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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
146/199

第十六話 『女王様の恋人』 その7

 市営念車『サードテンプル』駅の南側は、百貨店『S-王号』や、『サードテンプル中央街』などの昼間向きのショッピング街、あるいは大衆飲食店がズラリと立ち並ぶエリアとなっているが、その反対側、北側のほうは、酒が飲めるようになっている大人向きの飲食店や、まあ、『ルーツタウン』のような本格的な歓楽街ではないものの、それなりに十八歳未満お断りのお店が立ち並ぶ夜間向きのエリアとなっている。

 その北側エリアの入口近く、市営念車の高架下すぐにある交差点の角に、城砦都市『嶺斬泊』では比較的有名な炉端料理店『厳虎(げんこ)』がある。

 他の城砦都市にもチェーン店を持つなかなか大きな企業で、そこそこ美味しい料理と酒を出し、値段も決して高くはない、というかむしろ安い。

 そのため、大学生などの飲み会や、コンパに使用される店としては一、二位を争う人気店でもある。

 だから、別にこの店そのものが決して嫌いというわけではないのだが、玉藻は不機嫌そのものといった顔を始終張りつかせたまま、黒ビールの入ったジョッキをちびちびと傾けた。


「な、なんだか如月さん、今日はいつにもまして機嫌悪いっすね・・」


 玉藻の対面に座るダークエルフ族の青年が、玉藻の仏頂面に気が付いて、冷や汗を流しながら苦笑して呟く。

 同じ研究室の顔なじみの青年を、玉藻はじろりと睨んで少しだけ口を開く。


「・・別に、いつもと同じ」


 絶対零度とも思える冷たい声音に、対面のダークエルフの青年だけでなく、周りに座る仲間達の表情も心なしか強張る。

 その様子を冷たく見渡しながらも、玉藻はそれに気がつかない振りをしつつ、目の前の料理を食べることに集中し雑音が耳に入らないようにひたすら顔を下に向け続けるのだった。

 現在玉藻達は、研究課題レポート完成の打ち上げの真っ最中。

 そう、素材が揃わないが故に土台となる調査ができず、完成することが困難と思われていた研究レポートであったが、連夜とリンによって持ち込まれた『プリンセス・アンドリー』によって事なきを得て、無事完成に漕ぎ付けることができた。

 勿論、このことについて玉藻が嬉しく思わないわけはない。

 今回のレポートの総指揮は彼女が執っていたのであるから。完璧な内容とまでは言いがたいものがあるが、それでも満点近くの点数に到達できるくらいには自信がある。

 大学では仏頂面がデフォルトの玉藻であるが、こんなときくらいは笑顔になるはずだった。

 だが、結局そうはならなかった。

 そうならなかった理由がある。

 折角助けに来てくれた連夜と満足できるまでイチャイチャできなかったからだ。

 連夜と一緒に素材を届けてくれた高校生の少女リンと仲良くなり、女二人だけで連夜の過去話を存分に聞く事ができたまではよかったのであるが、内緒話を聞かれないようにと連夜を一人放置してしまったのが間違いの始まり。

 蓑虫のように吊るして邪魔させないようにしていたわけだが、リンと話を終えて戻ってきてみると連夜の姿がどこにもない。それどころかその場にはとんでもない姿の男達の姿。

 下半身丸出しで、とてもではないが公表できないような内容が書かれた張り紙を○間に貼り付けた大量の男達と、玉藻の姿を見て怯えたり悲しげな表情を浮かべて項垂れる少数の男達が広場のあちこちに存在。

 下半身丸出しで倒れている者にしろ、怯えて丸まっているものにしろみな武装していることから、よからぬことを企んでここにきていたことは容易に想像できる。

 恐らく標的は自分か、あるいは彼女の命と同じくらいに大切な恋人。

 武術の腕に自信があり身体能力的にもこの大学トップクラスであることを自負する玉藻はともかく、彼女の恋人である連夜はそうではない。

 様々な技能を身に着け並みの傭兵以上に修羅場を潜り抜けているとはいえ、多勢に無勢ではどうしようもない。つい最近も数に押し切られ、危うく命を落とすところだったのだから。

 湧き上がる不安を抑えることができず慌てて連夜を探そうとする玉藻。

 だが、すぐにそれは杞憂であったことを知る。

 探そうとした瞬間、彼から携帯で連絡があったのだ。念話の向こうの彼の声は、申し訳なさそうな様子ではあっても弱々しさはなく、玉藻はほっと安堵の息を吐き出した。一応、念の為に怪我などしていないか声に出して尋ねてみると、元気のいい声でそれは大丈夫とのこと。年がら年中やせ我慢している恋人であるが、どうやら今回はそうではないらしいと確信し、改めて玉藻は恋人から事の経緯を聞き出すことに。

 彼の説明によると、玉藻達が席を外した隙に起こったことは大きくわけて二点。

 一つは、校内の学生達に狙われて、やむなくそれらと交戦。撃退することになったこと。

 もう一つは、連夜の兄がトラブルに巻き込まれているため、事態収拾の為に帰らなくていけなくなったこと。

 何一つ大事な恋人の手助けができなかったことに玉藻は相当落ち込んだが、恋人は恋人で玉藻に負けず劣らず謝罪に言葉を口にする。言ってることの要領が得ないが、どうやら玉藻の学内での評判が落ちることを気にしているようだ。そんなこと全然気にしなくていいのにというと、それでも自分はともかく玉藻のことは高く評価されたいからなんてことを本人に向かって堂々という連夜。

 相変わらず自分のことを大事に思ってくれている連夜の言葉にちょっとだけ嬉しくなった玉藻であったが、続く連夜の今日は戻れないという言葉に再び消沈。

 どうやらお兄さんが関わっているトラブルは結構根が深いらしい。

 正直、地面を転がりまわってダダをこねたかったが、ただでさえ貴重な材料を届けてもらっているのにこれ以上のわがままは流石に言えないと自重。

 そのあと、連夜との話を終えて念話を切った玉藻は、連夜から材料を預かっていたリンからそれを受け取りレポート作成にもどることに。

 こうして、再びレポート作成を開始した玉藻は、鬼のような速さで実験を行いレポートの足りなかった部分を補正してレポートを完成させる。

 誰が見ても素晴らしい内容のレポートに、研究室は沸きにわきたちお祭り騒ぎ。誰からともなく打ち上げを行うことを提案。すぐにそれは決定事項となり、研究生達はぞろぞろと部屋を出て出発。

 しかし、玉藻はこの手の飲み会が大嫌い。

 いつも、興味ないからとか忙しいからと何かと理由をつけて参加を辞退。今日も人ごみに紛れてその場からフェードアウトしようとしたのだが、なぜか今日は逃走を拒否されてしまう。

 大学の敷地から出たところで、人の流れから自然な動きで離れ、狭い路地に逃げ込もうとしたところで両脇をがっちりホールドされて連れ戻されてしまったのだった。

 これが男達であったなら玉藻は容赦なく蹴飛ばして強引に脱出を図ったであろうが、自分の腕を掴んでいるのは入学当初に何度か世話になった上級生のお姉さん方。何かを物凄く言いたそうな視線を向けてきながら『今日だけは帰さないから』『絶対、事情を説明してもらうから』『いろいろと』『そう、いろいろと』などと言われて強制連行。

 なんだか妙に断りにくい雰囲気に流されて、なし崩し的に打ち上げに参加させられることになってしまったのだった。

 こうして打ち上げ開始から一時間が経過。

  早々に退席する機会を先程から伺っているのだが、席を立とうという気配を出しかけると、いろいろな方向からそれを押しとどめるかのように酒や料理を勧められたり、意見を求められたりして、なかなか機会が掴めない。


(んもう、いい加減早く帰りたいのに)


 予想通りというかなんというか。

 酒を飲むのは大好きな玉藻であるが、大勢の中でわいわい騒ぎながら飲むよりも静かに一人で飲むほうが好きなのだ。あるいは、ミネルヴァやリビー、くれよんといった仲の良い昔馴染みと一緒に飲むのも嫌いじゃない。

 一番いいのは言うまでもなく、大好きな恋人に給仕してもらいながら飲むことだ。世話好きな恋人になにくれとなくお世話してもらいながら、べろんべろんになるまで酔っぱらって、その勢いでそのまま『あはんうふん』いうのが何よりも大好きな玉藻である。正直最後の『あはんうふん』的なことはなしでもいい。恋人に抱きついて優しくよしよししてもらいながら眠るだけでも最高だと思ってる。

 まあ、ともかくこういう雰囲気の中で飲むのははっきり言って好きではないのだ。

 かなりうんざりして来ている玉藻は内心で大きく溜息をつく。

 そんな玉藻の内心を知るはずもない周囲の者達は、それぞれの思惑から玉藻を帰らせないようにあの手この手で退席を阻止しにかかる。

 特に彼女を取り囲むようにして座る研究生の男性諸氏の鼻息は荒い。今日こそは件のクールビューティを落として自分のものとすべく闘志に燃えているのだ。

 普段、飲み会には全く参加しない玉藻が、珍しく今日は出席しているのだから無理もない。その絶好の機会の到来に、我こそはと絶対零度のクールビューティ陥落を目指し、彼らは果敢にも突撃を繰り返している。


 まあ、勿論本人はそんな研究室の男性諸氏のことを歯牙にもかけていないわけであるが。


「まあまあ、如月さん、ひとつどうですか?」


「いらない、手酌でする」


 と、サンエルフ族のイケメン青年が差し出してくるビールの酌をあっさりと断り。


「じ、じゃあ、料理取りますよ、どれがいいすかね」


「自分でできるからいい」


 と、鬼族の体育会系のさわやか系青年が空の皿を持って聞いてくるのを一蹴し。


「き、如月さんて、どんな男性が好みなんですかね?」


「しゃべらない、うるさくしない男」


 と、魔族のいかにも知的な感じのするハンサムな青年を一刀両断。


 まさに群がる敵をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。

 その様子を少し離れた座席に座って観察している女性陣や、玉藻に興味のない爬虫類系や昆虫人系男性諸氏は、『いい加減諦めればいいのに』と憐みとも呆れともとれる視線で生暖かく見守っていたりする。

 しかし、当人である玉藻にしてみれば、もういい加減にしてくれという状態で、そろそろ我慢の限界だった。


 のべつまくなしに自分に構ってくる鬱陶しい男性諸氏を一喝すべく腹に力を入れる。


 そして、


「いい加減にしときなさい、この馬鹿者どもっ!!」


 女性と思われる絶叫が店内に響き渡る。

 その一喝で、店の中にいる人達は時間が止まったようにその動きを止めていた。

 注文を取りに走る男性店員さんも、料理を運んでいる女性店員さんも、玉藻に迫ろうとしていた男子学生達も、その男子学生達を見守っていた研究生達も。

 そして、玉藻自身も吃驚仰天してしばらく彫像のように動きを止めていたが、やがていち早くショックから立ち直り声のしたほうに顔を向ける。

 そこにはテーブルの上に仁王立ちして玉藻に迫る男性研究生達を睨みつける一人の女性研究生の姿。

 中級聖魔族出身で玉藻が入るまで研究室のエースだった人。彼女もまた玉藻と同じブエル教授の弟子の一人であり、いろいろな意味で先輩にあたる女性。


 シルキー・ダンタリオン。


 玉藻ほどではないにしろ、非常に優秀な彼女は、卒業後ブエル教授の秘書として仕える予定になっている。

 ブエル教授の研究室の絶対的エースが玉藻であるなら、彼女はみんなをまとめるリーダー的存在。そんな彼女の一喝であるから、流石の男性研究生達も無視することはできない。何度か口をぱくぱくさせて抗議の言葉を口にしようとしたが、彼女に一睨みされただけで沈黙。

 皆、すごすごと玉藻の包囲網を解いて、部屋のあちこちにちらばっていく。


「まったくもう、ここには合コンしにきているわけじゃないというのに。ごめんなさいね、如月さん」


 テーブルの上から音もなく降り立って周囲にもう一度睨みを利かせた後、シルキーは、ごく自然な動きで玉藻の横に座る。そんなシルキーに苦笑を浮かべて見せる玉藻。


「いえ、まあ、いつものことですし」


「『いつも』のことっていうのが一番問題なんですけどね」


 そう言ってもう一度ため息を吐き出したシルキーは、誰も使っていない空のグラスを玉藻に渡す。人から何かを渡されてもなかなか素直に受け取らない玉藻であるが、流石に尊敬する姉弟子のグラスを拒否するような無礼はしない。玉藻が黙って受け取るのを確認し、シルキーはそのグラスにビールを注ぎ込む。そして、自分のグラスにも注ぎ込み静かにそれを掲げてみせる。


「あなたのおかげで予想以上に素晴らしいレポートが完成しました。本当にありがとう」


「いえ。全ては自分の為に頑張ったまでのこと。お礼を言われるほどのことではありません。それに皆さんが自分に与えられた役割を果たしたからこそ、よいレポートがまとまったのですし」


「確かにそれもあるでしょう。それでも、あなたがまとめなければ、これだけ我の強い面々の研究結果はきちんとまとまらなかったはず。頑張りのおかげで私達はその恩恵に預かれるのです。感謝しないと罰があたります。それにもう一つ。絶対に手に入るはずがなかった、素材を提供してくださった如月さんの協力者にも感謝しなければ」


 そう言って意味ありげな視線を向けてくるシルキーに、玉藻は苦笑を深くする。

 自分と連夜が付き合っているということは知らないはずの彼女だが、恐らく素材の提供者が誰なのかは大体見当がついているはず。玉藻とシルキーが姉妹弟子であるように、連夜とシルキーもまた同じ師匠の下で学ぶ同門なのだから。彼女が連夜のことを知らないはずがないのだ。

 玉藻は追及の色を濃くするシルキーの視線に対し曖昧な笑顔を浮かべて見せる。


「まぁ、いいです。とりあえず乾杯しましょうか。我が研究室の絶対的エースと、影の協力者の方に」


『かんば~い!!』


 シルキーが音頭をとると、いつのまにか周囲に集まってきていた女性陣達が一斉にグラスを掲げて澄んだ音を響かせる。

 ようやく落ち着いて酒が飲める。そう思って気を緩め掛ける玉藻。

 だが、そうは問屋がおろさなかった。

 乾杯のあと、手にしたジョッキの中身を一気に飲みほした女性陣達が、怒涛のような勢いで玉藻へと殺到してきたのだ。


「ねぇねぇ、如月さん、『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を持ってきてくれた協力者の方って、恋人なんですか? そうなんですか?」


「どんな人なんですか?」


「イケメンですか? ブサメンですか?」


「どこで知り合ったんですか?」


「学生ですか? それとも社会人ですか?」


「年収いくらくらいですか?」


「もうやっちゃいました?」


「結婚するんですか?」


 次から次へとマシンガンのように浴びせられる質問の嵐。玉藻が答える間もなく次の質問が浴びせられる為、完全に会話として成り立っていない。

 実は女性研究生達のほとんどは、玉藻に恋人がいるという噂の真相を知りたくて知りたくてうずうずしていたのだった。

 だが、その真相を確かめようにも、玉藻にラブコールを送る大勢の男性研究生達に邪魔されて近寄ることもできない。今日はもう話を聞けないかと諦めかけていたところに、シルキーがうまく男性研究生達を追い払ってくれたものだから、これ幸いと殺到してきたというわけである。

 これには流石の玉藻もまいった。

 自分に対してよからぬ感情を向け強引に求愛してくる男性(一部女性)研究生達は、力づくで追い払うことができるが、質問のみで他に害がない彼女達はどうにも扱いに困る。

 隣のシルキーに助けを求めて視線を向けてみると、彼女は彼女で別の女性陣達に包囲されている。どうやら就職先がまだ決まってない者達がブエル教授のコネでどうにかできないかと頼みこんでいるようだ。

 シルキーの援護は期待できない。

 しかし、なんとかこの場から逃れたい。ともかくうるさくて仕方ないのだ。

 しばらく耳を抑えてこの喧騒から逃れようとしていた玉藻であったが、それでも収まらない女性陣達。

 流石の玉藻もとうとう堪忍袋の緒が切れた。

 目の色を変えて質問攻撃を続ける女性陣達をふりほどいてその場に立ちあがった玉藻は、大きく一つ深呼吸。

 武術で鍛えた呼吸法を繰り返し、腹の底で練り上げた力を口に向けてせり上げる。

 そして、渾身の一喝を放つべくその唇を大きく開きかけたその瞬間。


『ボガアアアアアッァン』


 轟く凄まじい爆発音。

 再びその店内はその時を止める。

 注文を取りに走る男性店員さんも、料理を運んでいる女性店員さんも、玉藻に質問を繰り返してい女性研究生達も、その隣で同じような状況になっていたシルキーも。

 そして、玉藻自身も吃驚仰天してしばらく彫像のように動きを止めていたが、やがていち早くショックから立ち直り音のしたほうに顔を向ける。

 どうやらこの部屋の中ではない。

 四つん這いで廊下のほうに移動してひょこっと顔を出す。

 だが、廊下でもないようだ。

 移動中の店員や客はみな、石像のようにかたまってしまっている。

 ではいったいどこで起きた音なのか?

 首をかしげしばし考え込んでいた玉藻であったが、廊下で動きを止めている人達の視線がみなある一点に向いていることに気がついた。

 部屋からそっと降りて靴を履き直し、そのままその視線の先へと向かう。

 するとそこには八畳くらいの座敷部屋。

 音を忍ばせて近寄った玉藻は、そっと部屋の中を覗き込む。

 まず玉藻の目に飛び込んできたのは部屋の中央に仁王立ちする一人の女性の姿。

 部屋の中だというサングラスをかけたその人物は、拳を振りおろした状態で制止。その目の前には左右に二つに割れたミスリル銀製のテーブル。

 どうやらさっきの轟音の正体はこの女性がテーブルをたたき壊したときの音だったようだ。

 それにしてもミスリル銀でできたテーブルを素手でたたき壊すとは。百八十ゼンチ近くある長身の玉藻に比べると女性の上背はだいぶ低く、また体系もほっそりしている。

 なかなか趣味のいい水色のワンピースに身を包み、黙って座っていれば清楚なお嬢様という感じの女性なのだが、サングラスの向こうに見えるその表情はお嬢様どころの話ではない。

 怒れる仁王そのものだ。

 その全身から立ち上る怒気を感じ、流石の玉藻も顔が引きつる。いったい何が彼女をここまで怒らせているのか。

 玉藻は、彼女から視線を外した彼女は、部屋の中を改めて観察する。

 部屋の中には他にも人の姿。

 中央で仁王立ちを続けるサングラスの女性の他に、その斜め右前に鬼族と思われる女性が一人、そして、斜め左前に猫型の獣人族の女性が一人。

 彼女達は座った状態のまま仁王立ちの女性を見あげ、物凄い表情で睨み合っている。

 そして、その彼女達の間に慌ててわってはいった一人の男性があわあわとそれを止めようと必死になっている。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ、ラブレス。頼むから冷静に話しをだな。セリーヌもしおんも、受けて立つみたいな顔するなって」


 その三人の間になんとか大きな身体を割り込ませた人物は、獅子頭に、堂々たる体格の巨漢で、どこかで見たことのあるような武人姿の男だった。

 武人は、仁王立ちする女性に対して土下座を繰り返した後、残りの二人に対しても両手を広げるようにして見せる。

 どうやら、残りの二人がサングラスの女性に力を行使しないように止めようとしているようだ。

 そんな感じで武人は自らの体で三人を止めようとする。

 だが、三人の女性達は一向にその闘気を鎮めようとはしない。いや、むしろ、どんどん強まっていっているのを感じる。

 無言で睨みあう六つの光。


 サングラスの女性は無言のまま拳を握りしめる。

 鬼族の女性は、膝の横においた刀に手を伸ばし、無言で鯉口をきる。

 猫型獣人族の女性は、懐に手を伸ばし無言で手裏剣を握りしめる。

 高まる緊張。

 それを察した武人が、なんとかこの場を抑えようと泣きそうな声で制止の声をかける。 

 

「さ、三人とも頼む!! ここは拙者の顔を立てて、なんとか納めてくれぬか。いくらなんでもここでの揉め事はまずい、師匠に顔向けができなくなってしまう」


 弱り果てた表情で頼み込むライオンヘッドのサムライであったが、その言葉に対し三人の女性はふんと鼻で笑うばかり。

 絶望的な状況に頭を抱えるばかりの武人の前で、いよいよ三人の女性の闘気が爆発しようとした。

 まさに、そのときだった。


「はい、そこまで! 三人ともそこまでです!」


 自分がよく知るその声に思わず視線を向けた玉藻は、声の人物の正体を知って呆然と呟いた。


「れ、連夜くん?」


 そう、まさしくそこにいたのは玉藻の大事な恋人、宿難 連夜その人。


「三人とも手を引いてください。お気持ちはわかりますけど、ここではダメです」


 玉藻がいるほうとはちょうど真逆。部屋の反対側から襖をあけて入ってきた連夜は、恐れる様子もなく四人の中に入っていくと、まず仁王立ちしているサングラスの女性の側に走り寄る。


「ラヴレスさん。兄の婚約者という立場であるあなたが一番悔しい思いをしているのはわかっていますが、ともかく一旦座りましょう。こんなことで怪我をしたってしょうがないじゃありませんか」


「り、りぇんりゃ~~」


 赤くはれ上がっているサングラスの女性の拳を包み込むようにして両手で持ち、治療の珠を使用する連夜。その後、連夜に優しい声でしばらくの間諭された彼女は、泣きながら彼に抱きついてその場に座る。


「セリーヌさんも落ち着いてください。あなたが一番兄と付き合いが長いことはよくわかっていますが、刀を抜いても何も解決しないって、あなた自身がよくご存知でしょうに」


「う・・・わ、わかってるわよ」


 武人の言葉には全く耳を貸さなかった鬼族の女性だったが、連夜の言葉は素直に耳に入ったらしく不貞腐れながらも刀を下に置く。


「しおんさんも、戦おうとしちゃダメです。あなたのお腹には赤ちゃんがいるんでしょ? まず、赤ちゃんのことを考えないでどうするんですか」


「わ、若様、すいません」


 決して強い口調ではなかったが、連夜の言葉にしゅんとなって項垂れる猫型獣人の女性。

 三人が三人とも落ち着いたせいか、部屋の中いっぱいに充満させていた闘気はみるみるうちに消え失せ、それを確信したライオンヘッドのサムライはほっと安堵の息を吐き出した。


「危ないところだった。ほんと間に合ってよかった。ただでさえギンコが集合場所忘れちゃうから探すのに時間かかちゃうし。やっと目的地に辿りついたと思ったら姉さんに説教されたりおちゃらけるギンコにお説教したり姉さんから事の次第を聞き出したり全然まじめに話を聞かないギンコにツッコミいれたりお父さんに応援を頼んだりやたら高額料理を頼みまくるギンコに支払い全部押し付けたりコンサートのリハーサルから逃げようとするギンコを捕まえたりマネージャーさんにちくったりそのまま引渡したり次逃げたら過去の恥ずかしい話を公共の念波に流すって脅したり泣きついてくるギンコを蹴飛ばして突き放したりでずいぶん時間かかちゃったよ」


 はふぅ~と大きなため息を吐き出しながら安堵した様子を見せる連夜に、ライオンヘッドのサムライ大治郎がなんとも言えない表情で視線を向ける。


「いや、来てくれて本当に助かったし、感謝するが連夜。なんか、遅れた原因の中にどうでもいいような内容が多数入っていたような気がするのだが、それは俺の気のせいだろうか?」


「気のせいです」


 キリリと真剣な表情になってキッパリハッキリ大治郎のツッコミをかわす連夜。ただ、部屋の外から連夜を観察していた玉藻だけは、彼の額から流れ落ちる一筋の冷や汗を見逃しはしなかったが。


「まあ、それはともかく」


「『ともかく』なのか? なんか一人やたらツッコミどころ満載の人物の名前が列挙されていたような気がして気になってしょうがないんだが」


「話の大筋にはキッパリ関係ないので、今は流してください。尺も足りないので、話を進めたいと思います」


 そういって尚も突っ込んでくる大治郎の追及をすっぱり打ち切った連夜は、彼から視線を外し、改めて部屋の中の三人の女性達と相対する。


「すいません、本来部外者である僕に、この中に入る資格はないことは重々承知しております。ですが、このままでは誰一人納得もできず幸せにもなれないと思ったもので、お節介ながら立ちいらせていただきました」


 そう言ってきちんと正座をして頭を下げる連夜の姿に、三人が三人とも慌てて頭をあげるよう口を開く。


「れ、連夜が頭を下げることじゃないって」


「そうよ。それにあなたは大治郎の弟のわけで、私もあなたのことを実の弟だと思ってるわ」


「若様に頭を下げて頂くなど、とんでもない話にございます」


「いえ、兄大治郎の不始末の所為で皆さまにご迷惑をおかけしているわけですから、これくらいは当然だと思っています」


「「「いやいや、そんなことないない」」」


 計ったように一斉に首を横に振る三人の女性達の姿に、連夜は少し笑みを作ったがすぐに真剣な表情へと変化させる。


「早速で申し訳ないのですが、すぐに本題に入らせていただきます。単刀直入に言います。皆さん、それぞれが言いたいこと思ってることがございましょうが、ここは一旦引いてはいただけないでしょうか。ここで胸のうちを全部吐き出すというのも一つではありましょうが、それで今はすっきりしてもどう解決するかの結論は出せないと思うのです。兄、大治郎の頭の中にもこれといった名案はないと思いますし」


 そう言ってちらりと横に座る獅子のサムライに視線を向けると、そこには妙に自慢げに胸を張ってゆっくり頷く姿。

 そんな兄の姿に、もう一度ため息を吐き出した連夜は、申し訳なさそうに身を縮める。


「すいません。皆さんのほうがよくご存知かもしれませんが、兄大治郎は戦以外のことはてんでダメなものですから」


「うむ。まったくもってその通り」


「兄さん、そこは威張っていうところじゃないからね。こ、こほん。ともかく、一応、皆さんは今の現状についてご理解いただいていると思います。破天荒な兄を見捨てることなくいつも優しく見守ってくださっている婚約者であるラヴレスさん、男性でも危ない戦場を共にし長年兄の相棒を努めてくださっているセリーヌさん、そして、いつも怪我ばかりしている兄の世話をしてくれているしおんさん。皆さん、本当に兄には勿体ない方ばかりと思っています。ですが、『一夫一妻』でないとダメだ思っていらっしゃる方、『多夫多妻』でもいいが子供はほしくないと思っていらっしゃる方、正妻にはこだわっていないが一番近くにいたいと考えていらっしゃる方と、皆さん考え方がかなり違うと認識しており、まずは公正な第三者が個別でその意見を聞いてまとめる必要があると思うのです」


 そう言って三人の女性と獅子サムライを見渡す連夜。

 みな、一様に腕を組んで考えていたが、やがて、代表するかのように大治郎が口を開いた。


「それはわかったが、その第三者は誰になるのだ? ま、ママ上は勘弁してほしいぞ。最終的には良い結果になるやもしれんが、理由も説明せずに『こうしろ』っていきなり断言するからな。二十年以上あの人の息子をやっているから一応信頼しているが、結構変則的で突拍子もない解決策を提示されるからなかなか納得できんのだ」


「まあ、確かにね。でも大丈夫、第三者は皆さんも納得できる人選のはず。うちのお父さんには必ず出席してもらって、ラヴレスさんには先代正宗のマクラウドさん。セリーヌさんには暁の旅団の団長坪井師匠。しおんさんにはねこまりも婦人会会長のみけおばさんに立ち会ってもらうから」


「「「「ふ、ふむうう」」」」


 連夜が今出した名前はいずれも三人の女性が実の親同然に信頼している者ばかり。それでもしばらく三人は腕を組んだままうんうんうなり続けて考えていたが、結局、連夜の誠心誠意のこもった説得についに折れ、彼の案を承諾。

 とりあえずこの場は解散ということとなった。


「やれやれ、まあ、流血沙汰だけはさけられてよかった。みんな僕にとって大事な人だし、兄さんにしてみれば言うまでもないだろうしね」


 四人を促して部屋からでた連夜は、大きくため息を一つついた後、真ん中に立つ兄のほうを向く。


「兄さん、会計は僕がしておくから、三人を送ってあげて。はい、これ兄さんの財布。別に泊ってくるなら泊ってきてもいいけど、帰ってくるなら一応鍵は開けておくから、いつものように裏口から入ってきてね。あと、次の出発の為の準備は僕がしておくから、それについては心配しなくていいから。事故とかには十分気をつけてね」


「れ、連夜??!!」


 弟の気遣いに、思わず連夜を抱きしめて頬ずりする大治郎。

 そんな大治郎の姿を見た女性三人のうちの二人が、冷やかな視線を男に向ける。


「「ブラコン」」


「はう!!」


「はいはい、もう行って行って。ラブレスさんも、セリーナさんも気をつけて帰ってくださいね。しおんさんは身重なんだからあまり無理しないように」


 心から気遣っていると思われる優しい声で言われ、三人の女性は顔を見合せて苦笑し、連夜のほうを見る。


「ありがと、連夜くん。そう言って心配してくれるのは連夜くんくらいよ。それにしても、連夜くん、お願いだからそこのバカをもうちょっと突き放してちょうだい。ブラコン病がますますひどくなっていくから」


 セリーナの言葉に、力強くうんうんと頷くラブレス。


 その言葉にしばらく横にいる兄をなんともいえない表情で見つめていた連夜だったが、やがてしっかり頷いた。


「わかりました。あまり甘やかさないようにします」


「え、ちょ、れ、連夜くぅん? お、お兄ちゃん、それはちょっと悲しいんだけど・・」


「はいはい、行くわよ大治郎」


 と、悲しげな表情で連夜に抗議しようとした大治郎だったが、両脇をがっちりと二人の女性にホールドされて、ずるずると引きずられながら連行されていってしまった。

 そのあとに遅れて続く形になったしおんが一人振りむいて深々と一つお辞儀し、すぐに大治郎達を追いかけていった。

 三人を見送った連夜は深い溜息を一つついて、がっくりと肩を落とす。


「おい、いまの『暁の咆哮』の・・」


「ああ、『『貴族』殺しの獅子皇』だよな、あれ・・」

 

 玉藻を追いかけてきていた学生達が、去っていく大治郎達の後ろ姿をみながら茫然とつぶやく。


「すんごい、有名人見ちゃったわね、ラッキーというか」


「しかし、英雄色を好むってほんとなんだなあ・・連れていた女、三人ともすんげえ美人だったよな」


「まあ、一人はサングラスかけてたからよくわからないけど」


「とんでもねえスタイルしてたわね、ボン キュッ ボンって」


「いいなあ、俺もあんな風に取り合いされてみてえ」


 有名人が繰り広げるドラマのようなスキャンダラスな現場を目撃することができて、興奮気味に話す学生達。

 玉藻のことはそっちのけで、今見た内容を自分達なりに推測して想像した内容を口々に話あっていたのであるが、そのうち、学生の一人があることに気がついてぽつりとつぶやいた。


「ところで、あのガキんちょ何者?『獅子皇』達に偉そうに説教垂れていたけど」


「よく見ると人間じゃねえ、あいつ?なんでこんなところにいるんだろ。ああ、やだやだ」


「さっさと行けばいいのにさ。酒がまずくなるぜ」


 と、ぞろぞろと部屋の中に学生達が戻りだしたとき、ガンッと物凄い鈍い音が部屋の中に響いた。

 戻りかけた学生達が一斉にその音がしたほうに視線を移すと、そこには見たこともないくらい憤怒の表情を浮かべてこちらを睨みつけている玉藻の姿があった。

 握りしめた拳は畳の上を殴りつけていて、いったいどれほどの衝撃があったのか、畳からはぶすぶすと不気味な白煙があがっている。

 その様子を見た学生達は一斉に顔を青ざめさせる。

 そして、それらを一通り睨み倒してから、玉藻は不気味なくらい美しい笑顔を浮かべて口を開いた。


「あれは私の彼氏で婚約者なんだけど・・なんか、文句あるのかしら?」


 文句がある奴は、いますぐかかってこいといわんばかりに冷徹な怒りに彩られた声に、誰も声を出すことができない。

 その様子を一通り見て、馬鹿にしたような表情を浮かべた玉藻は、自分のカバンを取って立ち上がり部屋をあとにしようとする。


「じゃあ、そういうことで、私は彼氏と先に帰ります。お疲れ様でした。連夜く~ん!!」


 廊下に群がる学生達にぺこっと一礼したあと、まだ廊下の端っこで何やら考え込んでいる連夜へと駆け寄っていく。

 そこには学生達が一度も見たこともないような、艶やかで嬉しそうで、そして、なんとも美しい笑顔が浮かんでいた。


「え! え? なんで、ここに玉藻さんが!?」


 近づいてくる自分の愛しい人の姿を見つけ、心底驚いた表情を浮かべる連夜。


「えへへ、愛の力かも」


 と、物凄い嬉しそうな顔で抱きついてくる玉藻に、ちょっと戸惑う連夜だったが、すぐに嬉しそうな顔になって抱きしめ返す。

 しかし、すぐにここが店の中でたくさんの人の目があると気づいて慌てて身体を離す連夜。


「あ、あの、ちょっと流石にここは恥ずかしいです」


「え?、私は別に恥ずかしくないよ」


 不満そうな顔をする玉藻に、連夜は困ったような嬉しいような複雑な表情を浮かべるのだった。


「ところで玉藻さんは、どうしてここへ?」


「ほら研究レポートまとめているっていったでしょ。連夜くんのおかげでそれが完成したから打ち上げにきてたのよ」


「え、終わったんですか? すごいや玉藻さん。あの実験、そんなすぐに終わって結果がでるものじゃないのに」


「えへへ、まあ、そんなことあるけどね。もっと褒めて褒めて」


「すごいですすごいです。美人で優しいだけじゃなくて頭もいいなんて、玉藻さんはやっぱ女神ですね」


「でへへ、そんな女神だなんて。でも、そうだとしても私は連夜くん専用の女神だからね」


 褒めて褒めて褒めちぎる連夜の言葉に、タコのように身をくねらせますますその体に絡みつく玉藻。昼間、思うようにいちゃいちゃできなかったものだからここぞとばかりに纏わりついているのだった。


「それにしてもまだ打ち上げ途中なんでしょ? もどらなくていいんですか?」


「あ、いいのいいの。もういい加減うんざりしてたところだから」


 連夜が玉藻の背後に目をやると、玉藻の衝撃の言葉が信じられなかった学生達がぞろぞろ部屋の外に出てきており、連夜と玉藻の様子を見てあんぐりと口を開いて固まってしまっている。

 その様子を見た玉藻は、軽蔑したような怒ったような視線をそちらに送ると、わざと見せるつけるように連夜の腕に絡みついて見せる。


「連夜くん、帰ろ、お兄さんのお会計したら帰るつもりだったんでしょ?」


「げ、あれ見ていたんですか?」


「うん、ばっちり。お兄さんもてるのね」


「あはは。それならそれで弟を巻き込まないできっちり自分の力だけで決着をつけてほしかったんですけどね」


 そう言って苦笑する連夜を、愛おしくてたまらないという表情でしばらく見つめていた玉藻だったが、やがて腕を引いて、早く行こうと促す。

 連夜はそんな玉藻に、嬉しそうに頷くと、玉藻の研究室の面々と思われる学生達に頭を下げて見せて、玉藻とともにその場を去っていった。

 残された学生達、特に玉藻目当てでこの場所に来ていた男子諸氏は、しばらく呆然とその場に立ち尽くしていたが、やがて、心を一つにして絶叫するのだった。


『う、うそだああああ!?』


 連夜は入口の会計所で、兄達が飲み食いした代金を支払い(目が飛び出るほど高かったので、あとできっちり請求するつもり)店を出ると、玉藻と共に歩きだした。

 すでに二十二時を過ぎていたが、流石に都心だけあって人通りは相変わらず多い。

 と、言っても『サードテンプル』北側は大人向けのエリアで、連夜のような高校生の姿はほとんどみないわけであるが。

 念気の一世代前の動力機関、念気と同じ害獣に感知されない無害なエネルギーである錬気を使ったお洒落な街灯が立ち並ぶモダンなレンガ造りの道を、人ごみをさけながら歩いていく。

 自分にぴったりくっついて歩いている横の玉藻の横顔を見る連夜。

 それに気づいた玉藻が、怪訝そうに連夜の方を見てくる。


「え、何? どうしたの、連夜くん」


「いや、玉藻さんって、当り前だけどモテルんだなあって」


 苦笑交じりにそういう連夜に、ちょっと慌てる玉藻。


「やだ、何言ってるのよ、連夜くん」


「いや、昼間ね、大学で物凄い数の学生達に絡まれたんですけど。みんな玉藻さん目当てだったみたいで」


「あ、そうだ。大丈夫だったの連夜くん。怪我とかしてない?」


「ええ、大丈夫です。超アホの残念さんだけど、喧嘩だけは馬鹿強い馬鹿が一緒にいましたから」


「何それ? どんな人なのよ、その人」


「まあ、一言でいうと『残念』? 二言で言うと『超』『残念』?」


「どんだけ残念なの?」


「まあ、それはともかく、大学のときに襲ってきた学生さん達も、あの部屋から覗いていた人達も、全部玉藻さん目当てだったでしょ? 結構、かっこいい人もいたし」


「あれ?? やきもちやいた?」


 冗談っぽく聞いてみたが、連夜は真剣な表情を浮かべて見返してきた。


「はい、結構。嫌な気持ちですね、これ、すっごい自分が嫌な奴って思えます。玉藻さんがなびくわけないって、わかってるんですが、どこかで疑ってる自分がいるんです。もしかするとって。まだまだ修行が足りない、お子様ですね、僕」


 すごい苦しそうなそれでいて悔しそうな表情で、もうあからさまにストレートに自分の気持ちを伝えてくる連夜に、玉藻はもう嬉しいやら苦しいやら愛しいやらどうしていいかわからず、とりあえず連夜の腕を引っ張って止めると、路地の人目に付きにくいところに連夜を引きづりこむ。

 そして、呆気に取られている連夜を正面から抱き締めると、思いきり深く唇を重ねる。

 絶対放すもんかっていう想いをこれでもかと込めて、連夜のそれをしばらく貪り続け、ようやく連夜を解放した玉藻は、潤んだ瞳の中に物凄い真剣な色を湛えて連夜をまっすぐに見た。


「連夜くんは私だけのものだけど、私も連夜くんだけのものよ、他の誰のものでもないと約束するわ。もし私が連夜くん以外の誰かに心を奪われることになったら、迷わずに自分の心臓を引きずり出して死んでやる」


「玉藻さん」


「だから、連夜くんも他の誰かのものになっちゃダメ!! 私だけのものよ、誰にも・・・誰にもわたさない!!」


 そう言って、再び連夜を強く抱きしめると、もう一度その唇を重ねる。

 今度は連夜も応えてくれて、二人はしばらくお互いを存分に確認しあう。

 そして、大分たってからお互い離れた二人は、同じような幸せそうな表情を浮かべてほほ笑みあった。

 なんとなくこのままここにいたかったが、下手すると最終念車に間に合わなくなってしまうので、仕方なく再び表通りに出ていく。

 今度は腕ではなく、手をつないで歩きだす二人。

 ちょっと上気した顔で横を歩く玉藻のほうを見た連夜は嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「あの、玉藻さん・・」


「ん? 何、連夜くん。」


「さっきのあれ・・嬉しかったです。えへへ」


 自分にとってはまさに凶器としか思えないような連夜の笑顔をまともに見てしまった玉藻は、ドキドキしっぱなしの胸を押さえながら急いでそっぽを向く。

 そして、心底恨めしそうに連夜に声をかけるのだった。


「ちょ、ちょっと連夜くん、あんまり今、私を挑発しないで、お願いだから。これでも結構いまいっぱいいっぱいなのよ。正直、油断すると、私、間違いなく連夜くん連れてホテルに直行しちゃいそうだもん」


「えっと」


「それかこのまま私の家に行くのでもいいんだけど?」


「いや、流石にそれはダメでしょ。平日ですし、僕も玉藻さんも明日は学校です」


 やんわりと断る連夜だったが、結構その中に残念な響きがあるのは玉藻の気のせいではないと思う。

 連夜は連夜で、玉藻を大事にしたいからこそ、そこに踏み込まないようにしているに違いなかった。

 そういう年下の恋人の心づかいは嫌いではなかったので、とりあえず今日のところはおとなしく引き下がる。

 今までの人生で相当苦労してきたに違いない年下の恋人は、妙に老成しているところがあり、恐らく先の人生設計まで考えて自分と付き合っているんだろうということはわかっている。

 が、しかし、それはそれ、これはこれである。

 きっともしもの場合のことを考えて、布石を打っていたりするんじゃないかなぁとは思うのだが、流れに身を任せることも大事なことだと玉藻は思っている。

 と、いうことで覚悟しておきなさいよと、心の中で連夜に宣戦布告していたりする玉藻であった。

 連夜と自分の間の愛に、結果が付随してきたとしても玉藻は絶対に後悔しない自信がある。


「あ、あの、玉藻さん?」


 じっと玉藻が自分を見つめていることに気がついた連夜が、なんだか困ったような表情を浮かべてこっちを見ている。


「え、何?」


「いや、いま、すっごい邪悪な表情されていましたけど、何、考えていらしたんですか?」


「・・いや、別に・・」


 物凄い怪しい態度で慌ててソッポを向く恋人を、しばらく困り果てた表情で見ていた連夜だったが、やがて何かを悟ったような表情で溜息を一つついて追及を諦めた。

 そして、聞こえるか聞こえないかの声でぼそっと呟くのだった。


「僕だっていやじゃないんですよ。でも、できるなら玉藻さんをちゃんと守れるようになってからにしたいんです。兄さんみたいにできてから慌てるんじゃなくて、ちゃんとみんなに祝福される状態でそのときを迎えたいんです」


「え、連夜くん、今、何か言った?」


「ううん、何も言ってませんよ。ほら、急ぎましょう、念車に間に合わなくなってしまいます」


 と、わざと手を引っ張って駆け出そうとする連夜を、溜息交じりに見ながら、玉藻も聞こえるか聞こえないかの声で呟くのだった。


「嘘付き、ちゃんと聞こえてるわよ、もう。でもね、私ももう我慢しないもんね。私が連夜くんを守るんだから。ううん、連夜くんも、そして、私達の愛の結晶も。どっちも守って見せる。だからいいよね」


「玉藻さん、何か言いました?」


「ううん、何もいってないもん。あ、ほら、快速念車、もう来るわよ!!」


「ああ、や、やばい!!」


 慌てふためきながら駈け出して行く二人だったが、その表情はなぜか幸せそうだった。



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