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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
156/199

第二十六話 『悪龍と凶獣と』

 薄い暗闇が支配し、ムッとするような独特の異臭が充満する一つの空間がある。

 そこは大きな軍事用トレーラーの中に作られた寝室。

 豪華な内装に、豪華な家具の数々に囲まれたその中心には、『人』が三人以上優に眠ることができるであろう大きな大きなベッド。

 その中心に真っ白なシーツにくるまって眠り続ける三人の『人』影。

 『人』影は全て女性で全員が一糸纏わぬ姿。三人の中で一番大柄で真ん中で眠る女性の大きく広げた両腕に小柄な体格の二人の女性が左右から抱きついて頭を乗せて幸せそうな顔で眠っている。

 そこは三人の小さな寝息しか聞こえない静かな空間。

 しかし、そんな穏やかなひと時は、一人の乱入者によって破られる。

 腰まで届く長く美しい黒色のストレートヘアー。頭部からは斜め上に向けて突き出された二本の角。白い部分がほとんどない黒く大きな瞳。シャープに尖った顎に小さな顔。やや小柄な体に東方風の鎧を身に着けたその人物は、乱暴に扉を開け放ちながら荒々しい足取りで部屋の中に入ってくると、窓際に近づき、乱暴な手つきで締め切られていたカーテンを開け放つ。

 窓から眩しい光が飛び込み瞬く間に部屋を満たす。安息の暗闇は切り裂かれ、その光をまともに浴びることになった三人の女性達は眩しそうに顔をしかめる。だが、それでも目を覚まそうとはせず、枕に顔を埋めて光をさえぎり再び眠りの世界へ。

 そんな彼女達の様子を見ていた乱入者は、なんとも言えない表情で怒りの声をあげた。


「団長。いつまで寝ていらっしゃるつもりですの? もう他の隊員達は起きて出撃の準備を始めておりますのよ」


 二人の女の子達に左右から抱きつかれながらその声を聞いていた聖魔族の麗人ミネルヴァ・スクナーは、気怠るそうに髪をかきあげながらベッドの横に立つ人物に視線を向ける。


「ちょっと、かぐや、大声出さないでくれる? 昨日、遅くまで張り切り過ぎちゃって頭ぼ~~っとしてるのよ」


「本当にもう、あなたって人は」


 ミネルヴァの言葉に、かぐやと呼ばれた女性は顔をしかめながら頭を押さえる。

 彼女の名は龍乃宮 かぐや。ハンターネームは【アナンタ】。

 龍族の第一王位継承者にして傭兵旅団『(エース)』の参謀。


「仕事もできる。団員を引きつけるカリスマもある。頭もよければ、武術の腕も最高クラス。誰が見てもほとんど文句のつけようのない完璧超人なのに、その旺盛な性欲だけはコントロールできないんですわね。ほんと、呆れるを通り越してむしろ感心しますわ。よくもまあ、毎日毎日とっかえひっかえ、男女を問わず、種族を問わず、複数人と複数回。あなたの性欲に底はないのかしら?」


「うるさいわねぇ。別に誰かに迷惑掛けているわけじゃないんだからほっといてくれない? そもそも、もう受けた依頼はほぼすべて達成済みでしょ。訓練か何か知らないけど、私抜きでやってよ。あんたに任せるからさ。私は寝てる。ああ、『嶺斬泊』に到着したらあらためて起こしに来てね」


「訓練じゃありませんわ。ともかく起きてください。ほらほら、あなた達も起きて支度をしなさい。ミネルヴァ・・・いや、アテナ団長の相手で疲れているでしょうけど、それほど時間がないんです」


「なんなのよ、いったい、って、きゃあっ」


 再び眠りの世界に突入しようとするミネルヴァとその両脇で眠る愛人の少女達から強引にシーツを奪い取ってひっぺ返し、かぐやは三人を無理矢理ベッドから転がり落とす。

 その後もミネルヴァとかぐやはベッドを挟んで激しい攻防を繰り広げたが、結局最後はかぐやが押し切る形となり、しぶしぶながらミネルヴァは二度寝を断念。いまいち納得できなかったものの、促されるままに愛用の鎧甲冑を身に着け、剣と盾をその手に取るとそのままトレーラーの外へと向かう。

 未だはっきりしない頭をガシガシと乱暴にかきながら、剣を腰につるした後、左手に盾、右手に羽根のついたハーフフェイスのヘルメットを小脇に抱え外で待っているというかぐやの元へ。


「訓練か何か知らないけど、自分達だけでやりなさいよね。私がわざわざ出る必要なんか、って、ちょっ、え?」


 トレーラーのタラップを降りたところで、ミネルヴァは目の前に広がっている光景に気がつき、唖然として歩みを止める。

 そこには完全武装して整列する全団員の姿。しかも、全員が全員異様な殺気と熱気に包まれている。はっきりいってこれから訓練を行うというレベルの気合いの入り方ではない。明らかにこれは本番の戦闘開始直前のもの。しかも、格下相手の狩りを前提としたようなそんな生易しいものではない。

 間違いなくこれは、強敵相手との対戦を前にしたそれだ。


「かぐや・・・いや、アナンタ参謀、これはいったいどういうことなの?」


 流石のミネルヴァも、眼前の光景に完全に頭が覚醒した。彼女にとってこの光景ははっきりいって異様であり、想定外だったのだ。


 今から一カ月前、ミネルヴァ率いる傭兵旅団『(エース)』は、中央庁に所属する都市防衛省からの依頼で、城砦都市『嶺斬泊』の西部を中心に暴れまわっている中級クラスの原生生物、及び『害獣』の討伐依頼を複数受け、都市から出撃した。

 討伐は順調に進み、受けた依頼は全て達成。多大な戦果を挙げ、後は凱旋するだけという状態だった。

 最後に行った討伐戦が都市から少し離れたところだったため、都市に到着するまで一週間近く時間がかかるということもあり、ミネルヴァは久しぶりに連日連夜愛人達と楽しい時間を過ごしていたのだが。


「一体何をするつもりなの。と、いうか、ここはどこ?」


 彼女の怒声を無視するように、小隊長達からの点呼報告を受けていたかぐやに詰め寄ったミネルヴァは、彼女の襟首を掴んで荒々しく持ち上げる。


「ぐっ、ごほっ、だ、団長、落ち着いてくださいませ」


「これが、落ち着いていられるか。いったい、どういうことなのよ、これは。事と次第によっては、あんたでも許さない」


「今から説明するところでしたわ。とりあえず下ろしてください。苦しくて仕方ありません」


 さして苦しそうな様子もみせずに嫣然と微笑みかけてくるかぐやを見て、ミネルヴァは盛大に舌打ちを漏らしそうになる。だが、なんとかそれを飲み込むと、視線を緩めぬままに彼女を下へと下ろした。

 地面の上にわざとらしく座り込み咳き込んで見せたかぐやは、妖しい光を宿す瞳でミネルヴァを凝視し、まずは彼女のことを非難する。昔からの付き合いがあり、他の愛人とは違って恋人同志の関係にある自分が信頼できないのか。などとちくりちくりとミネルヴァを責め立てるかぐや。勿論、それを聞いていてミネルヴァの表情も徐々に険しくなっていく。またもや険悪な空気が流れだし、その濃度は濃くなる一方。

 しかし、それが爆発する寸前。忌々しい限りの絶妙なタイミングでミネルヴァへの嫌味口撃をやめたかぐやは、今回の説明を開始した。

 今回の全団員戦闘態勢の理由、それは。


 南の交易路を塞ぐ凶獣タイガーマンモスを撃滅するため。


 かぐやからそれを聞いたミネルヴァは、あまりのショックにしばらくの間、茫然自失。一瞬、自分が今聞いたことが空耳ではなかったのかと思ったほど。

 それもそのはず。

 タイガーマンモスは、中央庁所属の凄腕兵士達でも手を出しかねている大物中の大物なのだ。


「あんた、自分が何言ってるのかわかってるの? タイガーマンモスだよ。あいつがなんて呼ばれているか、あんただって知らないわけじゃないでしょ? 【ハンターキラー】、【ソルジャーイーター】、【一撃必殺】、他にも数え上げたらきりがない。でもその意味はたった一つ」


「奴と戦えば確実に死ぬ」


「わかってるならなんでよ!?」


 怒り狂うミネルヴァに対し、あくまでも微笑みを絶やさぬかぐや。そんな彼女の笑みのなかに、自分でもわからない恐怖を感じてミネルヴァは体を強張らせる。

 中級以上のハンターや傭兵が、タイガーマンモスに戦いを挑むということは滅多にない。駆け出しの者が、相手の素性がわからぬままに手を出すということはある。だが、場数を踏んだプロが自分から奴に手を出すということは本当に滅多にありえない。不意をつかれて奴に襲われたため、仕方なく迎撃するということなら勿論ある。

 しかし、いくら金を積まれても普通は奴に戦いを挑んだりはしない。

 巨大な体躯からも見て取れる凄まじい体力と防御力。

 食らった相手をその場で消化して生命エネルギーに変換。あっという間に傷ついた体を元通りにしてしまう恐ろしい再生能力。

 そして、どれだけ頑丈で強固な鎧や盾を装備していても、一撃でそれら諸共装着者ごと粉砕してしまうとんでもない攻撃力。

 相手は無敵の力を誇る『害獣』ではない。『人』と同じ、この世界のルールの中で生きるただの原生生物。殺すことは間違いなく可能であるし、これまで何人もの勇者達がそれを成し遂げきた。だが、それを成すためにいったいどれだけの人名が失われてきたことか。

 群れるという習性はないため、基本的に相手はたったの一匹。

 だが、そのたった一匹を殺すことが非常に難しいのだ。


「あんた、それがわかってて言ってるの?」


「わかっていますわ。わかっていますけど。とりあえず、落ち着いてください。どうしても討伐しなくてはならない理由についてご説明させていただきますから」


 かぐやの説明はこうだ。

 南と北を繋ぎ交易路が封鎖されてから早一年という時が流れた。早めに封鎖が行われたことによって、人的な被害はほとんど出ずに済み、現在もこちらの方面での被害はほぼゼロであると断言できる。しかし、南方最大の交易都市『アルカディア』と北方最大の交易都市『嶺斬泊』との間で交易が行われなくなったことで、両都市が受けた経済的打撃は計り知れないものがある。いや二大都市ばかりではない。『アルカディア』と『嶺斬泊』近辺の諸都市に大きな影響が出ているのだ。

 当り前のことではあるが、このまま放置していいわけではない。いつかは誰かがやらなくてはいけないことなのだ。

 しかし、だからといってかぐやは別に英雄になる為にやろうと言っているわけではない。いや、確かにそういう目的もないわけではないのだが。


「一番の目的は、『神秘薬』と『特効薬』の為ですわ」


 ハンターや傭兵達にとって絶対なくてはならない必須の道具といえば、怪我をしたときや厄介な状態異常に陥ったときにそれをなおしてくれる『回復薬』の類。

 その『回復薬』の中でも、最も効果が高いとされている薬が『神秘薬』と『特効薬』である。どんな傭兵旅団でも狩りを行うときには、最低でも一ダース以上は用意する。それくらい重要な薬である。

 だが、それほどまでに重要な薬がここのところ手に入らなくなってきている。理由は明白。薬を作るにあたって、北にしかない材料と南にしかない材料を混ぜ合わせなくてはならないからだ。当然、交易が行われていない今、どちらの都市でも薬が品薄になっている状態が続いているのである。


「それについては団長だってご存知のはず。不幸中の幸いというべきか、うちは前々からたくさんストックを用意していましたから今のところは問題ありません。ですが、このまま交易路の封鎖が続けばいずれは」


「そのストックもなくなるってことか」


「はい。ですが、先程も申し上げた通り、今ならまだ我々には十分な量があります」


「確かにな」


「そして、奴と戦えるだけの十分な戦力もあります。『神秘薬』と『特効薬』を十分に持ち、奴と戦うだけの戦力もある。そんな存在がこの北方諸都市にいくつもあると思いますか? 我々には、力がある。なのに、それを使わないつもりですか?」


「しかし、条件が揃っていても全く犠牲なしに勝てるほど甘い相手ではないはずよ。それがわかっているのに、大事なメンバーをむざむざとそんな危険な死地に追いやることは」


 尚も渋るミネルヴァに対し、かぐやは新たな手札を切る。

 かぐやの合図と共に、ミネルヴァの前に進み出るのは彼女が最も信頼している仲間達であると同時に、大事な恋人でもある者達。

 傭兵旅団『A』の副団長を務める纏翅族の女性アリアンロッド。全ての攻撃部隊を指揮する上級聖魔族の青年アポロと団の安全を守る守備隊長のアレス。そして、団の補給や支援活動を統括しているハイエルフ族の青年アダム。


「私達、皆覚悟を決めておりますわ、団長。いえ、私達、団の上層部だけの覚悟じゃありませんわ。末端の隊員達に至るまで、今回のタイガーマンモス戦については皆納得して参加しております」


「あんた達」


「金だけが目当てじゃないってこともあるってことだな」


「今回に限っていえば、奴を倒してアルカディアへの道を開くことは、我々にとってどうしても必要となることですしね」


 口々に力強くそう言葉を紡ぐメンバー達に、ミネルヴァはついに『わかったわ』と了承を口にする。

 その言葉に大いに湧き立ち喜ぶメンバー一同。

 しかし、このときミネルヴァは完全に勘違いをしていた。彼女は、仲間達が使命感からこの討伐作戦を買って出たものと思い、作戦の決行を了承した。

 だが、もしも、彼女が彼らの真意を知っていたなら、はたして作戦を行うことを決意したであろうか。

 この作戦の立案者であると同時に、首謀者でもある龍乃宮 かぐやの真意は別にあった。

 南の交易都市『アルカディア』へ続く交易路の確保。それは間違いなく彼女達にとって必要不可欠なこと。だが、それは使命感故にではない。もしものときの為の脱出路が必要だったからだ。

 彼女はここ最近、龍の王宮内で反王妃派が急激に不穏な動きを活発化させていることを看破していた。反王妃派、それは階級に区別のない自由で平等な社会などというものを標榜する許されざる裏切り者達。生まれながらにして選ばれし民である、自分達王族や貴族達を妬み、追い落とそうと暗躍する汚らわしい輩ども。

 これまでかぐやは、実母である龍族の王妃と共に、そういった輩をありとあらゆる手段を講じて排除してきた。

 自分達と志を同じくする龍族の王弟一派の力を借り、他の上級種族の者達と手を組み、自分達が情けをかけて選んでやった下賤の者達を操って、敵対するあらゆる者達を次々と闇のなかへと案内する。その中には、自由平等主義とやらを推進する中央庁の役人もいた。身の程を知らず巨万の富を手に入れた下級種族の者もいた。また、あるいは異界の力を持たぬ落ちこぼれの実弟や実妹も容赦なく切り捨てた。

 そうやって彼女達は美しい世界を守り続けてきたのである。だが、ここにきてその世界は脆くも崩れ去ろうとしている。

 龍の王宮の奥深くまで、恐ろしい白アリのような輩が多数入り込んで来てしまったようなのだ。勿論、このまま座して待つつもりはない。今まで同様、完膚無きまでに駆逐してやるつもりではいる。しかし、万が一ということもありえる。

 ここのところ、彼女にとって面白くないことが立て続けに起こっている。自分の弟、妹として可愛がっている人形達が、下賤な輩にいいように汚されたという話。龍の王族が使っている暗部の者達が、反乱奴隷達の手で返り討ちにあったという話。懇意にしている他種族の奴隷販売組織が、何者かによって次々と叩き潰されているという話。

 いい話は一つもなく、悪い話ばかりがかぐやの耳に入ってくる。

 はっきりとしたものはわからない。しかし、何かがかぐや達を追い詰めようとしていることはまず間違いないだろう。

 それらがかぐやの前に姿を現したときは、迎え撃つ気ではある。勝つつもりも当然ある。しかし、百戦して百勝することが難しいこともわかっている。だからこそもしもの場合の退路だけは確保しておかなくてはならない。

 『嶺斬泊』を中心とする北方諸都市にそれを求めることも考えた。だが、かぐやの戦士としての勘が、北方地域のどこにも安全な場所はないと告げている。そうなると最早南にしかそれはない。

 幸い、彼女が所属しているこの傭兵旅団『A』は、団員の大半が彼女の味方である。上層部に至っては団長のミネルヴァ以外、全員彼女と志を同じくする者だ。

 団長のミネルヴァだけは、残念ながら彼女の考えに染まりきっていないが、いずれ彼女も同じ志を持つであろうとかぐやは思っている。何といっても彼女もまた自分と同じ上級種族の生まれなのだから。父親の話は聞かないが、彼女の母親は中央庁のトップの一人であり、家はかなりの資産家でもある。兄は北方きっての英雄であるし、妹もまた将来を期待されている有望株。まさにエリート中のエリートの血筋。

 お人好しが過ぎる性格のせいか、上級、下級を分け隔てすることなく接するという悪癖が目立つが、上流社会にもっと接点をもつようになればいずれその考えも自然とあらたまるだろう。

 ただ、頑固一徹ですぐにへそを曲げるところがあるため、かぐやは今のところ強く勧誘してはいない。副団長のアリアンロッドをはじめとする側近達にも、今はまだ自分達の考えをミネルヴァに見せないようにと強く厳命している。焦る必要はない。かぐやは既にミネルヴァの恋人という地位を確保しているのだ。これからもずっと付き合っていくことになるだろうし、少しずつ攻略すればいいのだ。

 下手にごり押しして彼女との関係が決裂してしまうほうが恐ろしい。

 有能であるうえに、様々なところに人脈を持つミネルヴァ・スクナーという人材は、かぐや本人の為だけでなく、龍族の為にも失くすわけにはいかないのだから。

 さて、そういった真っ黒な思いを完全に腹の中へと隠し気取らせなかったかぐやは、当面の目的を果たすために行動を開始する。


「では、作戦を説明します。目標のタイガーマンモスは捕捉済みですので、足止めを担当する撹乱防御部隊を周囲に展開後、アポロを隊長とする近距離攻撃部隊に後方を、アリアンロッド副団長を隊長とする遠距離攻撃部隊を前面を担当していただき、アダムを隊長とする支援部隊の支援術式を各部隊に付与した後、攻撃を開始していただきます」


「ちょ、ちょっと待って、いきなり正攻法で戦うの? どんな鎧を着ていても一撃食らっただけで死んでしまうような相手だよ。そんな奴の周囲に防御部隊なんて配置したら、そりゃ後方の攻撃部隊は安全だろうけど、攻撃を受け止める防御部隊にはどれだけの被害が出るか。いくらアレスが凄腕の『盾』だとしても、あいつが相手で無事に済むわけないでしょうが!」


「団長、落ち着いてください。撹乱防御部隊は、アレスの部隊が行うわけではありません」


「は? じゃ、じゃあどうするのさ? 私が直々にあいつの相手をすればいいわけ? そりゃまあ、確かに私の鎧と盾ならあいつの攻撃を防ぐことは可能だろうけど」


「冗談でもそういうことをいうのはやめてください。どうして団長がわざわざ一番危険な場所を担当しなくてはならないのですか」


「だけどさ」


「ご心配なさらずとも、防御を担当する部隊を別に用意しております。あれを御覧ください」


 そう言って指さす方向には今まで見たこともないような一台の大型『馬車』の姿。六頭ものジャイアントバッファローに牽引されたそのトレーラーの後部から、黒い全身鎧で身を固めた一団がぞくぞくと降りてくる。


「何あれ? うちの団員じゃないわよね」


「私が手配しておいた撹乱防御を専門とする傭兵達ですわ。今回の作戦は、彼らにタイガーマンモスの攻撃を防いでもらいます」


 自信満々にそう断言するかぐやに、ミネルヴァはなんともいえない表情を向けた後、再度、黒づくめの集団へと視線を向け直す。

 黒い鎧に黒い盾、そして、腰にはブロードソード、そして、顔を完全に覆い隠す黒いフルフェイスのヘルメット。黒一色で完全に統一され、共通の武装に身を固めた不気味な集団。しかし、身長はバラバラ、体型もバラバラ。中にはグラスピクシー族よりも小さいと思われる種族の者も見受けられる。


「なんか、子供が混じってない? 明らかに成人とは思えない奴がいるんだけど」


「そんなことありませんわ。東方系小人族のコロポックル族や、南方系小人族のキジムナー族のような子供にしか見えない種族もありますでしょ」


「まあ、それはそうだけど」


 中には大柄な巨人族系の者もいるし、屈強な獣人系種族の者の姿もある。実に多種多様な種族構成。しかし、なんとなく下級種族の者が多い気がするのは気のせいだろうか。

 霊狐族のような上級種族の者がいないわけではないが、圧倒的に少ない気がする。

 実は、傭兵旅団『A』には下級種族の団員は存在していない。中級以上の種族の者ばかりで構成されているのだ。団長であるミネルヴァ本人はそこに全くこだわっていないのだが、かぐやを始めとする仲間達が皆、下級種族の出身の者をいれることを嫌がるからである。

 下級種族は自分達選ばれし民である上級種族に守られる立場にあるからだというのが、かぐや達の主張だ。

 確かにそれも一理あるなと思って甘受してきたのだが、ここにきて、一体どういう心境の変化があったのだろう。これほどまでの人数の下級種族の者達を戦闘に参加させるとは。

 何かがおかしいと感じたミネルヴァは、かぐやにこのことを問いただそうとした。

 だが、それよりも早く他の現場を見回ってくるといって、かぐやはアポロとアダムを連れ立ってその場を立ち去ってしまった。

 後には副団長のアリアンロッドと、護衛役であるアレスだけが残った。


「まったく、かぐやの奴何を考えているのかしら。あんな、得体の知れない連中に作戦の一番要となる足止め役を任せるなんて」


「まあまあ、龍の参謀には参謀の考えがあるのでしょう。いままで、彼女の作戦に間違いはありませんでした。今回もそうだと思いますけど、団長は信じていらっしゃらないのですか?」


「いや、まあ、確かに今まではうまくいっていたけどさ。なんか今回は強引な気がしてならないのよね」


 副団長はあくまでも気のせいで、考えすぎだと言ってくるが、やはりミネルヴァはどこか納得できない。すると、そんな思案顔のミネルヴァにアレスが声をかけてくる。


「万が一、奴らが突破されるようなことがあれば、俺達正規の撹乱防御部隊でせき止めるさ。だいたい、俺達が使ってるこの防具を奴が砕けるとは到底思えないのだがな」


「そうね。私達が装備しているこの武器も防具も、市販で売られている物なんか目じゃないくらいの高性能品ですものね。これって全部団長が用意してくださったんですよね。前から気になっていたんですけど、いったいどこで手に入れたんですの?」


「あ、えっとそれは」


「まあやっぱりそこは企業秘密ってやつですよね。でも気になるなぁ」


「副団長の言うとおり、確かに気になる。武器を使う我々が一流の武人であることを差し引いても、剣は恐ろしく切れるし、槍は大概の装甲を貫いて相手にダメージを与える。防具や盾は『騎士』クラスの『害獣』の一撃にも耐えて傷一つつかない」


「そうだ、企業秘密っていえば、このブレスレッドこそ、まさにそれですわね」


 突然、全く違う方向へと展開し始めたことに戸惑いを隠せないミネルヴァ。そんなミネルヴァに追い打ちをかけるかのように、アリアンロッドは自分の腕に装着している銀色のブレスレッドをかざしてみせる。

 このブレスレッドこそ、傭兵旅団『A』最大の秘密兵器。上級種族出身の者が多いこの旅団において、絶対になくてはならない必需品。

 普通、異界の力の強い上級種族の者が『外区』で活動することはかなりの困難を伴う。それを可能とするためにには、異界の力を消すための大規模な装置を使うか、厳しい修行によって異界の力を抑える技術を身につけるかの二択しかない。

 だが、このブレスレッドを使うことによって、その問題を解消することができる。

 このブレスレッドには、装着者の体内の異界の力を吸収して貯蔵し、『害獣』達から探知されないようにするという特殊能力があるのだ。

 傭兵旅団の者達はみなこのブレスレッドを標準装備しており、それが故に彼らは『外区』で存分に活躍することができるのだった。


「本当にありがたいことだが、団長はいったいどこからこのようなものを入手しているのだ? やはり、ご母堂がいらっしゃる中央庁で開発されたものなのか?」


「絶対誰にも言いませんから、教えていただけませんか?」


「いやあ、それはちょっと、教えられないんだなぁ。ごめんね。あは、あははは」


 恋人達から向けられるいつにない熱心なお願いを、ミネルヴァは引きつった笑みを浮かべながらかわし続ける。

 いくらかわいい恋人達からの頼みであったとしても、こればかりは絶対に口を割るつもりはなかった。何故なら、このブレスレッドの開発には、ミネルヴァにとって目の前いる恋人達よりも大事で大切な人物が関わっているからだ。いや、ブレスレッドばかりではない。自分も含めて、この傭兵旅団で使われている武器や防具、果ては回復薬に至るまで、様々な特注品の開発にも流通にも、ある共通の人物が関わっているのである。

 勿論、その人物とは他でもない。ミネルヴァがこの世で最も愛している『弟』、連夜だ。

 彼は、ミネルヴァが有志と共に傭兵旅団『A』を立ち上げた当初からずっとバックアップし続けてくれている影の功労者なのである。上級種族であるミネルヴァにとって『外区』とは常に死と隣り合わせの場所。そんな場所で働く姉を心配した彼は、自分の人脈をフルに使い、ありとあらゆる支援に力を注いでくれているのだ。

 武器や防具は知り合いの職人達を頼って特注し、様々な回復薬は専門家である父親と一緒に生産。そして、異界の力を抑えるブレスレッドについては、療術の権威であるブエル教授をはじめとする様々な分野のエキスパートの力を総動員して開発したという。

 弟の深い愛に、毎回涙が出そうになる。正直にいえば、これらの功績を今すぐにでも大声で触れまわり、自慢したい気持ちでいっぱいでもある。だが、それはできない。

 当事者である連夜がそんなことを全く望んでいないからだ。いや、むしろ、誰にも絶対に言わないでくれと念を押されている。

 本人いわく、社会の最下層である人間族である自分がそういうでしゃばったことをしているとわかったら、碌なことにならないからだそうだ。

 弟の言うことについてはよくわかる。いや、今ならわかるというべきか。上級種族の中には、強い差別意識を持つ者が少なくない。自分の恋人達はそうではないと思ってはいるが、万が一という場合もある。できるだけ弟に不快な思いをさせたくはない。また、弟の存在を誰にも知られたくないという気持ちも強い。

 ミネルヴァは家族を大事にしているが、中でも特に大切な存在なのが弟である。ミネルヴァの中にある彼に対する愛情は、既に弟という枠では収まりきらないくらいに大きなものとなっている。


「いろいろと事情があってね。アリアの言っていた通り、誰にも言えない企業秘密なんだ。悪いね。別にアリアやアレスのことを信用していないわけじゃないんだけどね」


 その後も、秘密を知りたがる二人から激しい追及を受け続けるがなんとかかわすことに成功。

 しかし、このことによってミネルヴァはかぐやから黒の鎧集団のことについて問いただす時間を失ってしまう。


 やがて、各自の準備が整い、傭兵旅団『A』は、タイガーマンモスへの攻撃を開始する。

 その死闘の舞台となったのは、城砦都市『嶺斬泊』と城砦都市『アルカディア』の中間地点にある中継地点。

 そう、連夜と玉藻がつい先日、タイガーマンモスと遭遇したまさにあの場所である。


「よし、まずは撹乱防衛部隊出撃」


「よっしゃ、任せとけ姉上。『スレイブウォールズ』突撃だ! タイガーマンモスに張り付いて奴の気をそらせ!」


 かぐやが手にした鉄扇を振るって指示を出すと、それを見ていた龍族の若武者が手にした長剣を掲げて黒の鎧集団に出撃を命じる。

 若武者の指示に従い、黒の鎧集団は、タイガーマンモスを包囲するような形で一斉に奴に向かって殺到していく。ちょうど、野生のシカを捕食中であったタイガーマンモスであったが、慌てることなく食事を中断して戦いの雄叫びをあげると、長い鼻と牙を振り回しながら鎧集団を迎え撃つ。


「あの前線で戦ってる奴、なんかかぐやに似ている気がするんだけど」


 黒の鎧集団がタイガーマンモスを抑え込もうとしている中、一人だけ違う緑色の派手な甲冑を着こんでいる若武者の姿を目ざとく見つけたミネルヴァは、小首をかしげて呟きを洩らす。どうやら、黒の鎧集団を指揮しているリーダーのようであるが、自分の傭兵旅団内では見たことがない人物だったからだ。

 ややぎこちない動きで戦っている黒の鎧武者達と違い、思った以上によい動きで攻撃を仕掛けているのが見て取れる。なかなかの実力者であることは間違いないようだと、注目していると、苦笑交じりの声でかぐやが声をかけてきた。


「あれは、私の実弟の剣児ですわ」


「剣児? ああ、あの最近話題になってる大物ルーキーか。なるほど、噂にたがわぬ実力のようね」


「あら、団長にほめていただけるなんて、お世辞でも光栄だわ」


「いや、お世辞じゃなくいい動きをしていると思う。しかし、龍乃宮 剣児といえば、ごく親しい者としか組まないフリーの傭兵と聞いていたが」


「最近、いろいろとありまして、組んでいた者達と決別し完全なフリーとなったもので、私のところに引き取ったのですわ。もう少し鍛えて、いずれはこの旅団に入団させたいと思っているのですけど」


 妖しく艶やかな笑みを浮かべ、まるで舞うように戦い続ける龍族の若武者の姿を見つめるかぐや。

 剣児は彼女にとってお気に入りのおもちゃの一つだ。かぐやには元々弟が一人いた。しかし、その弟は、異界の力を全く持たない出来そこない。そんな出来そこないが自分の弟であることが耐えられなかったかぐやは、同じ考えを持つ母親と相談し、龍の一族の暗部に命じて、もう一人の妹ともども処分させようとした。

 当時の龍族の暗部達はなかなか優秀な者が揃っており、父親である龍王の目をまんまとかいくぐって弟と妹を王宮から誘拐することに成功。そのまま奴隷組織に売り渡し綺麗に始末がついたはずだった。

 しかし、数年後、弟はまんまと王宮に帰還を果たす。しかもあろうことか中央庁の後ろ盾を持っての帰還だ。あまりの憎たらしさに思わずその場でくびり殺してやろうかと思ったほどだ。

 幸い、弟はすぐに王位継承権を放棄して野へと下っていった。何を考えての行動かはわからなかったが、所詮は、出来そこないの考えること。かぐやはすぐに興味を失くし放置している。

 では、現在すぐ目の前にいる剣児は何者かといえば、彼は、かぐやが可愛がっていたもう一人の妹から生まれた分身体。自分ほどではないが、そこそこ才能に溢れた妹の体から分裂して、生まれてきたそれに、彼女は王宮を去った弟の名を与えて飼うことにしたのだった。

 彼女に忠実で、強い異界の力を保持し、武術の才能は飛び抜けている。

 優しい顔の裏に、彼女と同じ残酷で残忍な本性を持つ彼女好みの人形。

 それがかぐやの中での龍乃宮 剣児という少年の位置づけであった。


「まあ、私は別に構わないよ。実力は申し分ないみたいだし。旅団のルールさえかぐやがしっかり徹底させてくれるならとやかく言うことはない」


「ありがとうございます。では、無事にこの戦いを切りぬけることができたら入団の手続きをさせていただきますね」


 ミネルヴァの言葉に優雅に一礼して見せたあと、かぐやは全体の様子を見渡す。

 タイガーマンモスとの戦いが始まって、既に十分以上が経過。傭兵旅団『A』の団員達はほぼすべてが戦闘に突入中。全体の指揮を執っているミネルヴァとかぐや、二人を守っているアレス率いる一部護衛隊のみが少し離れたところ待機しているだけで、他の者は全員攻撃に参加し、タイガーマンモスに総攻撃をかけている。

 黒の鎧集団は、暴れまわるタイガーマンモスに突撃して取りつき、完全にその攻撃を封じ込めている。

 攻防一体、全く隙のみられない連携で、戦況は明らかにこちらが優勢。このままいけば確実に押し切ることができる。自軍の勇戦ぶりに笑みを浮かべるかぐやであったが、しかし、側で見ているミネルヴァの表情は明るくはない。眉間に皺をよせ、その表情はむしろかなり暗い。


「ねぇ、かぐや、ちょっとおかしくない?」


「どこがですか?」


「助っ人の黒の鎧武者達、体を張って攻撃を抑えてくれているのは理解できるけど、あまりにも捨て身すぎない?」


 かぐやとミネルヴァの目の前で繰り広げられている凶獣タイガーマンモスとの激闘。中でも特に激しい動きを見せているのが、タイガーマンモスに取りついてその攻撃を封じ込めようと奮闘し続ける黒い鎧武者達。一撃食らっただけで致命傷間違いなしの凄まじい攻撃を繰り出してくる、恐ろしい凶獣を相手にしているにも関わらず、全く怯んでいる様子はない。

 そう、全く怯んでいる様子が見られないのだ。

 プロの傭兵でもタイガーマンモスの凄まじい一撃を目の前にすれば思わず足が竦むという。勿論、ミネルヴァだって例外ではない。無造作に振るった長い鼻の一撃で近くの大木が簡単になぎ倒されているのだ。これを見て、恐怖を感じなかったら普通ではない。


「なのに、彼らは迷うことなくまっすぐ取りついていってるよね」


「彼らは歴戦の勇者であり、防御戦術のプロですからね。当然ですわ」


「いや、防御戦術のプロだからって、いくらなんでもあれは異常すぎるだろ」


 ミネルヴァが指さし凝視する方向。

 そこにはまさに地獄絵図と言わんばかりの光景が広がっている。

 盾を構えているとはいえ、恐ろしいまでの攻撃が絶えることなく襲いかかってくるのだ、当然、そこにいる者達が無傷であるはずがない。今や、タイガーマンモスを包囲している鎧武者達の中に無傷の者は一人も存在していない。みな、満身創痍。鎧や盾の一部がへこんだりかけたりしているものはまだマシなほう。明らかに手足が折れている者もいれば、手足自身がなくなってしまっている者もいる。中には地面に転がったまま動かなくなった状態の者もいる。それなのに、彼らはお互いを助けようとしたり、庇い合ったりしようとはせず、ひたすらにタイガーマンモスを封じ込めることにだけを目的に向かっていく。

 鎧や盾が砕けようが、手足が折れようが、あるいは手足そのものがなくなろうがお構いなし。凶悪に一撃に吹き飛ばされ、戦線から離脱を余儀なくされていても、這ったまま戦線に復帰しようとするものまでいる。

 どう見ても異常な光景であった。


「もうこれ以上見ていられない。防御戦術のプロかなにか知らないけど犠牲者を出し過ぎだ。かぐや、あいつをひっこめろ、私とアレスの部隊で奴を引きつける。おまえは鎧武者の中の動ける奴を指揮して負傷者を救出するんだ」


「それはなりません。団長自らが前線に立つなどもってのほかですわ。そもそも、彼らごときに団長が情けをおかけになられる必要などありません。あれらが命を投げ打って我ら選ばれし民の為に奉仕するのは当然のことなのですよ」


「はぁ? かぐや、あんた何言ってるの? 選ばれし民っていったい誰のことよ。そもそも、あんな満身創痍の状態じゃ、そんなに長くタイガーマンモスを抑えてられないわよ。一旦崩れてしまったら立て直すのは難しい。そうなる前に手を打たないでどうするの」


 いつひっくり返るかわからないあやうい戦況を見て、すぐにでも駈け出そうとするミネルヴァを必死に抑えつけるかぐや。いや、かぐやばかりではない。二人のやり取りを横で聞いていたアレス達護衛部隊もかぐやに協力しミネルヴァを完全に抑えつける。


「ちょ、アレス、あんたまでどういうつもりなの? このままじゃアリアやアポロ達まで危うくなるのよ」


「とりあえず、落ち着いてくれ、団長。もしもの場合が来たら、俺もあんたと一緒に突撃する。しかし、まだ参謀には策があるようだが」


「そうですわ。私が用意した壁はあれ一枚ではありませんわ」


「い、一枚じゃないってどういうことよ?」


 かぐやの言葉に不穏な響きを感じて、思わず立ち止まるミネルヴァ。ようやく突撃を止めることに成功したかぐやは、アレスとともに安堵のため息を吐き出しながら、ある方向を指し示す。

 そちらに視線を向け直したミネルヴァは、黒い鎧武者達が乗っていた大型『馬車』と同じものがいつのまにかやってきていたことに気がついて大きく目を見開いた。


「ま、まさかとは思うけど、あれってもしや」


「よし、予定通りですわね。撹乱防御部隊第二陣。速やかに出撃し、タイガーマンモスの動きを封じ込めよ!」


 かぐやが鉄扇を高らかに振るうと、『馬車』のトレーラーにある後部ハッチが開き、中から新たな黒い鎧武者達が次々と飛び出していく。そして、第一陣で戦っている黒い鎧武者達と合流し、タイガーマンモスの周囲を覆い尽くしていく。


「か、かぐや、あれって」


 茫然と呟くミネルヴァの目の前。新たに参戦した黒い鎧武者達もまた、恐怖を忘れたかのように突撃を繰り返していく。

 どれだけ凄まじい攻撃にさらされようと、己自身がそれによって壊されようと、全く恐れる様子はない。足もとに仲間の亡骸が転がっているのも全く目に見えていないようで、それらを助けようとする者もいない。ただひたすらに凶獣の動きを止めるというそれだけの為に、己の命を捨てて飛び込んでいっている。

 流石のミネルヴァもことここに至って、彼らが尋常な状態でないことに気がついた。

 もし、これが今という時でなければ、ミネルヴァは即刻戦闘を中止し、かぐやを問い詰めていたことだろう。だが、今、下手に戦闘の中止を呼びかければ、かろうじて動きを封じ込めているタイガーマンモスは自由となり、とんでもない被害をまき散らすこととなる。

 ミネルヴァは、怒りに燃える瞳で目の前に立つ自分の参謀であり恋人である龍族の女性を睨みつけた。


「これが。この戦いが終わったら、納得のいく説明をしてもらうわよ、龍乃宮 かぐや」


「勿論ですわ。ですが、聡明な団長には、必ずや納得していただけるものと思っております」


「そうだといいわね」


 血が出るほど爪を立てた状態で拳を握りしめながらミネルヴァは絞り出すようにして声を出す。

 だが、そんなミネルヴァの様子をわざと見ないようにするためか、くるりと彼女に背を向けたかぐや。どこか勝ち誇ったような表情で戦場で戦う者達にさらなる指示を出す。


「さあ、『壁』となる者はまだまだ用意してあります。我が隊が誇る勇者達よ。『壁』が奴を抑えつけている間に、全力で攻撃を仕掛けて仕留めてしまうのです」


『おおうっ!』


 かぐやの声に応えて、攻撃に参加している兵士達から鬨の声があがり、そして、兵士達の攻撃は一層激しさを増す。剣で、槍で、弓で、そして、『術』で。攻撃を防いでいる黒の鎧武者の間を縫って、間断なく攻撃を叩きつけていく。最初の頃は、強固な皮膚に阻まれなかなかダメージを与えることができなかったが、流石にここまで苛烈な攻撃を繰り返せば、強固な皮膚とて無傷ではいられない。徐々にではあるが傷の数が増えていくのがはっきりと見て取れるようになってきた。

 長弓の使い手である副団長アリアンロッドをはじめ、『炎』の『攻術』の使い手であるアポロ、自分の背丈ほどもある大剣を自由自在に操るスーパールーキー剣児、そして、彼らの攻撃力を最大限にまで強化する『空術』の使い手であるアダム。他にも腕に覚えのある猛者達がズラリと並ぶ北方諸都市でもトップクラスの戦力を誇る傭兵旅団『(エース)』。その名に恥じぬ実力をこれでもかとばかりに存分に見せつける。

 このまま順調に攻撃を続ければ、いかにタイガーマンモスが強固な防御力、膨大な体力を誇ろうとも、削りきることができるだろう。かぐやも、ミネルヴァも、そして、前線で実際に戦っている傭兵達もまた、そう確信し始めていた。

 だが、やはりタイガーマンモスはただの原生生物ではなかった。

 体中に走る傷が目に見えて多く、そして、看過できぬほど深いものが増えてくると、タイガーマンモスは突如として攻撃を中止。攻撃に使用していた三本の鼻を使い、自分の足元に倒れている黒い鎧武者達を拾い上げると、その大きな口に次々と放り込み始める。凶獣の口から何かを噛み砕く嫌な音が響き、続いて嚥下される音。それが何度繰り返されたであろうか。なんと、タイガーマンモスの体についていたいくつもの傷跡が消え始めたのだ。


「やばい、再生能力を発動させやがった」


 凶獣の行動の意味にすぐに気がついた剣児が舌打ちを漏らす。しかし、黙って見ているわけにはいかない。周りにいる攻撃部隊の戦士達と連携しより一層激しい攻撃を仕掛けていく。

 だが、再生能力を発動させ、防御に入ったタイガーマンモスのガードはあまりにも固かった。いくら強固な皮膚を破ってダメージを与えてもそれ以上のスピードで治してしまう。剣児同様、他の猛者達も剣児に続けとばかりに攻撃を集中させていくが、やはり、再生のスピードに追いつくことはできない。

 やがて、タイガーマンモスは、彼らが攻撃を仕掛ける前の状態まで復活。そして、また悪夢が始まる。


「GYUOOOO」


 大きく一声吠えたタイガーマンモスは攻撃を再開。第二ラウンドを知らせるゴングは、後方への不意打ち。突如後ろに振り返ったタイガーマンモスは、群がる黒い鎧武者達を蹴散らしながら逆方向に猛進。撹乱防御部隊の第三陣が乗ってきた『馬車』の側で待機している所に飛び込んだ。かぐやの指示がないためか、人形のように黙って立ちつくしたままの鎧武者達の頭上に三本の鼻を高々と振り上げると、凄まじい勢いで振りおろす。

 あたり一面に響き渡る轟音。かぐや達が呆気にとられて見守る中、無傷だったはずの第三陣の兵士達はあっという間に大半がぺちゃんこになり、側の『馬車』は木端微塵に砕け散ってしまった。戦いの舞台となっている街道のど真ん中に、赤と黒でできたあまりにも凄惨なオブジェができあがる。

 それを見た傭兵旅団『A』の傭兵達はたまらず地面に座り込み、青い顔で次々と嘔吐。戦闘に参加していた第一陣、第二陣の黒い鎧武者達は、問題なくタイガーマンモスに追いつき、再び奴を抑え込もうとするが、一旦崩れてしまった包囲網を再び形成し直すのは簡単なことではない。副団長のアリアンロッドやアポロ達が、呆けたままの攻撃陣を叱咤し、再度攻撃に向かわせるが、こちらも散発的に攻撃を繰り返し最初の頃の連携が全くとれずにいる。

 そして、さらに、ミネルヴァ達が予想だにしていなかったことが起こってしまう。

 さっき、タイガーマンモスの襲撃を受けた第三陣の中で生き残った鎧武者達の間で、次々と悲鳴があがる。そして、彼らはあろうことか、周囲にいた団員達に狂ったように斬りつけて彼らを押しのけると、一目散に森へと逃亡を開始。


「ちっ、『馬車』につんでいた『壁』どものコントロール装置が壊れたのか」


 戦場が大混乱に陥る中、いち早く現状を把握したかぐやが舌打ちを漏らす。

 流石のかぐやもここまで混乱を極めてしまっては、立て直す方法が思いつかない。ぐだぐだとこの場に留まり続け、万が一のことがあっては元も子もない。かぐやは、素早く判断すると、このまま鎧武者達に足止めをさせておいて、傭兵旅団『A』のメンバーだけで撤退する道を選択することにした。

 背後を振り返り団長であるミネルヴァにそのことを進言しようとする。

 だが、それは少しばかり遅かった。既にミネルヴァは、護衛として残っていた無傷の戦士達を連れて戦場に突撃していってしまった後だったのだ。

 あまりの急展開についていけず、しばし茫然とそこに佇むかぐや。しかし、いつまでも呆けてはいられない。忌々しそうにもう一度盛大に舌打ちをすると、自らも薙刀を持ってミネルヴァの後を追う。


「全く、何故に高貴な私がこのようなほこり臭いところに行かねばならぬのか。剣児、そんなところにいないで私に一緒についてきなさい。そして、私の身を守るのです。他の者はどうでもいいですわ」


 途中、混乱する傭兵達に声をかけて落ち着かせていた剣児を拾って自分の護衛とし、かぐやは混乱渦巻く中へと向かっていく。


 その途中かぐやは、一人の鎧武者とすれ違う。

 装着している黒い鎧甲冑は半壊しており、フルフェイスのヘルメットは脱ぎ捨てて素顔は丸出し。

 黄金の髪の毛の間から突き出た狐の耳に、長く美しい二本の尻尾。まだ中学生になるかならないかくらいの年齢と思われる幼い顔立ちの霊狐族の少女。

 涙と鼻水を盛大に流し、恐怖で顔を引きつらせながら走り去っていくその少女を、かぐやは一瞬横目で追いかけたが、すぐに興味を失って放置した。


 もし、このときかぐやがこの少女のことを力づくで止めていたら、この後の展開はかなり違ったものとなっていたであろう。

 恐らくかぐやは多くの物を失いつつも、最悪の結末から逃れられたに違いない。

 だがしかし、少女を見逃してしまったことが、彼女の未来をある方向へと決定づけることとなる。

 逃げた少女は、一人の少年と出会う。

 少女にとっての救いの神に。


 そして


 かぐやにとっては最悪の厄病神に。


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