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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
153/199

第二十三話 『落日のとき』

 ようやくここまで来た

 脳裏に思い描く理想の世界を実現する為、努力を惜しまずあらゆる手段を講じて日々邁進し、ようやくここまで来たのだ。


 五百年前、突如世界に現れた人類の天敵『害獣』。

 忌まわしきかの化け物達の手で、人類が一万年以上の長きに渡って築き上げて来た正しき社会は一瞬にして崩れ去ってしまった。

 今まで世界に覇を成してきた万能に近い異世界の力の数々が、奴らによって封じられてしまったからだ。

 いやそれどころか、それらの力を持つ種族は優先的に『害獣』から狙われ、持たぬ者達は逆に難を逃れることができるようになった。

 そのことは、全『人』類の種族における社会的立場を完全に逆転させる。

 今まで王侯貴族と呼ばれていた種族は他の種族のお荷物となり、逆に奴隷として扱われ裏方に回っていた種族は社会の前面に立つようになっていったのだ。

 だがしかし、長年支配者として君臨し人々を導いてきた者達が、そのような屈辱的扱いを甘受できるはずがなかった。

 彼らは、それまでに貯め込んできた財力と、長年築き上げてきた人脈をフルに活用し、下の者達から追い落とされぬようになんとか今も頑張っている。

 それは彼とても同じこと。

 彼の名は、ヴィネ・ヴィネア

 聖魔族の上級種族にして五百年前『害獣』に滅ぼされた西の大国の大貴族の血筋に連なる者。

 彼の祖先は五百年前の『害獣』襲撃の際に、国を守ることを真っ先に放棄。家財を売り払ってまとまった財産を確保すると、多くの奴隷達を盾にしている間にまんまと国から脱出することで生き延びることに成功。

 その後、元々生業としていた奴隷商を成功させ、現在その子孫達は当時の勢いに優るとも劣らぬ財力と権力を保持している。

 そんな一族の末端として生まれた彼もまた、先人達と同じ思想、そして、思考の持ち主であった。

 『人』と認められるのは選ばれし異界の力持ついごく一部の上級種族のみ、それ以外の者はすべて『人』ではなく家畜。

 選ばれし民たる上級種族が、社会の底辺に大量に蠢く下賤な虫けら達を正しく統治することが理想の世界と信じて疑っていないのだ。

 その信念に基づき、彼はその理想の世界を実現する為の手段として教育者となることを選んだ。

 上に立つべき上級種族には支配者としての心得を教える為に。自分を含めた選ばれし上級種族に仕える定めの下賤の生まれの者達には、家畜としての生き方を教える為に。

 偏った思考に偏った教育方針。加えて特別カリスマがあるわけでもなく、二十歳そこそこで頭頂部が禿げてしまいまだ四十にもなっていないというのに五十より下には決して見えないさえない風貌。

 普通なら出世とは無縁の人生であるはずだが、彼はそういった方面に異様な才能を発揮した。

 実家の財力と権力をフル活用し、都市の教育委員会に巣くう暗部と接触。ライバル達を順調に蹴落として、三十歳にもならない若さで城砦都市『嶺斬泊』屈指の名門校である御稜高校の教頭に就任という異例のスピード出世。

 このまま順調に校長に就任し、まずはこの高校を上級種族と下級種族とをきっちり差別化するモデル校とし、いずれは都市内の高校を全て同じような方針に染め上げる。

 そして、中央庁の文部省長官となって他の都市にも影響を及ぼし、五百年前と同じような完全封建社会を再建する。

 これまでの快進撃人生同様、その夢は順調に現実になると思われた。

 だが、ここで彼の進撃は阻まれることとなる。

 彼が赴任した高校には、下級種族を擁護し自由と平等を唱える一人の人物がいたのだ。

 その人物の名は、ユースフ・アル・アーディル。

 同じ聖魔族、そして、同じ上級種族でありながら、ヴィネとは全く違う考えの持主。

 そんな人物が、彼の唯一の上司として存在していたのである。そう、ユースフは彼の赴任先であった城砦都市『嶺斬泊』屈指の名門校『御稜高校』の校長だったのだ。

 そんな人物が校長の学校であるから、ヴィネが目指す上位種族至上主義の教育などできるはずがない。どれだけ彼が素晴らしい教育案を提案しても、ろくに提案書を見もせずに却下されてしまう。

 いやそればかりではない。今まであれだけ彼に融通を利かせてくれた文部庁が、全く彼の言うことを聞いてくれなくなってしまったのだ。突然の豹変に食ってかかる彼に対し、文部省内部に潜む彼の同志達は苦々しい表情で口々にこう答えるのだった。


『アーディルは不味い』


『あれは中央庁を牛耳るトップ達に多大な影響力を持っている』


『彼を飛び越える形で人事を行うことはできない』



 そして、最後にはこういうのである。


『下手につついて厄介事に巻き込まれるのはご免だ』


 誰に聞いても答えは同じ、どこに訴えても現状は変わらず。


「くっそ、この崇高な使命をなんだと思っているのだ。私が出世しなければ、理想とされる世界はいつまでたっても訪れないのだぞ。それがわからないのか、愚か者どもめ」


 そんな風に何度何度も毒づく日々が続く。

 それでもいつか、事態が好転する日が来ると信じ、彼はひたすら耐え忍ぶ日々を送り続けた。

 一年が過ぎ、二年が過ぎ。五年が過ぎ、ついには十年という月日が流れた。

 どうにもならない現状に、他校への転任願いを出したり文部省への引き抜きを打診してもらったりといろいろしてみたが、どれも不発。画策したことごとくを忌々しいにっくき仇敵の校長に握りつぶされてしまう。こうなれば最早実力行使もやむなし。同志達からは直接的な行動は慎むようにとずっと止められてきたが、我慢にも限界がある。

 この十年の間、全く進まぬ己の出世計画の鬱憤を晴らすように、裏の世界との繋がりを強くしてきた。その過程で知り合った裏の世界の住人の中には、表の世界にまでその名を轟かす強者も複数存在している。彼らは金さえ積めばヴィネの望みをかなえてくれるであろう。

 自分以上に表の世界に強力なコネを持つ校長であるが、裏の世界では自分の方が強い力を持っている。そう判断したヴィネは、ついに校長暗殺を決意する。

 南の大都市『アルカディア』で行われる学会に校長が出張している間に、ヴィネは裏の世界で名を馳せるある犯罪組織の協力の元、校長暗殺計画を立案。学会終了後の帰路、『外区』で原生生物に襲われたように見せかけて殺すように準備を整える。

 そして、計画が決行される日が近づくある日、彼の元に思いもよらぬ幸運が舞い降りる。


『アルカディア間交易路封鎖』


 何故そうなったのか、その詳細についてはわからない。西域諸都市で指名手配中の大規模強盗集団が現れたからとか、古代ゴーレムの暴走とか、果ては王族クラスの『害獣』の姿を見たものがいるとか、様々な憶測や噂が飛び交い、都市内は騒然。

 封鎖を告知した城砦都市の中央庁は、理由については詳しい内容は発表せず、ただ、『交易路に見過ごせない重要なアクシデントが発生した為』とのみ発表。

 ともかく、南の城砦都市『アルカディア』とを繋いでいた唯一の交易路が封鎖されることとなったのだ。

 それも無期限で。

 当然、アルカディアに出張中だった校長は学校への帰還がしばらく困難となってしまった。


 チャンスだった。


 ヴィネにとって、まさに千載一遇の大チャンスである。

 彼は早速計画を変更する。

 実行間近であった校長の暗殺計画については中止。その代わり、天敵がいない間に足場を固め、学校の方針を自分の都合のいいように変更する計画を実行することとした。

 まず、現在、学校に在籍している教師達に声を掛け、自分の手足となる忠実な部下を増殖する。声を掛けるのは当然上級種族で名家の出身の教師達。彼らの多くは上級種族と下級種族とがかっちり差別化されたかつての理想社会を目指す教育に賛同してくれる者達ばかりであるため、比較的楽に説得が可能であった。

 次は勿論、反乱分子の除去。選ばれし民でありながら、校長と同じく平等主義を説く愚か者達や、卑しい下級種族出身の教師達を、様々な理由をつけて辞職に追い込み、あるいは文部省の伝手を利用して他校へと転任させた。

 こうして、半年を過ぎるころには、半分以上の教師が彼のシンパとなり、それ以外の教師達は我関せずの中立派のみとなり、職員室の勢力図を完全に書き換えることに成功。

 ここまで来ればほぼ学校の支配は完了したとばかりに、彼の行動は大胆になっていく。

 次に彼が着手したのは学校の施設の改造である。学校は中央庁の管理下にある為、例えその学校の責任者である校長であったとしても、普通その建物を勝手に改造したりすることは許されない。ましてや彼は、校長ではなく、その下の一教頭に過ぎないのだ。そんなことは当然許可されるわけがない。

 だが、彼は制止する者がいないことをいいことに、それを実行に移す。対外的には古びた校舎のリフォームの為とし、その実、己が理想を実現するための魔窟を作り始めたのである。

 実際、古びた外壁は綺麗に一新し、リフォームが全くの嘘というわけではない。だが、その一新された校舎の真下には、普通の学校どころか一般社会では絶対に認められない、間違いなく法律違反に該当する類の施設が多数増築されていたのである。

 勿論、全ての『人』を騙しとおすことなどできるわけがない。そこに何が作られようとしているのかハッキリとわからなくとも、碌でもないものであることくらいはわかるというものだ。しかし残念ながら現在、学校の支配者となったヴィネに正面からそれを指摘できる者はいなかった。

 こうして施設が整ってくれば次はそこに従事する人手が必要となる。しかし、一学校に採用できる教師や用務員の数は限られてくる。中立派の教師を頸にして新たに自分の手下を雇い入れるのも一つの手ではあるが、いくらなんでも教師として雇った以上、そちらの施設に四六時中放りこむわけにはいかない。

 そこでヴィネは、教える方とは反対の人員に目を付けた。

 そう、教師ではなく生徒である。ヴィネは、校長がいないことをいいことに、今年の新入生をほぼ全て自分の独断と偏見で決定したのだ。

 一応、一般公募でも入学テストを受けれるようにはしてはいたが、下級種族や奴隷種族出身の生徒はどれだけ成績がよくても全て不合格とし、自分の身内や知り合いの上級種族の生徒達、及び、その彼らに仕える中級以上の種族出身のものだけを合格とした。

 そう、今年の新入生はほとんど全て、なんらかの形でヴィリの息がかかったものばかり。

 元から存在している三年生、二年生の中にも、彼の息のかかった者達が存在しており、その数は既に過半数を超えることとなる。

 この時点で、御稜高校は彼の独裁帝国になったと言っても過言ではない。

 南方への交易路封鎖の発表以降、かつて以上に順調な日々が続いている。この十年間全く動かなかったことがまるで嘘か悪夢であったかのように、今彼は凄まじい勢いで出世街道を爆進中だ。

 そして更に本日、またもや幸運の風が彼の元へと吹きぬけようとしている。

 去年からずっと彼の頭を悩まし続けていた一人の問題児が、潜在的落ちこぼれ生徒達諸共に駆除されようとしているのだ。

 この事態に関わっている彼の甥の報告によるとその問題児は、日頃から懇意にしている彼のパトロンの一つである龍族の姫君に不埒な真似をしでかしたのだという。しかも、現在、仲間らしき生徒共に校舎の一室に立て篭もっているとのこと。

 完全に正義は我らにある。

 あの問題児が入学してからこっち、騒ぎのなかった日はない。

 彼の息のかかった者達は勿論、違う派閥の不良達や、不良とは違うがそれに近い力持つ戦闘系の部活の腕自慢達。あるいは、学園の覇権には全く興味のない一般生徒達とももめる始末。

 上は激しい乱闘騒ぎから、下は小さな口喧嘩まで。よくもまあ毎日話題に事欠かないそのトラブルメーカーぶりに感心するやら呆れるやら。

 しかし、体よく追い出してやろうと思っても奴自身はなかなか尻尾を出さず、決定的な証拠がないばかりに退学処分にすることはできなかった。

 ならばと息のかかった者達に精神的に追い詰めるようにと、あの手この手で陰湿な『いじめ』を行うように命じてみたが、それものらりくらりとかわし続けて、全くへこたれる様子はない。

 かといって、放置しておくわけにはいかない。なんといってもその生徒は、下級種族中の下級種族『人間』族なのだ。異界の力を持たないばかりか、肉体的にも最底辺のどうしようもないクズ種族。そんな種族の生徒が彼の帝国たるこの高校に在席しているなど、断じてあっていいことではない。

 そう思いちょっとでも隙あらば因縁つけて退学させてやろうと彼自身目を光らせていたのだが、一年以上も逃げ回られては流石のヴィネも半分諦めの境地に達するというもの。よくよく考えてみれば別にそれほど目くじら立てなくとも、最底辺の種族である『人間』族が自分にどうこうできるわけはないのである。

 なんせ自分はかつて大陸の西側一帯に覇を成した聖魔族の王家の血を引いている超エリートなのだ。まあ、頂点に君臨していた王家直系ではないし、五百年の間にからり格は下がってしまっているが、それでも間違いなく上流社会の上位には余裕で入れる血脈。

 奴が卒業するまであとたった二年たらず。そのごくわずかの時間くらい我慢するかと思っていたところにこの騒ぎである。

 

『求めれば求めるほど遠ざかり、諦めた瞬間それは目の前にある』


 誰が言った言葉であったかは忘れてしまったが、本当にその通りであるとしみじみため息をつくヴィネ。

 何をトチ狂ったのかはわからないが、流石の『疫病神』も今回ばかりは言い逃れできまい。今のところ、彼の甥が指揮する鎮圧部隊を相手に善戦しているようであるが、しかしそれも時間の問題である。

 なぜならば、ここから先はいくら腕が立とうとも学生レベルでは到底太刀打ちできない者達が相手をするからだ。


「一班から三班までは校舎の裏側に、四班と五班はそれぞれ校舎の左右の廊下を封鎖。七班と八班はこの場にて待機。強行突入部隊は私と共に前面に出る。美咲、おまえは私についてこい」


 ヴィネの前で勇ましい掛け声をあげるのは、見ただけで上級とわかる一人の美しい聖魔族の女性。

 まるで炎そのものが髪となったような美しい真紅のロングヘアーを風にたなびかせ、髪と同じ色をした真っ赤なビジネススーツに身を包んで仁王立ちするその妙齢の女性は、目の前で繰り広げられている激しい乱闘を厳しい瞳で見つめ続ける。百八十を超えるであろう長身に、メリハリのある素晴らしいボディ、そして、タイトスカートから伸びたスラリと伸びた長い脚。一流モデルか女優と言われても十分以上に通用する、超絶に美しいその容姿の女性はしかし、そういった浮ついた職業のものではないことをヴィネは知っている。

 彼ら、聖魔族の上位にあるものにとって憧れの存在であるその人を、彼はそういう気持ちを隠そうともせずに見つめ続ける。


「よくもまあここまで放置していたものだな、ヴィネア教頭。・・・ヴィネア教頭? ヴィネ・ヴィネア教頭、私の話を聞いていないのか!?」


 容姿ばかりではなく、その声もまた美しい。まるで楽器のようだとしばし陶然と聞き惚れていたヴィネであったが、女性からの激しい問いかけにようやく我に返り、慌てて返事を返す。


「も、申し訳ありません。ここまでの騒ぎになるとは思ってなかったものですから」


「ほう。つまり、ここまでの騒ぎになる前に自分達でなんとか火種をもみ消そうとしていたわけだな」


「いえ、その、中央庁の皆様のお手を煩わせようなどとはこれっぽっちも考えておりませなんだ。ましてや、噂に名高い『機関』の実行部隊とその長たるドナ・スクナー様に直々にご出陣いただくなど滅相もございませんです。はい」


 明らかに取り繕ったとわかるわざとらしい愛想笑いをべったりと顔に貼りつけ、ハエのようにもみ手をしながら媚びるように声を掛け続けるヴィネだったが、目の前に立つ女性が興味を失くしたように自分から視線を外すと同時にこっそりとため息を吐き出し視線を周囲へと向け直した。

 そこには、校舎を取り囲むようにして陣取る、無数の兵士達の姿。それもただの兵士ではない。中央庁が保持する武力の中でも、屈指の実力を誇るとされる恐るべきエリート部隊『機関』の戦士達。騎士クラスの害獣の一撃をも耐えしのぐという漆黒の特殊複合装甲のプレートアーマー。都市が誇る名工達によって完全オーダーメイドで作り出されたという特注の剣や斧、盾といった様々な武器。それらで完全武装した兵士達は、全く隙のない様子で校舎を取り囲み、いつでも突撃できる状態で今や遅しとその指示を待ちうけている。


「全く、どこの馬鹿が皆さまに通報したのか。余程大袈裟に吹聴したのでしょうな。お恥ずかしい限りです。もしよろしければ学校内でのことですし、生徒と教師だけできちんと始末をつけさせていただきますが」


 ヴィネは冷や汗をしきりに拭いながら苦々しい表情でぺこぺこと頭下げ続ける。この状況は彼にとって非常に不本意なものであった。中央庁に連絡する気など全くなかったのだから。いくら予想以上に大きな乱闘騒ぎであるといっても、相手は所詮はたかが一般生徒。それに対し制圧に向かわせたのは、付き合いのある闇の組織に属し既に実際にその手の仕事をしている者達ばかり。しかも、それを指揮しているのは自分が将来を有望視している優秀な甥である。多少時間はかかっても問題なく鎮圧し、その後は闇から闇に静かに事を終わらせる。

 ああ、それなのに、それなのにである。

 そういう予定でいたにも関わらず、どこの誰だか知らないが、お節介にも中央庁に通報した馬鹿者がいるのだ。

 彼が支配しているこの御稜高校は、北方諸都市のみならず、南方や西域にまでその名を轟かす進学校である。それだけにこのような不祥事を外に漏らすことは絶対に避けなくてはならなかったのにも関わらずだ。それなのにそれを簡単に外に、しかも、よりによって中央庁に漏らしてしまった身内の馬鹿さ加減に頭が痛くなる。

 どうせ、何も考えていない卑しい下級種族の者であろうが、ともかく既に事は起こってしまった。と、なると、後はどれだけ素早くフォローし、名誉を回復できるかである。

 ヴィネは、再度目の前の女性に声を掛ける。


「いや、というよりも、どうか我々の手でこの事態を収拾させていただきたいのです。このような些事で中央庁の皆様にご迷惑をおかけするわけにはいきません」


 笑みを浮かべながらもその目の中にはギラギラ光る危険な光。それを横目で見る真紅の髪の女性。その瞳にはヴィネと同じくらいに危険な光。


「ほう、ではこのままそちらで事態を収拾させると?」


「如何にもそうです」


 ドナが食いついてきたことに喜色を浮かべたヴィネは、力強く頷いて説明を始める。


「相手は雑多でひ弱な下級種族の集まりに過ぎません。まあ、多少上級種族の者が混じってはいるようですが、それも所詮、エリートの道から外れた脱落者に過ぎません」


「ほほう、それで?」


「ご覧の通り、奴らが占拠している一室は既にうちの生徒達が包囲しております。彼らは全て私の息のかかった者達ばかり。特に奴らが立て篭もっている一室前に待機させているのは校内でも屈指の腕利きばかり。指揮はうちの甥がとっております」


 自信満々にそう断言するヴィネに対し、ドナはその目を細める。


「つまり、我々の目の前に展開している武装した生徒達は全て教頭先生の手の者というわけか?」


「勿論そうです」


「対『害獣』用の片手剣や両手武器を持っている生徒の姿もあるな」


「はい、念には念を入れて最新式の武器と防具で武装させております」


 ドナの言葉に得たりとばかりにヴィネは嬉しそうに頷きを返す。ドナの声が徐々に弾んでくるのを敏感に察知し、自然と頬が緩む。

 ヴィネにとって、ドナは憧れの英雄である。聖魔族の中でも、特に上級中の上級の生まれといわれるこの女性は、中央庁の中のトップスリーの一人に数え上げられる超大物。

 彼女が行った功績はいろいろとあるが、特に中でも有名なのはつい最近の『貴族』クラスの『害獣』討伐についてだ。今や北方にその名を知らぬものはいない不世出の剣豪『獅子王』達を率い、今の『人』類には決して勝つことはできないと言われていたにっくき仇敵を撃破してみせたのだ。

 内在する異界の力が強いせいで『害獣』から目の敵にされ、狩られるばかりの上級種族でありながら『外区』に討って出て、狩られるどころか逆に相手を討ち取った彼女は、まさに上級種族の星。

 と、いうかこれこそがあるべき姿なのだ。

 優れた上級種族が頂点に君臨し、下賤な下級種族達を統治する。まさに理想の社会。

 それをまさに体現している彼女に認められる千載一遇の大チャンスとばかり、ヴィネはさらにその舌の回転速度をあげる。


「勿論、生徒ばかりに任せているわけではございません。外を固めている生徒達を率いているのは、私が自ら選び特別に雇った優秀な教師達です。言うまでもなくみな、上級種族の名家の出身であり、また『外区』での戦闘経験もある強者ばかり」


「ここの教師達は教頭先生自らが雇ったと?」


「そうです。私の『私兵』にございます」


「それはそれはさぞかしお高い買い物であったことだろうな。お役所から派遣されてくる教師を使わずに、わざわざ別にお雇いになるわけだから」


「いえいえ、優秀な人材を得るためですから、安いものです。能力もさることながら、出自がきちんとしたものでないと信用できませんからな」


 興が乗ってきたのか上機嫌で高笑いをするヴィネに対し、ドナも同じように笑顔を返し、ドナの周囲にいる側近達もまた主と似たような笑みを浮かべて見せる。

 顔だけ笑って目だけは全く笑っていない笑みを。

 そんな状態になっているとは全く気がついていないヴィネに、ドナは更に笑みを深く、そして、目の光を強くして口を開く。


「それほど信用されている者達ということは、やはり、イーアル・カミオ管理官あたりのご紹介の方々かな?」


「おお、それをご存知であるということは長官もそうでしたか。いや、仰る通りでして、カミオ管理官にはいろいろとお世話になっております」


「おやおや、そうなのか。いろいろとお世話にね」


 更に声を大きくするヴィネの姿を見て、ドナの口元が皮肉気に歪む。だが、ヴィネはそんなドナの姿に全く気がついておらず、更に舌を回転させ始めるのだった。


「やはり、下級種族の者ではなく、ちゃんとした上級種族の者達に支配者の心得というものを教えていただかなくては」


「なるほどなるほど。支配者の心得か。つまり上級種族の者だけがいればいいと? 下級種族の者はいらないと?」


「いらないとまでは申しませんが、分をわきまえた生活を心がけていただきたいものですな。そのためにも、きちんとした教育を施さないといけません。今回のことはいい例です。自由だ平等だなどと甘いことを下級種族の生徒達に教え込むものだから、増長する者が出てくる。今後、こういったことが起こらないように、下級種族の者達は極力退校処分にする所存です」


「ほほお。つまり、上級種族の者達だけをこの学校に残すというつもりなのだな」


「その通りです。我々上級種族の者達が、下級種族の者達を支配していたかつての理想社会を構築するために、是非にも行わなくてはならないことですよ、これは」


「それは全て教頭先生が決めると?」


「ええ、そうでございます。幸い、ここの校長は現在アルカディアにて足止めを食らっておりますからな」


「しかし、そうなると文部省が黙っていないのでは?」


「あっはっは。大丈夫ですよ。あちらにも我々の仲間が大勢いますし、いざとなったらカミオ管理官や龍乃宮の王妃様のお力添えをいただければ」


「龍乃宮の王妃様とまでお知り合いだったとは。それはそれは」


「わっはっは、いえいえ、私くらい上流階級の上にまでのぼりつめた者にとってはそれくらいどうということもありませんよ。わっはっは、わ~っはっはっ!」


 上機嫌ここに極まれりとばかりにあたり憚らず高笑いを繰り返すヴィネ。しかし、ふと下ろした視線の行き先を見て眉をひそめる。


「それにしてもしぶといな。まだ、陥落しないのか。おい、中央庁の皆さまが見ていらっしゃるんだぞ。これ以上無様な姿を晒すんじゃない」


 つい先程までの上機嫌はどこへやら。遅々として進まぬ制圧作戦に業を煮やしたヴィリは、すぐ側に立つ学年主任の教師にあたり散らし始める。


「し、しかし、立て篭もっている生徒達はなかなか手強いようでして」


「馬鹿なことをぬかすな。相手は下級種族中の下級種族ばかりなんだぞ!? 奴隷種族のバグベアに愛玩種族のミニチュアコボルト、おまけに最底辺の人間。どこをどうやったら我々上級種族が苦戦するのだ?」


「ですが、中にはあのルー・フェイシンのような上級種族のものも交じっておりますし」


「本当にごく一部だろうが! こっちは何人いると思っているんだ!? もういいから数で押して圧殺しろ。死人が出てもかまわん。どうせ、下級種族の命などゴミくず以下だ。奴らの保護者が多少騒いだところでしれている。ともかくいいからやれ。さっさとやれ、殺っちまえ」


「はっ、はいっ!」


 怒鳴りつけられた中年の学年主任の男性教諭は、命じられた無茶な作戦を実行すべく、その場をはなれようと走り出す。

 だが、その彼の前に一つの人影が躍り出てその動きを止めさせる。それはドナの側に立ちずっと二人の話を聞いていた、彼女の筆頭秘書官美咲・キャゼルヌだった。


「ど、どいていただけませんか?」


「否。それはできません」


「は、早く作戦を実行しないと」


「否。その作戦を実行する必要はないと申し上げております」


「はぁ? どういうことですか?」


「否。あなたに答える必要なありません。それよりも」


 学年主任の男性教諭の話を冷たく切り捨てた彼女は、彼の腕を強引に捻り上げる。


「い、いたたた、な、何を」


「失礼します。・・・やはり」


 男性の背中に腕を捻り上げた後、袖をまくって何かを確認しようとする美咲。教師の腕には何度も注射針を刺した為に内出血して青黒くなったと思われる不気味な傷

あと。彼女はゆっくりと自分の上司のほうへと視線を向けたあと、眼だけで問いかけてくるドナに静かに頷きを返して見せる。


「よしよし、それじゃ、仕事を開始するとしよう。全員、逃がさないように徹底的によろしく頼む」


 ドナのパンパンという軽い拍手の音と共に一斉に動きだす中央庁の兵士達。


「全員両手を頭の上にあげて地面に伏せろ!」


「無駄な抵抗はするな。抵抗すれば実力で制圧する!」


「な、なんだ、あんた達!?」


「や、やめろ、俺たちは違う!」


「いいから、伏せろ、モタモタするな!」


 一斉に各地から上がり始める怒号と悲鳴の数々。その様子を呆気に取られてみつめていたヴィネは、自分が見ている光景が信じられず茫然とただただ立ち尽くすばかり。


「なんで? どうして? どういうことですか、スクナー長官!?」


 眼前で繰り広げられる光景がどうしても信じられず、横に立つ真紅の髪の女性に叫び声をあげる。すると、彼女はなんともいえない邪悪な笑みを浮かべると三日月形に口を開く。


「見てわからんか? 犯罪者を取り締まっているんだよ」


「は、犯罪者!? ち、違う、か、彼らは違う、彼らは私の生徒達だ!」


 ドナの言葉に愕然としながら絶叫するヴィネ。

 そう、今、中央庁の兵士達が制圧しようとしているのは、龍族の姫君を誘拐し立て篭もっている下級種族の生徒達ではなく、それを制圧しようとしていたほうの生徒達。


「くそ、つかまってたまるぐあああ」


「抵抗するな、馬鹿者!」


「いやあ、放して、放してよぉ」


「はいはい、お話は署で聞きますから」


「は、放せ、おまえら、僕は違う! 叔父上、これはいったいどういうことですか!?」


「へ、ヘイゼル!?」


 次々と兵士達に拘束され装甲護送車に運ばれていく生徒達。その中にはヴィネの側近である教師達の姿や、甥のヘイゼル・カミオの姿もある。


「待って下さい長官! 何故うちの生徒達が拘束されているんですか? 拘束すべきはあそこに立て篭もっている誘拐犯どもでしょう? いったいなんの罪があると」


「あの生徒達が使っていた武装は全て、完全に銃刀法違反に相当する代物だ。都市内で対『害獣』用の武装の使用は全面的に禁止されていることは知っているよな? それに違法薬物使用禁止法違反。先程の教師もそうだが、他にもたくさんの生徒の腕に魔薬を使用したと思われる注射針のあとがあったとの報告を受けている。あと公務執行妨害に違法薬物所持、なかには爆発系の道具を所持している生徒も見受けられる。法律違反のオンパレードではないか。むしろ、これだけの犯罪行為を何故取り締まる我々が見逃さなくてはならないのかと聞きたいくらいなのだが」


 ドナは、詰め寄ってくるヴィネに対し、呆れたような、そして嘲るような表情と口調で肩をすくめて見せる。


「そ、そんな、そもそも、犯罪というなら、奴らのほうが。そうだ、龍の姫君が奴らに誘拐されて」


「誘拐?」


 ヴィリの言葉の意味がわからないという風にきょとんと小首を傾げてみせたドナだったが、すぐにその視線を校舎のほうに向けた。すると、まるでそれを見越していたようにこちらに駆け寄ってくる一人の少女の姿。


「老師~!」


「まあ、姫子ちゃん!」


 ドナは自分めがけて駆け寄ってきた龍族の少女をがっちりと受け止めて抱きしめる。


「まあまあまあ、とうとう自分の体を取り戻したのね。おめでとう、姫子ちゃん」


「ありがとうございます、老師。これも全て老師達のおかげですわ」


「何言ってるの。私にとって姫子ちゃんは本当の娘も同然なんだから当然じゃない。と、いうか、もう人の体に戻ったんだから、レンちゃんと結婚して本当に私の娘になってくれて構わないんだけど」


「きゃあああっ、何言ってるんですの、何言ってるんですの、老師ったら!」


「あら、じゃあ、姫子ちゃんはレンちゃんのこと嫌い?」


「いや、それは、好きか嫌いかでいったら断然その・・・す・・・ごにょごにょ・・・き・・・ごにょごにょ・・・だと思いますけど、だけど、その、つまり」


「もう、そういうところは相変わらずなんだから、じゃあ、そんな奥手の姫子ちゃんの為に、これからは武術だけじゃなく恋の師範もしてあげるわね」


「ええええっ! い、いや、それはちょっと、照れくさいというか、でも、そのちょっぴり興味はあるというか、教えて頂けるなら学ぶつもりはめっちゃあるというか」


「やだ、ほんと姫子ちゃんたら、かぁわぁうぃうぃ~!」


 場所柄も考えず、きゃいのきゃいのと騒ぎまくるドナと姫子の様子を呆気に取られて見つめ続けるヴィネ。しかし、すぐに我にかえったヴィネは現状を打開するチャンスとばかりに姫子のほうに顔を向ける。


「ちょ、ちょうどよかった。龍の姫君。そこにいらっしゃる中央庁のスクナー長官に事情を説明していただけませんか? どうも長官は誤解されていらっしゃるようで、あなたを誘拐した犯人達を捕まえようとしてくれないんですよ」


「誘拐? 何の話ですの?」


「・・・え?」


 先程のドナと同じように小首をかしげて見せて予想外の言葉を紡ぎ出した姫子に、ヴィネは体を強張らせる。


「姫子ちゃん、誘拐されていたの?」


「いいえ。されていませんわ・・・じゃなくて、されておらぬ」


「ちょ、ちょっと待って下さい。何を言っているのですか、姫君。今、確かにあの理科実験室に閉じ込められて」


「閉じ込められていたんじゃなくて、逃げ込んでいたんですわ・・・じゃなくて逃げ込んでいたのじゃ。うちのクラスの副委員長のヘイゼル・カミオが何を思ったのか襲いかかってきてな。あやうく暴行されそうだったところを友人達が救ってくれて、助けが来るまで匿ってくれていたんだ」


「そう、それは大変だったわねぇ」


「そ、そんな馬鹿なぁ!」


 わざとらしく身を竦めて見せる姫子の体を、わざとらしく優しく抱きよせるドナ。そんな二人の三文芝居にヴィネは盛大に悲鳴をあげる。


「本当に無事でよかったわ、姫子ちゃん」


「明らかに様子のおかしい上級種族の生徒達に大勢囲まれて、もう終わりかもしれぬと何度覚悟を決めたことか」


「怖かったわね。ここだけの話だけどね、姫子ちゃん。姫子ちゃんを襲った者達の大半が魔薬中毒の者だったみたいなのよ」


「そうか、だから、様子のおかしいものが多かったんですね」


「そうなのよ。でも、これだけの生徒が魔薬を手を出しているなんて、なんだか妙な話よね」


「そうですね。一部ではなく大半となると、いったいどこでそれだけの魔薬を手に入れたんでしょう・・・じゃなくて手に入れたんじゃろう」


「それにね、教師の皆さんにも魔薬が広がっているみたいでね」


「いったい、どこの誰がそんなものを流したんあじゃろう? うふふ」


「ええ、いったいどこの誰なのかしらねぇ? うふふふ」


 いつのまにか嘘泣きをやめていた二人は今、その顔にとてつもなく邪悪な笑みを浮かべて笑っていた。

 そして、その視線の先には教頭ヴィネの姿。


「な、な、ななな、お、お二人ともいったい何を仰って」


「「・・・別に」」


 急に無表情になってヴィネから顔を背けた二人は、再び校舎のほうへと視線を向け直した。

 なんとはなしにヴィネもまたそちらへと視線を向け直す。すると、そちらに二つの人影を発見する。

 一つは大柄なバグベア族の少年。もう一人は、白澤族の少女。


「オーイ、龍乃宮、大変ダァ」


 なんだか、妙に棒読みちっくにバグベア族の少年が声をかけてくる。

 すると、それを聞いた龍の姫君は、なんだか台本があるかのような口調で返事を返す。


「ドウシタノ、おーすてぃんクン、何カ、アッタノ?」


「大変ナ、モノヲ、ミツケテシマッタ」


「ナニナニ、ソレハ、ナニ」


 すると今度は横にいた白澤族の少女が、下をやたらとチラチラ見ながら声をかけてくる。


「こ、この、理科じ、じ、(『ロム、これなんて読むの』『馬鹿、【じっけん】だよ』)じっけん室に、地下室に続く、か、かい? (『ロム、これは?』『【かいだん】だよ、おまえ小学生よりひどいな!』)階段をみつけちゃった」


「「「ナ、ナンダッテェッ!」」」


 超わざとらしく驚く姫子、ドナ、そして、美咲の三人。

 どこからどうみても芝居感満々であったが、隣でそれを見ているヴィリはそれどころではない。


「ちょ、ちょっと待ってください。そ、そこは一般人立ち入り禁止で」


 慌てて誤魔化し、そこに誰も入らせないよう走りだそうとする。だが、素早く近寄った兵士達が彼の体を拘束。それを横目でニヤニヤ見ながら、美咲はロムやリンがいるほうへと歩きはじめた。


「長官、私、ちょっと行って調べてきます」


「ええ、頼むわね」


「ま、待って、ちょっと待ってください!」


 必死になって引き留めようとするヴィネをあざ笑うかのように、殊更ゆっくりと問題の場所へと消えていく美咲。

 そして、十分ほど経過した後、美咲は再び地上に姿を現した。その片手には紫色の液体の入った一つのフラスコ。


「美咲、報告してくれる?」


「やめろ、やめてくれ!」


「はい、理科実験室の下には」


「下には?」


「やめろおおお」


「この液体を生成するための工場がありました」


「それはつまり」


「魔薬工場です」


 そう言った瞬間がっくりと項垂れるヴィリ。そんなヴィネの姿をしばらく冷めた表情で見つめていたドナであったが、やがて、ヴィネを拘束している兵士達に指示を出す。


「連れていきなさい。ヴィネア教頭先生にはいろいろと聞かなくてはならないことが多そうだから」


「ま、待って。何故だ。どうして、下級種族の肩を持つ。あなたは上級種族だろう? 下等な生き物は支配して飼ってやらなくてはいけないことをわかっているはずなのに、どうして、奴らの肩を持つ。バグベアは奴隷になる為に、ミニチュアコボルトは愛玩目的で、そして、人間は全種族に踏みつけるためだけに生まれてきた下等生物なのに、なんであいつらの味方をするんだ、ドナ・スクナー!?」


 ジタバタとあがきながら思いつく限りの悪態をつきまくる教頭。そんなヴィリの言葉を聞いて激怒した美咲と姫子が、拳を握りしめて殴りかかろうとするが、一瞬早く両腕を広げたドナがそれを制してヴィネへと近づく。

 そして、彼を拘束している兵士達に、彼の拘束を放すようにと指示。

 ヴィネは突然自分が拘束されたことに怪訝な表情を浮かべながら、笑顔で自分に近づいてくるドナに視線を向けた。


「スクナー長官。あなただって、我々の同志だろう。何か行き違いがあるみたいだが、もっとよく話し合えば誤解を解くことが」


「全然関係ない話なんですけど、ヴィネア教頭。あなた、今回のこと、私達が来なかったらどう処理するつもりでしたの?」


 べらべらと何かを話そうとしていたヴィネの話を途中でぶった斬ったドナは、物凄い笑顔で問いかける。一瞬その問いかけの意味がよくわからなかったヴィリ。だが、困惑しつつもドナの静かなプレッシャーに気圧されてしどろもどろになんとか答を返す。


「今回の首謀者である、人間族の生徒に全ての責任を負ってもらって処分させていただく予定でしたが、それが何か?」


「具体的に言うとその処分とは?」


「勿論、この世から退場していただくのです。カミオ管理官とお付き合いのあるあなたならわかるでしょ?」


 相変わらず何かを勘違いしたままのヴィネは、得意気に舌を回転させる。そんな彼に対し、ドナは肉食獣の壮絶な笑みを浮かべて見せた。


「そうですの。ところでその生徒の名前は?」


「あの汚らわしい人間族の名前ですか? 確か名前は・・・そう、宿難。宿難 連夜でしたかな」


 空気が凍る。

 全く空気が読めない一人を除いて、その場にいたほぼ全ての者は、空気が瞬間冷凍する音を確かに聞いて、その身を震わせる。


「あの、それが何か?」


「・・・母親ですの」


「は?」


 間抜けな声で聞き返すヴィネに、ドナは牙をむいてみせる。


「だから、母親ですのよ、私」


「え? 誰の?」


「宿難 連夜の母親」


「へ? ええっ、ま、まさか、そんな」


「私の名前を言ってみろ」


「ド・・・ナ・・・す、スクナ、ぐぎゃあああああっ!!」


 真実がわかったと同時に、彼の顔面に女性の拳が迫るの目にし、次の瞬間には今まで味わったことがない恐ろしい痛みが襲う。そして、そのまま彼は意識を手放してしまった。


 こうして、御稜高校で起こった一連の乱闘騒ぎは一応の終息を迎える。

 だがこの後、教頭によって行われた数々の悪事が表ざたとなり、事件そのものはさらに大きな波紋を広げていくこととなるのだった。



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