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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
159/199

第二十九話 『害獣の王』

 事ここに至って、かぐやは偽りの仮面を完全にかなぐり捨てていた。

 洗脳した大勢の奴隷達を弾よけの『壁』部隊として編成し、自分達の保身のためだけに使用していたことは、既にバレてしまっているのだ。ここで誤魔化しても何の意味もない。それよりも現実というものを恋人に教えて、納得してもらったほうがいいと考えたのだ。彼女も自分も同じ上級種族。そして、何よりも何度も肌身を合わせ愛を囁き合った恋人同士でもある。

 わかってくれないわけはない。そうかぐやは信じていた。

 だが。


「わからない。あんたの言ってることは全然理解できないよ。どうしてよ。なんでそうなっちゃったのよ」


 ミネルヴァは一向にこちらに来ようとはしない。それどころか、その場にへたり込み両手で顔を覆って泣きだしてしまう。

 恋人の見たこともない落胆ぶりに、流石のかぐやも動揺する様子を見せる。しかし、事態が切迫していることもよくわかっていた。この包囲を打ち破るためにはどうしてもミネルヴァの力が必要なのだ。


「わかりましたわ、ミネルヴァ。とりあえず、このことについては後でゆっくり話し合いましょう。ですが、今は手を貸してください。このままでは私達はこの襲撃者達の餌食となってしまいます。いくら主義主張が違うことが分かったからと言って、いきなり私達を見捨てたりはしないでしょう?」


「私・・・私は」


 嫣然と微笑み語りかけてくるかぐやに、ミネルヴァは困惑の表情を見せる。

 友達想いで基本的にお人好しなミネルヴァが、この土壇場で自分達を見捨てられないことをかぐやは熟知していた。

 差し出される美しくたおやかな手。ミネルヴァは、迷いながらもその手に己の手を伸ばそうとする。かぐやが看破していた通り、目の前の相手がどれほどの悪党であったとしても、やはりミネルヴァにとって彼女は、いや、彼女達は大事な恋人であった。見捨てるという選択肢は到底選ぶことができない。

 心の中に様々な葛藤を抱えながらも、ミネルヴァは戻れない一歩を踏み出そうとする。

 しかし、そのときミネルヴァとかぐやの間に現れた深い闇が、彼女達の間を引き裂いた。

 パァンという乾いた音。

 その音の正体はなんの変哲もないただの爆竹。音と煙だけが派手で、他に何の害もないお祭り用の爆竹だ。だが、その派手さ故にかぐやもミネルヴァも、そして、そのほかの者達も仰天し慌ててその身を後ろへと引き下がらせる。


「何? なんですの?」


 すぐに驚きから復帰できずにいるかぐやの目の前で、乱入者は片手を軽く振って何かの合図を送る。すると、何者かが首を縦にふる気配が見え、次の瞬間にそれらはミネルヴァの両脇に移動。


「失礼します、団長」


「ごめんなさい、ミネルヴァ様、ここから離脱いたします」


「え、ちょ、あ、あんた達は」


 ミネルヴァの両脇をがっちりと抱え込み、戦闘区域から離脱させていく二つの影。それは、今朝、ミネルヴァと一緒にベッドに同衾していたあの少女団員達であった。一体何が起こったのかわからず目を白黒させているミネルヴァをよそに、二人の少女達は、自分達に指示を出した黒衣の怪人に軽く会釈してその場を去っていく。

 いや、彼女達ばかりではない。かぐや達と共にあった団員達の中からもバラバラと離脱者が出て森のほうへと走っていく姿が見える。

 彼らは武装を解除してその場所に放棄し、一直線に黒の兵士達がいる方向に向かっていく。自殺行為かと残った団員達は思い、次に起こるであろう惨劇を予想する。だが、そのようなものは全く起こらない。それどころか、逃げ出した団員達は次々と黒の兵士達に迎えられ彼らの用意した武装に着替えはじめたではないか。

 あまりの光景に一瞬、呆気にとられる団員達。

 だが、すぐに事態を悟った副団長のアリアンロッドが怒りの声をあげる。


「う、裏切ったな、貴様ら!!」


 その言葉で真相に気がついた他の団員達も、口々に彼らを罵り始めるが、去っていった団員達は残った者達は堪えた様子は全くない。むしろ憐みの表情で彼らを見つめる。

 かぐやをはじめとする残された者達は、その憐みの表情の意味を計りかね一瞬茫然としていたが、やがて、黒の兵士達と同じ姿に着替え終わった彼らは、直立不動の姿勢を取った。

 そして、一斉にかぐや達に向けて敬礼を送る。それは逃げ去った団員達ばかりではない。黒の兵士達自身も同じように敬礼を送り、フレイヤも、ヴァネッサも、フェイリンも、ミッキーも、そして、黒の武人『K』もまた同じような敬礼を彼らへと向けた。

 そこに浮かんでいる表情は様々であったが、みな厳粛な雰囲気に包まれていた。


「な、なんの真似だ、それは」


 かぐややアリアンロッドを守るように前にでた巨漢の戦士アレスが、周囲を睨みつけながら口を開くが、その声に答える者はいない。

 しばらくの間、痛いまでの静寂がその場を支配する。

 やがて、アレスが放った問いに関して、言葉ではなく行動で答える者が現れた。

 いや、そもそもその者は既に彼らの目の前に立っていたのだ。

 答を知る者である黒衣の怪人『祟鴉(たたりがらす)』は、懐からテレビのリモコンのような物を取り出すと、かぐや達に見えるようにそれを突き出して見せた。


「何よ、それ。それがどうしたというのよ」


 黒衣の怪人の行動の意味が全くわからず、かぐや達は一斉に首をかしげてみせる。しかし、怪人はかぐや達の困惑に構わず、そのままリモコンの中にあった一際大きく黒いボタンを無造作に押す。

 すると、旅団員達の腕が美しい銀光を放って輝き始める。

 それは、参謀のかぐや、副団長のアリアンロッド、攻撃部隊隊長のアポロ、防衛部隊責任者アレス、支援部隊統括役アダムの五人の幹部以外の全員。

 みな腕が同じように輝き出していく。その光の発生源は、彼らが腕にはめている銀色のブレスレッド。

 異界の力を抑え込む役目をもった、あの腕輪であった。


「な、何これ」


「力が。物凄い力が湧きあがってくる」


「すごい。すごいぞ、これは!」


「これなら伝説の超越者、『神』や『悪魔』になることだって不可能じゃない」


 光と共に自分達の中に物凄い力が湧きあがってくるのを感じた団員達は、一様に歓喜の声をあげる。

 いや、力だけではない。満身創痍だった身体は完全に元の健康状態に復帰し、疲労も全くなくなっている。あれほど苦戦したタイガーマンモスに一人で勝てると確信できるほどパワーアップしている者まで存在していた。


「いったい何がしたかったのかわからないけれど、一応礼をいっておくわ、『祟鴉(たたりがらす)』」


「これだけの力があれば、ここにいる愚民共を全て血祭りにあげるのに五分かからない」


「俺たちをパワーアップさせるとは、気でも狂ったか、クソガラス」


 体中を漲る恐ろしいまでのパワーに、口々にそういいながら舌なめずりする団員達。そして、その力を試すべく、彼らは目の前に立つ宿敵へと視線を向ける。


「折角だから、早速試させてもらおうか」


「おいおい、抜け駆けするな。一撃目は俺だぜ」


「いやいや、そこは私よ」


「私がカラスを仕留める」


「じゃあ、ここは恨みっこなしの早い者勝ちってことで」


『おおう!』


「お待ちなさい、あなた達。何かがおかしいわ。迂闊に仕掛けちゃだめ!」


「やめろ、おまえら、団長命令だぞ!」


 事の異様さにかぐやとミネルヴァは団員達を制止しようとするが、己の内からわきあがる強大な力に酔いしれる団員達は二人の言葉を全く聞こうとはしなかった。

 そして。闘志満々となった団員達は、雄々しく咆哮しながら黒衣の怪人目掛けて突撃を開始する。元々それほど離れていなかった距離。あっというまに各々の攻撃圏内に到達し、団員達はその場に死を作り出すべく己の持つ武器を振りかざした。


『死ねぇっ!』


 自分に向かってくる無数の死の刃を見つめる黒衣の怪人『祟鴉(たたりがらす)』。

 だが、これだけ絶望的な状況の中、彼に絶望の色は全くない。

 それどころか、その白い仮面の向こう側で彼は・・・



 『嗤って』いたのだった。



「おわりだばぁぁっ!?」


 悲鳴とも奇声ともつかぬその奇妙な声の主は誰であったのだろうか。

 一番最初に怪人の身体に到達しようとしていた死の刃は、その持主ごと存在を消した。

 いや、消えたのは一人ではない。怪人の周囲に展開していた団員達のほとんどが一瞬でその場から消えた。そして、数瞬遅れて、『ごくり』というやけに大きな何かの音があたり一帯に響き渡る。

 その存在に最初に気がついたのはアダムであった。団員達全員に、『身体強化』の術を掛けようとして、みんなから少し離れたところに立っていた為に気がつくことができたのだ。


「なん、だ、あ、れは」


 小刻みに身体を震わせるアダムの視線の先。そこには、異形の何かが存在していた。

 黄色く淀んだ大河の流れの中から唐突に姿を現したそれ。一見『人』の上半身のように見えるそれ。だが、誰がどうみても『人』ではないそれ。

 生物というにはあまりにも巨大すぎるそれの全身は、びっしりと青黒い鱗に覆い尽くされ、背中には大きな二枚の翼。身体そのものは『人』型をしてはいるものの、顔にあたるところには鶏に酷似した何かが乗っかっている。

 目があると思われる部分には大きく深い闇をのぞかせる二つの穴。

 ふと両手へと視線を向け直すと、片手に何かを掴んでいるのが見て取れた。

 それがすぐには何かわからず、アダムは目を凝らす。だが、それを確認してしまったことをアダムは激しく後悔した。大型トレーラーよりも大きな拳の指の隙間からは、いくつもの『人』の手や足、そして、頭が出ていることがわかった。

 そして、それらが息も絶え絶えに『助けて』と口を動かしていることも。

 胃から何かがせりあがってくることを感じ、地面に突っ伏すアダム。結果的にそれがよかった。彼は決定的瞬間を見ずに済んだ。

 再び『ごくり』という何かの音があたりに響き渡る。アダムは、恐る恐る顔を上へとあげる。そして、彼はあの異形の巨人の拳の中が空になっていることに気がついた。


「ひ、ひきぃっ」


 意味不明の悲鳴をあげながら尻もちをついた彼は、そのまま両手両足をばたつかせながら後ろへと下がっていく。


 食われた。


 彼は、自分の同胞達が食われたことを悟った。


 いや、アダムだけではない。生き残った者達全てが、この場に起こった事態を悟り顔を青ざめさせる。


「う、嘘よ。奴がこんなところにいるわけがない」


「お、王族クラスの害獣」


「鶏の頭にドラゴンの体、そして、ヘドロにまみれた二枚の翼。害獣十王の一柱、大虚獣【グァア・パ】なのか? あいつの縄張りは大南洋のはずなのに」


 突如として大河に現れた恐ろしい災厄の権化。彼らは一度としてそれを見たことはない。しかし、その姿を知らない者は一人としていなかった。ある一定以上の教育を受けた者であれば、全『人』類の天敵である『害獣』についての知識を必ず教えられる。そして、その中で、特にしつこく念を押して教え込まれるのが『害獣』の頂点に立つ一匹の皇帝クラスの『害獣』とそれにつき従う十匹の王クラスの害獣。

 一般的にまとめて『王族』と呼ばれるそれらは、人類が決して勝つことができない相手。絶望的なまでに圧倒的な力を持つ存在。大自然で発生する台風や地震といった災害と同じ。生き残るためには逃げるしかない相手。決して戦ってはならない相手。

 奴らは五百年前、突如としてこの世界に姿を現し、人類を滅亡の一歩手前まで追い詰めた。かろうじて彼らから逃げることに成功したごくわずかの『人』類は、そのテリトリーから外れた場所に生活圏を移し、隠れるようにして生きてきたのだ。勿論、城砦都市『嶺斬泊』はそのテリトリーから外れた場所にある。余程のことがない限り、彼らがここにやってくることはありえない。

 そう余程のことがない限りは。


 そこまで考えたとき、かぐやはあることに気がつき自分の腕に視線を向ける。そこにはまだ銀色の光を放ってはいない腕輪。


「そうか。あの団員達の異様なパワーの正体は、今まで腕輪の中に抑え込み貯め込んできた『異界の力』。カラスの奴は、あのリモコンのようなものを使って団員達の腕輪の中の力を解放したんだわ。だから、団員達は凄まじい力を得ることができた。驚異的な回復力に、身体能力の向上、普通なら使うことができないはずの数々の超常能力。だけど、同時にそれは『害獣』達を引き寄せる。目の前にいるあの大虚獣をどうやっておびき出したのかまではわからないけれど、ともかく、あいつは私達を『害獣』の手で始末させようというつもりらしいわ」


 かぐやの言葉を聞いたアリアンロッド達は、愕然とした表情で己の腕輪を見つめる。

 それは『外区』で『害獣』達から狙われないようにするために、装着者の異界の力を封殺する特殊な腕輪。上級種族である彼らにとって、なくてはならない必需品。命の綱。そして、敬愛する彼らの団長ミネルヴァから手ずから渡された傭兵旅団『(エース)』の一員であることを示す証。

 なのに、それは自分達を死地へと追いやる悪魔の装置であったのだ。少なからぬショックを受け、放心状態になる団員達。


「し、しかし、いったいいつ、このブレスレッドにそのようなからくりが仕込まれたのだ?」


「我々がこれを外す時と言えば、都市に帰還した時くらいだ。そのとき、皆、それぞれの家へと戻るわけだから行動はバラバラになる」


「そうね。何かを仕込むチャンスがあったとは思えないけれど」


「いいえ、あるわ。全員のブレスレッドに確実に仕込むことができるチャンスが」


 苦々しい表情で呟いたかぐやは、ある方向に視線を走らせる。そこには、未だ目の前で起こっている事態を完全には把握できておらず、困惑しきっているミネルヴァの姿。


「おい、かぐや、いい加減にしろよ。まさか、ミネルヴァが仕込んだとかいうんじゃないだろうな」


「ありえないだろう、それは。確かにこれを我々に手渡したのは彼女だ。しかし、彼女は俺のことを、いや、俺達全員のことを敵視してはいない。なぜなら」


「言わなくてもわかっていますわ。ミネルヴァは私達全員の恋人。皆、彼女と肌身を許し合っています。私だってそうよ。ミネルヴァのことを愛しているし、信じてもいる。でもね、ミネルヴァ自身に悪意はなくても、このブレスレッドをミネルヴァに手渡していた人物はどうだったのかってことよ」


『!?』


「みんな気がついたようね。そう、団で使用する特注の装備品のほとんどすべてはミネルヴァ個人が取引し購入していたわ。勿論、このブレスレッドも同じ。でも、みんなその購入先については知らされてはいない。あまりにも便利で高性能だったせいで、特には気にかけてはいなかったのですけど。ミネルヴァ。あなた、いったいこの装備をどこで手に入れたの? いや、それともこう聞いたほうがいいのかしら。いったい誰からこれを購入したの?」


 かぐやはそれほどきつい口調で問いかけたわけではない。実際、彼女はミネルヴァ自身を全く疑ってはいなかった。ミネルヴァが自分達に向けている愛が上っ面だけのものではないと確信しているから。

 また、最後に『特定の個人』から買い付けたのではないかということを問いかけたのも、確証があってのことではない。ただ、なんとなく付け加えてみただけ。

 かぐやとしての推測は二点。

 彼女の母親が勤めている中央庁がからんでいるか、あるいは、彼女が秘密にしている父親がからんでいるか。

 どちらにせよ、ミネルヴァはなんらかの反応を見せるだろうと思っていたのだが、想像以上の反応をミネルヴァは見せることになった。

 普段、どんな窮地に陥ろうとも見せたことのない動揺しきった表情。誰がどう見ても、その顔には『心当たりがある』と書いてあるのが見て取れる。


「み、ミネルヴァ、あなた、このブレスレッドにこのような罠を仕掛けた人物に心当たりがあるんですのね?」


「ま、待って、ちち、違う。そんなわけない。だって、あの子が、そんなことするわけが。でも、だけど、あの子しか。他には誰も。でも、どうして、そんな、私は信じて」


 脂汗が大量に流れる顔を両手で覆い、その場にへたり込んでしまうミネルヴァ。このブレスレッドを作成したのはこの世で最もミネルヴァが愛し信頼している人物である。その人物が自分の友人達を死地へと追いやるような真似をするなど、到底信じられない。そうなると裏で誰かが手を引いているのか。一番考えられるのはスクナー家最大の謀略家である母親だ。魑魅魍魎が跋扈する中央庁の中にあり何十年も重職についている化け物。あの母ならばこのようなことを指示していたとしても全然おかしくはない。だが、それならば何故自分には一言も相談がなかったのだ。自分だって、このブレスレッドを手渡され着けている。ひょっとして自分のことも始末しようとしているのか。いったい、自分は何かをやらかしたのだろうか。

 考えれば考えるほど混乱していく。

 だが、そんなミネルヴァに追い打ちがかかる。

 目の前に人の気配を感じ顔をあげたミネルヴァは、そこに大柄な人影を見つける。鬼の面頬をかぶった黒の武人。いつの間にか彼女の側に移動してきた彼が、夜の闇のように深い黒目をじっと自分のほうに向けていた。


「な、何よ、あんた」


「選べ」


「は?」


「選べと言ったのだ。ミネルヴァ・スクナー。目の前の罪人達を活かすか殺すか、おまえに選ばせてやる」


 黒の武人の呟いた言葉の意味がすぐにはわからず、きょとんとするミネルヴァ。そんなミネルヴァをよそに、黒の武人は背後を振り返り、少し離れたところに立つ『祟鴉(たたりがらす)』に合図を送る。

 すると、彼は手にしたリモコンのスイッチを再び押下。

 今度はかぐやとアリアンロッドを除く三人の幹部達の腕輪が光始める。

 あまりにも自然な流れで行われた為、しばし、放心していたかぐや達だったが、いつまでも放心しているわけにはいかない。窮地を脱するために、この悪魔の装置を外そうと腕輪に手をかけ必死に引きはがそうとする。


「くそっ、外れろ、外れやがれ」


「い、いやだぁ! 死にたくない。外れてくれ」


「う、うわああ。ダメだぁ!」


 外れない。力任せに引きちぎろうとするが、どうやっても腕輪は外れない。怪力自慢のストームジャイアントの隊員が拳を叩きつけてもびくともしない。

 焦りながらも必死になんとか外そうともがき続ける隊員達。何としても早く外さなくてはならない。外さなくては異界の力に反応する目の前の害獣の王に食い殺されてしまう。泣き叫びながら、地面を転がりながら、闇雲に腕を振り回しながら、必死に腕輪を外そうと試みる。

 しかし、彼らが腕輪を外すことはついにできなかった。

 そんな彼らの様子を見ていたミネルヴァは、一刻の猶予もないことを悟り黒の武人に襲いかかろうとする。


「貴様、今すぐやめさせろ!」


 絶叫し手にした剣を振りかざそうとするミネルヴァ。だが、それよりも早く黒の武人の右腕が凄まじい速度で翻る。その直後、見事に宙を舞うミネルヴァの身体。一瞬自分の身に何が起こったのかわからず、空中で手足をばたつかせるミネルヴァであったが、すぐに己の状況を把握。地面に落下したときの衝撃に備え防御の態勢を整えたのだが、その予想は見事に裏切られる。

 落下の寸前彼女の身体を柔らかい風が包み込み、落下の衝撃を緩和。どうやら、クッションのようなものを投げてよこしてくれたものがいたらしい。参謀のかぐやか副団長のアリアか。そう思って視線を周囲に巡らせて、助けてくれた人物の正体を探ったミネルヴァは、それが誰だったのかを知って愕然となる。


「た、たたりがらす。なんで、あんたが私を助けるのよ」


 どこかで見たことがある独鈷杵を構え、風を操る『術』を仕掛けているのは他ならぬ彼女の宿敵『祟鴉(たたりがらす)』。

 彼は術を行使して地面の上にふわりと彼女の身体を下ろした後、黒の武人に合図を送る。すると、黒の武人はミネルヴァの前に座り込み彼女のブレスレッドを太い人差し指で指示(さししめ)した。


「このブレスレッドがなんだっていうのよ」


「そこについている紋章の隠し蓋をはずせ。そこに四つボタンが並んでいる」


「え?」


「赤はアリアンロッド副団長、青、緑、黄色のボタンは、今、光を放ち続けているあの三人に該当する」


「押すの? これを押せばアレス達は助かるのね」


「助かるかどうかはあいつら次第だが、とりあえず、異界の力がこれ以上放出されることはなくなる。やり方は至極簡単だ。ブレスレッドをはめているその腕を、解除したい奴に指さすようにして向ける。そして、ボタンを押す。それだけだ」


「本当に? そんな簡単なことで本当にアレスやアポロを助けることが」


「ああ。だがしかし、よく考えてそのボタンを押すことだ。額についた真偽を見抜くその『天の眼(ヘヴンズサイト)』でよく確認し、そして、考えろ。本当に奴らは助けるに値するかどうか」


「何をわけのわからないことを。どんな事情があろうとアレス達は助けるに値する命だわ」


 そう言ってミネルヴァはアレス達のほうに視線を向け、そして、ボタンを押す寸前の状態で固まってしまった。

 ミネルヴァの視線の先で映像が流れている。

 ミネルヴァとアレス達の間にある何もない空間に映像が流れている。最新の立体映像装置を使用し、何もない空中に鮮明にある映像が流れ続けていた。それは話題の映画ではない。子供に人気のアニメでもない。バラエティ番組でもクイズショーでもない。

 それは犯罪現場を撮影したと思われる記録映像。

 そこに映っているのは路地裏らしき場所。登場人物は三人の男性と二人の女性。

 三人の男性は下半身丸出しで激しく腰を揺らしており、二人の女性はほとんど全裸。

 一方的に三人の男性達が、女性二人に何かを強要している。それは見ただけで無理矢理行っているとわかるひどい状況。女性二人は泣きながら男性三人にやめるように懇願しているのだが、力づくで彼女達を抑えつけた男性達に行為をやめようという気配は微塵もない。それどころか益々ヒートアップした彼らは、行為の最中に相手の女性の顔面を容赦なく殴り始め、挙句の果てには聞くに耐えないひどい暴言まで口にする始末。

 

『助けて。命だけは助けて』


『お願いもうやめて、おうちに帰して』


『黙れ下等動物』


『我々選ばれし民に、貴様ら家畜が抱かれるなど普通ならありえないことなのだぞ』


『盛大に感謝し力の限り奉仕するのが貴様らの仕事だろうが。それを喜ぶどころか抵抗するとは何事か。恥を知れ恥を』


『しかし、下等生物の割にはよく締まる』


『うむ、やはり初めては違うな』


『何事も新鮮なものに限るということか』


『然り』


 あたり一面に響き渡る男達の下卑た笑い声。聞いているだけで不愉快になり反吐を撒き散らしたくなるような会話の内容が延々と続く。そして、唐突に女性達は唐突に動きを止め、男達はバツが悪そうな様子で立ちあがりそこから立ち去っていく。映像は動かなくなった女性達をしばらく映し続け、やがて、また別の映像に切り替わる。

 今度の場所はどこかの公園。光のない街灯の下、ベンチの上に、女性が一人、そして、先程と同じ三人の男性達。

 やっていることは先程と同じ。無理矢理の強要の上、激しい暴力と暴言。そして、動かなくなる女性。

 そして、また場面は切り替わり場所と女性だけが代わる。登場する男性達と、彼らが行う内容は変わらない。

 それがひたすらに続く。

 ひどい。

 あまりにも理不尽極まりない映像。

 正直、今すぐにでも眼を覆いたくなる光景が目の前に広がっている。だが、ミネルヴァが本当の意味で眼を覆いたい理由は、女性達が受けているその理不尽な光景ではない。それを行っている男たちの姿に対してだ。その男達のことをミネルヴァはよく知っていた。いや、知っていたというどころの話ではない。今、ミネルヴァはその男達を映像としてだけ見ているわけではない。映像に男達の姿を肉眼で今まさに目の前で確認しているのだ。


「アレス、アポロ、アダム。これはいったいどういうことなの?」


 ボタンを押すことも忘れ茫然と目の前に立つ男達に問いかけるミネルヴァ。だが、男達はミネルヴァの問いかけが全くわからない様子で彼女のことを見つめ返す。


「どういうこともなにも、家畜と遊んだ映像だが」


「あれはアルカディアで遊んだときの映像だし、そのまえのはゴールデンハーベストで遊んだときだよな」


「俺達が相手してやったというのにやたら突っかかってきたなこの家畜ども」


「下級種族の割にはなかなかよい身体をしているようだったから声をかけたんだが、泣くわ暴れるわ、しまいには壊れて動かなくなるんだからで興ざめもいいところだった」


「身体だけはいい奴が何人かいたがな。勿論、ミネルヴァとは比べるまでもないが」


「ああ、そうだな。家畜の割にはいい身体だった。味は大味だったけどな」


 まるで安い定食屋で食べた昼ごはんの内容について話すように、軽い口調でミネルヴァに答えるアレス達。そこには一変の邪気も感じられず、周囲で映像を見ている者達の異様な雰囲気とは全く逆。旅先で撮った思い出の映像を見るかのような感じで空中に流れている記録映像を鑑賞している。


「あ、あんた達」


 そのあまりにも平然とし、罪悪感の欠片も見せぬ三人の様子に流石のミネルヴァも全身を凍りつかせる。周囲でこの映像を見ていた者達は三人のこの態度に怒りをあらわにする者も少なくない。

 しかし、今の三人はそれどころではない。全く空気を読まぬまま、周囲のことは完全に無視しミネルヴァに話しかける。


「それよりもミネルヴァ、早くボタンを押してくれ」


「そうだ、ミネルヴァ。このままじゃ、俺たちもあの化け物に食われてしまう」


「おまえ以外の女に手を出したことが気に食わなかったのなら謝る。だから、早くそのボタンを押してくれ」


 見当違いなことを言いながら自分達の腕にはまった銀色の腕輪を差し出して見せるアレス達の姿を見て、顔をしかめるミネルヴァ。彼らが行ったことは女性としてあまりにも許せない行為。いや、女性以前に『人』として決して許してはいけないことだ。この映像が本当のことならば。

 だが、この映像は宿敵たる『祟鴉(たたりがらす)』が用意したもの。本物だとどうして確信できるだろう。映像を細工し、本物そっくりに作ることは不可能ではない。昔から『幻影』系の『術』は使われてきた。東方では霊狐族と風狸族が競うように互いを化かし合っていたことは有名だし、西域では蜃気楼を操る一族もいる。そういった者の力を借りればこれくらいの映像を偽造することは不可能ではないはず。

 そう考えれば本物かニセモノかを判断することは今の段階では不可能だ。


 普通なら。


 だが、ミネルヴァは違う。聖魔の一族の中でも特に『王』となるものの血を色濃く受け継いだミネルヴァには、ある特別な力が備わっている。

 『天の眼(ヘヴンズサイト)』。

 額に存在するその第三の眼は、あらゆる物事の真偽を見抜く。

 それ故にミネルヴァにはわかってしまった。目の前の映像が紛れもない真実であることを。

 下級種族に生まれてしまったが故にいわれなき差別に苦しみ、そして、犯罪に巻き込まれてしまう人々を救うために、犯罪者を狩る傭兵旅団『(エース)』を創設したのだ。なのに、よりにもよってその団員が、しかも上に立つ幹部が取り締まるべき犯罪者そのものだった。

 しかも、ただの犯罪者ではない。あの映像を見る限り、男達に弄ばれたあの女性達は、生きてはいない。つまり、彼らは強姦魔であると同時に猟奇殺人鬼ということになる。どんな都市の法律でも死刑以外にはありえない超重犯罪である。

 それなのに、彼らを助けるのか。

 ずっと一緒にやってきたかけがえのない仲間だから、苦しい修羅場を潜り抜けてきた戦友だから、そして、激しく身体を重ね愛し合った恋人だから。

 長い葛藤の果て、ミネルヴァは結局ボタンを押した。どうしても彼らを見捨てることができなかったのだ。

 アレス達の装着している腕輪から光が消える。


「おお、これで助かるぞ」


「間一髪だったな」


「これならなんとか。ん? ちょっと待て」


 口々に安堵の言葉を吐き出すアレスだったが、三人のうちアダムがあることに気がつく。


「か、体中に『異界の力』が漲ったままだ」


 震えながら絞り出されたその言葉に、全く気がついていなかった残りの二人は愕然とした表情を浮かべたのだった。

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