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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
172/199

第四十二話 『姫子の作戦とリンの策略』

 全く悪びれることなく犯行を自供する白澤族の少女に、玉藻の怒りが爆発。テーブルをひっくり返しそうな勢いで掴みかかって行こうとするところを、連夜が体を張って阻止。未だ、怒り収まらぬ玉藻の代わりに、さらなる質問をぶつける。


「それにしたって、どうやって知ったのさ。僕、ここに来ることは誰にも言ってないはずだけど」


「あんた、夏休みに入る前、随分熱心に観光ガイドブックの月刊『嶺斬泊ローダー』を読んでいたでしょ」


「う、た、確かに読んでいたけど」


「そのとき、あんたが妙に熱心に見ていたのが『ハリケンパーク納涼花火大会』、『シックスアーマーハーブ園』、そして、ここ『アクアパレス』の三つ。『ハリケンパーク納涼花火大会』は日程がまだ先だし、『シックスアーマーハーブ園』はいつ行ってもいいはずだけど、多分、あんたが行くとしたら月末にあるステーキ食べ放題の期間を狙うはず。そうなると、必然的に残るのはここ『アクアパレス』だけのはず」


 今にもワンピースの端からこぼれ落ちそうになっている大きな胸をそらして見せながら、リンは自信満々に説明して見せる。そんな真友の姿に半分呆れ半分感嘆しつつも、どうにも腑に落ちない点があることに気がついた連夜は、こめかみを押さえながらその疑問点を口にする。


「ちょ、ちょっと待って。確かに、その洞察力は見事なものだし当たっているけどさ。でも、いついくかなんてこと僕は誰にも言ってなかったはずだよ? そもそもここに来ることを決めたのは今日の午前中。はっきりいってほんの二時間と少しほど前なんだけど」


「いや、だって念話で確認したし」


「は? 念話? いや、僕、君からなんて念話を受け取ってないけれど、って、まさか!?」


 リンの予想外の答に再び呆気にとられる連夜だったが、はっとあることに気がついて自分の横に座る人物に視線を送る。するとその人物は、申し訳なさそうに身を縮めて顔を俯かせながらちらちらと連夜の顔に視線を向ける。


「だ、だってぇ、連夜くんにプールに連れて行ってもらうのがあまりにも嬉しかったから、つい誰かに聞いてもらいたくなっちゃってぇ」


「た、玉藻さん、よりによってこいつに念話しちゃったんですかぁ!?」


「・・・うん。あと、あ~ちゃんにも」


「ああああああ」


 がっくりとその場に崩れ落ちる連夜。そう、本当の意味での真犯人は玉藻なのだった。初めて二人でプールに行く。本格的に付き合いだしてはや数カ月。いろいろなところでデートをしてきた二人ではあるが、二人だけでプールに行くのは今日が初めて。そのことがあまりにも嬉しかった玉藻は、つい、妹分のリンとアルテミスに自慢したくて念話してしまったのだった。


「ごめん。まさかリンちゃんが裏切るなんて思ってなかったからさ」


「アルテミスだけならよかったんですけどねぇ。リンは、昔から面白い方へ、もっと面白い方へと物事を転がそうとする悪癖があるんですよ」


「えっへん」


「「威張るな!」」


 二人からのツッコミにもなんのその、更にその大きな胸をそらして強調して見せるリンであったが、流石に逸らし過ぎて本当に零れ落ちそうになり、慌てて両手で押さえながらしゃがみこむ。間一髪のところでポロリは阻止されて、ほっと一安心のリン。再び椅子に腰かけてテーブルの上に重い二つの大きな胸を乗せたリンは、困ったような笑みを浮かべながら連夜と玉藻を見つめ直す。


「でもさ、姐さんにはいろいろと連夜の中学時代の面白い話とか、女性の趣味嗜好とか、ともかくいろいろ有利になるような情報を教えてあげているわけよ。でも、姫子ちゃんにはほとんど何もしてあげてないわけ。ただでさえ姫子ちゃん不利すぎるからさ、これくらいいいっしょ?」


「よくないわよ。これから本格的に連夜くんとイチャイチャする予定だったのに」


「姐さんに悪いと思ったから、午前中は敢えて姫子ちゃんをけしかけずに抑えていたんです。姫子ちゃん、何度も飛び出して行こうとするから止めるのに苦労しましたよ」


「あ、あんなの見せつけられて、黙って見ていられるわけないじゃろうがっ!」


 地団太踏んで悔しがる姫子をまぁまぁと宥めたあと、リンは急に真面目顔になって連夜と玉藻のほうに顔を近づけ、他の者達には聞こえないように小声で話かけてくる。


(連夜のほうがよく知ってると思うけど、姫子ちゃんて妙に暴走するところがあるじゃない)


(む、それは確かにそうだけど、それが何か?)


(それほど長い付き合いじゃないけど、あの子が連夜に対して相当に入れ込んでいることはわかるし、かなり暴走し始めていることもわかってる。このまま野放しにしたら、いったいどういう風になってしまうのか流石の私も見当がつかない。また、あのモモンガの姿に逆戻りになってしまうかもしれないし、あるいはそれ以上に悪い結果になるかもしれない。それは連夜だって本意じゃないでしょ)


(まぁ、それはそうなんだけどさ)


(思い込んだら一直線の猪突猛進娘だから、完全に止めるのは無理。だったら、こちらである程度方向だけでもコントロールして、燃料切れになるまでぶつからないように走らせ続けるしかないっしょ。あんた姫子ちゃんの友達なんだし、当事者でもあるんだから、それくらい協力しなさいよ)


(それを言われると)


(姐さんだって、裏で連夜にコソコソやられるよりは目に見えるところであったほうがいいでしょ?)


(それもまあそうなんだけど)


(それに二人とも絶対お互いが浮気しないって信じているんでしょ? それなら姫子ちゃんが多少アタックしてきたって問題ないはずよね。連夜も姐さんもさんざん日頃から惚気てるんだから、今さら前言撤回は許さないわよ)


((ううう、そりゃ信じているけど))


(じゃあ、決まりね。私も今回のことを黙っていたことについては二人に謝るわ。ごめんなさい。これからは姫子ちゃんを二人のところに誘導するときは、必ず事前に連絡する。ただし、二人とも逃げないように。ちゃんと姫子ちゃんの相手をしてあげて。断るなら断るでいいからさ)


 両手を合わせて頼みこんでくるリンの姿に、二人は顔を見合わせる。

 連夜は、既にキッパリと彼女に対して恋情はないと断言している。彼女の告白を正面から受け止め、真剣にその思いに対し答を返した。それ以上はない。姫子との関係が『恋人』以上になることはない。彼の心の中で、その地位に就くことができるのはこの世でたった一人しかいない。例え、玉藻が連夜の前から去る日が来たとしても、連夜が他の誰かを受け入れる日は決して来ないだろう。

 どれほど強く望もうとも姫子の願いがかなう日は永久に来ない。そのことを一番よくわかっている連夜としては、素直に諦めてほしいところ。しかし、同時に連夜は、姫子がそう簡単には諦めないであろうこともよくわかっていた。

 頑固なのだ。

 頑固一徹なのだ。

 可憐な美少女然とした容姿とは裏腹に、昔気質の職人並みに頑固なのである。

 一旦こうと決めたらとことんまで。ガキ大将だった幼き頃から、その性質は全く変わっていない。かつて、近所の悪ガキどもをかき集め、悪の限りを尽くしていたときに、玉藻とミネルヴァの最強コンビに嫌というほどこっぴどく懲らしめられたことがあった。しかし、彼女は一度や二度叩きのめされても改心せず、何度も何度も玉藻とミネルヴァに再戦しては潰されるということを繰り返した。結局、連夜が割って入ったことが切っ掛けとなってようやく改心したわけだが、ともかく、あの一件を見ている連夜としては、姫子がそう簡単に引いてくれはしないだろうとわかっていた。

 彼女のことは嫌いではない。『友達』としてならばかなり好きだと言ってよい。だが、そこに恋愛感情は全くないのだ。

 そう考えるとやはりお互いの為にも、玉藻の為にも、ここはキッパリ彼女と絶縁すべきか。

 そもそもこれは連夜と姫子の間の話であるし、玉藻を巻き込むには筋が違う。姫子との『友情』を大事にしているリンには悪いが、そう決意して言葉を発しようとした連夜だったが、それよりも早く、リンの提案に『承諾』を出したものがいた。

 玉藻だ。


(わかったわ、リンちゃん。その提案を飲んであげる)


(ちょ、玉藻さん)


(姐さんならそう言ってくれると思ってました)


(別に連夜くん絡みじゃなくても、正面から喧嘩売ってくる奴らから逃げたことは一度としてないからね。今まででとなんら変わらない。それにさ)


 リンや連夜達から視線を外した玉藻は、少し離れたテーブルではるかやミナホ相手にぐちぐちと文句を言い続けている姫子の姿を見つめる。どこかで会ったことがあるよう気がしていた。あの龍族の困った姫君とは遠い昔にどこかで会ったことがあるような記憶が。とてもとても懐かしい記憶。そして、唐突にある記憶を思い出し苦笑する。


「あの子とよく似た性格の子を知っているのよ。姿形が全然違うから別人だと思うんだけどさ。物凄い悪ガキでねぇ、あまりにも悪いことばっかするもんだから、私とミネルヴァで何度も捻ってやったもんなんだけど、何度捻ってやっても懲りるってことを知らなくてさ。なんだか懐かしいわ」


「へぇ、姫子ちゃんと似た性格の子かぁ。で、結局、その子はどうなったんですか?」


「知らないわ。私は中学校に進学するときに当時住んでいた場所から、遠く離れた全寮制の学校に行くことになったから。でも、小学校六年生の卒業のときまであの子、私達に勝負を吹っかけてきたわね。勿論、最初から最後まできっちり返り討ちにしてやったけど」


「あはは、姐さんらしいや」


「うふふ、そうね」


 朗らかに笑いあうリンと玉藻。しかし、横で話を聞いていた連夜はただ一人、こめかみを押さえながら深いため息を吐き出す。真実を知っている彼としては到底一緒になって笑える内容ではなかったからだ。しかし、いつまでも顔を伏せているわけにはいかない。もう一度ため息を吐き出した連夜は、玉藻に問いかける。


「本当によろしいんですか、玉藻さん。そもそもは僕と姫子ちゃんの問題ですし」


「いいのよ、連夜くん。あの石頭に連夜くんが何言ったって聞き入れやしないわよ。それにこれは連夜くんの『(つがい)』である私にも大いに関係のあること。ともかく、姫子ちゃんの挑戦はいつでも受けるわ」


 今度は姫子の耳にハッキリ聞こえるように断言する。すると、その言葉を敏感に察知した姫子が、こちらへと振り返る。食べかけのレモンチリドライカレーをその場に置いたまま立ちあがり右手に持ったスプーンを玉藻のほうに突きつけた。


「よく言った、如月 玉藻。ならば、早速受けてもらおうか。私はおまえを叩きのめし、私こそが連夜に相応しいことを証明してみせる」


 空いた左手を腰にあて、挑発的に大きな胸を揺らしながら自信満々にそう断言する姫子。しかし、その姿を見ていた連夜は、またもやこめかみに手をやって大きくため息を吐き出し、そして、その横にいるリンは、姫子に容赦のないツッコミを入れる。


「姫子ちゃん、セリフはかっこいいけどさ。口にドライカレーがいっぱいついたままだよ」


「へ? きゃ、きゃああああっ!」


 この後、もうひと悶着ほどあったのだが、とりあえず皆で話し合って先に昼食を済ませてしまうことに。

 皆、思い思いに昼食を楽しみながら賑やかに時間が過ぎて行く。やがて、その昼食も終わりをつげ、一行はテーマパークの中にある砂浜へと移動する。ビーチバレーやフリスビー、砂遊びなどに興じている人々の間をかきわけ進み、ある程度空いている場所を見つけて陣取る。

 一行の中から二つの影が別れて進み出てそれぞれ少し離れた場所へと向かう。玉藻は滑り台のある山を背にして立ち、姫子は大勢の人で賑わう姿が見える人口波のプールのあるほうを背にして立った。

 対峙してお互いを睨みあう両者。やがて、一行の中から美しい白銀色の毛並みを持つ狼型獣人族の少女アルテミスが進み出て両者の間に立つ。


「これより、玉藻姐さんと、龍乃宮委員長の一対一の真剣勝負を行います。ルールは簡単。相手を失神させるか、地面に背中をつけさせたほうの勝ち。基本的になんでもありですが、殺し合いではないため、相手に大怪我を負わせるような攻撃を行うことは禁止。勿論、武器の使用も禁止とします。あ、怪我を避けるために防具は使ってもおっけ~です」


「心配しないであ~ちゃん。怪我させたりしないから。この前の対戦でこの子の実力は大体わかってるし。そもそも、私は防具なんて必要ないわ。姫子ちゃんは使ってくれていいわよ。はずみで怪我をさせちゃうかもしれないから。おほほほほ」


 自信満々にそう言い切って高笑いする玉藻に対し、審判を買ってでたアルテミスは苦笑を浮かべる。彼女は御稜高校内での最初の激突のとき、その場にいて観戦していたから知っている。だからこそ、玉藻の言葉通りになるだろうなと確信しての苦笑だった。


「姐さん、なるべく穏便にお願いしますね」


「わかってるわかってる。任せてちょうだい」


 元気よく力瘤を作って見せる玉藻の姿に、アルテミスばかりではなく少し離れた場所で見守っている連夜達の表情にも苦笑は浮かぶ。だが、そんな中、たった一人別の意味の笑みを浮かべていた者がいた。


「一応、言っておく。この前の私と今日の私を同じと思わぬほうがよいぞ、如月 玉藻」


「なに?」


 玉藻の視線の先には、不敵の笑みを浮かべる姫子。どうやら、空元気から作り出された笑みというわけではないらしい。妙な胸騒ぎを覚えた玉藻であったが、表面上は余裕の態度を崩さないまま姫子の言葉を待つ。現在姫子が、本体を取り戻したばかりで本調子でないことを、玉藻は連夜から聞いて知っている。また、この前の手合わせで彼女の武術の腕前もある程度確認できた。玉藻の見立てでは本調子になったとしても、玉藻には及ばないだろう。どう考えても負ける要素はどこにもない。

 ないはずだ。

 だが、どれだけ考えても抑えることができないこの妙な胸騒ぎはなんだろうか。

 しかし、その不安の原因は対峙する相手からすぐに教えられることとなった。

 玉藻の目の前で、姫子は自分の左腕を前へと突き出して見せる。目を凝らして見ると、そこには真紅のブレスレッド。中心に一際大きな紅玉が組み込まれたそれは、姫子が気合いを発するとともにまばゆい光を放ち、一瞬にしてブレスレッドから美しい小手へと姿を変えた。


「これこそが私の奥の手。連夜と私を繋ぐ大事な絆の結晶」


「れ、連夜くんとの絆の結晶ですって!?」


「そう。かつて私が力を失い命を落としかけた時に、私を助けるために作り出してくれた最強の防具。その名も『空微聖』」


「く、『空微聖』ですって」


 『空微聖』

 東方の特殊超金属『クレナイヒヒイロカネ』で作りだされた小手に、勇者の力の一部を紅玉に変化させたものを組み込んで完成させたもの。

 元々はその勇者の力を封じ込めた紅玉そのものを指す名前であったが、姫子がそのまま小手の名前として使うようになった。

 防御力は騎士クラスの『害獣』の一撃をも凌ぎ、またそればかりか、装着者の能力を何倍にも増幅させ、自動回復能力や防具貫通攻撃などといった様々な特殊能力をも備えている。まさに万能にして最強の防具。

 

「って、ちょっと、何それ怖い。完全に反則じゃないの!」


「ふははは、何を言うか如月 玉藻。これは武器じゃないから反則にはならない。それに防具を使っていいと言ったのは他でもないお主ではないか」


「ぐ、ぐぬぬ」


 攻守逆転。先程と打って変わって立場が変わってしまった両者。自分が言い出したことだけに、ごり押しできず玉藻は悔しそうに歯噛みする。

 だが、盛り上がっている当事者二人と対照的に、見守っている者たちの反応はむしろ逆。そこにあるのは痛いくらいの沈黙。たった一人を除き、皆、呆れ果てたといわんばかりの様子で姫子のことを見つめている。


「みんなやけに冷静だが、あの防具の使用を止めなくていいのか?」


 ギャラリーの中で一人だけ事情がわかっていないフェイが、困ったように他の者達に問いかける。すると、全員顔を見合わせた後、代表してクリスが口を開いた。


「いや、確かにあれはとんでもない防具なんだよ。今、世界に現存しているあまたの防具類の中で間違いなく最強クラスのモノの一つだ」


「じゃあ、使用を止めなきゃいかんだろ。自動回復能力に防具貫通攻撃ってなんだよ。他にもいろいろ特殊能力があるんだろ? そんな反則な防具使ったら、流石の玉藻姐さんもただじゃすまないのでは」


「使えたらな」


「え?」


「ま、いいから黙って見とけって。どうせ大したことにはならねぇよ」


 なんとも言えない苦い表情でつぶやくクリスに、周囲の者達は一斉にため息を吐き出す。そんなギャラリーの様子に気がつかないまま、当事者達のほうはかなり盛り上がってきていた。


「連夜からプレゼントされたこの一品は、私を何度も窮地から救ってくれた」


「ぷ、プレゼントされたぁ?」


「あらぁ、恋人の玉藻さんも使っていただいてよろしいのじゃよ。もっともプレゼントされていたのならということじゃが。それとも、こんな凄い一品もらったことないのかしら? 恋人なのに? あらまぁ、残念じゃのう。おほほほほ」


「ぐぐぐぐ、き、きっさまぁ」


「ほほほ、そこでとくと見るがよい。この『空微聖』から放たれる『勇者』の力を。私は守る。連夜が紡ぎ育てる優しい夜の平穏を。私は戦う。連夜が与えてくれたこの力で。勝負じゃ、如月 玉藻っ!」


「くっ!」


 真紅の小手を前へとかざし構える姫子。そして、反射的に後ろに飛び退って距離を取り同じように半身に構える玉藻。いよいよ激突のとき。

 かと、思われたのだが。


「あ、あれ?」


 突如、間抜けな顔をして体を硬直させる姫子。妙に困った表情で身に着けた小手を見つめると、角度を変えたり振ってみたり構えなおしてみたりと、なんだか様子がおかしい。


「あ、あれ? あれ? あれれ?」


「何よ、どうしたのよ」


「ちょ、ちょっとタイム。一時停止。ちょっとだけ待ってなさいよ。いいわね」


「はぁ?」


 一方的にそう宣言してから構えをといた姫子は、左手に装着していた小手を外して調べ始めた。しかし、どこにも異常らしきものは見つからず、しきりに首をかしげながらおかしいなぁおかしいなぁと呟き続ける。そんな姫子の様子を呆れた様子で見つめていた玉藻だったが、やがて周囲が自分と同じような表情をしていることに気がついて視線を向け直す。すると、その視線に最初に気がついたリンが、横に立つクリスになにやら合図を送る。その合図を受け取ったクリスは正確にその意味を理解し、ため息を吐き出しながら、未だに小手をいじくり倒している姫子に声をかけた。


「お~い、委員長、ちょっといいかぁ」


「なんじゃ、いま忙しいから後にしてくれ」


「いや、どうでもいいけどさ、いくらいじくりまわしても、今のおまえにその防具は使えないぞ」


「え?」


 クリスの言葉に硬直する姫子。そんな姫子に呆れ果てたといわんばかりの表情を向けたクリスは、仕方ないという風に説明を開始。

 そもそも、この防具は連夜と同じ『異界の力』を持っていない者の為に作られたモノである。『異界の力』を持たぬ者は、当り前であるが持つ者に比べて圧倒的に身体的能力が落ちる。種族によっては人間族並みにその力が落ちる者も存在する。この厳しい世界において、そこまで力が落ちてしまうと生き残るのは並大抵のことではない。

 奴隷として犯罪組織に捕まっていたとき、連夜の周囲にはそんな子供たちがあふれていた。そんな彼らを一人でも多く救いたいと思った彼は、己の中にあった『勇者』の力を取り出し、それらを封じ込めた宝玉を百八つ作りだした。

 それらを様々な防具にセットすることで生まれたのが『空微聖』をはじめとする『勇者の魂』である。

 この防具の力の源となっている『勇者』の力は、害獣と同じくこの世界自身が生み出したもの。これらの防具は、クリスもKも持っており、そしてまた使うことも当然できる。

 しかし、それは二人にある共通点があるから。

 Kは生来『異界の力』を持たず、クリスは害獣との死闘の果てに四肢を失うことで『異界の力』を完全に失っている。つまり両者とも『異界の力』を全く持っていないが故にこれらの防具の能力を発動させることができるのだ。

 では、姫子はどうなのか。

 彼女がこの防具を連夜からもらったとき、確かに彼女には『異界の力』が全くなかった。

 『異界の力』を暴走させた結果、それらの力は全て分身体に持っていかれてしまい、モモンガの姿になって残された彼女には『異界の力』が全くなくなっていたのだ。

 そのため、普段は美少女の姿をした人型義肢『龍乃宮 瑞姫』の中に潜み、義肢の体内に設置した『異界の力』を封じ込めた特殊な『珠』を発動させることで同族達の目を欺き続けて生活してきたのである。そんな状態であったからこそ、『空微聖』を使うことができた。

 だがしかし、今は。


「つ、つまり『異界の力』を存分に蓄積しているこの本体を取り戻してしまった今となっては『空微聖』を使うことができないってこと?」


「そりゃそうだろ。その紅玉に封じられた『勇者』の力っていうのは、最弱の種族である人間族の救済処置として、この世界そのものが選び渡した力なんだぜ。本質的には『害獣』と同じ。つまり『異界の力』とは相いれないってことだ」


「う、うぼわあぁぁぁ」


 今更ながらに真実を知ってその場に膝をついて突っ伏す姫子。今度こそ不倶戴天の仇敵である如月 玉藻をぎゃふんと言わせることができると思っていただけに、その失望感は半端なものではない。だが、彼女を襲う悲劇はまだ続いていた。結構な長時間何もしないまま、みんなと離れた場所で一人ぽつんと立っていたのが悪かったのであろう。ただでさえ、人の目が多い場所。客観的に見ても超絶的な美少女である姫子。しかも、御稜高校だけではなく、周辺の他校にもその名を轟かしている有名人の彼女である。その素性がバレルのは時間の問題であったのだ。

 そして、ついにそのときが訪れる。


「あ、あの、御稜高校の龍乃宮 姫子様ですよね」


「あ、ああ、そうじゃ、がっ!?」


 声をかけられた方に生返事を返しながらのろのろと顔をあげた姫子は、眼前に広がる光景に絶句する。物凄い数の少年少女の姿。ほとんど同年代と思われる各種族の少年少女達が半円を描くようにして姫子を取り囲み、やたら目を輝かせながらこちらを凝視している。


「やっぱり。あ、あのよろしかったら僕らと一緒にビーチバレーしませんか」


「おい、抜け駆けすんな。姫子様は、俺達と滑り台に」


「いいえ、姫子様は私達とあちらでお茶を飲みながらお話を」


「ええい、どけどけ、高貴な姫子様は波打ち際で犬と戯れるのが絵になってよいのだ」


「姫子様、こちらへ」


「いえいえ、こちらへ」


「姫子様、こちらにいらっしゃってください」


「う、うぎゃああ、お主ら、やめよぉぉぉ」


 断る暇もないくらいに次々と四方八方から浴びせられるマシンガンのような勧誘の嵐。押しとどめようとしてもあまりの数に押しとどめることはできず、あっという間に人の波の中へと姫子は埋もれていった。

 その様子をしばしの間、唖然として見送る玉藻達。やがて、我に返ったはるかやミナホ達御側衆が、姫子救出のために群衆の中に飛び込んでいくが所詮は焼け石に水。姫子達と群衆でできた人団子はいずこかへ流されて行ったのだった。そして、その去り際。


「き、如月 玉藻。これで勝ったとおもうなよ。私は必ず帰ってくるから、って、きゃあああ、ど、どこを触っているのですか。や、やめなさい、はなしなさい、ええいもう、ばかあぁぁっ!」


 なんとも言えない捨て台詞を残し、今度こそ本当に姫子達は姿を消した。あまりの事態に唖然としたままの玉藻達の中、いち早く我を取り戻したリンは玉藻に駆け寄りその腕を高々とあげた。


「勝者、玉藻姐さん」


「私が勝ったというよりも、姫子ちゃんが勝手に負けたというべきなんでしょうけどね」


 なんとも言えない苦笑を浮かべる玉藻につられ、他の者達もまた同じような苦笑を浮かべる。時刻はまだ午後二時になっていない。まだまだ遊ぶ時間はある。玉藻の腕を下ろしたリンは、ここらが潮時だと判断して連夜を玉藻の側へと連れてくる。


「二人のデートの邪魔しちゃってごめんね。でも、とりあえず、今日のところは姫子ちゃんももう何もできないだろうけど、もしまた姫子ちゃんが二人の邪魔をしそうなら私が責任を持っておさえるよ。だから、後は二人きりで楽しんで来て」


 申し訳なさそうに笑いながらそう告げたリンは、みんなの元に走って戻っていく。仲間達はそれぞれこちらに頭を下げたり手を振ったりしながら人ごみの中へと消えていく。二人は、そんな彼らをしばし見送っていたが、どちらともなく顔を見合わせた。お互い口を開こうとしては閉じるということを繰り返し、やがて、連夜が玉藻に先を譲る。


「連夜くん、今日は泊って行くんだよね」


「はい。夜くらいは玉藻さんを独占したいですから」


「私も夜くらいは連夜くんに思いっきり甘えたいな。でも、折角だから今はみんなと一緒でもいいよね。そのほうが楽しそうだし」


「そうですね」


 そう言って笑みを浮かべた後、二人は消えゆく仲間たちの背中を追った。

 この日、彼らは日が暮れるまでプールで遊び倒し翌日は昼近くまで起きれなかったという。

 ただし、連夜と玉藻に関しては、プールで遊んだことだけが起きれなかった原因ではなかったようだが。


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