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真・こことは違うどこかの日常  作者: カブト
過去(高校二年生編)
132/199

第十五話 お~ぷにんぐ

 小高い丘の上にある都市立十音小学校としりつじゅおんしょうがっこうの真下を横切るように走る道を通り抜け、閑静な一戸建ての住宅街の中をひたすら北に歩いて行くと、右手に今日も子供達が元気いっぱいに遊ぶ児童公園がみえてくる。

 その斜め向かい側にある日当たりのよい、クリーム色のお洒落なマンションの中に入った連夜は、エレベーターは使わず螺旋式の階段を上がって二階にあがると、廊下の一番奥から手前にある目当ての部屋にゆっくりと進んでいった。

 別にことさらゆっくりと進んで行ったわけではない。

 単に買い物袋を両手に抱えるほど持ってるせいで動きが遅くなっただけである。

 連夜は目当ての部屋の前まで来ると、器用に買い物袋をまとめて片手に持ちかえて、あいた手で部屋の合いカギを取りだすと、また買い物袋を両手に持ち変える。

 なるべく音が鳴らないように慎重に鍵穴に鍵を差し込み、ゆっくりと回す。小さく『カチリ』という音がして鍵が開いたことを確認した連夜は、再び鍵をズボンのポケットに直してドアノブを掴もうとした。

 そのとき。

 ドア越しからでもはっきりとわかるほどの物凄い足音が連夜の耳に聞こえてくる。

 本能的に危険を察知した連夜は、扉から一歩離れた場所に素早くバックステップ。その行動の数瞬の後、勢いよく扉が開けられて何かが飛び出して来た。

 呆気にとられて硬直している連夜に、金髪金眼の美しい女性が半分笑顔半分泣き顔の複雑な表情で抱きついてくる。


「連夜くん!れんやくん!レンヤくん!」


「ちょ、うわ、玉藻さん、ストップ、ストップ!!」


 両手を買い物袋で塞がれており、見動きが思うように取れない連夜に覆いかぶさるように抱きついて身体全体を擦りつけてくる玉藻。

 非常にナイスバディで柔らかい身体をしている上に、温かい人肌が心地よい大好きな恋人の抱擁のはずなのだが、流石の連夜もこの体勢は苦しくて、悲鳴を上げる。

 しかし、感情が溢れ出してしまっているのか、玉藻はなかなか気がついてくれない。


「くさかった、くさかった、超くさかったのよぉぉぉぉっ!!」


「わかった、わかりました! 玉藻さんのお気持ちはよくわかりましたけど、とりあえず、ストップ!」


「もうね、とんでもなく物凄い夢を見たのよ。ありえないような超絶にくさいところに行ってしまって悶絶する夢。もう、ほんとにあれが、夢でよかっ、って、あれ?」


 連夜の悲鳴じみた説得にも耳を貸さず、しばらく力いっぱい連夜を抱きしめてパジャマから伸びる三本の尻尾をぶんぶんと振り回していた玉藻だったが、急に何かに気がついたように身体を離した。

 とりあえず、身体が自由になりほっと安堵のため息を吐きだした連夜は、一刻も早く両手の荷物を下ろしたくて、最初その恋人の表情を見逃した。


「すいません、今日はお疲れ様でした。こんな時間ですけど、とりあえず夕飯一緒に食べようと思って買い物してきたんですよ。キッチンに荷物おろさせてもらってもいいですか?」


「う、うん」


 飛び出して来たときとはうって変って、何か困惑する玉藻だったが、とりあえず連夜の言葉に身体をどけて、連夜を部屋の中に通す。

 連夜はそのまま玉藻の部屋に入っていくと、キッチンまで行き、持ってきた食材を手際よく霊蔵庫に入れていく。

 そして、家から持ってきたひよこのアップリケのエプロンを身につけると、料理の用意に手をつけようとした。


「玉藻さん、夕御飯は神州長いもとタイレン豚しゃぶのぶっかけうどんでいいですかね?」


「あ、え、ええ」


 振り返った連夜の言葉に生返事の玉藻。

 なんとなく歯切れの悪い恋人の言葉に違和感を感じたが、とりあえず流しを一度さっと洗い、マナ板と包丁の準備をしようとする。

 しかし、その連夜の手は途中で横から伸びてきた白いほっそりした腕に掴んで止められる。


「玉藻さん?」


 不審に思ってその手の主を見ると、その表情は恐怖と悲痛でいまにも崩れそうになるのを必死で踏ん張っているかのようで、顔色は真っ青。

 流石に何事かと連夜が吃驚していると、その連夜の手をそっと引っ張っていく。


「あ、あの、あのさ、連夜くん」


「え?」


「ちょっとこっち来て座って」


 玉藻は呆気にとられる連夜を引っ張ってリビングまで来ると、テーブルの横に連夜を座らせて、自分はその連夜の目の前すぐ間近に座る。

 そして、真剣な表情でしばらく連夜を見つめたあと、連夜の手を両手で取ってぎゅっと握りしめた。


「お願いだから正直に応えて」


「は、はい?」


 もうこれ以上ないくらい真剣で切実な何かを秘めた色を湛えた瞳で連夜を見据える。


「私、連夜くんと別れなくていいよね? これで終わりってわけじゃないよね? 最後の晩餐じゃないよね? ね? ね?」


「何を言い出すかと思えば。そんなことあるわけないでしょ」


 怯えたように問いかけてくる恋人に、どこか呆れたような表情を向けながらも優しい声で答えを返す連夜。玉藻は、恋人の言葉を疑うようにしばらくじっと彼のことを見つめていたが、やがて、ほっとしたように肩の力を抜いた。


「よ、よかったぁ」


「よかったじゃありませんよ。ってか、そういうことを仰るということは何があったのか思い出されたわけですね?」


「うぅ、思い出したわよぉ。あのとんでもなく強烈な匂いが充満していたドリアン農場に行ったのよね。それでそこから記憶がとんでいるんだけど」


「気絶されてしまったんですよ」


「あぅぅ」


「あれほど一緒に行きましょうって言ったのに、僕のこと置いて行ってしまうし、しかも、自力で取ってこれなかったら僕と別れるなんてとんでもない賭け事までしているし。僕の意志も確かめずに勝手にそんなこと決めないでくださいよ」


「ごめんなさい」


「取りに行くなら取りに行くで、しっかり事前に情報を集めた上で行動に移すならともかく、あんないきあたりばったりで飛び出していって、挙句の果てに道の途中で全員倒れて動けなくなるって、なんなんですかそれは。僕らが追いかけて行かなかったらどうなってたことか」


「ごめんなさい」


「農場に辿りついたとき、職員の皆さんから『農場の前で玉藻さんが倒れてた』って聞かされた時、僕がどんな気持ちだったかわかりますか?」


「ごめんなさい」


「『ごめんなさい』じゃありませんよ、まったくもうっ!! さっきからそればっかりじゃないですか!?」


 いつにない強い口調で怒りだした恋人に、玉藻はひたすら土下座して謝り続けるしかできない。正直、いろいろと言い訳じみた言葉が胸の中に浮かんではいたのであるが、真っ赤に充血した恋人の目をみてしまうとそれを口に出すことは流石の玉藻にもできなかった。

 恋人は本気で心配して怒っている。当たり前だ。立場が逆なら、やはり自分も同じように激昂したであろう。


「そ、それで、あの後、どうなったのかな? 知っての通り、私、さっき気がついたばかりで現状全然わかってないんだけど」


「本当に、いろいろとありましたよ。ええ、それはもう嫌というほど盛りだくさんね」


 そう、本当にいろいろとあったのだ。

 玉藻に意識を刈り取られてから一時間ほど後に、連夜は意識を取り戻したわけだが、目を覚ました連夜の目に飛び込んできたのはまるで盗賊集団に襲撃でもされたかのような惨憺たる有様。

 男性、女性問わず、そこにいるもの全てが全身傷だらけのボロボロの状態。皆が皆疲れ果ててその場に座り込んでしまっており、立っている者は誰一人いない。まさに悪夢のような光景に、連夜は自分が一瞬未だに悪夢の中にいるのではないかと錯覚したほど。

 しばらくの間、目の前に広がる惨状を呆然と見詰めていた連夜であったが、すぐに自分の身に起こったことを思い出し、恋人の姿を慌てて探す。

 しかし、案の定というか予想通りというか恋人の姿はそこにはない。と、なると答えは一つ。間違いなく目的の高級果物を取りに農場へと単身向かったのだ。

 自分が弾き出した答えに真っ青になる連夜であったが、まだ、この時点ではそれをはっきり確認したわけではない。自分は気絶してしまったが故に事の顛末を知ることができなかったが、ここにいる者達は自分が気絶した後のことをしっかり目撃しているはず。連夜は、妙にぐったりした様子で地面に突っ伏している友人達を叩き起こし、ここで起こったことの詳細を聞き出した。

 そして、連夜は知る。

 自分の予想通りではなかったことに。

 それもいいほうに予想外だったのではない。

 事態はより最悪な結果になっていたのだ。

 彼らの話によると、玉藻以外にも単身農場に向かったものが五人もいるという。しかも、農場に一度も行った事のない未経験者ばかりがだ。

 なんでそんなことになっているのかと頭を抱える連夜。突っ込んでもっと詳しく事情を聞いてみると、どうやらそれは盟友Kの不用意な発言が原因らしい。最初、そのことを戦友クリスから聞いた連夜は、冗談か何かかと思った。彼が知る盟友Kという男は、全くしゃべらないというわけではないが非常に口数が少なく、しゃべるときはよくよく物事を考えた上に言葉を選ぶような男なのである。その彼がまるで漫画に良く出てくる主人公のライバルキャラのような発言するとは。

 呆気に取られながらも彼を見ると、苦虫を噛み潰したような表情ですぐに連夜から目を逸らした。

 どうやら本当のことらしいとわかり、更に深く連夜は頭を抱えた。

 何が彼をそこまで狂わせたのか。あるいは、ウマが合わないと予想していながら、恋人と彼を引き合わせた自分のせいなのか?

 反省することで事態が解決に向かうならいくらでも反省するところだが、勿論そんなものは今の時点で何の役にも立ちはしない。連夜は際限なく落ち込んでいく気持ちを何とか切り替えると、自分がやらなくてはいけないことをまず考える。


 まず何をすべきか?


 答えはすぐに出た。というか、最初からわかっている。一刻も早く玉藻達を追いかけて安否を確認するのだ。

 だが、そのためには熱波対策の薬がいる。用意していた薬は、全て玉藻達に持って行かれてここには一本も残ってないのだ。

 連夜は男連中を引き連れてタスク達がいる場所へと向かった。あの時点では最低限の人数分しか薬は作れていなかったが、材料となるアブラムシの『甘露』は十分過ぎるほど取得している。なので、クリス達が現場を離れた後も、タスク達、薬品作成班は作成を続けているはずなのだ。

  不幸中の幸いと言うべきか。連夜が作成班のところに辿りついたとき、連夜の予想通り薬品作成はまだ続いていた。早速リーダーのタスクを探し出して事情を話し、人数分の熱波対策の薬をすぐに出してもらう。

 これで、玉藻達を追いかけることができる。連夜は、当初、農場に行く予定となっている男性メンバー達と共にすぐにも出発。

 ・・しようとした。


 しかし。


「え、えええええっ!? 耐熱装備を強奪された!? いったい誰にさ?」


「色ボケのリビーとくれよんコンビに。あのあと、リビーがくれよんを締め落としてそのまま着て行った」


「い、委員長に」


「剣児の取り巻き三人組によってたかってはぎ取られて、たぶん、着て行ったのはボナパルト」


「す、スカサハだ」


「アルテミスに、その、強引に」


「みんな、なにやってるの!?」


 ここにきて発覚した男性メンバー達の思わぬ大失態に、本気で倒れそうになる連夜。しかし、のんびり倒れている暇はない。農場に向かった女性メンバー達は全員、あの農場周辺を覆う恐ろしいまでに強烈な『匂い』のことを知らないのだ。その証拠に、彼女達は男達から耐熱装備を奪いはしたが、『防臭』装備であるガスマスクは持っていかなかったのだから。

 急がなくてはならない。連夜は、男性メンバー達を叱咤して、今度は馬車の元へと向かう。そこには予備の『防臭』用ガスマスクがあるはずだからだ。

 作成班の場所から、全力で走って馬車のところに戻った彼らは、そこで予備のガスマスクを調達しようやく全ての必要装備を装着。連夜が気絶から回復してからすでに二時間も経過しており、もうこれ以上時間を無駄にはできない。

 火山中腹にある農場へと急ぎ向かった一行。

 だが、その後も玉藻達の捜索はすんなりとは進まなかった。

 いつも以上に荒れる熔岩の河。行く先々で勢いよく噴き出し通せんぼする間欠泉。地下を流れる熔岩のせいなのか、陥没して道のあちこちにできた大きな穴。遅々として進まない捜索にメンバー達に次第に焦りと苛立ちが見え始める。

 しかし、それでも連夜達は必死に自分を冷静さを保ち、根気良く捜索を続けた結果、ついに玉藻以外の女性達を発見することに成功。

 みんな、農場から漂ってくる巨大ドリアン『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』の匂いに目をまわしてはいたものの、命に別状はないことを確認。

 また、一人助けを求めて単独行動に出たという玉藻も、農場で無事保護されていることを確認し、一行は安堵の溜息をついたものだ。

 こうして、女性陣全員を救出しその身柄を確保した一行は、それぞれ女性一人ずつと当初の目的であった『高香姫(プリンセス)の榴蓮(アン・ドリー)』一個ずつを背負って下山。

 無事麓の留守番メンバー達の元に戻ってきた男性メンバー達は、気を失ったままの女性陣達を馬車に預け、再び残作業へと戻って行った。

 ちなみに、強烈な匂いで意識を失っていた女性陣達であるが、同行していた連夜の知り合いの『療術師』の診断にしたがって、無理に起こさないことに決定。そのまま寝かせたままにしておき、作業終了後、それぞれ家まで送っていくことになったというわけである。

 勿論、玉藻は連夜が送ってきたのだ。

 眠ったままの玉藻をサイドカーに乗せて家まで運び、布団を引いて寝かせた後、夕食の買い出しに出かけていたというわけである。


「重ね重ねご迷惑をおかけいたしましたでございまする」


「もういいですよ。多分、僕がくどくど言わなくても玉藻さんよくわかってくださってるでしょうし。でも、本当に玉藻さんが無事でよかった」


 心から安堵しているとわかる泣き笑いの表情。自分への愛情の深さが如実に表れたその恋人の表情に、嬉しいやら申し訳ないやら。

 玉藻は正座して座る恋人の膝に顔を埋めると、しばらくの間『ごめんね、本当にごめんね』と謝り続けるのだった。




 真・こことはちがうどこかの日常


 過去(高校生編)


 第十五話 『転校生参上』


 

  CAST


 リン・シャーウッド


 嵐の中学時代を一緒に駆け抜けた頼もしき連夜の二人の真友の一人。

 もう一人の真友ロムに特別な思いを寄せるがゆえに隣の城砦都市『通転核』から追いかけてきた。

 麒麟種の派生種の一つである白澤族。十七歳。


「遅いよ、遅すぎるよ。一年以上も考えることじゃないでしょ」



 ロスタム・オースティン


 嵐の中学時代を一緒に駆け抜けた頼もしき連夜の二人の真友の一人で、非常に義侠心に厚く頼れる人物。

 上級聖魔族の奴隷として生み出されたバグベア族の少年で、幼い頃に両親を亡くし、今は天涯孤独の身。

 連夜と彼の両親の援助を受けながら、一人暮らしをしている。


「それをいつもというのだ」



 宿難(すくな) 連夜(れんや)


 言わずと知れた本編主人公。

 都市立御稜高校に通う高校二年生。人間族。男性。十七歳。

 周囲のほとんどが敵という環境の中にありながらもそれに負けることなく逞しく日々を生きる。


「ミナホちゃんとはるかちゃん、見てないで助けて!!」」



 龍乃宮(りゅうのみや) 瑞姫(みずき)

 

 姫子の腹違いの妹・・となっているが、その正体は龍乃宮 姫子その人。

 ある理由により小さなモモンガの姿が本体だが、強化特殊人型義肢『Z-Airゼッター アイン』に乗り込み龍族の少女龍乃宮(りゅうのみや) 瑞姫(みずき)として生活している。

 上級龍族。女性。十七歳。


「だ、だって、連夜のことが心配だったんですもの!!」



 水池(みずち) はるか


 姫子と瑞姫に仕える二人組の従者の一人。中級龍族。女性。十七歳。

 ややぽっちゃり系。一見温和そうに見えるが、実は結構腹黒で策士。情報収集能力はピカイチ。


「ですね、ここはやっぱりディープで熱烈なやつですね」



 東雲(しののめ) ミナホ


 姫子と瑞姫に仕える二人組の従者の一人。下級龍族。女性。十七歳。

 スレンダーな体系で、西隣にある城砦都市の方言『通転核(つうてんかく)』弁(関西弁)でしゃべる。武術の達人。


「ってか、棒読みやん!! 全然心こもってないやん!!」



 (ルー) 緋星(フェイシン)


 剣児のことをライバル視する少年。朱雀族。男性。十七歳。

 龍族の三兄姉妹とは浅からぬ因縁があり、複雑な思いを抱いている。それがゆえに彼らの幼馴染である連夜のことを敵視しているのだが・・  

 三大実力者のうちに入ってはいないが、剣児に匹敵する武力の持ち主である。


「『死んだフリ』も『見て見ぬフリ』も二度ともう絶対にしない」



 如月(きさらぎ) 玉藻(たまも)


 城砦都市『嶺斬泊』に住む、大学二年生。二十歳。

 上級種族の一つである霊狐族の女性。金髪金眼で、素晴らしいナイスバディを誇るスーパー美女。

 この物語のヒロインであると同時にヒーローでもある。

 長い長い悠久の時の果て、ついに運命の人を見つけ出す。


「超くさかったのよぉぉぉ」








「ねぇ、ところで連夜くん」


「なんですか、玉藻さん、おかわりですか?」


「違う違う。いや、折角だから、やっぱりおかわりはもらうけど、そうじゃなくて」


「?」


 箸を咥えたままどんぶりを差し出してくる玉藻の行儀悪い姿に、苦笑を浮かべる連夜。しかし、結局、何を言わずにどんぶりを受け取った連夜は、手慣れた様子で今日の夕食をよそってやる

 時刻は零時。

 夕食というにはあまりにも遅い時間であるが、二人は現在その遅い夕食の真っ最中。

 連夜が夕食にと作った料理は豚しゃぶのぶっかけうどん。

 真夏が近づき、だんだん暑くなってきた今の気候にはぴったりの料理である。勿論、それを作ったのが料理のエキスパートである連夜なのだから不味いはずがない。しかも、今日はいろいろとあってお腹はぺこぺこ。

 普段のクールな彼女からは想像できないようなのガッツキぶりに、流石の連夜も苦笑を絶やすことができない。それでも、何も言わないのはやはり彼女への『愛』故なのだろうか。


「で?」


「『で?』とは?」


「いや、何か僕にご質問があったのでは?」


「えっと、質問? って、そうそう、そうだったそうだった!!」


 うどんの汁まみれになった顔をどんぶりからあげてしばし首を傾げていた玉藻であったが、おかわりを所望する前に自分が質問しようとしていたことを思い出した。


「あのさ、連夜くんってさ、学校ではどんな感じなのかな」


「どんな感じといいますと?」


 漠然としすぎていていまいち質問の主旨がよくわからない連夜。小首を傾げながら質問を投げてきた張本人のほうに視線を向けると、やたらどんぶりの中身のある下を向いたまま顔を上げようとしない。雰囲気から察するに玉藻の側からしてみれば聞きにくい内容のことらしい。

 と、いうことは、きっと連夜が非常に答えにくい内容についての質問なのだろう。しかし、別に聞かれて困ることに心当たりがない連夜としては、どうしても答えが思いつかない。


「あの、玉藻さん、もう少し具体的に質問してもらってもいいですか?」


「あうぅ。そのね、つまりね」


「ええ、なんですか? あの、別に聞かれて困るようなことありませんし、ハッキリ聞いていただいていいんですけど」


「つまりその、連夜くんに限ってそんなことないと思うけど」


「ふむふむ」


「その、誰かにいじめられていたりとか、仲間はずれにされていたりとか、シカとされたり意地悪されたりとかしてないかなぁって。あはは、そんなことないよね? あんなに頼りになる友達いっぱいいるものね」


 なんともいえない半ば困ったような表情のまま笑みの形を無理矢理作る玉藻。そんな玉藻をしばらく呆気にとられたような表情で見詰めていた連夜であったが、やがて何とも言えない苦笑を浮かべて見せる。


「アルテミスやスカサハじゃないよなぁ。あの二人にはくれぐれも余計なこと言わないように言い含めていたし。となると、いったい誰から洩れたんだ?」


「『洩れた』? 今、連夜くん、『洩れた』って言った?」


「ああ、いえいえ、ヤカンで作ったお茶を『冷用竹水筒(バンブーボトル)』に入れてようと思ったのですが、少し洩れちゃたなぁって、あははは」


「うそっ、絶対、うそっ!! 今のそういう意味じゃなかったもん!!」


 わざとらしい恋人の態度に、みるみる脹れっ面になっていく玉藻。

 玉藻は自他共に認める恋人中毒者である。恋人のことが好きで好きでたまらないし、できることならいつもいつまでも一緒にいたい。

 いたいのであるがしかし、四六時中べったりくっついて一緒にいるわけではないし、いられるわけもない。玉藻にだって、プライベートでいろいろあるし、また連夜自身にもいろいろとある。ずっと一緒に居続けるということは物理的に不可能だ。

 仮にどちらかが自分の生活を諦めて相手に合わせようとしたとしても、一緒にいるのが難しい時間帯がある。

 それが学校にいる時間だ。

 玉藻は大学生であるから当然大学に行くし、連夜は高校生なので高校に行く。

 そして、当たり前であるが、学校内は関係者以外立ち入り禁止だ。何か理由がない限り、お互いそこには入っていくことができない。

 つまり、学校内での出来事はお互い人伝に聞くことはできても、直に確認することはできないのである。だからこそ、その中でのことは気になる。ましてや、いい話ならともかく、そうではない話を聞かされたとあっては余計に気になって当然だった。


「今日ね、あ~ちゃんやスカサハちゃん、あとあのセラやフレイヤって娘と農場に行くときに行動を共にすることになったことは知っているよね?」


「ああ、そういえばそうでしたね」


「そのときに、聞いてきたのよ」


「何を聞いてきたんですか?」


「連夜くんの学校での様子」


「ははあ、ってことは漢さんか、ボナパルトさんに聞いたんですね?」


「まあ、両方」


「まったくもう、二人とも余計なことを」


「余計なことじゃないよ!! 私、あの二人から話を聞いてびっくりしちゃったよ。連夜くん、学校で物凄くひどい目にあっているんでしょ?」


「いや、それほどひどくはないですよ」


「嘘!! 毎日毎日不良には絡まれるし、普通の生徒達からは敬遠されてるし、大半の先生達からはシカトされているって聞いたよ? あの娘達から最初そのことを聞いたときは、そんなことあるわけないって思った。確かに人種差別が全くなかったわけじゃないけど、それでも私が在籍していた二年前まではそこまでひどい目にあってる生徒はいなかったし、校内にそんな風潮はなかったのよ。でも、やっぱりそれは事実なのね?」


 どれだけ激昂した言葉をたたきつけても、目の前の恋人は相変わらず優しい笑顔を絶やさない。しかし、そのことが逆に玉藻に真実を告げる結果になってしまった。この恋人は、自分に心配をかけさせたくないときほど笑顔を深くする。そうして、苦しく辛い何もかもを己の中に封じ込めてしまうのだ。


「私に心配させない為に無理して笑ってたのね? 黙ってたのね?」


「待ってください。本当に無理はしてません」


「嘘はやめてっていってるでしょ!!」


「玉藻さん、落ち着いてください。本当に嘘はついていません。無理しているわけじゃないんです。毎日のイベントの数々は、十分僕の許容範囲内だったんですよ」


「『だった』? 過去形ってことは今は許容範囲を越えたことなのね? そうなんでしょ!?」


 目の前の恋人をなんとか落ち着かせようとする連夜であったが、玉藻はそれで誤魔化されたりはしなかった。玉藻の白い顔がみるまに赤い隈取り模様で彩られていく。それは玉藻が心底怒りを感じている証拠。それを見た連夜は怯えたり悲鳴を上げたりはしなかったが、その表情からはすっかり偽者の笑顔は消え去っていた。



「本当に今はそれほどでもないし無理もしてはいません。その言葉にウソはありません。でも、玉藻さんに黙っていたことについては謝ります。ごめんなさい」


「謝ってほしいわけじゃないの。心配なのよ!! 高校って閉鎖された空間の中じゃ、流石の私もどうすることもできなし。そこで連夜くんに身にもしも万が一何かあったら私、どうしたらいいのよぉ」


「あああ、泣かないでください」


 怒りの表情のままぼろぼろと涙をこぼす玉藻に、慌てて駆け寄る連夜。その背中をそっと撫ぜてやりながら一つ大きく溜息を吐きだした連夜。それでも不安を拭いきれない玉藻の姿に、連夜はぽつりぽつりとこれまでの学校生活について話し始めた。


 彼のいじめられっ子としての歴史はかなり長い。

 その始まりは小学校低学年の頃になる。当時僕が住んでいた地域は人間族や、コボルト族やバグベア族といった最下層クラスの人種に特にとても厳しい地域であった。彼の周辺ほぼ全てが敵。クラスメイトを見れば敵、他のクラスの者達も敵、高学年の者達も敵、そして、その親も敵ならば、先生すらも敵であった。

 しかし、そんな状態でも、彼を慕ってくれる友達は何人かいた。同じような差別に晒されている者もいれば、そうではない者もいたのだが、何せ、彼を取り囲む敵の数は尋常ではない。そんな数少ない友達まで何度も巻き込んで、大事になることもたびたび。

 連夜は友達や家族を何よりも大切にする性格の持ち主である。

 そんな彼にとって、この現状は耐えられるものではなく、中学時代、彼は親に無理を言って別の都市に引っ越すことにした。

 それが隣の城砦都市『通転核』。

 彼はそこで三年の月日を過ごしたのだが、実はそこもまた、かつて連夜が住んでいた地域に負けず劣らずの人種差別のひどい場所。

 ただ、全く一緒だったというわけではない。力を示すことができればある程度認められるような土地柄だったのだ。そこで彼は、城砦都市という閉鎖的な環境社会の中で生き抜く為のいろいろなことを学んだ。いやもう、それはいろいろなことをやった。悪いこともいっぱいというか、ほとんどが悪いことばかりだったが、ともかく、そうしていろいろな技術や知識を蓄え。牙を剥くとき隠す時の機微を身につけ。様々な『人』材と知り合い、そうした後に中学卒業を機会にこの都市にもどってきたのだ。

 そして、この都市の都市立『御稜高校』に入学したわけだが。

 やはり、そこでも『人種差別』という嵐は彼を放っておいてはくれなかった。


「中学時代の経験のおかげで、不良達を撃退する方法やら、クラスメイトの陰険な仕打ちを回避する方法やら、極力目立たないようにする方法やらは十分身についていましたから、余裕だと思っていたんです。その証拠に最初の一年は無事乗り切れましたからねぇ。あっはっは」


「でも、今はそうじゃないんでしょ?」


 やはり不安を隠しきれない玉藻。小さな恋人の体を引き寄せてきゅっと抱きしめながら、悲しそうに鼻を鳴らして頬を摺り寄せる。そして、連夜もまたそれに応えて恋人の白い頬に自分の頬を摺り寄せていく。


 しかし、彼の顔に浮かんでいる表情はいつもの優しげなそれではない。

 そこにあるのは、彼がいつも仮面の下で見せている表情。


「現状のままでも乗り切れないわけじゃないんです。でも、いい加減今の状態に嫌気がさしてきたんで、そろそろ別の方法で打破してみようと思っています」


「別の方法?」


「ええ、まあ、近いうちに結果をご報告しますよ。実は今からちょっとわくわくしています。久しぶりに楽しいことになりそうなので」


 そう言って彼は嗤う。

 恐ろしいほどに邪悪な表情で。

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