第十五話 『転校生来たりなば、大嵐遠からじ』 その3
「リン!! まさか同じクラスになるなんて!! ほんとにほんとに、うれしいしよかったですわ!!」
「え? え? ちょっ!?」
一時間目の授業終了後の休み時間。
彼女めがけてまっしぐらに突進してきた一人の美少女に熱烈に抱きつかれたリン。
突然のことに避けることも防ぐこともできず、正面から受け止める形になってしまったのであるが、正直彼女は完全に困惑してしまっていた。
何故なら、その少女のことを全く知らなかったからだ。
だというのに、自分に抱きついてきている少女は彼女のことをよく知っているらしい。
二本の鹿のような立派な角に、艶々と輝く美しく長い黒髪の龍族の少女。しかも、彼女が今までみたこともないとんでもない美少女である。
今日はリンがこの城砦都市『嶺斬泊』に引っ越してきてから初めての登校日。
初めての転校ということもあって不安がなかったわけではなかったが、幸運にも、かつての旧友連夜と同じクラスとなり、しかも彼のすぐ隣の席をゲットすることができた。
無事彼と再会を果たし、改めてその絆を確認した白澤族のリン。
既にもう一人の旧友ロムとは再会を果たしているので、これでかつての中学時代の真友二人とまた一緒に仲良くやっていけるであろう。
しかし、生まれて初めてやってきたこの城砦都市『嶺斬泊』の中に他に知り合いはほとんどいない。
というか旧友連夜に、別のクラスにいるロム、あとは、連夜の両親を含めてのたったの四人だけ。
勿論、今彼女に親しげに抱きついてきた彼女はその中に入っていない。
以前、暮らしていた隣の城砦都市『通転核』のときの知り合いであろうか?
いや、違う。これほどの美少女がもし友達にいたら、絶対忘れるわけがない。
では、いったいこの少女はなんなのだろう。龍族の美少女の正体がわからず、ひたすらにあわあわと混乱するばかりのリンであったが、しばらくして、ようやくそのことに美少女のほうが気がついた。
「あら、ごめんなさい。そういえばこの姿であなたと会うのは初めてでしたわね」
「この姿?」
「うふふ。ほら、昨日お話したでしょ。私、普段は甲冑のようなものを身に纏って生活しているって」
楽しげな表情でかわいらしく笑う美少女。その彼女の言葉の中に、自分の記憶を刺激する単語が混じっていることに気がついたリンは、彼女の正体に心当たりがあることに気がついた。
「え? ひょっとしてひょっとすると、まさか、その、あなたは、あのモモンガの『姫子ちゃん』?」
「正解ですわ」
「ええええっ!?」
本気でびっくりしたリンは、思わず美少女の体を自分から強引に引き離す。そして、彼女の全身をまじまじと見つめあんぐりと口をあける。
「それ、本当に作り物なの? 本当に生身の体にしか見えないんだけど」
「し~~っ。声が大きいですわ。昨日もお話したでしょ? この体のことも私の本当の名前のことも秘密なんです」
「ご、ごめん。ついびっくりしちゃって。えっと、それで『姫子ちゃん』じゃなくて、もう一つの名前はえっと、ミズハ? ミズキ?」
「『瑞姫』ですわ。学校ではその名前で御願いしますわね」
「おっけ、わかった、ミズキちゃんね。それで、さっきの話の続きだけど、それって本当に作り物なの?」
「ええ、本当ですわ。強化特殊人体型義肢【Z-Air I】。これに乗り込むことによって、私は普通の人と同じように一般生活を送ることができるんですのよ」
「へぇ、すごいわね。ところで姫、じゃなくて、ミズキちゃんは今どこに入ってるわけ?」
「胸部のところですわ。構造上の問題で一番操縦席のスペースがとりやすかったことと、防御に適している場所だったからだそうですわ」
「ふ~ん、ひょっとして胸が大きいのは装甲がわりにするためなのかな」
「ひゃっ!! ちょ、ちょっと、いきなり揉まないでくださいませ。だいたい、リンのほうがこんなに大きくて防御能力高そうじゃないですか」
「みゃっ!! ミズキちゃんこそやめてよ、最近激しく成長しているせいか強く触られると痛いんだからね」
きゃっきゃ、うふふと楽しそうにじゃれあう二人。
そんな二人の姿を呆然と見詰める一人の少年の姿が彼女達のすぐそばにあった。
他でもない宿難 連夜その人である。
まるで本当の姉妹のように親しげに会話を続け、楽しげに笑い声をあげる二人。
目の前で繰り広げられているこれは、よくできた演技ではないのかと疑う連夜は、何度も何度もその目をこすって二人を見直す。だが、どう見直してもそこに偽りを見つけることができず、本当に二人は打ち解けあっているのだとわかり再び唖然とした表情を浮かべる。
連夜の目の前にいる友人二人は、二人とも非常に人見知りが激しい性格をしている。
一応、瑞姫のほうは良家のお嬢様ということもあり、見知らぬ人に声を掛けられても無視せず対応する程度の社交性はあるのだが、それでも必要最低限のことしかしゃべろうとはしない。
途中からさりげなく従者であるミナホやはるかに応対を交代し、自分はすぐに後ろに引っ込んでしまう。
そして、もう片方に関しては、それどころの話ではなく、そういったことが壊滅的にダメなのである。
少なくとも、彼が知っている一年前の友人はそうであった。
常に敵対心丸出しで、どんな相手に対しても威嚇するような態度を崩さないことからついたあだ名が『白髪の狂犬』。
勿論、連夜やロムに対してはそんな態度は取らないし、保護者である祖父母達や連夜の両親に対してもきちんと礼儀を持って接してはいた。だが、本当にそれだけ。
それ以外の『人』に対しては絶対に心を開こうとしなかったものだ。
なのに、そんな二人がいつのまにか仲良くなっている。
昔から二人をよく知る連夜からすれば、そう簡単には信用できない光景。
実はよく似た別人が成りすましているのではないかとか、何かの謀略の一環ではないかとか、恐るべき天変地異の前触れではないかとか、結構しぶとく疑い続けるものの、どうやってもそこに真実以外の何かをみつけることができない。
とうとう、連夜は目の前の現実を受け入れることを決断し、なんともいえない表情で二人に声をかける。
「あの、二人ともちょっといいかな?」
自分達の大事な友達の声に気がついて同時に振り向いた二人の少女達。
はっと何かを思いついた二人は、同時に口を開くとよく似た嬉しそうな表情で、勢い込んで我先にと話を始めた。
「あのさ、連夜」
「あのね。宿難くん」
「実は私、昨日、ミズキちゃんと知り合いになってさ」
「実は私、昨日、リンに危ないところを助けられましててね」
「なんか、すごく気があっちゃって」
「何か、とてもウマが合うというか」
「「それで友達になったのよ」」
瑞姫もリンも自分の話を聞いてくれといわんばかりに、早口でまくしたてていたが再び二人ははっとしてお互いの顔を見合わせる。
「あれ? ミズキちゃん、なんか連夜と妙に親しくない?」
「あら? リンったら、なんか宿難くんとやけに親しげじゃない?」
「「え? どういう関係?」」
お互いを指差したり、連夜を指差したり。
妙に動揺した感じにおどおどし始める二人の姿に、連夜は深い溜息を吐き出すのだった。
「いや、とりあえずもういいよ。なんか横で聞いていてある程度わかったから。つまり、昨日、偶然、都市の中で龍乃宮さんとリンは出会ったわけだ」
「「うんうん」」
「で、どういう経緯かはわからないけど、困っている龍乃宮さんをリンが手助けしたんだね」
「「うんうん」」
「それで、そのことを切っ掛けに仲良くなって、そのまま友達になったとそういうことなんだね?」
「「だいたいそんな感じ」」
連夜の言葉に、うんうんと嬉しそうに何度も頷きを返す二人の少女達であったが、同時に小首を傾げると再び互いと連夜を指差してみせる。
「で? 結局?」
「宿難くんとはどういう関係なわけ?」
「どういう関係って」
二人を交互に見詰めた後、連夜はまず白澤族の少女リンのほうの視線を向けて。
「まずリンと僕の関係だけど」
「うんうん」
「リンと僕は城砦都市『通転核』の時の知り合いで、どういう関係かを一口ではうまく言えないけど」
しばし遠くを見つめる連夜。白い髪の友達と一緒に駆け抜けた激しくも懐かしいいくつもの過去を思い出した後、静かに口を開いた。
「そうだな、敢えていうなら、夕陽を眺めながらどぶ川に向かって一緒に立ちショ・・「んだらっしゃあああっ!!」・・ぼげぇぇぇっ!?」
「す、宿難くん!?」
何かとんでもないことを口にしようとした連夜。
だが、そのことにいち早く気がついたリンの渾身の一撃が、抉りこむようにして連夜の頬に見事に突き刺さってその口を止めることに成功する。
「ふう。危ないところだったぜ」
「ちょっ、リン!? いきなり宿難くんを殴るなんてどういうこと!?」
「え? あ、ち、違うのよミズキちゃん。ちょっと手が滑っただけなの。人に知られたくない過去をわざと口にしようとした馬鹿に制裁をくだしたわけでは決して決してないのよ」
「いや、どうみても手が滑ったとかいうレベルじゃありませんでしたわよ? 物凄い腰の入った渾身のコークスクリューブローにしか見えませんでしたわよ!?」
「や、やだぁ、瑞姫ちゃんたら。かよわい女の子がコークスクリューブローなんて必殺パンチ撃てるわけないじゃない。それよりも連夜と話があるからちょっとだけ席をはずすわね」
「あ、ちょ、リン? 連夜をどこに連れていくの?」
「大丈夫、すぐそこだから」
そう言って未だ目をまわしている連夜を無理矢理立たせて教室の一番うしろへと連れていくリン。何やら連夜と小声で話しているようだが、時折瑞姫の耳にとてつもなく不穏な単語が聞こえてくる。自分の聞き間違いかもしれないが、たとえば『・・余計なこと言ったら・・』、『・・さ~せんした・・』とか、『・・次はタイガードライ・・』『・・かんべんしてくだ・・』とか。恋人同士が楽しそうに会話をしているというよりは、まるで取りたての厳しい闇金業者とそれに追い詰められている債務者の会話みたいな感じだ。
やがて何か内容のとても気になる話し合いが終わったらしい二人が瑞姫のところにもどってきた。
「ミズキちゃん、ごめんね、お待たせぇ」
「それほど待ってはいないですわ。でも、そんなことよりもなんだか連夜の顔色が悪いのが気になるんだけど」
「ああ、大丈夫大丈夫。おう、連夜、大丈夫だよな?」
何故か連夜のほうにはドスの効いた低音で睨みつけるようにして問いかけるリン。そんなリンに、連夜はだらだらと冷や汗を流しながら無言でこくこくと頷きを返す。
「ほら、大丈夫だって」
「いや、どうみても無理矢理脅されて頷いているようにしか見えないんですけど」
「やだ、もう瑞姫ちゃんったら。脅されているなんて冗談ばっかり」
「まあ、いいですけど。それよりも結局、あなたと連夜の関係って?」
「ああ、中学のときね三年間同じ学校で同じクラスだったのよ。それで仲良くなって。そうだよな、連夜?」
「(こくこく)」
「それ以来私達ずっと仲良しなの」
そういって自分の腕を連夜の腕に絡ませリンは、瑞姫に見せつけるように自分の大きな胸を連夜の体に押し付けるようにして密着。そんなリンに瑞姫は一瞬、ムッとした表情を浮かべ彼女を睨みつける。
「連夜から離れてくださいませ。嫌がってるじゃないですか」
「なによぉ。別に減るもんじゃなし、いいじゃない」
「いいえ、減ります。物凄い減ります。だから、離れてください!!」
「あ、もうっ!!」
ぐいぐいと二人の間に割って入って半ば強引に両者を離れさせた瑞姫。そして、十分離れたところで今度は自分が連夜の片腕に自分の片腕をからませるのだった。
「これでよし」
「いや、何もいいことないからね。とりあえず、龍乃宮さんも僕の腕を放してね」
「えええっ!? い、嫌ですわ」
「『嫌ですわ』じゃないから。ほらほら、早く放して放して。そうじゃないと今度は嫉妬に狂ったクラス中の男子にリンチされちゃうから」
クラスの全方向から一斉に向けられている男子達の殺意の視線。一刻も早くそれから逃れるために、なんとか瑞姫を引き剥がそうとする連夜だったが、瑞姫は頑として聞き入れようとしない。普段ならもう一人の暴走娘が止めにはいるのだが、ある事情により長期療養中でここにはおらず、また、瑞姫の二人の従者達も用事があって職員室に行っていていない為、瑞姫の暴走を止めてくれる者は現在誰一人いない状態。
そのことをいいことに、どこか嬉しそうな表情で、瑞姫は連夜にじゃれつき続ける。
そんな二人の様子を黙って見つめていたリンであったが、何やら難しい表情を浮かべて片手を自分の頬に当てる。
「ねぇ、連夜。あんたとミズキちゃんてどういう関係? 最初はただ仲がいいだけのクラスメイトかと思っていたけど、なんだか違うみたいね」
「え? 僕とひめ・・じゃなかった龍乃宮さんの関係? う~んそうだなぁ」
「うんうん」
「龍乃宮さんと僕は小学校時代から知り合いで、その、どういう関係かを一口ではうまく言えないけど」
しばし遠くを見つめる連夜。黒い髪の友達と激しくぶつかりあい、そしてわかりあった懐かしいいくつもの過去を思い出した後、静かに口を開いた。
「そうだな、敢えていうなら、松ぼっくりあげてるだけで十分な、食費のあまりかからないペッ・・「んんんほあたぁぁぁぁぁっっ!!」・・ひでぶぅっ!!」
「れ、連夜!?」
何かめちゃめちゃ失礼なことを口にしようとした連夜。
だが、そのことにいち早く気がついた瑞姫の必殺の一撃が、抉りこむようにして連夜の咽に見事に突き刺さってその口を止めることに成功する。
「まったくもう、私のことをなんだと思っているのかしら。失礼しちゃいますわ」
「ちょっ、瑞姫ちゃん!? いきなり連夜に地獄突きってどういうこと!?」
「え? あ、ち、違うのよリン。ちょっと手が滑っただけなの。人のことをペット扱いしようとした女心のわからない愚か者に鉄槌をくだしたわけでは決して決してないのよ」
「いや、どうみても手が滑ったとかいうレベルじゃなかたからね? 物凄く的確に急所に突き刺さる必殺の地獄突きにしか見えなかったからね!?」
「や、やだぁ、リンたら。非力な乙女に地獄突きなんて恐ろしい技が使えるわけがないですわ。それよりも宿難くんと話がありますから少しだけ席をはずしますわね」
「あ、ちょ、ミズキちゃん? 連夜をどこに連れていくの?」
「大丈夫、すぐそこですから」
そう言って咽を抑えて転げまわっている連夜を無理矢理立たせて教室の一番うしろへと連れていく瑞姫。何やら連夜と小声で話しているようだが、時折リンの耳にとてつもなく微妙な単語が聞こえてくる。自分の聞き間違いかもしれないが、たとえば『・・本当に乙女心がわかって・・』、『・・さ~せんした・・』とか、『・・次は添い寝・・』『・・かんべんしてくだ・・』とか。恋人同士が楽しそうに会話をしているというよりは、まるで非常に扱いの難しい年頃になった娘と、そんな娘の扱いに困り果てている父親の会話みたいな感じだ。
やがて何か内容のとても気になる話し合いが終わったらしい二人がリンのところにもどってきた。
「リン、ごめんなさいね、お待たせしてしまって」
「それほど待ってはいないけど。でも、そんなことよりなんだか連夜がめちゃくちゃ疲れているのが気になるんだけど」
「あら、そんなことありませんわよ。ね、連夜、大丈夫ですわよね?」
何故か必要以上ににっこりと連夜のほうににっこりとほほ笑んで見せる瑞姫。そんな瑞姫に、連夜はどよんとした暗い表情を向ける。そして諦めたように力なくこくこくと頷きを返すのだった。
「ほら、大丈夫ですって」
「いや、どうみても仕方なく頷いているようにしか見えないんだけど」
「いやですわ、もうリンったら。仕方なくなんて面白い冗談ですわ」
「まあ、いいけどさ。それよりも結局、ミズキちゃんと連夜の関係って?」
「まあその、小学校のときに連夜といろいろとあって。それで仲良くなって。そうよね、連夜?」
「(こくこく)」
「それから私達ずっとずっと大親友なんですのよ」
そういって横から連夜に抱きついた瑞姫は、リンに見せつけるように自分の頬を連夜の頬に押し付けるようにして密着。そんな瑞姫にリンは呆れたような表情を向けてみせる。
「なんか『友達』っていう枠を越えている気がするけど」
「何を言うのですか、間違いなく『友達』ですわ。私と連夜は大親友なのですわ」
「ああ、そう。ミズキちゃんがそういうなら、それでいいけどさ」
やたら顔を真っ赤にしながら憤然と『友達』を連呼する瑞姫の姿に、何とも言えない微妙な表情を浮かべるリン。それとなく周囲を見渡してみると、こちらを窺っている男子生徒達の表情もまた微妙。女子生徒達の表情は苦笑とも微笑ともつかない実に微妙なものばかり。そして、肝心の連夜当人とはいえば。
「もうそれでいいから放してくれないかな、龍乃宮さん」
はっきりと困惑の表情。そんな連夜に不服顔の瑞姫は全く体を放そうとはしない。その後も連夜と瑞姫の攻防は続き、結局休み時間終了まで終わることはなかった。
「なるほどね。連夜と瑞姫ちゃんてそういう仲だったんだ」
二時間目の授業がはじまる直前、にやにや笑いを隠そうともしない旧友に、連夜はうんざりといった表情を向けて嘆息する。
「いや、完全に誤解だから」
「へぇ、そうなんだ。ふ~ん」
「もういいや。昼休みにまとめて説明するよ。他のメンバーの紹介もしたいし、ちょっと相談もあるからそのとき僕に付き合ってよね」
「おっけ~。しかし、連夜にも春が来たのかあ」
「しつこいよ、リン。やれやれ、これは誤解を解くのが大変そうだなぁ」