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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
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第三十四話 『また会う日まで』

 玉藻の目の前で固く強く抱き合う二人の姉弟達。その仲睦まじい様子に正直言えば嫉妬バリバリの玉藻であったが、今日ばかりは許してやるかと懸命に逆立つ心を抑えることにする。当たり憚らず号泣しながら連夜にしがみつくミネルヴァと、それを優しく抱きとめ続ける連夜。姉と弟だと知らなければ、恋人同士と誰も錯覚しそうな光景である。現に、彼らを見守っている兵士達の中には、事情を知らない者もいて、二人の関係について別の同僚に聞いているようなひそひそ声が玉藻の狐耳に聞こえてくる。


『ねぇねぇ、あれって今回追放処分になった長官の娘さんだよね。しがみついている男の子って、ひょっとして彼氏?』


『ああ、あれでしょ。引き離されることになったものだから、最後のお別れに来てるんじゃないの』


『ばっか、違うって。きっと、追いかけてきたのよ。あの子が『僕も一緒に行くって』って言ったから感動して号泣してるんでしょ』


『あれ? 私は長官が二人に強制的に別れるよう命令したものだから、最後に一目会いに来たって聞いたけど』


 どれもこれもガセネタばかりだった。

 と、いうか、二人が血のつながった姉と弟だという話が一つも出てこない。どれもこれも、二人が恋人同士であることを前提とした噂話ばかりであることに、玉藻のイライラは加速度的に上昇。それでも心の中で呪文のように『これで最後だから、どうせ、しばらく帰ってこれないから、邪魔者は今だけだから』と何度も言い聞かせてなんとか耐えようとする。

 しかし、そんな玉藻の必死の我慢にも限界の時がやってくる。

 ようやく泣きやんで少しだけ身体を離したミネルヴァは、屈託のない晴れやかな笑顔を一瞬だけ連夜に向けたのだが、すぐにそこには別の表情がとってかわってしまう。

 明らかに何かを企んでいるとわかるとてつもない悪い顔。しかし、そのことに連夜は全然気がついておらず、相変わらずの底なしに優しい笑みを浮かべたまま。そんな連夜の様子に一瞬、しめしめと言った表情をして見せたミネルヴァは、あることを問いかける。


「ねぇ、連夜」


「何、み~ちゃん」


「ここに来ることはお母さん達に言ってきたの?」


「まさか。そんなことしたら絶対ダメって言われるに決まってるじゃない。勿論、黙ってきたよ。今回の警備を担当している隊の隊長さんとは知り合いだからね。無理言って頼みこんでいれてもらったんだよ。だから、本当はこんなに目立つことしちゃいけないんだけどね」


「いえすっ! いえすいえすいえ~っす!」


 連夜の返事に何故か妙にテンションをあげるミネルヴァ。ガッツポーズをなんどもとって大袈裟に喜びを表現。ミネルヴァにとって最大の天敵たる母ドナ・スクナー。自分も相当強くなったと思うのだが、それでもあの母には未だに勝てない。というか、いつまでたっても勝てる気がしない。


「お母さんって、完全に化け物だもん。あれ、絶対『害獣』よりも強いよ」


「え? み~ちゃん、何か言った?」


「う、ううん、なんでもないなんでもない。あははっは」


 慌てて誤魔化した後、ミネルヴァは最愛の弟の姿を盗み見る。

 かわいい。ともかく、かわいい。かわいくてかわいくて仕方ない。そして、愛おしい。筋肉だるまの兄は鬱陶しいだけだし、母親似の妹はうるさくてしょうがないだけだが、弟の連夜は別だ。完全に別格だ。

 犯罪組織のところから無事帰還し、ずっと一緒にいて自分の孤独を癒し続けてくれた愛おしい弟。あまりの愛おしさに兄弟としてではなく、いつしか一人の男性として愛するようになってしまった弟。自分の全てを捧げても悔いはない。それほどまでに愛しているその弟を、知らなかったとはいえ傷つけてしまった。もう、二度と弟は振りむいてはくれない。このまま静かに別れるしかない。そう諦めていたというのに、天はまだミネルヴァを見捨ててはいなかった。弟が自ら自分の元に帰ってきてくれたのだ。こんなにも嬉しいことはない。しかも、あの恐ろしい母に逆らい、黙ってここに来たというではないか。

 もうこれはあれである。あれに違いない。

 天が二人に、愛の逃避行に出なさいといっているに違いないのだ。いわゆる『天啓』というやつである。

 今からミネルヴァが行くことになる最西端の都市『オリュンポス』はいわゆる近親結婚が認められているところであることを考えても、やはり、天が自分を後押ししてくれているとしか考えられない。

 ミネルヴァは、一瞬にして連夜を連れていくことを決意し、それを実行に移すことにする。


「連夜。私、絶対、あなたを幸せにするからね」


「は? え? 何言ってるの、み~ちゃん」


 突然わけのわからないことを言い出したミネルヴァを、きょとんとして見返す連夜。しかし、連夜は姉の瞳の中に常軌を逸した光が宿っていることをいち早く悟って表情を強張らせる。


「ちょ、ちょっとみ~ちゃん。なんか目が妙な具合に輝いているけど」


「大丈夫大丈夫。私にまかしておけば全ておっけ~。今の私には光り輝く希望に満ちた未来が見えているからよ!」


「え、えええ、ちょ、ま、うわわわわわ」


「さぁ、いざ行かん。私たちのパラダイス。約束の地へ」


 有無を言わさず連夜の身体を肩の上へと担ぎあげたミネルヴァは、ちょうどやってきたばかりのオリュンポス行きの都市連絡間武装馬車目掛けて走り出そうとする。勿論、そのまま馬車に飛び乗ってこの都市から連夜諸共トンズラする気なのだ。

 だが、彼女は知らなかった。

 確かにここには、彼女にとって最悪の天敵たる母ドナ・スクナーは存在していない。

 しかし、ここには連夜とって最強の守護者たるある人物が存在していることを。彼女は、ミネルヴァ以上に危ない輝きを瞳に宿らせて二人へと接近。走り出そうと一歩前を踏み出したところで、ミネルヴァの軸足を刈り取って宙へと浮かせる。


「へっ!?」


 間抜けな声を出しながら事態を把握できずにいるミネルヴァの身体を容赦なく蹴りあげてさらに高空へと押し上げる。


「うっきゃああああ、なになにいったいなにごとぉっ!?」


 盛大にあがるミネルヴァの悲鳴をさらに黙殺して、宙へと飛びあがった霊狐族の襲撃者は、両足を交互に動かして空中に二回真円を描く。肉をうつ鈍い音が二度響き。次の瞬間、地面に変な態勢で身体から着地するミネルヴァと、連夜の身体を抱きかかえたままふわりと降り立つ襲撃者の姿。

 その見事な演舞、いや演武に周囲の兵士達から一斉に拍手が鳴り響く。


『おおう、お見事お見事』


「いえいえ、お粗末さまでございます」


 連夜を地面の上にそっと下ろしたあと、周囲に向かって丁寧に礼をする玉藻。しかし、そんな和やかな雰囲気に一人入れないで地面をのたうちまわる者の姿があった。


「いだだだだだ、ちょ、ちっと、タマちゃん、何するのさ!?」


 いい加減地面を転げ回ったあと、蹴りあげられた背中を抑えながらようやく立ち上がることに成功したミネルヴァ。未だに周囲のギャラリーに応え続けている玉藻の姿をみつけるとに盛大に噛みつきはじめる。だが、しかし、玉藻もまた黙っていない。むしろミネルヴァ以上の怒りを露わにして彼女を迎え撃つ。


「『何するのさ』はこっちのセリフよ。あんた、連夜くんをいったいどこに連れていくつもりよ」


「決まってるじゃない。愛の逃避行に出かけるのよ。遠い異国の地で二人ひっそりと、でも、幸せに暮らすの・・・って、イタイッ! ちょ、ま、また蹴ったわね」


 ミネルヴァが全てを言い終わる前に、電光石火のミドルキックがミネルヴァの形のいいお尻に炸裂。必要以上にいい音を鳴らし、ミネルヴァは尻を抑えて再び転げまわる。


「あんた、私を目の前にして、よくもまあぬけぬけといってくれたわね。もうすぐ会えなくなるからと思って、姉弟水いらずで最後の別れをさせてやっていれば調子に乗りやがって、このバカオンナ。ただでさえイチャツキっぷりが鼻につくっていうのに。もう許さん。絶対に許さないからね」


「イチャツいて何が悪いのよ。私と連夜は実の姉弟なのよ。めっちゃ仲がいいのよ。近所では評判のバカップルぶりなのよ」


「よし、たった今、あんたの刑は、私的に追放から死刑に変更されました。速やかに刑を執行します。と、いうことで、(わたし)(つがい)に手を出す奴は、(わたし)に蹴られて地獄に落ちろぉっ!」


「何言ってるかさっぱりわからないけれど、連夜は私が守る!」


 それぞれの思惑を胸に秘め、真剣な表情で睨みあう両者。二人とも誰にも負けないと自負する強い思いがあり、しかもそれは互いに譲ることが絶対にできないときている。いくら双方、お互いを無二の親友であると認識していても、連夜に関してのことだけは絶対に退くことはできない。

 二人は、己の想いを貫き通す為に、互いに向けて牙を剥く。


「「勝負だっ!」」


 必殺の一撃を繰り出すために、一歩前へと踏み出して行く二人。しかし、そんな二人の真剣勝負は、結局決着を迎えることなく終息する。


「はいはい、時間切れです。ディケー、エレイネー。ミネルヴァさんを馬車にお連れしなさい」


「「了解(コピー)」」


 どこからともなく現れて二人の間に割って入ったのは、血の繋がらない連夜の姉 美咲・キャゼルヌ。彼女の指示を受けた二人の部下達は、ミネルヴァの両脇に素早く移動。がっちりとその身体を拘束するとオリュンポス行きの馬車に向かって歩き始めた。


「さぁ、いきましょう、団長」


「若様がいらっしゃらなくても我々がいますからね」


「「私達どこまでも団長についていきますから」」


「ちょ、待っ、離して。連夜が、あの、連れて行かないと、ちょっとぉぉぉっ!」


 必死に拘束を逃れようとするミネルヴァであったが、両脇を固める二人の少女達は物凄い力で捕まえており、どうやっても逃れることができない。そんな三人をなんとも言えない表情で見送った玉藻であったが、ふと横に立つ連夜の顔になんとも言えない苦笑じみた笑みが浮かんでいることに気がついて小首をかしげる。


「どうしたの連夜くん。なんだか微妙な表情しちゃって。ひょっとして淋しいの?」


 おどけたように尋ねてみるものの、どう隠そうとしても嫉妬の炎が漏れ出てしまっている玉藻。しかし、幸いにも連夜はそんな玉藻の暗部に気がつくこともなく、答を返した。


「いや、み~ちゃんのすぐ横にいたあの二人ですけど」


「ああ、中央庁側がつけたお目付け役なんだよね。それが何?」


「いや、彼女達もみ~ちゃんのハーレム要員のメンバーでして」


「へ? え? ええええええっ!?」


 素っ頓狂な声をあげつつもう一度去っていく三人の背中に視線を向け直す玉藻。あらためて注意して見てみると、確かに三人とも必要以上に仲の良さ気な雰囲気を醸し出してはいる。実はミネルヴァを拘束している二人の美少女達の正体は、あのかぐや達との一戦の際にミネルヴァの側にいた、あの愛人の少女達。

 元々、美咲の部下であったのだが、スパイと潜入した後、ミネルヴァを監視しながらと一緒に過ごすうちに本気で彼女のことを好きになってしまったのだった。だが、そのことが結果的に、ミネルヴァの暴挙を止めることができない最大の要因となってしまう。この一件を知った美咲は、二人を激しく叱責。一番重要な役割を果たせなかったその罪を償わせるために、ミネルヴァと共に『嶺斬泊』からの追放処分にすることを言い渡したのだった。


「そこまでしなくてもいいんじゃないのって、最初言ったんだけど。あれを見ちゃうとねぇ」


 ちらりと更に横にいる義姉に視線を向けてみると、そこにはなんとも言えない苦笑を浮かべた美咲の姿。


「否です。どうせ、私が言い渡さなくてもミネルヴァさんに勝手についていったでしょうよ。それなら、役割を言い含めて追放って形にしたほうがまだましでしょ?」


「二人ともみ~ちゃんにぞっこんみたいだもんね」


「是です。ほんと困った部下達でしたわ。せめてしっかり手綱を握ってくれていれば、連夜が怪我をすることもなかったのに。まぁ、かぐや達の情報だけはしっかり流してくれていたから、全く役に立たなかったわけじゃないですけど、あんなにターゲットにいれあげてしまうようでは、諜報員としては完全に失格です」


 肩を竦めてやれやれと首を振って見せたあと、美咲は大きくため息をひとつ吐き出す。しかし、すぐに表情を引き締め直すと、今度は連夜と玉藻、両方に鋭い視線を向けた。


「それより二人とも、こちらが完全に撤収する前に姿を消してくださいね。長官に見つかるとあとのいいわけがほんとに大変なんですから」


「了解です、キャゼルヌ筆頭秘書官殿。本日は小官の無理な願いを受理していただいてありがとうございます」


「否です。私はそのような願い聞いてはいません。部下の一人が勝手に命令違反をしたのを見つけられなかっただけです」


「じゃあ、弟として言うよ。ありがとう、美咲姉さん。ごめんね、無理させちゃって」


「それも否です。弟は姉に甘えるのが当り前であり、姉はそれに応えるのが当り前なのです。それよりも連夜。いったいいつになったら姉の言うことを聞いてくれるのですか? あれほど、無茶はしてはいけませんと言ってるのに。そうさせないようにとボディガードまで用意したというのに。あなたが関わらなくても最後はちゃんと詰められるように計画を立てているというのに、なんであなたは死にそうになっているんですか!? こんなに心配ばかりしていては、いずれ私は心労で倒れます。それともあれですか? 徹底的に心配させて心労の果てに殺すつもりですか?」


「も、ももも、申し訳ありません。本当にごめんなさい。って、なんか毎回言ってるけど」


「否です! いい加減反省しなさい、馬鹿弟!」


 その後もしばらくの間連夜は美咲に絞られ続け、馬車の発車時間が近づいて側近の者達が美咲を呼びに来るまでの間、こってりと怒られることになった。


「ううう、また怒られちゃいましたよ」


「そりゃそうだよ。どう考えてもこれは連夜くんが悪いもん」


「まあ、そうなんですけどね。とほほ」


 ばっさりと泣き言を斬り落とされた連夜は、がっくりと膝を落として項垂れる。実は連夜、今回のことでは玉藻や美咲だけでなく、他にもいろいろな人達に怒られているのだ。両親は勿論のこと、兄大治郎に妹のスカサハ。メイド長のさくらや姫子には盛大に泣かれ、軽率な行いを責められたし、クリスやフェイ達には何故、自分達を呼ばなかったのかと水臭いにもほどがあると憤慨され、リンに至っては本気で怒らせてしまい『そんなに自分達のことが信用できないのなら、なんでも勝手に一人でやって、勝手にどこかで野たれ死にすればいい』とまで言われてしまった。

 それだけみんなに心配させるようなことをしたわけであるから、怒られるのも当然であるのだが。


「てか、あの美咲さんって人のほうがよっぽどしっかりしてるし『お姉ちゃん』だよね。どこかの誰かとは大違いだ」


「姉さんとは奴隷時代からの付き合いですけど、姉さんは出会ったとき既にみんなの『お姉ちゃん』でしたね。僕以外にもたくさんの弟や妹の世話を一人でがんばってしてくれていましたから」


「ふ~ん、一応聞いておくけど連夜くん」


「美咲姉さんにはちゃんと婚約者がいますよ。今年の秋には結婚する予定です。あと、僕にとって美咲姉さんは、あくまでも『姉さん』ですから」


「そっか。ならばよろしい」


 恋人の言いたいことを先に察して苦笑を浮かべる連夜。紡ぎだした答は見事正解を勝ち取ったようで、その商品は満面の笑み。嬉しそうに連夜の身体に自分の身体を密着させ、連夜もまた微笑みを浮かべて返す。


「連夜くんには私がいるもんね」


「勿論です。他の誰でもない玉藻さんがいてくれるのに、どうして他の誰かが必要になるんですか」


「だよねぇ。連夜くんの大好きな巨乳だしね」


「別に美乳でも、なくてもいいですよ。僕にとって大事なのは『玉藻』さんが『玉藻』さんであることです。ご存知でしたか? 僕が巨乳好きなのって、玉藻さんを好きになったからなんですよ」


「そうなの?」


「そうですよ。好きになった玉藻さんが巨乳だったから大きい胸が好きになったんです。玉藻さんの胸が小さかったら、小さい胸が好きだっただろうし、玉藻さんが太っていたら、太ったその身体を好きになっていたでしょうよ」


「もう、なんなのよそれは」


「玉藻さんが、玉藻さんこそが、玉藻さんという女性が、僕の理想にして究極の女性ですから」


 臆面もなくそう断言する連夜の言葉に、流石の玉藻も顔を紅潮させ。そして、照れ隠し全開でソッポを向いたまま抱きしめるその力を強める。


「そんなこと言って、太ったり、胸が小さくなったときにちょっと変な顔をしたら許さないから。覚えてなさいよ、連夜くんの馬鹿」


「玉藻さん」


「なによ」


「愛しています。ずっとずっと、いつまでもずっと」


 玉藻の耳にしか聞こえないような小さな声。しかし、真剣そのものの表情で紡がれたその言葉に、玉藻の顔面は完全に土砂崩れ状態。三本の尻尾はぶんぶんと扇風機のようにまわって嬉しさを爆発させ、耳は動揺のあまりせわしなく動き続ける。


「も、もう、ほんとに口ばっかりうまいんだから、私は騙されたりしないんだからね。それよりもほら、ミネルヴァを見送ってあげないと。い、行くわよ、連夜くん」


「はい」


「ほら、もたもたしないの。でも、足もとには気をつけるのよ。こけたりしちゃダメよ」


 照れ隠し丸わかりの言い訳に思わず吹き出しそうになる連夜であったが、それでもそれを指摘したりはせず素直に彼女についていく。玉藻も、自分でそのことについて自覚していたが、別にバレテもいいというくらい気分が高揚しており、上機嫌な様子全開で連夜の手を引いて馬車へと向かって走っていく。

 さてその頃、愛人兼お目付け役の美少女達に無理矢理『馬車』に乗せられたミネルヴァは、窓際の席に座って外を見ながら盛大にため息をついていた。


「あ~あ、とうとう、この都市ともお別れか。お母さんの手の者が目を光らせている以上連れていくのはこの際諦めるけどさ、最後にもう一度だけ連夜に会いたかったなぁ」


 周囲の者達が呆れたような苦笑を洩らしていることにもお構いなく、しきりにぼやきまくるミネルヴァ。そんな愛しい人の姿を見つめていた二人の美少女の一人が、ふと視線を向けた先にあるものを見つけてミネルヴァに指さす。


「団長」


「な~によ。ってか、もう旅団は解散しちゃったんだから、普通に名前で呼んでくれたらいいわよ」


「では、ミネルヴァ様。あちらをご覧ください」


「別に駅の中の景色なんか見たくないわよ」


「いえそうではなく、あそこに若様が」


「ああ、そう、連夜がね。それも見慣れて・・・って、どこどこどこぉっ!?」


 不貞腐れて危うく見逃すところだったミネルヴァであったが、なんとか我に返り少女が指さす方向を必死になって探す。

 必死になって目を凝らすこと数秒。整列してズラリと並ぶ完全武装の兵士達の中に、黒髪の少年の姿を見つけ出すことに成功した。


「連夜」


 小さな声で愛しい弟の名を呟く。すると、その呼び声が聞こえたのかのように人間族の少年は微笑みを浮かべながら小さくこくりと頷いて見せた。


「え? なんで? 聞こえてるの? どうして?」


 唖然としながら呟くミネルヴァに、遠く離れたところに立つ少年は、しきりに指を横に向けて指し示す。


「横?」


 少年の言うとおりに横を向くとそこには、大型のマイクとスピーカーのようなものを反対側の座席に設置している少女達の姿。

 ほどなくしてその目の前のスピーカーから、聞きなれた声が聞こえてきた。


『み~ちゃん、聞こえる?』


「連夜。どうしたのこれ?」


『美咲姉さ・・・じゃなくて、キャゼルヌ筆頭秘書官にお願いして最後にみ~ちゃんとお話できるようにって、その装置を搬入させてもらったんだ』


「そ、そっか。そこまでして私のことを」


 連夜の気遣いが嬉しくて、思わず涙ぐんでしまうミネルヴァ。しかし、そんな感傷に浸っているミネルヴァに慌てる連夜の声が聞こえてくる。


『み~ちゃん、この装置使えるのこの駅の中だけだから。もうすぐその馬車は出発するみたいだし、すぐに使えなくなっちゃうんだよ。感動してくれるのは嬉しいけど、あんまり時間ないから』


「あ、ああ、そうなのね。わかった。話せるうちに話しておかないとね。えっと、どうしようかな。何を話そうかな」


『み~ちゃん、さっきも言ったけど、できるだけ早く追放処分が解除されるように僕頑張るから、向こうに行っても諦めずに頑張ってね』


「ありがとう連夜。期待して待ってる。私、帰ってこれる日を信じて待ってるから。絶対、待ってるからね。それと、もしも、ダメそうならそのときは連夜が私に会いに来て」


『わかった。必ず会いに行くよ』


「必ずよ、絶対よ」


『うん、約束だね。どんな危険が待ち受けていても必ず乗り越えて辿り着くから』


「うんうん。私待ってるからって、ちょっと待ちなさい、連夜」


 哀愁に満ちた別れの時。お互いを思いやる姉と弟の会話の途中、弟の不穏な言葉を耳ざとく察知した姉は表情を変えてマイクをつかむ。


「来てはほしいけど、絶対に一人で来ちゃダメよ。っていうか、あなた、私がいなくなった後、危険なことしないようにね。今回みたいに危険なことに首をつっこんじゃダメよ。絶対に絶対にダメだからね」


『・・・』


「・・・」


『・・・あ、うん、なんとなくわかった』


「なんとなくはダメでしょうがっ! そこははっきりわかっときなさいよっ!」


『いやでも、ほら、そのときの状況によるから、現場にいってみないとなんともいえないし』


「だから、その危険な現場に行くなっつってるのよ。自分から危険に首を突っ込まなきゃいいだけの話でしょうが。簡単なことなのよ。わかるでしょ?」


『・・・』


「・・・」


『・・・あ、うん、漠然と言いたいことはつかめたかも』


「だぁかぁらぁ、漠然とはダメでしょうがっ! そこは具体的にわかっときなさいよっ!」


 どうあってもわかてくれようとはしない弟の言葉に、ミネルヴァは美しくセットされた髪を豪快にかきむしる。


「ダメだ。やっぱ、あの子一人を置いてはいけない。不安だ。不安すぎる。どうしよう、どうにかして、ここから逃げ出すか、逆にあの子をここにさらってこれないかな。手元に置いておかないと何しでかすかわからない」


 しんみりした雰囲気は完全に崩壊。不安な表情を隠そうともせずに、不穏な単語を口からダダ漏れにしながらクマのように行ったり来たりを繰り返すミネルヴァ。しかし、そんなミネルヴァの耳に頼もしい親友の声が聞こえてくる。


『安心しなさい、ミネルヴァ。連夜くんなら大丈夫よ』


「た、タマちゃん? あんたも私の見送りに残ってくれたの?」


『うんにゃ、私は連夜くんが残ってるから一緒に残ってるだけ』


「は? どういうこと?」


『いや、だって、連夜くんを守るのは私の役目だからね」


「え? だから、それはどういうことって聞いているんだけど」


『わからないやつね。連夜くんの身柄とその生涯は私が責任を持って終生守り続けるから心配せんでよろしいって言ってるのよ』


「は、はぁっ?」


『あんたは、何も心配せず遠い異国の地にいっちゃってくださいませ。こっちのことは大丈夫だから。ねぇ、連夜くん』


 スピーカーから聞こえてくるのは間違いなくミネルヴァの大親友の声。聞きなれたその声のはずなのに、なぜかその言葉の意味が全くわからない。茫然としながらも窓の外を見たミネルヴァは、黒髪の少年の背後に見慣れた霊狐族の美女の姿を発見。彼女はミネルヴァの最愛の弟の身体を後ろから抱え込んでいる。一瞬、見間違いかと思った。幻か夢でも見ているのかと思った。だが、特別視力のいいミネルヴァにははっきり二人の姿が見えている。間違いなく彼女の親友であるはずのその美女は、弟の身体にこれ見よがしに後ろから抱きついて、そして、彼女の目の前でとんでもないことをしでかしてくれていた。


「あ、あああああ、あんたなにしてんの?」


『何って、ぺろぺろ?』


「私の連夜にぺろぺろすんなぁぁぁっ!!」


 マイクを握り締めたまま外に向かって大絶叫。周囲を固める兵士達はあまりの大音量にみな耳をふさいでしゃがみこむ。物凄い騒音公害。しかし、今のミネルヴァにそんなことを気遣っている余裕はない。鬼の形相ではるか遠くにいる親友を睨みつける。


「ちょ、おまっ、なにしてくれちゃってるの? 私の連夜になにやってるの?」


『いつからあんたのものになったのよ。これは私のモノよ。私のモノに何しようと私の勝手でしょ』


「は、はぁっ!? 誰がいつ、あんたのモノになったっつ~のよ。ってか、いいからともかく連夜から離れなさい。離れろ、離れやがれ、コンチクショー!」


 怒り頂点に達したり。あらん限りの力を込めて魂から振り絞るようにして放たれる大絶叫。

 しかし、それほどまでのミネルヴァの大激怒に晒されていても、玉藻は完全無視のどこ吹く風。しばらくの間、挑発するように連夜の顔をネットリと舐め続けていた玉藻であったが、更に行為はエスカレートしていく。連夜の顔を横に向かせその唇を妖しく奪う。見せつけるようなディープキスを繰り返し、挙句の果てに連夜の手の平を自分の豊満な胸に押し当てて強引にもませたりもする。


「やめ、やめ、やめんかぁぁぁあ!」


『嫌よ、絶対、やめない』


「汚れる。私の連夜が汚れちゃう。いやああああ、やめてぇぇ、私の連夜を汚さないでぇぇぇっ!!」


 涙交じりの懇願も玉藻には全く届かない。それどころか、見せつけるように連夜の横にたってその腕を抱え込んだ彼女は、もう片方の腕をこちらに向かって大きく振って見せるのだった。


『さよ~なら~、しばらく帰ってこないでねぇ~』


「ここここ、殺すっ! あの女、絶対殺してやるっ!」


「だ、ダメですよ、団長。もう馬車は走りだしています!」


「ここから飛び降りたら無事じゃ済みません、諦めてください!」


 血の涙を流しながら窓から飛び出そうとするミネルヴァの身体を、間一髪のところで抑え込むことに成功した二人の少女達。それでもなお、物凄い勢いでジタバタとミネルヴァはもがき続けるが、この前のことの二の舞は踏ませまいと、懸命にその身体を拘束。流石に今度は抜け出ることはできず、ミネルヴァの視界から、二人の人影はみるみる遠ざかっていく。


「ちくしょう、あの馬鹿狐。絶対許さない。ってか、必ずもどってくるからね。絶対ここに戻ってきてやる。そしたら覚えてなさいよ! わたしは、私は決してあきらめないからなぁぁぁっ!」


 最後の大絶叫を残し、連夜の姉ミネルヴァは西の果てへと消えていった。

 こうして、傭兵旅団『(エース)』と怪人『祟鴉(たたりがらす)』との抗争は本当の意味で終結を迎えたのであった。


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