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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
167/199

第三十七話 『晴天の霹靂』

『もしもし、こんばんは、玉藻さん。連夜です、いま、いいですか?』


 恋人の甘く優しい声が玉藻の耳朶を震わせる。何度聞いても聞きあきることが全くない愛しい人の声。

 玉藻は携帯念話を強く握りしめたまま、ここがどこだかも忘れて踊り出しそうになる。だがなんとか寸前で理性を保つ。そして、平静を装い歓喜で震えそうになるところを無理矢理抑えつけながら、殊更に落ち着いた声を出して念話の向こうの恋人に返事を返す。


「う、うん、大丈夫よ。それよりも、昨日はごめんね、詳しい説明もしないままに途中で帰っちゃって。実は大学から急に呼び出しくらっちゃって」


『あらら、何かあったんですか?』


「つい最近までブエル教授の研究を手伝っていたんだけどさ。今年入って来たばかりの新入生の子が実験内容間違って行ってたのが発覚したのよ。おかげで昨日は徹夜。さっき終わったばかりで、今はリビー達と晩御飯を食べに来てるわ。あ、ひょっとして、何回も念話かけてきてくれてた!? ご、ごめんね、ほんとにごめんね!!」


 念話の向こうの最愛の恋人に向けて必死に謝り倒しながら、玉藻は昨日起こったアクシデントについて思い出す。

 昨日、親友ミネルヴァを見送った後、突然かかってきた一本の念話。それは大学からの緊急呼び出し。この後、最愛の恋人と高級レストランにお食事に出かけ、その後玉藻の家に帰ってイチャイチャする予定だったので、一旦はそのコールを無視したのであるが、あまりにもしつこく掛け直してくるのでしぶしぶ念話を取る。

 念話の相手はなんと恩師であるブエル教授。慌てて謝り話を聞くと、なんとついこの前仕上げたばかりの研究レポートに不備があったという。原因は新入生のミス。そのレポートは明後日の療術師総会で発表する予定の非常に大事なもの。今すぐにでも駆けつけて手伝わないと間に合わない。

 とりあえず説明を省き、深く謝罪だけしてその場を立ち去ったのだった。その後、同じように呼び出されたゼミの仲間達と共に、研究室に缶詰状態となって新入生のミスをカバー。ついさっきレポートが仕上がって、ちょうど別件で大学に来ていたリビー達を誘って憂さ晴らしに飲みに来ていたというわけである。

 それにしても思い返すと本当に迂闊であった。

 研究室は念話の入りが非常に悪いことを完璧に失念していたのだ。玉藻のことに関しては非常に事細かに配慮してくれる恋人が、あんな別れ方をしていて気にかけないわけがないのだ。きっと昨日は何度も念話をかけてくれていたに違いない。

 今更ながらにそれに気がついて、猛烈に反省する玉藻。

 しかし、優しい恋人はそんな玉藻を決して怒ったりせずに、逆に自分を戒めるようなことを言い出すのだった。


『いえ、いいんですよ、玉藻さんに何かあったのかなって思って最初かなり焦りましたけど、よくよく考えたら玉藻さんにもプライベートなことがあるだろうし。すいません、嫉妬深い彼氏で。これからもうちょっと考えて行動します』


「ええええ、そんなこと言わないでよ。心配してくれなきゃ、いやだぁっ!! 私のプライベートも束縛していいからぁ!!」


 あまりにも大人な態度を取ろうとする恋人の言葉に、本気で焦る玉藻。

 なんせ生真面目な彼のことだから、このままこれを流すと本気で無干渉気味になりかねない。

 玉藻としては、嫉妬してもらってまとわりついてきてくれるくらいがちょうどいいのだ。


『いいんですか? そんなこと言って? 僕、相当しつこいですよ?』


「いいよ、いいよぉ、全然いいよぉ。放置されるくらいなら、そのほうがいいってば」


『あはは、じゃあ、そうします、覚悟しておいてくださいね』


 恋人のいたずらっぽい声が聞こえてくる。

 この場にいたら抱きついてそのまま押し倒すのになぁ、寂しいなぁと、思った玉藻はせめて年下の恋人をからかってその反応を楽しむことにした。


「うんうん、そうしてそうして。というか、それくらい言っても、どうせ、私の都合考えちゃうんでしょけど、あなたは。もっとわがまま言ってくれてもいいのに・・そうだ!! 今度わたし、裸エプロンしようか!?」


『あ、あばばばば!! な、何言ってるんですか、玉藻さん!!』


「見たくないの?」


『いや、見たい見たくないで言えば、是非見たいですし、玉藻さんがするならどんな格好でも素敵だと思いますけど、その、いろいろと男としての問題がその』


 もう、予想通りの初々しくもかわいらしい恋人の反応に悶絶しそうになる玉藻。

 あまりにもツボにはまる反応ぶりにもうちょっとからかってみようとする玉藻だったが、残念ながら先に恋人のほうが別の話題を振ってきた。


『あの、ところで玉藻さん、明日の夕方以降って空いています?』


「明日って、え、会いに来てくれるの!?」


『はい、玉藻さんのご都合さえよければ』


「やったぁ!!」


 もう次の土日までお預けだろうなぁと思っていただけに、恋人の意外な申し出が嬉しくてたまらない玉藻。


「やったやったぁ、土日まで会えないと思っていたから、もうこっちから連夜くんの家に押し掛けるしかないかなぁって思っていたのよね。ちょうどあいつはいなくなったことだし。あの、でもまだお父様やお母様にご挨拶する勇気がないから、行く前に念話でご不在かどうか確認してからになるだろうけど」


『あははは。玉藻さん、そんなに別に気にしなくてもよろしいですのに。そもそも、み~ちゃんがいるときはしょっちゅういらっしゃっていたでしょ? そこまで気がねされなくても大丈夫ですよ』


「う、うん、そっか、じゃあがんばってみる。というか、私がパニくらないようにちゃんとフォローしてね。あと、別に連夜くんのお家に押しかけなくてもいいように、普段からちゃんと手間暇と愛情をかけて飼育してください。もっとかまってください。いつか私、寂しくて死にます」


『玉藻さんは、うさぎですか・・』


 結構本気で言い切る玉藻に、疲れたような声を返す連夜。


「あ、そうだ、明日、私、もう一度研究室に行かないといけないから、帰宅が十九時くらいになるけど、いい? っていうか、先に入って待ってて。このまえミネルヴァから奪い取ったあの合いカギそのまま使って入ってくれていいから」


『わかりました、じゃあ、そうします。御飯作っておきますから、夕飯食べてこないでくださいね』


「うんうん、一緒に食べようね」


 もう明日のことを想像して幸せでとろけそうになるくらい、顔面土砂崩れの玉藻。

 しかも、最後に追い打ちが。


『じゃあ、また明日』


「うん、また明日ね」


『あの、玉藻さん』


「ん? 何?」


『愛しています』


 玉藻の思考回路が一瞬止まり、その後急速に回復したあと脳内をいま恋人が発した言葉が何度も何度も反響していく。

 そして、瞬間湯沸かし器よりも早く玉藻の顔面は沸騰し、幸せのあまりふらふらになった状態で昇天しかけるが、なんとか理性という自分が幽体離脱しそうになっている自分をひっぱりもどす。

 くるくると表情を変化させて何かを言おうとするが、数回それを繰り返してやっと口から言葉が出た。


「ほんと、人の気持ちの一番喜びそうな急所の部分を的確についてくるんだから。絶対たらしだ。間違いなくたらしなんだからね!」


『え? え?』


「ほんとに絶対私以外の女にそんなこといっちゃだめよ!! 絶対、絶対だめなんだからね!! 特にあの爬虫類馬鹿娘とかには禁句だから。ああ、もうだめ、心配で眠れない。ほんとにお願いだから、そのスキルは私限定にしてね」


『いや、あの、まずかったですか?』


 不安そうに聞いてくる連夜の声に、ちょっと頭を抱える玉藻。

 自分がどれだけ女殺しなのかわかっていないようで、かなり不安を覚える。


「嬉しかったわよ!! いま、自分が人生の中でも経験したことがないくらい相当舞い上がってしまってたくらい嬉しかったわよ!! と、いうか、いま私あなたに捨てられたら絶対自殺するか廃人になる自信があるわ」


 ふふふふと相当ダークな声で笑う玉藻に、念話の向こうで明らかに動揺している恋人の気配が伝わってくる。


『絶対、捨てませんて、もう。じゃあ、言わないことにします、これから』


「いやあぁっ!! それはダメっ!! 他の女には言っちゃだめだけど、私には言って!!」


『もう〜〜、どっちなんですか!? それじゃあ、玉藻さんも同じこと言ってください。それなら僕だけじゃないんですから、いいでしょ?』


「え?」


 恋人の思わぬ逆襲に、ちょっと顔を赤らめ一瞬躊躇う様子を見せる玉藻だったが、顔を伏せながらも心からその言葉を口にするのだった。


「愛してるわ。私だって、あなたのことが大好きなだけじゃない、ちゃんと心から愛してるから」


『・・・』


「・・・」


『・・・玉藻さんのほうが男殺しじゃないですか』


「わ、私は自分の心に正直なだけだもん」


『ぼ、僕だってそうですよ』


 その後しばらく沈黙していた二人だったが、結局最後にはえへへという声を出してしまうのだった。


『この決着は明日つけますから』


「望むところだから、にげちゃだめよ」


『逃げませんよ。大事な用もありますし。じゃあ、おやすみなさい、玉藻さん。あまり飲み過ぎちゃだめですよ』


「え、な、ま、まだそんなに飲んでないわよ!?」


『リビュエーさんとクレオさんと一緒に飲んでいるんでしょ? あのお二方と一緒に飲んでるのに一杯や二杯では終わらないでしょ?』


「そ、そんなことはないと・・・思う・・・のだけど」


 くすくすと笑う抜け目ない連夜の声に、顔を真赤にしてバツの悪そうな顔で言い訳する玉藻。


「今日は大丈夫よ、きっと、多分、おそらく」


『信じてますよ。と、いうか、酔いつぶれそうなら念話してください。迎えに行きますから。じゃあ、明日』


「う、うん、明日ね」


 と、大人びた落ち着いた声で言い切られて、ちょっと複雑な表情の玉藻。

 もっと嫉妬してくれてもいいのになぁ、なんて思いながら溜息を一つついて自分も念話を切る。

 でも・・


『迎えにいきますから』


 そっかぁ、迎えに来てくれるんだぁ。だったら酔いつぶれるまで飲むのもいいなぁ。

 そう思うと自然と頬が緩むのを止められない止まらない。

 もう、連夜くん好き好き大好き! ほんとに愛してる! と、身をよじらせて自分の世界に入っていた玉藻だったが、自分の前方からかつてないほどの強大な殺気を感じて我に返る。

 はっと自分の前方に目をやると、そこには自分がかつて今まで見た事がないほど、強大な怒りと憎しみと恨みと悲しみの入り混じった感情を溢れさせた状態で笑顔を作るというとんでもない荒業を成し遂げたリビュエーとクレオパトラの姿。ぶるぶると拳を握りしめてこちらを全然笑ってない眼で睨みつけるように見ているのを確認する。

 一応念の為に自分の後ろの誰かに向けて視線を飛ばしてるのかもしれないので、振り返って確認しておく。

 しかし、誰もいなかった。

 どうやらリビュエー達が睨みつけているのは自分で間違いないようだ。

 玉藻は恐る恐る自分の前の席に座っている女友達達に声をかける。


「あ、あの、お二人とも? 何か怒っていらっしゃいます?」


 玉藻の言葉に二人の笑みの中にある闇がより一層深くなり、額に浮かんだ青筋がびきびきと不気味な音を立てて聞こえてくる。


「ううん、別に怒ってるわけじゃないのよ」


「ただね、物凄い傷心の私達の相談を引き受けてくれると言った人が、まさかその私の目の前でラブラブバカップル全開のいちゃくらうふふきゃっきゃ念話をみせびらかすなんて」


「しかもまさか、人前で言うのも恥ずかしいはずの『大好き』だの、『愛してる』だのを臆面もなく言ってのけるなんて」


「とてもとても到底信じられない思いで見ていただけなの。気にしないでちょうだいね」


「「ふふ、ふふふふふ」」


「ひぃぃぃっ。めちゃくちゃ怒ってるじゃん!」


「「世の中のバカップルみんな、呪われてしまえばいいんだわ」」


 ダークなオーラを全く隠す様子もなく撒き散らし続ける二人。そんな二人の姿に玉藻ばかりかたまたま通りがかったケットシー(猫型獣人)族のウェイターさんまでもがひいっと悲鳴をあげてのけぞる。

 流石の玉藻も自分の失態に反省した。本当ならもう二人の話を聞いていたはずだったのだが。

 そもそも、最初は酒を飲むつもりはなかったのだ。玉藻としては、ミネルヴァとあの傭兵旅団『(エース)』の件について、共に浅からぬ因縁のある友人二人と話し合おうと思っていたのだ。しかし、話はいつしか二人の思い人の話となって、どんどん脱線を開始。

 最初『サードテンプル中央街』の喫茶店『トレント』で話を聞いていたのだが、まだまだ二人の話が長くなりそうだったので、ならばいっそついでに夕御飯も食べてしまおうということになり、三人は喫茶店をあとにした。

 その後、クレオの行きつけの店でハンバーグステーキがおいしい店があるというので、そこに行くことに。

 『サードテンプル中央街』から少し北に外れ、市営念車が上を通る高架下を通り抜けて進んだところにあるいかにも洋食店というモダンな外観をした『守屋(もりや)』という店。

 クレオがお勧めするハンバーグステーキのコースを注文し、いよいよ二人の話を腰を据えて聞こうとしたときに、絶妙というか、最悪というか、とにかく話の腰を見事なシュミット式バックブリーカー並みに折るようにかかってきたのが、連夜の念話だったのだ。

 ここはあとで掛け直すと言ってすぐ切るべきだったのだろうが、愛しい恋人との甘い会話の誘惑にはどうにも勝つことができず、このような事態に陥ってしまったというわけである。


「本当にごめんって、機嫌直してよ。実は昨日いろいろあって、かなり不義理な感じでデートを切り上げてしまったものだから気になっていたのよ。悪かったってば。別にあんた達をないがしろにしていたわけじゃないの。ほんとよ」


 とにかく機嫌を直してもらうべく平謝りに謝る玉藻の姿に、二人ははかなり憮然とした表情だったが、やはり最後には中学時代からの友人の必死の謝罪を受け入れてため息交じりに許してくれたのだった。


「ほんとにもう。彼氏が大事なのはわかるけど、玉藻ちゃん自身が相談に乗ってくれるって言ったんだから、ちゃんと責任とって相談に乗りなさいよね」


「ごめんごめん、これから腰を入れてちゃんと聞きます。ほら、携帯念話の念源も切ったでしょ」


 と、自分の携帯の念源を切っていることを見せて、話を聞く態度であることを示した玉藻の姿にようやく納得したのか、二人は話を始めようとした。


「どこから話したものかしら。そもそもの始まりは」


「失礼します、オードブルの生ハムの盛り合わせでございます。味噌をベースにして作りましたこちらの特製ソースにつけて、添えてある玉ねぎのスライスを包んでお召し上がりください」


「あ、はい、ありがとう」


 三十代前後と思われるダンディーなダークエルフ族のウェイターが、二人の目の前においしそうな生ハムが盛りつけられた皿を置き、優雅に一礼して去っていく。


「・・・」


「・・・」


 話をしようとしたリビーも、話を聞こうとしていた玉藻も、完全に視線が目の前の前菜料理に集中する。

 何度か二人は示し合わせたように、お互いの顔と前菜の皿とを交互に見て口を開きかけるが、やがて、リビーのほうが溜息をついて苦笑しながら呟いた。


「食べながらにしよっか」


「そうね」


 なんともいえない苦笑を浮かべながら三人はフォークとナイフを取る。ちなみにクレオの手の部分はライオンの前肢になっているが、専用のフォークとナイフを器用に使って他の『人』型種族同様に食べることができる。

 さて、先程までのギスギスした雰囲気が嘘のように穏やかに始まった食事会。食通のクレオが絶賛した素晴らしいハンバーグに舌鼓を打ちながら、少しずつ二人は今、悩んでいるあることを玉藻に打ち明け始めた。


「え? あの筋肉ダルマが『嶺斬泊』を離れる?」


「うん。と、いうか、今の北方エリアから拠点を東方に移すって言い出していてね」


「あまりにも突然で、私もリビーも困惑していますわ」


 二人の顔が渋いのは決してワインの酸味がきつすぎるせいではないことくらい、恋愛に不慣れな玉藻にもよくわかる。


 K


 連夜が最強の相棒と呼ぶ少年。

 玉藻にとっては最悪のライバル。

 そして、リビュエーとクレオにとっては幼い頃から恋心を抱き続けている大事な想い人。

 その彼が、昨日、久しぶりに会った二人に対し、そう告げたという。二人にとっては青天の霹靂。連夜の無二の親友であり、彼の敵を排除する最強の剣の役目を背負う者。その彼が、持主とも使い手ともいうべき連夜から離れるなど想像だにしていなかった。

 久方ぶりのデートということもあり、二人とも気合いをいれてその場を訪れたはずだったが、それを聞いた瞬間、頭の中が綺麗に吹っ飛んだという。もうデートどころではない。いろいろと楽しいデートの予定を考えていた二人であったが、それを全て頭の中で白紙にもどし、ともかく思い人がそのとんでもないことを考えだした理由について聞き出そうとした。

 それに対し、Kはあっさりとこう答えた。


『長年追い続けてきた宿敵たる第一王位継承者かぐやは死んだ。王妃織姫も処刑された。あとは王弟高級ただ一人。奴の死を見届けなくてはならないが、それが完遂したらもうこの場にいる理由がない』


 Kという少年が龍の王族として生まれてきたことについては連夜から聞いて玉藻は知っていた。そして、『異界の力』を持たない故に実の姉や母の手で奴隷商人に売られてしまったことも。

 しかし、連夜の言葉を信じるなら、彼は単純に復讐のためだけに自分を陥れた者達を狙っていたわけではないという。


『あいつはね、玉藻さん。自分と同じように、理不尽な目にあわされている人達を助けたかったんですよ。龍族って種族はとにかくプライドが高くて自分達以外の種族を見下す傾向が強い一族で。でも、他の種族以上にひどいのは、同族も見下すってことなんですよ。ある一定以上より低い位の同族のことは、同じ『人』としてすら見ようとせず、石ころのような扱いをするらしいです』


 それでも『害獣』が出現してからのこの五百年の間に大分様子は変わったのだという。上も下もなく協力し合って生きていかなくてはならない、今の世の中。ましてや、今まで支配していた上位層の者ほど『害獣』の敵意に晒されがちであるため、実際の地位は逆転しているといってよい。だが、過去に華やかな栄光をつかんだ種族ほど、そう簡単には変われないものである。

 特に龍族は『害獣』が出現する前までは、東方に一大帝国を築いて君臨していたのであるから尚更だ。

 龍族の上位種族の中には、五百年という寿命を持つ長命種のものが存在する。そういった者達は、いずれまだ過去の栄光を取り戻すと夢想し、未だに封建制にこだわっているため差別意識が抜けきらない。また、そういった者達に賛同する一部の懐古主義者達が現状を悪化させるため、なかなか意識改革が進まないのである。

 そして、その結果、Kのように、王族に生まれながらも不当な差別に晒されて奴隷という身分に落とされる者が出てきてしまう。王族のKですらこの扱いなのであるから、最初から下級種族に生まれてしまったものなど、言うまでもない。

 だからこそ、Kは彼らを引き連れ反旗を翻したのだ。


「でも、その戦いもとうとう終わったからねぇ」


「最大の元凶であった元王妃織姫は、実の夫である元龍王陛下の捨て身の弾劾行為で捕縛され処刑。彼女の参謀であった王弟高級は逃亡。そして、実行部隊の元締めであり、Kやミッキーを奴隷の身分に陥れた宿敵かぐやとは、つい先日その手で決着を着けることができましたわ」


「何よ、いいことずくめじゃない。まあ、その高級っておっさんが気になるけど、物語で言うなら『めでたしめでたし』で終わるところじゃないの?」


 あっという間にハンバーグをたいらげてしまい、残しておいたオードブルの生ハムを肴にしながらちびちびワインを飲んでいた玉藻は、話せば話すほど暗くなっていく二人の友人達に怪訝そうな視線を向ける。


「ここでの戦いはね。確かに終わったわ。でもね、東方にはまだ龍族がたくさん残っているんだって」


「そこではここ以上に不当な差別を受けている人達が大勢いるらしいですわ」


「え、つまり、今度はその人達を助けに行くってこと?」


 玉藻の言葉を肯定するかのように、二人は揃ってため息を吐き出した。

 正直、Kの気持ちがわからないでもない。なんといっても、彼女達もまたKと一緒に幼い頃奴隷という身分に陥れられていたのだから。そういった人達の悲惨な状況は嫌というほどよく知っている。助けられるものなら助けたいという気持ちもわからなくはない。


「だけど、どうしてKが自分で行かなきゃいけないわけ? 王子様なんだよ。意地悪王妃も悪代官もいなくなったんだよ。龍の民達から慕われているし、現龍王陛下からの信望も厚い。このまま王宮に残って今の龍族の人達を導くべきなんじゃないの?」


「このまえ現龍王陛下にお会いして直接御聞きしたんですけど、陛下としてはKに元の名前である『龍乃宮 剣児』にもどってもらって王位第一継承者となってほしいって、仰っておられましたわ」


「そんであいつ自身はなんて言ってるの?」


「『王位についたばかりの尊輝のオジキはまだまだ若いし、俺がいなくても姫子と晃司がいる。連夜という後ろ盾もある。何の心配もない』ですって。確かにその考え方はわからないでもないのよねぇ」


 このたびの騒動により、新しく王位についた『龍乃宮 尊輝』はまだ四十にもなっていないかなり若い龍王であるが、これまでの龍王と違いかなり革新的で開けた考え方の持ち主。中央庁との繋がりも良い意味で深く、龍族をより良い方向へ導いてくれる存在として期待されている。

 次に姫子のことについてであるが、これについては説明をするまでもない。

 今の姫子はこの数年間入れ替わっていた分身体のニセモノではない。ようやく、本体から追い出されていた本物が自分の身体を取り戻し、本物の姫子として現在王宮に復帰している。


「尊輝様って龍王さんのことはよく知らないけれど、姫子って女の子とはこの前会ったから知ってるわ。ほんととことんムカツク子だったわ。私の目の前で堂々と連夜くんに粉かけまくってくれるし。身の程を知れって言うのよ」


「まぁまぁ。タマちゃん、落ち着いて。気持ちはわかるけどさ。肝心のボスは姫子さんのことを手のかかる『妹』としてしか見てないわよ」


「そうね。かわいそうなくらい完全に恋愛対象外ですものね」


「連夜くんのことは信じているけどさ、それとこれとは別じゃない。やっぱ、あれだけ露骨に迫られたら気分悪いわよ」


「うん、まあ、タマちゃんの気持ちはわかる。よくわかるから、とりあえず飲め飲め」


 本格的に愚痴りだした玉藻の様子に苦笑を浮かべたリビュエーは、テーブルの上の高級赤ワインのボトルを手に取る。そして、玉藻の手にある空になったワイングラスになみなみと注いでやるのだった。


「ありがと。あぁあ、連夜くんにほどほどにしとくように言われてたのに、結局飲んじゃったなぁ。もう念話で呼びだしちゃおうっかなぁ」


「おいおい。あんたそこまで弱くないでしょ」


「それにまだ私達の話が全然話進んでないですわ。酔っぱらう前にちゃんと聞いて相談に乗ってくださいませ」


「あ、そっかそっか。ごめん、脱線しちゃたね。じゃあ、さっきの続きなんだけどさ、途中で出てきた晃司って王子様はどんな感じなのよ」


「晃司さんは、ちょっといろいろとある方でしてね。対外的にはその出自について誤魔化されているのですけれど、実際にはKや姫子さんとは血の繋がったご兄弟ですわ。かぐやと違って他のご兄弟の方々とは仲が良くて、特にKのことをとても尊敬しているのですよ。ちなみに、Kには及びませんが、武術の腕前は結構強く、一族の中での人望は高い。まだ未成年ということもあって、すぐに表に出ていくわけではありませんが、将来はかなり有望ですわ」


「つまり、あいつの言うとおり今の龍族は何の心配もないってことか。よかったじゃない」


「「龍族はよくても私達は全然よくない!」」


 ワイングラスをゆらゆらと揺らしながら興味なさげに呟いた玉藻に対し、思った以上に強い反発を見せる二人。

 そんな友人達の心境は今一つ理解できなかった玉藻は、赤く染まった顔をやや斜めに傾けながら口を開いて問いかける。


「何がそんなによくないのよ。別に単純なことじゃないの? あんた達は小さいときからずっとあいつのことが好きだったんでしょ? 今も変わらず想い続けているくらい好きなんでしょ? じゃあ、あいつが東方に行くのに一緒についていけばいいんじゃないの?」


「「・・・」」


 二人は顔を見合わせると大きくため息を吐き出しがっくりと肩を落とす。

 本当の本音は二人ともKについて行きたいのだ。それはそうだ、奴隷として一緒に過ごした幼少期から、ずっと側にいてその想いを募らせてきた相手である。諦めることなどできるはずがない。すぐにでも側に行きたい。しかし、そういうわけにはいかない。彼女達の足を止めさせている理由は大きく二つある。

 一つ、連夜の側を離れることにかなりの抵抗がある。

 彼女達は一応連夜専属の侍従であり護衛である。ここ数年、主である連夜から別任務を与えられすぐ側にはいなかったが、それでも常に連絡がとれる場所に待機してきた。主である連夜には大きな大きな恩があるし、彼女達の想い人に対する感情とは種類が違うものの、主のことを強く慕って忠義を誓っている。主のことを守らねばならぬという強い想いがあるのだ。

 特に今回の騒動ではそれを思い知らされた。自分達の主が死に瀕するほどの大怪我を負ったことを聞いたときは、本当に血の気が引いた。そして、そのことが彼女達にハッキリ自覚させる切っ掛けとなった。自分達が、主とさだめた人物をどれだけ大切に思っているかを。そんな主を放っておいて東方に行くことはどうしてもできなかった。

 もう一つは、この都市を去っていった友人ミネルヴァに対してのもの。主連夜から、彼女が悪い道に引き込まれないようになんとか阻止してほしいと頼まれていたにも関わらず、結局その任務を完遂することができなかった。主は気にすることはないと言ってくれたが、この件に関しては二人とも深く責任を感じていた。自分達がもっとべったりミネルヴァをマークして、かぐや達との接触を極力抑えていればミネルヴァが追放されることもなかったのではないかと。結果が出てしまった今となっては、やり直すことはできないが、せめて追放されたミネルヴァの元に赴き、彼女が再びこの都市に帰ってこれるその日まで、フォローすべきではないのか。

 それは任務からだけで出ている心情ではない。中学時代から続く友人としても、今、深く傷ついているであろうミネルヴァを支えてやらなくてはならないのではないかと思ったのだ。


「つまり、どちらかはボスの元に残り」


「どちらかはリーダーのことを追いかけてフォローする」


「そうすることが私達ができる、せめてもの誠意じゃないかなと思ったのよ」


「恋や愛も大事ですが、『人』としての道を踏み外さないためにもこれがベストかと・・・って、玉藻さん、何していらっしゃるんですか?」


 よく似た沈痛な表情で話を続けていた二人であったが、ふと顔を挙げた視線の先では、玉藻が誰かと念話をしている姿。なんだか、ついさっきも見たような土砂崩れ全開のしまりのない表情で、身体をくねらせながら誰かと話続けている。

 その姿を見て大体誰と話しているのか悟った二人の表情がみるみる険しく変化していく。やがて、そのイライラは本物の怒りへと変わり、彼女達の勘忍袋の緒が切れようとした瞬間、ふいに玉藻は念話を切って彼女達のほうに振り向いた。


「構わずあいつのところに行っていいってさ」


「「へ?」」


 今まさに怒りの咆哮を盛大に吐き出そうとしていた二人は、玉藻の言葉を聞いて呆気にとられてしまう。意味がわからなかったのだ。あまりにも意味がわからなさ過ぎて、一瞬考え込んでしまい、怒りの言葉も忘れてしまったのだった。そんな二人を呆れたように見つめていた玉藻は、めんどくさそうに自分でグラスにワインを注ぎながら説明を開始する。


 連夜から聞いた詳しい内容はこうだ。

 東方の諸都市の中には未だ治安が悪いところが多い。いくらKが武術の腕に優れようと、それだけで生き残っていくことはできない。『葛柳会』の中からも彼を手伝うために志願して東方についていく者達が存在しているが、どうしても戦闘に特化したものが多く、人材が偏ってしまっている。その点、リビュエーとクレオは、戦闘以外にも多彩な技能を持っており、諜報活動なども得意だ。だから、もしリビュエー達さえよければ、Kと一緒にいって彼を支えてやってほしいとのことだった。


「ミネルヴァのことはそっとしておいたほうがいいと思う。私やあんた達が側にいたら、どうしても連夜くんとこの『嶺斬泊』のことを思い出さずにはいられないでしょ。これからどれだけ向こうで過ごさなくてはならないのかわからないけれど、今こっちを思い出すのはあいつの為にならないわ。後、連夜くんのことなら心配いらないわ。だって、これからは私ができるだけ連夜くんの側についているつもりだからね」


 なみなみとワインが注がれたグラスをゆらゆらと揺らしながら、玉藻は締まりのない表情でそう断言する。そんな霊狐族の友人の姿を見ていたリビュエーとクレオは、なんとも言えない苦笑を洩らす。


「ボスにはほんとかなわないわね」


「あれで私達よりも年下なんだから嫌になっちゃいますね」


 顔を見合わせて再度苦笑を洩らした後、二人は玉藻からワインボトルを取り上げて自分達のグラスへと注ぎ込む。そして、グラスの口ギリギリまで注いだあと、一気に口の中へと流し込んだ。


「飲もう。とりあえず飲もう。だいたい、まだKが東方に行くって正式に決定したわけじゃないし」


「そうですわね。まだ、最後の標的である高級も捕まっていないですし、そのときが来たらもう一度考えましょ」


「よし、じゃあ、今日は飲むぞぉっ! あ、タマちゃん、その生ハム私にもちょっと頂戴」


「やぁよ。あんた、追加で自分の分頼みなさいよ」


「いいじゃん、ケチケチすんな。も~らい」


「あ、ちょっ」


 美女三人の酒盛りは賑やかに過ぎていく。連夜が予想した通り、一杯や二杯どころの話では既にない。テーブルの上には空になったワインボトルが数本転がっており、しかも、彼女達はまだまだ飲む気満々だった。

 こうして三人は、店の迷惑を顧みずひたすらに大騒ぎを繰り返す。

 閉店まで飲み続けるつもりでどんどんボトルと酒の肴を追加注文し、浴びるように飲んで食べる三人。ひたすらに楽しい酒盛り。

 だがそれは唐突に幕を閉じることとなる。


「それにしてもさぁ、Kってばなんで私達を置いて東方に行くって言い出したんだろ」


「いやだからそれは、奴隷扱いされている同胞の人達を助けるためですって、あなただってご存知でしょ、リビー」


「それがさあ。どうもそれだけじゃないらしいのよねえ」


「ん? どういうことですの?」


「なんかさぁ、あいつってばその他に東方に目的があるらしいのよ」


「と、いいますと?」


「人探しらしいわ」


「人探し? いったい誰をですの? まさか、女ですの!?」


「違う違う。それだったら、こんなに落ち着いていないわよ」


「じゃあ、誰ですの」


「師匠らしいわよ。Kに武術を教え込んだ師匠。名前は確か、『どぶろく斎』だったかな」


「何それ、本当に人の名前なの?」


 酒に酔っているせいもあるのか、いつも以上にケラケラと笑い声をあげるリビュエーとクレオ。だが、そんな中全く笑っていない人物が一人この場には存在していた。

 彼女は、未だ笑い続けているリビュエーの腕をいきなり掴む。


「何よ、タマちゃんって、痛いっ! 力強い! 握りすぎ、痛い、痛いから離して、ちょっと!」


 万力のような力で己の腕を掴まれたリビュエーは堪らず悲鳴をあげ、目の前に座る友人に抗議の声をあげる。だが、しかし、その友人の目を見た瞬間、彼女は声を失ってしまう。


「ちょ、タマちゃん、どうしたのよ。そんなマジの顔しちゃって」


「いいから、今の話の続きを話して」


「え?」


「『どぶろく斎』って人の話よ。知ってる限りでいいから話しなさい」


「どうしたんですの、急に。玉藻さんらしくありませんわよ。そもそも、その冗談みたいな名前の人とあなたとどういう関係が」


「師匠よ」


「「え?」」


 ぽつりと呟いた玉藻の言葉の意味が、一瞬わからなかった二人。大口を開けて呆気に取られている二人に、玉藻は苛立った様子でもう一度叫ぶ。


「だから、『どぶろく斎』は私に武術を教えてくれた師匠なのよ。なのに、あいつの師匠の名前も『どぶろく斎』っていう。いったいどういうことなのよ!?」



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