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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
14/199

第一話 『宿難家の朝』 その4

「おはようございます、連夜お兄様」


 流れるようなロングヘアーの銀髪、ルビーのように輝く赤い瞳、抜けるような白い肌。音楽のような涼やかな声と、お姫様のような奇麗な一礼で、連夜に朝の挨拶をしたその少女は、そのまま、連夜の体に飛び込んだ。


「おっとと、お早う、スカサハ。今日も吃驚するくらいかわいいね」


「えへへ、そうですか。お兄様にほめられるとうれしいです」


 まるで仔猫のように連夜にじゃれつくこの人物は、連夜の二つ下の妹で、宿難家の末妹。 


『スカサハ・M・スクナー』


 血がつながってるとは到底思えないような、儚くも美しい姿をしたこの妹は、美しいだけでなく、スポーツ万能、成績優秀、中学校では生徒会長まで務めている超エリート。かっこいいという言葉が似合う美しさを持つ姉とは対照的に、かわいいという言葉が素直に似合うお姫様のような少女。

 それがスカサハという少女だった。

 ある一面をのぞけばだが・・


「お兄様・・スカサハは・・お兄様とずっとこうしていたい・・」


「いや、でもね、そろそろご飯食べて、学校行く用意しないといけないと思うんだけど」


 連夜にしっかりと抱きついた状態から上目づかいで熱っぽく兄を見つめ続ける妹に、困惑しつつも強くでれない兄バカの連夜。そんな二人の様子を物凄く面白くなさそうに見つめていた上の二人は・・


「をい、連夜、そこの二重人格はほっといて、飯いれてくれ」


「そうそう、何がお兄様だ・・気持ち悪いっての」


「あ、いや、ちょっと二人とも・・」


 実の妹に向かって暴言を垂れ流す上の二人をたしなめようとした連夜だったが、凄まじい殺気を近くから感じておもわずびくっと身体をすくませる。殺気の発生源をきょろきょろと探してみると、さっきまで自分をみつめていた妹が、目の前で朝食を食べている二人の兄姉に視線を移しているのがわかった。完全に視線だけで人を殺せそうなオーラをにじませながら。

 連夜は慌てて妹のほっそりした両肩を掴んで自分のほうに向かせると、引き攣りそうになる顔を強引に抑え込んで笑顔を作る。


「す、スカサハ? あの、と、とりあえず、ご飯にしよっか、いまお味噌汁とご飯いれるし、ね、ね?」


「あ〜、悪い、俺、間違えてスカサハのサンマ食っちゃった。」


「あら、卵焼きなくなっちゃったわ。ごめんごめん。あ、ホウレンソウならあるから」


 なんとか場の空気を変えようとする連夜の努力をぶち壊しにする反省の欠片もない、誰が聞いても上辺だけとわかる謝罪の言葉をいけしゃ〜しゃ〜とのたまった上二人。そのとき、連夜の耳に『ぶちっ』という誰かの堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。連夜からふらりと離れたスカサハは幽鬼のように兄姉のほうに一歩踏み出した。


「きさんらなにさらしてくれとんじゃ〜・・おお? わしに喧嘩うっとるんかのう〜? わしのことなめとったらのう・・ぶち地獄みせたるさかいのぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 さっきまでのフランス人形のような美しく気高い表情から一変、まるで『仁義なき戦〇 広島激〇編』の菅原 文〇のようなキレた狂犬のような表情で啖呵を切ったスカサハの銀髪が、みるまに無数の蛇の群れへと変わる。そして、のんびりと椅子にすわってお茶をすすっていた二人に襲いかかった。


「ふむ・・この長兄に喧嘩を挑むその心意気はよし・・しかし、まだまだ甘い!!」


「やれやれ、精神修行がなってないねえ・・生徒会長様だなんだと持ち上げられている割に、おこちゃまということかな」


 妹の攻撃を余裕を持ってかわした二人はすかさず態勢を整えて戦闘モードに入り、壮絶な兄妹喧嘩が幕をあげる。


「あ~~、もう、また始まっちゃった!!」


 兄、姉、妹が入り乱れ、素人から見ても間違いなく超絶的な武術と思われるとんでもない技を駆使して戦いあうその姿に、連夜は思わず頭を抱えそうになる。しかし、大好きな兄姉妹が戦いあう姿など見たくない連夜は、なんとかそこに割って入って止めようとする。


「ちょ、みんな、やめてやめて!! ダイ兄さん茶碗投げちゃだめ!!み〜ちゃん、お箸を武器にしちゃだめ!! スカサハ、学生服が汚れちゃうよ、やめなさい!!」


 慌てながらも三人の間に入って喧嘩を止めようとするのだが、連夜以外のメンツはみな武芸の達人。いやそればかりではない。連夜自身は全種族中最弱の人間族であるが、彼以外の兄姉妹は違う。人間族の父親の血を受け継いだ連夜と違い、彼ら三人は母親の血を受け継いでいる。

 この世界に存在している全種族の中でも特に『人』口が多く、また身体能力も際立って優秀な三つの種族がある。『妖精』族、『神獣』族、『聖魔』族。大概の種族はいずれかの種族に分類される派生一族で、どの種族も非常に優秀な身体能力を持つことで知られているが、連夜達兄弟姉妹の母親は、その中の一つ『聖魔』族の出身で、しかも、あまり大きな声ではいえないが、かなり高位に位置する種族である。その母親の血を色濃く受け継いで生まれてきた三人は、尋常ではない身体能力を持っている。

 それはもう、そのあたりに住んでいる上級種族など目ではないくらい、圧倒的な力の持ち主達なのである。そんな彼らの喧嘩に、何の能力も持たないただの人間族である連夜が割って入ってもどうすることもできない。それどころか、彼らは連夜が自分達の戦いの場に飛び込んで来たことを確認すると、さっさとキッチンから戦いの場をリビングに移す。しかし、広い所でやればいいという問題ではない。連夜は三人を追いかけて合戦城になっているリビングに飛び込むが、三人はそんな連夜だけは傷つけないように無駄に超絶的な技術をふるって喧嘩を続行し続ける。

 そんな茶碗やお箸や湯飲みや皿がばんばん飛び交い、布団叩きやハリセンを剣刀代わりにして、ガチンコで戦い合う兄姉妹の中を、あっちにおろおろ〜、こっちにおろおろ〜と、頼りなくふらふらする連夜。


「喧嘩しちゃだめだよ~・・みんな仲良くしようよ~!! だ、誰か、三人を止めてぇ!!」


 両手をバタバタさせて、リビングを吹き荒れる嵐を収めようとする連夜。だが、その嵐は一向にやむ気配はなく、思わず頭を抱えて絶叫する。

 最早、誰かが力尽きるまで戦いの嵐は止まらないのか、そう思われたそのとき、リビングに小さな影が次々と現れ戦いの渦中へと飛び込んで行く。


「我々にお任せくださいませニャン、若様!!」


「えっ!?」


 チェックのブレザーにスカート、そして赤い棒ネクタイという、スカサハが通う中学校の同じ制服に着替えた猫メイドの群れ。スカサハと同学年で同じクラスメイトでもあるメイド長さくらに率いられた、中学生猫メイド隊の面々だった。

 

「いきますわよ、みなさん!! またたび流猫忍術!!」


『あふれるほど大分身、特売セールバージョン!! 名付けて、『あふれてこぼれちゃったごめんね、ちょっとアダルティック大分身!!』


「ながっ!! 技の名前、すっごいながっ!! しかも意味がよくわからないし!! ってか、それ本当に叫ぶ必要あるの!?」


 大治郎、ミネルヴァ、スカサハのちょうど真ん中に飛び込んで行った制服姿の猫メイド達が、小さい手で印を結びかわいらしく呪文を唱えると、瞬く間にリビングルームが猫メイド達でいっぱいになる。あまりにもいっぱいすぎて天井まで猫メイドでいっぱい、外に続くガラス戸は部屋いっぱいの猫メイド達に押されてみしみしいってるし、何匹かの猫メイド達はキッチンに続くところから溢れて転がり出てしまっている。

 流石の超人達もこの猫団子の中では戦うことはできなくなっていたが、戦うどころか動くことすらままならなくなっていた。


「ちょ、ちょっと待ておまえら!! 人数多すぎるだろ!? それにひっつくんじゃない!! 熱くてかなわん!! え~い、そろそろ術を解除しないか、バカ者!!」


「きゃああっ!! 大治郎様、何をなさいますか!? そ、そこは私のお尻ですニャン!!」


「な、なにっ!? い、いや、すまん、しかしだな!?」


「ひゃあっ、大治郎様のエッチ、そ、そこは私の大事な・・もうお嫁にいけませんニャン!!」


「ぬううっ、ち、違う、決してそういうつもりでは・・」


「大治郎様、どこを見ていらっしゃるのですか!? そんなスカートの中を・・言ってくださればいつでもお見せいたしますニャン」


「あほかああっ!! 動けないんだからしょうがないだろうが!! そもそもこの事態を引き起こしたのはおまえらで・・連夜ぁぁぁっ、頼む、なんとかしてくれえええ!!」


「ミネルヴァ様のお胸、思ったよりもふにふにですニャン」


「ちょ、あんたどこ触ってるのよ!?」


「ミネルヴァ様、ちょっとお尻が垂れていませんかニャン?」


「垂れてないわ!! ちょっと待て、いま垂れているって言ったのは誰だ!? さくらじゃないのはわかってるけど、誰が誰だかわからない、卑怯者!!」


「ミネルヴァ様、凄い腹筋。こんなに筋肉ニクニクしていたらお嫁にいけないのではないですかニャン?」


「余計なお世話よ!! もういやああ!! れ、連夜、助けてぷり~ず!!」


 猫団子に拘束されて身動きが取れずたまらず悲鳴をあげる大治郎とミネルヴァ。術が発動する寸前、かえでといちょうの双子メイドの手でキッチンに避難させられて無事だった連夜は、その悲鳴が聞こえたほうに助けに行こうとするが、なんせ、部屋全体が猫メイドで埋まっているからなんともしようがない。

 どうしたものかとおろおろしながら思案していると、キッチンとリビングをつなぐ襖の部分がからりとあいて、そこからメイド長のさくらとスカサハが何事もなかったように姿を現す。


「姫様、お怪我はございませんかニャン?」


「ええ、大丈夫よ、さくら。やはり持つべきものは親友ですわね。ありがとう、助かりましたわ。ところでいい加減その『姫様』はやめてちょうだいってば。私はあなたを部下とか下僕とか思ってはいなくてよ。あなたは私のかけがえのない大親友ですもの。そう思っているのは私だけなのかしら?」


「いいえ、さくらも・・さくらにとってもスカサハ様は大事なかけがえのないお友達にございますニャン」


「じゃあ、『姫様』はやめて・・」


「ですが、同時に我らが忠誠を誓う大旦那様の大事なご息女様であり、私が敬愛する若様の大切な妹姫様にございますニャン。よってスカサハ様は我らの『姫様』ですニャン」


「もう、さくらはほんとに頑固者なんですから」


 怒ったような顔を浮かべて睨みつけるスカサハと、しら~~っとした表情でそれを受け流すさくら。二人の主従はしばしそうやって真剣極まりない空気を醸し出して対峙していたが、やがて、この空気に耐えきれなくなったのか、同時に『ぷっ』と噴き出してしまう。そして、二人して歳相応の屈託のない笑みを浮かべてほほ笑みあう。

 そう、スカサハの言葉通り、さくらは十年来になるスカサハの大親友なのだ。本来さくらは全メイド達を統括指揮するメイド長である。この家の主である仁は最重要人物で別格として、彼以外の家族の面々に対しては平等に接し仕えなくてはならない立場。しかし、実年齢がバレて、平日の昼間学校に通うようになってからというもの同学年のスカサハと行動を共にする時間が大幅に増え、自然と彼女の専属メイドのようになってしまったのだ。

 最初は義務感のようなもので学校にいる間のスカサハの世話をしていたさくらであったが、スカサハの高潔な性格を知るにつれ次第と彼女に惹かれいつしか自ら進んで仕えるようになっていた。

 さくらのほうだけではない。あまりにもかわいい容姿と出来すぎる能力のせいで下僕志願者や恋人志願者は多くても友達が極端に少ないスカサハにとっても、さくらは特別な存在である。学校以外の場所でなら、連夜という心強い存在がスカサハにはいる。苦しい時、悲しい時、辛い時、いつでもすぐにそんなスカサハの内面を見通して連夜は黙って側にいてくれるし、困っている時にはすぐに手を差し伸べてもくれる。

 だが、学校には連夜はいない。

 完璧超人で学校でもあらゆることをそつなくこなしてみせるスカサハであるが、時にはへこむこともある。壁にぶつかって思い悩む時もある。そんなときに一緒にいてくれるのがさくらであった。連夜のようにスカサハの内心を魔法のように見通して助言してくれたり、困っていることを見透かして的確な助言をしてくれるわけではないが、一緒になって悩み、手伝ってくれる本当に心強い味方であった。

 そんな二人の関係であるから、兄姉妹喧嘩が勃発した場合さくらが誰の味方をするかは至極明白であった。

 連夜は猫メイド達が、リビングに飛び込んで行った理由がスカサハの援護であったことを今更ながらに理解し、なんとも言えない困った表情で目の前に立つ二人の妹達を見て、深い溜息を吐きだす。


「二人とも仲がいいのは結構だけど、そろそろダイ兄さんとみ~ちゃんを解放してあげてくれないかな、お願いだから」


 大好きな連夜の言葉を聞いて二人は顔を見合せる。そして、揃ってわざとらしく腕組みをして思案顔をしてみせると、ゆっくりと首を横に振る。


「お言葉ですがお兄様。それはできません」


「えええっ、なんでさ、スカサハ!? そんなこと言わないで助けてあげてよ。ちょっとさくら、笑ってないで早く術を解いてあげてってば」


「私も若様のご命令は承服しかねますニャン。他でもない若様のご命令故、すぐにでもお応えしたいところですが、この喧嘩の原因は大治郎様、ミネルヴァ様の大人げない挑発行為にあると愚考いたしますニャン。確かにそれに乗ってしまったスカサハ様の行為を軽率と言われればそれまででございますが、挑発されなければこのような大喧嘩になることはなかったわけですから、どちらの非が重いかは明白と存じますニャン。そして、今、我々の手で戦闘状態が停止しておりますが、これは一時的なもので終結したわけではございません。もし、今、我々が拘束を解いてしまっては、これ幸いとお二人がスカサハ様に報復行為にでないとも限りませんニャン。なにせ、お二人は共にこの城砦都市にその名を鳴り響かせる超闘士。かたや、城砦都市最強と名高い戦闘集団『暁の旅団』の鬼副長にして、『天剣絶刀(てんがあたえし)獅皇帝(まもりがたな)』の二つ名を持つ大治郎様。かたや、フリーの傭兵として北方諸都市に名を響かせる絶世の美女戦士コンビの片割れ、『絶対佳人(ひげきゆるさぬ)戦天女(てんのはな)』の二つ名を持つミネルヴァ様ですからね。くわばらくわばらですニャン」


 わざとらしく身震いしながら説明してみせるさくらの言葉に、重々しい表情でうんうんと頷いてみせるスカサハ。そんな二人を連夜は呆れたように見つめる。


「よく言うよ。二人とも全然怖いと思っていないくせに」


「「そんなことないです~」」


 ブ~と可愛らしく唇を突き出して膨れて見せる二人の姿に、連夜はやれやれと片手で頭をかいていたが、溜息を一つ吐き出して猫団子状態になっているリビングのほうに視線を向ける。


「ダイ兄さんもみ~ちゃんも今の聞いていたでしょ? スカサハとさくらが、ちゃんと謝って反省してくれたら解放してあげるって」


「「絶対に謝らない!!」」


 半ば予想してはいたが、即答で連夜の提案を却下する二人。しかし、連夜は諦めずに説得を続ける。


「謝らないって・・でも、さくらの言う通り挑発したのは二人なんだから」


「ふん、あの程度のことを言われて腹を立てるとは、ましてや口で返すならともかくスカサハは手を出してきたであろう」


「それに私達二人いるってわかってて仕掛けておいて、危なくなったらさくら達メイドに加勢を頼むなんてすっごい卑怯じゃない?」


「な、なんですってぇ!? そうまで言われて黙っていられますか!! さくら、いますぐ二人の拘束を解いてちょうだい、実力であの二人に思い知らせてやるんだから!!」


「ひ、姫様落ち着いてくださいましニャン。あれはお二人の挑発ですニャン」


「はっはっは、どうせ、言葉だけだろう? 本当にこの拘束を解いて正面から俺達と戦う勇気はスカサハにはあるまいて」


「そうね~。スカサハはなんせ温室育ちのお嬢様だしね~」


「もう、絶対に許さない!! さくら、離して、あのバカ兄とスケベ姉をぶん殴ってやるんだから!!」


「なりません、姫様!! って、なりませんてば、スカサハ、コラッ、落ち着きなさいニャン!! ほんとにもう猪突猛進なんだからぁ!!」


 連夜の説得なぞどこ吹く風、言葉の応酬だけではあるが、第二次兄姉妹喧嘩勃発にリビングとキッチンはまたもや嵐に包まれようとする。

 しかし、流石に今回ばかりは連夜の堪忍袋の緒が切れた。日向のような温かな笑顔を浮かべていた表情から一変、真冬の夜のような寒々しい無表情になった連夜は、兄姉妹達に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でぼそりと呟く。


「わかった。好きなだけ喧嘩すればいいよ。その代わりもうみんなとは二度と口をきかない」


 キッチンとリビング、いや、それどころかこの家全体に広がる範囲の空気が一瞬にして凍りつく。つい今しがたまで言い合いをしていたはずの兄姉妹達は一斉に黙りこみ、周囲を痛いくらいの静寂が支配する。

 やがて、なんの感情も見せない絶対零度の表情のままリビングの部屋に背を向けた連夜は、流しのほうに向かってスタスタと歩いていく。そして、すっかり出来上がった弁当を弁当袋に入れて最後の用意を仕上げようとしていた父親の横につき、一緒になってそれを手伝い始める。


「おやおや、連夜くん、もういいんですか?」


「みんなやりたいと言うんだから、やればいいんじゃないでしょうか。僕の意見は聞いていただけないとわかりましたので、今後は意見を挟むのをやめようと思います」


 なんともいえない苦笑を浮かばせた父親は、隣に立つ最愛の息子に話しかけるが、息子は変わらぬ絶対零度の声音で返事を返す。そんな息子をやれやれと見つめたあと、父親は後ろを振り返り、そこにいる者達に声をかける。


「って、連夜くんは言っていますが。どうしますか、みなさん?」


『私達が悪うございました』


 いつのまに術を解いたのか、大治郎、ミネルヴァ、スカサハ、さくら、そして、分身の術に参加していた中学生猫メイド達が全員そろって連夜の後ろに正座し、見事なまでの土下座姿で謝っていた。

 しかし、連夜はその姿をちらっと見つめただけで、何も語ろうとはせず、やがて弁当の用意が終わるとエプロンを外し、隣にいる父親に話かける。


「お父さん、今日はお母さんと一緒に出かけるんですよね? でしたらすいませんが、この後のみんなの朝食の給仕をお願いできますか。僕が一緒だとみんなご飯がまずくなるでしょうし」


『ちょ、ちょ、ちょっと、待ったぁぁぁぁぁ!!』


 絶対零度の仮面の奥、その瞳にうっすらと何かを光らせながら父親にしょんぼりとこのあとのことを頼んだ連夜は、その場から逃げるように立ち去ろうとするが、その連夜に土下座メンバー全員がすがりついて引きとめる。


「ほ、ほ、本当に悪かった、連夜!! 悪い、本当に俺は悪いお兄ちゃんだった、反省してる!! な、な、ごめん、すまん、許してくれ、頼む!!」


「私達のことでそんなに傷つかないで連夜!! あ~~、ごめんなさい!! 本当に本当にごめんね!! 違うのよ、ほんとは喧嘩じゃないの、じゃれあってるだけだったの、誤解させちゃってごめんね」


「そうですそうです、連夜お兄様が気に病まなくてはならないようなことは何一つございませんのよ!! ちょっと調子に乗り過ぎちゃったのですわ!! ね、さくら」


「そ、そうですとも、そうですとも。一般市民の皆様に強大な術をぶちかますわけにはいきませんから、そのお相手をしていただいただけですニャン!! 若様は無理矢理謝らせたと思って自己嫌悪されていらっしゃるのかもしれませんが、決してそうではないのですニャン。みんな、若様を傷つけてしまって申し訳なくて謝っているのですニャン。そ、それにこれから若様の優しい言葉をかけていただけないなんてことになったら・・」


『耐えられませんニャン!!』


 最後のさくらの言葉を引き継いだ中学生猫メイド達の集団が、連夜の体中にしがみついて『ブニャ~~~』と盛大に泣き始め、ようやく連夜の表情が元に戻る。


「僕こそごめんね、みんな。子供みたいな拗ねかたして。みんなに気を使わせることになっちゃって、ほんとだめだよね、僕」


『そんなことないない!!』


 がっつり落ちこんでいるとわかる連夜の言葉を聞いたメンバー達は、どこかで練習していたんではないかと思わせるような一糸乱れぬ統率力で一斉に首を横に振ってそれを否定してみせる。


「本当に?」


『本当本当!!』


「じゃあ、僕がみんなの朝食の準備してもいいかな?」


『是が非でもお願いいたしまする』


 泣き笑いのような表情ではあるが、ようやくいつもの調子にもどってきた連夜の姿を見て、一同は一斉に安堵の吐息を吐きだす。


「あ、危ない。危うく連夜の信頼を失うところだった」


「ほんとだわ。あんた達の信頼なんかどうだっていいけど、連夜の信頼を失ったら私生きていけないわ」


「それは私だって同じです。なんだかんだ言っても、連夜お兄様は特別な存在、特別な方。ね、さくら」


「はい、ですニャン。若様は大事な大事な方ですニャン。姫様と比べられると困ってしまいますけど・・」


「いいのよ。私にとってもさくらにとっても大事なかけがえのないお兄様ですもの、それにしてもお兄様は・・」


 そこまで言って言葉を止めたスカサハは、忙しく自分達の朝食の準備をしてくれている連夜の姿を見つめる。すると、それに倣うように大治郎やミネルヴァ、さくらや中学生猫メイド達も揃って同じように連夜を見つめ、彼らはそろってなんともいえない吐息をもらすのだった。

 しばらくそうやって彼らが連夜のことを居た堪れなくなるくらい暖かい眼差しでじ~~~っと見つめていると、それに気がついた連夜が非常に居心地が悪そうに彼らを見つめ返す。


「あ、あの・・みんな?」


「連夜が一生懸命働いている姿はいつ見ても・・なんというか・・その・・かわいいなあ・・」


 大治郎が表現に困り果てた末に出した結論を口にすると、それを聞いていたメンバー全員が揃って頷きを返す。


「ほんとあれは凶悪にかわいいわよねえ」


「お兄様、かわいすぎます・・なんか生まれたばかりの子犬がぷるぷるしている姿みたいで抱きしめたくなります」


「私はどちらかというと、お母さんの背中みたいに見えて抱きつきたくなりますニャン」


「あ~、それもあるかも!!」


『あるある』


 連夜を除く兄弟達の中に妙な連帯感が生まれていた。そんな兄弟たちをジト目で見つめて、なんとなく釈然としない気持ちを残しながらも、連夜はやれやれとため息一つついて肩を竦めてみせ、まあ仲良くしてくれているなら、もうなんでもいいかと自分を納得させる。

 そして、大治郎やミネルヴァのご飯を装い直し、スカサハやさくら達中学生猫メイド達の朝食の準備がすっかりテーブルの上に整いなおしたことを確認すると、今だに連夜の雰囲気談義をあ~だこ~だとしている面々に声をかける。


「じゃあ、朝食の用意できたから、みんな食べてね。僕はリビングの後片付けしてくるから」


「そんな、お兄様、私も手伝います!!」


「そうですニャン、そういった雑事は全て我々メイドが・・」


「いいからいいから。そんなことよりみんな学校に行く時間が迫っているから、先に朝食とってしまって。あ、先に言っておくけど朝食を抜くなんてダメだよ。ちゃんと朝は食べないとね。いいね」


 座ったばかりの椅子から立ち上がり、連夜を手伝うためにリビングに赴こうとするスカサハや、さくら達中学生猫メイド達を押しとどめ、連夜は一人さんざんに荒れ果てたリビングへと足を踏みいれる。


「それにしても本当によく暴れてくちゃったもんだなあ。いや、兄さん達の実力からすれば全然可愛いものか。本気でみんな暴れたらこんな家なんか一分ももたずに木端微塵だよね」


「ごめんね~、レンちゃん。いつもいつもみんなの世話をレンちゃんに押し付けちゃって。御片付け手伝うから許してね」


 飛び散らかった皿や茶碗を拾っていると、妙齢の女性と思われる声が聞こえてきて、連夜が声のしたほうに目を向けるとそこには妹スカサハを成長させたような人物が。


「あ、お母さん。おはよう、今日ははやいね」


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