第十七話 『龍の三兄妹』
とりあえず、今回から話の形態を少し変えています。
オープニングと次回予告を省き、がんがん話を進めていきます。
まあ、今回はぼやかしていた姫子達の過去をある程度はっきりさせる説明編と、本物の『瑞姫』の登場編です。次回からまた連夜メインにもどります。
城砦都市『嶺残泊』にて強大な権力を握る上級種族『龍』族。
都市内の一地域に中央庁でもおいそれとは手の出せない治外法権の広大な私有地を持ち、政界、財界、芸能界、軍事、あらゆる分野に多大な影響力を及ぼす北方諸都市屈指の名門一族。
一族の頂点に君臨する絶対君主『龍王』を筆頭に、何人もの優秀な人材を世に放ち続ける一族は、まさに光の塊。
しかし、光あるところには必ず闇がある。
光が強ければ強いほど、闇もまた深くなる。
それはいつの世でも変わらぬ当然の理。
ことの始まりは今より十数年前のこと。
『龍』の一族の総帥たる『龍王』と、その正妃『織姫』の間に三つ子の兄姉妹が生まれたことに端を発する。
十数時間にも及ぶ難産の末にこの世に生まれて来た子供達。
次代の『龍王』、あるいは『乙姫』、『神龍』になるやもしれぬ可能性を秘めたこの幼い王子、姫達は、当然、そのやんごとなき高貴な血筋ゆえにたくさん人達から祝福を授けられるはずであった。
だが、生まれてきた彼らにとっても、それを出迎えた者達にとっても、それは歓迎することのできない出会いとなってしまったのだ。
『剣児』、『姫子』、『瑞姫』と名づけられた彼ら三人の幼子達。
彼ら三人のうち、たった一人だけは大いなる祝福を授けられ歓喜の声でこの世に迎えられた。
彼女は、真に王族にふさわしい強き力の持ち主だったから。
いや、実際はそれどころの話ではない。歴代龍王のいずれよりも強く気高い『神通力』が医師達によって確認され、新生児室はまさにお祭り騒ぎ。
次代の素晴らしくも眩しく美しい光の誕生に、彼女の誕生に立ち会った者達は、彼らが崇める始祖龍に感謝の祈りを捧げ涙した。
しかし、それでめでたしめでたしとはいかなかった。
生まれてきた残り二人の幼子達が大問題であったのだ。
三人の中で唯一の男の子で『剣児』と名付けられた彼と、もう一人の女の子で『瑞姫』と名付けられた彼女。
二人の幼子達。
彼らには、龍族の証たる角が頭から全く生えておらず、また、肝心の『神通力』も体内に存在していなかった。
龍族の頂点の君臨する王と王妃の子供であるにも関わらずである。
龍の一族始まって以来の大スキャンダル。世界に分布するあまたの『人』の種族の中でも随一のプライドの高さを誇り、傲慢で狭量な彼らにとって、この二人の幼子の誕生は到底祝福できるものではない。
偉大な王家の血筋から、角も『神通力』も持たない子供が生まれてしまったなどととても公表することはできない。
なぜなら、生まれてきた子供達の身体的特徴それは、彼らが蔑み忌み嫌い奴隷として扱う一族の鼻つまみもの『屑龍』であることを示していたからだ。
王家の者から生まれてきたのはクズ同然の子供。
そんなことを知られるわけにはいかない。
だが、王家に生まれてきたものを彼ら自身の手で処分するのはあまりにも不敬。
二人の幼子達の処遇を今すぐ決めることができなかった、貴族院の実力者や長老達は、とりあえず子供たちを王宮の奥深くに幽閉することを決定。
処分が決まるまで人目につかないようにこっそりと育てることにした。
こうして三人の幼子達は、同じ日、同じ場所、そして、同じ親から生まれてきたにも関わらず、天国と地獄ほども違う環境で育てられることになってしまう。
片や強い力を持って生まれてきた姫君は、誰からも愛され、蝶よ華よと甘やかされ放題に甘やかされて育てられ、片や力を全く持たずに生まれてきた二人の幼子は暗い部屋に閉じ込められろくに世話もされないままに育てられた。
そして、三年の月日がたったある日、二人の幼子の処遇がついに決定される日がやってくる。
力を持たずとも血を分けたかわいい我が子達を処分することには断固反対の主張を続ける龍王によって、三年もの間処遇を決定することができなかったのであったが、ついに、最初から力なき子供達を処分することに賛成であった王妃と、彼女の長子であるかぐや王女が独断で子供達の処分を決行したのだ。
といっても、自らが手を下したわけではない。
秘密裏に雇い入れた賊達を王宮へと手引きし、幽閉している子供達を攫わせたのである。
子供達を攫って行った賊達の正体は、北方諸都市の間で悪名を馳せる大掛かりな奴隷売買組織に属する犯罪者達。彼らの手で王家より連れ出された子供達は、どこか遠くで速やかに処分されるはず。
王家の名を汚す者達を厄介払いできたことに安堵する王妃達。
しかし、王家の中でも特に力を持つ王妃といえど、何故、王の目を誤魔化してそんな犯罪者を王宮に招きいれることができたのか?
公正無比であり、また温厚篤実な慈愛の人で知られる龍王その人は知らぬことであるが、実は彼以外の龍の上位一族はかの犯罪組織と大きく繋がっている。はっきり言ってしまえば、王妃や長老衆、そして貴族院の有力者達が、この奴隷売買組織最大のスポンサーを勤めているのだ。
彼らの力を利用し龍族は、表社会、裏社会を問わず強力な権勢を維持している。
こうして、犯罪組織に引き渡された二人の子供達は、そのまま闇の中に埋もれ消えていく。
・・・はずだった。
だが、彼らの希望は完全に果たされることはなかった。
犯罪組織に引き渡された二人の子供のうちの一人『瑞姫』は、地獄のような奴隷生活の中で命を落とし、人知れずその短い人生に終止符を打った。
しかし、もう一人の子供『剣児』はそうはならなかった。
彼らが誘拐されてから数年後。突如として龍族の王宮に帰還を果たす。
いったいどうやって生き延びたのか、そして、どうやって犯罪組織から逃げ出すことに成功したのかはわからない。いや、龍族の上層部にその詳細が知らされることはなかったわけだが、ともかく彼は帰ってきたのだ。
当然このことは、龍の一族に激震を走らせることになる。
大事な息子の帰還に龍王は狂喜し、彼を犯罪組織に引き渡した首謀者である王妃一派は震えあがった。
幼い王子がどれほど事態を把握しているかわからなかったからだ。全く事態を把握していなければ問題はない。だが、もし王妃達が自分達を地獄に突き落とした張本人だと気がついていたら。いや、それどころか、彼らと犯罪組織の暗いつながりや、これまで引き起こしてきた悪事の数々にまで気がついていたとしたら。
放置することはできなかった。
年端もいかぬ子供の言うこととはいえ、龍王その人の耳にそれらが少しでも入ってしまうのは決していいことではない。
王妃一派は、彼を再び亡きものとすることを企てる。それも奴隷組織に引き渡すなどというまどろこしい方法ではなく、より直接的な方法で。
王妃達は腕利きの暗殺者達を集め、帰還した王子抹殺に向かわせた。相手は十歳にも満たぬ幼い子ども。そして、こちらが集めた暗殺者達はその道では名の知られた者ばかり。
失敗などありえない。
速やかに仕事は成され、そして彼らは安心して眠りにつく。
決して外れることのない未来予想図。
だが、またしても彼らの希望は果たされることはなかったのだ。
万全の準備の元に送り出された暗殺者達。彼らはいつまでたっても王妃達の元にもどってはこなかった。
そして、当然のことながら王子は怪我ひとつすることなく平穏な日々を送り続ける。
いったい何の手違いがあったというのか? 王妃達は、再び暗殺者達を送りつけた。しかし、彼らはまたもや帰ってこなかった。めげることなく王妃達は暗殺者を送り続ける。だが、送り出した暗殺者達は一人として帰ってはこない。何人も何人も。いや、その数何十人という単位になるほど送りつけたというのに、ただの一人も帰ってはこなかった。
勿論、それがとんでもなく異常な出来事であることに彼ら自身も気がついていた。だが、どれだけ探りをいれても、龍王が彼らの所業に気がついた様子はない。と、いうことは、送り出した暗殺者達の存在は王には知られておらず、また彼らをどうこうしたのも王の一派ではないということなる。
王子自身も彼らに対し何のリアクションもしてはこない。
混乱の極みに陥った彼らであったが、結局、性懲りもなく二年以上にも長きにわたって刺客を送り続け、帰ってこない彼らの数が三桁に達しようというところまで来てようやく刺客を送ることをやめた。
気味が悪いし、何よりもいつ自分達の悪事が露見するかわからないという不安でいっぱいではあったが、暗殺者達を退け続ける原因がわからない以上、手の打ちようがなかったからだ。
こうして、更に数年が過ぎる。
王子は変わらず平穏な日々を過ごし。やがて、彼が中学に進学しようという春。
龍族全体を揺るがすある大事件が勃発する。
王位継承者に定められていた龍姫『姫子』の体に重大な異変が発生したのだ。
王宮内は大混乱となった。
第一王位継承者の異変ということで、龍王その人も、彼女を傀儡に実権を握ろうと企む王妃一派も、そしてどちらにも与しない龍の重鎮達も。
異変の事情を知る龍の首脳部は、この異変をどう解決すればいいのかわからず混乱し続けることとなる。
彼らを悩ませる第一王位継承者『姫子』に起きた異変、それは、彼女の体が分裂し、男性と女性の二つの姿になってしまったというものだった
歴代の龍王、あるいはそのほかの王族の中でも類をみない、凄まじくも強大な『神通力』を持って生まれてきた『姫子』。そのあまりにも大きすぎる力ゆえに、彼女は女性でありながら第一王位継承者に定められたわけであるが、それだけにそのコントロールが危ぶまれていた。
勿論、優秀な教師達が彼女をサポートし、ありあまるその力を制御できるように訓練していたはずであったのだが、我侭放題に育てられた彼女は、教師達の言うことを全く聞いておらず、そのコントロール能力は三歳児以下。
起こるべくして起こった暴走事故であった。
それでも、分裂した二人とも五体満足で、怪我らしい怪我を一つもしていなかったのは不幸中の幸い。
むしろ、二人に分裂したことでその『神通力』も綺麗に半分になり制御しやすくなったことから、よかったといえる出来事かもしれない。
しかし、どうしても看過出来ぬ大きな問題があったのである。
分裂した二人には記憶がなかったのだ。
一応、それは日常生活を送れないというほどのレベルではない。しゃべる言葉ははっきりしているし、知能も知識も年齢相応で、生きていく上で今すぐ困るということはない。
だが、肝心な部分がすっぽりと抜け落ちてしまっていた。それは彼女が生まれてから今日まで辿ってきた人生の記憶である。それがない。女性体の姫子にも、男性体の姫子にもそれがない。
龍王も、王妃も、重鎮達も、姫子の記憶を取り戻させようとあらゆる手段を講じてみた。
だが、全ては徒労に終わる。どうやってもその記憶を取り戻すことができない。時間が経てばいずれ自然と思い出すのかもしれないとも思ったが、彼女達を診た医者達の見解は違っていた。彼らの結論は、時間が経っても姫子達の記憶は戻らないだった。都市でも屈指の実力を持つ『療術師』達が超上級『療術』を駆使して彼女達を診察した結果、彼女達の脳の中に『思い出』と呼ばれるものがほとんどないことがわかったのだ。
はっきり言ってしまえば、今の彼女達は技術や知識だけを詰め込まれて人工的に生み出された、生まれたてのホムンクルスのようなもの。
姿形は中学生。知能や知識も中学生。だが、人生経験だけがまったくない。
勿論、もう一度一から経験を積み重ねていくという選択もなくはない。しかし、既に体も知能もある程度できあがっているというのに、精神だけが未成熟というのはあまりにも危うく、龍王も王妃もその選択には頷くことができなかった。
そのため、彼らはもう一つの方法を取ることした。
その方法とは、人工的に作成した記憶を植えつけるというもの。
勿論、本来の姫子が歩んできた人生の記憶から遠くかけ離れたものを植えつけるわけにはいかない。姫子の成長を見守ってきた者達で、植えつける記憶を慎重に吟味しできるだけ本人が辿ってきた道と同じになるように作成。
半年近くかかって完成したそれを女性体の姫子の脳に移植することで、第一王位継承者『姫子』は復活を果たした。
だが、それで全て解決したということではない。
男性体の姫子の問題が残っている。
女性体の姫子は、本来の姫子の辿ってきた人生の軌跡を元に記憶を作成すればよかったし、『姫子』が『姫子』として復帰するわけであるから何の問題もない。
だが、男性体の『姫子』はそうではない。
記憶を作ろうにも元となるものが何もないし、また、仮に適当に記憶を作成し、それを移植して復活させたとしても、今まで王宮に存在しなかった王族が突如として誕生してしまうことになる。
周囲の者達に言い含め、最初から知っているように振舞わせることはできるが、それにも限界がある。いずれ、自分の中の記憶と周囲の反応の違いに気がついて精神崩壊を起こしてしまいかねない。
王位継承者としての『姫子』は復活しているわけだから、いっそもう一人の男性体は処分してしまおうかという意見も出た。だが、罪を犯したわけでもないのに処分することは龍王その人が決して許さない。また、王妃自身も『姫子』の補欠として利用できると考え、この男性体を処分してしまうのには反対を表明。
しかし、どれほど議論を重ねてもよい解決方法を考え出すことはできず、時間だけが過ぎていく。
そんなとき、意外な人物がある解決方法を携えて彼らの元を訪れる。
それは今までずっと沈黙を守っていた王子『剣児』であった。 彼は、父たる龍王と、母たる織姫、そして並み居る重鎮達にこう宣言した。
ある条件を受け入れてくれるなら、自分は姫子の分身の為に、全てを放棄してもよいと。
王位継承権を放棄すると。
与えられし名を放棄すると。
龍の王族として与えられる全ての恩恵を放棄すると。
そして、『龍乃宮 剣児』として生きる全ての権利を妹『姫子』の分身に譲渡すると宣言したのだった。
龍王、織姫、重鎮達。その宣言を聞いた者全てが混乱の渦に巻き込まれた。だが、結局、その王子の申し出は受け入れられることになる。
龍王その人は、最後まで反対したが、その他の者達にとって、その申し出はあまりにも魅力的であったからだ。
なんといっても、現在の王子『剣児』は神通力を持たない役立たず。それに比べ、『姫子』の男性体は、現在の『姫子』と同等の力を持つ逸材。どちらが王族にふさわしいかなど、彼らからしてみれば考えることもバカバカしいほどに厳然たる事実である。
ある条件というのが気にならないわけではなかったが、所詮子供の願いなどたかが知れている。龍王以外の王妃、重鎮達はそう思い王を説得。
王は、この機に王子を排斥したいと考える王妃や重鎮達の考えを見抜いていたが、他でもない我が子がこの王宮から出たがっていることもまたわかっていた。
こうして、最後には王も折れ、王子は口にしていなかった条件を口にした。
それは、自分達三つ子の最後の一人、『瑞姫』の王族復帰の嘆願。
再び巻き起こる大混乱。
三つ子の最後の一人『瑞姫』は、死んだはず。
王妃をはじめ誘拐にかかわった者達は、実行した犯罪組織からそう報告されていた。また、それを知らぬ龍王や他の者達も生存は絶望的と半ば諦めていたものだから、王子の出たその言葉に驚きを隠せない。
唖然とする一同の中、一番最初に立ち直ったのは王妃の共犯者である王弟高級。嘘をつくなと王子に詰め寄ると、王子は無表情のまま、ある者達を王宮へと招き入れた。
それはこの都市の実権を握る中央庁の高級官僚達。そして、彼らに連れてこられたのは王子と同じくらいの年頃の一人の見目麗しい龍族の少女。
『異界の力』の感知能力に疎いものでも、すぐにそれとわかるほどの高位の神通力。
それを振りまく彼女を見て、王達はすぐにそれが自分の娘であることに気がついた。
長年行方不明となっていた娘の帰還に喜びを隠せない龍王。
絶句して二の句が告げないでいる王妃、王弟。
騒然となる重鎮達。
彼女の帰還を喜べない者達は、すぐにも『ニセモノだ!』と大騒ぎしようとした。だが、それよりも早く、中央庁の官僚達から様々な療術的データを提示され彼女が間違いなく王族の一人であり龍王と王妃の血を引いていることを証明されてしまってはどうすることもできない。
流石の彼らもこの都市最大の権力者に対し、お得意のごり押しを断行することは不可能であった。
こうして、王子は王宮を去ることとなり、もう一人の姫は王宮に帰還することとなる。
数奇な運命をたどり続ける王子、姫御子達。
二人に分裂した姫御子は、一人は元々のオリジナルである『姫子』の人生をそのままたどることなり、もう一人は王宮を去った王子と入れ替わり『剣児』となって新たな人生を歩み始めた。
また、王宮に帰還した姫御子は、『姫子』の事情を知る者として、彼女のサポート役を務めることに。
そして、最後の一人、王宮を去った王子の行方については、その後、知る者はいないという。
そして、月日は流れる。
城砦都市『嶺斬泊』から見て南西の方角に、北方最大規模の大森林が存在している。
その名を『不死の森』。
全『人』類の敵である恐るべき『害獣』達が数多く生息し、所狭しと跳梁跋扈している一大危険地帯。数々の修羅場を潜り抜けてきた凄腕の傭兵や、ベテランハンター達ですらも余程のことがない限り入ろうとはしない。
・・・で、あるはずなのだが。
今、この『不死の森』の中に、二つの人影が存在していた。
それも森の奥深く。木々の間にぽつんとできた小さな広場の中。
そこには形も大きさも違う無数の石が乱立している。
よくみるとどの石にもそれぞれ名前らしきものが掘られ、周りに華やお菓子のようなものが供えられているものもある。
そう。石は墓石であった。
ここは上級龍族に虐げられ無残な死を遂げた下級龍族達が眠る場所。
いわれのない罪をかぶせられて殺された者、ただ気まぐれに命を奪われた者、あるいは奴隷となって連れさらわれ遠い異国の地で果てた者もいる。
そんな悲しい魂が眠る場所のちょうど中心。なかでも一際立派で大きい墓石の前に立った二つの人影は、しばらくの間それをじっと見つめていたのだが、やがて、そのうち片方がその前に崩れ落ちるようにして墓石にすがりつき、そして・・・
「うわああああああああん」
広場に響き渡る慟哭。
それは魂の底から叫ばれる悲痛な想い。
ここに眠る同胞達に、何かを訴えるように絞り出されるその悲しみの声、その意味は。
「みんなぁ、また振られちゃったよぉぉぉっ!」
涙と鼻水と涎でべしょべしょになった顔で慟哭する一人の少女。
彼女の名はミッキー・ドラゴンパレス。
軽いウェーブのかかった肩まであるふわふわの黒髪。髪と同じ色をした大きな瞳。身長は百五十ゼンチメトルをやや上回るほどで、女性らしい丸みを帯びたスタイルは決して悪くはないが、特筆していいというほどでもない。白いTシャツの上に紺色のジャンパースカートがとてもよく似合う、どこにでもいる普通の女の子。
だが、こんな危険極まりない場所に平然といることができる彼女は、勿論『普通の女の子』ではない。
『人』類の天敵たる『害獣』や、危険な原生生物の骨を加工し、武器や防具を作り出す『骨細工師』。
その中でも特に名の知られた名工『イオリ・ドラゴンパレス』の一番弟子として最近名前が売れるようになってきた期待の新人。
それがミッキーだった。
そして、彼女にはもう一つ名前がある。
いや、名前があったというべきか。
その名前は、はるか昔に彼女自身が捨ててしまった。だが、その名前が持っていた絆だけは受け継がれ今もまだ続いている。
彼女が捨てた名前。
それは『龍乃宮 瑞姫』という。
「なんで? なんで振られちゃうの? うちのどこがわるいの?」
地面に突っ伏して延々と泣きじゃくるミッキーの姿を後ろから見守るのは、彼女との絆を持つ者達。
呆れ果てたといわんばかりの表情を浮かべた大柄な体格の少年Kは、なんともいえないため息を太く大きく吐き出した。
「台無しだ。大切な何かが今、台無しになった。というか、本当に全部台無しだ」
「ですわねぇ」
Kの呟きに同じようにため息交じりの声で答えるのは、彼の大きな肩にちょこんと座る小さなモモンガの少女。
かわいらしい白いシャツに白いキュロットに身を包んだその少女は、勿論、宿難 連夜の幼馴染龍乃宮 姫子その人である。
「不思議に思うのですけど、なんでいつもいつも男性に振られるたびにここに報告に来るんですの? しかも毎回無駄に大騒ぎするし」
「む、無駄にってあによぉ! 乙女の悲しみがなんで無駄なのよぉ!」
Kの肩の上でやれやれと肩を竦めて見せる姫子に対し、『ムキーッ!』と猿のように歯をむき出しにして威嚇するミッキー。
「無駄でしょうが。皆さん静かに眠っていらっしゃるのに、なんでそう意味もなく大騒ぎするんですの? それとも魔術的か、宗教的な儀式か何かですの?」
「そうよ! これは大事な儀式なのよ。うちは、みんなのパワーをここでもらってるんだから!」
「パワーって・・・それは流石に初耳なんですけど」
「もらってるったら、もらってるの! 見てなさい!」
そう言って、雄々しく立ちあがった少女は、ズラリと立ち並ぶ墓石を見渡した後、その両手を真上へと挙げる。
そして。
「みんなぁ~、うちにちょっとずつ男をわけておくれぇっ!!」
「「『ちょっとずつ』!?」」
とてつもない大声でとんでもないことを叫ぶ少女に、思わず仰天し声をあげるKと姫子。
「いやいやいや、ちょ、ミッキー、あの、『ちょっとずつ』ってどういうことですの? 『ちょっとずつ』って?」
「だぁかぁらぁ、天国にいったみんなの力でちょっとずつ男をわけてほしいなって」
「そうじゃなくて『ちょっとずつ』って具体的にどれだけ『ちょっとずつ』? 男性って『ちょっとずつ』分けられるものなんですの?」
「・・・」
「・・・」
姫子のツッコミにようやく、質問の意図を理解した少女。しばらくの間、両腕を組んで考えこんでいたが、やがて小首をかわいらしく傾げながら自分なりの答えを紡ぎだす。
「えっと、つま先だけとか、肘から先だけとか?」
「人体の一部だけ!? 確かに『ちょっとずつ』だけのような気がしますけど、絶対無理ですから! それ完全にアウトですから!」
「え~、ナイスアイデアだと思ったのになぁ」
「全然ナイスじゃないですわよ! ってか、そんなつま先だけもらってどうするんですの!?」
「ひ~こにあげるとか?」
「いりません!」
心の底から残念そうに『ちぇ~』とか呟いて足もとの小石を蹴る少女の姿に、Kと姫子は再びため息を吐き出すのだった。
「そんなんだから毎回毎回振られるんですのよ」
「あ、あによぉ。そんなんってどんなんよぅ。こ、今回はいつもとは違うんだからね!」
「「・・・」」
両腕を組み顔を上へと逸らしながら、わざとらしくぷいっと二人に背を向けて見せる少女。
一見不貞腐れているように見える態度だが、実は彼女が質問してほしくてたまらないことをわかっている二人は顔を見合わせて何やら視線だけで会話。
すぐに何かを確認し合った後、わざとらしく少女のほうから視線をずらした。
「お兄様、今月の『葛柳会』の活動内容の報告なのですけど」
「うむ、聞こう」
「うんうん。報告は大事よねぇ。って、ちょっ、うちの話がさらっと流された!!」
あからさまに少女との会話を打ち切ろうとする二人に、彼女は泣きながらすがりつく。
「聞いてよぉ!! うちの話を聞いてよぉ、ってか、もっと興味もってよぉっ!!」
「いや、もういいですわ。どうせ前回の内容とあまり変わらないんだろうし」
「そんなこと言わないで聞いてくれたっていいじゃないのさぁ。あと、うちのこと元気づけるとか慰めるとかいろいろあるっしょ?」
「めんどくさい」
「ですよねぇ、お兄様」
「あによぉ! めんどくさいいうなぁっ!!」
泣きながら大柄なKの胸元をぽかぽか殴りつける少女の姿に、今日何度めになるかわからないため息を吐き出した二人は、仕方ないという感じをありありと見せながらも彼女のほうに向きなおる。
「わかりましたわかりましたわ。聞きますから今回の事の顛末を説明してください。でも、できるだけ手早く簡潔に。要点だけでいいですから。振られた方との馴れ初めとかいりませんから。結末だけで結構ですから」
「うむ」
「なにそのめんどくさい感全開の聞き方は!?」
あまりにもひどい言い草の二人に愕然とするミッキーであったが、それでも気を取り直しぶつぶつ言いながらも話を再開する。
「デートの約束をして二人で、城砦都市『サウザンドリーフ』の『刀京ディスティニーランド』に行くことになったのよ。ってか、なんで『サウザンドリーフ』にあるのに、『刀京ディスティニーランド』なわけ? 城砦都市『刀京』に作ればいいじゃない。それか名前を『サウザンドリーフ・ディスティニーランド』にすべきじゃないの?」
「しっ! そこは言わなくていいですから! あんまりそこにツッコミ入れると、異世界にある『サウザンドリーフ』に似た地方在住の方が気を悪くされますから、その話題はスルー! ともかく続きを話してください」
「あによぉ。ちょっと気になっただけじゃない。ともかく、うち、すっごい気合いいれておしゃれして待ち合わせの場所にいったのよ。なんせ、ほら、『刀京ディスティニーランド』って、北方諸都市最大最高のテーマパークでしょ。もう、これはバッチし決めないとね。待ち合わせの場所も、『ディスティニーランド』の入り口で人通りがすごい多いところだし、彼に恥をかかせるわけにはいかないじゃない。それで、渾身の勝負ファッションで出かけたのよ。それなのに、待ち合わせ場所で合流した瞬間、彼が『ごめん、僕には君のこと受け止めきれない。別れよう』って・・・」
話している途中で感極まってしまったのか、再び倒れ込んで泣き出すミッキー。だが、話を聞いていた二人は逆に、物凄く冷めた表情へと変化する。
「あ~、もうなんかオチが読めてしまったんですけど。ちなみにその勝負ファッションってどんなのだったのですの?」
「ど、どんなのって、ひ~こと一緒に選んだ袖なしのTシャツに、水色と白のチェック柄のワンピースに、貝殻のハイヒールでしょ。あと金のブレスレットとか、銀のネックレスとか、あとバッファローの骨カブトとか?」
「あれ~。意外と普通のファッションですわねって、ちょっと待て。今、最後になんかおかしいの混じっていませんでした?」
「ん? 貝殻のハイヒールとか?」
「いやいや」
「金のブレスレットとか?」
「いやいやいや」
「銀のネックレスとか?」
「いやいやいやいや」
「え、でも他におかしいのないよぉ?」
「いやいやいやいやいや、強烈におかしいの残ってるやん!! 完全に一つだけ浮いてますやん!! ってか、わかっててわざと残してるでしょ!?」
「バッファローの骨カブトはうちのテッパン装備なんだよ!? おかしいわけないじゃん!」
「おかしいから! 百パーおかしいから! テッパンはテッパンでも、『百パー振られる』テッパン装備じゃん!」
「どうしてみんなわかってくれないのぉっ!? 骨は・・・骨はね・・・骨は『愛』なのにぃっ!!」
ミッキー・ドラゴンパレス。新進気鋭の骨細工師。しかし、彼女を知る者は彼女を指してこういう。
究極の『骨フェチ』と。
どうしようもない残念なことを泣きながら叫ぶミッキーの姿を、どうしようもないといった視線で見つめるKと姫子。
「しばらく放っておけ。どうせ、五分くらい泣いたら勝手に復活するだろ」
「まあ、いつものことですしね。そういえば、ミッキー、これで振られたの九十九人目じゃなかったかしら。次でいよいよ『百人切られ』だったような」
「『切り』じゃなくて、『切られ』なんだな」
「『切り』じゃなくて、『切られ』ですわ」
「やれやれ。ところで姫子」
肩をすくめて首を二度ほど横に振って見せた後、Kは自分の肩に座る姫子のほうに顔を向ける。
その瞳の中に映るのはミッキーに向けられていたものとは全く違う真剣な光。それを敏感に察知した姫子は彼の肩の上で居住まいをただし、彼の方に意識を集中する。
「いよいよ俺達三兄妹の因縁にケジメをつける日が近づいてきている」
「それは、織姫達と」
「そうだ。あの馬鹿女とハゲどもに引導を渡す。東雲殿や水池殿達、王宮に潜り込んでいる内通者達は既に反撃の準備を完了している。いつ始めても動けるほどにな。だが、問題は・・・」
「私が体を取り戻さないといけないということですね」
自らの体に視線を移した姫子は、そこに映る自分の小さな手足を見てなんとも言えない悲しげな表情を浮かべる。
『人』としても『獣』としても脆弱極まりない体。数年前まで、彼女は全人類の中でもトップクラスに位置する圧倒的身体能力を誇る肉体を有していた。だが、今、その体には全く別の人格が宿り、彼女の意に沿わぬ形で使われ続けている。
失うことになった切っ掛けを作ったのは間違いなく姫子本人。
だが、彼女は自らの肉体を拒絶したわけではない。
己の体に宿る大きすぎる力と、そして、それによって生み出される傍若無人で理不尽な己のサガを捨て去りたかったのだ。
変わりたかった。
我がままで人のことを考えない暴君そのものであった自分を変えたかった。
一人の普通の女の子として、かわいらしくて優しくて素直な性格になりたかっただけ。
そのために、自分の中で膨張を続ける恐ろしい龍の力を捨て去りたかった。
その願いが、あの日、大暴走を生んだ。
己の力を拒絶する強い意志と、コントロールを失った巨大な神通力とがぶつかりあい、そして、ついに彼女は自分の力を捨て去ることに成功する。
いや、捨てられたのは果たしてどちらであったのか。
大暴走の果てに、姫子が気がついたとき、彼女は力とともに己が強靭な肉体をも失っていることに気がついた。
姫子の肉体は、姫子としての記憶を持たぬ女性と男性の体に別れ、そして、姫子としての人格と記憶を持った核ともいうべきそれは、小さな小動物の体に変わり果ててはじきだされてしまっていたのだった。
「誰も私だと気がつかない。王宮の兵士達はみな、私をネズミか何かだと思って追いまわし、挙句の果てには駆除しようとさえしましたわ」
当時のことを思い出し、体を震わせる姫子。
強力な肉体と、王族という権威の元に弱者を見下し虐げる者として君臨してきた姫子であったが、この日、彼女は存分に思い知ることとなった。
自分が虐げていたもの達がいったいどんな気持ちでいたのかを。己の体で存分に思い知ったのである。
「これまでのことを考えれば、殺されてもしょうがない。あのときはそんなことさえ考えました。でも、それでも私は死ぬのが怖くて、必死に王宮から脱出して、そして」
「連夜に救われたか?」
「はい」
あのとき、なんとか命からがら王宮から脱出することに成功した姫子ではあったが、兵士に追いかけ回されたおかげで全身いたるところ傷だらけの状態。致命傷こそ負ってはいなかったものの失血がひどく、やがて意識を失い逃げる途中の路上に倒れてしまう。
幸い倒れたのが夜中であったため車はほとんど通っていなかったが、そのまま放置されていれば確実に轢かれて死んでいたであろう。
だが、そうはならなかった。いったいどういう偶然か、通りがかった幼馴染の連夜に彼女は救出されたのだった。
そして、手厚い看病を受けて復帰を果たした彼女は、連夜の母親が所属する中央庁が立てたある計画の元、強化外骨格『Z-Air』を身に纏って『龍乃宮 瑞姫』を名乗り、龍の王宮に潜入することになる。
「本当にびっくりしましたわ。中央庁が密かに下級龍族達を支援する『葛柳会』という秘密組織を作っていたこと。そこに兄様や、死んだはずの『龍乃宮 瑞姫』が在籍していて、兄弟が再会することになったこと。連夜と兄様、それに『瑞姫』・・・いやミッキーとの関係」
感慨深げに昔を思い出す妹、姫子の姿に苦笑を浮かべるK。
「当時、俺は、おまえのことを向こう側の手の者だと思っていたからなぁ。正直、連夜がおまえのことを信じると口に出すまで、おまえのことを信用できなかった」
「しょうがないですわ。だって事実そうでしたから。あの頃の私は、何も見えていなかったんですもの」
「まあ、いろいろとあったな」
「ありましたわね」
三人の兄妹達は、再会を果たしたその直後から今のような信頼関係を築くことができたわけではない。
再会した当初は三人が三人ともお互いを疑い、信じあえるようになるまで少なからぬ時間を要した。
それが信頼できるほどに絆を深めることができたのは、勿論、彼ら自身がそうなるように努力したことも大きいが、なによりもそこにある人物の仲介があったからだと、三人はよくわかっていた。
その人物とは。
「そうだ、連夜だ。うちには連夜がいるんだったわ」
「「は?」」
唐突に頭をあげたミッキーは、なんだか妙に希望に満ちた瞳で叫び声をあげる。
だが、その姿を見た残りの二人は嫌な予感に顔をしかめるのだった。
「そうよそうよ。もうこの際だから、とりあえず連夜をうちの恋人候補補欠としてキープしとけばいいじゃない」
「「ほ、補欠!?」」
「そそ。この先、いい男がみつかるかもしれないけど、万が一、というか億が一ふられ・・・いや、お互い何かが合わなくてごめんなさいなことになったときに、一応、念の為、最後の手段というか、最低限の落とし所として、もうしょうがないからこれで我慢してあげるわ的な補欠として」
「待て、姫子。気持はわかるが石はやめとけ。小石でもとがってると結構やばいから」
「放してください、お兄様、一回、『きゃ~~ん』いわせてやったほうがいいんですよ。この手の女は口で言ってもわかりませんし」
とんでもないことを堂々と口走るミッキーに対し、今まで見たことのないような殺意溢れる瞳で尖った小石を握り迫ろうとする姫子。
忍者のようにKの肩口から飛び出して、ミッキーの首筋に正確に斬りつけようとしたところ、間一髪Kにつかまれ阻止される。だが、自分にそんな命の危機が迫っていたというのにも関わらず、それに全然気がついていないミッキーは更にとんでもないことを言いだし始める。
「よし、善は急げよ。今のうちに連夜をキープしておかないと」
「今から連夜のところに行くのか? ここから『嶺斬泊』までかなりあるが」
ここは城砦都市から離れた場所にある外区。しかも、悪名高き不死の森の奥の奥。歩いて帰れば一日かかり。馬車や乗用の動物を使ったとしても今からでは夜遅くになるのは間違いない。
だが、そんなKの言葉に対し、挑発的な笑みを浮かべたミッキーは懐から小さな白い何かを取り出して見せる。
それはどう見ても携帯念話であった。
「待て待て。外区は圏外だぞ。携帯なんぞ繋がりはしない」
「普通の携帯ならね。しかぁしっ! この害獣の骨で作った特殊通信機器『ボーン・ド・フォン』なら別なのよ!」
「「なにぃっ!?」」
「この特殊通信機器『ボーン・ド・フォン』は、私の師匠イオリ・ドラゴンパレスが『害獣』シャウターの骨から作った画期的発明品なの。内容をざっと説明すると、かくかくしかじかがうんたらかんたらで、なんやらかんやらがいんぐりもんぐなの」
「おまえ、自分もわかってないから思い切り誤魔化しただろ」
「と、ともかく、この通信機器を使えば都市から遠く離れた『外区』であっても通信できちゃうのよ」
「いや、おまえ、説明誤魔化したよな?」
「うっさい、そこ黙れ!」
厳しいKの追及を、激しく逆ギレして封じ込めたミッキーは、『ボーン・ド・フォン』のルーンナンバーを入力て発信キーを押下。ほどなくして、機器の向こうから聞きなれた声が聞こえてきた。
『もしもし』
「あ、連夜。あのね、うちなんだけど。実はお願いがあってね」
『ふむふむ』
「実は、うちね、連夜にね、こいび 『だが、断る!!』 」
ブツッ・・・ツーッ、ツーッ
要件を言い終わる前に断られた上に、ばっさり通信を切られてしまった通信機器を見つめ、しばし呆然とするミッキー。
「ちょっ、れんっ、えっ、えええええっ!?」
パニックになりながらも、再びルーンナンバーを入力し発信キーを押下するミッキー。幸い、通信はすぐにつながった。
「もしもし? 連夜?」
『はい、もしもし』
「いや、はい、もしもしじゃなくて、まだ要件言い終わってないのになんで断るの? しかも一方的に切っちゃうし」
『だって、最後まで聞いたら負けかなって思って』
「そ、そこに勝ち負け関係あるの!?」
『あるある。めっさある』
「え、えええっ!? てか、一応最後まで聞いてよ、話を。重要な話なんだから」
『あ、そうなの?』
「そうそう」
『そっか、ミッキーのことだから、僕はてっきりまたいつもの骨フェチネタで男に振られて、龍族の墓場で意味もなく大泣きした後、『とりあえず連夜をうちの恋人候補補欠としてキープしとけばいいじゃない』とか言い出して、『この先、いい男がみつかるかもしれないけど、万が一、というか億が一ふられ・・・いや、お互い何かが合わなくてごめんなさいなことになったときに、一応、念の為、最後の手段というか、最低限の落とし所として、もうしょうがないからこれで我慢してあげるわ的な補欠として』僕に告白してこようとしていたのかと思っちゃった。ごめんね、勝手な推測しちゃって」
「・・・」
『じゃあ、ちゃんと聞くからその大事な要件を言ってよ』
「・・・」
『あれ? ミッキー?』
「・・・」
『もしも~し? あれ? 切れちゃったのかな?』
「れ、れんやの・・・」
『なんだ、繋がってるじゃん。ミッキーだから要件を「バーカッ!!」』
ブツッ。
悔し紛れの絶叫とともに今度は自分から通信を切ったミッキー。
二人に背を向けたままがっくりと膝をおると、先程とは打って変わって静かにシクシクと泣き始める。
そんなミッキーの姿を見つめていた二人だったが、どういう態度をとればいいかわからず、しばらく目線だけで無言で会話。
やがて、なんとかベストと思われる結論を出した二人は、ミッキーの側に歩み寄りそして、考えに考え抜いた言葉をその口から紡ぎだす。
「「百人切られおめでとう」」
「おめでとうちゃうわぁっ!! 拍手すんな、ボケがぁっ!!」
言葉とは裏腹にどうでもいいといった感じで適当に拍手する二人に、怒りの絶叫をあげるミッキー。
この後も、三人は同じようなコントをしばらく繰り返し、それは彼らがここを立ち去るまで続けられた。
だが、その合間合間、そんなコント的な話とは違う話が少しずつ三人の中で行われた。
それはとても笑い話にできる内容ではなく、三人の兄妹、龍族、そして彼らに関わる全ての人にとっても物凄く重大な話。
やがてそれは、形となって彼らの前に現れることとなる。
「どうでもいいけど、うちの彼氏が形になって現れる日はいつなのさ!?」
「「ないない。当分はない」」
「あによぉっ!!」