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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
160/199

第三十話 『真実を知るとき』

「た、確かにまだ体中に力が残ったままだ」


「おおお、落ち着け。別に弱体しているわけじゃない強化されているのだから問題ないだろう」


「馬鹿! 強化されたままってことは、未だに『異界の力』が体内でフル稼働している状態だってことなんだぞっ。しかもあの化け物の目の前で。それが何を意味するのか、すぐにわかれよっ」


「!? そ、そうか」


 三人の言葉を聞いていたミネルヴァは、すぐ横に立つ黒の武人に怒りの形相を向ける。


「ぼ、ボタンを押せば助かるんじゃなかったのか!?」


「あいつら次第だと俺は言ったぞ、ミネルヴァ・スクナー。そもそも難しいことを要求しているわけじゃない。身体の中の『異界の力』を自力で抑え込めば済む話だ。上級種族の者が『外区』で仕事をする場合、絶対に必須になる技能だからな。中学校に入った時点で必ず最初に教えられる。きちんと義務教育を終えていれば誰だって使えるはずだ。ただ、過去の栄光にしがみついたどこぞの特権階級の者達は、『異界の力』に固執するあまりそれを身に着けることを拒否する者もいるようだがな」


 どこまでも淡々とミネルヴァに事の次第を説明する黒の武人K。その表情も口調もどこまでも静か。だが、それが余計にミネルヴァの神経を逆撫でする。


「い、今まで腕輪の力に頼ってきたんだ。使わない技術は忘れることだってあるし、忘れていなくたってブランクがあればうまくは使えない」


「そんなことは知らん。そもそも俺にあいつらを助けるつもりは全くない。生き残るチャンスをやっただけでも感謝してほしいくらいだ」


「ふざけるな! だ、だいたいさっきの映像はなんだ? 本当にあった出来事なのか?」


「おまえだって見たはずだ。その真偽を見抜く『天の眼(ヘヴンズサイト)』でな」


「見た。確かに見たさ。だけど、それすらも欺く何かトリックを使っているんじゃないのかって言ってるんだ。そもそも、あれだけの証拠が揃っているのにどうして、アレス達はお尋ね者になっていないんだ。あの映像が全て事実で、各都市の中央庁に提出してさえいればその日のうちに賞金首になって、全国に指名手配が掛っているはずだ」


 顔を紅潮させ怒髪天を衝く勢いで黒の武人Kに噛みつくミネルヴァ。だが、そんな彼女にKは冷めた表情を向ける。


「被害者は全員社会的弱者である下級種族の者達であることに加え、奴らの親はいずれも中央庁の上層部に近い位置にある役人ばかり。周囲も皆一族で固めこの程度の犯罪もみ消すことなぞ造作もない。奴らに殺された被害者達の遺族は泣き寝入りするしかなかったのさ」


「そんな」


「おまえにわかるか? そのときの遺族の無念が。大事な娘を、妻を、見るも無残に犯され殺され、決定的証拠もあるのにもみ消され、憎むべき殺人者達を無実と断じられてしまった彼らの気持ちが」


「だ、だけど、彼らは私の大事な仲間だ、そして心から愛している恋人なんだぞ!」


「だからなんだ? おまえだって見たはずだ。その『眼』でしかとみたはずだ。そのおまえが言うのか? 大事な仲間? 愛している恋人? やつらに殺された女性達にも友人がいたさ、恋人だっていたさ。親だって兄弟だっていたんだ。それを奴らは一方的に奪い去った。一つ聞こうミネルヴァ・スクナー。おまえがそれほどあいつらのことが大事で大切で愛しているというのなら、あいつらに代わって罪を償ってくれ。殺された女性達をこの世にもどしてくれ。それができるなら俺もやつらを助けてやる。この命の全てをかけて助けてみせるさ。さぁ、どうする、ミネルヴァ・スクナー。答えろ、答えんか、傭兵旅団『(エース)』団長ミネルヴァ・スクナー!」


「そ、それは。そんなことは私には」


「おまえはいったい誰の味方なんだ!? 差別に苦しむ者達の味方じゃなかったのか? 本当はそれは上っ面だけで犯罪者の味方なのか? どっちなんだ、ミネルヴァ・スクナー」


 怒りに任せて咆哮するKの姿から、完全に眼を背け両手で耳を抑えたミネルヴァは再びその場にしゃがみこみ何もかもを拒絶する。

 そんな風にKとミネルヴァの二人の間で繰り広げられる激しい問答のすぐ横で、『死』が再び命を刈り取る大鎌を振り上げる。

 必死に己の中の異界の力を抑え込もうとするアレス達三人。だが、強大な『異界の力』を捨てることができず、またそれら盲信するあまり力を抑える技術を一切身に着けなかった彼ら。そんな彼らに力を抑え込むことなど到底できるはずもなく、彼らの存在は今や完全に害獣の眼に捉えられてしまっていた。

 それに気がつきながらもなんとか逃れる術はないものかと無駄にあがき続けるアレス達。

 やがてその機会は永久に失われて消える。

 音もなく伸びてきた二本の腕がアレス達の身体をまとめて掴み上げる。


「い、いやだあああぁぁ!」


「どうして? どうして俺達がこんな目にあわなきゃいけないんだ!」


「ミネルヴァ。助けてくれ、俺だけでも助けてくれぇ!」


「アレス、アポロ、アダム、みんな!! やめろ、やめてぇぇぇぇっ!」


 街道にかぐや達の悲鳴が虚しく響き、その声を聞いたミネルヴァは害獣の王に向かって懇願の声をあげる。

 だが、害獣の王はジロリと下を一度だけ見つめたあと、何のためらいもなくその手を自分の口へと持っていく。そして、拳の中にあった三人を容赦なく己の口の中へと放り込んだ。

 再び、あの『ごくり』という音が響き渡る。


「いや、いやああああああっ!!」


 長年一緒にやってきた仲間達の壮絶な最期に、ミネルヴァは悲痛な絶叫をあげる。そして、彼らを殺した害獣の王目掛けて走って行こうとするが。


「いけません、団長」


「今動けば、あなたまで犠牲になってしまいます」


「放しなさい、あんた達。どうしてあれを見て平然としていられるの? 一緒に戦ってきた仲間じゃない」


 ミネルヴァの両脇に立つ少女達は、がっちりと彼女の腕を拘束し放そうとしない。そんな少女達にミネルヴァは、なんともいえない悔しそうな表情を向けて自分の腕を放すように言う。だが、少女達は頑としてその要求を撥ね退ける。


「お言葉ですが団長。私達は奴らのことを仲間だと思ったことは一度としてありません」


「どうしてそんな冷たいことを」


「『人』を『モノ』として扱うものをどうして仲間として思えますか? 『人』を『家畜』として扱うものをどうして友として思えますか? 団長はそんな相手が仲間なのですか、友なのですか? 団長もまたあの外道と同じなのですか?」


「そ、そんなこと言っても」


「あれをご覧ください」


 ミネルヴァの横に立つ麒麟族の少女が、右腕をあげると、人差し指を突き出してある方向にまっすぐに向ける。苦悩の表情を見せながら尚も自分を放すように説得しようとしたミネルヴァであったが、少女に促されるままに彼女が指さす方向に視線を向け直す。

 そこには・・・


「おまえ、私の盾になりなさい」


「い、いやぁ。死にたくない。まだ、私は死にたくないの」


「うるさい黙れ。あなた達下級種族は、私達選ばれし者の為に命を投げ出す義務があるのよ。さぁ、私が逃げきるまであいつを引きつけるのよ、いいわね」


 まだ生き残っている二人のうちの一人アリアンロッドは、逃げ遅れた鎧武者の少女を捕まえると無理矢理自分の前に出して盾にする。泥にまみれた顔、振りみだした髪、傷だらけの鎧。先程までの神々しい美しさはない。

 ただただ、醜い一匹の餓鬼。それが今のアリアンロッドの姿だった。あまりにも見苦しく、醜悪な姿。そんな恋人の姿にミネルヴァは唖然として力を抜き、その場にへたり込んでしまう。

 そして、ミネルヴァは悟る。あれこそが恋人の本性であることを。自分が見てきた全てが虚飾に彩られていたことを。あまりにも非情な現実に、彼女は涙をこぼす。

 一方アリアンロッドは、ミネルヴァの姿を気遣っている暇などなかった。頼りにしてきた仲間達はほぼ全員、彼女の目の前で食われてしまったのだから。最早、頼れるものは自分しかいない。とりあえずこの場を生き残らなくてはならない。そのためにならば、どんなものでも利用するし犠牲にして構わない。

 そんな彼女にしてみれば、目の前にいる奴隷の少女の命など紙くずほどの価値もない。一分でも、一秒でもいい。それがダメなら一瞬だけでもいいのだ。目の前にそびえたつ災厄の化身の一撃を自分からそらしてくれるだけでいい。そうすれば、彼女はわずかな時間を利用して、この場から一気に逃げ去ることができる。

 今、アリアンロッドの全身を凄まじい量の法力が覆っている。歴代の纏士長ですら持ち得なかった恐ろしいまでの力。これまで貯めに貯め込んできた彼女の法力が一気に解放されたためだ。

 それはブレスレッドの力ではない。次にブレスレッドの力を解放されるのは自分であると確信したアリアンロッドは、自ら己の体内にある『異界の力』をフル稼働。ブレスレッドが発動しても、自分で力を発動させてもどのみち『害獣』の王には感知されてしまうのだ。ならば、一か八かの勝負に出るまで。

 発動させた『異界の力』の全てを、この場から逃げる為に使用するのだ。

 今の彼女ならば、一族に伝わる秘術の一つ、『天上一気空駆け』の術を使うことができる。『神』の位に到達した者しか使えないという伝説の法術。それを使えばこの災厄の王から逃げることができるはず。そのためにも、この奴隷の娘に頑張ってもらわなくてはならない。なんとしてもこの『害獣』の王の気をそらしてもらわねばならないのだ。


「いけっ。私が生き残るために、選ばれし高貴なる魂、すなわち私の為に死ね。死んでも私を助けるがいい、このゴミムシがぁっ!」


「きゃ、きゃああっ」


 鎧武者の娘の身体を突き飛ばすと同時にその足を、剣で切り裂く。太ももを盛大に切られ空を舞うように迸る鮮血。それと同時に害獣の王が再びその両腕を動かし始める。


「うまく囮になるのよ。死んでもそいつの注意をひきつけなさい。そして、死ね。死んでしまえ! ははは、あっははははは」


「いやぁ、いやぁぁ」


「ちょっと待って、あ、アリア。私も、私も連れて行って!!」


 自分に迫る二つの巨大な拳に、恐怖の色を浮かべる少女。

 地べたを這いまわりながら必死に逃げようとしている少女の背中を凄まじい怪力で掴み上げると、アリアンロッドは害獣の王目掛けて彼女を投げ飛ばす。

 悲鳴をあげながら宙を飛んでいく彼女の姿をを見て、狂ったように哄笑をあげながら背中の二枚の大きな羽を広げ、上空へと舞い上がるアリアンロッド。

 そして、異界の力の一つである『法力』の全てを振り絞って羽をはばたかせると、西に向かって一直線に飛び去っていった。その光景を唖然として見送るかぐややミネルヴァ。唖然として見送ったのは彼女達ばかりではない。周囲を取り囲んでいたK達も、まさか空を飛んで逃げるとは想定しておらず、みなぽかんと口をあけて見送るばかり。

 だが、そんな中、一人アクションを起こした者がいる。


 害獣の王が動くのとほぼ同時に動き出したその人物は、地面の上に落下して転がりながら害獣の王へと近づいていく鎧武者の少女の側に移動。

 彼女の身体に覆いかぶさるようにしてその動きを止めさせると、自分が身に着けていたマントを取り外して少女の上にかぶせる。


「ああああ、助けて。お願い助けて」


 すがりついてくる少女をマントごと抱きしめたのは黒衣の怪人『祟鴉(たたりがらす)』その人。彼は彼女にだけ見えるように仮面を外して人間族としての素顔をさらして見せる。

 そして、にっこりほほ笑んで小さな声で語りかけた。


「あ、あなた人間族?」


「そそ。とりあえず大丈夫だから、僕を信じて静かにしてて」


「え? だけど、害獣の王が。虚獣が」


「大丈夫、大丈夫。後で足も治療してあげるから、ちょっとの間だけ辛抱してね」


 安心させるようにそう言った後、再び彼は仮面をかぶり直す。聞きたいことは山ほどあったが、落ち着いた彼の様子にとりあえず少女は口をつぐんだ。しっかりと抱きしめられたままの状態で、彼女は覚悟が定まらぬままに目を閉じて最期の瞬間に備える。

 大きな風が二人の間を通り過ぎた。

 そして。


「い、いやああああ。な、なんで? どうして私がぁぁっ!?」


 盛大にあがる悲鳴に顔をあげた少女は、自分の頭上にある虚獣の拳の中に一人の女性の姿を見て茫然となる。

 それは先程遠くへ飛び去っていったはずの纏士族の女性アリアンロッド。

 突如として害獣の王の拳の中に出現した彼女に、周囲にどよめきが走る。


「馬鹿ね。いくら逃げようと無駄よ。一度『害獣』の王に感知されてしまったら、どうやっても逃げられないわ。例え『異界の力』を使おうとも。いや、むしろ『異界の力』を使えば使うほど不利になる。どんな凄い術を使おうとも、この世界のものではない『異界の力』を使って発動された術は全て無効化されてしまうんだから。それに、盾にするなら自分以上に強い『異界の力』を発動させる相手にすることね。全く『異界の力』を持ってない相手を盾にしようとしても『害獣』の王は見向きもしないもの。あんたたちが奴隷として連れてきたこの人達って、『異界の力』なんてほとんど持ってない下級種族の『人』達ばかりでしょうが」


 今起こった一連の出来事について正確に事態を把握していたミッキーが、呆れたと言わんばかりの表情で、頭上のアリアンロッドを見つめる。だが、害獣の王に囚われてしまったアリアンロッドにしてみれば、そんな説明を聞いている場合ではない。


「た、たたりがらすぅっ! また貴様か、貴様のせいかぁ。おまえはどこまで、私達を邪魔すれば。私は、私はなぁっ!」


「・・・」


 下にいる黒衣の怪人に気がついたアリアンロッドは盛大に罵詈雑言を浴びせかけるが、すぐにそれも聞こえなくなってしまう。

 そして、それに合わせて森の奥に配置していた黒の兵士達はわらわらと街道へと出てくる。フレイヤやミッキー、Kもそれにならい街道へと移動。

 彼らは街道に出てくるともう一度、空を見上げて敬礼を行う。その視線の先には巨大な拳の中に囚われたアリアンロッドの姿。


「覚えていろ裏切り者達。覚えていろ出来そこないのクズ龍ども。そして、覚えていなさい『祟鴉(たたりがらす)』。私はこんなところで死なない。『神』になって舞い戻ってくる。そうよ。『神』よ。『空神』になるのよ。そして、全てを支配するの。皆、私に平伏すの。あはは、そうよ。私をあがめなさい。神をあがめなさい、愚民ども。あはは、あははははばぁぶっ」


 狂気の演説は、『ごくり』という音の中に押しつぶされ消えていった。しばしの間、敬礼した状態で皆は害獣の王を見守る。


 だが、アリアンロッドが再び姿を現すことはなかった。


 残りは後、かぐや一人。

 静寂が支配する中、害獣の王はまだその場に立ったまま動こうとはしない。しきりにくちばしをカタカタと動かし、ギョロギョロした眼をせわしく周囲に向けて何かを探っている。襲いかかってくる気なら、とうの昔にそうしているはず。だが、今のところ傭兵旅団『(エース)』の上位構成員以外に害を成してはおらず、他の者には問題ないと確信できつつある。

 しかし、王が放つプレッシャーは相当のものがあり、いくら害がないとわかっていても、非常に落ち着かない。この場に残っている者達はみな数々の死線潜り抜けてきた百戦錬磨の猛者達であるが、彼らであっても恐怖をぬぐい去ることができない。

 周囲を固める兵士達の表情は一様に『一刻も早く帰りたい』と書いてあった。

 そんな兵士達の姿を見た今回の作戦の指揮官である『祟鴉(たたりがらす)』こと連夜は、仮面の奥で苦笑をもらす。


(そろそろ王様にご退場いただかないとみんなの精神がもたないよね。じゃあ、そろそろ最後の仕上げにとりかかるかな)


 マントの下で『回復』の術を奴隷戦士の少女に使いながら『祟鴉(たたりがらす)』はミネルヴァの側にいる二人の少女達に合図を送る。少女達はすぐにその合図を察すると、未だ放心状態になったままのミネルヴァへと視線を向けた。


「アリアンロッド副団長が勝手に自滅してしまわれたので、その罪状について捕捉説明だけさせていただきます。アレス達の罪状については先程の映像の通りでしたが、副団長の罪状はあれとは少し違います」


「違う?」


「はい。副団長の罪状は『魔薬』の大量密造、及び販売行為です」


「え? ま、『魔薬』?」


 傭兵旅団『(エース)』の副団長であったアリアンロッド。しかし、彼女にはもう一つの顔があった。犯罪組織『バベルの裏庭』の幹部という顔が。そこでの彼女の担当は『魔薬』の密造、及びその販売ルートの管理。彼女は北方諸都市に広がる巨大な魔薬販売ルートを掌握する超大物犯罪者だったのである。

 彼女が持つ顧客は実に多岐にわたり、末端にいるチンピラや一般市民から、果ては財界、政界、そして、芸能界の大物達にまでその手が及んでいた。とはいっても、彼女自身が表にでることはない。いくつもの仲介を挟み、上の存在を知らない下っ端に実際の活動を任せていたため、中央庁は当初なかなかその正体がつかめずにいた。

 だが、ついにその正体が暴かれる時がくる。以前から、アリアンロッドが怪しいことはわかっていたのだが、それがはっきり『クロ』であることがわかったのだ。

 御稜高校教頭ヴィリを逮捕した際、中央庁は彼の自宅から大量の証拠となる品々を押収。その中に、アリアンロッドを逮捕するにたる決定的な証拠が存在していた。アリアンロッドは完全に自分の存在は隠していたと思っていたのだが、あのヴィリは予想以上に情報収集能力が高く、己の保身のために一番トップであるアリアの正体を証拠と共に掴んでいたのだ。

 もしもの場合はそれをネタにアリアをゆするつもりでいたらしい。おかげで中央庁は魔薬王アリアンロッドの正確な情報を入手することができ、それを元に彼女が行ってきた様々な犯罪、及びその顧客情報を割り出すことに成功できたのだった。


「そんなアリアまで。だって、彼女はトップクラスのクライムハンターだったのよ。強盗や殺人の賞金首を何人も捕縛しているっていうのに」


「後から調べてわかったのですが、それらはみな『バベルの裏庭』には所属していない者達ばかりだったようです」


「敢えて正反対の職業に就いて活躍してみせることで裏の顔を隠していたんでしょうね」


「アレスも、アポロも、アダムも、アリアも。ずっとみんなと一緒にやってきたのよ。そんな後ろ暗い過去があったっていきなりいわれても、私は彼らのそんな顔を一度として見たことないのに」


 イヤイヤと顔を何度も横に振って現実を受け入れようとしないミネルヴァの両肩に、少女達はそっとその華奢な手をおく。少女達とて、こんな風にミネルヴァを追い詰めたくはない。中央庁の特殊部門『機関』に所属する彼女達は、そのトップでありミネルヴァの実の母親でもあるドナ・スクナーの命によってこの潜入任務を行ってきた。しかし、任務の為だけにミネルヴァの側にいたわけではない。二人の少女達もまたミネルヴァのことを愛しているのだ。だからこそ、今ここでミネルヴァに巻きついている悪しき絆を断ち切ってしまわなくてはならない。そうしなければ、ミネルヴァもまたアレス達と同じ。いや、それ以上に過酷な終焉を迎えなくてはならなくなってしまう。

 それはダメだ。底なしに陽気で明るく、どんな『人』でも受け入れてくれる太陽のようなこの『人』を失うわけにはいかないのだ。

 そのためには、最後の試練へと突き放さなくてはならない。

 少女達は、ミネルヴァの肩越しにお互いの顔を見つめて力強く頷きあうと、最後の試練を始めるための言葉を口にする。


「団長、まだ終わりじゃありません」


「最後のお一人が残っています」


「まだ。まだ続けるというの」


「続けます。と、いうよりも最後に残っているあの者こそが、団長も含め、この場にいる全ての者達の悪しき因縁につながるもの」


「私も含め?」


 二人の少女が異様に強い口調で紡ぎだしたその言葉に、小首を傾げるミネルヴァ。少女達の視線の先には、一人取り残された龍の姫君かぐやが、周囲に展開する兵士達に油断ない瞳を向けて仁王立ちしている姿が見える。

 そうかぐやはまだ諦めてはいなかった。まさか自分の取り巻きを含め、頼りになるアリア達までもこうも簡単に排除されてしまうとは思いもしなかったが、しかし、まだ自分は生きている。


 やはり、自分は選ばれし者なのだ。


 世界各地に伝承として残る様々な英雄譚の主人公達と同じ存在。どんな危機に見舞われようとも最後には逆転し、栄光を掴む。

 この期に及んで彼女はまだそんなことを考えていた。

 しかし、そう夢想する理由が彼女にはあったのだ。


 幼少の頃、かぐやは自らの不注意により命に関わる大怪我をしたことがある。

 武器庫で遊んでいたかぐやは、立てる形で並べてあった鋭い剣や矛を倒してしまったのだ。そのとき、倒れてきたそれらの刃に腕や足を切断され、かぐやの小さな身体は大きな盾の下敷きに。

 残った手の指一本動かせない状況。あまりにも深すぎるその傷は、幼いながらかぐやに自らの死を確信させるほどであった。だが、かぐやは死ななかった。己の身体に宿る『異界の力』神通力を発現させ、大怪我を一瞬で治してみせた。

 それは凄まじい光景であった。切り離された腕や足がみるみる目の前で復元したのであるから。

 以来かぐやは『異界の力』を盲信するようになった。何かあるごとに『異界の力』を乱用。勿論、臣下達はそれを知って顔を青ざめ彼女を諌めたが、かぐやは一向にその言葉を受け入れようとはしなかった。それどころか、自らの母も含め『異界の力』を重視するものばかりを周囲に置くようになり、忌避するものを激しく敵視するようになっていった。

 やがて彼女は『異界の力』を使いこなせない者を『人』として認識しなくなり、生まれてきた三人の弟妹のうち二人に『異界の力』がないとわかると、何の迷いもなく彼らを奴隷組織に放逐。また、そのときから犯罪組織『バベルの裏庭』に自ら積極的に関わるようになり、自らも下級種族達の奴隷狩りに参加するようになる。

 たくさんの下級種族達を無慈悲に狩り続け、奴隷として売り飛ばし続ける行為は、彼女の歪んだプライドを大いに刺激した。ほとんどの者達は抵抗らしい抵抗をすることもできず彼女の魔手に落ち、また激しい抵抗を見せた者も結局は同じ末路をたどることになった。

 かぐやは己の強さに酔いしれていった。『異界の力』で強化した身体は本当に無敵だったからだ。勿論、この力を『外区』では使ったりはしない。使うのはあくまでも都市内だけ。しかし、使えば使うほど際限なく強く万能になっていく『異界の力』の凄まじさにかぐやは完全に虜となり、そして、それゆえにこの力を理解しようとしない者達への憎しみや苛立ちは強く大きくなっていった。

 その中には当然、この力を抑止しなくてはならないそもそも原因である『害獣』もまた含まれていた。

 奴らさえいなければ、とうの昔に自分は『神』として世界に覇を成していたであろうに。


(都市内だけでは到底満足できませんわ。いずれ、『外』の世界でも普通に『異界の力』を行使できるように、『害獣』どもを淘汰しなくては)


 そして、まずは彼女が拠点としている城砦都市『嶺斬泊』の周囲からだけでも『害獣』の気配を絶つことを決意。ちょうどその頃、驚異の新人ハンターとして名を広め出していたミネルヴァが、新しい傭兵旅団を作ろうとしていたことを知って参戦を表明。

 犯罪組織『バベルの裏庭』内での知人であるアリアンロッドや、かねてから交流のあったアレス達も誘い、かぐやは彼と協力し『異界の力』が安全に使える場所を『外区』に作り出していったのである。

 表の世界で手強い『害獣』や原生生物を次々と狩り、裏の世界では目障りな下級種族達を狩り、自分達に奉仕する奴隷を大量生産していく。 

 表の社会でも、裏の社会でも彼女の地位はウナギ登りにあがっていく。まさに破竹の快進撃。


 そんな自分がどうしてこんなところで死ぬというのか。


「ありえない。ありえないですわ。そんなこと。むしろこれは新たな英雄伝説の幕開け」


 焦点の合わない視線を虚空へと向け頬を紅潮させて、一人呟くかぐや。誰も聞いていない、誰にも聞こえないかすかな響き。だが、その言葉を聞いていた者がいる。


「違うな。ここはおまえのふざけた野望の終焉の地だよ」


 治療を終えた奴隷戦士の少女をそっと立たせてK達がいる方へと行くように優しく促した後、黒衣の怪人はかぐやにそう言い放つ。かぐやは最初そのくぐもった声の主が誰かわからず、周囲をきょろきょろと見渡していたが、やがて、目の前に立つ仮面の怪人だと知って驚きの表情を浮かべる。


「驚いた。あなた、しゃべれたのね。だけど、その声、本当の声じゃないようね」


「いろいろと事情があってね。悪いけど本当の声は聞かせられないのさ」


「そう。まあ、別にあなたの声に興味なんてさらさらないからどうでもいいのだけど、それよりも気になるのは、さっきあなた聞き捨てならないことを言ったわね。ここが終焉の地になるとかどうとか」


「言った。どのみちおまえはここでお終いだ。正直、僕達がどうこうしなくてもおまえにはもう逃れる術はない」


「さっき、あそこにいるあなた同じような格好した馬鹿がミネルヴァに言っていた『選ばせてやる』って言う言葉は嘘ってことね。流石、卑怯、卑劣な手段を名を売っている『祟鴉(たたりがらす)』。あまり驚くような内容じゃないけど、ほんとあなた心から腐ってるわね」


「あんたにだけは言われたくないよ。それに、あんた、よく聞いてなかっただろ? そもそも、Kが言っていた選ばせてやるってメンバーの中にあんたの名前は入ってない。あんた達の団長がつけているブレスレットに、あんたのブレスレットの解除ボタンなんかありはしないのさ」


「つまり私だけはどうやっても殺すつもりだったってことかしら」


「確かにそういうつもりでいることについては否定しないよ。僕がここに立っているのはその覚悟でここにいるのだから、それは間違いじゃない。だけど、一つだけ言っておく。あんたのところの副団長を含めた他の者達については確かに策に嵌めた。しかし、あんたは違う。むしろこの状況を作り出した張本人は他ならぬあんたなのだからな」


「はぁ? あなた何を言っているのですの?」


 言っている意味が全くわからず、かぐやは首を傾げる。勿論、すぐ近くでこれを聞いていたミネルヴァもわからずに『あいつ何を言ってるの?』と呆れた様子で自分の横に立つ少女達に同意を求めようとした。だが、その視線を向けた瞬間ミネルヴァはあることに気づいて愕然とする。どうやら、わかっていないのは自分とかぐやだけだということに。

 他の者達は、苦虫を噛み潰したように表情を歪め、忌々しそうにかぐやの姿を見つめている。

 そして、それはかぐやの前に立つ『祟鴉(たたりがらす)』本人も同じこと。未だに状況を理解できていない相手に対し、仮面の奥にある顔を盛大に歪めため息を吐き出していたが、やがて諦めたように口を開いた。


「あんたさ、どうしてここに『害獣』の王が来ているのかって、疑問に思わなかったのか? どうして、はるか南の大海原を拠点としているこの大虚獣がここに現れたのか。どうして、いつまでたってもここから動こうとしないのか。何にも思わないの?」


「あなたが、呼び出したのでは」


「たかが『人』一人の力でどうやってこの世界最大の支配者を呼び出せるっていうのさ。って、普通なら言うところだけど、まぁ、あながち間違ってはいない。確かに、この害獣の王は呼び出されたようなものだ」


「じゃあ、やはりあなたが」


「違う」


 今度は本気で驚きの表情を浮かべるかぐやに対し、仮面の怪人ははっきりと否定の言葉を口にする。確かに彼は普通の『人』よりも豊富な知識を所有し、普通の『人』よりもたくさん技術を身に着けている。また、それらを自由自在に使いこなす優れた知恵だって持っている。だが、だからといって『害獣』の王を意のままに操ったりすることはできない。当然、この場に呼び出すことなんて彼にはできっこない。

 そう、彼には。

 呼び出したのは彼ではない。


「あんただよ、龍乃宮 かぐや。あんたが、この大虚獣グァア・パを大南洋から呼び寄せたんだ」


「「は、はぁ?」」


 期せずして同じような驚きの声を同時にあげるかぐやとミネルヴァ。それはそうだ。なんで不倶戴天の敵である害獣の、しかもその頂点たる王クラスの存在をすき好んで呼び寄せたりするものか。かぐやはすぐに驚きから立ち直り怒りの表情で目の前に立つ怪人を睨みつける。


「嘘をつくにしても限度というものがありますわよ、『祟鴉(たたりがらす)』。よりによって私が呼び寄せたなどと、どうしてそんなことが」


「これまで随分『異界の力』を使ってきたよな、あんた」


「!?」


 かぐやの怒りの言葉をぶったぎり、さらりと放たれたその言葉。それを聞いた瞬間、流石の彼女も気がついた。この害獣の王がここに来ているその理由を。


「城砦都市が建設される場所は、害獣のテリトリーから外れている場所であるってことは誰もが知ってること。当然、そこで『異界の力』を使っても、すぐに害獣達が攻め込んでくるようなことはない。そもそも、騎士クラスよりも下の害獣達は、普通自分達の管轄となっているテリトリー内でしか行動しない。逆に言えば余程のことがない限りテリトリーから出てくることはないってことだね。さらにその上の貴族クラスの害獣もそう。貴族クラスとなると、さらにそのテリトリーに強く縛られる。偉い学者さん達の話からすると、所属している騎士や兵士、労働者といった配下の害獣達を統制しなければいけないかららしい。つまり、城砦都市の中はちょっとした『異界の力』なら使い放題ってことだよね」


 かぐやの前を腕組みしながらこれ見よがしに行ったり来たりを繰り返す怪人。その怪人の説明が進むにつれ、目の前に立つかぐやの表情は赤へ、そして、少し離れたところで聞いているミネルヴァの表情は青へと変化していく。


「実際、城砦都市の中で、『異界の力』を全く使わずに生活することは難しい。いくら害獣に感知されない『念気』や『錬気』っていうクリーンなエネルギーが普及してきているといっても、そのエネルギーを作り出すために『異界の力』を使わなければならないし、様々な念気製品や錬気製品の一部部品にも、『異界の力』が使用されているものが多数存在しているからね。まあ、ある程度は仕方ない。だけどね、ある一定の上限を越えてしまうと話は変わる。わかっているとは思うけど、それは総量の問題じゃないよ。要はその使い方だ。誤魔化しても仕方ないからここははっきり言っておこうか。『異界の力』を使って、瞬間的にでも世界のルールを大きく捻じ曲げた場合の話だ」


 怪人が言葉を切ったその直後、誰かが大きく唾を飲み込む音が聞こえた。だが、怪人はその音を聞こえなかったものとして先を続ける。


「『外区』で使った場合はともかく、城砦都市の中でそういった使い方をしたとしても、騎士クラスよりも下の害獣達はすぐには攻めてこない。自分達のテリトリーを守るほうが優先だからね。そして、貴族クラスも同じ。こちらも同じ理由。だけど、そうじゃない者達がいる。それが王クラスの害獣達だ。彼らにも一応、自分達が管理するテリトリーらしきものが存在していて、普通はそこから出てきたりはしない。だけど、そこから出て遠征に出かける場合がある。それは、世界のルールを捻じ曲げるほどの『異界の力』を持つ者を感知したとき。五百年以上もの昔、『神』や『悪魔』、『魔王』や『聖獣』と呼ばれていた超越者達の存在を感知したときだ。そのとき彼らは自らのテリトリーを離れ、その存在を確認するためにやってくる。勿論、その理由については今更説明するまでもないよね」


 わざとらしくかぐやの前で立ち止まった怪人は、ボイスチェンジャーで変えて低くくぐもった声をさらに落として断言する。


「彼らの目的はたった一つ。見つけ次第この世界から『永久追放(アカバン)』すること」


「「!!」」


 見事なまでの同じタイミングで身体を硬直させるかぐやとミネルヴァ。


「あんたのところから逃げ出した龍族の皆さんからいろいろと聞かせてもらったよ。あんた、小さいときから何度も大掛かりな『奇跡』を連発してきたそうじゃないか。自分が死に至るほどの大怪我をしたときはそれを一瞬で完治させたり、『異界の力』を使うのをやめさせようとした兵士達を次元の狭間に放り込んで始末したり、果ては自分の周囲の者達の脳みそをいじくり倒して都合のいい記憶を植えつけたり。やりたい放題だね、まったく」


「うるさいですわね。偉大なる力を持つ者の特権ですわ。弱い者は常に強い者の糧となって生きる。それが世の常というもの。それが嫌なら強くなればいいだけのこと」


「厚顔無恥とは本当によく言ったものだね。あんたのその高慢のおかげでいったい今までどれほどの『人』達が危険に晒されていたと思うのさ。見ての通り、虚獣はもう城砦都市の眼と鼻の先まで来ていたんだ。あんたが使い続けた『異界の力』を追跡し、とうとうここまで嗅ぎつけて来ていた。不幸中の幸いといっていいかどうかわからないけれど、あんたが使っていた『異界の力』はどれもそれほど広範囲にわたるものじゃなかったようだな。そして、城砦都市が奴らのテリトリーから外れていたことも幸いした。そのために今日までこの絶対支配者に襲われずに済んだ。だけど、それももう限界なのさ」


 『祟鴉(たたりがらす)』はやや斜め上空を指さして見せる。そこには未だにしきりにあたりを窺い続けている害獣達の王の姿。巨大な異形の頭を身体ごと右へ左へと揺らし、上を見たり下を見たりとせわしなくひたすら身体を動かし続ける。落ち着きないその動きを、みな恐怖の表情で見守り続ける。

 勿論、恐怖の色を浮かべているのは兵士達ばかりではない。話を聞いていた黒の武人Kも、ミッキーも、フレイヤ達も、ミネルヴァも。


 そして


 この災厄の王を呼び出した張本人たる


 『龍乃宮 かぐや』本人も


「わかるだろ。あの災厄の王が何をしているのか? 探しているんだ。『異界の力』の持主を。世界の秩序を乱す者を。世界の敵、『超越者』たらんとする者」


 震える体を必死に抑えながらそれでも尚構えた槍を下ろそうとしないかぐやを、『祟鴉(たたりがらす)』は、いや、宿難 連夜は真正面から睨みつけた。


「つまり、あんただ、龍乃宮 かぐや」


「そ、そんなことわからないじゃない。そもそも、もし私を感知して現れたというのなら、一番最初に私を襲ったはず。なのに、最初に襲いかかったのは、私ではなく他の者達でしたわ」


「害獣の王があんたを目指してこの地に来たのは間違いない。そもそも害獣の王の姿の目撃情報については、数カ月も前から中央庁のほうに多数報告されている」


「では何故、私ではなく・・・」


「他の連中に襲いかかったかったか? それは僕がそうなるように仕掛けたからさ」


「!?」


「いくら多数の目撃情報があると言ってもどこにいるかまでは流石に掴めてはいなかったからね。王自ら出向いてもらう為に、わざとあの人達の『異界の力』を暴走させたのさ」


 正直にいえば、『害獣』の王が必ず出てくるという確証はなかった。だが、あれだけの『異界の力』を発動させればなんらかの反応はあると思っていたし、王が動かなくとも隣接する『死の森』をテリトリーとする害獣達が黙っていないと思っていた。『異界の力』で強化された暴徒達に襲いかかられても、王か他の害獣達が彼らを必ず淘汰するだろうと計算し、仕掛けた罠。

 勿論、ブレスレットは本来、このときのために彼らに仕掛けていた装置ではない。害獣の王の件とは全く別。傭兵旅団『(エース)』とのみ対決することを想定し仕掛けていた物だ。だが、傭兵旅団がこの地に遠征に来ている事を知った連夜は、この状況を利用することにした。うまくいけば、彼の過去から続くこれまでの因縁全てに決着を着けることができる。

 躊躇する理由などない。


「しかし、本当に危ないタイミングだった。これほど城砦都市の近くに、しかも、こんなにもすぐに現れるなんて。あと一度でも城砦都市の中であんたに『異界の力』を使われていたなら、害獣の王は間違いなく城砦都市にその姿を現していただろう。そうなったらいくら都市内に充満する『異界の力』が希薄であると言ってもただで済むわけはない。間違いなく害獣の王は『嶺斬泊』そのものを破壊しようとするだろう。あんたの自分勝手な傲慢のせいで都市内にいる罪なき『人』々のかけがえのない命が危険にさらされる。そんなことは絶対に許されない。絶対にあってはいけないことなんだ」


 そう言って連夜は手にしていたリモコンを、わざとらしくかぐやの前に静かに掲げて見せる。

 リモコンの意味を知るかぐやは、みるみる顔を引きつらせた後、ひどく歪な形に皮肉気な笑みを浮かべてみせた。


「どうでもいい有象無象の為に私を生贄に差し出すというのですわね。いいですわ、やって御覧なさい。あなたがボタンを押す前に私の神速の突きがそのリモコンを・・・」


「その必要はない」


「!?」


 殺気漲らせるかぐやの前で、手にしたリモコンを地面に落した連夜。呆気にとられるかぐやの前で、連夜は何のためらいもなく地面に落ちたリモコンを踏みつぶした。


「ど、どういうつもりですの?」


「正直、あんたが王にみつかるのはもう時間の問題だ。これ以上僕達が手を汚す必要はない。だけどね、それじゃダメなんだ」


 仮面の奥にある二つの瞳の中、夜の闇よりも尚濃い何かが浮かび上がる。そこには『人』が持つ様々な負の想い。怒り、憎しみ、悲しみ、恨み。そういった負の感情によって作り出された『怨念』と呼ばれる深い深い『人』の業が、連夜の瞳の奥底に大きくうねり、渦巻き、そして、溢れだしていく。

 彼はその感情の赴くままに半身に構えると、右手に持った独鈷杵をかぐやの方に突き出した。


「個人的恨みで申し訳ないが、付き合ってもらうよ、龍乃宮 かぐや」


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