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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
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第十五話 『転校生来たりなば、大嵐遠からじ』 その5

「はいはい、とりあえず食べながらでいいからみんなこっちに注目!!」


 作業着姿の生徒達が芝生の上に車座になって座り込み、大きな重箱のお弁当をみんなで分け合いながら和気藹々と食べている中、彼らの耳に響き渡るのはかわいらしい一人の少女の声。

 一旦食事を中断し、そちらのほうに視線を向けてみるとそこには人間族の少年に抱っこされた状態でこちらを見ている小型犬獣人(ミニチュアコボルト)族の少女の姿。

 高いところから見下ろすのが嬉しいのか、妙に勝ち誇ったというか得意気な表情で芝生の上の生徒達を見下ろしていたが、やがて、全員の視線が自分に集まったことを確認すると、一度だけわざとらしい咳払いをしてみせてから口を開いた。


「こほん。さて、私の愛すべき下僕ども。まずは荒れ果てた緑の休憩所の修復作業、誠にご苦労である。麗しくも美しい私の為とはいえ、よくやってくれているな。褒めてつかわす」


「いや、おめぇの為じゃねぇって」


「ドード館長の提示したバイト代が魅力的だったからだよねぇ」


「いいじゃん。言わせておいてあげようよ。一応、表向きはシャルちゃんが私達の『リーダー』ってことになってるんだし」


「なんか納得いかねぇけどなぁ」


「うっさいうっさい。あんた達黙れ!! 私がしゃべってるのに口を挟むんじゃないわよ」


 小さな小型犬獣人(ミニチュアコボルト)族の少女の上から目線の言葉に、ブーイングの嵐が巻き起こる。それを『キャンキャン』と可愛らしい吠え声でなんとか鎮めることに成功した少女は(鎮めたというよりも、少女が涙目になっていたので、それを見たみんながかわいそうになって譲歩してあげただけ)、気を取り直して話を続ける。


「と、ともかく、トカゲの馬鹿達が予想以上に荒らしてくれたおかげでまだまだ修復に時間がかかりそうだけど、みんな頑張って完遂するように。いいわね」


『へ~い』


「ちょ、何、そのやる気のない返事は!? だいたい、あんた達ね」


「はいはい、シャルロッテ。また脱線しかかってるよ。あんまりのんびりしていると放課後になっちゃうよ。一応、午後の授業はここの修復作業するってことで免除してもらってるけどさ。みんな、放課後以降は予定があるんだから」


 またもや話がずれていきそうになっていることに気がついて慌ててそのことを指摘するのは、彼女を抱っこしている人間族の少年。

 勿論、言うまでもなくこの物語の主人公連夜である。

 連夜に指摘を受けたシャルロッテは、彼の腕の中でかわいらしく不貞腐れて口を尖らせる。


「も、もう、わかってるわよ。連夜はうるさいなぁ。これから本題に入ろうと思ってたのに」


「そっかそっか。ごめんね、余計なこと言って。許してね」


「ふん。本当なら許してあげないところだけど、今回だけは特別に許してあげるわ。あんただから特別なんだからね。しぶしぶなんだからね。仕方なくなんだからね」


 さも、『しょうがないなぁ』という顔をしてみせるシャルロッテ。しかし、チェックのスカートから伸びるかわいらしい黒い尻尾はぶんぶんと元気よく振り回されており、周囲の者からすれば彼女の現在の機嫌が言葉通りでないことがまるわかり。いつも通り、必要以上に仲良しな二人の様子に呆れるやら微笑ましいやら。

 だが、そんな中にあって、どうにもこのままのんびりした空気の中に浸り続けることができないものがいた。

 車座に座る彼らの中から一人すくっと立ち上がった彼女は、目の前で仲良くじゃれあいを続けている二人に声をかける。


「ちょ、ちょっといいかな、連夜」


「ん? 何、リン?」


「いや、『何?』って、それはおれ、いや、私のセリフなんだけど」


 なんとも言えない困った表情を浮かべて声を掛けてくるのは白澤族の少女リン。喧嘩しているような口調で仲良くじゃれあっていた連夜とシャルロッテだったが、何かを問いたげな彼女の様子に一旦じゃれあいを止めて彼女に注目する。いや、連夜とシャルロッテばかりではない。車座になって座っている他の生徒達も一斉にリンのほうに視線を向ける。

 その視線は別に敵意とか害意とかが含まれたものではない。純粋に『どうしたんだろう?』という、疑問の視線だ。

 大勢の視線を集めることに慣れていないリンは、なんとも居心地悪そうにしばらくその場でもじもじしていたが、目の前に立つ連夜に無言で促され、溜息交じりに話を続ける。


「いや、あのさ、根本的なことなんだけど。なんで昼休み潰してまで不良と戦って、午後の授業さぼってまでここの清掃活動しているわけ?」


 『わけがわからない』と言わんばかりに肩をすくめてお手上げのポーズをとって見せるリン。その彼女の姿を見ていた周囲の生徒達は、今度は一斉に連夜のほうへと視線を移し直した。そこにはそれほど重くはないものの、『非難』とか『疑惑』とかあまり好意的ではない感情が含まれており、すぐに自分に心当たりがあることに気がついた連夜は、慌てたようにみんなから視線を外す。


「あ、あれ? 僕、説明してなかったっけ?」


「してない。瑞姫ちゃん以外の連夜の友達を、昼休みに紹介してくれるって話だったからついてきたけどさ。不良とやりあう話も、清掃活動する話も、ましてや授業サボる話も聞いてなかったんだけど」


「あれ? あれれ? あはは、そ、そうだったっけ?」


「まあ、別に不良と突然やりあうのは中学のときと同じで、構わないけどさ。私も久しぶりに大暴れできて楽しかったし。清掃活動も別にいいよ。掃除するのキライじゃないし、植木の世話とか結構面白いしね。たださぁ、転校初日で授業をボイコットってどうよ。これって、いろいろな方面に対してめちゃくちゃ印象悪くない?」


「そ、そうだね。い、いやあ、まいったなぁ」


「あんたのことだから、ちゃんと理由がるんだろうけどさ。できれば事前にきちんと説明しておいてほしかったんだけど」


「う、うん、確かにそうだね。いや、おかしいなぁ。せ、説明していたつもりだったんだけどなぁ。あははは」


『連夜~?』


 笑って誤魔化そうとする連夜に対し、周囲から一斉にあがる非難の声。流石の連夜もすぐに今回のことは自分の判断ミスであったことを認めた。

 そして『ごめんなさい』と謝罪の言葉を口にして、リンに今回の騒動の経緯について話始める。


 今回の集まりの目的の一つに、転校生であると同時に真友でもあるリンを、この校内に潜む連夜の仲間達に紹介することがある。

 それは予めリン自身に説明した通りのことで、決して嘘を言ったわけではない。

 だが。


「でもさ、別に今日じゃなくてもよかったんじゃないの? 普通は、こういうのってタイミングを見計らってというか、徐々に一人か二人ずつくらいで紹介されるのかなと思っていたんだけど、いきなりこんな大人数と引きあわされるとは思ってなくて、びっくりしたよ」


「ごめんね。できれば僕もそうしたかったんだけどね。いろいろと事情があってね」


 更に小首を傾げるリンの姿に、何とも言えない苦笑を浮かべる連夜。

 そう、今回の集会の目的はリンと仲間達との単純な顔合わせだけというわけではなかった。


 学校随一の嫌われ者である連夜であるが、心を許せる仲間が全くいないわけではない。

 クリスやアルテミス、ロムやフェイ、そして、同じクラスの瑞姫やはるかやミナホなど、表だって連夜の友達であることを隠そうとしない者達については今更説明するまでもないだろう。

 だが、今回、連夜がリンを紹介しようとしていたのは、彼らとはまた別の仲間達、校内において連夜との繋がりを表明してはいない者達だ。

 こう記載してみると、彼らは連夜の敵でも味方でもないグレーゾーンの存在のように感じるかもしれないが決してそうではない。

 彼らもまたクリス達同様に、連夜にとってはっきりした味方であることに間違いはないし、彼ら自身もはっきりそう思っている。

 公表されていない原因は彼ら自身にはない。他でもない連夜自身が彼らに自分の友達であることを広言しないように釘をさしていたのである。

 何度も記載するが、連夜はこの学校最大の嫌われ者である。故に校内に彼の敵は非常に多く、彼と関わりがあることを表明したものは間違いなく同じようにターゲットにされてしまう。クリスやフェイ達のように、自分で自分の身を守れるもの、あるいは瑞姫達のように味方が数多くいるものならばともかく、そうでない者にはかなり辛い環境になることはまず間違いない。

 それを嫌がった連夜が、彼らに口止めをしたのである。

 校内では決して自分に近づかないように、話しかけないように、そして、友達であることを公表しないように。


「なにそれ? あんた、みんなに自分のこと見捨てろって言ったの?」


「うん」


「『うん』じゃねぇわよ!! え? みんなそれ本当にそんなことしてたの? それ納得できた?」


 連夜に盛大に噛みついたリンが、車座になって座る生徒達のほうに視線を走らせると、みな、一様に渋い顔で首を横にふる。


「みんな、納得してないじゃん!!」


「それでも、無理に納得してもらったの。僕の友達だってバレたら何されるかわかったもんじゃないからね」 


 こうして一年以上もの長期にわたり彼らは連夜と校内で繋がりを持たぬままに過ごしてきたのである。

 校内では連夜と殊更に距離を置き、他の生徒達同様『赤の他人』を装う。

 そして、連夜が何らかの騒ぎに巻き込まれているのを目にしても彼らは『近づかない』、『関わらない』、『手助けは一切しない』。


「まあ、いわゆる『死んだフリ』というか『見て見ぬフリ』かな」


「おいっ!! ちょっと待て、それって『友達』って言えるのかよ!?」


「リン、落ち着きなって。言葉遣いが昔にもどってるよ。そもそもそうしてくれるように僕が頼んだってこと忘れないでね。お願いだからみんなに変な非難の視線を向けないでよ」


「『はい、そうですか』って、そんなふざけた頼みを聞く方も聞くほうだろ!? なんだよ、それ?」


「そんな簡単に『はい、そうですか』なんて誰も言ってくれなかったんだってば。一人ひとり説得するのにいったいどれだけ時間がかかったか。結局、折れなかったのも何人かいたしね」


「当たり前だろ!!」


 折れなかったのは全部で六人。

 瑞姫と、その忠臣はるかとミナホは龍族という社会的に立場の強い種族であった為、連夜の申し出を拒否。

 あとのクリスとアルテミス、それにロムは最後まで徹底的に抵抗したが、最終的に連夜が恫喝するような形で説得。

 しかし。


「あんまりにもあんまりな言い方だったからよ。腹が立ってしばらく連夜の顔を見るのが嫌で学校に来なかったな、俺」


「私は、クリスに付き合って、一緒に学校サボってた」


「俺は、まあ、いろいろ考えるところがあって、まずは自分を鍛えようと思ったよ。『外区』のバイトをバンバン受けるようになって、クリス同様に学校にほとんど行かなくなったのはそのときからだったかな」


 芝生の上に座り込んだ、クリス、アルテミス、ロムの三人は、当時のことを思い出しながら皆一様に悲しげな表情で口を開いた。


「ほら、全然納得してないし、説得できてないじゃん!」


「うん、まあ、それでも効果はあったんだって。僕以外のみんなは、僕が発端になって引き起こされた面倒事に巻き込まれてなかったみたいだし」


 だが、それも終わりが近づいてきている。


 『ルー・フェイシン』という心友との友誼が復活したことをきっかけに、そんな偽りの平穏も終わりを迎えようとしている。


 いや、既に終わってしまったというべきか。


 たかが高校の三年間と思っていた。

 元々連夜は、中学を卒業したらすぐに社会に出て働こうと思っていたのだ。学校という閉鎖された空間で、しかもそこに通う生徒達は非常に未成熟。わけもわからぬままに刷り込まれた差別意識を当然のものと疑いもせず、平然と『人』を傷つける馬鹿達が大勢いる場所に三年間も在籍し耐え続けるのは、苦痛以外の何物でもない。また、別に高校に通わなくても、その時既に連夜の頭の中には、そこで学ぶ以上の知識や技術がインプットされていた。幼いころから厳しい環境の中で育ち、父や母の知己達である各方面のエキスパート達の指導を受け続けて成長してきたのだ。下手をすればそこらへんでのほほんと遊び呆けている大学生よりも博識な連夜である。

 高校に通わなくてもどうということはない。

 だが、高校くらいは出ておいたほうがいいという強い両親の説得があった。

 別に知識や技術を得ることが学校に行く全てではないとも言われた。なので、しぶしぶではあったが、高校に行くことを連夜は承諾。盛大にいじめられ、シカトされたり嫌がらせとうけたりは想定内。

 生まれ落ちてからそういう目にあい続けてきた連夜にとって、むしろ高校の生活はぬるいくらい。波風立たぬように適当に三年間やり過ごそうと思い、ずっと日陰の中に潜んでいたのであるが。


 ・・彼を取り巻く状況はそれを許しはしなかった。


 

 大事な者達を守るために、これ以上無害な草食動物のフリを続けているわけにはいかなくなってしまったのだ。


 理由はいろいろとある。先ほども記載したが、きっかけは心友フェイとの絆の復活だ。本当なら、他の友人達同様に彼にも『死んだフリ』を続けて欲しかった。もし、彼がそれのできる『人』物であったなら、きっとまだ連夜はひ弱な羊の皮を脱ぎ捨てる決意をしていなかったであろう。

 だが、フェイは大人しく『死んだフリ』のできる男ではなかった。


「当然だ。それは僕の誓いに反する。『死んだフリ』も『見て見ぬフリ』も二度ともう絶対にしない」


「『二度と』? って、今言った?」


 話題を振られた朱雀族の少年フェイが、怒りをあらわに断言するのを聞いていたリンであったが、ふとある単語がひっかかり彼に聞き直す。すると彼は物凄いしかめっ面でリンから顔を背けた。


「ああ。小さい頃の話だ。僕はそこにいる連夜の言うままに『死んだフリ』をして『見て見ぬフリ』を続けた。おかげで僕は誰にもいじめられず、ひどいめにあわずにすんだ。ただし、その代わりに連夜はいつもめっためたのボロボロにされ続けた。その頃の僕には勇気も力もなくてただ見てるだけしかできなかった。連夜が殴られ蹴られしているのを物陰から隠れて震えながら見ていることしかできなかった。だが、今は違う。今はあの頃とはもう違うんだ」


 そう言って顔をあげたフェイは、握り締めた拳をリンの前に突き出して見せる。そこには強い強い決意の色。


 それは決して口だけの決意でも誓いでもない。

 既に彼は、クラスメイト達が見守る中で連夜に手を出す奴には絶対に容赦しないと言い切り、連夜の『友人』であることも広言してしまっている。また、一年生の不良グループ相手に一緒に大立ち回りもやってしまっていた。

 誤魔化すことは最早できない状態なのだ。


 一応、連夜はこのままフェイと二人だけで残り一年と半年を乗り切れないかとも考えてはみた。しかし、『宿難 連夜の友人』を広言するものが一人でも出てしまった以上、他の『死んだフリ』を続けているメンツが黙っていられるわけがない。

 恐らく彼に続けとばかりに、『死んだフリ』をやめてしまう者達が続出してしまうに違いない。

 別に連夜は、自分の人徳に自惚れてこんな風に考えたわけではない。

 彼が『友』と認めた者達は皆、基本的に義侠心や友情に厚いもの達ばかりであり、そしてまた、虐げられている者を黙って見過ごせない者達ばかりなのだ。

 それを連夜が無理を言ってなだめてきた。自分は大丈夫だから、平気だから、全然気にしなくていいから。何度も何度もそう言って彼らをなだめ、関係ないフリをしてきてもらったのだ。

 それは彼らの為であり、そしてまた自分の為でもあったから。

 彼らに楽しい学校生活を送ってほしいから、そしてまた、彼らに傷ついてほしくないから。


「おまえの気持ちは嬉しいけどよ。もし、おまえと俺の立場が逆だったら、おまえ我慢できるのか?」


 連夜がなだめようとするたびに、友人の一人はいつも悔しそうにそういった。

 そして、今、またそれを口にするものがいる。

 そんなとき連夜はいつもこう返すのだ。


「当たり前でしょ。基本的に僕、厄介ごとに関わりたくないもん」


 嘘だった。

 大嘘もいいところだった。

 もし、自分の大事な友人が自分と同じような目にあわされたら、連夜は絶対にそいつを許さない。ありとあらゆる手段を使って報復し、二度とそんなふざけたことのできないように徹底的に叩きのめすであろう。


 だが、それはあくまでも『もしも』の話。

 決して自分と彼らの立場が逆転することはない。

 彼らが『死んだフリ』を続けてくれたならば、自分に降りかかる災いが彼らの元に飛び火することはない。そう思って連夜は必死に彼らを止めてきた。


 しかし、ついにフェイという存在が現れた。『死んだフリ』は絶対しないという者が。飛び火してきた災いは正面から叩き潰す広言するものが。

 もう、抑えることは不可能だ。『死んだフリ』を続けてきた者達は、間違いなく近いうちに次々とフェイに続いて『死んだフリ』をやめる。

 

 だからこそ連夜は決意した。逃げ回ることをやめることを決意した。彼らと共に降りかかる火の粉を正面から叩き潰す道を進むことを決意した。

 

 長い長い苦悩の果てについに彼は決意したのだ。


「遅いよ、遅すぎるよ。一年以上も考えることじゃないでしょ、それ。だいたい中学の時は速攻で私らと手を組んで暴れまわっていたじゃん」


「違うでしょ!? あれは君が巻き込んだんでしょ!? 僕のこともロムのことも巻き込んだのは、君だったよね!? 無理矢理僕らを巻き込んで不良達に喧嘩売りまくってたよね!?」


「けっ。どうせ、俺が喧嘩売らなくても自分で売ってたくせによく言うぜ」


「お~い!! また言葉遣いが元にもどってるよ!?」


 ともかく後ろにではなく、連夜は前に一歩踏み出すことを決意した。

 その第一歩が今日のこの大騒動であった。


 この大騒動を巻き起こした理由はいくつもある。

 いずれぶつかり合うことになるであろう強豪不良グループを一つでもいいから先に潰しておきたかったから。あるいは仲間達と集まって寛ぐことができる拠点を確保したかったから。また、あるいは各クラスで『死んだフリ』を続けていた仲間達同士の顔合わせをしたかったから。そして、またまたあるいは近日中に決行することになる一大奇策についてみんなに説明しておきたかったから。


 そういった理由から様々な条件を検討して弾き出した結果、連夜がターゲットに選んだのが図書館の屋上にある緑の休憩所をアジトとするゲットーグループであった。


「ゲットーのグループってさ、筋力も体力も非常に高い爬虫類型種族だけで構成されていて、校内でも十指に入る強豪不良グループなのよ。一応今までちょっかいをかけられたことはなかったんだけど、他種族に排他的で好戦的な性格なのは有名だったからねぇ」


「ああ、確かにそんな感じしてた。めっちゃ見下してたもんな、こっちのこと」


「いずれ必ず喧嘩を売ってくるのは間違いないと思ってた」


「で、先手必勝の奇襲攻撃だったわけか」


「そそ。幸いこの緑の休憩所は策を仕掛けるに絶好の場所だったんだ。爬虫類型人種が変温動物の特徴を強く受け継いでいることはわかってたからね。気温さえ下げてしまえば楽勝で制圧できるって思ったんだ」


「でも、よく気温調節装置の操作方法なんか知っていたな? あれ、難しいんだろ? 専門家でも複数人で操作しないといけないんじゃねぇの?」


「僕が奴隷だった時にさんざん教えられたんだよ。僕が働かされていた鉱山は気温調節装置がないと生きていけないような場所だったからさ。生きるために必死で覚えたよ。まさかそれがこんなところで役に立つとは思わなかったけどね」


 それほど大した感慨を持って連夜は口にしたわけではない。しかし、彼の口から零れ出た『奴隷』という言葉が、聞いていた者達に少なからぬ動揺を与える。

 心配するような表情を浮かべる者、沈痛な表情を浮かべる者、怒りの表情を浮かべる者、それぞれ皆の顔に浮かんでいる表情は様々であったが、向けられた視線に込められているのは言葉を発した者を案ずる心。

 それを見渡すようにして受け止めた連夜は、ゆっくりと首を横に振って『大丈夫』と彼らに無言で答えを示す。

 中にはそれでも不安気な様子を消せない者もいた。連夜の腕の中にいる小型犬獣人(ミニチュアコボルト)族の少女もその一人だ。

 『大丈夫? 連夜、大丈夫?』というふうに、鼻を鳴らしながらしきりに顔をこすりつけてくる。普段居丈高な口調で話す彼女であるが、根は人一倍優しい性格をしている。そんな彼女のことが大好きな連夜は、彼女を安心させるようにそっと小さな体を抱きしめてぽんぽんと背中をたたくのだった。

 そして、殊更に明るい声を出して別のことを口にする。


「それにしても、この緑の休憩所大分よくなったよね。ほんの一時間前は、絶望的なほどめちゃくちゃだったけど、よくもまあここまで元にもどったと思うよ」


「だよな。俺達が座ってる芝生なんてはげて地面剥き出しだったのに、今は新品みたいに青々としてるしさ」


「リン。さっきから注意してるけど、言葉遣い。『リン・シャーウッド』じゃなくて『早乙女 リン』になってるよ」


「あわわわ。し、しまった」


 大慌てで口を抑えるリンの姿を見て、彼女の秘密を知る連夜とロムは声を挙げて大笑いし、知らない他の者達はきょとんとした表情を浮かべて彼女を注視。そんなみんなの好機の視線に耐え切れなくなってきたリンは、殊更に大きな声を出して話を元にもどそうとするのだった。


「と、ともかくさ、短時間でよくここまでもどったよね。びっくりしちゃった」


「そりゃそうさ。植木、芝生、花壇の修復には、園芸部部長のイワンに副部長のさっちゃんが尽力してくれたし、ベンチやテーブルなんかの修繕は、『木工』や『鍛冶』の『工術師免許』を持ってるクリスやクロがあたってくれた。小川や泉の浄化は水道局からスカウトまで来てるソフィア達『水』の『一級能術師』達があたってくれたし、他にもそこらじゅうに捨てられたゴミ拾いや、ゴミ出し、屋上ドアの修繕、壁の修復などなど、みんなで頑張ったもの」


「ほんとすごいな、みんな」


「だろ? みんな僕には勿体ない、自慢の友人達さ」


 ポーズでもなんでもなく、本当に心から誇らしげな表情を浮かべて彼らを称賛する連夜に、友人達は快心の笑みを浮かべて深く頷きを返す。

 だが、そんな中一部の者達の表情に陰りが。その一人であるクリスが、申し訳なさそうな顔になって連夜やリンに口を開く。


「まあ、それでも、完全に元通りにするには一週間以上かかっちまうだろうけどな。だよな、クロ」


「だな。俺とクリスでなんとか見える程度にはベンチやテーブルを修繕したが、ありあわせの材料で補強してるだけだから安全面に少し不安が残る。いずれきっちり絶黒玉鋼や、ミスリル合板を使ってちゃんと直さないと」


「植木や芝生などもそうだ。雑草はできるだけ引き抜いたし、枯れてどうしようもないものは新しいものに植えかえたりはしたが。なぁ、サイサリス」


「そうね、部長。土そのものが砂になりつつあるくらい栄養がなくなってるわ。入れ替えないとまた枯れちゃう。小川や泉のほうはどうなの、ソフィア」


「ある程度は浄化に成功している。今の状態でも魚や虫が十分に生きていける状態だけど、思った以上に川底に毒素が溜まっていて消えないのよ」


「あいつら、『魔薬』を小川に捨てていたみたいなんだ」


 最後の一人が口に出した単語に反応し、一斉にここにいる者達はみな口を閉ざす。


 『魔薬』


 元々は、対『害獣』用に開発され一般兵士に配られていた軍用薬品。

 体内にある『異界の力』を活性化させることによって一時的に身体能力を何倍にも増幅させる効果がある他、痛覚以外の感覚が上昇、逆に全身の痛覚は極端に低下。これによって、この薬を投与された兵士は超人的な力を発揮することができたわけだが、二つの致命的な欠陥によりすぐに御禁制品となった。

 欠陥その一、極めて高い毒性があること。一度や二度の服用で死ぬことはないが、常用していると体中の内臓や神経の悉くを破壊し、文字通り廃人となって死ぬ。

 欠陥その二、多様している服用者は幻覚をみるようになる。それも、自分以外全ての『人』が敵といった強迫観念に襲われるもので、やがて、周囲にいる者達全てに無差別に攻撃を仕掛けるようになってしまう。

 以上の二点から、現在ではどこの都市でも使用は勿論、作成、持ち込みいずれも禁止されていて、これに関わった者には厳しい処罰が待っている。

 だが、それでもこの悪魔の薬に関わる者は一向に減らない。

 それともいうのもこの薬、戦闘に有効な効果を発揮するという以外にもある効能がある。それは使用者に凄まじいまでの性的快感と多幸感を与えてくれるというものだ。それゆえに兵士よりもむしろ一般人の間で『魔薬』は流行。様々な日々のストレスから逃れようと、この薬を求める者は今なお絶えない。


「一回でも使ってしまえば、待っているのは破滅しかないんだけどね」


「そういえばゲットー達全員、使用していたんだよな。学校には?」


「あの中途半端ハゲには言ってない。でも、館長には一応報告しておいた」


「どうするんだ? そのまま放置するのか?」


「あいつら、学校の外に捨ててきてもらったでしょ?」


「ああ、おまえに言われた通り、生ゴミ置き場に捨ててきたが」


「そこに中央庁の『麻薬取り締まり』特別班が偶然通りかかって彼らを拘束。検挙していったよ」


 先程までの沈痛な表情はどこへやら。邪悪な笑みを浮かべながら、黒髪の悪魔は恐ろしいことをさらりと口にする。


「いやぁ、中央庁って怖いねぇ。いったいどこで捜査の網を張ってるかわからないんだから」


「・・とんでもないところに密告した(チクった)な、おまえ」


「僕さ、『敵』を叩き潰すのには手段を一切選ばない『人』だからね」


 顔を引き攣らせるクリス達に、半月型に口を歪めて『にやあっ』と笑みを作る連夜。だが、すぐにその表情を消し去ると、再びいつもの優しい笑みを作ってみんなを見渡す。


「まあ、ともかく、そういうことで僕らが高校生活を送っている間にあいつらがこの学校にもどってくることはないから安心して。それよりも、みんな、大変だとは思うけどここがきっちり直るまで修復作業の手伝いよろしく。一応、それを条件に、休み時間以外の時間でのこの屋上の独占使用権を館長に許可してもらったからね。絶対手は抜けないんで。基本的に、後の修復作業は僕がメインで進めて行くつもりだけど、他に手が必要な場合はその都度声かけるから、そんときはみんな手伝ってね」


『おっけ~』


 静寂から一変。連夜の声に反応し、一斉に了承の声をあげる仲間達を頼もしそうに眺めていた連夜であったが、やがてその表情を引き締める。


「さて、それじゃあ、前置きが長くなったけど、本題。新しい仲間の紹介と、それから、これからのことについて話させてもらうね。これからのことっていってもいいことじゃない。疫病神の僕がすることだからね。当然それは」


 そう言って一旦、言葉を切った連夜は、またもや邪悪な笑みを浮かべて仲間達を見渡した。


「悪いことさ。学校側にとっても、他の生徒達にとってもね」



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