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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
145/199

第十六話 『女王様の恋人』 その6

以前から悩んでいたことですが、あまりにも話の展開が遅いので次の第十七話から以前の一話完結に近い形にもどそうと思っています。

とりあえず今の第十六話は、最後までこの形態でいきますけどね。

一応、第十六話は次のその7で終わる予定です。

 与厳大学が誇る二大美女の一人にして、『氷壁の女王』の異名を取る二年生如月 玉藻。

 己の恋人、あるいは伴侶とすべく彼女を狙っている学生は決して少なくない。

 いや、むしろかなり多いといってよい。

 下手をすれば一流モデルすら凌駕してしまう程の容姿はいうまでもなく、成績は大学トップクラス、生まれも上級種族の上位にあたる霊狐族。また大学のみならず政界、財界にまで影響力を及ぼすほどの力をもった名物教授ブエル・サタナドキアの弟子である彼女は、そのツテで多くの人脈にも恵まれているという。

 まさに珠玉の大宝。

 彼女を手に入れることができれば、いったいどれほどの力を手に入れることができるだろう。

 それだけに彼女を求める者達は後を絶たない。いや、それどころか増える一方である。『氷壁』という異名通り、彼女に声を掛けてもそう簡単には彼女はなびかない。と、いうよりも今のところ一人として成功した者は存在しない。大概、素っ気無い口調で振られるか、しつこく言い寄って蹴り倒されるかのどちらかである。

 だが、そうやって手ひどく振られる姿を大勢の者が目撃しているはずなのに、彼女を求める者は全く絶えない。中には振られたはずなのに未だにアタックし続ける者も数多くいるほど。

 まさに圧倒的なカリスマである。

 そんな彼らの元に今日、恐るべきニュースが届いた。


 『氷壁の女王』の恋人がこの大学にやってくる。


 聞き流すことなど出来るはずがなかった。

 やってくるということは、その人物はこの大学に在籍しているわけではないということだ。

 彼らが通うこの都市立与厳大学というところは、各種族、各分野のスーパーエリート達が集まる場所である。ちょっと名の知れた程度の実力しかない者では、到底敵わないような非常に高い学力と技術力を持つ者達の吹き溜まりなのだ。

 なのに。それなのにである。

 そんな彼らですら一蹴され続けているというのに、その彼らを押しのけて女王の心を奪い取ったのは一体どんな輩だというのか。

 如月 玉藻を狙う者達はこのニュースを聞いて一斉に色めきたった。

 見極めてやる。絶対に自分の目で見て見極めてやる。場合によっては、力尽くで排除してやると。

 ある者は校門で待ち伏せ、ある者は玉藻が所属するブエル教授の研究室に張り付き、ある者は玉藻の親友でもう一人の大学のアイドルであるミネルヴァ・スクナーの周囲に近付いて待つ。

 そうやって、『氷壁の女王』の恋人の到着をいまや遅しと手薬煉引いて待っていたのであるが、そんな中のごく一部の者達。

 ひょっとすると自分達を恐れて裏門からこそこそと現れるのではないかと予想した者達がいた。

 彼らは他の者達から離れ、大学にいくつか存在する裏門のあちこちに身を伏せ、そして、待った。

 そして、ついにその標的を見つけることに成功する。

 場所は大学きっての曰くつきの場所、『奴隷門』。

 金髪、白衣、そして狐耳に三本の立派な毛並みの狐の尻尾。

 いつ見ても美しい、この大学のアイドル、如月 玉藻その人に抱きつかれている小さな人影。

 年齢はどうみても高校生くらい。不細工ではないがイケメンでもない。どちらかといえばかわいらしい顔つき。

 『獣人』系種族の特長である獣の耳や尻尾はなく、かといって『聖魔』族系種族の特長である角や翼といったものもない。耳も尖ってないし筋肉質でもない。エラもヒレもなければ、外骨格もない。上級種族の者ならば、必ず魔力や霊力といった『異界の力』の発現が見られるものであるが、それも一切見られない。

 どこからどうみても完全完璧な劣等最下層種族。

 穴が開くほど目の前の少年を観察し、ついに彼らのほぼ全員が同じ結論にたどり着いたとき、彼らは自らのうちに湧き出る怒りを抑えることができなかった。


 こんな奴が、我らの女王に選ばれたのか・・・と。


 理性を失くした暴徒と化して、玉藻に思いを寄せる学生達が少年めがけて殺到する。

 相手は彼らが言うところの女王である玉藻の想い人であるかも知れず、彼を害することがそのまま自分達の印象を更に下げることになるとわかっていたはずなのに、彼らは自分達を抑えることができなかった。

 恐ろしい惨劇が始まる。


 だが。


 それは少年の身に降りかかる不幸を差しているわけではない。

 惨劇の被害者となったのは、少年に襲いかかった学生達自身であった。


 彼らが不幸であったことは、少年のすぐ側に立っていた人物が、彼らがよく知る彼女ではなかったことであろう。

 もしも、少年のすぐ側に立っていたのが彼女であったのならば、ここまでひどい仕打ちを受けることはなかったはずなのだ。

 もしも、少年のすぐ側に立っていたのが彼女であったのならば、さんざん蹴り飛ばされて半殺しにされはしたであろうが、それで終わりであったはずだった。

 だが、残念なことに。

 少年のすぐ側に立っていたのは、彼女ではない。

 彼女に本当によく似てはいたが、彼女本人ではなかった。

 蹴り技だけしか使わず武器を一切使わない彼女とは違う。

 その美女は迫り来る暴徒達の姿を見るや、氷のような笑顔を浮かべ白衣の下から大振りの軍用ナイフと暴徒鎮圧用電磁トンファーを取り出したのだ。

 そして、学生達の誰一人として見たことのない格闘術を駆使して彼らを迎え撃つ。

 それは南方に伝わる軍隊格闘術。

 人体の急所と関節部分のみを正確に狙い撃ち、短時間で相手を無力化する恐ろしい武術。

 いや、武術というよりも暗殺術に近い。密林の奥深くに位置するある城砦都市で生まれたこの武術は、気配を消して相手に肉薄し相手に行動の自由を一切与えることなく倒すことを極意としている。

 そのため、この武術による攻撃を受けた相手はほぼ間違いなく動けなくなるのである。

 気力が尽きて動けなくなるわけではない。物理的に動けなくなるのだ。急所をつかれ悶絶し、あるいは関節を外され壊され動けなくなる。

 そんな恐ろしい武術を、凄腕の傭兵でも見せられないような凄まじい動きで使いこなすのである。いくらエリートの集まりといえど一溜まりもない。暴徒達の半数以上がああっと言う間に無力化されて地面に転がり、そして・・・


「や、やめてやめて! お願いだから、やめてぇぇぇっ!!」


 校舎の間を響き渡る悲痛な少年の叫び声。

 目の前で繰り広げられる無残極まりない光景に思わず悲鳴をあげてしまったのだ。だが、そんな少年の懇願の声も空しく、断罪者は次々と刑を執行していく。

 軍隊格闘術で悶絶させた相手に近寄り、次々とその下半身を包む布を軍用ナイフで切り裂き剥ぎ取る。そして、白衣の中から取り出した大学ノートくらいの真っ白な紙に、どこからともなく取り出した筆でさらさらっと文字を書き、男性のとても表現できないような場所に貼り付けていく。

 口を大きく開けたまま、真っ青になって固まる少年の目に飛び込んでくる東方文字。

 白い紙には達筆な文字でこう書かれていた。


『粗品』


 と。


「お~い!! 何書いてるの!? ってか、玉藻さんの顔で何てことしてくれてんのさ、このバカきつね!!」


 何を言ってもやめようとしない狐美女にたまらず駆け寄ってその腕を掴むのは、被害者になるはずだった少年、宿難 連夜その人である。

 数が減ったとはいえ、未だ襲撃者達が周囲を取り囲んでいる危険な状態であるが、とてもこのまま黙ってみているわけにはいかなかった。勿論、それは襲撃者たる学生達に対してではない。恐ろしい罰を与え続けている処刑執行人である狐美女に対してだ。


「何してるのって、見たらわかるでしょ? 二度とふざけたことができないようにお仕置きをしてるんじゃない」


「ダメでしょ! どう見てもこれやりすぎだから! そもそも『粗品』ってどういうこと? いったい何と比べたの? ただでさえ肉体的にお仕置きされているのに精神的にさらに追い詰めるってどんだけ鬼なの!? ってか、何その『空き缶はお○の中に』って貼紙はどういうこと!? そこは出すところで入れるところじゃないからね! そもそも空き缶なんて入らないから! 絶対に無理だから! お願いだからそんなのはらないであげて!」


「いや、頑張れば入るかもしれないし」


「頑張らせないで! かわいそうだからやめてあげて! あと、その『男性専用』って貼紙もダメでしょ! 本当に『男性専用』の人がよってきたらどうするの!?」


「温かく迎えてあげればいいんじゃないかしら?」


「無理だから! 絶対温かく迎えられないから! そもそもそういう趣味の人は玉藻さんに告白したりしないからね!」


「大丈夫、愛さえあれば同性だろうが、異性だろうが、両性だろうが、両棲類だろうが全然いける!」


「ちょっと待て、いま最後にさらっと両棲類っていったよね? 明らかにそれ僕らと生態系の違う人だよね? かなり無理があるよね」


「いや、案外『このぬるっとしているところが、いいかも』って思うかもしれないじゃない」


「じゃあ、一回君が試してみてくれる? 両棲人類の方とお付き合いしていけるかどうか感想聞かせてみてよ。そうしたら僕も考えを改めるから」


「そうね、それもいいかもしれないわね。・・・だが、断る!」


「断るんかい!? 結局、無理なんでしょうが!」


「当り前でしょうが! 私、カエルとか大っきらいなのに付き合えるわけないじゃない。愛さえあれば両棲人類ともつきあえるって、頭おかしいんじゃないの?」


「君が言いだしたんじゃあっ!! 僕じゃなくて、君が言いだしっぺでしょうがぁぁぁ!! ってか、いい加減男の○間に貼り紙を貼るのをやめなさい! そこは貼り紙貼る所じゃないから! 」


「何、あまっちょろいことを言ってるのよ。これは見せしめよ。一罰百戒よ。私だってやりたくてやってるわけじゃないの。でも、これは必要なことなの。私達下級種族と呼ばれる者達が、こいつらのような自称『上級種族』に舐められないように生きていくために、どうしても必要なことなのよ。あなたならわかるでしょ、連夜」


「それは・・・」


 狐美女の横顔に浮かぶなんとも言えない哀愁の色。それを見てしまった連夜はツッコムことをやめてしまう。彼女と連夜は幼いころからずっと長い時間苦楽を共にしてきた間柄。顔を合わせれば、喧嘩することもたびたびではあるが、それでも心のどこかでお互いを大切に思っている。だからこそ、その彼女の言葉に胸をうたれた連夜は、同じように真剣な表情で彼女に謝罪の言葉を口にしようとした。


「ごめん。君がそこまで考えてやっていたとは思わなくて、ついいつも以上に強い口調でツッコミを・・・」


「みてみて、連夜、この貼り紙。『短く小さいですが、何か問題でも?』って。自分で考えたネタだけど、超ウケルんですけどぉっ!!」


「って、思いっきり楽しんでいるやないかい!! やりたくてやってるわけじゃないって、どうみてもやりたくてやってるよね? 君、ただのドSだよね!? それとも鬼か、悪魔か、女王様か!?」


「アイドルですけど、何か問題でも?」


「そんな、アイドルはいねぇわぁっ!!」


 懸命に制止しようとする連夜の健闘も空しく、狐美女は容赦なく貼り紙貼りを続行。思いだしたようにたまに襲いかかってくる学生達も危なげなく返り討ちにし、新たに倒した獲物の下半身も他の学生達動揺容赦なく丸裸にして貼り紙を貼りつける。

 気がついたときには、『奴隷門』前の広場は、下半身丸裸で○間に貼り紙を貼りつけられた犠牲者達で埋め尽くされてしまっていた。

 あまりにも凄惨、あまりにも無情、そして、あまりにも笑える光景に、生き残った学生達は慄くばかり。

 

「お、おい、やっぱ『氷壁の女王』が壁になってる限り無理だって」


「ああ、空拳格闘部のブラスも一撃でやられたっていうしな」


「やられるだけならともかく、下半身丸出しであれ貼られたら男としてお終いだ」


「ってか、いくらなんでもあれはやりすぎじゃね?」


 狐美女の攻撃範囲から十分に距離を置いたところに集まった生き残り達。青ざめた顔をつきつけあってひそひそと話し合う。そこには戦意や闘志の欠片もない。それを横目で観察していた狐美女と連夜は、騒動の終息を予感したのであるが、しかし。

 生き残った学生達の中にいたある一人が、気がついてはいけないことに気がついてしまう。

 それは。


「な、なぁ」


「ん、どうした?」


「今、気がついたんだけどさ、如月さん、なんか、胸ちっさくなってないか?」


『!?』


 その言葉に促され、生き残った者達は一斉に狐美女の方を注視する。


「た、確かに、明らかに小さいな」


「全体的にスタイルはむしろよくなっている気がするが、しかし」


「ああ、腰も腕も太ももも細く引き締まっているが、胸やおケツが」


「小さい・・・っていうか、むしろ『ぺったん』?」


『!!』


 学生達の間に戦慄が走る。いや、学生達の間だけではない。少し離れたところに立つ連夜と狐美女のところでも同じように戦慄が走っていた。

 学生達はひそひそ話のつもりでいたようだが、その会話の内容は連夜達のところにもはっきり聞こえてしまっていたのだ。特に最後に発せられた言葉。その言葉を聞いた狐美女はしばらくの間、あまりの怒りと羞恥で体をうち震わせていた。


「なによ、なによ。そんなにおまいら、おっぱいが好きか、巨乳が好きか。あんなの脂肪の塊なのよ。体重は増えるし肩こるしエロイ目で年がら年中オヤヂ達からみられるし、何一ついいことなんてないのよ。色白の美顔とか、この細い美脚とか、つばさのような腕とかもっとみるとこあるでしょうが。胸とか尻とかばっかり目で追いやがって、ふざけんなふざけんなふざけんなチクショー。なんで顔は同じなのに、こんな扱いを受けないと・・・あれ? 顔が同じ?」


 恨みつらみの籠った恐ろしい声音でず~~っとブツブツ、ブツブツ呟いていた狐美女。だが、あることに気がついて、その表情を一変させる。

 狐美女の様子をずっとうかがっていた連夜は、心配になってその顔をそっと覗きこむ。

 するとそこには、今まで彼が一度として見たことがないような邪悪な笑みが広がっていた。

 嫌な予感が背中を走り、咄嗟に狐美女を止めようとする連夜。だが、それはあまりにも遅すぎた。彼女は、そのうちから湧き出た恐ろしくも邪悪な一言を口にしたのだ。

 

「みんなにはずっと隠していたけど、実は私・・・パットをいれていたの!!」


『え? ・・・えっ、えええええっ!』


 突然のカミングアウトに、その場は一気に騒然となる。

 慌てふためいたのは学生達ばかりではない。真横にいる連夜は、彼ら以上に慌てふためいていた。


「ちょっ! おまっ! 待て待て待て!」


 パニくりそうになるのを何とか抑えた連夜は、隣に立つ美女がこれ以上とんでもないことを口走らないように慌ててその口を押さえようとしたのであるが。


「しかも一個じゃないわ。四つくらい重ねて入れていたの!」


『四つもっ!?』


「コラーーーーーーッ!」


「大きく見せたかったの! 女の見栄なの! ほんとは『ぺったん』だったのぉっ! Aもないくらい『ぺったん』だったのぉっ!」


『そ、そんなぁぁぁっ!?』


「いい加減にしろっ、玉藻さんの顔でうそくそ言うなぁぁぁっ!!」


 笑撃の・・・いや衝撃の告白に打ちのめされた学生達はがっくりと肩を落としその場に跪いてしまう。そして、それは、告白を行った狐美女本人もだった。


「言ってやった。言ってやったわ。これで、如月 玉藻は今日から『巨乳美女』じゃなく『虚乳美女』よ。うふふふ、ざまあみろ。あはは、パット四つ重ねてって、超ウケル。ま、まるで私がやったことあるみたいよね。あはは、あははは、それにAもないくらい小さいってどれくらい『ぺったん』なのよ。あはははは、ウケすぎて涙出てきちゃう。あははは・・・あ、あれ? なんで、涙が止まらないんだろ」


「馬鹿でしょ!? 君、絶対馬鹿だよね!? 自分が泣くほど傷つくんなら言うんじゃないよ! 自爆テロなの!?」


「あ、相打ち覚悟だもん。覚悟完了だったもん。後悔してないもん!」


「誰と相打ちしてるのさ!? そもそも君と玉藻さん敵同士じゃないでしょうが」


「女には時として通さないといけない意地ってやつがあるもん。例え一度としてあったことがなかったとしても、越えてはいけない一線を越えてしまったら、あとはどちらかが倒れるまで殴り合うしかないもん」


「どこの少年バトルマンガの世界だよ。怖いよ。もういいからここから逃げるよ!」


「やれるもん。私はまだやれる、戦える!」


「やらなくていいから! もう十分だから! みんなもう戦意喪失してるから。ほら、行くよ!」


「や、やだ! 思い知らせてやるんだから! 何、あの予想以上の落ち込みようわ!? そんなにパットって言われたのがショックだったのか!? そこまでおっぱい好きか!? マザコンばっかなの、この大学わ!? かかってこい! 悔しかったらかかってこいや、このおっぱい星人どもがぁっ!」


「いいから! わかったから! もうっ、せっかくあとで玉藻さんといちゃいちゃしようと思ってたのに、君のおかげで全部台無しだよ!」


 未だに涙を流しながら吠えたける狐美女をなだめすかし、彼女を連れて連夜はその場を後にする。


「ってか、本当に君いったい何しに来たっていうのさ。僕や玉藻さんの仲を引っかき回しに来たわけ?」


 全速力で大学裏門から遠ざかりながら、連夜は横に走る狐美女に問いかける。すると美女は一瞬怒ったような表情で口を開きかけたが、すぐになんともいえないおまぬけな表情のままフリーズ。

 そして一言ぽつりとつぶやいた。


「あれ? あちし、何しに来たんだっけ?」


「ダメな人来たあぁぁぁぁっ!!」


 頭を抱えてその場にうずくまりそうになる連夜だったが、自分が今逃亡中であることを思い出しなんとかそれを押し殺す。


「も、もういいよ。無理に思い出さなくていいから、とりあえず足を動かして! また、玉藻さんに懸想している学生達に襲撃されるのはごめんだよ」


「なんだったかなぁ。いや、すぐに思い出すからちょっと待って」


「いいから、走れってば。また、あいつらにみつかったらどうするのさ? って、よく考えたら君が玉藻さんの恰好しているから狙われるんじゃないか! そのカツラと白衣を脱げ! いますぐ!」


「え~~」


「『え~』じゃないから! ただでさえ君のおかげで玉藻さんの評判ダダ下がりなのに、これ以上いったい何するつもりなのさ! いいから脱げっつ~の!」


 一応お約束で嫌がってみせた狐美女であったが、横を走る連夜の目が結構本気で危険な色に満ちていることに気がついてしぶしぶカツラと白衣を脱ぎ捨てる。

 風に舞い宙へと舞い上がる金髪カツラと白衣。

 身に付けたたった二つのそれらが取り払われただけで、そこには全く印象の違う姿になった女性の姿。

 美しい銀髪をうなじまでの短いシャギーカットにした活発そうな二十歳前後の美女。


「もう、ほんと連夜は強引なんだから」


「君にだけは言われたくないよ、馬鹿きつね」


「『きつね』っていうな」


「何が悪いのさ。君の本名じゃん」


「なんか、他人行儀でやだ」


「わかったよ。じゃあ、ギンコ。これでいい?」


「うむ。くるしうない」


 苦笑交じりに自分の名前を呼ぶ連夜に対し、満足そうにうなずいてみせる銀髪銀眼の霊狐族の彼女。


 本名、城鐘(しろがね) きつね。

 北方諸都市のみならず東西、南方、そして中央地域にまでその名を轟かすスーパーアイドルグループ『Pochet(ポシェット)』のメインボーカル。

 連日連夜各都市のテレビ放送に出演し、知らぬ者はいないと言っても過言ではないほどの超有名人。

 だが、彼女にはほとんどの人が知らないもう一つの姿があった。

 その姿の名は『ギンコ』

 そう、彼女こそかつて奴隷時代に連夜自ら手にかけ殺した血のつながらぬ姉。

 大勢の子供達が見守る中で息を引き取ったはずの彼女が、何故ここで今彼と行動を共にしているのか?


「そりゃ勿論、連夜の悪知恵でみんなを騙したからでしょうが」


「お~い、ギンコ。君、いったい誰に話かけているのさ!?」


「え? ああ、いや、その。そ、そう昔のことを思い出していたのですよ」


「昔のこと?」


「そうそう。昔さ、鉱山から逃げ出すときに、連夜が組織の連中からあちしを助ける為に一芝居うってくれたことあったじゃん」


「ああ、あったねぇ、そんなこと。君、異様に死に真似うまかったよね。あれ、Kとかリビーさんとかクレアさんとか、あそこにいたみんな未だに信じているもんね」


「いや、ああやれって言ったの連夜じゃん。あちし、言われたとおりにやっただけだもん」


「嘘つけ、物凄いアレンジしてたじゃんよ。あのあと結局美咲姉さんにだけは本当のこと話したけど、あれのせいで未だに怒られるんだからね」


「あははは。姉さん怒ってたよねぇ。『いくらなんでも、やりすぎです!』って」


「あはははじゃないよ。まったく。そんな昔のこと思い出すよりも、どうしてここに来たのかってことのほうを思い出してよ。なんかそっちのほうが重要な気がするんだけど」


 走りながらジト眼で睨みつけてくる連夜に対し、すす~~と視線を横に逸らして眼を合わさないようにしていたギンコであったが、やがて、あっと声を出して連夜のほうへと顔を向け直す。 


「思い出した」


「やっとかよ。で、なんなのさ?」


「なんか、大治郎さんが大変だから、助けてあげてって美咲姉さんが」


「え? は? 兄さんが大変ってどういうことっていうか、ギンコがここに来たのって姉さんからのお使いだったの?」


 いまいち事態が飲み込めず小首をかしげる連夜に、同じように小首を傾げたギンコが説明を続ける。 


「なんかよくわかんないけど、婚約者さんと恋人さんと愛人さんが三つ巴で乱戦で修羅場で死にそうになってるんだって」


「は、はぁっ!? なんでそんなことになってるの?」


「なんか愛人さんのお腹に大治郎さんの子供がいるのが発覚したから、婚約者さんと恋人さんに事情説明とケジメをつけるべく呼び出したら大変なことになっちゃったみたいな? 姉さんはドナおばさまの命令で見届け人に無理矢理させられたらしいけど、止められないほど喧嘩が激化しちゃってどうにかしてほしいって、あちしに泣きついてきたのよ」


「そ、それいつの話よ」


「う~~ん、三時間くらい前?」


「あ、あほかぁぁぁぁっ!! それ緊急事態じゃんかぁっ!! な、なんで君に姉さんが泣きついたのかはよくわからないけど、ともかく、すぐ行かないといけないから兄さんのいるところに案内して!」


「あ、う、うん、それはいいんだけど」


 急に神妙になって体をもじもじさせる血のつながらない姉の姿に嫌な予感を感じる連夜。


「それはいいんだけどなんなのさ?」


「姉さんと合流する場所忘れちゃった」


「な~んだ。そんなことか・・・って、一番肝心なこと忘れてどうするのさぁっ!」


「てへぺろ!」


 この後、結局連夜が大治郎達のところに辿り着いたのは、更に一時間以上過ぎてからとなった。

 勿論、涙目になった美咲にしこたま二人とも怒られたのは言うまでもない。


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