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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
15/199

第一話 『宿難家の朝』 その5

「おはよう、レンちゃん。今日はちょっと中央庁で早朝会議があるのですよ」


 あでやかな薔薇のような大人の笑みを連夜に向ける連夜の母親は、深い紅色のビジネススーツの上からでもわかる、抜群のスタイルの持ち主。はっきりいって、出るところは物凄いでてるのに、しまってるところはむちゃくちゃしまってて、あふれ出ている色気が尋常ではない。しかし、そのなんとも言えない気高いオーラのようなものがそれを淫らなものではなく、女性の清廉な魅力へと昇華させていて不思議と見る者をいやらしい気分にさせない雰囲気をまとっていた。


『ドナ・スクナー』

 

 連夜達兄弟姉妹を産んだ実の母親で城砦都市『嶺斬泊』の行政の全てを取り仕切る『中央庁』で働くバリバリのキャリアウーマン。一応戸籍上はありふれた中級以下の『聖魔』族ということで登録されているが、勿論、ただの『聖魔』族ではない。事実が公表されれば都市全体が間違いなく大騒動になるであろう超上級『聖魔』族。

 しかし、本人はそういう人種的な上位下位には全く興味がない。味方となればわけへだてなく、その慈愛に満ちた心で接するし、敵となればわけへだてなく、その恐怖に満ちた拳を振るう。母親のそういうところに連夜は多大に影響されてしまったわけだが、それだけに連夜は母親を非常に尊敬していたし、母親も自分とよく似たところを持つ連夜がかわいくて仕方ないのだった。

 そんな母親は連夜と一緒にテキパキと後片付けをしてしまうと、茶碗や湯飲みを洗い出した連夜の横に立って、彼の父親と同じように連夜の頭をわしゃわしゃと撫ぜた。


「ほんと、レンちゃんはいい子ね〜。若いころの旦那様そっくり」


「え? そうなの? やっぱり僕ってお父さんに似てる?」


「似てる似てる。レンちゃんが持ってる強さとか価値観とかは私にそっくりだけど、弱い者に優しいところとか、家族思いなところとかがほんとうちの旦那様によく似てるわぁ。今も優しいけど、当時の旦那様も優しかったのよお」


「そんなに? でも、僕はそんなに言うほど優しくないよ?」


「誰かれ構わずってわけじゃないのよ。自分が大切に思う『人』にだけね。たとえ、それが自分のことを殺そうとする相手であったとしても、絶対に優しさを失わないの。あのときの旦那様の優しさがね、お母さんの胸にきゅんきゅん来ちゃったのよねえ」


 昔を思い出しているのか、まるで恋する少女のように瞳を輝かせ、豊満な胸の前で両手を組んだ母親は顔を赤らめながらいやんいやんと身体をよじる。すると、いつの間にかリビングに来て一緒に片づけの手伝いをしていた父親が、なんともいえない苦笑を浮かべて母親に声をかける。


「いやいや、僕は連夜くんほどかわいくも優しくもなかったですよ。奥さん、おはようございます」


「あら、旦那様、おはようございます。でもね、旦那様。お言葉ですけど、あのとき旦那様が命をかけて私に示してくれた愛を、私は一生忘れませんわ。あの行動が正しかったとは今でも思いませんけど、でも、それが私の胸を打ったのは間違いないですもの。ほんと、殺してしまわなくてよかった」


「え、ちょっと待って、お母さん? 今、さらっととんでもないこと言わなかった?」


 うっとりと当時に想いを馳せる母親の独白を、片づけをしながら聞いていた連夜だったが、最後のほうに何か聞き捨てならない単語が入っていたような気がして思わず聞き返す。しかし、そんな連夜の言葉が聞こえていないのか、父親と母親はお互いを見つめて自分達の世界をすっかり作り上げてしまっていた。


「そうですね、本当に殺されなくてよかった。おかげで僕はこうして毎朝あなたを抱きしめることができますもの」


「あら、抱き締めるだけですか? それではちっとも満足ではありませんわよ」


 そう言って連夜の目の前で自然と当り前のように抱き合った二人は、見ていられないほど熱烈で強烈な口づけを交わす。


「ちょ!! お父さんもお母さんも、思春期の息子の目の前でそういうことしないでくださいって、何度言えばわかるんですか、もう!!」


 慌てて連夜が背を向けて抗議の悲鳴をあげると、父親とのおはようのキスを終えて満足した母親が、いたずらっぽい表情で息子の背中から抱きつく。


「あらやだ、レンちゃんもお母さんと朝のキッスする?」


「謹んでご遠慮させていただきます。それよりもお母さん、早くご飯食べちゃってください。早朝会議があるならゆっくりしていられないでしょ?」


 拒否されることは予想していたが、あまりにも息子の返事がそっけなくて、少なからず傷ついた表情を浮かべる母親。そんな母親を父親がよしよしと慰めて、ダイニングテーブルへ座らせる。母親の座った対面の席では、味噌汁に手をつけていたスカサハが、サンマをめぐって兄とちょっとした問答を繰り広げている。


「そういえば私の分のサンマはどうしたんですか? 確か大治郎兄様が食べてしまってなかったはず。ひょっとして、これはお兄様の分ではないですか」


「ううん、僕はお父さんが作ってくれていたサンドイッチの材料のあまりものとかつまんでいたからそれほどお腹すいてないんだよね。それよりも、スカサハは今日は午前中体育の授業がある日でしょ、食べておかないと」


「お兄様・・」


 上のガサツな二人と違い、細やかな配慮を忘れない連夜のことが大好きでたまらないスカサハは、結局素直に連夜の言うことを聞いてサンマをもらって食べるのだった。


「ほんと、レンちゃんとスゥちゃんは仲がいいわね。なんか、二人を見ていると昔のお父さんとお母さんを見ているみたいで不思議な気分になるわ」


 父親に淹れてもらったコーヒーを飲みながら、どこか懐かしそうに二人を見つめる母親。


「そうですね、連夜くんとスカサハくんは、本当に若い頃の僕達にそっくりだから」


「やっぱりそうなんだ。スカサハがお母さんに似ているのは見ただけでわかるけど、そうかあ、僕もやっぱりお父さんに似ているのか」


「ええ、似ていると思いますわ。ね、さくら」


「はい、ですニャン。大旦那様と若様、奥様と姫様は本当によく似ていらっしゃいます」


 力強く頷いて断言するさくらの言葉に、両親と連夜、スカサハは互いに顔を見合わせなんともいえない優しい笑顔を浮かべあう。すると、それを横で見ていた大治郎とミネルヴァが非常に嫌そうな表情を浮かべて両親に食ってかかる。


「どうせ、私はお父さんにもお母さんにも似てませんよ~だ。お母さんほど胸も大きくないし、お父さんみたいに家事全般できるわけじゃないしね~。あ~あ、仲間外れは悲しいなあ~」


「おまえはまだいいではないか、曲がりなりにも『人』の姿をしておるのだ。俺なぞ頭がライオンだぞ。パパ上にもママ上にも似るはずがないではないか」


「あら、何いってるのよ。ダイちゃんも、み~ちゃんも姿形こそ似てはいないけど、ちゃんと私と旦那様の特徴をそれぞれ持ってるじゃない。ダイちゃんは旦那様譲りの剣の才能と私譲りの身体能力、み~ちゃんは私譲りの統率力と旦那様譲りのあらゆる方面に通じる多彩な才能」


「そうだよ。ダイ兄さんやみ~ちゃんはお父さんやお母さんからそういうすごいものを譲り受けているじゃない。表面だけ似ているだけの僕なんかとは違う。兄さん達が持っているものは僕がいくら望んでも手に入れることはできないものなのに・・」


 自分の言葉にどんどん落ち込んでいく連夜の姿を見て、大治郎とミネルヴァは慌てて立ち上がると、小さな自分達の弟に駆け寄ってその身体を抱きしめる。


「あああ、連夜、わかった。悪かった!! ちょっと家族の輪に入れなくて面白くなかっただけなのだ!!」


「ごめんね、ごめんね。これ以上望むのはわがままだよね。お願いだから、そんなに落ち込まないで。ね、ね」


「あ、うん、いいんだ。大丈夫だよ。でも、お父さんやお母さんは、決してダイ兄さんやみ~ちゃんのことをないがしろにしてはいないし、僕やスカサハも二人のことを仲間外れにする気はないってことはわかってね」


 兄と姉に抱きしめられてくすぐったそうに笑顔を浮かべた連夜は、それぞれに真摯な瞳を向けてそう断言する。すると、大治郎とミネルヴァもまた真剣な表情でうなずき返すのだった。

 

「わかってるって、おまえが俺のことを邪険にするはずがないってことはそれはもう、よ~く承知しているさ」


「うんうん、連夜だけは絶対私のこと裏切らないって知ってるし信じているわよ。これっぽちも疑ったことはないわよ」


「いや、そう言ってもらえるのは嬉しいけど・・二人とも、なんで僕限定で信じているのさ」


 ジト目で連夜が問いかけると、二人はわざとらしく目を背けて口笛を吹いてみたりしてあからさまに誤魔化そうとする。


「ほんとにもう・・」


「連夜くん、大丈夫だよ。なんだかんだいってもうちの長男と長女は優秀だからね、口ではそう言ってもちゃんと家族の絆を信じているよ」


「そうなの?」


「そりゃそうだよ。だって、君のお兄ちゃんとお姉ちゃんだよ」


 父親の言葉を聞いた連夜は、もう一度振り返って全く邪気のないきらきらした視線で大治郎とミネルヴァを見つめる。すると、何故か大治郎とミネルヴァは物凄く気まずそうな表情で顔をささっと背けるのだった。


「いや、そんなくもりのない瞳で見つめないでくれ連夜。なんか汚れた自分を再確認させられているようで辛い」


「そ、そうね。自分があんまりいいお姉ちゃんじゃないって自覚しいるだけに、かなりきついわね」


「あ、一応お二人とも自分達が出来のいい兄と姉ではないって自覚してはいたんですのね」


「よかったですわね、姫様」


「「おまえらが言うな!!」」


 再び睨みあう兄姉同盟軍と、スカサハ率いる猫メイド帝国軍。今のところお互い威嚇するように獰猛な唸り声を出すだけだが、またいつ大戦争が勃発するとも限らない一触即発の状態。しかし、それを見ていた母親はころころと笑い声をあげる。


「みんな、仲がいいわね」


「お母さん、笑ってないで止めてよ!!」


「無理無理。だって、みんな私の子供だもん。血の気が多いのは私譲りなのよ。ぶつかりあって傷つけあって、互いの魂を確認するの。牙が折れていないか、闘志の炎は消えていないか、今日の次に進む気力は十分にあるか。幾千幾万の言葉よりも、己の魂をかけた拳の一撃のほうが重い。私達はそういう生き物だもの」


「極端すぎるでしょ!? たかが兄姉妹喧嘩で魂かけないでよ!! 僕にはそういう考え方わからないし、一般的じゃないと思うんだけど!?」


「どちらかといえばあなたが異端なのよ、レンちゃん。いや、一般家庭じゃなくて、我が家の場合ね。ほんと今でも不思議なのよ。半分は旦那様の血を引いているとはいえ、血の一滴まで戦士の魂みたいな暴れ者の私の身体からあなたみたいな優しい子どもが生まれてくるなんてね。だからね・・」


 コーヒーカップをテーブルの上に置いてそっと立ち上がった母親は、連夜の側に近寄るとその身体を引き寄せてそっと抱きしめる。


「だからこそみんなレンちゃんが大事なの。どんな荒々しい魂であってもそうやって恐れることなく近づいて、手を差し伸べて、黙って側にいてくれるそんなあなたが、みんな大好きなのよ。恐らくあなたは戦士達が帰る場所そのものなの。ダイちゃんにとっても、み~ちゃんにとっても、スゥちゃんにとってもね。多分、これから先の『人』生で、あなたはいろいろな『人』に出会うでしょう。そしてね、その出会った『人』達の中であなたに共感を覚えた『人』達はあなたをその帰るべき場所に定めていくんだわ、きっと。まあ、それにあなたが応えるかどうかはあなた次第なわけだけど。ふふふ、この先レンちゃんの『人』生にはどんな出会いがまっているのかしらね?」


「お母さんお願いだから、波瀾万丈な『人』生が待っているみたいな言い方しないで。お母さんが言うと、本当にそうなりそうだから怖いんだけど」

  

「あはは、ごめんごめん。でもね、きっと大丈夫よ。さっきも言ったけど、『人』が安息を得る星降る夜のように静かな、だけど温かい優しさを持つあなたに共感を覚えて集まってくる『人』達がきっとレンちゃんの力になってくれるから」


「いや、なってくれるのはいいんだけど、結局波乱には巻き込まれるんでしょ? 僕としてはできるだけ普通で穏やかな『人』生が送りたいんだけど」


「それも無理。だって、あなたは私の息子だもん。きゃ~、ほんとレンちゃんかわいい!!」


「わわわっ、お母さん、痛い、苦しい、力いれすぎです!!」


 豊満な自分の胸に連夜の顔を押し付けるようにしてぎゅ~~っと抱きしめた母親は、少女のようにはしゃぎながら連夜の頭をなぜまくる。母親の胸は柔らかくて気持ちいいものの、締め付けてくる力が尋常ではないので、プラスマイナスで考えると圧倒的にマイナス部分が大きい。せっかく母親がその溢れる愛情で抱きしめてくれているので、もうしばらくやりたいようにさせてあげたかったが、このままでは自分の身体が壊れてしまいかねないので、遺憾ながら連夜は両腕をジタバタさせて母親の万力のような腕を振り切ると、かろうじて脱出することに成功したのだった。


「もう~、何よ、レンちゃんたら。もうちょっとかわいいかわいいしたかったのにい」


「かわいいかわいいはもういいですから、早くご飯食べちゃってください。さっきからコーヒーしか飲んでいないじゃないですか。ダメですよ、ちゃんと朝食食べないと。食べずに出勤するなんてダメですからね」


「ぐすん、レンちゃんに怒られちゃいました」


「よしよし。じゃあ、これ以上怒られないように僕と一緒に朝ご飯食べましょうね」


「旦那様、食べさせて」


「はいはい」


 またもや二人の世界を作り上げて入り込んでしまったバカップル夫婦の姿を、なんともいえない微妙な表情で見つめていた連夜は、はあ~っと疲れた吐息を吐きだす。そして、ぱんぱんと手を打つと、まだ睨みあっている兄姉妹達に声をかける。


「みなさ~ん、そろそろお開きにしてくださいね~。今度こそ本当に怒りますよ~」


『は~い、わかりました~』


 連夜が拍子ぬけするほど、あっさりと剥き出しの闘気を霧散させ、兄姉妹達はぞろぞろと再び自分達のテーブルについて何事もなかったかのように朝食をとりはじめる。


「お願いだから最初からそうしてよね~、もう」


 がっくりと肩を落として嘆息する連夜であったが、すぐに気を取り直して兄姉妹と中学生猫メイド達の給仕を再開する。テーブルに座っている面々のほとんどがみな食べざかりの育ち盛りということで、次々とご飯やみそ汁のおかわりの催促が飛ぶ。しかし、それらを見事な手際でてきぱきと連夜は処理していき、ある程度テーブルの様子が落ち着いてきたところで、途中から連夜の手伝いに参加した父親専属メイドのかえでといちょうに後を任し、一旦自分の部屋がある二階にあがっていく。

 そして、それほど時間を置かず再び二階からバタバタと戻ってきた連夜。何やらやたら大きなボストンバッグを二つ両肩に担ぐようにしてよろよろとよろめきながら歩いて来て、先に食事を終えてリビングに移動していた兄、大治郎のもとへと赴くのだった。

 ふと何気なくその様子を見ていたスカサハとさくらは、連夜が纏っている雰囲気、その周囲の空気が若干変わっているような気がして顔を見合わせる。


「い、今、連夜お兄様怒っていらっしゃるような顔していらっしゃらなかった?」


「いえ、お顔そのものは変わらぬと存じませぬが・・オーラが少しそういう感じだったような気がしますニャン」


 二人ともはっきりとそうだと断言できるわけではない。しかし、他の兄姉以上に二つ年上の兄と過ごす時間が多い二人には、敏感に察するところがあった。二人は何かがあると無言で頷きあうと、お行儀が悪いと思いつつも素早く朝食を口の中に放り込み始めるのだった。

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