗議をしにやってきたと。ついでに妹さんが今までどういう生活をしていたのか、確認しに来たというわけですね」


「はい、今回のことは、実の姉として放っておくわけにはいきません。幸い、中央庁の皆さんのおかげで妹と無事再会することはできましたが、この里にいる者達は自分達一族の子供を平然と奴隷として売るような鬼畜生ばかりです。今後、どのような愚行を起こそうとするかわかったもんじゃありません。二度とこういうことがないようにしなくてはいけないと思いまして、七年ぶりにこちらに窺わせていただいた次第です」


 一応、玉藻の説明に間違いはない。ただ、今後の予防手段について詳しく語っていないだけだ。玉藻の話を聞いていた美咲は、しばらく何かを考え込んでいたが、やがて顔をあげて納得したことを口にする。


「是。あなたがここにいる理由がよくわかりました。親切丁寧なご説明あるがとうございます」


「わかっていただけましたか!」


 勢い込んで身を乗り出す玉藻に対し、美咲は初めて笑みを浮かべてその両手を握る。


「是。つまりあなたは、今後自分達に手を出せないように、この里をぶっ潰すつもりでここにいらっしゃったわけですね」


「そうですそうです。って、完全にバレてるぅぅっ!」


 あっさりと真意を見抜かれて、玉藻は盛大に体をのけぞらせる。そんな玉藻の姿を微笑みを浮かべて静かに見ていた美咲であったが、やがて視線を彼女の背後へと移す。そこには忍者刀こそ構えてはいないものの隙のない様子で佇む昆虫族の護衛官の姿。美咲は目線で合図を送って彼を下がらせた後、未だ悶え続けている玉藻に再び視線を戻す。


「如月 玉藻。折角来ていただいたのに申し訳ありませんが、とりあえず、あなたが手を下す必要はなくなりました」


 その言葉ではっと我に返った玉藻は、再び周囲に視線を巡らせてそこに広がる無残な惨状を見つめた後、大きく深いため息を吐き出した。


「でしょうね。ここまで徹底的にやるとは。あなたたちの仕業ですか?」


「是。ここはもう一旦完膚無きまでに叩き潰しかない。そう判断せざるを得ない状況であると中央庁は判断したのです」


「と、いいますと?」


 何故か口ごもる美咲に気がついた玉藻は、無言で先を話すように訴える。すると、美咲はどこか諦めたような自嘲気味の笑みを浮かべて口を開いた。


「脱税や、裏帳簿や、独占禁止法にひっかかる行為から、児童虐待に洗脳、そして、売春に奴隷売買に暗殺稼業。この里で行われていた様々な犯罪行為が全て明るみになった」


「以前からうちの里のことを調べていらしたんですか?」


「否です。全くのノーマークでした。この里が犯罪の温床になっていることがわかったのは、先月あった御稜高校の大騒動のおかげ。あのとき捕まえた教頭が、様々な犯罪組織と関わりを持っていたのです。そして、それを裏付ける証拠の数々が彼の自宅から発見されました。それがこの里を強制捜査する発端となったのです」


 美咲の口から淡々と語られるその衝撃的な内容に、玉藻は絶句して固まる。脱税や他裏帳簿やら、児童虐待に洗脳についてなら玉藻もよく知っている。他にも自分が関わっていた違法薬物の栽培や妹の件で最近知った奴隷売買の件なども一応知ってはいたが、それ以外のことについては全く知らなかった。

 売春や殺し屋の真似ごとまでしていたとは。その後も続く美咲の説明で、玉藻はこの里がこれまで行ってきた悪行の数々を知る。出るわ出るわ。よくもまあ、ここまで真っ黒い一族もあったものである。希少種族を守るための特殊保護法案を隠れ蓑に、霊狐の一族はこれまで好き勝手やってきたようであるが、とうとうそれも今日この日終焉を迎えたのである。


「言い逃れできぬように動かぬ証拠をきっちり揃えた上での強制捜査です。流石に証拠そのものを持ってはこれませんでしたが、こちらにいる責任者の方々に具体的にそれがどういうものなのか、口で説明しただけでもわかっていただけたようです」


「そうなんですか。でもそれで長老達は納得しましたか?」


 美咲の言葉に困惑の表情で尋ねると、玉藻の予想通り彼女は即座に首を横に振って答えた。


「否です。頭では理解していただけたようですが、感情では納得していただけませんでした」


「そうよねえ。力こそ正義。自分達は比類なき力を持っている。故に正義。絶対に正義。ならば力押しが押し通ると思っている人たちだもんねえ」


 深い溜息を吐きだした玉藻は、いまだに担架による収容作業が行われている様子を見る。担架の上に乗って運ばれていくのは、勿論、満身創痍の長老達。力による解決を求め、そして、敗れたのだ。


「是です。我々下の者としては素直に捕まっていただきたかったです。ただ、この作戦を立案した方にとっては、こちらの皆さんのそういう反応は完全に想定内でした」


「え、まさか、長老達が力技で反撃に出るのを、最初から見越していたんですか?」


「是です。こちらの方々との交渉役は、作戦立案者本人が行ったのですが、行政執行の妨げになる行為をしてくるようにわざと挑発的な物言いで話を進めていました」


「うっわぁ。でもまあ、あのクソジジイどもはすぐ頭に血が上るからなぁ。最初から武力制圧するつもりだったなら口だけの挑発もかなり有効だったでしょうね」


「是です。子供の口喧嘩のような挑発でしたが、簡単に激昂してくれました。中央庁の兵士達を人質にでもしようとしたのでしょう。いきなり斬りかかってきました」


「なるほどなるほど。いきなり斬りかかってきた。って、え? ちょ、ちょっと待って下さい。あいつらに先制攻撃を許しちゃったんですか?」


 あまりにも美咲の口調が淡々としていたため、普通に聞き流してしまいそうになった玉藻だったが、その異常さに気がついて慌てて止める。

 この里の長老達は、傲慢不遜で冷酷非道。どこまでも自分勝手なとんでもない性格の者達ばかりであるが、それを押しとおすための恐るべき武力もまた有している。特に剣術、槍術は玉藻ですら一目置くほどで、抜き打ち気味に放たれる初撃に関しては、あらかじめ知っていなければ避けるのはかなりの困難。初めて相対した者ならば、かわすことはほぼ不可能であろう。

 なのに、そんな相手に初撃許してしまったというのだ。

 口をあけたまま唖然とした様子で固まる玉藻。そんな玉藻の姿を、美咲はどこまでも冷静な表情で見つめ返す。


「いかがしました?」


「い、いや、いかがしましたも何も。その交渉役の方は無事だったんですか?」


「是です。無事です。むしろ、盛大に逆らってくれてほっとした様子でした。『これで正当防衛成立。心おきなくボコボコにできるな』って、とても嬉しそうにしていらっしゃいましたが、何か、問題でも?」


 かわいらしく小首を傾げて聞いてくる美咲を、玉藻はなんとも言えない疲れた表情で見返す。


「いや、問題だらけでしょう」


 はふぅと、吐き出される大きなため息一つ。それを見た美咲は、ほんの少しだけ苦笑めいた笑みを浮かべて見せたが、すぐに表情をまた元の能面のようなものへと戻し、彼女を出口へと促す。


「まあ、ともかく、その後は見ての通りの状況です。戦える者はみな総出で向かってきましたけど、あまりにも相手が悪すぎました。あの方を、いや、あの方々を敵に回してどうこうなんてできるはずないのです」


「『あの方々』? は? あ、あの、この惨状は中央庁の兵士の方々と霊狐族の兵士達との激突の結果なのではないのですか?」


 聞きたい状況はもうほとんど聞いてしまったので、素直に出口に向かって歩いていた玉藻であったが、またもや聞き流しにできない内容に思わず足を止める。先を歩いていた美咲は、そんな玉藻に気がついて振り返ると、衝撃的な答を口にする。


「是です。具体的に言うなら、霊狐族の長老一派を制圧したのはたった二人です」


「ふ、二人!?」


 再び唖然として固まる玉藻。あまりの衝撃で頭の中はパニック寸前である。だが、そのとき、天啓のようにある記憶が彼女の脳裏によみがえる。

 ここに来る途中すれ違った異様な風体の男女二人。

 すれ違った後、しばらくその存在を感知できなかったあの二人。

 玉藻はこれでも武術の腕にはかなりの自信がある。そんな玉藻が、最初からあの二人を視認していた。視認していたはずなのだ。見通しの良い一本道をお互いまっすぐにやってきてすれ違ったのだから。なのに、玉藻はすれ違ってしばらくしてから気がついた。


「あの二人か」


 間違いない。長老達を再起不能にし、衛兵たちを半殺しにしてみせたのは、あのときすれ違った二人組だ。証拠があるわけではない。だが、玉藻の武術家としての勘は間違いなくあの二人だと告げている。

 玉藻の呟きを聞いていたのかいなかったのか、この後、美咲はこの件についてそれ以上なにも説明しなかった。そして、玉藻もまたこの件を追及しようとは思わなかった。

 どちらにせよ、彼女がやるはずだったことは、既に全て終わってしまったのだ。これ以上ここにいても玉藻にやるべきことはない。再度美咲に促され、玉藻は今度こそ素直に里の出口へと向かう。

 赤い鳥居を潜り抜け、神社の石段を下まで降りた後、玉藻はもう一度振り返って里を見る。

 今度ここを訪れるのはいつのことか。あるいは二度と訪れることはないのかもしれない。胸に去来する感傷にしばしの間浸っていた玉藻だったが、ふとあることに気がついて自分を見送ろうとしてくれている美咲に視線を向ける。


「あの」


「どうしました?」


「なんで、部外者の私にそこまで作戦の詳細を教えてくださったんですか? 今、教えていただいた内容って重要機密だったのでは」


 今更と思いはしたが、一応聞いてみる。すると、美咲は一瞬驚いたような顔をして見せた後、小さく噴き出した。

 相手の予想外の反応に玉藻は呆気にとられて固まってしまう。自分の質問のなにが面白かったのか、さっぱり見当がつかない。困惑しきりの玉藻の前で、美咲はしばらく右手の拳を口に当てて、くすくすと笑っていたが、やがて、笑いを納めると懐のポケットに手を突っ込み何かを取り出す。

 たおやかな指先に挟まっているのは折りたたまれた一枚の紙。

 それをすっと玉藻の方へと差し出した。


「私があなたに事情を説明した理由は、それを読めばわかると思いますよ」


「読んでもいいのですか?」


「是です。如月 玉藻。それはある人物からあなたへ渡すようにと預かった手紙です」


「ある人物?」


 意味深な言葉と共に手紙を手渡された玉藻。なんだか猛烈に嫌な予感がしたが、ここまで来て読まないわけにはいかない。

 覚悟を決めた玉藻はゆっくりと手紙を広げ、そして、書かれている内容を確認する。

 そこにはこう記されていた。




『事情を知って納得していただけたと思いますので、早く帰ってきてください。


 連夜


 追伸:今日の晩御飯は玉藻さんの大好きな稲荷ずしです』





 玉藻はその場にがっくりと膝をついて項垂れる。なんとも言えない敗北感が全身を打ちのめす。

 たった数行のメッセージではあったが、全てを知るには十分すぎる内容。

 そう。恋人の連夜は、玉藻の行動を完全に予想していたのだ。そして、玉藻が行動に移るよりもはるか前に手を打っていたというわけである。

 恐らく玉藻が単身霊狐族の里に乗り込むことを察知した連夜は、義姉の美咲に相談し中央庁の特殊部隊ができるだけ早くこの里に強制捜査に入れるように仕向けたのだろう。それにしても、なんという絶妙のタイミング。いったいどうやって彼女が今日行動を起こすことを知ったのだろう。それを予測していなければ、こんな手紙が用意できるわけないのだ。

 最愛の恋人がこの都市最高にして最悪の策士であることは誰よりもよく知っているはずの玉藻であったが、どうやらまだまだ彼には彼女の知らない底があるらしい。


「結局、全部バレてたってことか。本当にもう連夜くんは、とことん『人』が悪いんだから、もうっ!」


 半分照れ隠し、半分本気で怒って見せる玉藻。しかし、すぐに表情を和らげてため息を吐き出すと、手紙をわたしてくれた人物に視線を向け直す。今度こそ、この場所に用事はない。恋人の姉にして共犯者である人物に別れの挨拶をしようとした玉藻だったが、既に彼女の姿はそこにはない。

 さっきまで彼女のいた場所には、代わりに一枚の紙。

 それを拾って読んだ玉藻は、苦笑を浮かべてもう一度ため息を吐き出し、今度こそその場を後にした。

 手紙にはこう記されていた。



『あまりうちの弟を心配させないでください。そして、できうる限り側にいて守ってやってください』



 血がつながっていないにも関わらず、本当に仲の良い姉と弟に若干嫉妬しつつも、玉藻は家で待っているであろう恋人の元へと急ぐ。


「あ~あ、なんか悔しいから、今日は思い切り我がままいって甘えてやろうっと」

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