第十六話 『女王様の恋人』 その3
城砦都市『嶺斬泊』屈指の名門校である都市立与厳大学。
在校している生徒の数も都市内最大を誇るこの校内は、いつもどこにいってもたくさんの人で溢れ返っていて賑やかな様子を見ることができる。
だが、そんな場所であっても人がいない穴場は存在している。
その一つが『奴隷門』だ。
たくさんの悲しみ。
たくさんの憎しみ。
そして、たくさんの怒りと嘆き。
この場所には上級種族達によって謂れのない差別を受け、虐げられてきた下級種族の者達の凄惨極まりない歴史そのものが刻み込まれているのだ。
そんな場所であるから、在校生達は決してこの地に足を踏み入れようとはしない。
そして、この大学で教鞭を取っているほとんどの教師達もまたそれは同じ。
皆が知っている場所でありながら、同時にここは皆に忘れられた場所であった。
だから、ここはいつも静かだ。
いつも、どんなときも、どれだけ周囲が騒がしくなろうとも。
昨日も、一昨日も、一週間前も、一ヶ月前も、一年前も。
そして、それ以前も。
せわしく流れる大学の時間の流れの中、この場所だけは完全に時が凍り付いてしまっていた。
そして、それはきっと、これからさきもずっとずっと変わることはない。
・・・はずだったのだが。
「連夜くん、これはどういうこと!? ねぇ、ちゃんと説明してよ!!」
「さ~~せんっした!! ほんとごめんなさい、許してください!!」
「何それ、なんでいきなり謝るの!? やっぱり謝るようなことをしてたっていうこと?」
「いや、その、故意じゃないんです。誓ってわざとじゃありません。わざとではありませんけど、してしまった以上言い逃れできないというか。ともかく謝ります、本当に申し訳ありませんでした」
「だからっ、謝ってほしいわけじゃないのよ。説明してほしいのよ。私にちゃんとわかるように説明してほしいの。それとも何? 説明できないような関係なわけ?」
「いや、関係もなにもその玉藻さんがその目で見ていた通りというか、僕がその胸を・・・」
「見ていただけじゃわからないから聞いているんでしょ!? 胸って、やっぱりそうなの!? 物凄く大きくはだけちゃってるけど、触ったってこと!?」
「ごめんなさい。触ったどころの話じゃなくて」
「触ったどころの話じゃないって、何したっていうのよ!?」
『静寂』の『せ』の字も出てこないような大騒ぎだった。
突如現れた狐型獣人族の美女と、人間族の少年との間で繰り広げられる激しい口論。
と、言っても美女が周囲を憚ることなく盛大に喚きちらし、少年がひたすら土下座を繰り返すという一方的なワンサイドゲーム。
この光景を見詰めるただ一人の観客であるリン・シャーウッドは、事情が全くわからない為口を挟むことができず、ただただ呆然とその光景を眺めるばかり。
聞こえてくる話の流れからして、どうやらこの美女は彼女の親友である人間族の少年、宿難 連夜の知り合いらしいということはわかる。
だが、この美女と親友がどういう関係なのかについてはさっぱりわからない。
『姉』であろうか?
一応、連夜には血の繋がった『姉』と、血の繋がらない『姉』がそれぞれ一人ずつ存在していることをリンは知っている。
だが、二人とも獣人族ではなかったはずなので、恐らくそれは違う。
では自分と同じ、彼の『友』『人』の一人であろうか?
連夜は、普通の知り合いを『友』とは決して言わず、特別な絆を持つ者のみを『友』と呼ぶ。
その頭にそれぞれの絆の意味を持つ字を一つ当てはめ、ある者のことは『戦友』と呼び、またある者のことは『心友』と呼ぶ。
他にも『盟友』と呼ぶ者、『盃友』と呼ぶ者、『郷友』と呼ぶ者と、様々に存在しているが、連夜はそれら友人達を非常に大事にしている。
彼女もまたその一人か?
いや、それにしてはあまりに連夜の態度が下手に過ぎる。
リンが知る限り、『友』と呼ぶ者達は皆連夜と対等の立場にある。
例え連夜のほうが悪かったとしてもここまで下手になることはまずないはずだ。
ならば、連夜が『師匠』と仰いで尊敬しているという『超技術者』達の一人であろうか?
連夜は、たくさんの『技術者』達を師と仰ぎその教えを乞うている。
それというのも、連夜が特殊能力を何一つ持たないという最底辺の種族『人間』に生まれた為である。
『人間』の肉体は他の種族よりもはるかに脆弱で劣る。素手で鉱石を砕くことはできず、敵を切り裂くツメも牙もない。攻撃を防ぐ甲羅や鱗もなく、それどころか腕力の強い巨人族や獣人族に軽く撫ぜられただけで重傷を負い、下手をすれば死んでしまうほど人間という種族の肉体は脆くて弱い。
また、特殊能力と言えるものも一切ない。
獣に変化できるわけではなく、自然を操ることもできず、闇に溶け込んだりはるか遠くにあるものを見通したりもできず、空を飛びことも水の中で呼吸することもできない。
あらゆる面で他種族に対し圧倒的に不利な立場にある『人間』種。
そんな『人間』に生まれてしまった連夜はその種族的欠点を克服するため、幼き頃から血の滲むような努力を繰り返してきた。
様々な道の『超技術者』達を師と仰ぎ、彼らから生きる為に必要なたくさんの『術』を学び切磋琢磨を続ける毎日。
そう、それは毎日続けられた。学んだものが己の血肉と化すまで毎日毎日、繰り返し繰り返し、何度も何度も、できるまで連夜は続けた。
一日たりとも休ぬことなく続けられる修行の日々。
常人では耐えられないような長く厳しい苦行の時間。
その苦難の道の果て、ついに連夜は圧倒的に有利な立場にあるはずの上位種族の者達と対等に渡り合えるだけの『力』を得る。
『技能』と『知識』という名の『力』を。
『人間』種である連夜にとって、彼が生きている今のこの世の中は決して住み易い世界ではない。彼の周囲にはいつも理不尽極まりない差別の嵐が吹き荒れていて、彼はその激しい暴風雨の真っ只中で毎日を過ごしている。
そんな状態にある連夜であるが、だからといってこの世の中に絶望していたりはしない。
今日も命がけで身に着けた『技能』と『知識』という二つの『牙』を操り、この厳しい世界で逞しく生きている。
さて、彼女は連夜にそんな『力』を授けた師匠の一人であろうか?
中学時代、リンは連夜から何人かの師匠の話を聞いたことがある。いろいろな種族、さまざまな職業の師匠に師事を受けたようであるが、どの師匠の話をするときも連夜の目には常に『敬愛』の光が宿っていた。その目を見るたびにリンは、『ああ、こいつは師匠達のことをとても大事に思っているんだな』と感じさせられたものだ。
やはり、彼女はなんらかの『技能』あるいは『知識』の師匠なのか?
だが、それとも少し違うような気がする。
確かに目の前で繰り広げられている問答の流れの中に、はっきりした上下関係を感じることができる。
勿論、美女が上で、連夜が下だ。
そこは間違いなくはっきりとわかる。しかし、それが単純な上下ではないという感じがするのだ。
上の女性が、下の連夜に一方的に食って掛かっているのだが、その内容を聞いているとまるで『詰問』しているというよりも『甘えて』いるように感じるのだ。
師匠が弟子に甘えることがあるだろうか?
ないとは言いがたいが、それはあまり一般的ではないという気がする。
益々、彼らの関係がわからなくなってきたリン。
何度考えても答えが出ない為、二人から直接聞き出そうと何度か口を挟みにかかるのだが、あまりにも二人のやり取りが激し過ぎてなかなか割って入ることができない。
結構な時間放置されて、流石に途方に暮れ始めたリン。
しかし、それほど待つことなく事態は急変する。
「もう、連夜くん、ちゃんと私の話を聞いてる? とりあえず謝罪はもういいから説明をしてって!!」
「いや、だから、説明も何も玉藻さんの胸を乱暴に触ってしまったことについて言い訳はしません。玉藻さんもご存知の通り僕は玉藻さんの大きな胸が大好きです。もう普段が普段ですし、その、しょっちゅうそういう行為しているっていう自覚はあるんで、それから考えたら故意じゃないって言っても信じてもらえないかもしれないですけど」
「はぁ? さっきからいったい何を言ってるの連夜くん? 私の胸のことなんかどうでもいいのよ。そこじゃないでしょ、そこじゃ」
「え? はぁ? ど、どうでもいいとかそこじゃないとかって、ちょ、そのことで怒っていたんじゃないんですか?」
長い長い言い争いの果て、ようやく二人は自分達の論点が大きくずれていたことに気がついて同じような驚きの表情を浮かべる。
しかし、連夜よりも先に冷静さを取り戻すことに成功した玉藻は、目の前の少年の手をやや乱暴に掴んで引き寄せると、彼の顔を自分の大きな胸に埋めるようにして抱きしめる。
「そんなわけないでしょ! いっつも連夜くん、私の為に無理したり友達のことや仕事のことで悩んでストレス溜め込んでいるのは知ってるわよ。私、あなたに何もしてあげられないけどその吐け口くらいにはいつでもなってあげようと思ってるんだから。だから、その、私の胸くらいいつもその、好きなようにさせてあげてるでしょ?」
「えええっ!? じゃ、じゃあ、僕さっきからいったい何を詰問されていたんですか?」
大きな胸の谷間に顔を埋めながら更に驚愕に顔を歪める連夜。
そんな恋人の姿を、何ともいえない呆れた表情で見詰めていた玉藻であったが、一つ大きく深い溜息を吐き出して彼の体を解放すると、ある方向を指差してみせた。
「だからぁ、私が説明してほしいのは」
「は、はい。いったい何についてですか?」
「そこの『女』とここで何してたのかっていうか、何をしようとしていたのかってことよ」
「「そこの『女』?」」
玉藻の指差す方向に、一斉に視線を向ける連夜とリン。
しかし、彼女が指差す方向に女性の姿はない。
思わず顔を見合わせる連夜とリン。
「誰も・・・いないよな?」
「いない・・・ね」
恐る恐る玉藻のほうに視線を向け直す二人。すると玉藻は信じられないものを見るような表情で一瞬二人のことを見詰めた後、次の瞬間尻尾を逆立て目を吊り上げる。
「あなたたち私のことバカにしてる?」
「「いえいえいえ!! そんなわけないでしょ!?」」
突然怒り出した玉藻の姿に、二人は物凄い勢いで首を横に振ってみせる。
「いや、ほんとにわからないんですって、玉藻さん。『女』っていったい誰のことですか?」
「うんうん。俺達以外に他に人影が見えないんだけど」
「二人とも何バカなこと言ってるの!? 私が言っている『女』っていうのは、他でもないあんたのことよあんたの!!」
怒り心頭といった表情で該当人物に近付いていった玉藻は、たおやかな指を相手の顔面ギリギリに突き出して指差してみせる。
そこまでされてリンと連夜は玉藻の言っている『女』の正体にようやく気がついた。
ブラウスの前が完全に開いてほぼむき出しになった豊かな胸。
スカートが捲り上げられ丸みえになった白い下着に包まれた形のいい丸いお尻。
白い髪と同じくらいきめ細かい白く長いスラリとした足。
確かに『女』がそこにいた。
そのことに同時に気がついた二人。
だが、二人とも咄嗟にそれについて反応することができない。
玉藻が怒っている理由がなんとなく頭では理解できた二人。しかし、頭では理解できても心はそれをすぐには受け入れられず、何度も玉藻とお互いに視線をいったりきたり。そんな感じでゆっくりと感情のほうが頭に追いついてきたとき、二人の表情が激変する。
それも見事に対照的に。
片方の表情はこれでもかといわんばかりに物凄いドヤ顔に変わり、そして、もう片方は苦虫を噛み潰したような険しい表情へと変化。
二人は、それぞれ違う表情、そして、それぞれ違う感情を抱いて相手の顔をしばしの間見つめていたが、やがて心に余裕のある方が相手よりも先に口を開いた。
「ほらぁ、連夜くん、今のお聞きになられましたか? 今、こちらの方からはっきりと『女』というお言葉をいただきましたよね? どう見ても、あ・た・し・は、『女』ってことですよ」
上から目線。
というか、完全に勝利者そのものといった表情で連夜を見つめるリン。
さっきまで『女』らしくない、『女』に見えないとまで言われていた自分が第三者である狐型獣人族の美女から『女』としてはっきり認識されて指名されたのだ。
自分のことをさんざん否定していた連夜のほうにその顔を向け、これ以上ないほど『ドヤ』と言わんばかりに見下ろすリン。
そんなリンの姿を、連夜は苦々しい表情で見つめていたが、やがて、ふっと表情を緩めた後に嘲るような笑みを浮かべ皮肉たっぷりに口を開いて迎撃を開始。
「いやいやいや、リンさん、違うでしょ。きっと、たまたま後ろを通りがかった通行人の方を見て仰ったんですよ」
「いやいやいや、他に『人』いないからね。さっきからずっと俺と、連夜と、そこの『人』の三人だけしかいないからね。さっきからだ~れも通ってないから、絶対俺のことだから。間違いないから。ってか、ほら、明らかにこれ俺のこと指差してるっしょ?」
「いやいやいや、だからそれはないって。いくらなんでも無理があるっしょ? だって、他でもない君だよ? 君のこと見て普通すぐに『女』ってわからないよ」
「わかるっつ~の!! ほらこの無駄にでかい二つの脂肪の塊見ろや。男にこんなのついてるわけないっしょ?」
「いや、お相撲さんだったらありえるよ。結構巨乳の人多いし」
「ちょ、待て待て待て。え、何、それと比べるの? おかしいっしょ? だいたい相撲取りみたいな体型してねぇし。っつか、そもそも俺、そんなに太ってねぇし」
「そんなこと言って内臓脂肪凄いじゃん。どうせ唐揚げとかトンカツとかフライものばっか食べてるんでしょ? アブラモノ好きだもんね、君」
「ば、バカヤロウ。や、野菜だって食べてるよ」
「ふ~ん、ちなみに何食べてるか言ってみそ」
「たくあんとか、しば漬けとか」
「いや、それただの付け合わせの漬物だからね。全然栄養足りてないからね」
「う、うっせうっせ! 何食べようと人の勝手だろ? 俺のオカンかおまえは! いや、そうじゃなくて、今、この人絶対俺に向かって『女』って言った。絶対言った、ですよね? そうですよね?」
なんだかよくわからない内容で白熱の舌戦を開始した二人の姿を、唖然とした表情で見守る玉藻。
さっきまで当事者だったはずなのにいつの間にやら完全に蚊帳の外になってしまっていることにも気がつかず、ただただ二人のやり取りをぽか~~んと口を開けて見詰めていた玉藻であったが、突然、半裸の少女から話を振られ吃驚した表情を浮かべて固まってしまう。
そもそも玉藻は最初、自分に詰め寄ってくるこの半裸の少女を『敵』として認識していたのである。
と、いうのも彼氏である連夜の気配を敏感に察知した玉藻が大学の裏門まで出迎えに来てみれば、この少女はあられもない姿で玉藻の大事な彼氏とくんずほぐれず状態だったのだから。
どう見ても浮気相手。
いや、玉藻の彼氏である連夜が自分から浮気をするような人物ではないことはよくわかってる。そもそもそれを完全に防止するための強力無比な呪詛も掛けているのだから、浮気のしようがないはずなのだ。そうなると、もうこの相手の正体はただ一つしかない。
連夜を『寝取』ろうとしていたのだ。
絶対にそうに違いない。連夜からその言質が取れ次第、二度とふざけた真似ができないよう即座にボコボコにしてやろうと思っていた。
だが、なんだか話は彼女が想像していた方向とは全く違うところへ流れ始めている。
大学の裏門で二人を発見したときは、完全に頭に血が上っていて気がつかなかったが、こうして時間が経ち冷静になってくると最初に気がつかなったいくつかの違和感がはっきりとしてくる。
まず、玉藻の彼氏である連夜が、相手のことを全然『女性』として見ていない。
獣人系の種族である玉藻にははっきりわかるのだが、『オス』が番として『メス』を求めるときに発するフェロモンが全然出ていないのだ。
自分に向けては大量に放出されているのに、相手の少女に対しては全く向いていない。逆もまた然り。少女のほうからもそういったフェロモンが放出されていない。
つまり、二人ともお互いを全然異性として意識していないということだ。
違和感はまだある。
この少女、『メス』の『匂い』というか『情念』というかそういったものが非常に希薄なのだ。どんな女性の中にも、生来『メス』が持つ、独特の『泥臭い』匂いが存在している。勿論それは男性にも存在しているが、『オス』のそれと『メス』のそれとははっきり種類が違う。
それが薄い。はっきりとわかるほど薄い。
外見は『女』にしか見えないが、実は『男』なのか?
意識して感覚を研ぎ澄ましてみると、確かにこの少女から『オス』独特の『匂い』を感じることができる。
だが、それもまた薄い。どちらかといえば『メス』の匂いよりも薄い。『メス』とも『オス』とも断言しにくい。実に正体不明。
さて、正体不明といえば、今、玉藻が感じている最大の違和感がそれにあたるといえる。
この少女、完全に初対面のはずなのに妙な親近感があるのだ。
つい最近あった誰かの気配とよく似ている。それも彼女の『敵』ではないものの気配。『他人』だと思いこもうとしても、その『気配』のせいでどんどん『敵意』や『怒り』が霧散していってしまう。
相手が全くこちらに敵意を持っていないのも合わさり、なんとも妙な感じである。
いや、敵意を持っていないどころの話しではない。はっきりこちらに好意の感情を向けてきていて、非常に困る。
これが恋愛感情混じりのそれだったら、容赦なく突き放してやるところだが、なんだかそれとはまったく違う。
妹が姉になついてくるような、幼稚園児が先生にまとわりついてくるような、そんな感じで突き放すに突き放せない。
そんな感じで今もぐいぐい聞いてくるものだから、玉藻はついついその問いかけに答えてしまうのだった。
「ね? そうですよね? 俺に向かって『女』って言ったんですよね?」
「え、あ、う、うん、そうね。そうなんだけど、あの、私が言いたかったのは・・・」
「ほらぁっ!! やっぱ俺のことじゃん!!」
「うそだぁっ!! 玉藻さん、うそでしょ? まさかこれが『女』に見えているんじゃないですよね?」
「いや、あの、『女』だと思ってたから説明してほしかったんだけど、あの、だからね・・・」
「見えてるも何も『女』だっつ~の! さっきから言ってるけど、間違いなく俺、『女』だから!」
「いや、君は『女』は『女』でも、『なんちゃって女』だよね。ついてた棒がポロリしただけだよね。ポロリした以外は中身一緒だもんね」
「え、ちょ、ちょっと、待って連夜くん。『ポロリ』ってどういうこと『ポロリ』って? それこの子に『ポロリ』しちゃうような『何か』がついていたってこと?」
「おい、誤解を招くような言い方するな! 『ポロリ』じゃなくて小さくなってほとんど見えなくなっただけだ!」
「あ、そうなの? じゃあ、棒の下に二つついていたあれはどうなったの?」
「いつのまにか消えてて、気がついたら大きな裂け目がって・・・何言わせるんだ!」
「またまたぁ。消えてたって、それはないわぁ。手術でしょ? 手術したんでしょ? 大陸の西南にある城砦都市『トロッコ』って、そういう手術してくれる専門の療術師さんがたくさんいるって聞いたよ。遠まわしに言うと『改造』したんだよね? 特撮ヒロインの『可憐ライナー』に出てくる怪人みたいな感じだよね。邪魔なのポロっと取っちゃって、さくっとなんか真ん中切ったんだよね。そんで胸になんか入れて膨らませたんでしょ? そうでしょ?」
「してないから! 改造なんてしてないから! 全身百パーセント天然モノだから!」
「ふ~ん。まあ、じゃあ、それでいいですけど」
「絶対信じてないな。おまえ。よ~しわかった。そこまで言うなら確認してみろや! おらおらおらっ。どうだ、コノヤロー!」
「う、うわああ、や、やめてやめてっ! 胸を押しつけないでっ・・・って、うわ、中途半端に柔らかくて気持わるいっ!」
「おいっ、気持わるいってなんだ!? 巨乳好きなんだから、大っぴらに触れて嬉しいだろうが!」
「全然嬉しくないよっ! うええっ、は、吐きそう」
「なんだとコラッ!」
「ちょ、ちょっとあんた何やってるの!? やめてやめて、連夜くんが窒息しちゃう!」
もう収集のつかない大混乱状態だった。
三人もみくちゃ状態のしっちゃかめっちゃかだった。
結局、全員体力がつきるまで大騒ぎし続けた三人。三人が三人とも落ち着いて話し合うことができるようになったのは二時間近く経過した後。
「はぁはぁ、つ、つまり、はぁはぁ、こっちの女の子は元々は男の子ってこと?」
「そ、そうですそうです。ぜぇぜぇ。中学時代はロムと一緒に三人で馬鹿やってた仲間の一人で、元の名前は『早乙女 リン』」
「そ。そういうことなのです。ふぅふぅ。改めて初めまして、今は父方と縁を切って、母親の姓を名乗っています。『リン・シャーウッド』です」
「中学卒業時に僕とロムは『通転核』から『嶺斬泊』に引っ越すことになって、リンとは一旦別れ別れになったんですけどね」
「俺・・・ううん、私、ロムのことが忘れられなくて」
「リンちゃんはロムくんのことが好きなのね。それで半雌雄同体の麒麟系種族のリンちゃんは、ロムくんの為に自分の体を女の子に変化させてつい最近こっちに引っ越してきたってわけか」
「「そういうことです」」
「なるほど~。って、それだけのことにこんなに時間かけてるんじゃないわよ!!」
「「ごめんなさい」」
門の内側にある小さな広場の中、息を荒げながら座り込んだ玉藻は、地面に大の字になって倒れこむ連夜とリンになんとも言えない苦り切った表情と怒りの視線を向ける。
「そもそも、なんでリンちゃんは半裸状態だったの? あれがなければ私だってここまで誤解しなかったのに」
「いや、あれはリンが悪いんですよ。自分が『女』であることを確かめるとか言って脱ぎだすから」
「おい、それはないだろ!? そもそもおまえが余計なこと言うから不安になったんじゃん!」
「余計なことじゃないでしょ。君がどんどん元の『男』にもどっていくから親切に教えてあげたんでしょうが。だいたい君は全然男言葉が治ってないよ。今だってそうだし」
「それはおまえの前だからだろうが。昔を知ってるおまえに取り繕ったって仕方ないから、昔のしゃべり方でしゃべってるんであってだな」
「それが駄目でしょ。いつも、気をつけるようにしないといつかボロが出るよ。それでもいいの?」
「うっせうっせ。ちゃんと他の人の前じゃ、女言葉でしゃべってるもんよ。ボロなんか出ねぇよ」
「出てるから言ってるんでしょ!? さっきだって図書館の屋上の掃除中、ボロ出しまくりだったじゃん!」
「そんなことねぇよっ!!」
「そんなことあるよっ!!」
「はいはい、もう喧嘩はおしまい!」
「「ふんっ!!」」
鼻息荒らく同時にそっぽを向く連夜とリン。そんな二人の姿を呆れたような、それでいてどこかほっとしたような様子で見つめる玉藻。
地面に胡坐をかいた状態でお互いに背中を向けて顔を盛大にしかめて見せる二人の姿に、少し噴出した後、玉藻は最愛の彼氏に近づいてその小さな体を後ろから引き寄せて抱きしめる。
「はぁ、なんかもう無駄に心配して損しちゃったわ。連夜くんってほんと変わった女性関係多いわね」
「そうですか? それほどでもないと思いますけど」
「まあ、信じてるけどね。そんな心配してないけどね。大丈夫ってわかってるけどね」
「はい、あの、ありがとうございますというか、すいませんというか」
「ふ~んだ。ほんと口ばっかりなんだから」
顔だけ『狐』に変化させた玉藻は、連夜の首筋にその長い顔を埋め甘噛みしたり舐めてみたり。
ようやくいつもの和やかな感じになってきた二人。リンがいることも構わずいちゃつきぶりをエスカレートさせていく。
そんな二人の様子をなんとはなしに見つめていたリン。最初は何気なく横目でチラ見している程度だったが、だんだん玉藻の行為が過激になっていくのを目にして、はっとあることを思い出す。
「あ、あ、あああ、そうだそうだ!」
「うわっ、びっくりした。何なのさ、リン。急に大声出して」
「大事なことを聞いてなかったのを思い出したのさ」
「は? 大事なこと?」
リンの言葉を聞いた連夜と玉藻は、その意味がわからずきょとんとして目の前の少女を見つめ返す。すると、リンは結構真剣味を帯びた表情を浮かべて玉藻の視線を真っ向から受け止めて見つめ返すと、ゆっくりとその口を開いた。
「あの、失礼ですけど、まだお名前聞いていませんよね?」
「ああ、そっか。そういえば、リンちゃんには名乗ってもらったのに私は名乗っていなかったわね。ごめんなさい。ほんと失礼いたしました」
そう言って連夜から体を離した玉藻は、再び顔を『人』へと戻して連夜の横に居住まいを正して正座する。
「初めまして。私の名前は如月 玉藻。この大学に通っている大学二年生よ」
「そうですか。これはご丁寧にありがとうございます。それでその、失礼ですが連夜とはどういうご関係なんでしょう?」
美しい姿勢で頭を下げる玉藻の姿を見て、リンも慌てて座り方を正座へと変え同じように頭を下げる。
だが、自分がほしい答えがその中に入っていなかった為、下げていた頭をあげたリンは、今度ははっきりとその知りたい質問内容を口にする。
それを聞いた連夜と玉藻は、一瞬呆気に取られた表情を浮かべた後、思わず顔を見合わせる。
「え、今までの私と連夜くんのいちゃつきぶりでわからなかったのかしら? 自分でも結構、露骨に見せつけちゃったかなと思ったんだけど」
「いやいやいや、わかるでしょ。普通。え、ほんとにわからなかったの?」
「おまえには聞いてない。俺は如月さんに聞いてる」
「あ、そ」
憮然とした表情で連夜と目を合わせようとしないリン。連夜は、玉藻にもう一度視線を戻し、その小さな肩をすくめて見せる。
「え~と、じゃあ、お答えします。私と連夜くんは、その・・・将来を誓い合った『恋人』同士です」
うっすらを顔を赤らめて恥ずかしそうな表情を浮かべて見せた玉藻ではあったが、それでも誤魔化すことなく質問に対する答えをキッパリハッキリ断言する。
そんな玉藻の姿を連夜は誇らしげに見つめた後大きく一つ頷き、そして、玉藻はそんな連夜に再び抱きついて自分の頬を最愛の彼氏のそれにぴったりとくっつける。
実に仲睦まじい二人の姿。
そんな二人の姿を、しばしの間茫然と見つめていたリンであったが、突然その表情を急変させる。
「おい、連夜」
「なに・・・げぶっ!?」
突然抜く手も見せずに振りぬかれたリンの拳が、連夜の顔面のど真ん中をを打ち抜いた。
「見損なったぞ、コノヤロー!」