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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
141/199

第十六話 『女王様の恋人』 その2

「何これ? どういうこと?」


 久しぶりに敬愛する恩師と最愛の彼女が通っている大学へとやってきた連夜とそのツレは、その校内へと続く入り口付近に広がる異様な光景を見て呆然として立ち竦む。


 『人』


 門からはみ出た大量の『人』の波が大学敷地を覆うように存在する左右の壁の端から端まで覆い尽くしている。


 見渡す限り『人』、『人』、『人』。


 まさに『人』の海。


 いったいどこからこれだけ集まってきたのか。

 確かにこの都市立与厳大学は城砦都市『嶺斬泊』最大規模を誇る超マンモス学校である。『嶺斬泊』という一都市内だけでなく、近隣北方諸都市は勿論、南や東、西の果てから、あらゆる場所から学生達がこの大学の名声を聞きつけて集まってきているのだ。なので、通っている生徒達の総数だけで考えれば、この『人』の海もありえない光景というわけではない。

 しかし、連夜を呆然とさせているのは数ではない。

 門の付近に陣取っているある特定種類の異形の姿の集団が彼の困惑を深めていた。


 『異形』・・・というよりも『異様』だった。


 それもかなり異様な姿の集団。


 場所によってはその姿は全然『異様』というわけではない。あるべき場所でその集団を見つけたとしたらむしろ『威容』という感想を持ったであろう。

 ここではあまりにも場違いに過ぎた。

 彼らの姿は、平和な街中でそうそう見かけるような代物ではない。

 種族が珍しいとかそういうわけでもない。

 何かのお祭りか大騒ぎの為に集まったコスプレの集団というわけでもない。

 むしろ、その集団は異様なまでに静かであった。

 門から離れれば離れるほど集まった『人』達のおしゃべりの声が大きくなっていくが、門に近付けば近付くほどその声は小さくなっている。

 理由は簡単だ。

 その集団が放つ恐ろしいまでの殺気が、門に近付く者の口を閉ざしてしまうのだから。

 連夜は、気がつかれないよう細心の注意を払って彼らを観察し続けていたが、やがてそっと視線をそらして顔を下に向ける。

 そして、なんともいえない溜息をゆっくり吐き出した。


「なんで完全武装なのさ」


「ってか、いったいどこと戦争する気なんだろ?」


「この都市内に害獣か原生生物でもいるっていうの」


「いや、朝のニュースではそんなこと言ってなかったけどな」


 誰に聞かせる為というわけでもないが、あまりにもあまりな光景に、連夜とそのツレの口から思わず気持ちがこぼれ出る。

 そう、大学の門の前に陣取っている者達は、全員完全武装の姿であった。

 それも警備員さんが着けているような防刃ジャケットなんて軽い代物ではない。

 明らかに外区を跋扈している害獣や原生生物を相手にする為の金属製の重装甲鎧。

 流石に銃刀法違反で捕まるのを恐れてか、それぞれが手にしている武器に刃物らしきものは見当たらないが、それでも『人』を楽勝で撲殺できそうな大振りの特殊警棒(警棒というより最早メイスに近い)や、トンファー(握り手に電気ショックの『術式』発動のスイッチあり)、捕縛用のサスマタ(どう見ても先が尖っている)などを握り締め、誰も彼もが眼光鋭く辺りを見渡し続けている。

 凶悪犯がこの辺りに逃げ込んだというニュースはなかったはずだし、害獣や原生生物が都市内に侵入したという話も聞かない。

 いったい何を相手にここまで敵意を剥きだしにしているのか全く理解できなかったが、なんとなく絶対関わってはいけないということだけはわかったので、連夜は正門は諦めてさっさと裏口へと向かうことにした。

 連夜は一緒についてきてくれた友人にそっと視線だけで合図を送ると、誰に気づかれることもなくそっとその場を離れる。

 そして、大学の大きな壁沿いにてくてくと歩くこと十分。

 賑やかな大通りから離れて次第に人通りが少なくなっていき、舗装された道がほとんど獣道と変わらなくなってきた頃、一つの小さな門が姿を現す。

 たくさんのツタが絡みついた赤錆だらけの歪んだ柵。

 足の踏み場がないほど雑草が多い茂る道。

 たくさんの木々に覆われて昼間だというのに薄暗く『人』通りも少ないこの寂しい場所に、ぽつんと建てられた小さな門。

 大学側から特別与えられた名称は特にはない。

 だが、この門の壮絶な歴史を知る者達は、畏怖と哀悼の意を込めてこう呼ぶ。

 

 『奴隷門』と。

 

 昔、まだ都市に『種族差別禁止令』が制定されていなかった頃、下級種族や奴隷種族出身の生徒達が登下校に使っていたという悪名高き門。

 彼らは大学の正門を通ることを許されず、この小さな門から隠れるようにして出入りするように強制されたという。

 そして、上級種族出身の生徒達の目に止まらぬように、薄汚い地下の教室に詰め込まれて授業を受けていたらしい。


「流石に今の世の中でそれをやったら大問題なんだけどねぇ」


 苦笑しつつ赤錆だらけの小さな両開きの鉄柵をそっと押して中に入る。手の平に感じるざらざらした感触を作っているものが赤錆だけではないことを知っている連夜は、柵を再び閉めた後、門に向かって両手を合わせ静かに黙祷を捧げる。

 すると、彼の横に立つ友人もまたそれに倣い黙って手を合わせるのだった。


「この門から悲しい匂いがする」


「この門には悲しい想いをした『人』達の血と涙が染み込んでいるからね」


「おまえのような辛い想いをした『人』達の血と涙か?」


「君のような辛い想いをした『人』達の血と涙だよ」


 黙祷をやめた連夜が何とも言えない表情で友人の姿を見る。

 すると彼の友人は一瞬キョトンとした表情を見せたものの、すぐに屈託のない笑顔を浮かべて連夜の背中をバンバンと叩いて見せた。


「バーカ。そんなの忘れたって。今の俺にはロムやおまえがいるし、友達もいっぱい増えた。会おうと思えばじいちゃんもばあちゃんもいるんだからよ」


 手加減なしで盛大に背中を叩かれた連夜は、やりすぎの友人に半ば本気で食って掛かろうと口を開きかける。

 だが結局、その邪気のない笑顔に怒気をそがれてしまい溜息を一つ吐き出して文句を言うのをやめてしまうのだった。

 

(いつからこんな風に笑えるようになったのかな?)


 いびつに歪められた口、引き攣った頬、そして、狂気を孕んで妖しく光る目。

 彼が知る友人の『笑顔』は、到底『笑顔』と呼べるものではなかった。

 いつも何かに飢え、苦しみ、そして、影で静かに泣いていた。

 中学時代この友人と深く関わるようになり、連夜は彼の心に刻まれた深い深い闇のことを知ることとなった。

 高校進学するにあたって道が分かれるときに、できるだけのフォローをして彼の元を去ったつもりであったが、それが十分であったとは思えず、心のどこかでこの友人のことを連夜はずっと心配していた。

 だが、結局それは杞憂であった。

 彼の友人は、彼が思っている以上に強かった。

 自分が本当に手に入れたかったモノがなんだったのかを理解し、そして、恐れることなくそれと向き合い、勇気ある決断の果てに連夜達を追いかけてこの城砦都市にやってきたのだ。

 本当に凄い友人だと思う。もう大丈夫。今のこの友人なら、凄惨な過去に負けることは絶対にないと確信できる。

 そういう意味ではもう心配などしていない連夜であった。


 だが、しかし。


 それとは全く別の問題から、連夜はこの友人のことを激しく心配していた。


「あ、あのさ、さっきから気になっていたんだけどさ」


「なんだよあらたまって? ってか、何その顔。気持ち悪いな」


 どういった表情で話をすればいいのかわからず奇妙な形に歪む連夜の顔を見て、友人は盛大に顔をしかめる。


「おまえさ、いっつもそうだけど、言いにくいこと言おうとするときそんな顔になるよな」


「え? そ、そうかな?」


「いいよ。俺とおまえの仲じゃん。いいから言いたいことがあるならはっきり言えよ」


 そう言って大袈裟に両手を広げバインと音が立てそうなほど豊かで大きな胸を張ってみせる友人。そんな友人の姿を見た連夜は、ますます珍妙な表情となったが、結局意を決して言葉を紡ぐことにした。


「あのさ。はっきり言えって言ってくれたからこの際はっきり言うけどさ」


「なんでもこい」


「君さ」


「おう」


「今、完全に『男』に戻ってるよね」


「な~んだ、そんなことか。あっはっは、馬鹿だなぁ連夜は、俺が『男』に戻ってるって、何言ってんだ・・・って、え?」


 途中まで浮かべていた余裕の馬鹿笑い。だが、連夜の口から放たれた『言葉』の『意味』が脳みそにゆっくりと浸透し完全なる『理解』へと到達した瞬間その笑みが凍りつく。

 そして、凍りつく時間。

 なんとも言えない表情で二人はしばしの間見つめあった後、片方がわざとらしい咳払いを一つ放って顔をすっと横に背ける。


「い、いやん、連夜ったら、ほんと冗談がうまいんだから」


「いや、遅いから!! いまさら女言葉使っても手遅れだからね!!」


「な、なんのことだか『俺』・・・いや、『私』わかんない。お、女言葉も何も、私は女なんだから、女言葉に決まってるし」


「今、言い間違えたよね? 今、『俺』って言ったよね?」


「い、言い間違えてねぇし!! ああああ、じゃなくて、言い間違えてないわよ!!」


「もうこの際どっちでもいいけどさ、君、全然気がついてないよね」


 往生際悪く体裁を整えようとする友人の姿に、完全にあきれ果てたという表情を浮かべて見せる連夜。

 友人は頬を膨らませて睨みつけるが、連夜はやれやれと肩を竦めて首を横に振ってみせるとトドメとなる一言を口にする。


「わ、私が何に気がついてないっていうのよ?」


「高校で作業している途中から完全にボロが出てたよ」


「は?」


「だから、ここに来る前から既に男言葉になってたんだって。学校で図書館の屋上の修復作業している途中から、リンってば完全に男に戻ってたよ。つまり、『女』の『リン・シャーウッド』じゃなくて、『男』の『早乙女 リン』に戻ってたってこと」


「へっ? えっ! ええええええっ!?」


 連夜の指摘を一瞬で理解した彼の友人『リン』は顔面蒼白となって絶叫を放つ。


 そう、連夜についてきたツレの正体は、彼の中学時代の『真友』にして『悪友』でもある白澤族の少女リン・シャーウッド。


 彼女が連夜にくっついて大学にやってきた事の次第はこうである。


 数時間前、二人は他の仲間達と共に図書館の屋上にある屋外庭園の修復作業に従事していた。

 元々そこは、図書館で本を借りに来た生徒達がくつろげるようにと作られた、緑が美しいみんなの憩いの場所であった。

 だが、不良グループゲットー一味が自分達の溜まり場として占拠し他の生徒達をよせつけないようにしたばかりか、荒らしたい放題に荒らして見るも無残な姿に。

 緑豊かな芝生はむしられてすっかりハゲてしまい、品のいい木目調のベンチは落書きだらけ。

 庭園を流れる人口の小川はどぶ川そのものに変わり、草も花も木も枯れたり折られたり抜かれたり。

 だが、そんなゲットー一味のわが世の春も今日までのこと。

 彼らは連夜とその仲間達によって力づくで追い出され、学校どころか下手をすれば一般社会に復帰するのも難しい場所へと半永久的に追放された。

 ようやく解放された憩いの場所。

 しかし、不良達を追い出しても庭園が自然に元の姿に戻ることはない。

 そこで連夜達は、管理者である図書館館長エンキ・ドードと交渉。

 荒れ果てた庭を元の姿に修復することを条件に、優先的にここを使用できる権利を取り付けたのだった。

 そうして連夜達は、早速荒れ果てた庭園の修復作業に入っていたのだが、あと一時間ほどで放課後になるという頃、連夜の懐の携帯念話が軽快な音楽で着信を告げる。

 言うまでもなく玉藻からの念話。要件は先日『外区』のある場所から取ってきたばかりの『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』を使わせてほしいとのこと。自分でも使うつもりである程度の数を取って来ていたので、あっさりとそれを了承。

 そのことに大喜びの玉藻はこちらに取りに来ると言ったが、しかし、何よりも大事で何よりも大切な恋人にわざわざそんなことをさせるわけにはいかない。

 連夜は、愛する玉藻からの願いを優先させることを速攻で決意。

 『重大な要件が発生したので作業から抜ける』と仲間達に伝える。

 勿論、日頃から連夜に世話になっている仲間達は嫌な顔一つせず快くそれを承諾したのである(連夜が『重要』というときは大概本当に『重要』なことが発生していることを皆体験して熟知している為、あえて説明を求める者はいない)が、ここで一つの問題が生じる。

 ここのところ騒動に巻き込まれがちな連夜を一人で行動させるのは危険であると心配した仲間達が、単独行動をさせるわけにはいかないと言いだしたのだ。

 まず最初に学校内での彼のボディガードを自称しているフェイが名乗りを上げたが、放課後、小さな弟妹達を保育園に迎えに行かなくてはいけないという大事な役目があることを連夜に指摘され却下。

 次に、ここのところよく行動を共にしているロムとクリスが名乗りを上げたが、ロムはこの後、養蜂業のアルバイトのことでタスクと会う約束があり、クリスはアルテミスと共に実家の狼牧場の手伝いの予定ということでこちらもやはり却下。

 瑞姫、はるか、ミナホの三人は龍族の行事があるし、他の者達もなんやかんやで予定が詰まっている。

 皆、連夜のことが心配ではあるが、この後に控えているそれぞれの予定も放り出せるものではないものばかり。

 苦悩の表情を浮かべて真剣に考え込む仲間達に連夜は苦笑を浮かべて口を開く。


「心配してくれるのはありがたいけどさ、大丈夫だよ。今までずっと一人で行動していたんだし」


「いや待て、今までとは違うだろ連夜」


「そうだ。ここ最近、僕達はいろいろな不良達に喧嘩を売ってる。一応表だってはシャルロッテ嬢が僕達の盟主ってことになってるが」


「だな。頭の切れる奴が一人でもいれば、シャルロッテがリーダーじゃなくて、単なるマスコットだってことに気がつく。そうなったら連夜の存在に気がつくのなんて時間の問題だぜ」


 ロム、フェイ、クリスが渋い顔で首を横に振り連夜の言葉を即座に否定すると、他の仲間達も同じ思いだったのか一斉にその言葉に頷きを返しロム達の意見を支持。

 たった一人の例外を除いて。


「マスコットじゃないもん!! 私だって役に立ってるもん!! リーダーとして頑張ってるもん」


 マスコット扱いされた小犬型獣人(ミニチュアコボルト)族のシャルロッテが、連夜の腕の中でキャンキャンと猛抗議を開始。

 だが。


『はいはい。えらいえらい』


「う、うわ~~ん!! 連夜ぁぁぁぁっ!! みんながいぢめるぅ」


「ちょ、みんな、やめてくれる。シャルは打たれ弱いんだから」


「こうなったら、私の実力をみんなに認めさせてやるんだから。私、今日のお茶会の出席を取りやめる!! そんで、連夜のボディガードをやるんだから!! 私が連夜を守るんだから」


『いやいやいやいや、それは無理だから。絶対無理だから』


「う、うわ~~ん!! 連夜ぁぁぁぁっ!! やっぱりみんながいぢめるぅ」


「みんな、シャルをいじるのはやめなさいってば。シャル、気持ちだけ受け取っておくからね。今日のお茶会はちゃんと出席してね。各企業のお偉いさん達のところに君が顔を出してくれるだけでほんと助かるんだから」


「私、役にたってる?」


「たってるたってる。もうすんごい役に立ってるよ。あの頭の固いおじいちゃん、おばあちゃん、みんなシャルの大ファンだから、シャルが相手してくれるだけで反応が全然違うのよ。うちのお父さんも大番頭のこてつさんもすっごいシャルのこと褒めていたよ。『シャルちゃんのおかげで、うちの会社はいつも有利な条件で交渉出来る』って。もうほんとシャルはうちの会社の福の神様です。シャル様、いつもありがとうございますです、はい」


「むふ~。そっかそっか。じゃあ、私、お茶会がんばってくる」


 完全に機嫌を直したシャルは、連夜の腕の中で元気よくパタパタとしっぽを振って見せる。

 そんなシャルロッテの艶々した頭の毛並みを、優しい手つきで撫でながら連夜は仲間達のほうに向きなおった。


「まあ、ともかく、みんな手が空いていないみたいだし、今日のところは僕一人で出かけるさ。行先はそんなに遠くじゃないし、大丈夫だよきっと。みんな心配してくれてありがとね」


 そう言ってシャルロッテを下へと下ろした連夜は、仲間達に背を向けて庭園を後にしようとする。

 仲間達はそれぞれ顔を見合わせるが、引き止める言葉も具体的な良案もなくただただ連夜の背中を見つめるばかり。

 だが、そんな中、ずっと沈黙を保っていた人物がついに行動を起こす。

 龍族の友人である瑞姫の横に立っていたその人物は、スキップするような足取りで連夜の元へと走り出すと、その横に並んで一緒に歩き始める。


「リン?」


「おうよ、俺様よ」


 自分の横を一緒に歩く人物にすぐに気がついた連夜は、驚きの声をあげる。


「ロムと一緒にいなくていいの?」


「バッカ、おまえも俺の相棒だろうが」


「いや、そうだけどさ。でもどちらかといえばその」


「おいおい。ロムは別に危険なところに行くわけじゃないけど、おまえはそうじゃないだろ。だったら、どっちを優先させるべきかなんて言うまでもねぇじゃん。ってことで、俺がこいつのボディガードしてくるわ!!」


 振り返ったリンは、こちらを見送っている仲間達に大きく手を振って見せる。

 すると、仲間達は明らかに安堵の表情を浮かべ一斉にその手を振り返す。


「頼んだぜ!!」


「気をつけてね」


「危ないときは迷わず逃げてね」


「おまえが連夜に迷惑かけるなよ」


「わかった、任せとけ!! って、ロム、さりげなく余計なこというな!!」


 若干名不安視する声はあったのの、彼女に掛けられるほとんどの声は好意的なものばかり。

 それというのも直前にあったゲットー一味との激突時に自らの実力を大いに示したことと、連夜が特に荒んでいたという中学時代を共に過ごした友人であるという事実を友人達が聞き及んでいたからであった。

 こうして、リンは連夜のボディガードとしてこの大学へとやってきたわけあるが。




「ほらぁ、回想編ですでに馬脚を現しているじゃん!! っていうか、回想編全く女言葉使ってないよね?」


「う、うわ~~~ん!! みんな、どうしてツッコミ入れてくれないのよ!! おかしいでしょ!? 私、大暴れする前はちゃんと女言葉使ってたわよ。それが突然男言葉に変わったら絶対変だってわかったはずなのに!?」


「みんな、気を使ってくれたんだよ。きっと。『ああ、この子これが地なんだな。指摘するのはかわいそうだから、今はそっとしておいてあげよう(笑)』的な感じで」


「いらんから!! そんな気の使い方いらんから!! だいたい、その最後の『(笑)』は何よ!? 明らかに面白がってるじゃない!?」


「うん」


「『うん』じゃねぇから!! って、あっ!」


 連夜の容赦ないツッコミ攻撃を受けて、地面の上を転げまわっていたリンであったが、はっとあることに思い当たり急いで自分のブラウスを捲り上げる。


「ちょっ!? リン、こんなところで何やってるの!?」


「い、いや、本当に男に戻っていたらどうしようって。ああ、よかった。上はちゃんと大きいのは二つついてる。でも、下は」


「おい、ちょっと!! やめやめやめ!! 脱ぐな脱ぐな!! お願いだからこんなところで下を脱がないで!! そもそもスカートの上からでも触ったらわかるでしょうが!!」


「いや、一応目で確認しておかないと安心できないというか」


「ダメだ!! 頼むからやめて!! せめてトイレの個室の中で確認して!! あと、早くブラウスの前を止めて!! 見えてるから!! 半分以上飛び出しちゃってるから!!」


 現状で既にとんでもない状態になっているというのに、更に事態を悪化させようとする友人を、慌てて後ろから羽交い絞めにし何とか押しとどめる連夜。


「いいだろ、別に。俺とおまえの二人しかいないんだから」


「全然いいことないから!! ってか、また男言葉に戻ってるから!!」


「あわわわ、しまった。と、ともかく、別にあんたに見られても私は全然平気。って、そういえば、あんた、ロムと同じで巨乳大好きだったわね。はは~~ん。さては私のこのたわわな二つの果実をを見て欲情しちゃったとか?」


 男性だった中学時代、好みの女性についてさんざん連夜から聞き出していたリンは、当然ながらそのことをバッチリ覚えていた。

 そのとき得た情報から、今の自分の姿が連夜の性的嗜好にかなり合致していると判断したリンは、わざとらしく胸元を更に広げ体をくねらせて見せる。

 だが、肝心の連夜はというと。


「いや、それは全くない。というかありえない」


「なんで!?」


 さっきまでの慌てぶりはどこへやら。一気に冷めた表情になった連夜は、首を横に振って見せながら呆れたように嘆息してみせる。


「いや、おかしいだろ? おまえ、物凄い巨乳好きだったじゃん。それに『人』型に近い獣人系好きだったよな? あとは金髪で年上だったか。まあ、そっちはヒットしてないけど、今の俺、巨乳で『人』型に近い獣人系だよ?」


「いや、完全に僕の好みに一致する僕専用があるんで、もう代用品は結構です」


「はぁ? 『専用』って何? 『連夜専用巨乳』みたいな感じ? ロボットアニメでよく出てくるエースパイロット専用みたいな?」


「違うね。そんなやられるの前提で登場するようなのとは全く違う。明らかに主人公機的な感じだね。触るだけで僕のこの手が真っ赤に萌えるみたいな。顔を埋めるだけでトランス状態発動みたいな。揉むだけで目の奥で種状の何かが輝くみたいな」


「えええええっ!? そ、そんなに!?」


 第三者が聞いていたら間違いなく全く意味がわからず首を傾げるであろう連夜の言葉を、何故か完璧に理解できたリンが驚愕の絶叫を放つ。


「というか、実はそれっておまえの妄想とか、最近売り出し中のAV女優ラン・リツとかじゃなく?」


「失礼な。はっきり言うけど妄想でもAV女優とかでもないから」


「うそだぁ。だって、おまえその手のAV一杯集めていたじゃん。あとケモノ系美女のエロ漫画とか恐ろしいほど収集してたじゃん。中学時代、よく集めたコレクション俺に見せてくれたじゃん」


「ああ、あれね。あれはもう捨てた」


「え?」


「だから全部捨てた」


「はぁっ!?」

 

 連夜の更なる爆弾発言に、吃驚仰天のリン。

 しばしの間ぽか~んと大きく口を開いて茫然自失状態であったが、はっと我に返ると、未だあられもない姿のまま自分の目の前に立つ連夜に猛然と掴みかかっていく。


「いやいやいや、おかしい。それはおかしいだろ? 物凄いこだわって集めていたじゃん。あれ、物凄い量があったよ? わざわざ倉庫借りて、しかもそこに入りきらないくらいの量を集めていたじゃん。AVコレクターで有名な歌手のスィンジー・タリムリャも真っ青なマンモスコレクションだったじゃん」


「いやいやいや、捨てました。間違いなく捨てましたよ、全部」


「え? まさかあれ全部? 倉庫一杯のAV全部? 嘘でしょ? マジで?」


「マジマジ。だって、所詮代用品だもん。本物が手に入らないって思ったから必死になって少しでも本物に近いのを探して集めたのだからね。でも、もう正真正銘の本物が手に入ったし、あんなの全然必要ないっす」


「はぁっ? 本物って何? ってか、さっきからおまえの言ってることの中に微妙にわかりにくい箇所があるんだけど」


「本物は本物だよ。わからないかなぁ。つまり、君の胸とは全然違うってことですよ」


「違うって何が? いや、巨乳は巨乳っしょ?」


「ちっが~うっ!! 激しく違う。僕専用は、それとは全く違う!!」


 これだけは絶対に譲れないというところに踏み込んできたリンに対し、連夜は結構本気で怒り出し、大声を張り上げながら彼女の手を振り払う。

 だが、突然激昂し始めた真友に戸惑いつつもリンは引こうとはせず、眦を吊り上げて負けじと声を張り上げる。


「どこが!? 具体的にどこがよ!?」


「全部だよ、全部」


「だから具体的にどう違うっていうのさ!?」


「まずこんな風に柔らかさが違う」


 ふにょん。


「形だって、見てもらえばわかるように不自然に張り出しているわけじゃなく、なだらかに前にでながら自然の丸さを誇っているし」


 ふにょんふにょん。


「絶対見せないけど、胸の先にあるピンク色のつぼみもそれはもう見事な・・・」


 ふにょんふにょん、ふにょにょにょん。


 売り言葉に買い言葉で完全に頭が血が上ってしまった状態の連夜は、無意識のうちにすぐ側にあった実物を手にとってリンに見せ付けながら熱く自分の主張を語り続ける。

 決して乱暴には扱わずそっと持ち上げてみたり、両手で柔らかくはさんで形をはっきりさせてみたり、壊れ物を扱うように揉んでみたり。

 それはもう一から十まで懇切丁寧に、実演つきで説明し続ける。

 だが、説明を受けているリンはそれどころではない。

 真っ先にあることに気がついて、頭が完全に冷えてしまったリンは、目の前で繰り広げられている最悪の状況にどんどん顔面を蒼白にしていく。

 それに対し当の連夜は全く状況に気がついていない。

 どこまでも調子に乗って自論を熱く語り続けているが、流石にそろそろヤバイだろと思ったリンは友人の暴走を止める為、意を決してその口を開く。


「あ、あのさ、連夜」


「何!? まだ説明途中なんだけど!?」


「お、おまえ、いい加減にしとかないと」


「いい加減? 全然いい加減じゃないよ!! 僕は真面目に話しているんだよ!!」


「いや、説明はいいけど、それは完全に不味いよ、アウトだよ」


「『それ』って何?」


「いや、その、だから、持ち上げたり挟んだり、ましてや揉んだりするのはアウトだろ。いや、完全にアウトだよ、普通」


「いや、だから何を?」


「いや、だからその人の胸を」


「その人の胸って、だからこれは僕の・・・あっ」


 自分の今の行状をようやく把握した連夜。

 さっきから自分が豊満かつ見事な大きさのそれをこねくりまわしていたことに気がつき、ゆっくりと手を離す。

 そして、真っ青になった表情を、いつの間にかやってきていたそれの持ち主に向ける。

 そこには、顔をりんごのように紅潮させ、涙目になった目を自分に向ける最愛の恋人の姿が。


「連夜くん、これはいったいどういうことかしら?」


 ぶるぶると体を震わせながら恨みのこもった声をあげる狐耳の美女。

 その美女をしばしの間、呆然と見詰めていた連夜であったが、すぐに物凄い勢いで地面の上に正座すると、見事なまでの姿勢で頭を下げて平伏してみせ、そして。


「玉藻さん、さ~~っせんしたぁっ!!」


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