第四十一話 『トラブルメーカー』
玉藻は知っている。
彼女が選んだその人が、かつて強大無比な力を持っていたことを。
上級種族の究極の姿『超越者』ですらたどり着けないほどの圧倒的な力を持っていたことを。
あの日
霊狐族の秘術『祝いにして呪いなるもの』で愛しき人と魂で繋がったとき。
玉藻はそのことを知った。
本来、いくら秘術を使おうとも上級種族と下級種族は魂のレベルで繋がることはない。そんなことは普通ありえない。だが、彼はそれを見事受け入れた。玉藻が作り出した巨大な術を受け入れるだけのが土壌が、最初から彼の中にあったのだ。いや、土壌というよりも空洞と言うべきか。
彼の魂の中にあったのは巨大な空間。その中は空っぽ。ほとんど何も存在していない。わずかに存在しているのは誰かが残していった様々な思念。怒り、後悔、悲しみ、恨み。そういった様々な負の思いが魂の底に沈殿している。そして、巨大な空間のあちこちに、凄まじい力の残照。それは『異界の力』ではない。間違いなくこの世界に存在している力。
いったいその力はどこに行ってしまったというのだろう。
流石の玉藻にもそれを知るすべはなかった。だが、別にそのことについて深く思い悩んでいるわけでもない。本当に重要なことはちゃんとわかっているのだから。この巨大な空間が何の為に生まれたのかを。そのことだけははっきりとわかっている。
全ては玉藻の為。
彼女の選んだ人は、彼女が彼を選ぶよりもずっと以前に、彼女のことを選んでくれていたのだ。選んでくれていたが故に、彼は己の中にあった巨大な力を迷うことなく捨てた。彼女が彼を選んだそのときに、間違いなく彼女を受け入れることができるようにと。
何故それがわかったのかと問われても答えることはできない。しかし、彼女にはわかったのだ。
ともかく、彼は『力』よりも『彼女』を選んだ。それが全てだ。
そして、今、彼は彼女のすぐ側にある。二つの魂は固く強く繋がり、これから二人が共に進んで行くことになる道は終生別れることはない。彼女の求めに彼は応えた。過不足なく、彼女の求める全てに魂まで賭けて応えてくれた。
ならば、彼女もまた応えなくてはならない。彼女の為に『力』を捨てた彼の為に、彼女自身が『力』になる。
守る。
彼女が側にいる限り、何者にも傷つけさせやしない。何者にも奪わせやしない。
「そこの綺麗なおねえさん。そんな貧相なガキンチョとくっついてないで、俺達と遊ぼうぜ」
「そうそう。そんな奴そこらへんに放っておいてさ。楽しく遊ぼうや」
「だいたいそいつ最低劣等種の人間族だろう? 趣味悪いぜ。俺達ならみんな上級種族、よりどりみどりだぜぇ」
明らかにナンパとわかる若い男達の集団。全員それなりに顔はよく、均整のとれた筋肉質の体をしている。黙って立っているだけでも、女が放っておかないであろうイケメン集団である。自信満々に彼女を口説きに来るのもわからないでもない。しかし、今回ばかりは相手が悪かった。
いや、悪すぎたというべきか。
自分達の容姿が優れていることを自覚し、少々傲慢になっている彼らは気がつかなったのだ。自分達がどれほど危険な相手に声をかけてしまったのかということを。ある程度腕の立つ者なら、彼女が如何に危険な存在であるか、間近にいかなくても敏感に察知したであろう。また、腕に覚えがないものでも、彼女の全身から発せられている尋常ではない闘気に気圧されて声をかけようとしてもかけられなかったに違いない。
運が悪いことに彼らはそれらを察知することができなかった。あるいは普段なら察知できたのかもしれないが、あまりにも上玉な獲物の姿に、それらを意識的にスルーしてしまったのだろう。
そして、彼らは彼女の逆鱗をやすやすと踏みぬいた。
決して触れてはいけない個所を、自分達に都合のいい常識に照らし合わせてそれらを安全圏と思い込んでしまったのだ。
彼女は男達の言葉に答えない。緊張しているからではないし、恥ずかしがっているからでもない。どうしようか悩んでいるわけでもなければ、焦らしているわけでもない。
怒っているのだ。自分が一番大切にしている者を口汚く貶されて、激怒しているのである。彼女の体は怒りのあまり震えが止まらない。水着姿で長時間泳いでいたからなんて理由では勿論ない。噴火寸前の火山のそれと同じなのである。だが、ナンパ男達は気付かない。
気付かないままにさらに調子よく舌を動かす。
「あ、ひょっとしてこの下等生物に何か弱みを握られて脅されているとか?」
「なんだぁ、それならそうと早く言ってよ。俺達これでも結構強いんだぜ」
「一応傭兵としてそれなりに名前も通ってるしさ。おい、おまえ、痛い目を見たくなかったら、この人から離れろ。そして、二度と近づくんじゃない。さもないと、こうだぜ」
ナンパ男達の一人が不意に右腕を振る。すると、真横に植えられているマングローブの葉っぱがまとめて数枚飛び散った。それを見てにやにやといやらしい笑いを浮かべたその男は、獲物である彼女の横に立つ少年へとゆっくりと近づいていく。
「な? こうなりたくないだろう。だからさ、さっさとどこかへ行ってくれよ。こっちも余計な手間を増やしたくないしさ」
「いやです」
少年はその警告に対し間髪入れずに拒否の返答。しかも怖がるどころか呆れ果てたと言わんばかりの様子。それを見て、男達の表情が一変する。
「舐めるなよ、小僧。あんまり粋がっているとシャレじゃ済まない事になるぜ」
一層凄みをきかせて脅してくる男達に、黒髪黒目の少年はどこまでも反抗的な態度を崩さない。やがて、苛立った一人が実力行使に出ようとする。意味不明の言語を発しながら少年に肉薄。巨大な拳を少年の顔面に叩きこもうとした。
だが、そのとき。
横に立つ霊狐族の美女の片足が一瞬霞んで見えなくなる。そして、次の瞬間何かが折れる異様な音。
「え?」
少年に暴力を振るおうとしていた男は、場違いなほど間抜けな声を発してその場に立ち尽くす。恐る恐る音のしたほうに視線を向け直した彼は、そこに力なく垂れ下がる己の腕を見る。肘から下がぶらぶらと力を失って揺れているのがよく見えた。一斉に青ざめる男達、そして、腕を折られた男は数瞬の後にその場に崩れ落ちると、悲鳴を上げながら転げまわる。
「腕がぁ。俺の腕がぁ」
「て、てめぇ、よくも」
「黙れっ!」
殺気立ち一斉に少年に殺到しようとする男達の前に、霊狐族の美女が立ちはだかる。彼女の怒りは限界を超えた。最早、ただでは返さない。耳まで裂けた口を盛大に見せつけながら、獣の本性を見せる彼女は男達に怒りの視線を向ける。
「黙って失せれば見逃してやらないこともなかったのに、本当に頭の悪い奴らね」
「な、なんだとぉっ!?」
「お、俺達の実力を見てなかったのか? 本気になればただでは済まないんだぞ」
「見ていたから呆れているんでしょうが。よくもまあ、その程度の腕で大きな顔ができるものだわ」
「こ、この女、随分調子に乗ってくれてるじゃないか」
「構うことはねぇ。この際力づくでやらしてもらおうぜ」
「まぁたまにはそれもいいか」
美女の挑発に対し、完全に下卑た本性を現した男達。折角整った顔も、いやらしい欲望で脂ぎって台無しになってしまっている。そんなことにも気づかないまま、男達は狼藉を働こうと包囲網を縮め始める。
だが、そんな男達に美女は全く怯まない。怯む必要なんて全くないからだ。『狐』と『人』が半々に入り混じった顔になった彼女は、嘲笑を隠そうともせぬままに手刀を突き出して半身に構える。
「よくも私の愛する人を口汚く罵ってくれたわね。おまえら全員万死に値する」
「はぁ? 何言ってるんだ、女!?」
「人の恋人を踏みにじろうという奴らは、『狐』に蹴られて地獄に落ちろ!」
そして、一分後。
「よりによって激怒している時の玉藻さんに喧嘩を売るなんて。まあ、もとはと言えばあなた達が悪いんですし、自業自得ということで、とりあえず、成仏しておいてください」
連夜の目の前を、半殺しにされた男達が流されていく。川の流れを再現したプールの中、失神した状態で男達はゆっくりと遠ざかっていくのを連夜は合掌しつつ見送った。しかし、よく見ていると、連夜のいる場所からそれほど離れていないところで、ナンパ男達が何人かの野次馬の手でプールから引き上げられているではないか。監視員の人か何かかなと思ってしばらくその場に留まり続ける連夜と玉藻。ひょっとすると今回の騒動の事情を聞かれるかもしれないと思って警戒していたのだが、事態は連夜達の予想とは全く違う方向に。
「てめぇら、よくも人の女に手を出してくれやがったな」
「うちは妹だ」
「こっちは妻だ」
「私のところは娘ですわ」
「暴力振りかざして好き勝手やってくれやがって」
「いい機会だ、やっちまえ」
『おうっ!』
と、続々と集まってくる群衆によってボコボコにされ始めている。どうやら、玉藻達にだけでなくあちこちでひどいことをしていたようだ。群衆の激しい怒りに晒されているナンパ男達の哀れな末路にもう一度合掌する連夜。そんな連夜に場違いなほど明るい声が聞こえてくる。
「さ、連夜くん。次のアトラクションに行きましょ。私、滝があるところに行ってみたいなぁ」
「あ、はい、そうですね。あは、あははは」
満面の笑みを浮かべる玉藻の手に引っ張られ、連夜はその場を後にする。少々顔が引きつって乾いた笑いが浮かんでしまうが、彼の恋人は元々こういう人だと思い出してすぐにそれを消す。そして、走る速度を速めて恋人に追いつき二人並んで次の場所へと向かうのだった。
玉藻が美人過ぎることと、連夜が最底辺の種族であることが原因で、先程のように邪な欲望丸出しの男達に絡まれることが他にも二回ほどあった。しかし、それでも二人はこのプールでのデートを存分に楽しんでいた。玉藻はきっちり連夜をガードし、連夜は玉藻が楽しめるようにといろいろと世話を焼く。息のあったコンビネーションで、邪魔者達をモノともせず、二人は今日のデートを満喫していったのだった。
「あ~あ、流石に運動しすぎてお腹減っちゃたね」
「ちょうど午後一時になったところですし、お昼ご飯食べに行きましょうか」
「行こう行こう。連夜くん、何が食べたい?」
「そうですねぇ。僕は玉藻さんが食べたいものでいいですけど」
「ダメよ、連夜くんがちゃんと選んで」
「そうですかぁ、それじゃあ」
傍から見ているだけでも幸せになれそうなピンク色のオーラを全開にしつつ、二人は仲良くレストランを目指す。レストランは滑り台がある岩山の裏手、ちょうど日陰で涼しい環境にあるところにある。ちょっと、遅めのランチタイムではあるが、それでもレストランは人でいっぱい。客と店員でごった返し、人々の楽しげな会話の声が絶えない。そんな人の海の中をかき分け進んだ二人は、ようやく空いている席をみつけてそこに座る。
「やれやれ、やっと座れたわねぇ」
「ほんと凄い人ですね。平日のはずなのに、なんでこんなに人がいるんだろ」
やってきたウェイターから水が入ったコップをもらいながら、顔を見合わせて苦笑を浮かべる連夜と玉藻。あらためて周囲を見渡すと、やけに家族連れの姿が目立つ。
「そういえば、家族連れ多いわね」
現在、学生達は夏休みの真っ最中。小学生から大学生までその期間に大きく違いはない。しかし、働いている大人達は違うはず。なのに家族連れがやたらと多い。一体全体どういうことなのやらと首をかしげる二人に対し、答は意外なところから来た。
「カワラザキ重工の社員の皆様と、その家族の方々でございます」
「「へ?」」
声のした方に二人が振り向くと、そこには水を持ってきてくれた陽光樹妖精族族の男性のウェイターの姿。注文を取るためのメモ用紙とペンを両手にそれぞれ握ったまま、彼は二人にこの現状を説明してくれた。
どうやらカワラザキ重工という会社が企画した社内の大規模な慰安旅行なのらしい。カワラザキ重工は城砦都市『嶺斬泊』の中でも十指に入る大企業。傭兵達が使う短剣サイズの武器の製造から大型船の製造までいろいろな工業製品を作っている。それだけに従業員も多く、一度に社員全員で慰安旅行を決行することはかなり難しい。また、長期間にわたって操業を止めるのもあまりよいことではない。そこで、社員達を何組かにわけてできるだけ少人数のグループにし、それぞれ違う日程で慰安旅行を行うことにしたのだ。その際に社長が、それならばついでに社員の家族も参加できるように便宜をはかってやれと鶴の一声。その結果がこの大混雑である。
「なるほどなぁ。あそこ大きな会社だもんねぇ」
「それにしても粋なことする社長よねぇ。家族も慰安旅行に連れて行っていいだなんて」
「いろいろと黒い噂も聞きますが、カワラザキ工業の現社長は家族をとても大事にしていらっしゃるそうですよ。自分の家族を大事にできない社員は会社も大事にしないっていうのが社長の持論なんだそうです」
「へぇ。結構いいこと言うわね。でも、そっか、家族かぁ」
あらためて周囲の家族連れに視線を向ける玉藻。そこでは仲のよさそうな母親と娘らしき女性達が、実に楽しそうに食事をしている姿が見て取れる。それを見ている玉藻の瞳の中に羨望の色が浮かんでいるのを見つけた連夜は、その意味を正確に理解して優しい笑みを浮かべる。連夜はそっと玉藻の手の平に自分の手を重ねた。
「近いうちに晴美ちゃんもここに連れてきてあげましょう」
「え?」
「きっと喜びますよ。晴美ちゃん、ずっと修行ばかりでどこにも遊びに行ったことがないって言っていましたし、大好きなお姉ちゃんと一緒なら尚更嬉しいんじゃないかなぁ」
自分の気持ちを察してくれた恋人の言葉に、思わず涙が出そうになる。そう、確かに今玉藻は妹のことを考えていた。つい先日再会したばかりの妹。中学校進学の時に別れたきり、ずっとずっと会えなかった。孤独だった里の暮らしの中で、唯一自分の家族であった彼女と、玉藻は数年ぶりに再会することができた。
小さかった妹は、別れたときよりもずっと背が伸びて大きくなっていた。しかし、その顔は別れた時と同じくまだまだ幼く、甘えん坊で、泣き虫のままだった。そのことが非常に嬉しく、妹の小さな体を抱きしめて当たり憚らずわんわんと号泣してしまった。
幸い彼女との再会を演出してくれた恋人は、すぐに部屋を後にして姉妹を二人きりにしてくれた為、情けない姿を見せずに済んだ。しかし、恋人には本当に感謝している。妹のことを黙っていたことに関しては正直まだ納得できずにいるが、それでも彼は妹の命を救い、自分の元へと彼女を連れてきてくれた。どれだけ感謝しても感謝しきれない。
感謝していることはそれだけではない。未だ就職しておらず収入のない玉藻の代わって、今後も連夜の家で晴美を預かってくれることとなったのだ。本当ならば妹を玉藻自身が引き取りたい。しかし、まだ学生の身である玉藻では、晴美を養っていくことは難しい。だからといってあの地獄のような里に帰すことはしたくないし、施設にいれるのも嫌だ。
だから、連夜の家で預かってくれると聞いたときは心の底から安堵した。世界で一番信頼している人の家で預かってくれるというのだ。これほど、安心できることはない。彼の家にいればいつでも会いに行くことができるし、妹が自分から玉藻の家に来るのもそれほど難しいことではないのだから。
「いつも気を使わせちゃってごめんね、連夜くん」
「何言ってるんですか。晴美ちゃんは玉藻さんの大事な妹さんなんでしょ? だったら僕にとっても晴美ちゃんは大事な妹なんです」
「もう、あんまり泣かせるようなこと言わないでよねぇ。折角の楽しいデートなのにしんみりしちゃうでしょう」
言葉通り恋人の目尻に早くも涙がにじみ出していることに気がついた連夜は大慌てで横に立つウェイターに声をかける。
「え、えっと、とりあえず、注文だけ済ませちゃいましょうね。何か、おススメありますか?」
「そうですね、本日は夏野菜たっぷりのカレーライスとビシソワーズのセットがおススメとなっております」
側で連夜と玉藻の会話をずっと聞いていたはずだったが、ウェイターは突然声を掛けられても動じることなく、流れるように本日のおススメを口にする。その答をしっかりと聞いてしばし吟味した後、次々と注文の声があがっていく。
「じゃ、じゃあ、それ二つと冷たいオレンジジュースも二つ」
「私はこのレモンチリドライカレー」
「私とミナホも姫様と同じものを」
「あたしとロムは冷やし中華!」
「俺とアルテミスは、チキン南蛮セットでいいかな」
「うむ、それでいい。ところでフェイは決まったのか?」
「僕はこの激辛坦々麺にしよう」
『じゃあ、以上で』
「畏まりました。では、しばらくお待ちくださいませ」
全ての注文を聞き終えて去っていくウェイターの後ろ姿をしばしの間見送った後、連夜と玉藻は顔を見合わせてどこかほっとしたような表情を浮かべていたのであるが。
「あれ? ちょっと待てよ。今、なんか異様に注文の数多くありませんでしたか?」
「そ、そうね。それに、なんだか嫌に聞き覚えのある声が多数聞こえたような気がしたのだけれど」
『・・・』
先程のウェイターとのやり取りで、明らかにおかしいところがあったことに今更ながら気がついた二人。いや、そればかりではない。何やら間近から誰かに見られている気がする。いや、気がするというよりも。
「ちかっ! 姫子ちゃん、近い近い! 顔がめっちゃ近いから!」
「ちょ、あんたどさくさ紛れに連夜くんにキスしようとしているんじゃないわよ!」
いつの間に近づいてきていたのか、周囲の客の振りをして連夜の側にやってきていたのは黒髪黒目の龍族の美少女。そうっと唇を突き出して横から連夜の顔に押しつけようとしていたところを、間一髪玉藻に取り押さえられる。
「は、離せクソ狐。わ、私は連夜と」
「連夜くんと何よ。恋人である私の目の前で何しようとしたのよ」
「それは、つまり、き、ききき、キッスを」
「すんなっ! そんなこと許されるはずないでしょうが」
人ごみで混雑する中、突如始まったキャットファイト。自慢の武術の技もこれだけの混雑の中では双方使えない。必然的に原始的な掴みあいのケンカとなってしまう。おろおろしながらも二人の間に割って入ろうとする連夜であるが、いかんせん最底辺種族の悲しさ。こういう純粋な腕力勝負の場合、ほとんど何もすることができない。あっとうまにボロボロになっていく二人。幸い二人ともパーカーを上にきているおかげでポロリしてしまう心配はないが、髪の毛はぐしゃぐしゃ、顔や腕は引っかき傷だらけ。
そんな三人の様子を見ている周囲の野次馬達の間から、場違いにのんびりした声がかけられる。
「まぁまぁ、姐さん。姫子ちゃんも悪気があってしたわけじゃないから、許してあげて。ちょっと本気だっただけだから」
「そっかぁ。なら仕方ないわね。って、そんなわけあるかっ! 本気って、もっとタチが悪いわよ。だいたい、リンちゃん、あなた一緒に来ていたんならこの子の暴走を止めなさいよ」
「無理だよ、姐さん。私如きに恋する暴走列車の姫子ちゃんを止められるわけないじゃない」
近くのテーブルで水をすすりながら、肩を竦めてみせるのは白澤族の少女リン。ワンピースからこぼれ落ちそうなほど大きな胸をテーブルの上に乗せた状態で、にやにやと笑いながら玉藻と姫子の壮絶なバトルを観戦中。そんなリンになんとも言えない呆れた視線を向けるのは同じテーブルに座っている相棒の大男ロムと、朱雀族の少年フェイ。
「いや、無理でもそこは一応止める努力をするべきでないのか?」
「ロムのいうことに同意。そもそも、君、完全に面白がっているよね」
「うん。だって、本当に面白いし」
「「おいおい」」
男二人に同時にツッコまれてもどこ吹く風。それどころか、無責任に『ガンバレー』とか、『マケルナー』なんていいながらむやみやたらに煽りまくる。結局、龍族のお付きの少女達二人と、狼型獣人族の少女が二人の間に割って入ることでようやく事態は収拾。折よく注文していた料理も到着し、一旦休戦して皆、食事をとることとなった。
「それにしてもあ~ちゃん達もここに来ていたのね。驚いたわ」
「連日猛暑日が続いていますからねぇ。私達も夏休みですし、折角だからみんなで来ようってことになったんですけど」
玉藻の問いかけに対し、どこか歯切れの悪い答を返すのは先程喧嘩を止めた少女達の一人、狼型獣人族の少女アルテミス。日頃から玉藻とも親交がある彼女は連夜の友達の中でも特に彼女と仲が良いのであるが、今日に限ってどこかよそよそしいというか、何か隠しているというか。
そのことを敏感に察知した玉藻が、年下の友人の顔を覗きこむと彼女はさっと顔をよこへと背ける。逃すまいと凄まじい殺気を込めて彼女をさらに見つめるが、アルテミスは必死になって顔を背け続け、決して玉藻の顔を真正面からは見ようとしない。このままでは埒があかないと、標的を変えることに。まず周囲にいる連夜の男友達クリス、ロム、フェイの三人組に視線を向け直す。すると、彼らはやはり無言を貫いたままソッポを向く。次に姫子達龍族三人娘に向けると、姫子は歯をむき出しにして威嚇してくるし、残りの二人はバツが悪そうに主人を宥め続けている。
そして、最後の一人であるが。
「姐さん。私達がここに来たのって偶然じゃないですから」
「は? どういうこと、リンちゃん」
「いや、あまりにも姫子ちゃんが不利すぎるんで、私が情報をリークしました」
「あんたが犯人かぁぁぁっ!!」