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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
134/199

第十五話 『転校生来たりなば、大嵐遠からじ』 その2

 連休が明けた後、学校に登校して来るとだるく感じたりやる気がなかったりするものだが、この休みの間に起きたイベントの密度が逆に普段よりも濃すぎて、なんだか学校が休みではなく、そのまま続いていたような錯覚すら覚え普段とあまり感じが変わらない気分の連夜。

 期末テストまであと一週間ということもあり、ちょっと朝の空き時間を利用して試験勉強でもしておくかと準備を始める。

 机の横にかけたカバンかた筆記用具やノート、教科書を取り出して広げて行く。そうしてあらかた準備が終わって、さてそろそろ始めるかと思ったら、自分の横に人の気配。

 そちらに視線を移すと、そこにはいつもの幼馴染三人組の姿。


「おはよう、龍乃宮さん、はるかちゃん、ミナホちゃん」


 いつもどおりに朝の挨拶をしたあと、、連夜はさっさと教科書に目を移し直し試験勉強を始める。

 来週ある期末テストの初日は個人単位の筆記試験の日だ。クラス単位のテストはどうでもいいが、個人単位の筆記試験はそうはいかない。別に上位を狙うつもりはないが親を呼び出されない程度には点を取らなくてはならない。昨日はいろいろとイベントがあって、ほとんど勉強できなかったので、その分を取り返さねばと気合をいれて教科書をめくる。


「えっと、たしか『念素』開発による工業革命のところが出題されるって先生言っていたよねぇ」


「って、待て待て待てぇっ!!」


 声のした斜め後ろを振り返ると、真赤な顔をしたミナホが物凄い不満そうな顔でこちらを睨みつけている。


「え、なに? どうしたの、ミナホちゃん?」


「どうしたのや、あらへんやん!! 気づけ!! このなんとも言えへん、微妙な空気に気づけ!!」


「ええ!?」


「ちょ、おま、ほんまに気づいてなかったんかい!?」


 呆れたように絶望的な表情で叫ぶミナホに、本気でわけがわからない連夜はきょとんとした表情を返す。


「いや、さっき、連夜はんが『おはよう』って挨拶してるのに、うちら誰一人挨拶返さへんかったやん!!」


「あ、そうだっけ!?」


「おぅい!! そこ大事やから!! めっちゃ大事やから、スルーしたらあかんから!! そこで、うちらの顔を見て『みんな暗いけど、何かあったの?』って、言うてくれへんかったら、うちらいつまでも無言貫かなあかんやん!! 読んで!! お願いやから空気読んで!!」


 かなり切実な表情で力説してくる銀ブチ眼鏡の少女に、なんとなく頷いた連夜はリアクションをやり直すことに。


「ああ、わかった。じゃあ、やりなおしてみるね。『ミンナ暗イケド、何カアッタノ?』」


「遅いわぁっ!! ってか、棒読みやん!! 全然心こもってないやん!! ちょっと、連夜はん、姫様の顔を見て、もっとちゃんと見て!!」


 ミナホに言われて横に座る幼馴染の顔をじっと見つめる。

 ただでさえ絶世の美女寸前の超絶美少女なのに、今日は若干憂いのあるところがさらに美しさに磨きをかけていた。


「いつも以上に美しいとかわいいの言葉を独り占めできそうな顔してるけど」


 連夜のお世辞抜きの讃辞の言葉を聞いていた瑞姫の顔が、若干赤くなって背けられる。そんな瑞姫の姿と連夜の言葉に思わず頷くミナホとはるか。


「うんうん、姫様の美貌はこの学校どころか、城砦都市の中でも一.二位を争うほどやからなあ。って、ちっがぁう!! そこちゃうやん!! そういう見た目のこと言うてるんとちゃうやん、ちゃうやん!!」


 連夜の壮絶なニブチンぶりに腹が立ってきたのか、とうとう立ち上がって足をふみならし始めるミナホ。


「もう、ミナホちゃん落ち着いて、わかったから。今度ちゃんと、聞くから。ね、それでいいでしょ」


「うん、今度はちゃんと聞いてな。うちがんばってわかるように説明するし。って、今度にするなぁぁぁぁぁぁ!! 今聞け!! っていうか、今わかれ!!」


 もう我慢ならんという風に連夜の席まで行って詰め寄るミナホだったが、そんなミナホの行動をいままで黙って見ていた瑞姫が押しとどめる。


「もういいですわ、ミナホ。こうしてれん、いや、宿難くんは私の目の前に無事でいるのですから」


「せやけど、姫様」


 どこか疲れたようなほほ笑みを浮かべた瑞姫は、今なお必死になって熱弁を振るい続けるミナホを止める。

 そんな主の制止の言葉を耳にするが、ミナホはどうしても収まりがつかない。諦めきれずに尚も連夜に言い募ろうとする。

 だが、結局最後には、力ない微笑みを浮かべる瑞姫に肩を掴まれて止められ、憤然としながら顔を背けてしまうのだった。


「ほんまにもう姫様は。こういうとき押し押しでいかんでどないするねん」


「いいのよ、もう。でも、あなたの気持ちは嬉しかったわ。ありがとう、ミナホ」


「ほんま、姫様は損な性格やなぁ」


 傍で聞いている者達からすれば、何のことやらさっぱりわからぬ主従の会話。しかし、わからないながらも、主従が何かをわかりあって絆を深めたのだけはよくわかった。

 そして、周囲の者達よりは多少事情に心当たりがあった連夜には、今の会話で脳裏に閃くものが。


「ひょっとして昨日何かあった?」


「何かあったやあらへんねん。ほんまに大変やったんやで、主に姫様がやけど」


「ミナホ。ですから、もういいですってば」


「あかんて、姫様。やっぱ、宿難はんに聞いてもらったほうがええって」


「何々? 僕に関係あることだったらちゃんと話してよ。気になるでしょ」


「ほら~。宿難はん、こう言うてくれてはるやん。思い切って話しましょうや、姫様」


「え~~、だってぇ」


 再び勢いを取り戻したミナホに詰め寄られた瑞姫は、顔を赤らめながら妙に可愛らしい仕草で身をよじる。そうして、その後も恥ずかしがって事情を話すことをためらい続けていたが、しつこく連夜が問い掛けるうちについに根負けしたのか、おずおずと昨日の出来事について話始めた。


「昨日、その、連、いや、宿難くんは、オースティンくんのお手伝いで『外区』にお出かけになられたのでしたわよね?」


「うん。行って来たよ。大変だったけどねぇ」


「その、そうだと思ったから。きっと苦労されるだろうなと思ったから、だからその、宿難くんには止められていたけど、その」


「え? まさか、ひょっとして一緒に着いてこようとしていたの!?」


「・・はい」


 自分で予想しておきながらも、まさかと思っていた連夜。

 だが、一応は聞いてみようと口に出してみたら、あっさりと肯定の返事が返ってきて二度吃驚。

 開いた口が塞がらないという感じにぽか~んと口をあけたまま固まり続ける。


「せやろ、びっくりするやろ? ありへんやろ?」


「いやいやいや、ちょ、ちょっと待ってくれる? 確か、その昨日は一日、『Z-Air(ゼッター)』は調整中だったよね? え? 姫子ちゃ・・げほっ、ごほっ、じゃなくて、龍乃宮さん、どうやって外に出たの? ミナホちゃんかはるかちゃんが連れて行ってあげたの?」


「ちがうんですよ、宿難くん。姫様ったら、その例の小動物のお姿で、単身お屋敷を抜け出されてしまいまして」


「えぇっ!? はぁっ!?」


「それで午前中完全に行方知れずになってたんよ」


「ゆ、ゆくえ知れ、って、ちょ、ひ、姫子ちゃん!?」


「(赤)」


 驚きの連続でつい瑞姫の本当の名前のほうを口にしてしまう連夜。そんな連夜の視線に耐え切れなかったのか、瑞姫は茹蛸のようになった顔を両手で隠しひたすら『いやんいやん』と無言で身をよじり続ける。


「あ、あれほど言ったじゃない。危ないから今回はやめとこうねって。お屋敷でお留守番しててねって。なにやってるのさ!? あの姿って戦闘力どころか、野良猫にも負けちゃうようなスペックしかないんだよ? 何かあったらどうするつもりだったの!?」


「だ、だって、連夜のことが心配だったんですもの!!」


「心配だったんですものじゃないよ、むしろ、姫子ちゃんのほうが心配だよ!!」


「え、心配してくれるの?」


「そんなの当たり前でしょうが!! って、え、何、その目は? そして、なんで僕の両手を握る?」


 無謀な瑞姫の行動を聞いて、真剣に心配し怒り出す連夜。しかし、怒られているはずの瑞姫は、何故か大感激。

 連夜の両手をしっかりと握りしめたあと潤んだ瞳でじっと見詰め、どんどん顔を近づけていく。

 いつもならここで彼女の暴走を止めにかかる二人の少女も、何故かそんな主を生暖かく見守るばかりで止めようとしない。


「ちょ、近い近い!! 姫子ちゃん、顔が近い!! ってか、ミナホちゃんとはるかちゃん、見てないで助けて!!」


「いや、ここはやっぱり『ちゅ~』しかないって」


「ですね、ここはやっぱりディープで熱烈なやつですね」


「なんでそうなるの!? ちょ、やめなさいっての!!」


 二人が助けてくれそうにないので、連夜は自力で脱出することを決意。自分の両手から瑞姫の手を振り払い、タコのようにすぼめて突き出した唇を片手で押しのける。


「あん、連夜ったら、ひどい」


「『ひどい』じゃないよ。僕は怒ってるんだよ!? それなのに、ふざけちゃって、もう」


「ふ、ふざけてなんかないですわ!! 私は、連夜のことが」


「僕のことが?」


「連夜のことが、えっと、その、つまり、『友達』としてというか、『幼馴染』としてというか、その、だ、大事というか大切というか」


「うん、僕も『友達』として姫子ちゃんのことが大事だし大切だと思ってるよ」


「そうですわよね!! 私達、お互い大事で大切な『友達』ですものね、って、あ、あれ? 何か? 何かが違うような」


「「ひ、姫様ぁぁぁぁ」」


 一番肝心なところで残念な結果に終わってしまった主の姿を見て、がっくりと膝をついて滂沱の涙を流す忠臣二人。

 そして、ここまで他人にバレバレな反応を示しながら自分で自分の気持ちに未だに気がついていない超鈍感美少女と、見事に必殺の矛先をかわしてにっこり微笑む策士。

 四者四様のいつものお~ぷにんぐコント。

 詳しい事情はわからないものの、見ているだけで面白いそんなの四人の姿に、次第にクラスメイトや、通りかかりの他クラスの者達の視線が集まり始める。

 ただでさえ目立つことこの上ない四人なのである。四人とも登校時間がそれなりに早い為、話し始めた時点では周囲の生徒達の姿はまばらであったが、既に時間はHR開始まで十分を切っておりかなりの生徒が教室内の自分の席に座っている。勿論、今、連夜の席の周囲も埋まり始めていて、そこにいる者達は一見興味ないフリを見せながらも、獣耳を完全にこっちに向けていたり、複眼の一部をこっちに固定していたり、中にはこっちをガン見しながらメモまで取りだしているものすら出始めている。


「ちょ、人目が多くなってきたで。そろそろ、二人ともいつもの調子にもどってや」


「ええ、お二人ともいつもの通りファミリーネームでお願いしますね。幸い、姫様の分身二人はしばらく登校できる状態ではないですからいいですけど、どこに本家の間者が潜り込んでいるかわかりませんから」


 突っ伏した状態を利用してさりげなくクラス内の様子を見てとった二人の従者達は、連夜と瑞姫に小声で警告の言葉を発する。

 その言葉に顔を見合わせた連夜と瑞姫は、何とも言えない苦い表情で頷きを交わすのだった。


【五年、いや、ほとんど六年か。あの事故から六年、よくここまで隠しとおしてきたよね】


【そうですわね。それもこれもれん、ああ、いや宿難くんのおかげですわ】


【いや、どうかな。僕がどうこうというよりも、むしろ相手のほうが必死に隠しているおかげだと思うよ。特にかぐやや織姫からしたら、今の『姫子』、『剣児』は大事な後継ぎで自分達の今後に関わる重要な手駒だからね。彼らに真実を教えるわけにはいかないんだろうよ。下手に教えて自己崩壊でもされたら大変だからね。実はあなた達は本物の姫子から生まれた『分身体』で『ニセモノ』なんです・・なんてね】


 途中から言語を瑞姫、ミナホ、はるかにしかわからない特殊な東方訛りのものに変えた連夜は、周囲には絶対に聞かせられないようなとんでもない内容をさらりと口にする。

 誰にも話してはいけない連夜と彼女達の重要機密事項。


「まあ、誰にも言えないのはこっちも同じなんだけどさ」


「そうですわね・・って、あっ」


 再び元の共通語にもどし、わざとらしくおどけてみせる連夜に、苦笑を浮かべて頷きかけた瑞姫であったが、不意にある重要なことを思い出して表情を曇らせる。


「『あっ』って、なにさ、龍乃宮さん。なんか物凄く嫌な予感がするんだけど」


 瑞姫の言葉を聞き逃さなかった連夜が、眉間にしわを寄せながら恐る恐る問いかける。すると、瑞姫は物凄くいいにくそうにしながらしばらくもじもじとしていたが、これは言わずに済ますことはできないと決意して口を開いた。


「あ、あのね」


「うん、何?」


「き、昨日ね、れん、じゃなくて宿難くんを探していたっていいましたわよね?」


「ああ、そうね。言っていたね。それが?」


「私、あの例の姿だったから思うように探すことができなくて、困っていたんですの。そしたら親切な『人』があなたを探すことを手伝ってくださって。結局、探し出せはしなかったけど、本当に一生懸命探してくださって、私、その『人』とお友達になってもらったんですの」


「おお。そりゃよかったね。って、それの何が問題なの?」


 今一つ要領を得ない瑞姫の言葉に首をひねるばかりの連夜。嫌な予感は相変わらず収まらないが、流石の連夜も彼女が何を言わんとしているのかがさっぱり予想がつかない。

 だが、すぐにそれは判明する。彼女自身のとんでもない爆弾発言によって。


「そのときにね」


「うんうん」


「私、その『人』に自分の本名と正体をばらしちゃいました」


「ふ~ん、そうなんだぁ。なるほどぉ。って、え、えええっ!? だ、ダメじゃん!!」


 本日最大級の爆弾投下に、思わず席から飛びあがって驚く連夜。しかし、まだ爆弾の投下はまだ続いていたのだ。


「い、いったいどこの誰なのその『人』。どんな『人』なの? 年は? 性別は? 種族は? 名前は? ってか、いったい昨日何があったの? なんでそうなっちゃったの? 人見知り激しいひめ、ああいや龍乃宮さんがたった一日で『友達』にしたっていうのも驚きだけど、自分の秘密をあっさりばらしちゃうほど信頼してしまうって、いったいどんな『人』物なのさ?」


「あうあうあうあうあう。わ、私と同じ女子高生で、その同い年で、それで、あ、そ、そうだ」


「『そうだ』って何? 今度は何を思い出したの?」


「今日、転校してくるそうですわ」


「て、転校って、どこに?」


「この学校に」


「はぁっ!?」


 更なる爆弾発言に極限まで目を大きく見開き一瞬固まってしまう連夜。しかし、固まっている場合ではないとすぐに我に返った連夜は、詳しい情報をもっと聞きだすべく目の前で体を小さくしている幼馴染に問いかけようと口を開きかけた。

 まさにそのとき。

 教室の中央方向から聞こえてきた声の中に聞き捨てならない単語があることに気がつき、言葉を発するのやめる。


「しかし、この時期に転校生かあ」


「女の子らしいわよ。朝、職員室にプリント取りに行った時に先生達が話していらっしゃるのをちらっと聞いたんだけど、他の城砦都市からの転校生だとか」


「女の子かあ。かわいい子だといいなぁ」


「やぁねぇ、男はそればっかり」


「まぁ、可愛いかそうじゃないかはともかく、いったいどの種族なのかは気になるところだな」


「そうですねぇ。それについては誰か聞いてないですか?」


「そういえば、それについては職員室で話題になってはいなかったわね」


「案外、メジャー系種族なんじゃないの? エルフ族系やドワーフ族系、あるいは聖魔族とか」


「いや、先生自身が知らない超ドマイナー種族かもしれないぜ」


「あ~、気になるぅ。早くこないかな転校生」


 一人の女生徒が職員室から聞いてきた話題で大いに盛り上がっているクラスメイト達。

 しばらくその会話に耳を澄ませていた連夜であったが、やがて注意をそこから背けた。


(転校生かぁ・・でも女の子なんだよな・・)


 聞こえてきた話の内容にちょっと興味が沸いたが、相手が女の子らしいということですぐにその興味も薄れる。

 『転校生』という単語を聞いて最初に思い浮かんだのは、中学時代に別れた白い髪、黒ぶち眼鏡のがりがりの少年のこと。

 瞬間湯沸かし器のように喧嘩っ早くて、皮肉屋で、死にたがりで、そして、とてつもなく寂しがり屋だった親友。

 自分とも浅くない絆があるが、それよりももっと深い絆で結ばれていたもう一人の親友を、どうしようもない諸事情があったとはいえ半ば奪うような形で連れ去ることになってしまった自分を、中学最後の卒業式で恨めしそうな寂しそうな表情でみつめていた姿は、いまでも連夜の心に残って忘れられない。

 しかし、連夜は近いうちに彼と再会するだろうと確信していた。

 遠くない未来にあの親友はもう一人の親友ロスタムを追いかけて転校してくるだろうと。

 それほどにあの少年がもう一人の親友ロスタムに対する執着心は強いものがあった。

 だから、必ずここに来る。


(でも、今回は女の子だから、違うよねぇ。絶対リンだと思ったんだけど)


 残念なようなほっとしたような複雑な表情で一つ溜息をついたあと、連夜は一旦瑞姫達との会話を打ち切る。

 教室の壁に掛けられた時計の針が、もうじきHRの始まる時間を示そうとしていたからだ。

 連夜に促され慌てて自分の席にもどっていく瑞姫やミナホ。

 それを見届けた連夜は、折角用意した期末テストの勉強を片づけて朝の授業の準備を始める。

 そして、それがちょうど完了したとき始業時間のチャイムが鳴り響き、朝のホームルームのためにクラス担任のティターニア・アルフヘイム先生が扉を開けて入ってきた。

 ハイエルフ族の女性教諭であるティターニア先生が、その性格そのものといったいつもと同じ穏やかな表情で入ってきて教室の黒板前にある教壇の前に立つと、それを確認した副委員長のヘイゼル・カミオが号令をかける。


「起立!! 礼!!」


『先生おはようございま?す。』


「はい、みなさん、おはようございます」


「着席!!」


 生徒全員が挨拶のあとに着席するのを確認すると、その様子に軽く頷きティターニア先生は口を開いた。


「もうみなさんの中にはご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、今日からこのクラスにみなさんの新しいお友達が増えます。シャーウッドさん、どうぞ入って来なさい」


 先生の声に促されて、一人の女子生徒が教室に入ってきた。

 他の女子生徒と同じこの学校の制服である、紺色のブレザーとスカートを身に着けたその少女は、雪のように美しい白い髪に頭から突き出た二本の角を持ち、遠目からでもきめ細やかとわかる髪同様の美しい白い肌、体格は百六十ゼンチメトル前後、ブレザーの上からでもわかる豊かな胸に、くびれた腰。

 姫子や瑞姫ほどではないが、間違いなくこの教室で上位にランキングされるほどの美少女だった。

 教壇の前に立って教室の生徒達のほうに透き通るような極上の笑みを浮かべたその少女に、教室の男子生徒の視線が釘付けになる。

 瑞姫がふと横を見ると、なんとあの連夜までもが転校生に見とれているではないか。

 その様子がおもしろくなかった瑞姫はあとで連夜に文句を言ってやろうと思ったが、よくよく連夜を見ると、他の男子生徒と明らかに視線の内容が違っていることに気がついた。

 かわいい女の子にデレデレしてるとか、ぽっと赤くなっているとかそういう感じではない。

 むしろ、何か見てはいけないものを見てしまったが如く、驚愕と恐怖で口をあんぐりとあけて固まっているようだった。

 そんな驚愕している連夜の様子を先生が察するはずもなく、先生はごく自然に自分の前に立つ女子生徒に挨拶をするように促す。


「シャーウッドさん、では簡単にご挨拶と自己紹介をお願いします」


「はい」


 後ろの先生を振り返り、可愛らしげに返事をした女子生徒は再び前を向いて口を開いた。


「みなさん、初めまして。城砦都市『通転核(つうてんかく)』の『私立芳本NGK学園わたくしりつよしもとえぬじーけーがくえん』から転校してきました、リン・シャーウッドと申します。『嶺斬泊(りょうざんぱく)』は初めてで、わからないことだらけなもので、いろいろと皆さんにご迷惑をお掛けすることになるかと思いますが、どうか仲良くしてやってください」


 と涼やかな声で自己紹介を終えたあと、ぺこりと見事な一礼をし、媚びるでもなく引きつるわけでもないごく自然な笑顔を浮かべた少女に、男子女子関係なくみな一様に好意を抱いたようだった。


 たった一人を除いては・・


「う・・うそだよね・・いや、きっとこれは夢だ・・」


 ガクガクと震えながら呟く連夜を心配そうに見つめる瑞姫。

 当然だが、そういった連夜の激しい動揺に気がつかない先生は、転校生をどこに座らせようか悩む。


「どこに座ってもらいましょうか?」


 すると、女子生徒が先生のほうを振り返ってにっこり笑いかけると、なんの迷いもなくある一点を指さした。


「先生、私あの方の横がいいですわ」


「・・なぁっ!!」


 にこやかに指さす転校生が指し示すのは、連夜の左隣の空き席。

 硬直する連夜に気がつくはずもなく、先生は無情にもこう言い放った。


「じゃあ、そこで」


 涼やかな笑みを浮かべて近づいてきた彼女は、馬鹿みたいに口をぽかんと開けたままの連夜にもう一度にっこりと会釈。

 連夜の馬鹿面に全然気がついてませんという風に、静かに隣の席に座る。

 彼女は、深層の令嬢といった雰囲気を存分に出しながら、静かに、優雅に朝の授業の準備を始めたのであるが、そんな彼女を、連夜はまるで世界の終りを見届けているかのような表情で見つめ続ける。

 

(嘘だ、そんなはずはない、ってか、やはり別人なのか? いやいやいや、でもどうみてもリンだよね?)


 頭の中は大混乱の連夜。

 しかし、そんな大混乱の連夜を尻目に、HRはつつがなく進行しやがて何の問題もなく終了。

 長期療養欠席中のクラス委員長 龍乃宮 姫子が今週もまた休みになりそうなことと、来週から始まる期末テストの説明を少しした後、彼女はクラスを出て行った。

 そして、ホームルーム担任のティターニアと入れ替わるように入ってきたのは一時間目の都市歴史学の教諭であるダルマ・マーダル・ルダ・ムー先生。

 人間よりも弱冠低い身長に恰幅のいい体格、顔は全面ひげで覆われており、かろうじて眼と鼻が見える程度。

 一見太っているように見えるが、その実筋肉の塊であるドワーフ族の教諭は、強面ではあるが非常に生徒思いの先生であることで有名で、本来なら今日は普通の授業のはずであったが、事前に知らされていなかった転校生の為に、来週から始まる期末テストで出題される内容を特別に授業するというころで生徒達を喜ばせた。

 そういった理由で今日は期末テスト対策のサービス授業が行うことになったわけである。

 ダルマ先生は、今日の授業で行う教科書のページ数を申告し、内容を説明し始めた。

 連夜は横にいる転校生のことでかなりショックを受けていたが、それでもなんとか立ち直って教科書を開くとノートを取る準備を始める。

 折角期末テストの答えがわかるようにと、出題者である先生自身が授業してくれるというのだ、これを聞き逃すわけにはいかない。

 台風真っただ中の天候のような状態の心を無理矢理押し鎮め、平常心を取り戻そうとする連夜。その懸命の努力の末、先生が授業を始める前にはほぼ彼の心は平常状態。

 やれやれといった表情で注意を先生のほうへと向ける連夜。

 ところが、そんな風に必死に立て直した連夜の心の平穏はあっさりと破られることになった。


「宿難くん、私教科書まだもらってないから、一緒に見せていただいてもいいかしら?」


「・・・」


 左隣のほうから聞こえてきた少女の声に反応し、まるでできそこないのゴーレムのような動きでギギギっと首を横に向けた連夜だったが、にこやかにこちらを見る少女の顔を見ると、固まってしまいしばし無言でみつめあうことに。


「・・・」


「・・・」


「・・・」


「(怒)」


 結構長い間、みつめあっていた二人だったが、次第に少女の眉間に青筋が見え始め、次の瞬間、目にも止まらぬスピードで少女の足が残像を生んで霞む。


『ガスッ!!』


「ぬあっ!?」


 右足の弁慶の泣き所に激痛を感じて、涙目になりながら机に突っ伏すようにして自分の右足を抑える連夜。


 その様子にもう一度、にこやかな、しかし、やたら背後に怒りのオーラをにじませながら少女は口を開く。


「宿難くん、私教科書まだもらってないから、一緒に見せていただいてもいいかしら?」


「・・・(こくこく)」


「ありがとう、助かるわ」


 涙目で頷いた連夜は、自分の机を少女の机のほうに移動させてその中心に教科書を広げる。

 そして、その行動に満面の笑みを浮かべて礼を述べる少女。

 しかし、そのあと、教科書を見ながらノートを書き写す作業をはじめたと傍から見たらそうとしか思えない行動を取っていた少女が、不意にそのノートを連夜の前に見せるように広げた。


 連夜がそのノートに視線を移すと。


(しょっぱなから、シカトしようとしてんじゃねぇよ!!)


 と、もう忘れようと思っても忘れられるものじゃないくらい汚くて独創的な絶対女性が書くような文字ではない文字が書き殴ってあった。

 その文字を見た連夜は、やっぱりという表情を浮かべて隣の少女を見ると、少女はにっこりと笑いかけてきた。

 連夜は溜息を大きく吐きだして、自分もノートに何やら書き始め、そして、それを少女に見せる。


(シカトじゃなくて、あまりにも吃驚して自分の目が信じられなかったんだよ。やっぱり、早乙女 リンなの?)


 それを読んだ少女は、さらに笑みを深めてこっくりと頷き、それを皮切りに二人は筆談で話し始めた。


(なんで苗字変わってるの?)


(死んだ御袋の苗字なんだ。俺さ、知ってるかもしれないけど家を出たんだ)


(ああ、なんか、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に暮らしているんだよね)


(うん・・・でもまあ、ちょっと事情があって、俺こっちに出てきちゃったんだけどな)


(そうなんだ。ところで、なんで女の子なのさ!? って、ごめん、なんとなく理由わかるけど僕がそれを言うのは気分悪いよね?)


(いや、別にいいぜ、どうせ、すぐバレルし。おまえの考え通りかわからないけど、俺、中学校卒業後に性別変化したんだ。俺の種族って思春期まで・・大体十六歳くらいまでなら自分がパートナーに選んだ異性にあわせて性別を変化させることができるからさ)


(うん、さっきまで忘れていたけど、言われていま思い出したよ。リンって、麒麟種(きりんしゅ)白澤族(はくたくぞく)だったよね。昔、お父さんからそういう種族がいるって話だけは聞いていたけど、大概は性別を変えることなく生まれた時の性のまま大人になるとも聞いていたから、まさか自分の知人でそれを実行に移す人がいるとは思いもよらなかったよ)


(まあなぁ。俺も相当悩んだけどな。やっぱりさ、自分に嘘はつけなかったよ。でも誤算だったのは、性別変化したからすぐ身体も頭も女に完全に切り替わるわけじゃなかったってことだな。性別変化の能力を実行して一晩で変化するのはさ、基本的な骨格と、性器が男性器がなくなって女性器に変化することと、精巣の代わりに卵巣ができるってこと。あとは一年以上かけて変化していくから、中学卒業後すぐ性別変化して、もう速効お前たちを追いかけて転校しようと思っていたのに、大幅に予定がずれちまった)


(そんなにかかるんだ。でも、むしろ一年で変化できるのなら早いほうなのかな)


(わからん。でも、とりあえず、はっきりしてるのは、急激に体のあちこちに肉がついてきてさ。もう、わかってるだろうけど、特に胸。自分が男だったから、まあ、あるに越したことないって思っていたけど、実際大きくなってくると重くて重くて、肩はこるし、下着は買っても買ってもサイズ変わってくるから変えなきゃいけないし、ほんと、胸の大きい女の人って結構苦労してるってことがわかったよ。まあ、あいつは胸が大きいのが好きだったから、それはいいんだけど・・・これだけ急激に見た目まで変わってきちゃうと、周囲にも俺が性別変化を実行したものだってバレてしまうしな。我慢して、あっちでこの身体の変化がある程度落ち着くのを待っていたんだよ)


(大変だったんだねぇ)


(うん。それなりにな。でもさ、一番自分の中で戸惑ったのは精神的な変化かな・・俺さ、身体が女になったとしても、心まで女にはすぐなれないだろうって、心のどこかで思っていたんだよな。ところがさ身体が女になっていくに連れて、男の心が徐々に死んでいくのがわかるんだ。明らかに徐々に徐々に女の考え方になっていくのがわかるんだよ。言ってもわからないだろうけど、結構恐ろしいぜ、これ。だって、次第に自分じゃなくなっていくようでさ)


(の、割にはすっごい順応してるように見えるけど)


(そこはそれなりに苦労したんだって。向こうには性別変化をした先輩が何人かいらっしゃったからな。相談にのってもらったのが、すっごい助かったんだよ。あとはまあ、一番肝心な人間が、あっさり俺のこと受け入れてくれたことが、大きいかな)


 もじもじと顔を赤くする隣の少女の姿に、何かを察して連夜はぽかんと口を開いてしばし呆気にとられる。


(え、ちょっとまって、ひょっとして、もうロムとは会ったの?)


(あ、まだ言ってなかったっけ。俺いまロムの家にやっかいになってるから)


(そうなんだぁ。えっ!?)


 連夜はペンを走らせるのを止めると、真横の少女のほうに視線をあげて凝視する。

 その視線に気がついた少女は、顔を真っ赤にしてすぐに顔を下に向けてうつむいた。


(そんな顔で見るんじゃねえ!!)


『ガスッ!!ガスッ!!』


「ぬあっ!!(涙)」


 急いでノートにそう書き殴った少女は、怒ったように再び連夜の足を蹴りつけ、蹴りつけられた連夜は涙目になって再び机に突っ伏す。

 そして、連夜は明らかに弱々しい雰囲気でノートにペンを走らせる。


(ぼ、暴力反対!!)


(お、おまえが変な顔でこっち見るのが悪い!!)


(だ、だってリンがすごいこと書くんだもん)


(うっさいうっさい!! とにかく、一緒に住んでいるだけだから、それだけだから!!)


 そう書かれたノートをしばらく見つめていた連夜は、再び無言で少女を見つめた。

 その表情は、『それはあきらかに無理があるよ』と雄弁に語っていたため、少女は今度は真っ赤な顔できっと連夜を睨みつけ、そしてさっきと違って明らかに殺意の籠った蹴りを放つ。


『ガスガスガスッ!!』


「ほげぇっ!!(悶絶)」


 机に突っ伏してぴくぴくと動かなくなった連夜を、わざとらしく本当に心配しているような表情でうろたえて見せるリン。


「大丈夫、宿難くん? 気分悪いの?」


「ちょ、ほんとに死ぬから」


「あら、大丈夫そうね、よかったわ」


 激痛に震えがらも起き上がってくる連夜を安心したように見つめるリンだったが、その瞳は全然笑っていなかった。

 その眼を見た連夜は自分の命を守るためにノートに素早く降参の意味を持つ言葉を走らせる。


(わかったから! もう聞かないから! 照れ隠しのローキック禁止!!)


(ちっ、最初っからそうしろっつ?の)


(リンさ、ほんとに変わってないね。ある意味すごい安心したよ)


(てっめぇ。喧嘩売ってるなら買うぞ、コラッ!!)


(まあ、別にいいけど、そんな姿見てロムがどう思うか考えたほうがいいと思うよ。そこは割と真剣に)


「!!」


 連夜が苦笑交じりでノートに書いた言葉に明らかに過剰に反応するリン。

 しばらく忌々しそうに連夜を見つめていたが、やがて自分でも思うところがあるのか、がっくりと肩を落とす。


(やっぱり、まずいよな)


(まずいよ。絶対。ロムのことだから、『そのままのおまえでいい』とかいいそうだけど、リンが本気でロムの恋人とか奥さんになるつもりなら、直さないとロムが恥かくよ。いいの、それでも?)


(よくない)


(だよねえ)


 二人は期せずしてお互いの顔を見つめあうと、視線を同時に下に落として溜息を同時に吐き出した。


(俺さ、中学卒業後に女の体に変異して、必死に女の体に慣れる訓練はしてきたけどさ・・女らしくする訓練は全くしてこなかったんだよなあ・・)


(うそでしょ!? 朝の挨拶の時とか十分女の子だったよ!?)


(いや、すっごい猫かぶってるもん。テレビのアイドルとか、周りの女の子の仕草とかしゃべり方とか真似してるだけだからさ、いつ化けの皮がはがれるかひやひやしてるんだぜ、これでも)


(前の高校のときはうまくいっていたんでしょ?)


(あのときは協力者がいっぱいいたんだよ。女の子の友達や、俺と同じように性別変化で性別を途中で変えた先輩とかがいてさ、フォローしてくれていたんだよな)


(ん~)


 連夜はノートをしばらく見つめていたが、何やら腕組みをして真剣に考え始めた。

 その様子を怪訝そうにみつめていたリンだったが、そのリンの視線を気にすることもなく考え続けた連夜は、しばらくしてからまたノートに何か書き始めた。


(さっきもリンが自分で書いていたけど、やっぱ、内面的にはリンって女性になってると思うよ)


(そうかな?)


(うん、だってすっごいロムのこと気にしてるよね? しかも女として)


(ああ、うん、それはそうかも)


(中身は女になってきているんだから、あとは外面だけでしょ? 猫かぶっているのも結構有効なんじゃないかな。それ続けることによって自然とそれが中と一致してくるんじゃない?)


(うん。まあ前の学校の事情を知る友達連中も同じこと言ってた。続けることでいつか中と外のギャップが埋まるからって)


(うんうん。まあ僕もできるだけ協力するし。とりあえず、今のままがんばってみよう)


(頼むぜ、真友)


 最後の『真友』という言葉に、ようやく目の前の人物が自分の知る中学時代の真友の姿と合致させることができたような気がして、連夜は心から横にいる少女にほほ笑むことができた。

 リンも、そういう気持ちになってるのか、あの頃、連夜とロスタムの横でのみ見せていた笑みを浮かべて連夜を見返している。

 連夜の中で横にいる少女はようやく見ず知らずの『転校生』から、よく知る『真友』リンになった。


「・・と、いうことで、来週の期末テストではここをそのままテストに出すからな。覚えとけよ、みんな」


 と、和やかな雰囲気になっていた連夜とリンに、授業終了させる先生の締めの言葉が聞こえてきて、一瞬その言葉を聞き流しかける二人。

 しかし、その言葉の意味に気がついた連夜が慌てて黒板に目を移す。


「そっか、テストにねえ。え、ちょ、せ、先生!? し、しまった、会話に夢中で聞いてなかった! り、リン聞いていた!?」


「ぜ、全然」


「やばい!! 瑞姫ちゃん達が黒板消してしまう前に、はやく、ノートに写して、写して!!」


「ひぃぃぃぃぃぃ!!」


 先ほどからの会話だらけのノートを消しゴムで消しつつ、二人はテストに出るであろう黒板の内容を必死に追いかけるのだった。




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